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4年 加藤一花 春休み課題11~20
RES
11.『アンナチュラル』
脚本/野木亜紀子 監督/塚原あゆ子
あらすじ
「不自然死究明研究所(UDIラボ)」で働く人々の人間ドラマを中心に、「死」の裏側にある謎や事件を明るくスリリングに解明する法医学ミステリー。
人物の対比を意識して描かれているというイメージのある作品であった。印象的なものだと、第4話のお金がないながらもそこに愛と幸せを感じる家庭と、お金はあるがそこに愛は感じられないお金で作り上げられたその場の楽しさ、その両者が交互に映されるシーン。第8話だと、遺骨となって元の居場所に戻れた女性と、実家に居場所をなくした六郎。生と死以外にも、温かみのあるもの、ないものの対比が特段意識していなくても感じ取れるようになっている。
それと、追っている事件のヒントが描写されるシーンではほぼ必ずダイスを転がしたような音がなるため、視聴者は覚えておくべき大事な証拠を忘れることなく、事件が解決した後に見返すことなく見進められるのはありがたい配慮であるなと感じた。
12.『MIU404』
脚本/野木亜紀子 監督/塚原あゆ子
あらすじ
2019年4月、警視庁における働き方改革の一環として刑事部・機動捜査隊(通称:機捜)の第4機動捜査隊(通称・4機捜)が増設される。同隊長の桔梗ゆづるに招集された志摩一未、旧知のベテラン刑事陣馬耕平とバディを組むはずが、上層部の意向でキャリア組の新人・九重世人が急遽4機捜の隊員となったため、候補段階で一旦落とされていた伊吹藍と組むことになる。破天荒で警察官としての常識に欠けるが、機捜の任務を「誰かが最悪の事態になる前に止められる良い仕事」だと話す伊吹に心を動かされた志摩は、彼と共に任務を続ける。
刑事ものではあるものの、機動捜査隊というこのドラマで初めて存在を知った人も多いであろう組織が題材となっている点が新鮮であった。一般的な刑事ドラマとは異なり、機捜は身軽で堅苦しい会議の時間なども基本的にはないため、普段刑事ものを見ない人でもとっつきやすい作品であると感じた。
13.『VIVANT』
監督/ 福澤克雄
あらすじ
大手商社に勤める主人公が、中央アジアのバルカ共和国で誤送金事件の損失を取り返すため、さまざまな困難に立ち向かうアドベンチャードラマ。
映画やドラマ、小説など物語が飽和している状況において、常に視聴者の想定外の話を用意するというのはとても難しいことだと感じているが、この作品はまさに想定外の連続であった。想定外のことが起こり続けることに加えて序盤では意味深だった発言も真相が明らかになるという気持ちよさが合わさってついつい見てしまう作品だと思う。
14.『不適切にもほどがある』
脚本/宮藤官九郎
あらすじ
男手一つで娘を育てる父親が、1986年から2024年に突然タイムスリップ。 昭和のダメおやじの"不適切"発言が令和の停滞した空気をかき回す、意識低い系コメディ。
昭和の、ハラスメントが当たり前だった時代が悪、現在の、多様性を認め様々なことに配慮する時代が善だと二分化するのでなく、どちらにもいい面、悪い面があるのだというメッセージ性を感じた。どちらの時代もいい面悪い面があり、今をより良い時代にするにはどうすればいいのかと考えさせられる作品であった。
15.『正体』(映画)
原作/染井為人 監督/藤井道人
あらすじ
一家惨殺事件を起こし、死刑判決を受けた鏑木が脱走した。鏑木の取り調べを行った刑事・又貫を中心に、警察が総力をあげて捜索するも鏑木の行方は掴めないまま。鏑木は姿を変え、あらゆる場所に潜伏していた。大阪府住之江区では工事現場の従業員、東京都新宿区ではフリーのWebライター、長野県諏訪市では介護老人ホームの社員。さまざまな場所で姿を変え、間一髪で警察から逃れる鏑木。彼は、それぞれの場所で自分を信じてくれる人と出会い、必死の逃亡を繰り返す。鏑木には、ある目的があったのだ。
情けは人の為ならずを体現した作品だと感じた。主人公はなにも恩を売ろうと人々に優しくしていたのではなく、それは彼自身の性格からきているものだったろう。しかし結果としてその優しさが、人々に信じる心を与えて、無罪判決という結末に辿り着いた。人々への見返りのない優しさが、最終的に自分のためになったのである。
16.『あなたの番です 劇場版』(映画)
監督/佐久間紀佳 脚本/福原充則
あらすじ
都内のマンションに引っ越し、平穏な日々を送っていた菜奈と翔太。2年が経ち、ついに晴れて結婚が決まった2人は、マンションの住人たちを招待して、船上ウェディングパーティを開催する。一行を乗せ賑やかに港を出たクルーズ船だったが、その船内で次々と謎の連続殺人事件が発生していく。
ドラマとは違う世界軸での話ではあるが、登場人物の本質的な部分は同じであるためどうしてもドラマ版で犯人だった人間を怪しんでしまう、という思考を逆手にとった内容であった。もちろんドラマ版を見たことない人でも楽しめるが、ドラマ版を視聴した上でみると、誰が怪しいかの予想もしづらくなりより楽しめる作品であると感じた。
17.『カイジ 人生逆転ゲーム』(映画)
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
26歳のフリーター・カイジは、友人の借金の保証人となり、多額の債務を抱えてしまう。金融会社の女社長は彼に、一夜にして大金を手にできる豪華客船の存在を告げる。その船の中では、命を懸けたゲームが行われていた。
この作品は、生死をかけたギャンブルという非日常的な世界での話である。誰だってカイジのような状況には陥りたくないが、あくまでフィクションでありノーリスクでひりつきを擬似体験できるという点が人々を魅了しているのだと感じた。
18.『カイジ2 人生奪還ゲーム』(映画)
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
命がけのゲームを勝ち抜き、かつて背負った多額の借金を帳消しにしながら、1年ともたず再び借金まみれの生活を送るカイジ。再逆転を狙い、勝てば10億円を稼げるギャンブルマシーン「沼」に挑むが、それを取り仕切っていたのは、カイジの因縁の男だった。
この作品は、カイジの人柄によって物語の結末を覆したという印象が強かった。前作の『カイジ 人生逆転ゲーム』ではカイジの戦略的な面でゲームを乗り切ったが、今作では戦略だけでは超えられない壁が登場する。戦略で乗り切る前作と、戦略を練った上で壁にぶつかりその人柄によって乗り越える今作、という差別化がされていたように思う。
19.『カイジ ファイナルゲーム』
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
派遣会社からバカにされ、少ない給料で自堕落な生活を送るカイジは、ある日、帝愛グループ企業の社長に出世した大槻と再会。 大槻から、金を持て余した老人が主催する「バベルの塔」という、一獲千金のチャンスを含んだイベントの存在を知らされ……。
作品序盤にあった「バベルの塔」のゲームでは、大金が物理的に高い場所にある=お金こそが力というこの世界での常識をつきつけられている気がした。貧しいものが現状を脱するためには“下から這い上がるしかない”という構図も意図的に表しているのではないだろうか。
20.『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』
原作/米澤穂信 監督/中田秀夫
あらすじ
「ある人文科学的実験の被験者」になり、7日24時間監視付きで隔離生活するだけで時給11万2000円がもらえるという募集に釣られ、何も知らずに「暗鬼館」に集った年齢も性別も様々な12人の男女。実験内容は、より多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う、殺人ゲームだった。
関水美夜が殺人を犯した理由が“怖かったから”というのがとても引っかかった。これはただたんに小説から映画にするにあたりその詳細を説明する尺が足りなかったのか、それとも疑心暗鬼にならざるを得ない状況に、引き金が軽くなったのか、そのどちらかによってだいぶ意味合いが変わってくると思う。作品の後半で、息子が待っているという事実が明かされたがお金が必要だという言及はなかった、つまり無理に人を殺す必要がなかったのである。そのことを鑑みるに、彼女は精神的に混乱状態になっていたために引き金が軽くなってしまったのではないかと感じた。
脚本/野木亜紀子 監督/塚原あゆ子
あらすじ
「不自然死究明研究所(UDIラボ)」で働く人々の人間ドラマを中心に、「死」の裏側にある謎や事件を明るくスリリングに解明する法医学ミステリー。
人物の対比を意識して描かれているというイメージのある作品であった。印象的なものだと、第4話のお金がないながらもそこに愛と幸せを感じる家庭と、お金はあるがそこに愛は感じられないお金で作り上げられたその場の楽しさ、その両者が交互に映されるシーン。第8話だと、遺骨となって元の居場所に戻れた女性と、実家に居場所をなくした六郎。生と死以外にも、温かみのあるもの、ないものの対比が特段意識していなくても感じ取れるようになっている。
それと、追っている事件のヒントが描写されるシーンではほぼ必ずダイスを転がしたような音がなるため、視聴者は覚えておくべき大事な証拠を忘れることなく、事件が解決した後に見返すことなく見進められるのはありがたい配慮であるなと感じた。
12.『MIU404』
脚本/野木亜紀子 監督/塚原あゆ子
あらすじ
2019年4月、警視庁における働き方改革の一環として刑事部・機動捜査隊(通称:機捜)の第4機動捜査隊(通称・4機捜)が増設される。同隊長の桔梗ゆづるに招集された志摩一未、旧知のベテラン刑事陣馬耕平とバディを組むはずが、上層部の意向でキャリア組の新人・九重世人が急遽4機捜の隊員となったため、候補段階で一旦落とされていた伊吹藍と組むことになる。破天荒で警察官としての常識に欠けるが、機捜の任務を「誰かが最悪の事態になる前に止められる良い仕事」だと話す伊吹に心を動かされた志摩は、彼と共に任務を続ける。
刑事ものではあるものの、機動捜査隊というこのドラマで初めて存在を知った人も多いであろう組織が題材となっている点が新鮮であった。一般的な刑事ドラマとは異なり、機捜は身軽で堅苦しい会議の時間なども基本的にはないため、普段刑事ものを見ない人でもとっつきやすい作品であると感じた。
13.『VIVANT』
監督/ 福澤克雄
あらすじ
大手商社に勤める主人公が、中央アジアのバルカ共和国で誤送金事件の損失を取り返すため、さまざまな困難に立ち向かうアドベンチャードラマ。
映画やドラマ、小説など物語が飽和している状況において、常に視聴者の想定外の話を用意するというのはとても難しいことだと感じているが、この作品はまさに想定外の連続であった。想定外のことが起こり続けることに加えて序盤では意味深だった発言も真相が明らかになるという気持ちよさが合わさってついつい見てしまう作品だと思う。
14.『不適切にもほどがある』
脚本/宮藤官九郎
あらすじ
男手一つで娘を育てる父親が、1986年から2024年に突然タイムスリップ。 昭和のダメおやじの"不適切"発言が令和の停滞した空気をかき回す、意識低い系コメディ。
昭和の、ハラスメントが当たり前だった時代が悪、現在の、多様性を認め様々なことに配慮する時代が善だと二分化するのでなく、どちらにもいい面、悪い面があるのだというメッセージ性を感じた。どちらの時代もいい面悪い面があり、今をより良い時代にするにはどうすればいいのかと考えさせられる作品であった。
15.『正体』(映画)
原作/染井為人 監督/藤井道人
あらすじ
一家惨殺事件を起こし、死刑判決を受けた鏑木が脱走した。鏑木の取り調べを行った刑事・又貫を中心に、警察が総力をあげて捜索するも鏑木の行方は掴めないまま。鏑木は姿を変え、あらゆる場所に潜伏していた。大阪府住之江区では工事現場の従業員、東京都新宿区ではフリーのWebライター、長野県諏訪市では介護老人ホームの社員。さまざまな場所で姿を変え、間一髪で警察から逃れる鏑木。彼は、それぞれの場所で自分を信じてくれる人と出会い、必死の逃亡を繰り返す。鏑木には、ある目的があったのだ。
情けは人の為ならずを体現した作品だと感じた。主人公はなにも恩を売ろうと人々に優しくしていたのではなく、それは彼自身の性格からきているものだったろう。しかし結果としてその優しさが、人々に信じる心を与えて、無罪判決という結末に辿り着いた。人々への見返りのない優しさが、最終的に自分のためになったのである。
16.『あなたの番です 劇場版』(映画)
監督/佐久間紀佳 脚本/福原充則
あらすじ
都内のマンションに引っ越し、平穏な日々を送っていた菜奈と翔太。2年が経ち、ついに晴れて結婚が決まった2人は、マンションの住人たちを招待して、船上ウェディングパーティを開催する。一行を乗せ賑やかに港を出たクルーズ船だったが、その船内で次々と謎の連続殺人事件が発生していく。
ドラマとは違う世界軸での話ではあるが、登場人物の本質的な部分は同じであるためどうしてもドラマ版で犯人だった人間を怪しんでしまう、という思考を逆手にとった内容であった。もちろんドラマ版を見たことない人でも楽しめるが、ドラマ版を視聴した上でみると、誰が怪しいかの予想もしづらくなりより楽しめる作品であると感じた。
17.『カイジ 人生逆転ゲーム』(映画)
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
26歳のフリーター・カイジは、友人の借金の保証人となり、多額の債務を抱えてしまう。金融会社の女社長は彼に、一夜にして大金を手にできる豪華客船の存在を告げる。その船の中では、命を懸けたゲームが行われていた。
この作品は、生死をかけたギャンブルという非日常的な世界での話である。誰だってカイジのような状況には陥りたくないが、あくまでフィクションでありノーリスクでひりつきを擬似体験できるという点が人々を魅了しているのだと感じた。
18.『カイジ2 人生奪還ゲーム』(映画)
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
命がけのゲームを勝ち抜き、かつて背負った多額の借金を帳消しにしながら、1年ともたず再び借金まみれの生活を送るカイジ。再逆転を狙い、勝てば10億円を稼げるギャンブルマシーン「沼」に挑むが、それを取り仕切っていたのは、カイジの因縁の男だった。
この作品は、カイジの人柄によって物語の結末を覆したという印象が強かった。前作の『カイジ 人生逆転ゲーム』ではカイジの戦略的な面でゲームを乗り切ったが、今作では戦略だけでは超えられない壁が登場する。戦略で乗り切る前作と、戦略を練った上で壁にぶつかりその人柄によって乗り越える今作、という差別化がされていたように思う。
19.『カイジ ファイナルゲーム』
原作/福本伸行 監督/佐藤東弥
あらすじ
派遣会社からバカにされ、少ない給料で自堕落な生活を送るカイジは、ある日、帝愛グループ企業の社長に出世した大槻と再会。 大槻から、金を持て余した老人が主催する「バベルの塔」という、一獲千金のチャンスを含んだイベントの存在を知らされ……。
作品序盤にあった「バベルの塔」のゲームでは、大金が物理的に高い場所にある=お金こそが力というこの世界での常識をつきつけられている気がした。貧しいものが現状を脱するためには“下から這い上がるしかない”という構図も意図的に表しているのではないだろうか。
20.『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』
原作/米澤穂信 監督/中田秀夫
あらすじ
「ある人文科学的実験の被験者」になり、7日24時間監視付きで隔離生活するだけで時給11万2000円がもらえるという募集に釣られ、何も知らずに「暗鬼館」に集った年齢も性別も様々な12人の男女。実験内容は、より多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う、殺人ゲームだった。
関水美夜が殺人を犯した理由が“怖かったから”というのがとても引っかかった。これはただたんに小説から映画にするにあたりその詳細を説明する尺が足りなかったのか、それとも疑心暗鬼にならざるを得ない状況に、引き金が軽くなったのか、そのどちらかによってだいぶ意味合いが変わってくると思う。作品の後半で、息子が待っているという事実が明かされたがお金が必要だという言及はなかった、つまり無理に人を殺す必要がなかったのである。そのことを鑑みるに、彼女は精神的に混乱状態になっていたために引き金が軽くなってしまったのではないかと感じた。
4年 加藤一花 春休み課題1~10
RES
1.『コードギアス 反逆のルルーシュ』
監督/谷口悟朗 脚本/大河内一楼
あらすじ
ブリタニア帝国に占領された日本。人を操る能力・ギアスを手にいれたルルーシュが世界を壊そうとする一方、ナイトメアフレームを操り、世界に理想と真実を求めるスザク。2人の対照的な生き方は、やがて帝国を揺るがすうねりとなっていく。
『コードギアス 反逆のルルーシュR2』と合わせて記載。
2.『コードギアス 反逆のルルーシュR2』
監督/谷口悟朗 脚本/大河内一楼
あらすじ
『コードギアス 反逆のルルーシュ』の続編
この作品はその世界観も魅力的であるが、なにより人間の感情が細かい部分まで再現されている点に魅力を感じた。私がいままでみてきた作品は、本編に登場回数の少ないわき役のキャラクターの感情が大衆の意見に流されその中の一部になってしまうことが多かった。主人公たちの味方にしても、敵にしても、常に大多数の安全圏からなにかしらガヤを入れている印象が強い。しかしながらこの作品では大多数の意見とは違う意見をもつわき役が登場し、大衆に流されず自分の意見をもっていた。これは一例に過ぎないが、登場回数が少ないわき役でもその名前やどのような人間なのかを覚えていられるほどにはキャラクター一人一人に感情があったと思う。
3.『僕のヒーローアカデミア』(漫画)
作者/堀越耕平
あらすじ
総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持ち、その“個性”によって社会を守る“ヒーロー”という存在が確立された世界。 緑谷出久はヒーローになることを夢見て、多くのヒーローを輩出する名門・雄英高校ヒーロー科入学を目指していた。
見た目や性格の面で個性の強いキャラクターたち、ストーリー構成の美しさ、戦闘シーンでの絵の躍動感、といった様々な要素が掛け合わさった結果魅力的な作品になったのだと思う。特にストーリー構成の美しさについていえば、近年有名作品の終わり方が微妙だと物議を醸し出していたという状況であったため、ストーリーの終わり方の納得度合いがより際立って見えたように感じた。
4.『推しの子』(漫画)
原作・原案/赤坂アカ 作画/横槍メンゴ
あらすじ
前世の記憶を持ったまま、伝説のアイドル・アイの子ども“推しの子”として転生した双子のアクアとルビー。アイの死の真相を追い求め、母の復讐を誓う兄アクアと母のようなアイドルになることを目指す妹ルビーは芸能界に身を投じ、その光と影に飲み込まれていく。
一見、キラキラアイドルものだと感じるような作品なだけに、そのギャップがつかみとしてはうまく機能しているなと感じた。普通に生活していれば知ることのない芸能界の裏話やゴシップネタを現実と照らし合わせてみることで、一般の人への注意喚起を兼ねた何らかのメッセージを発信しているのだと感じた話がいくつもあった。
5.『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』(映画)
原作/堀越耕平 監督/岡村天斎
あらすじ
出久たちが雄英高校2年目の春、ヒーローとヴィランの全面戦争が勃発し、出久は恐るべき力を得た死柄木弔と激闘を繰り広げる。死柄木の撤退により戦いは一旦の終結を迎えたものの、日本各地の刑務所から脱獄したヴィランたちによって社会は荒廃していく。そんな中、突如として謎の巨大要塞が現れ、街や人々を飲み込んでしまう。そして出久たちの前に、見た目はオールマイトにそっくりだが真逆の信念を持つ敵・ダークマイトが立ちはだかる。
新たなヴィランであるダークマイトの出現、ジュリオとアンナの関係性や事情、劇場版ならではの本編ではあまりみられないメインキャラ3人による共闘など、映画にするには情報を詰めすぎているのではないかと感じた。ダークマイトとの戦闘、ジュリオとアンナの関係性、どちらかだけでも十分濃い話であっただけに、それぞれの要素をもう少し掘り下げてみてみたかったと感じた。
6.『アンダーニンジャ』(映画)
原作/ 花沢健吾 監督/福田雄一
あらすじ
太平洋戦争後、GHQによって解体された忍者組織は、紛争やテロの時代になり消滅したかに見えたが、再び多くの忍者が日本国内の官民、あらゆる組織に潜伏し、暗躍していた。 その数は約20万人といわれ、忍者は現在も日本に存在している。 しかし、末端の忍者によっては職にあぶれ、ニート同然の生活を送っている者もいた。
ギャグシーンは物語の本筋とは交わらず別個で面白いと感じたが、物語全体を通して見ると、原作を知っている人向けの映画であるように思った。特に最終盤のシーンにて生死不明の主人公にそっくりな別人が登場するが、名前だけ名乗り、彼が何者なのか、主人公との関係はなんなのか、何もかも不明なまま物語が終わってしまった。原作を知らない人間からすると、映画の終わり方的に謎を残してしまうため、後に残る印象としてあまりいいイメージではなかった。
7.『アンダーニンジャ』(アニメ)
監督/桑原智 原作/花沢健吾
あらすじ
『アンダーニンジャ』(映画)と同じ
映画版を観た後だとある程度の内容がすんなり入ってくるのだが、アニメから入った人は時系列が混ざり混乱しやすい進め方であるなと感じた。そのため映画版では時系列的にわかりやすくなるよう工夫されていたのだと感じることができた。
8.『涙の女王』
脚本/パク·ジウン 監督/チャン·ヨンウ、キム·ヒウォン
あらすじ
財閥クィーンズグループの3代目で、クィーンズデパートの社長ホン・ヘインと結婚した、ソウル大学法学部出身の頭脳明晰な弁護士ペク・ヒョヌ。財閥令嬢と平凡な社員のカップルは“世紀の結婚”と呼ばれ、財閥家の婿になりグループの法務理事の座に就いたヒョヌは、周りからは勝ち組と見られていたが、結婚して3年、執事のように扱き使われ、冷淡で自己中なヘインとの生活にうんざりしていた。ある夜、意を決して離婚を切り出そうとしたヒョヌは、先にヘインから余命3か月と告白されてしまう……。
言葉に表れない仕草の細かい部分まで作り込まれており、そこから人々の成長を感じることができる作品であった。自転車に乗れなかったはずの次男が大事な場面で普通に自転車を乗りこなせるようになったり、すぐ手がでてしまっていた叔母さんも、対話から始まるようになっていたりなど、ドラマとしては描かれていない空白のシーンを想像させるような演出があった。どんなに些細な、日常シーンのうちの一つともとれるようなやり取りでも、のちのストーリーに繋がってくるということがあるのでどのシーンも目が離せない作品だと感じた。
9.『ミステリと言う勿れ』(映画)
原作/田村由美 監督/松山博昭
あらすじ
大学生の久能整は、たまたま訪れていた広島でとある一族の遺産相続争いに巻き込まれてしまう。やがて彼は、一族の闇の歴史に秘められた謎を解き明かしていくことになる。
ミステリー作品はその性質上、大抵主人公サイドに感情移入してしまうため犯人に腹が立ってしまうなど感情的になってしまう側面があるのだが、この作品は主人公が冷静である分、みているこちらも冷静に楽しむことができるものになっているのではないかと思う。物語内で起こった出来事をより客観的に見ることができるため、感情的に不快になりづらいことに加え、自身も探偵的立場から考察しやすいなと感じる。そのことに加え途中退場の死者が出ず、生々しい表現もないため、ミステリーにしては見やすい作品であると思う。
10.『地面師たち』
監督・脚本/大根仁
あらすじ
再び土地価格が高騰し始めた東京。辻本拓海はハリソン山中と名乗る大物不動産詐欺師グループのリーダーと出会い、「情報屋」の竹下、なりすまし犯をキャスティングする「手配師」の麗子、「法律屋」の後藤らとともに、拓海は「交渉役」として不動産詐欺を働いていた。次のターゲットは過去最大の100億円不動産。地主、土地開発に焦りを見せる大手デベロッパーとの狡猾な駆け引きが繰り広げられる中、警察が地面師たちの背後に迫る。次々と明らかになる拓海の過去とハリソンの非道な手口。前代未聞の綱渡りの不正取引、迫りくる捜査...果たして 100 億円詐欺は成功するのか?
人間の欲深さがよく描かれている作品だと感じた。お金、土地、地位など、絶対に手に入れたいものを前に100%冷静に客観的な立場で考えてみるというのは難しいことであり、その心理をついた犯罪なのだと思った。地面師詐欺とは現実でも起こったことのある詐欺だということで、騙される側は以外と冷静になれていないということを世に伝える意図もあるのかもしれないと思った。
監督/谷口悟朗 脚本/大河内一楼
あらすじ
ブリタニア帝国に占領された日本。人を操る能力・ギアスを手にいれたルルーシュが世界を壊そうとする一方、ナイトメアフレームを操り、世界に理想と真実を求めるスザク。2人の対照的な生き方は、やがて帝国を揺るがすうねりとなっていく。
『コードギアス 反逆のルルーシュR2』と合わせて記載。
2.『コードギアス 反逆のルルーシュR2』
監督/谷口悟朗 脚本/大河内一楼
あらすじ
『コードギアス 反逆のルルーシュ』の続編
この作品はその世界観も魅力的であるが、なにより人間の感情が細かい部分まで再現されている点に魅力を感じた。私がいままでみてきた作品は、本編に登場回数の少ないわき役のキャラクターの感情が大衆の意見に流されその中の一部になってしまうことが多かった。主人公たちの味方にしても、敵にしても、常に大多数の安全圏からなにかしらガヤを入れている印象が強い。しかしながらこの作品では大多数の意見とは違う意見をもつわき役が登場し、大衆に流されず自分の意見をもっていた。これは一例に過ぎないが、登場回数が少ないわき役でもその名前やどのような人間なのかを覚えていられるほどにはキャラクター一人一人に感情があったと思う。
3.『僕のヒーローアカデミア』(漫画)
作者/堀越耕平
あらすじ
総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持ち、その“個性”によって社会を守る“ヒーロー”という存在が確立された世界。 緑谷出久はヒーローになることを夢見て、多くのヒーローを輩出する名門・雄英高校ヒーロー科入学を目指していた。
見た目や性格の面で個性の強いキャラクターたち、ストーリー構成の美しさ、戦闘シーンでの絵の躍動感、といった様々な要素が掛け合わさった結果魅力的な作品になったのだと思う。特にストーリー構成の美しさについていえば、近年有名作品の終わり方が微妙だと物議を醸し出していたという状況であったため、ストーリーの終わり方の納得度合いがより際立って見えたように感じた。
4.『推しの子』(漫画)
原作・原案/赤坂アカ 作画/横槍メンゴ
あらすじ
前世の記憶を持ったまま、伝説のアイドル・アイの子ども“推しの子”として転生した双子のアクアとルビー。アイの死の真相を追い求め、母の復讐を誓う兄アクアと母のようなアイドルになることを目指す妹ルビーは芸能界に身を投じ、その光と影に飲み込まれていく。
一見、キラキラアイドルものだと感じるような作品なだけに、そのギャップがつかみとしてはうまく機能しているなと感じた。普通に生活していれば知ることのない芸能界の裏話やゴシップネタを現実と照らし合わせてみることで、一般の人への注意喚起を兼ねた何らかのメッセージを発信しているのだと感じた話がいくつもあった。
5.『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』(映画)
原作/堀越耕平 監督/岡村天斎
あらすじ
出久たちが雄英高校2年目の春、ヒーローとヴィランの全面戦争が勃発し、出久は恐るべき力を得た死柄木弔と激闘を繰り広げる。死柄木の撤退により戦いは一旦の終結を迎えたものの、日本各地の刑務所から脱獄したヴィランたちによって社会は荒廃していく。そんな中、突如として謎の巨大要塞が現れ、街や人々を飲み込んでしまう。そして出久たちの前に、見た目はオールマイトにそっくりだが真逆の信念を持つ敵・ダークマイトが立ちはだかる。
新たなヴィランであるダークマイトの出現、ジュリオとアンナの関係性や事情、劇場版ならではの本編ではあまりみられないメインキャラ3人による共闘など、映画にするには情報を詰めすぎているのではないかと感じた。ダークマイトとの戦闘、ジュリオとアンナの関係性、どちらかだけでも十分濃い話であっただけに、それぞれの要素をもう少し掘り下げてみてみたかったと感じた。
6.『アンダーニンジャ』(映画)
原作/ 花沢健吾 監督/福田雄一
あらすじ
太平洋戦争後、GHQによって解体された忍者組織は、紛争やテロの時代になり消滅したかに見えたが、再び多くの忍者が日本国内の官民、あらゆる組織に潜伏し、暗躍していた。 その数は約20万人といわれ、忍者は現在も日本に存在している。 しかし、末端の忍者によっては職にあぶれ、ニート同然の生活を送っている者もいた。
ギャグシーンは物語の本筋とは交わらず別個で面白いと感じたが、物語全体を通して見ると、原作を知っている人向けの映画であるように思った。特に最終盤のシーンにて生死不明の主人公にそっくりな別人が登場するが、名前だけ名乗り、彼が何者なのか、主人公との関係はなんなのか、何もかも不明なまま物語が終わってしまった。原作を知らない人間からすると、映画の終わり方的に謎を残してしまうため、後に残る印象としてあまりいいイメージではなかった。
7.『アンダーニンジャ』(アニメ)
監督/桑原智 原作/花沢健吾
あらすじ
『アンダーニンジャ』(映画)と同じ
映画版を観た後だとある程度の内容がすんなり入ってくるのだが、アニメから入った人は時系列が混ざり混乱しやすい進め方であるなと感じた。そのため映画版では時系列的にわかりやすくなるよう工夫されていたのだと感じることができた。
8.『涙の女王』
脚本/パク·ジウン 監督/チャン·ヨンウ、キム·ヒウォン
あらすじ
財閥クィーンズグループの3代目で、クィーンズデパートの社長ホン・ヘインと結婚した、ソウル大学法学部出身の頭脳明晰な弁護士ペク・ヒョヌ。財閥令嬢と平凡な社員のカップルは“世紀の結婚”と呼ばれ、財閥家の婿になりグループの法務理事の座に就いたヒョヌは、周りからは勝ち組と見られていたが、結婚して3年、執事のように扱き使われ、冷淡で自己中なヘインとの生活にうんざりしていた。ある夜、意を決して離婚を切り出そうとしたヒョヌは、先にヘインから余命3か月と告白されてしまう……。
言葉に表れない仕草の細かい部分まで作り込まれており、そこから人々の成長を感じることができる作品であった。自転車に乗れなかったはずの次男が大事な場面で普通に自転車を乗りこなせるようになったり、すぐ手がでてしまっていた叔母さんも、対話から始まるようになっていたりなど、ドラマとしては描かれていない空白のシーンを想像させるような演出があった。どんなに些細な、日常シーンのうちの一つともとれるようなやり取りでも、のちのストーリーに繋がってくるということがあるのでどのシーンも目が離せない作品だと感じた。
9.『ミステリと言う勿れ』(映画)
原作/田村由美 監督/松山博昭
あらすじ
大学生の久能整は、たまたま訪れていた広島でとある一族の遺産相続争いに巻き込まれてしまう。やがて彼は、一族の闇の歴史に秘められた謎を解き明かしていくことになる。
ミステリー作品はその性質上、大抵主人公サイドに感情移入してしまうため犯人に腹が立ってしまうなど感情的になってしまう側面があるのだが、この作品は主人公が冷静である分、みているこちらも冷静に楽しむことができるものになっているのではないかと思う。物語内で起こった出来事をより客観的に見ることができるため、感情的に不快になりづらいことに加え、自身も探偵的立場から考察しやすいなと感じる。そのことに加え途中退場の死者が出ず、生々しい表現もないため、ミステリーにしては見やすい作品であると思う。
10.『地面師たち』
監督・脚本/大根仁
あらすじ
再び土地価格が高騰し始めた東京。辻本拓海はハリソン山中と名乗る大物不動産詐欺師グループのリーダーと出会い、「情報屋」の竹下、なりすまし犯をキャスティングする「手配師」の麗子、「法律屋」の後藤らとともに、拓海は「交渉役」として不動産詐欺を働いていた。次のターゲットは過去最大の100億円不動産。地主、土地開発に焦りを見せる大手デベロッパーとの狡猾な駆け引きが繰り広げられる中、警察が地面師たちの背後に迫る。次々と明らかになる拓海の過去とハリソンの非道な手口。前代未聞の綱渡りの不正取引、迫りくる捜査...果たして 100 億円詐欺は成功するのか?
人間の欲深さがよく描かれている作品だと感じた。お金、土地、地位など、絶対に手に入れたいものを前に100%冷静に客観的な立場で考えてみるというのは難しいことであり、その心理をついた犯罪なのだと思った。地面師詐欺とは現実でも起こったことのある詐欺だということで、騙される側は以外と冷静になれていないということを世に伝える意図もあるのかもしれないと思った。
4年 清水
RES
春期休暇課題11~20
11.『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』(映画)
監督:畑博之 制作P.A.WORKS 公開日2025年1月17日
CDショップで聴いたことのないミクの歌を耳にした星乃一歌。彼女はモニターに、見たことのない初音ミクを見つけ、思わず声を出す。その声に驚いたミクは、一歌と目が合ったものの、ほどなくして消えてしまう。後日、路上ライブを終えた一歌のスマホに、以前見かけたミクが姿を現す。寂しそうに俯くミクに話を聞くと、“想いの持ち主”に歌を届けたいが、その歌が届かないという。ライブで多くの人に歌を届ける一歌を見て、彼女のことを知れば自分も歌を届けることができるのではとミクは考えやって来たのだった。ミクの願いに「私でよければ」と一歌は微笑み答える。
アプリゲーム「プロジェクトセカイカラフルステージ!feat.初音ミク」をオリジナルストーリーで映画にした作品。アプリに登場するすべてのユニットが登場する。「セカイ」についての説明は特段何もなかったが、それぞれのユニットが「セカイ」に飛び込む姿は描写されており、それぞれの「セカイ」を象徴する初音ミクも登場するため何も知らない人でも、「セカイ」がどういうものなのか、“想いの持ち主”とは何を示すのかがわかるようになっていると感じた。
“想いの持ち主”に歌を届けることができないミクは、黒い服装、黒い耳飾りと暗い感じが強く他の「セカイ」のミクと比較してどこか未完成といった印象を受けやすい。彼女の「セカイ」も扉は錆びつき、空は真っ暗で砂が積もり荒廃しているように描かれている。このような描写は彼女の「セカイ」が閉じた状態であり、“想いの持ち主”も負の感情に浸食されていることを視覚的に表現していると考えられる。宙に浮く扉から砂が出る場面や、ミクが黒い鎖に巻き付かれているような描写もこれに該当すると考えられる。
本作の重要な要素である各ユニットの歌は映画館という環境もあってどれも素晴らしかった。そのうえで各ユニットの「セカイ」と違わない印象の曲調であり、全く知らない私でもこのユニットはこんな感じの歌を歌うのかとイメージが付きやすかった。
12.『ソードアート・オンライン アインクラッド』(ライトノベル)
※1~2巻、8巻の短編エピソードを含む
作者:川原礫 イラスト:abec
2022年、人類は完全な仮想空間を実現した。それを元に発売された一本のゲームソフト。≪ソードアート・オンライン≫、通称SAO。世界初となるVRMMORPGの世界をプレイヤーたちは存分に楽しんでいた。ログアウト不能であることが発覚するまでは。製作者の茅場昌彦からは第100層までクリアすればログアウトできること、SAO内でHPを全損すれば現実世界でも死ぬという事実が告げられる。いち早くこの真実を受け入れたプレイヤー・キリトはソロプレイヤーとして攻略を開始する。
原点にして頂点の物語。アニメとは違い、最後の二週間から物語がスタートしている。これは元々アインクラッド編自体を長めに書こうという姿勢ではなかったことが影響していると考えられる。キリトとアスナの関係性が熟しきっている頃合いであり、いがみ合う二人が描写されないことが少し残念だった。この頃にはキリトの安全マージンをとってのソロ攻略が確立されている。その一方で紆余曲折を経て血盟騎士団に入団となったときには「ソロ攻略も限界が来ていたから…」という発言があり、どこかのタイミングでパーティー攻略に切り替えた可能性が高いと考えられる。彼がギルドに所属しないことにこだわる理由は、一年ちょっと前のトラウマと自身の出生が深く関わっていると思われる。目の前で人が消える恐怖や自身が見ている人は本物なのかという問いを拭い去れないことで距離を置いていたが、アスナがキリトを守る側と宣言したことで彼の懸念は少し和らいだのではないかと考えられる。
ゲームをしていると私たちも「死ぬ」という単語を口にするが、SAOでの「死ぬ」は重みが違いすぎると感じる。二年という長い時間ゲームに囚われているがそこには不透明なタイムリミットも存在しており、アスナの発言からはタイムリミットを迎えることは戦って死ぬことよりも辛いことと捉えていると考えられる。ほかにも、キリトとアスナがこの世界に慣れてしまった結果、現実世界のことを思い出さない日があることも語られている。死に関する発言や現実世界という単語から、ゲームの世界だと頭では理解しているが、VR世界への慣れや現実の死を迎える引き金がゲームでの死であることが、現実とゲームの境界線を曖昧にしているとも感じた。
13.『ソードアート・オンライン フェアリィダンス』(ライトノベル) ※3~4巻
作者:川原礫 イラスト:abec
SAOから生還を果たしたキリト。しかし、SAOにて結婚し恋仲となったアスナは未だ目覚めずにいた。見舞いに行った病室でキリトはレクトスタッフの須郷伸之と明日奈の間で縁談が持ち上がっていることを知ってしまう。失意に沈むキリトだったが従妹からの励ましによってなんとか立ち直る。その後、エギルから一枚の画像が送られてくる。そこに写っていたのは鳥籠のなかで座るアスナらしき人影だった。アスナを救うためキリトは≪アルヴヘイム・オンライン≫に挑む。
キリトのヒーロー性や、直葉との関係の修復がテーマとしてあるように感じた。キリトはSAOから多くの人を救った英雄ではあるものの、現実世界ではゲーム好きの高校生であり特別強いわけではない。そのことはキリトも自覚的であり、アスナを救う過程でもその事実に打ちのめされ心が折れそうになっている。しかし、そんなキリトをアスナは「私にとって君はいつでもヒーロー」だと語る。この点からはキリトは強いプレイヤーではあるがどんな敵も倒す万能さは持っておらず、他人と共闘し、救い、変えるヒーローであることを示していると考える。
従妹との関係性はキリトが自身の生い立ちを知ったことで拗れていったが、その修復は現実とVRの両方で行われる。キリトに対する想いを現実世界で話した後、VR世界での戦闘によって本来の関係を取り戻すという形式だが、これはVR世界での人格が現実世界の延長にあることが大きく影響していると考えられる。行っているのは現実世界では語れないことをネットで発散するのと同じことであり、長い期間話し合えなかった二人が本音で語るのに最適な方法であったと思われる。桐ヶ谷和人/キリトとして、桐ヶ谷直葉/リーファとして、接し話す姿はVRでの人格が現実の延長であること、現実では見せない抑圧された部分の解放の証明であり、SAOというシリーズの根幹にも関わる重要な要素だと考えられる。
14.『ソードアート・オンライン ファントムバレット』(ライトノベル) ※5~6巻
作者:川原礫 イラスト:abec
SAO事件から約一年。キリトは総務省仮想課の菊岡から奇妙な依頼を受ける。それは、銃と鋼鉄のVRMMO≪ガンゲイル・オンライン≫にて発生した死銃事件の捜査であった。死銃に撃たれたものは現実世界でも死に至る。仮想世界が現実世界に物理的に及ぼす影響に疑念を抱くキリトだったが、≪GGO≫へとログインする。手掛かりを掴むべく不慣れなゲーム内を彷徨うキリト。彼に手を差し伸べたのはスナイパーの少女・シノンだった。彼女の力を借りたキリトは死銃と接触するために全ガンナーの頂点を決める大会バレット・オブ・バレッツに参加する。
過去を受け入れてどう乗り越えていくかに大きな焦点が当たっていると感じた。キリトとシノンの二人に共通するのは人を殺した過去があること。二人ともその幻影に苦しめられていることまで共通している。そんな二人が《GGO》で渦巻く事件を調査する中で過去と向き合い、成長していく様子が丁寧に描写されている。
シノンは過去の出来事によるPTSDを克服するために《GGO》にログインしているが、ゲーム以外の使用方法があることを示すのは次のエピソードへの準備であったのではないかと考える。
個人的に死銃の腕に刻まれたエンブレムを目にした瞬間、震えるキリトが好きなのだが、その姿からはトラウマに怯える普通の高校生のように見える。ここから彼にとってはゲーム内での人殺しが軽くない事実であり、SAO時代が良くも悪くも善良なプレイヤーであったことの証左であると考えられる。
この章の核である事件を追う中で過去の出来事に向き合う二人は自分の行動を悔いているというより、その選択が正しかったのかという部分に悩まされている。個人的には殺す以外の選択肢が存在したのではないか、そんな自分がのうのうと生きていてもいいのだろうかという問いこそが向き合うということであり、考え続けることなのだと思う。終盤ではできなかったことを悔いる方向に考えがちではあるが、それによって救われた人や命があるという事実が描写されており、向き合う中で広く視野を持って自分に対話していくことが重要なのだと感じた。
15.『ソードアート・オンライン マザーズロザリオ』(ライトノベル)※7巻
作者:川原礫 イラスト:abec
ある日、アスナはリズベットから奇妙な噂を聞く。新マップ《浮遊城アインクラッド》、その第24層主街区北部で自身の持つ《オリジナル・ソードスキル》を賭けた決闘を行っているプレイヤーがいるというのだ。あのキリトすら打ち負かした《絶剣》と呼ばれるプレイヤーにアスナも挑むも、紙一重の差で敗北してしまう。しかし、《絶剣》は決闘が終わるやいなや、アスナを自身のギルドに誘い始めた。キリトに勝利し《絶剣》と呼ばれるほどの剣技。そこにはある秘密が隠されていた。
主人公キリトではなく、ヒロインのアスナを軸に彼女の精神的な成長とユウキの生き様を描いたエピソード。これまでのアスナは芯が強く、キリトを支える存在として描かれてきていた。その一方で他人と衝突しそうになると自分の意見を言わずに相手を立てようとする克己心が強すぎる面が垣間見えていた。これはアスナの家庭環境に依存する問題として書かれている。アスナの母親は教育熱心であり、自身が考えるアスナのための最良のレールの上を走らせてきた。アスナ自身も幼いころからそれに従ってきたため、母親に意見することがない歪な親子関係であった。そしてアスナがSAOに囚われた2年間で従属的な親子関係の歪さはさらに加速したと考えられる。アスナは母親に対して思うことはあるが、言っても聞き入れてくれないという考えから反抗的な態度をとるようになり、母親はゲームに浸る娘が自身の考えるレールに戻ってきてくれないことに恐怖し、VRを遠ざけようとする。
そんな本音を互いに言わない関係を変えたのが《絶剣》である。VR世界で多くの時間を過ごした彼女は自分のやりたいようにやるが信条であり、アスナの周りを立てるとは対照的なスタンスである。そんな彼女がアスナに放った「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか、とかね」はSAO屈指の名言であり、アスナを大きく変える起爆剤とも言える。VR世界で多くの時間を過ごし、自分を貫いてきた彼女だからこそ重みをもつ言葉だと考えられる。
アスナが母親と語り合うために22層の森の家を選んだのは、現実で言えないことがオンライン上であれば口に出してしまえることや人格そのものは現実の延長であることが関係していると考えられる。アスナにとってもう一つのリアルであり、知ってもらいたいというのもあるだろうが、現実で抑圧している想い、考えは別の場所だと曝け出せることが多い。現実だろうが、ゲームだろうが目の前にいる人物は同一であり、現実の延長でもあるため、そこに区切りがあるようで実はなかったりする。SAOから続く現実とネット上での人格の線引きはここでも書かれていると個人的には感じた。
本エピソードで語られたユウキの生き様はアスナ以外の多くの人にも影響を与えたと思われる。とある事情からダイブしている時間が長いユウキは自分のやりたいことをやるという信条を全うしており、VRから去るとなった時には多くの人が駆けつける。これは現実に戻っても同じであり、彼女のもとには多くのプレイヤーが駆けつけていた。己を貫くその生き様が多くの人を惹きつけ、現実で問題を抱える人に勇気を与えることができたと考えられる。それと同時にゲームと現実での関係性は続いていることも描かれていると感じる。
16.『ソードアート・オンライン アリシゼーション』(ライトノベル)※9~18巻
作者:川原礫 イラスト:abec
《ルーリッドの村》で育った少年・キリトは、幼馴染のユージオとともに巨大な黒樹・ギガスシダーを倒すという天職を背負っていた。今日も巨木を倒すべく斧を振るっていると、幼馴染のアリスが手作りのパイを差し入れにやってくる。昼食のさなか、3人はおとぎ話にでてきた《果ての山脈》の洞窟へと遠出することを決める。世界の掟である禁忌目録に違反しないか不安がるユージオに、キリトとアリスは大丈夫だと口々に言う。そして出発の日を迎え、果ての山脈に行く3人。そこで彼らが目にしたのは信じがたい光景だった。
これまでのエピソードで話に出ることがあったものの、そこまで触れられることがなかったAIについて真正面から語られた。特に現在の我々の生活で存在しているトップダウン型のAIではなく人の思考回路、魂を模して完成したボトムアップ型のAIについての問題提起がされている。特に人と大差ないAIをどのようにとらえるのかというのがアリシゼーション全体では問われているのではないかと考える。UW内ではキリト以外のすべての人々がAIであり、しかしその知性や会話の円滑さは人間と遜色ないレベルである。これについてキリトは「AIであるのかもしれないが、その世界で生きる人々のようにしか思えない」といった印象を抱いている。しかし、UWを創った開発者たちは軍事転用可能なAIという考え方であり、この点からAIを人とみなすのか、それとも人工物と考えるのかという問題が表れている。感情があるという部分が厄介であり、揺らぎのある声やAIとは思えない感情表現を見てしまうと人工物という割り切りが困難になっていくことが原因の一つだと考える。個人的には彼らは人を攻撃しないようにできていない時点で既存のAIと差別化が図られており、埋め込まれた規範を意思によって凌駕している為、人間に近いと考える。
アリシゼーションのAIについて他作品と比較して異なる点として人の手によって創られた存在であることの自覚がまるでないことが挙げられる。彼らは自分が人間であると思い込んでおり、現実世界があることも全く知らないのである。AIという自覚があれば、人との交流の図り方やできることにそれらしさが垣間見えるはずである。それが全くないことによってAIなのか人なのかという境界線はより曖昧になっていると考えられる。
アリシゼーションUW大戦編に突入すると、先述した問題に加えてAIに人権はあるのかという問題が出てくる。ボトムアップ型人工知能は先に書いたように知性、感情共に人間と遜色ないためその扱いが極めて難しい。解決するためにはAIにとっての生死は何か、どこまでの人権や義務を与えるべきなのかを考える必要があると思われる。我々を人間であると定義づけできる要素とAIがAIであると定義づけできる要素を比較していかなければ、その分野に精通している者でも扱いや権利の範囲がわからなくなっていくだろう。AIが人権を持つことはその存在意義にも大きな影響を与え、今以上の有用性が認められることにもなる。無機物と思うか、対等な存在として扱うのか。これからの技術発展における問題が詰め込まれたエピソードだと感じた。
17.『デモンズクレスト』(ライトノベル)
作者:川原礫 イラスト:堀口悠紀子
世界初の全感覚没入型VRMMO-RPG《アクチュアル・マジック(AM)》のテストプレイが開始された。雪花小学校6年1組の芦原佑馬は新たなテクノロジーが作り出すVR世界に驚き、クラスメイトとともにダンジョンボスを攻略し、ログアウトするはずだった。しかし、ダンジョンボスを倒した後、奇妙な赤い光がアバターを包み込み、佑馬は意識を失ってしまう。《AM》から強制ログアウトした佑馬が目にしたのは、《AM》と《現実》が融合した《MR(複合現実)》だった。
現実世界がゲームに浸食された世界が舞台。技術が進化し、デバイスが体の内部に埋め込まれ、それが当たり前となっている。その割にはフルダイブマシンが体全体を覆うコクーン型であるなど遅れている分野はとことん遅れている印象を受ける。
ゲームが現実世界を侵食したということもあり、現実世界にゲーム内でのモンスターが登場する。手順を踏めば、ゲーム内でのステータス及びスキルを反映させることができるが、外見的変化がないことによって主人公たちが存在しているのが現実ということを意識させられる。実際に戦ったときに流血や身体的苦痛を伴う描写があることも同じ効果を発揮している。
SAOシリーズとは違いデスゲーム的要素を含みながらも現実からゲームの世界にログインすることも可能となっている。ゲーム内で得た物資やアイテムは現実世界に戻っても使用可能となっており、その逆も可能である。現実とゲームの双方向の攻略が必要と思われるが、一枚岩ではないクラスメイト達をどうまとめていくのか、攻略の
プランなど主人公のリーダー性が試される描写が散見されており、精神的成長と見つめ直しが主人公に課された要素だと考えられる。
タイトルにある「デモン」とは作中で仄めかされているクラスメイト達に宿った悪魔のことを示していると考えられる。この悪魔たちが《MR(複合現実)》になった途端、宿った経緯は不明であるものの、攻略において重要なかぎを握っていると思われる。
18.『ユア・フォルマ』(ライトノベル)
作者:菊石まれほ イラスト:野崎つばた
脳の縫い糸―通称〈ユア・フォルマ〉。ウイルス性脳炎の流行から人々を救った医療技術は、日常に不可欠な情報端末へと進化を遂げた。縫い糸は全てを記録する。視覚、聴覚、そして感情までも。そんな記録にダイブし、重大事件解決の糸口を探るのが、電索官・エチカの仕事だ。電索能力が釣り合わない同僚の脳を焼き切っては病院送りばかりにしていたエチカにあてがわれた新しい相棒ハロルドは、ヒト型ロボット〈アミクス〉だった。過去のトラウマからアミクスを嫌うエチカと構わず距離を詰めるハロルド。稀代の凹凸バディは世界を襲う電子犯罪に挑む。
脳に埋め込まれた情報端末を駆使して生活することが当たり前になった世界。アミクスも生活に密接するようになるが、それを悪用した犯罪も増えていることが書かれている。アミクスの多くは個人の生活を支えるか、仕事をするかのどちらかに大別される。作中では、アミクスをめぐって「機会派」と「友人派」という単語が登場する。この単語からアミクスをどう扱うが人によって異なると考えられる。彼らには敬愛規律が刻み込まれており、人を攻撃しないようになっている。笑いこそするが感情そのものはあくまでプログラムと説明されている。そこだけ切り取れば機械と考えることもできるが、仕事を一緒にする、生活を共にするとなると状況は変わってくるため、置かれた環境、育った環境に左右されると考えられる。しかし、ハロルドは捜査能力を評価されても、実力は評価されていない面がある。その描写からは機械派の人が多く差別意識も強いということが窺える。
エチカのアミクス嫌いは彼女の家庭環境に起因した問題として詳細に語られている。父が自分を見てくれず、お手伝いのアミクスばかり見ていることが原因だった。愛してほしかった人に愛してもらえなかったという過去を持っている人物なのである。これは彼女の人間関係の構築にも影響を及ぼしており、愛してもらうことに飢えているが、与えられないことを知っているために一匹狼のような態度で他人と近づきすぎないようにしていると考えられる。
19.『Vivy prototype』(ライトノベル)
作者;長月達平・梅原英司 口絵・挿絵:FLAT STUDIO 装画:loundraw
科学の発展と共に、人類の生活に欠かせない存在となったAI。『歌姫』と呼ばれるヴィヴィもまた、国内最大級のテーマパーク『ニーアランド』で歌い続けるAIであり、その歌声で人々を魅了し、連日の熱狂を生み出していた。そんな彼女のもとに突如として現れたのは、マツモトと名乗る未知のAIだった。マツモトは自分が100年後の未来からやってきたと語り、人類とAIが繰り広げる最終戦争を阻止するため、『シンギュラリティ計画』への協力をヴィヴィに要請する。
AIの発展と人間との関係性、一個体としてどのように扱うのかが問われた作品であると感じた。ヴィヴィは自身がAIであることや人々にふりまく笑顔、感情を伴っているかのような反応が学習して作られたものであることを自覚している。そのため歌姫という人物的扱いよりも、備品という機械的扱いはふさわしいと思っている節があると読み取れる。しかし、彼女が見せる反応はあまりにも人間的すぎるために人としての扱いが定着していると思われる。この点は未来から来たAIであるマツモトとの大きな差でもある。シンギュラリティ計画達成のために、感情による回り道や無駄な思考をせず合理的な判断のみで動かそうとするマツモトに対して、ヴィヴィは接客がメインとなる仕事柄ゆえか感情というものに敏感であると感じる。規格こそ異なるがAIとしての原則は同じであるため、AIが人間の感情、想いに共感し尽力するかなどは環境が大きく左右すると考えられる。それを好ましく思う人もいるが、作中で言及されたように、人はAIが人らしい反応を見せることを嫌うこともあるためどちらが良いかは難しい問題と感じた。
また、彼女たちが従う三原則が計画の成功に関わっている。人に危害を加えてはならないと紹介されているが、『人類』という大きな枠組みで考えると優先順位が下がるとされている。しかし、この『人類』もAIそれぞれがどこまでを人類と考えているかによって倫理規定に大きな変化をもたらすと考えられる。多くの人を人類と捉えれば、それを害そうとする一個人を攻撃できるが、ただ一人を人類と認識しているAIにとってはその他大勢は攻撃対象になりうるということである。そのように考えるとAIを開発する中で人への奉仕にどこまでの自由度、解釈を持たせるべきなのかも問われていると思った。
20.『ほうかごがかり』(ライトノベル)
作者:甲田学人 イラストpotg
小学六年の二森啓はある日、教室の黒板に突如として自分の名前が謎の係名と共に書き込まれているのを目撃する。その日の深夜十二時、自室。学校のチャイムが爆発的に鳴り響き、開いた襖の向こうには暗闇に囲まれた異次元の学校―『ほうかご』が広がっていた。
学校中の教室に棲む、『無名不思議』と呼ばれる名前のない異常存在。ほうかごに呼び出された六人の少年少女は、それぞれが担当する化け物を観察しその正体を記録するために集められたのだった。絵が得意な啓は屋上に潜む怪異『まっかっかさん』を捉えるべく筆を手にする。
ホラー的要素を含んだ作品。何の関係性もなく集められた少年少女のかかり活動が描かれる。担当する化け物たちは学校の怪談になる前の状態のものと作中では説明されている。それらが成長していくことによって怪談へと変貌していき小学生たちを襲うようになることを止めるのがほうかごがかりの役目とされている。集められた少年少女は学校内で関係性があるわけではないが、各々の観察の過程から自分でもわかっていない本心を隠しているという共通項があると考えられる。主人公の啓が観察した『まっかっかさん』は見つめると死に誘う抗いがたい力を持っているが、これは刑が無意識に考えていた自分はいなかった方がよかったのではないかという思いと一致している。おそらく少年少女の心の傷に近いものを克服することが、観察を完成に導くための重要な要素と思われる。
本作では暗い、黒い、赤いといった色に関連した表現が極めて多い。特に血に関する描写は赤だけでも様々な表現が使われており、想像したくない光景がありありと浮かんでくる。改行や行間によって、光景に対する登場人物たちの感情がより伝わってくるため、読んだ後は身の毛もよだつ思いだった。ただこのように色に関する表現が多いのは啓が絵を描くことが好きな少年であり、造形が深いことや彼の視点を通しての物語体験となるため、作者が意図的にしている可能性もあるのではないかと考えた。
11.『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』(映画)
監督:畑博之 制作P.A.WORKS 公開日2025年1月17日
CDショップで聴いたことのないミクの歌を耳にした星乃一歌。彼女はモニターに、見たことのない初音ミクを見つけ、思わず声を出す。その声に驚いたミクは、一歌と目が合ったものの、ほどなくして消えてしまう。後日、路上ライブを終えた一歌のスマホに、以前見かけたミクが姿を現す。寂しそうに俯くミクに話を聞くと、“想いの持ち主”に歌を届けたいが、その歌が届かないという。ライブで多くの人に歌を届ける一歌を見て、彼女のことを知れば自分も歌を届けることができるのではとミクは考えやって来たのだった。ミクの願いに「私でよければ」と一歌は微笑み答える。
アプリゲーム「プロジェクトセカイカラフルステージ!feat.初音ミク」をオリジナルストーリーで映画にした作品。アプリに登場するすべてのユニットが登場する。「セカイ」についての説明は特段何もなかったが、それぞれのユニットが「セカイ」に飛び込む姿は描写されており、それぞれの「セカイ」を象徴する初音ミクも登場するため何も知らない人でも、「セカイ」がどういうものなのか、“想いの持ち主”とは何を示すのかがわかるようになっていると感じた。
“想いの持ち主”に歌を届けることができないミクは、黒い服装、黒い耳飾りと暗い感じが強く他の「セカイ」のミクと比較してどこか未完成といった印象を受けやすい。彼女の「セカイ」も扉は錆びつき、空は真っ暗で砂が積もり荒廃しているように描かれている。このような描写は彼女の「セカイ」が閉じた状態であり、“想いの持ち主”も負の感情に浸食されていることを視覚的に表現していると考えられる。宙に浮く扉から砂が出る場面や、ミクが黒い鎖に巻き付かれているような描写もこれに該当すると考えられる。
本作の重要な要素である各ユニットの歌は映画館という環境もあってどれも素晴らしかった。そのうえで各ユニットの「セカイ」と違わない印象の曲調であり、全く知らない私でもこのユニットはこんな感じの歌を歌うのかとイメージが付きやすかった。
12.『ソードアート・オンライン アインクラッド』(ライトノベル)
※1~2巻、8巻の短編エピソードを含む
作者:川原礫 イラスト:abec
2022年、人類は完全な仮想空間を実現した。それを元に発売された一本のゲームソフト。≪ソードアート・オンライン≫、通称SAO。世界初となるVRMMORPGの世界をプレイヤーたちは存分に楽しんでいた。ログアウト不能であることが発覚するまでは。製作者の茅場昌彦からは第100層までクリアすればログアウトできること、SAO内でHPを全損すれば現実世界でも死ぬという事実が告げられる。いち早くこの真実を受け入れたプレイヤー・キリトはソロプレイヤーとして攻略を開始する。
原点にして頂点の物語。アニメとは違い、最後の二週間から物語がスタートしている。これは元々アインクラッド編自体を長めに書こうという姿勢ではなかったことが影響していると考えられる。キリトとアスナの関係性が熟しきっている頃合いであり、いがみ合う二人が描写されないことが少し残念だった。この頃にはキリトの安全マージンをとってのソロ攻略が確立されている。その一方で紆余曲折を経て血盟騎士団に入団となったときには「ソロ攻略も限界が来ていたから…」という発言があり、どこかのタイミングでパーティー攻略に切り替えた可能性が高いと考えられる。彼がギルドに所属しないことにこだわる理由は、一年ちょっと前のトラウマと自身の出生が深く関わっていると思われる。目の前で人が消える恐怖や自身が見ている人は本物なのかという問いを拭い去れないことで距離を置いていたが、アスナがキリトを守る側と宣言したことで彼の懸念は少し和らいだのではないかと考えられる。
ゲームをしていると私たちも「死ぬ」という単語を口にするが、SAOでの「死ぬ」は重みが違いすぎると感じる。二年という長い時間ゲームに囚われているがそこには不透明なタイムリミットも存在しており、アスナの発言からはタイムリミットを迎えることは戦って死ぬことよりも辛いことと捉えていると考えられる。ほかにも、キリトとアスナがこの世界に慣れてしまった結果、現実世界のことを思い出さない日があることも語られている。死に関する発言や現実世界という単語から、ゲームの世界だと頭では理解しているが、VR世界への慣れや現実の死を迎える引き金がゲームでの死であることが、現実とゲームの境界線を曖昧にしているとも感じた。
13.『ソードアート・オンライン フェアリィダンス』(ライトノベル) ※3~4巻
作者:川原礫 イラスト:abec
SAOから生還を果たしたキリト。しかし、SAOにて結婚し恋仲となったアスナは未だ目覚めずにいた。見舞いに行った病室でキリトはレクトスタッフの須郷伸之と明日奈の間で縁談が持ち上がっていることを知ってしまう。失意に沈むキリトだったが従妹からの励ましによってなんとか立ち直る。その後、エギルから一枚の画像が送られてくる。そこに写っていたのは鳥籠のなかで座るアスナらしき人影だった。アスナを救うためキリトは≪アルヴヘイム・オンライン≫に挑む。
キリトのヒーロー性や、直葉との関係の修復がテーマとしてあるように感じた。キリトはSAOから多くの人を救った英雄ではあるものの、現実世界ではゲーム好きの高校生であり特別強いわけではない。そのことはキリトも自覚的であり、アスナを救う過程でもその事実に打ちのめされ心が折れそうになっている。しかし、そんなキリトをアスナは「私にとって君はいつでもヒーロー」だと語る。この点からはキリトは強いプレイヤーではあるがどんな敵も倒す万能さは持っておらず、他人と共闘し、救い、変えるヒーローであることを示していると考える。
従妹との関係性はキリトが自身の生い立ちを知ったことで拗れていったが、その修復は現実とVRの両方で行われる。キリトに対する想いを現実世界で話した後、VR世界での戦闘によって本来の関係を取り戻すという形式だが、これはVR世界での人格が現実世界の延長にあることが大きく影響していると考えられる。行っているのは現実世界では語れないことをネットで発散するのと同じことであり、長い期間話し合えなかった二人が本音で語るのに最適な方法であったと思われる。桐ヶ谷和人/キリトとして、桐ヶ谷直葉/リーファとして、接し話す姿はVRでの人格が現実の延長であること、現実では見せない抑圧された部分の解放の証明であり、SAOというシリーズの根幹にも関わる重要な要素だと考えられる。
14.『ソードアート・オンライン ファントムバレット』(ライトノベル) ※5~6巻
作者:川原礫 イラスト:abec
SAO事件から約一年。キリトは総務省仮想課の菊岡から奇妙な依頼を受ける。それは、銃と鋼鉄のVRMMO≪ガンゲイル・オンライン≫にて発生した死銃事件の捜査であった。死銃に撃たれたものは現実世界でも死に至る。仮想世界が現実世界に物理的に及ぼす影響に疑念を抱くキリトだったが、≪GGO≫へとログインする。手掛かりを掴むべく不慣れなゲーム内を彷徨うキリト。彼に手を差し伸べたのはスナイパーの少女・シノンだった。彼女の力を借りたキリトは死銃と接触するために全ガンナーの頂点を決める大会バレット・オブ・バレッツに参加する。
過去を受け入れてどう乗り越えていくかに大きな焦点が当たっていると感じた。キリトとシノンの二人に共通するのは人を殺した過去があること。二人ともその幻影に苦しめられていることまで共通している。そんな二人が《GGO》で渦巻く事件を調査する中で過去と向き合い、成長していく様子が丁寧に描写されている。
シノンは過去の出来事によるPTSDを克服するために《GGO》にログインしているが、ゲーム以外の使用方法があることを示すのは次のエピソードへの準備であったのではないかと考える。
個人的に死銃の腕に刻まれたエンブレムを目にした瞬間、震えるキリトが好きなのだが、その姿からはトラウマに怯える普通の高校生のように見える。ここから彼にとってはゲーム内での人殺しが軽くない事実であり、SAO時代が良くも悪くも善良なプレイヤーであったことの証左であると考えられる。
この章の核である事件を追う中で過去の出来事に向き合う二人は自分の行動を悔いているというより、その選択が正しかったのかという部分に悩まされている。個人的には殺す以外の選択肢が存在したのではないか、そんな自分がのうのうと生きていてもいいのだろうかという問いこそが向き合うということであり、考え続けることなのだと思う。終盤ではできなかったことを悔いる方向に考えがちではあるが、それによって救われた人や命があるという事実が描写されており、向き合う中で広く視野を持って自分に対話していくことが重要なのだと感じた。
15.『ソードアート・オンライン マザーズロザリオ』(ライトノベル)※7巻
作者:川原礫 イラスト:abec
ある日、アスナはリズベットから奇妙な噂を聞く。新マップ《浮遊城アインクラッド》、その第24層主街区北部で自身の持つ《オリジナル・ソードスキル》を賭けた決闘を行っているプレイヤーがいるというのだ。あのキリトすら打ち負かした《絶剣》と呼ばれるプレイヤーにアスナも挑むも、紙一重の差で敗北してしまう。しかし、《絶剣》は決闘が終わるやいなや、アスナを自身のギルドに誘い始めた。キリトに勝利し《絶剣》と呼ばれるほどの剣技。そこにはある秘密が隠されていた。
主人公キリトではなく、ヒロインのアスナを軸に彼女の精神的な成長とユウキの生き様を描いたエピソード。これまでのアスナは芯が強く、キリトを支える存在として描かれてきていた。その一方で他人と衝突しそうになると自分の意見を言わずに相手を立てようとする克己心が強すぎる面が垣間見えていた。これはアスナの家庭環境に依存する問題として書かれている。アスナの母親は教育熱心であり、自身が考えるアスナのための最良のレールの上を走らせてきた。アスナ自身も幼いころからそれに従ってきたため、母親に意見することがない歪な親子関係であった。そしてアスナがSAOに囚われた2年間で従属的な親子関係の歪さはさらに加速したと考えられる。アスナは母親に対して思うことはあるが、言っても聞き入れてくれないという考えから反抗的な態度をとるようになり、母親はゲームに浸る娘が自身の考えるレールに戻ってきてくれないことに恐怖し、VRを遠ざけようとする。
そんな本音を互いに言わない関係を変えたのが《絶剣》である。VR世界で多くの時間を過ごした彼女は自分のやりたいようにやるが信条であり、アスナの周りを立てるとは対照的なスタンスである。そんな彼女がアスナに放った「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか、とかね」はSAO屈指の名言であり、アスナを大きく変える起爆剤とも言える。VR世界で多くの時間を過ごし、自分を貫いてきた彼女だからこそ重みをもつ言葉だと考えられる。
アスナが母親と語り合うために22層の森の家を選んだのは、現実で言えないことがオンライン上であれば口に出してしまえることや人格そのものは現実の延長であることが関係していると考えられる。アスナにとってもう一つのリアルであり、知ってもらいたいというのもあるだろうが、現実で抑圧している想い、考えは別の場所だと曝け出せることが多い。現実だろうが、ゲームだろうが目の前にいる人物は同一であり、現実の延長でもあるため、そこに区切りがあるようで実はなかったりする。SAOから続く現実とネット上での人格の線引きはここでも書かれていると個人的には感じた。
本エピソードで語られたユウキの生き様はアスナ以外の多くの人にも影響を与えたと思われる。とある事情からダイブしている時間が長いユウキは自分のやりたいことをやるという信条を全うしており、VRから去るとなった時には多くの人が駆けつける。これは現実に戻っても同じであり、彼女のもとには多くのプレイヤーが駆けつけていた。己を貫くその生き様が多くの人を惹きつけ、現実で問題を抱える人に勇気を与えることができたと考えられる。それと同時にゲームと現実での関係性は続いていることも描かれていると感じる。
16.『ソードアート・オンライン アリシゼーション』(ライトノベル)※9~18巻
作者:川原礫 イラスト:abec
《ルーリッドの村》で育った少年・キリトは、幼馴染のユージオとともに巨大な黒樹・ギガスシダーを倒すという天職を背負っていた。今日も巨木を倒すべく斧を振るっていると、幼馴染のアリスが手作りのパイを差し入れにやってくる。昼食のさなか、3人はおとぎ話にでてきた《果ての山脈》の洞窟へと遠出することを決める。世界の掟である禁忌目録に違反しないか不安がるユージオに、キリトとアリスは大丈夫だと口々に言う。そして出発の日を迎え、果ての山脈に行く3人。そこで彼らが目にしたのは信じがたい光景だった。
これまでのエピソードで話に出ることがあったものの、そこまで触れられることがなかったAIについて真正面から語られた。特に現在の我々の生活で存在しているトップダウン型のAIではなく人の思考回路、魂を模して完成したボトムアップ型のAIについての問題提起がされている。特に人と大差ないAIをどのようにとらえるのかというのがアリシゼーション全体では問われているのではないかと考える。UW内ではキリト以外のすべての人々がAIであり、しかしその知性や会話の円滑さは人間と遜色ないレベルである。これについてキリトは「AIであるのかもしれないが、その世界で生きる人々のようにしか思えない」といった印象を抱いている。しかし、UWを創った開発者たちは軍事転用可能なAIという考え方であり、この点からAIを人とみなすのか、それとも人工物と考えるのかという問題が表れている。感情があるという部分が厄介であり、揺らぎのある声やAIとは思えない感情表現を見てしまうと人工物という割り切りが困難になっていくことが原因の一つだと考える。個人的には彼らは人を攻撃しないようにできていない時点で既存のAIと差別化が図られており、埋め込まれた規範を意思によって凌駕している為、人間に近いと考える。
アリシゼーションのAIについて他作品と比較して異なる点として人の手によって創られた存在であることの自覚がまるでないことが挙げられる。彼らは自分が人間であると思い込んでおり、現実世界があることも全く知らないのである。AIという自覚があれば、人との交流の図り方やできることにそれらしさが垣間見えるはずである。それが全くないことによってAIなのか人なのかという境界線はより曖昧になっていると考えられる。
アリシゼーションUW大戦編に突入すると、先述した問題に加えてAIに人権はあるのかという問題が出てくる。ボトムアップ型人工知能は先に書いたように知性、感情共に人間と遜色ないためその扱いが極めて難しい。解決するためにはAIにとっての生死は何か、どこまでの人権や義務を与えるべきなのかを考える必要があると思われる。我々を人間であると定義づけできる要素とAIがAIであると定義づけできる要素を比較していかなければ、その分野に精通している者でも扱いや権利の範囲がわからなくなっていくだろう。AIが人権を持つことはその存在意義にも大きな影響を与え、今以上の有用性が認められることにもなる。無機物と思うか、対等な存在として扱うのか。これからの技術発展における問題が詰め込まれたエピソードだと感じた。
17.『デモンズクレスト』(ライトノベル)
作者:川原礫 イラスト:堀口悠紀子
世界初の全感覚没入型VRMMO-RPG《アクチュアル・マジック(AM)》のテストプレイが開始された。雪花小学校6年1組の芦原佑馬は新たなテクノロジーが作り出すVR世界に驚き、クラスメイトとともにダンジョンボスを攻略し、ログアウトするはずだった。しかし、ダンジョンボスを倒した後、奇妙な赤い光がアバターを包み込み、佑馬は意識を失ってしまう。《AM》から強制ログアウトした佑馬が目にしたのは、《AM》と《現実》が融合した《MR(複合現実)》だった。
現実世界がゲームに浸食された世界が舞台。技術が進化し、デバイスが体の内部に埋め込まれ、それが当たり前となっている。その割にはフルダイブマシンが体全体を覆うコクーン型であるなど遅れている分野はとことん遅れている印象を受ける。
ゲームが現実世界を侵食したということもあり、現実世界にゲーム内でのモンスターが登場する。手順を踏めば、ゲーム内でのステータス及びスキルを反映させることができるが、外見的変化がないことによって主人公たちが存在しているのが現実ということを意識させられる。実際に戦ったときに流血や身体的苦痛を伴う描写があることも同じ効果を発揮している。
SAOシリーズとは違いデスゲーム的要素を含みながらも現実からゲームの世界にログインすることも可能となっている。ゲーム内で得た物資やアイテムは現実世界に戻っても使用可能となっており、その逆も可能である。現実とゲームの双方向の攻略が必要と思われるが、一枚岩ではないクラスメイト達をどうまとめていくのか、攻略の
プランなど主人公のリーダー性が試される描写が散見されており、精神的成長と見つめ直しが主人公に課された要素だと考えられる。
タイトルにある「デモン」とは作中で仄めかされているクラスメイト達に宿った悪魔のことを示していると考えられる。この悪魔たちが《MR(複合現実)》になった途端、宿った経緯は不明であるものの、攻略において重要なかぎを握っていると思われる。
18.『ユア・フォルマ』(ライトノベル)
作者:菊石まれほ イラスト:野崎つばた
脳の縫い糸―通称〈ユア・フォルマ〉。ウイルス性脳炎の流行から人々を救った医療技術は、日常に不可欠な情報端末へと進化を遂げた。縫い糸は全てを記録する。視覚、聴覚、そして感情までも。そんな記録にダイブし、重大事件解決の糸口を探るのが、電索官・エチカの仕事だ。電索能力が釣り合わない同僚の脳を焼き切っては病院送りばかりにしていたエチカにあてがわれた新しい相棒ハロルドは、ヒト型ロボット〈アミクス〉だった。過去のトラウマからアミクスを嫌うエチカと構わず距離を詰めるハロルド。稀代の凹凸バディは世界を襲う電子犯罪に挑む。
脳に埋め込まれた情報端末を駆使して生活することが当たり前になった世界。アミクスも生活に密接するようになるが、それを悪用した犯罪も増えていることが書かれている。アミクスの多くは個人の生活を支えるか、仕事をするかのどちらかに大別される。作中では、アミクスをめぐって「機会派」と「友人派」という単語が登場する。この単語からアミクスをどう扱うが人によって異なると考えられる。彼らには敬愛規律が刻み込まれており、人を攻撃しないようになっている。笑いこそするが感情そのものはあくまでプログラムと説明されている。そこだけ切り取れば機械と考えることもできるが、仕事を一緒にする、生活を共にするとなると状況は変わってくるため、置かれた環境、育った環境に左右されると考えられる。しかし、ハロルドは捜査能力を評価されても、実力は評価されていない面がある。その描写からは機械派の人が多く差別意識も強いということが窺える。
エチカのアミクス嫌いは彼女の家庭環境に起因した問題として詳細に語られている。父が自分を見てくれず、お手伝いのアミクスばかり見ていることが原因だった。愛してほしかった人に愛してもらえなかったという過去を持っている人物なのである。これは彼女の人間関係の構築にも影響を及ぼしており、愛してもらうことに飢えているが、与えられないことを知っているために一匹狼のような態度で他人と近づきすぎないようにしていると考えられる。
19.『Vivy prototype』(ライトノベル)
作者;長月達平・梅原英司 口絵・挿絵:FLAT STUDIO 装画:loundraw
科学の発展と共に、人類の生活に欠かせない存在となったAI。『歌姫』と呼ばれるヴィヴィもまた、国内最大級のテーマパーク『ニーアランド』で歌い続けるAIであり、その歌声で人々を魅了し、連日の熱狂を生み出していた。そんな彼女のもとに突如として現れたのは、マツモトと名乗る未知のAIだった。マツモトは自分が100年後の未来からやってきたと語り、人類とAIが繰り広げる最終戦争を阻止するため、『シンギュラリティ計画』への協力をヴィヴィに要請する。
AIの発展と人間との関係性、一個体としてどのように扱うのかが問われた作品であると感じた。ヴィヴィは自身がAIであることや人々にふりまく笑顔、感情を伴っているかのような反応が学習して作られたものであることを自覚している。そのため歌姫という人物的扱いよりも、備品という機械的扱いはふさわしいと思っている節があると読み取れる。しかし、彼女が見せる反応はあまりにも人間的すぎるために人としての扱いが定着していると思われる。この点は未来から来たAIであるマツモトとの大きな差でもある。シンギュラリティ計画達成のために、感情による回り道や無駄な思考をせず合理的な判断のみで動かそうとするマツモトに対して、ヴィヴィは接客がメインとなる仕事柄ゆえか感情というものに敏感であると感じる。規格こそ異なるがAIとしての原則は同じであるため、AIが人間の感情、想いに共感し尽力するかなどは環境が大きく左右すると考えられる。それを好ましく思う人もいるが、作中で言及されたように、人はAIが人らしい反応を見せることを嫌うこともあるためどちらが良いかは難しい問題と感じた。
また、彼女たちが従う三原則が計画の成功に関わっている。人に危害を加えてはならないと紹介されているが、『人類』という大きな枠組みで考えると優先順位が下がるとされている。しかし、この『人類』もAIそれぞれがどこまでを人類と考えているかによって倫理規定に大きな変化をもたらすと考えられる。多くの人を人類と捉えれば、それを害そうとする一個人を攻撃できるが、ただ一人を人類と認識しているAIにとってはその他大勢は攻撃対象になりうるということである。そのように考えるとAIを開発する中で人への奉仕にどこまでの自由度、解釈を持たせるべきなのかも問われていると思った。
20.『ほうかごがかり』(ライトノベル)
作者:甲田学人 イラストpotg
小学六年の二森啓はある日、教室の黒板に突如として自分の名前が謎の係名と共に書き込まれているのを目撃する。その日の深夜十二時、自室。学校のチャイムが爆発的に鳴り響き、開いた襖の向こうには暗闇に囲まれた異次元の学校―『ほうかご』が広がっていた。
学校中の教室に棲む、『無名不思議』と呼ばれる名前のない異常存在。ほうかごに呼び出された六人の少年少女は、それぞれが担当する化け物を観察しその正体を記録するために集められたのだった。絵が得意な啓は屋上に潜む怪異『まっかっかさん』を捉えるべく筆を手にする。
ホラー的要素を含んだ作品。何の関係性もなく集められた少年少女のかかり活動が描かれる。担当する化け物たちは学校の怪談になる前の状態のものと作中では説明されている。それらが成長していくことによって怪談へと変貌していき小学生たちを襲うようになることを止めるのがほうかごがかりの役目とされている。集められた少年少女は学校内で関係性があるわけではないが、各々の観察の過程から自分でもわかっていない本心を隠しているという共通項があると考えられる。主人公の啓が観察した『まっかっかさん』は見つめると死に誘う抗いがたい力を持っているが、これは刑が無意識に考えていた自分はいなかった方がよかったのではないかという思いと一致している。おそらく少年少女の心の傷に近いものを克服することが、観察を完成に導くための重要な要素と思われる。
本作では暗い、黒い、赤いといった色に関連した表現が極めて多い。特に血に関する描写は赤だけでも様々な表現が使われており、想像したくない光景がありありと浮かんでくる。改行や行間によって、光景に対する登場人物たちの感情がより伝わってくるため、読んだ後は身の毛もよだつ思いだった。ただこのように色に関する表現が多いのは啓が絵を描くことが好きな少年であり、造形が深いことや彼の視点を通しての物語体験となるため、作者が意図的にしている可能性もあるのではないかと考えた。
4年 清水
RES
春期休暇課題1~10
1.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:山川吉樹 制作:J.C.STAFF
迷宮都市オラリオ。『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を保有する巨大都市。未知という名の興奮、輝かしい栄誉、そして可愛い女の子とのロマンス。人の夢と欲望全てが息を潜めるこの場所で少年は一人の小さな「神様」に出会った。どの【ファミリア】にも門前払いだった冒険者志望の少年と構成員ゼロの神様が果たした運命の出会い。これは少年が歩み、女神が記す、【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。
ベル・クラネルという少年が冒険者としてどのような道をたどっていくことになるのかという方向性や他の冒険者とは異なる人柄の持ち主であることが描かれていたように思う。憧憬であるアイズのように強くなるために、追いつくために毎日のようにダンジョンに潜る姿からはベルの目標に対するひたむきさや純粋な面が押し出されている。サポーターを務めていたリリルカに武器を盗まれて危機的状況に陥っても自力で脱出し、裏切った相手のことを心配して助けに行く姿はよく言えばお人好しであるが、冒険者という職業で考えれば致命的な弱点とも考えられる。冒険者業をしていく中で憧憬に追いつけるのか、理想と現実の乖離に悩まされる瞬間が来るのではないかなど今後の展開が非常に楽しみになる要素だと感じた。
また彼が発現したスキル《憧憬一途》は効果だけ見れば一見チートスキルと思える。しかしたった一人だけのことを考え努力することは人間の本能から考えれば現実的ではないことから実際には脆いスキルであると思われる。裏を返せば、それができるベルは特別であり、彼専用のスキルと見ることもできる。
2.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅡ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
18階層にて黒い階層主を撃破し、生還した【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネル。世界最速のランクアップを成し遂げた彼はオラリオの注目の的となっていた。ある日、彼はダンジョン探索の合間の酒宴で【アポロン・ファミリア】に挑発され乱闘騒ぎを起こしてしまう。そこでベルは格上の冒険者、【アポロン・ファミリア】団長のヒュアキントスに完膚なきまでに叩きのめされる。
しかし後日、ベルとヘスティアのもとに一通の書状が届く。それはアポロンが主催する神の宴への招待だった。
第一期と比較するとダンジョンに潜る姿が圧倒的に少なく、タイトル詐欺ではないかと思ってしまうほどに地上がメインの話が続いた。その中でベルの目標に憧憬に追いつくこと以外に英雄になることが追加され、それを軸とした話が展開された。格上のモンスターではなく、格上の冒険者と闘うことが多くなったことによって対人戦におけるベルの戦闘力の向上が見られ、わかりやすい成長の形として表現されたと考えられる。後半は歓楽街の騒動の一件から誰かの英雄になるとはどういうことなのか現実と理想をどう埋めるのかというのが主人公に問われたように感じる。理想を語るだけではなく、一冒険者として闘い相手に認めさせること。これがベルにとっては難しくもこの先必ず越えなければいけない英雄になるための壁ではないかと感じた。
また、オラリオ中心から隣国との関係性についても描かれていた。下界に神々が降臨したというのは本作の前提知識であるが、まさか神が国を築いているとは予想していなかったため意外だった。眷属が問題に巻き込まれるように神々にもそれなりの苦労があることを感じられた。
3.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅢ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
団長であるベル・クラネルの急成長、【戦争遊戯】での勝利、そして団員の拡張によって存在感を増し続ける【ヘスティア・ファミリア】。到達階層も順調に伸ばし、19階層・大樹の迷宮へと至っていた。ベルはそこで涙を流す少女を発見する。彼女は言葉を介する怪物にしてダンジョンが産み落とした『未知』だった。しかし、怪物と割り切ることができないベルは彼女を保護する。
ダンジョンによって産まれた『未知』との遭遇。それはオラリオに激動をもたらし、ベルに大きな決断を迫る始まりに過ぎなかった。
英雄について問われた前作から一転、今作では主人公の冒険者としてのスタンスがフォーカスされたと考えられる。冒険者の多くが怪物に対して嫌悪感を顕わにしている点からは共存不可能かつ古より続いてきた命を懸けて闘う対立関係がわかる。それに対して感情を持った怪物を保護したベルは冒険者という身分に囚われないイレギュラーな存在であったと考えられる。しかし、多くの冒険者は怪物とわかれば臨戦態勢に入るため、この考えが交わることはかなり難しい。実際に敵対した人物からはお人好しや流れに任されるだけの蝙蝠だの冒険者らしくないことを罵倒されていた。加えてオラリオの住民たちからも軽蔑の視線を向けられていた。それでもなお己の信念を貫くベルは独善的な英雄であり、冒険者ではないように感じた。
また、好敵手との対戦を通して理想を、信念を貫くことの難しさ、自分の実力の不甲斐なさに泣く姿はある意味少年であり、一人の男性へ成長したとも捉えられる。この一件でこれまでは強くなりたい目的がアイズに追いつくことだけであったことに好敵手に勝つこと、約束を果たすという二つの意味付けがされたと考えられる。
4.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅣ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
異端児の騒動、好敵手との激闘を経てランクアップを果たしたベル・クラネル。それに伴いファミリアのランクも上昇した。そして、ギルドから強制任務を課せられることになる。その内容はダンジョン到達階層の更新。それは未知なる世界が広がり、未知なる怪物が蔓延る場所への冒険。己の胸の内で熱を帯びるのは強さへの渇望と、かの女剣士への憧れ。脳裏によぎるのは堰を切ったように流れる涙と声にならなかった悔しさ。いつか訪れる好敵手との再戦のために、交わした約束を果たすために。少年は想いを胸に仲間たちと新たな一歩を踏み出す。
今作はこれまでのストーリーの中で絶望の二文字がよく似合う内容であったと感じた。武器、スキル、戦い方が遠征に伴い大幅に強化されたにも関わらず、ダンジョンでイレギュラーが発生していることによって常に死と隣り合わせの状況が続いている為緊迫感が持続されている。ベルがランクアップを果たした割に、戦闘面でそこまでの成長が見られないことが不審だったが、短期間で成長しすぎたがゆえに器の昇華に技量や身体の動きがついていってないことが明確に描写されており、腑に落ちると同時に世界観だけでなく、スキルや成長周辺の設定深さに感嘆した。
本作における絶望の象徴はあるファミリアを壊滅させた怪物であり、それはベルの好敵手よりも数段厄介極まりない相手だったと推察される。一撃で敵を薙ぎ払う尻尾に、鋭く四肢を切り裂く鉤爪、巨躯からは想像もつかぬ俊敏性、魔法を跳ね返す装甲と冒険者の天敵とも呼べる存在であった。そんな怪物に挑み生き残ろうとする姿は主人公らしくもあり、精神的にまた成長したと感じさせてくれた。
これまでもそうだったが先述の怪物もダンジョンが産み落とした、報復者として解き放ったような表現がされておりまるでダンジョンが意思を持って冒険者という異物を排除しようとしているかのようであった。このあたりのダンジョンと冒険者、そして神の関係性はこの先で明かされることが楽しみである。
5.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅤ 豊穣の女神篇』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
ダンジョン深層という死地から生還を果たしたベル・クラネル。彼は休養を経て日常を取り戻していた。その間にオラリオでは豊穣を象徴する女神たちを祭壇に奉り、実りを祝う女神祭が迫っていた。オラリオに来て約半年、ベルも初めての女神祭を楽しむつもりでいた。とある酒場の娘から一通の手紙が届くまでは。そこに記されていたのはデートのお誘い。突然の誘いに戸惑い動揺するベル。そんな彼のもとに一人の青年が現れ…。
小さな酒場の片隅でひっそりと固められた少女の決意が少年と迷宮都市を狂乱の渦に巻き込み始める。
一期から度々示唆され続けてきたある女神の願いと想いに焦点が当たった今回。冒険よりも恋愛成分が多めであると感じた。ハーレム願望を持ちながらオラリオに来た割には女性に対する免疫がなかったベルがシルを喜ばせるためにエスコートの練習、お辞儀や作法を学ぶ姿は誰かのために一生懸命になれる彼の人柄が窺える。シルが都市最強のファミリアと何かしらの関係があることを知り、助けたいと願いながらも彼女の告白を断る姿は憧憬への想いとお人好しがせめぎ合っていると感じた。
女神の権能による精神的ダメージを乗り越え、たどり着いた戦争遊戯では序盤から王者と闘うことになるも、策謀、裏切り、それぞれの思惑を経て何とか勝利する姿はたくさんの人に支えられる英雄のようであり、彼が信じる英雄とは異なるかもしれないがベル・クラネルらしいと思った。
今回は神と眷属の関係性についても描写されている。自分だけが寵愛されない状況に全員が多少なりとも憤りを抱えているにも関わらず、女神のためならと押し殺して動く姿はこれまでのファミリアには見られない関係性であった。女神が自身が司るものと内に秘める願望のジレンマで苦しんでいる現状から助けたいと願う姿は、眷属を越えた想いがあると考えられる。また、女神が感じていたジレンマからは天界であれば確かに万全たる神かもしれないが、地上におりれば人の子とそう変わらぬ存在であり女神という肩書が時に苦しめることが示されている。
6.『歴史に残る悪女になるぞ』(アニメ)
原作:大木戸いずみ 監督:柳瀬雄之 制作:MAHOFILM
ウィリアムズ・アリシアは7歳のある朝、自身が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していたことに気づく。しかし、転生したアリシアは悪役令嬢。落ちこむのかと思いきや、本人は嬉しそうな表情。彼女はヒロインにありがちな“いい子ちゃん発言”が大嫌いな女性だった。念願叶って転生したなら、歴史に残る世界一の悪女になると意気込み、努力するが周囲からは予想外の反応ばかり。彼女は歴史に残る悪女になれるのか。
悪役令嬢ものの中でも、ゲームの世界に転生するケースの物語。なろう系によくありそうなものだと思って視聴したが、予想していたよりも設定がしっかりしており面白いと感じた。主人公が目指す悪役令嬢はヒロインをいじめるという役割だけでなく、理想論を語りがちなヒロインに現実的な話を叩きつけて、理想と現実の壁を教えるような役割も含まれていると思われる。ヒロインが語る政策や友達観・倫理観は話合えばみんなきっと理解してくれる、どんな理由があっても人を傷つけるのはよくないと考える気味の悪いものであり、視聴者が抱くそれに対する不快感を主人公が切り捨てることで後味の悪さをなくしていると考えられる。
自分の信念に従いながら行動しているにも関わらず、周囲からの評価が上昇していくのは昨今のなろう発の物語においてよくある展開だが、そこに疑問を呈しできる限り周囲からの評判が悪くなるように立ち回る姿は主人公の中に確固たる悪役令嬢としての未来像があると感じた。一方で自分が介入したことによってゲーム本編のストーリー展開から逸れていることには無頓着な節があり、その結果王子から好意をもたれ振り回される姿は年頃の女性といった感じである。多くの作品がバットエンド回避を目指すのに対して、悪役令嬢として信念を貫く姿と異性に振り回される女性という二面性を持つこの作品は少し系統が異なると感じた。
7.『天久鷹央の推理カルテ』(アニメ)
原作:知念実希人 監督: 制作:projectNo.9
天医会総合病院、統括診断部。ここには他の医師が「診療困難」と判断した患者たちが集められる。時には警察すら手に負えない原因不明の「殺人」や「謎」が持ち込まれることも。そんな部署に異動によって勤めることになった内科医見習いの小鳥遊優。彼の上司は院内屈指の変わり者にして統括診断部部長の肩書を持つ天久鷹央だった。医者としての腕は確かだが、奇妙なことに首を突っ込みまくる彼女に振り回される日々。そんなある日、大きな獣に足を食いちぎられた、青い血の男が運び込まれてきて…。
本作の主人公である鷹央は変わり者ではあるものの天才と称するにふさわしい知識量や観察眼を持っている。それを駆使して事件を解決に導いていくのだが、鷹央の天才性を前面に押し出しすぎて、周囲の医師が無能であるかのように見えてしまうのが個人的には残念なポイントだった。事件の概要や医学的根拠に基づく推理は面白いと思えたが、拍子抜けしてしまうような驚きのない病気や人の感情の動きに納得できない箇所がいくつか存在したため、人によっては期待と異なることから不満を覚えると感じた。
鷹央の精神年齢が些か低いと感じることが多く、奇天烈な言動が目立つ上に思い付きの行動で周囲を振り回すため、受け入れにくい人物だと感じてしまう。その一方で天才ゆえに患者全員に診断を下して救えると考えている節があり、自分の手では救えない患者に直面したときの医師としての弱さが見える部分があり、知識はあるものの経験が不足している天才という年齢に即した面が見えるところは感情移入しやすかった。
8.『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』(アニメ)
原作:謙虚なサークル 監督:王村仁 制作:つむぎ秋田アニメLab
魔術に大切なものは、家柄、才能、努力…。魔術を深く愛しながらも、血筋と才能に恵まれずに非業の死を遂げた凡人の魔術師。死の間際に「もっと魔術を極め、学びたかった」と念じた男が転生したのは、強い魔術の決闘を持つサルーム王国の第七王子・ロイドだった。過去の記憶はそのままに、完璧な血筋と才能を備えた少年に生まれ変わった彼は前世で成しえなかった想いを胸に、気ままに魔術を研究し極めていく。
異世界転生のテンプレじみた作品だと思って視聴したが、意外と面白かった。無双と表現してもいいくらいに主人公は強いが、チートというわけではなく、あくまでも彼が前世では満足できなかった魔術の研究に明け暮れた結果の産物であるため、テンプレのような展開に不快感が少なかった。
魔術の研究をしたいだけの彼にとっては第七王子という肩書きが極めて邪魔になっていると考えられる。王族の末子ということもあり過保護な教育係がいる上に外出も基本的に自由意志でできないため、城の外に珍しい魔術の存在があったときに行動を起こしにくいことが大変である。作中でも人形を用意し、自分の姿を変える等苦心している。これ以外にも王位争いに興味を示さない点や領主になることを拒む姿勢からも窺える。
また、魔術に対して狂信的な面が窺え、全ての魔術の可能性に想いを馳せる一方で、知らない魔術となれば己の無事を顧みずに体験するなど常人には理解しがたい考え方を持っている。しかしながら、魔術の可能性に視野を広げ使用する者を敬う姿は多くの人を惹きつける要因でもあると考えられる。
9.『アクセルワールド』(アニメ)
原作:川原礫 監督:小原正和 制作:サンライズ
2046年、ニューロリンカーと呼ばれる携帯端末を用いることで生活の多くが仮想ネットワーク上で行われるようになった世界。だが、どんなに時代が進んでも「いじめられっ子」はなくならない。ハルユキもそんな中学内格差(スクールカースト)最底辺に位置する一人だった。ローカルネットの片隅で、ひたすらにスカッシュゲームに打ち込むだけの暗く陰鬱な日々を過ごしていた彼だったが、ある日突然、校内一の有名人《黒雪姫》に声をかけられる。
SAOシリーズと同じ作者の作品。SAOと同じ世界線が舞台となっており、SAOより時が進み、VR及びAR技術がさらに発展した世界となっている。そのためか、フルダイブの初期デバイスとしてナーヴギアの名前が登場したり、アスナが通っていた学校の名前が登場するなど繋がりを匂わせる部分があった。
主人公はゲームの中では最強格のプレイヤーではあるものの、現実世界では自己肯定感の低い中学生である。しかし、彼がゲームの最中にいじめてくる相手への暴言を口にする場面や幼馴染に憐れまれていると感じることへの思いを吐き出している場面が序盤には数多く存在している。これは現実世界で非力なこと、自身が思い描く現実と異なっていることへの不満であり、それをゲームの中で発散していると思われる。またゲーム中においては現実世界での自己肯定感の低さが嘘のように、プレイングに相応の自信を持っていることがわかる発言もしている。このような場面と発言からは、ゲームが現実の自分を切り離し嫌な部分をなくした理想とする自分を体現する一方で性格や内に秘める想いは現実世界から延長されているものであり、その境界にどう向き合っていくのかを描かれていると考えられる。
後半になるとBB内でのデュエルアバターに関する言及もある。デュエルアバターの武器は自身の心の奥深くにあるトラウマに関する負の感情を具現化したものとされている。この点からはアバターは自身の理想とするものと、それとは相反する負を抱える表裏一体のようなものであると考えられる。そのように考えると、現実を切り離したようで結局は現実に縛られているという問題も浮かび上がってくると感じた。
10.『劇場版アクセルワールド-インフィニット・バースト-』(映画)
公開日:2016年7月22日
仮想世界で行われるオンライン型対戦格闘ゲーム《ブレイン・バースト》。プレイヤーである《バーストリンカー》たちは、現実の1000倍に加速した世界で戦いを楽しんでいた。そこに訪れた《変遷》と漆黒の巨大な竜巻、そして突然の回線切断。本来、起こるはずのない不可思議な現象は、加速世界を侵食し、竜巻に包まれたエリアでは、加速できなくなってしまっていた。原因を突き止めるためにハルユキと仲間たちは黒い竜巻に立ち向かう。
アニメ放送から時間が経過して公開された作品だからか前半はアニメの総集編的な内容であった。ハルユキと黒雪姫、その仲間たちがアニメでたどった軌跡を振り返ることで後半の内容に入り込みやすくなる一方で内容を覚えている人にとっては退屈になる時間だと感じた。
後半の新作エピソードは公開時点の最新原作小説よりもさらに先を描いた内容であるため、アニメ版を観ていただけでは知らない人物が多く登場しており内容についていくことが難しいと感じた。しかしながら、アクセルワールドという作品を構成する重要な要素である、加速世界内でのつながりと現実世界との関わりはブレることなく描かれていたと思われる。
敵となるエネミーはアニメ版内での描写から人のように自律的な思考を持っていないと考えられる。しかし、リサを守るために黒雲を生み出し加速世界を停滞に導こうとするなど、普通のエネミーがしない行動をしている。高性能のAIが搭載されていると思われるが、その存在にはもう少し説明がほしかった部分である。
軸がブレずに描かれた点はよいが、尺が短いため駆け足だったことが個人的に残念な点だった。
1.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:山川吉樹 制作:J.C.STAFF
迷宮都市オラリオ。『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を保有する巨大都市。未知という名の興奮、輝かしい栄誉、そして可愛い女の子とのロマンス。人の夢と欲望全てが息を潜めるこの場所で少年は一人の小さな「神様」に出会った。どの【ファミリア】にも門前払いだった冒険者志望の少年と構成員ゼロの神様が果たした運命の出会い。これは少年が歩み、女神が記す、【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。
ベル・クラネルという少年が冒険者としてどのような道をたどっていくことになるのかという方向性や他の冒険者とは異なる人柄の持ち主であることが描かれていたように思う。憧憬であるアイズのように強くなるために、追いつくために毎日のようにダンジョンに潜る姿からはベルの目標に対するひたむきさや純粋な面が押し出されている。サポーターを務めていたリリルカに武器を盗まれて危機的状況に陥っても自力で脱出し、裏切った相手のことを心配して助けに行く姿はよく言えばお人好しであるが、冒険者という職業で考えれば致命的な弱点とも考えられる。冒険者業をしていく中で憧憬に追いつけるのか、理想と現実の乖離に悩まされる瞬間が来るのではないかなど今後の展開が非常に楽しみになる要素だと感じた。
また彼が発現したスキル《憧憬一途》は効果だけ見れば一見チートスキルと思える。しかしたった一人だけのことを考え努力することは人間の本能から考えれば現実的ではないことから実際には脆いスキルであると思われる。裏を返せば、それができるベルは特別であり、彼専用のスキルと見ることもできる。
2.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅡ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
18階層にて黒い階層主を撃破し、生還した【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネル。世界最速のランクアップを成し遂げた彼はオラリオの注目の的となっていた。ある日、彼はダンジョン探索の合間の酒宴で【アポロン・ファミリア】に挑発され乱闘騒ぎを起こしてしまう。そこでベルは格上の冒険者、【アポロン・ファミリア】団長のヒュアキントスに完膚なきまでに叩きのめされる。
しかし後日、ベルとヘスティアのもとに一通の書状が届く。それはアポロンが主催する神の宴への招待だった。
第一期と比較するとダンジョンに潜る姿が圧倒的に少なく、タイトル詐欺ではないかと思ってしまうほどに地上がメインの話が続いた。その中でベルの目標に憧憬に追いつくこと以外に英雄になることが追加され、それを軸とした話が展開された。格上のモンスターではなく、格上の冒険者と闘うことが多くなったことによって対人戦におけるベルの戦闘力の向上が見られ、わかりやすい成長の形として表現されたと考えられる。後半は歓楽街の騒動の一件から誰かの英雄になるとはどういうことなのか現実と理想をどう埋めるのかというのが主人公に問われたように感じる。理想を語るだけではなく、一冒険者として闘い相手に認めさせること。これがベルにとっては難しくもこの先必ず越えなければいけない英雄になるための壁ではないかと感じた。
また、オラリオ中心から隣国との関係性についても描かれていた。下界に神々が降臨したというのは本作の前提知識であるが、まさか神が国を築いているとは予想していなかったため意外だった。眷属が問題に巻き込まれるように神々にもそれなりの苦労があることを感じられた。
3.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅢ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
団長であるベル・クラネルの急成長、【戦争遊戯】での勝利、そして団員の拡張によって存在感を増し続ける【ヘスティア・ファミリア】。到達階層も順調に伸ばし、19階層・大樹の迷宮へと至っていた。ベルはそこで涙を流す少女を発見する。彼女は言葉を介する怪物にしてダンジョンが産み落とした『未知』だった。しかし、怪物と割り切ることができないベルは彼女を保護する。
ダンジョンによって産まれた『未知』との遭遇。それはオラリオに激動をもたらし、ベルに大きな決断を迫る始まりに過ぎなかった。
英雄について問われた前作から一転、今作では主人公の冒険者としてのスタンスがフォーカスされたと考えられる。冒険者の多くが怪物に対して嫌悪感を顕わにしている点からは共存不可能かつ古より続いてきた命を懸けて闘う対立関係がわかる。それに対して感情を持った怪物を保護したベルは冒険者という身分に囚われないイレギュラーな存在であったと考えられる。しかし、多くの冒険者は怪物とわかれば臨戦態勢に入るため、この考えが交わることはかなり難しい。実際に敵対した人物からはお人好しや流れに任されるだけの蝙蝠だの冒険者らしくないことを罵倒されていた。加えてオラリオの住民たちからも軽蔑の視線を向けられていた。それでもなお己の信念を貫くベルは独善的な英雄であり、冒険者ではないように感じた。
また、好敵手との対戦を通して理想を、信念を貫くことの難しさ、自分の実力の不甲斐なさに泣く姿はある意味少年であり、一人の男性へ成長したとも捉えられる。この一件でこれまでは強くなりたい目的がアイズに追いつくことだけであったことに好敵手に勝つこと、約束を果たすという二つの意味付けがされたと考えられる。
4.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅣ』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
異端児の騒動、好敵手との激闘を経てランクアップを果たしたベル・クラネル。それに伴いファミリアのランクも上昇した。そして、ギルドから強制任務を課せられることになる。その内容はダンジョン到達階層の更新。それは未知なる世界が広がり、未知なる怪物が蔓延る場所への冒険。己の胸の内で熱を帯びるのは強さへの渇望と、かの女剣士への憧れ。脳裏によぎるのは堰を切ったように流れる涙と声にならなかった悔しさ。いつか訪れる好敵手との再戦のために、交わした約束を果たすために。少年は想いを胸に仲間たちと新たな一歩を踏み出す。
今作はこれまでのストーリーの中で絶望の二文字がよく似合う内容であったと感じた。武器、スキル、戦い方が遠征に伴い大幅に強化されたにも関わらず、ダンジョンでイレギュラーが発生していることによって常に死と隣り合わせの状況が続いている為緊迫感が持続されている。ベルがランクアップを果たした割に、戦闘面でそこまでの成長が見られないことが不審だったが、短期間で成長しすぎたがゆえに器の昇華に技量や身体の動きがついていってないことが明確に描写されており、腑に落ちると同時に世界観だけでなく、スキルや成長周辺の設定深さに感嘆した。
本作における絶望の象徴はあるファミリアを壊滅させた怪物であり、それはベルの好敵手よりも数段厄介極まりない相手だったと推察される。一撃で敵を薙ぎ払う尻尾に、鋭く四肢を切り裂く鉤爪、巨躯からは想像もつかぬ俊敏性、魔法を跳ね返す装甲と冒険者の天敵とも呼べる存在であった。そんな怪物に挑み生き残ろうとする姿は主人公らしくもあり、精神的にまた成長したと感じさせてくれた。
これまでもそうだったが先述の怪物もダンジョンが産み落とした、報復者として解き放ったような表現がされておりまるでダンジョンが意思を持って冒険者という異物を排除しようとしているかのようであった。このあたりのダンジョンと冒険者、そして神の関係性はこの先で明かされることが楽しみである。
5.『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅤ 豊穣の女神篇』(アニメ)
原作:大森藤ノ 監督:橘秀樹 制作:J.C.STAFF
ダンジョン深層という死地から生還を果たしたベル・クラネル。彼は休養を経て日常を取り戻していた。その間にオラリオでは豊穣を象徴する女神たちを祭壇に奉り、実りを祝う女神祭が迫っていた。オラリオに来て約半年、ベルも初めての女神祭を楽しむつもりでいた。とある酒場の娘から一通の手紙が届くまでは。そこに記されていたのはデートのお誘い。突然の誘いに戸惑い動揺するベル。そんな彼のもとに一人の青年が現れ…。
小さな酒場の片隅でひっそりと固められた少女の決意が少年と迷宮都市を狂乱の渦に巻き込み始める。
一期から度々示唆され続けてきたある女神の願いと想いに焦点が当たった今回。冒険よりも恋愛成分が多めであると感じた。ハーレム願望を持ちながらオラリオに来た割には女性に対する免疫がなかったベルがシルを喜ばせるためにエスコートの練習、お辞儀や作法を学ぶ姿は誰かのために一生懸命になれる彼の人柄が窺える。シルが都市最強のファミリアと何かしらの関係があることを知り、助けたいと願いながらも彼女の告白を断る姿は憧憬への想いとお人好しがせめぎ合っていると感じた。
女神の権能による精神的ダメージを乗り越え、たどり着いた戦争遊戯では序盤から王者と闘うことになるも、策謀、裏切り、それぞれの思惑を経て何とか勝利する姿はたくさんの人に支えられる英雄のようであり、彼が信じる英雄とは異なるかもしれないがベル・クラネルらしいと思った。
今回は神と眷属の関係性についても描写されている。自分だけが寵愛されない状況に全員が多少なりとも憤りを抱えているにも関わらず、女神のためならと押し殺して動く姿はこれまでのファミリアには見られない関係性であった。女神が自身が司るものと内に秘める願望のジレンマで苦しんでいる現状から助けたいと願う姿は、眷属を越えた想いがあると考えられる。また、女神が感じていたジレンマからは天界であれば確かに万全たる神かもしれないが、地上におりれば人の子とそう変わらぬ存在であり女神という肩書が時に苦しめることが示されている。
6.『歴史に残る悪女になるぞ』(アニメ)
原作:大木戸いずみ 監督:柳瀬雄之 制作:MAHOFILM
ウィリアムズ・アリシアは7歳のある朝、自身が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していたことに気づく。しかし、転生したアリシアは悪役令嬢。落ちこむのかと思いきや、本人は嬉しそうな表情。彼女はヒロインにありがちな“いい子ちゃん発言”が大嫌いな女性だった。念願叶って転生したなら、歴史に残る世界一の悪女になると意気込み、努力するが周囲からは予想外の反応ばかり。彼女は歴史に残る悪女になれるのか。
悪役令嬢ものの中でも、ゲームの世界に転生するケースの物語。なろう系によくありそうなものだと思って視聴したが、予想していたよりも設定がしっかりしており面白いと感じた。主人公が目指す悪役令嬢はヒロインをいじめるという役割だけでなく、理想論を語りがちなヒロインに現実的な話を叩きつけて、理想と現実の壁を教えるような役割も含まれていると思われる。ヒロインが語る政策や友達観・倫理観は話合えばみんなきっと理解してくれる、どんな理由があっても人を傷つけるのはよくないと考える気味の悪いものであり、視聴者が抱くそれに対する不快感を主人公が切り捨てることで後味の悪さをなくしていると考えられる。
自分の信念に従いながら行動しているにも関わらず、周囲からの評価が上昇していくのは昨今のなろう発の物語においてよくある展開だが、そこに疑問を呈しできる限り周囲からの評判が悪くなるように立ち回る姿は主人公の中に確固たる悪役令嬢としての未来像があると感じた。一方で自分が介入したことによってゲーム本編のストーリー展開から逸れていることには無頓着な節があり、その結果王子から好意をもたれ振り回される姿は年頃の女性といった感じである。多くの作品がバットエンド回避を目指すのに対して、悪役令嬢として信念を貫く姿と異性に振り回される女性という二面性を持つこの作品は少し系統が異なると感じた。
7.『天久鷹央の推理カルテ』(アニメ)
原作:知念実希人 監督: 制作:projectNo.9
天医会総合病院、統括診断部。ここには他の医師が「診療困難」と判断した患者たちが集められる。時には警察すら手に負えない原因不明の「殺人」や「謎」が持ち込まれることも。そんな部署に異動によって勤めることになった内科医見習いの小鳥遊優。彼の上司は院内屈指の変わり者にして統括診断部部長の肩書を持つ天久鷹央だった。医者としての腕は確かだが、奇妙なことに首を突っ込みまくる彼女に振り回される日々。そんなある日、大きな獣に足を食いちぎられた、青い血の男が運び込まれてきて…。
本作の主人公である鷹央は変わり者ではあるものの天才と称するにふさわしい知識量や観察眼を持っている。それを駆使して事件を解決に導いていくのだが、鷹央の天才性を前面に押し出しすぎて、周囲の医師が無能であるかのように見えてしまうのが個人的には残念なポイントだった。事件の概要や医学的根拠に基づく推理は面白いと思えたが、拍子抜けしてしまうような驚きのない病気や人の感情の動きに納得できない箇所がいくつか存在したため、人によっては期待と異なることから不満を覚えると感じた。
鷹央の精神年齢が些か低いと感じることが多く、奇天烈な言動が目立つ上に思い付きの行動で周囲を振り回すため、受け入れにくい人物だと感じてしまう。その一方で天才ゆえに患者全員に診断を下して救えると考えている節があり、自分の手では救えない患者に直面したときの医師としての弱さが見える部分があり、知識はあるものの経験が不足している天才という年齢に即した面が見えるところは感情移入しやすかった。
8.『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』(アニメ)
原作:謙虚なサークル 監督:王村仁 制作:つむぎ秋田アニメLab
魔術に大切なものは、家柄、才能、努力…。魔術を深く愛しながらも、血筋と才能に恵まれずに非業の死を遂げた凡人の魔術師。死の間際に「もっと魔術を極め、学びたかった」と念じた男が転生したのは、強い魔術の決闘を持つサルーム王国の第七王子・ロイドだった。過去の記憶はそのままに、完璧な血筋と才能を備えた少年に生まれ変わった彼は前世で成しえなかった想いを胸に、気ままに魔術を研究し極めていく。
異世界転生のテンプレじみた作品だと思って視聴したが、意外と面白かった。無双と表現してもいいくらいに主人公は強いが、チートというわけではなく、あくまでも彼が前世では満足できなかった魔術の研究に明け暮れた結果の産物であるため、テンプレのような展開に不快感が少なかった。
魔術の研究をしたいだけの彼にとっては第七王子という肩書きが極めて邪魔になっていると考えられる。王族の末子ということもあり過保護な教育係がいる上に外出も基本的に自由意志でできないため、城の外に珍しい魔術の存在があったときに行動を起こしにくいことが大変である。作中でも人形を用意し、自分の姿を変える等苦心している。これ以外にも王位争いに興味を示さない点や領主になることを拒む姿勢からも窺える。
また、魔術に対して狂信的な面が窺え、全ての魔術の可能性に想いを馳せる一方で、知らない魔術となれば己の無事を顧みずに体験するなど常人には理解しがたい考え方を持っている。しかしながら、魔術の可能性に視野を広げ使用する者を敬う姿は多くの人を惹きつける要因でもあると考えられる。
9.『アクセルワールド』(アニメ)
原作:川原礫 監督:小原正和 制作:サンライズ
2046年、ニューロリンカーと呼ばれる携帯端末を用いることで生活の多くが仮想ネットワーク上で行われるようになった世界。だが、どんなに時代が進んでも「いじめられっ子」はなくならない。ハルユキもそんな中学内格差(スクールカースト)最底辺に位置する一人だった。ローカルネットの片隅で、ひたすらにスカッシュゲームに打ち込むだけの暗く陰鬱な日々を過ごしていた彼だったが、ある日突然、校内一の有名人《黒雪姫》に声をかけられる。
SAOシリーズと同じ作者の作品。SAOと同じ世界線が舞台となっており、SAOより時が進み、VR及びAR技術がさらに発展した世界となっている。そのためか、フルダイブの初期デバイスとしてナーヴギアの名前が登場したり、アスナが通っていた学校の名前が登場するなど繋がりを匂わせる部分があった。
主人公はゲームの中では最強格のプレイヤーではあるものの、現実世界では自己肯定感の低い中学生である。しかし、彼がゲームの最中にいじめてくる相手への暴言を口にする場面や幼馴染に憐れまれていると感じることへの思いを吐き出している場面が序盤には数多く存在している。これは現実世界で非力なこと、自身が思い描く現実と異なっていることへの不満であり、それをゲームの中で発散していると思われる。またゲーム中においては現実世界での自己肯定感の低さが嘘のように、プレイングに相応の自信を持っていることがわかる発言もしている。このような場面と発言からは、ゲームが現実の自分を切り離し嫌な部分をなくした理想とする自分を体現する一方で性格や内に秘める想いは現実世界から延長されているものであり、その境界にどう向き合っていくのかを描かれていると考えられる。
後半になるとBB内でのデュエルアバターに関する言及もある。デュエルアバターの武器は自身の心の奥深くにあるトラウマに関する負の感情を具現化したものとされている。この点からはアバターは自身の理想とするものと、それとは相反する負を抱える表裏一体のようなものであると考えられる。そのように考えると、現実を切り離したようで結局は現実に縛られているという問題も浮かび上がってくると感じた。
10.『劇場版アクセルワールド-インフィニット・バースト-』(映画)
公開日:2016年7月22日
仮想世界で行われるオンライン型対戦格闘ゲーム《ブレイン・バースト》。プレイヤーである《バーストリンカー》たちは、現実の1000倍に加速した世界で戦いを楽しんでいた。そこに訪れた《変遷》と漆黒の巨大な竜巻、そして突然の回線切断。本来、起こるはずのない不可思議な現象は、加速世界を侵食し、竜巻に包まれたエリアでは、加速できなくなってしまっていた。原因を突き止めるためにハルユキと仲間たちは黒い竜巻に立ち向かう。
アニメ放送から時間が経過して公開された作品だからか前半はアニメの総集編的な内容であった。ハルユキと黒雪姫、その仲間たちがアニメでたどった軌跡を振り返ることで後半の内容に入り込みやすくなる一方で内容を覚えている人にとっては退屈になる時間だと感じた。
後半の新作エピソードは公開時点の最新原作小説よりもさらに先を描いた内容であるため、アニメ版を観ていただけでは知らない人物が多く登場しており内容についていくことが難しいと感じた。しかしながら、アクセルワールドという作品を構成する重要な要素である、加速世界内でのつながりと現実世界との関わりはブレることなく描かれていたと思われる。
敵となるエネミーはアニメ版内での描写から人のように自律的な思考を持っていないと考えられる。しかし、リサを守るために黒雲を生み出し加速世界を停滞に導こうとするなど、普通のエネミーがしない行動をしている。高性能のAIが搭載されていると思われるが、その存在にはもう少し説明がほしかった部分である。
軸がブレずに描かれた点はよいが、尺が短いため駆け足だったことが個人的に残念な点だった。
4年 藤田ことみ 春休み課題11~20
RES
11.『変身』作者: フランツ・カフカ
あらすじ: 青年グレゴール・ザムザは、ある朝自室のベッドで目覚めると、自分が巨大な毒虫になってしまっていることに気が付く。突然のことに戸惑いながらも、彼はもう少し眠ってみようと試みるが体のせいで眠れない。扉の前に家族がいて正体がばれないようにするが…。
考察:虫になってしまったきっかけがないことや、ダンゴムシのように体が丸い虫になってしまったせいで快適に暮らせないこと、家族から家をに追い出されてしまうことから、不条理さをひしひしと感じることができ、また虫の名前を明記していないことで、自分の身に何が起こっているか分からない恐怖を表現していると考えた。
12.『斜陽』作者:太宰治
あらすじ:戦後、没落した貴族のかず子と母が懸命に暮らす伊豆の家に、戦死したはずの直治が戻ってくる。しかし直治は薬物と酒中毒で、母は結核と診断されます。母が病死した後、かず子は長年恋い焦がれていた上原とついに関係を持つが、上原は直治の文学の師であり妻子ある身です。そして翌朝、直治は自殺。遺書には上原の妻に恋慕していたことを匂わせる文章と「僕は、貴族です」の言葉が書かれていた。貴族としてしか生きられなかった家族を亡くし、上原にも捨てられた、かず子はおなかの子と2人、「古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きる」ことを宣言する話。
考察:直治について母やかず子目線、または作品内の文章(日記や手紙のようなもの)独白でしか書かれていない為、読者が各々直治の行動の善悪を判断し姿を想像させることが出来ないと考えた。その代わり、母目線の直治やかず子から見た直治、手紙で他に人には見せない葛藤や罪の告白をしている直治を見ることが出来る。また『斜陽』では直治の帰ってきた際の文章や自殺後の文章でしか直治の気持ちが伝えられていない点から、直治が登場人物に心の内をいえずひとりで抱え込んでしまう性格であると考えた。
13.『人魚が逃げた』青山美智子著
あらすじ:銀座を舞台に様々な人のすれ違いを描く青山美智子の最新作!ある3月の週末、SNSで「人魚が逃げた」がトレンド入りに!テレビで「王子」が「僕の人魚がいなくなってしまって……。逃げたんだ。この場所に。」と言ったことがきっかけだった。タイムリミットは18時。「王子」は人魚と出会えるのか。王子と人魚は本物なのか。年代や立場が異なった人物たちのすれ違いを王子と人魚騒動がきっかけに動きだしていく…。謎×ファンタジー物語!
考察:『木曜日のココア』や『月曜日の抹茶カフェ』などの今までの作品では特に際立てて書かれていなかったが本著では「すれ違い」がテーマであることを構成、キーワードから読み取ることが出来ると考えた。まず構成は1章で出てくる男性と5章で出てくる女性の気持ちがすれ違っていたことや、3章の男性は女性と気持ちがすれ違い離婚するに至った話など、なんども人と人のすれ違いの物語が出てくる。また銀座の歩行者天国という様々な人がすれ違う場所から人魚を探す王子の話が始まって終わることからも、本作がすれ違いをとても意識して書いていると考えた。
14.『遊園地ぐるぐるめ』著/青山 美智子 著/田中 達也
田中達也の作品を見て青山美智子が物語を執筆し、その物語を読んで田中さんがさらに作品を作成した、楽しさに満ちた連作短編小説。ぐるぐるめと呼ばれている遊園地で様々な人が思いをはせる…。
考察:作品をみて話を作っている為、絵(ミニチュアの写真)ならではのよさと文章の良さが際立っていた。ミニチュアでは、お菓子や食べ物が必ず入っており、造形の楽しさや写真の中の人物がどのように会話しているのかなどを想像して楽しむことが出来る。文章では、それぞれの主人公が、なぜぐるぐるめになったのかと考えていることが話題の中心であることから、読者にも「ぐるぐるめ」という言葉から何を連想するのかという言葉遊びが出来る魅力があると考えた。
15.『夢と狂気の王国』監督:砂田麻美
あらすじ:『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』の製作現場と宮崎駿監督に密着したドキュメンタリー映画。
感想・考察: 映画の中に、「礼儀作法で、色々な相手の顔見ながら喋ると横柄な女にみえる。現代な劇は我の張り合いだから無作法に見えない。お辞儀も全部戻さない。少し残すのが横柄に見えない。よってこの映画の舞台は昭和なので使い分けることを意識しよう。」(要約)と宮崎駿がアニメーターや職員に向かって言っている場面があった。ここから、宮崎駿は動作一つ一つが与える印象だけでなく、時代によって人の動作も変化することを意識してアニメをつくっていることが分かった。
16.『宝島のぼうけん』原作:ロバート・R・スティーブンソン 監督:池田宏 アイデア構成:宮崎駿
あらすじ:異国と公開に憧れる少年、ジムが合い方のねずみと地図とともに宝の島にたどり着くまでの冒険物語。
考察:海賊の戦闘シーンでは、古い感じを出すために、映像を緑色のような茶色のフィルターを書けたのではないかと考えた。また戦闘シーンが音楽のみでセリフがないことで、戦闘にシリアスさを減らし、楽しそうにみせていると考えた。そして子供向けアニメだから前述の方法を取り入れたと考えた。主人公や動物の動きが、身体が全体で動かすのではなく、腕や口、目のみ動かしていたので、当時の技術の限界なのか、予算や日程の関係なのか、はたまた、身体の一部が動く際は他の部位を動かすという方法が浸透していなかったのか気になった。
17.『プリンプリン物語』作:石山透 / 人形:友永詔三 / 音楽:小六禮次郎
あらすじ:主人公である15歳の少女プリンプリンが、見知らぬ自分の祖国と両親を探して、仲間たちとさまざまな国や世界を旅する物語である。 プリンプリンは赤ん坊の時に、なんらかの事情で箱舟で海に流され、拾われた漁師に育てられたどこかの国のプリンセスであると設定されており、いわゆる貴種流離譚形式の物語である。
感想・考察:昭和アニメであるが、人形劇で人形を動かす際に、腕だけでなく表情も(目や口)も合わせて動いていたことで、アニメと同じかそれ以上のリアルさを演出で来ていたのではないかと考えた。
18.『お熱いのがお好き』監督:ビリー・ワイルダー
あらすじ:禁酒法時代真っ只中のシカゴ。ギャングの抗争に巻き込まれ、聖ヴァレンタインの大虐殺を目撃した二人のバンドマン、ジョー(カーティス)とジェリー(レモン)は、ギャングの追っ手をかわすため女ばかりの楽団に紛れ込む。女装した二人はそこで歌手のシュガー(モンロー)と知り合い、ジョーは彼女に熱を上げるが女装のままではどうしようもなく、楽団を乗せた寝台車は一路マイアミへ。しかし、そこにはギャングの親分コロンボ(ラフト)一行も現れた。
考察:白黒映画にしたことで、女装した主人公たちが違和感なくみることができる。また、女装した男性とそれをした上で結婚したお金持ちのおじいさんと、金持ちのふりをした(男装した)男性と美しい女性のシュガーが対比されながら、同じくどちらも結ばれる結末から、男性同士の結婚も男女間の結婚も同一視してはよいのではないかというメッセージがあると考えた。
19.『麗しのサブリナ』監督:ビリー・ワイルダー
あらすじ:ニューヨーク州ロングアイランドに暮らす大富豪ララビー家に仕える運転手の娘サブリナは、ララビー家の次男デイビッドに密かに恋をしていた。しかし次男は他の人と結婚することに。傷心のサブリナはフランスに行き、花嫁修業をして地元に帰ってきたが…。
考察:サブリナがたびたび月を見上げるシーンの後に、恋している相手が現れていることや、父親から月に手を伸ばすことはやめなさいと会話していることから、身分が高くサブリナの恋している相手を月として視覚的に示していると考えた。
20.『ベル・プペーのスパダリ婚約~「好みじゃない」と言われた人形姫、我慢をやめたら皇子がデレデレになった。実に愛い!』漫画版 原作:朝霧あさき 作者:セレン
あらすじ:『美しい人形(ベル・プペー)』のあだ名を持つ、公爵令嬢レティシア。 儚げな容姿とは裏腹に、その本性は包容力と豪胆さを兼ね備えた屈指のスパダリであった。そんな彼女が、素行に難ありと噂される第二皇子ジルベールと婚約することになり…。 無謬のスパダリ令嬢と、孤独で不器用な呪われし赤目の皇子。運命の二人が互いを想い添い遂げる、”逆・溺愛”ラブストーリー。
考察:スーパーダーリンという理想の婚約者をかくマンガは大抵、頼りない女性が主人公だったが、本作は主人公の女性が、元々気が強く戦闘能力も高い人として描かれている上に、男性の姿にもなれるため、男女間の恋愛ではなく、BLとしても読むことが出来ることがこの作品の魅力であると考えた。
あらすじ: 青年グレゴール・ザムザは、ある朝自室のベッドで目覚めると、自分が巨大な毒虫になってしまっていることに気が付く。突然のことに戸惑いながらも、彼はもう少し眠ってみようと試みるが体のせいで眠れない。扉の前に家族がいて正体がばれないようにするが…。
考察:虫になってしまったきっかけがないことや、ダンゴムシのように体が丸い虫になってしまったせいで快適に暮らせないこと、家族から家をに追い出されてしまうことから、不条理さをひしひしと感じることができ、また虫の名前を明記していないことで、自分の身に何が起こっているか分からない恐怖を表現していると考えた。
12.『斜陽』作者:太宰治
あらすじ:戦後、没落した貴族のかず子と母が懸命に暮らす伊豆の家に、戦死したはずの直治が戻ってくる。しかし直治は薬物と酒中毒で、母は結核と診断されます。母が病死した後、かず子は長年恋い焦がれていた上原とついに関係を持つが、上原は直治の文学の師であり妻子ある身です。そして翌朝、直治は自殺。遺書には上原の妻に恋慕していたことを匂わせる文章と「僕は、貴族です」の言葉が書かれていた。貴族としてしか生きられなかった家族を亡くし、上原にも捨てられた、かず子はおなかの子と2人、「古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きる」ことを宣言する話。
考察:直治について母やかず子目線、または作品内の文章(日記や手紙のようなもの)独白でしか書かれていない為、読者が各々直治の行動の善悪を判断し姿を想像させることが出来ないと考えた。その代わり、母目線の直治やかず子から見た直治、手紙で他に人には見せない葛藤や罪の告白をしている直治を見ることが出来る。また『斜陽』では直治の帰ってきた際の文章や自殺後の文章でしか直治の気持ちが伝えられていない点から、直治が登場人物に心の内をいえずひとりで抱え込んでしまう性格であると考えた。
13.『人魚が逃げた』青山美智子著
あらすじ:銀座を舞台に様々な人のすれ違いを描く青山美智子の最新作!ある3月の週末、SNSで「人魚が逃げた」がトレンド入りに!テレビで「王子」が「僕の人魚がいなくなってしまって……。逃げたんだ。この場所に。」と言ったことがきっかけだった。タイムリミットは18時。「王子」は人魚と出会えるのか。王子と人魚は本物なのか。年代や立場が異なった人物たちのすれ違いを王子と人魚騒動がきっかけに動きだしていく…。謎×ファンタジー物語!
考察:『木曜日のココア』や『月曜日の抹茶カフェ』などの今までの作品では特に際立てて書かれていなかったが本著では「すれ違い」がテーマであることを構成、キーワードから読み取ることが出来ると考えた。まず構成は1章で出てくる男性と5章で出てくる女性の気持ちがすれ違っていたことや、3章の男性は女性と気持ちがすれ違い離婚するに至った話など、なんども人と人のすれ違いの物語が出てくる。また銀座の歩行者天国という様々な人がすれ違う場所から人魚を探す王子の話が始まって終わることからも、本作がすれ違いをとても意識して書いていると考えた。
14.『遊園地ぐるぐるめ』著/青山 美智子 著/田中 達也
田中達也の作品を見て青山美智子が物語を執筆し、その物語を読んで田中さんがさらに作品を作成した、楽しさに満ちた連作短編小説。ぐるぐるめと呼ばれている遊園地で様々な人が思いをはせる…。
考察:作品をみて話を作っている為、絵(ミニチュアの写真)ならではのよさと文章の良さが際立っていた。ミニチュアでは、お菓子や食べ物が必ず入っており、造形の楽しさや写真の中の人物がどのように会話しているのかなどを想像して楽しむことが出来る。文章では、それぞれの主人公が、なぜぐるぐるめになったのかと考えていることが話題の中心であることから、読者にも「ぐるぐるめ」という言葉から何を連想するのかという言葉遊びが出来る魅力があると考えた。
15.『夢と狂気の王国』監督:砂田麻美
あらすじ:『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』の製作現場と宮崎駿監督に密着したドキュメンタリー映画。
感想・考察: 映画の中に、「礼儀作法で、色々な相手の顔見ながら喋ると横柄な女にみえる。現代な劇は我の張り合いだから無作法に見えない。お辞儀も全部戻さない。少し残すのが横柄に見えない。よってこの映画の舞台は昭和なので使い分けることを意識しよう。」(要約)と宮崎駿がアニメーターや職員に向かって言っている場面があった。ここから、宮崎駿は動作一つ一つが与える印象だけでなく、時代によって人の動作も変化することを意識してアニメをつくっていることが分かった。
16.『宝島のぼうけん』原作:ロバート・R・スティーブンソン 監督:池田宏 アイデア構成:宮崎駿
あらすじ:異国と公開に憧れる少年、ジムが合い方のねずみと地図とともに宝の島にたどり着くまでの冒険物語。
考察:海賊の戦闘シーンでは、古い感じを出すために、映像を緑色のような茶色のフィルターを書けたのではないかと考えた。また戦闘シーンが音楽のみでセリフがないことで、戦闘にシリアスさを減らし、楽しそうにみせていると考えた。そして子供向けアニメだから前述の方法を取り入れたと考えた。主人公や動物の動きが、身体が全体で動かすのではなく、腕や口、目のみ動かしていたので、当時の技術の限界なのか、予算や日程の関係なのか、はたまた、身体の一部が動く際は他の部位を動かすという方法が浸透していなかったのか気になった。
17.『プリンプリン物語』作:石山透 / 人形:友永詔三 / 音楽:小六禮次郎
あらすじ:主人公である15歳の少女プリンプリンが、見知らぬ自分の祖国と両親を探して、仲間たちとさまざまな国や世界を旅する物語である。 プリンプリンは赤ん坊の時に、なんらかの事情で箱舟で海に流され、拾われた漁師に育てられたどこかの国のプリンセスであると設定されており、いわゆる貴種流離譚形式の物語である。
感想・考察:昭和アニメであるが、人形劇で人形を動かす際に、腕だけでなく表情も(目や口)も合わせて動いていたことで、アニメと同じかそれ以上のリアルさを演出で来ていたのではないかと考えた。
18.『お熱いのがお好き』監督:ビリー・ワイルダー
あらすじ:禁酒法時代真っ只中のシカゴ。ギャングの抗争に巻き込まれ、聖ヴァレンタインの大虐殺を目撃した二人のバンドマン、ジョー(カーティス)とジェリー(レモン)は、ギャングの追っ手をかわすため女ばかりの楽団に紛れ込む。女装した二人はそこで歌手のシュガー(モンロー)と知り合い、ジョーは彼女に熱を上げるが女装のままではどうしようもなく、楽団を乗せた寝台車は一路マイアミへ。しかし、そこにはギャングの親分コロンボ(ラフト)一行も現れた。
考察:白黒映画にしたことで、女装した主人公たちが違和感なくみることができる。また、女装した男性とそれをした上で結婚したお金持ちのおじいさんと、金持ちのふりをした(男装した)男性と美しい女性のシュガーが対比されながら、同じくどちらも結ばれる結末から、男性同士の結婚も男女間の結婚も同一視してはよいのではないかというメッセージがあると考えた。
19.『麗しのサブリナ』監督:ビリー・ワイルダー
あらすじ:ニューヨーク州ロングアイランドに暮らす大富豪ララビー家に仕える運転手の娘サブリナは、ララビー家の次男デイビッドに密かに恋をしていた。しかし次男は他の人と結婚することに。傷心のサブリナはフランスに行き、花嫁修業をして地元に帰ってきたが…。
考察:サブリナがたびたび月を見上げるシーンの後に、恋している相手が現れていることや、父親から月に手を伸ばすことはやめなさいと会話していることから、身分が高くサブリナの恋している相手を月として視覚的に示していると考えた。
20.『ベル・プペーのスパダリ婚約~「好みじゃない」と言われた人形姫、我慢をやめたら皇子がデレデレになった。実に愛い!』漫画版 原作:朝霧あさき 作者:セレン
あらすじ:『美しい人形(ベル・プペー)』のあだ名を持つ、公爵令嬢レティシア。 儚げな容姿とは裏腹に、その本性は包容力と豪胆さを兼ね備えた屈指のスパダリであった。そんな彼女が、素行に難ありと噂される第二皇子ジルベールと婚約することになり…。 無謬のスパダリ令嬢と、孤独で不器用な呪われし赤目の皇子。運命の二人が互いを想い添い遂げる、”逆・溺愛”ラブストーリー。
考察:スーパーダーリンという理想の婚約者をかくマンガは大抵、頼りない女性が主人公だったが、本作は主人公の女性が、元々気が強く戦闘能力も高い人として描かれている上に、男性の姿にもなれるため、男女間の恋愛ではなく、BLとしても読むことが出来ることがこの作品の魅力であると考えた。
3年 野中涼風 春休み課題 11〜20
RES
11.『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(映画)(2024)監督:三木孝浩
【あらすじ】
美術の才能に溢れ、二科展の入選を目指していた早坂秋人(永瀬廉)は、心臓に腫瘍がみつかり余命一年を宣告される。感情を押し殺しながら、毎日を淡々とやり過ごしていたある日、病院の屋上で絵を描く桜井春奈(出口夏希)と出会う。自分が描いた美しい絵を、「天国。もうすぐ私が行くところ」とつぶやき、初対面の人間に「あと半年の命」とさらりと言う春奈に、秋人は次第に心惹かれていく。春奈には自分の病を隠し続け、大切な人のために必死になることで、秋人の残された無機質な時間に彩りが生まれていくー。
【考察】
早坂秋人と桜井春奈は一緒に花火を見る約束をしていたが、秋人が体調を崩し一緒に花火を見ることができなかったシーンでは、秋人は春奈に自分が病気であることを伝えていなかったため、本当のことを言えないもどかしさがあった。
12.『エゴイスト』(映画)(2023)監督:松永大司
【あらすじ】
14歳で母を失い、田舎町でゲイである自分の姿を押し殺しながら思春期を過ごした浩輔。今は東京の出版社でファッション誌の編集者として働き、自由な日々を送っている。そんな彼が出会ったのは、シングルマザーである母を支えながら暮らす、パーソナルトレーナーの龍太。惹かれ合った2人は、時に龍太の母も交えながら満ち足りた時間を重ねていく。亡き母への想いを抱えた浩輔にとって、母に寄り添う龍太をサポートし、愛し合う時間は幸せなものだった。しかし2人でドライブに出かける約束をしていたある日、何故か龍太は姿を現さなかった。
【考察】
鈴木亮平のゲイの仕草や言葉遣いに惹き込まれた。龍太が亡くなったのに衝撃を受けた。浩輔が龍太の母から亡くなったことを知らせる電話がかかってくるシーンはカメラが浩輔から遠ざかって斜めになり、不吉な予感がした。浩輔は龍太にも龍太の母にも至れり尽くせりで自己満足な印象を覚えた。このことから浩輔はタイトルであるエゴイストだと考える。
13.『博士と彼女のセオリー』(映画)(2014)監督:ジェームズ・マーシュ
【あらすじ】
1963年、ケンブリッジ大学で理論物理学を研究するスティーヴン・ホーキングは、中世詩を学ぶジェーンと恋に落ちる。やがて、スティーヴンは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症、余命2年と宣告されながらも、妻となったジェーンと家庭を作り、子育てをし、そして、自分が生かされている意味を全うしようとする。予期せぬ試練。きれいごとではすまない夫婦の現実。ふたりが辿り着く先は...。
【考察】
スティーヴン・ホーキングとジェーンの幸せがずっと続いてほしいと思っていたが、スティーヴン・ホーキングが病気を患ってから少しずつ2人の関係が変化してしまった。この映画を見るまでスティーヴン・ホーキング博士について詳しく知らなかったため、最終的に2人は離婚し、それぞれ再婚したことに驚いた。
14.『マイ・インターン』(映画)(2015)監督:ナンシー・マイヤーズ
【あらすじ】
ジュールス(アン・ハサウェイ)は、家庭を持ちながら何百人もの社員を束ね、ファッションサイトを運営する会社のCEO。女性なら誰しもが憧れる華やかな世界に身を置く彼女。
仕事と家庭を両立させ、まさに女性の理想像を絵に描いたような人生を送っているかに見えたが...彼女には人生最大の試練が待っていた。そんな悩める彼女のアシスタントにやってきたのは、会社の福祉事業として雇用することになった40歳年上の“シニア”インターンのベン。
人生経験豊富なベンは、彼女に“最高の助言”をアドバイスする。次第に心を通わせていく2人だが、彼の言葉に救われたジュールスには予期せぬ人生の変化が訪れるのだった。
【考察】
最初、ベンがインターンに応募する自己紹介映像で始まったのが面白かった。ジュールスの会社に入ってから、ベンにはなかなか仕事が回ってこず、自分だけが必要とされていない寂しさを覚えた。しかし、ベンの人柄によって年齢が離れていても信頼されていた。
15.『ミッドナイトスワン』(映画)(2020)監督:内田英治
【あらすじ】
故郷を離れ、新宿のショーパブのステージに立ち、ひたむきに生きるトランスジェンダー凪沙。 ある日、養育費を目当てに、育児放棄にあっていた少女・一果を預かることに。 常に片隅に追いやられてきた凪沙と、孤独の中で生きてきた一果。 理解しあえるはずもない二人が出会った時、かつてなかった感情が芽生え始める。
【考察】
一果は今でいう親ガチャに外れ、一果自身がお酒で潰れた母親を迎えに行き、夜ご飯もスナック菓子だけだったりと不遇な生活を送っていた。トランスジェンダーである凪沙たちはショーパブの客の無意識の心無い言葉に表情を曇らせていた。トランスジェンダーであることを知らない母親に電話をするときは男性らしい自分で普段は女性らしい自分で生活しており、切り替えが大変そうだった。口数が少ない一果にりんは優しく接してくれ、そのおかげで一果はバレエを続けることができ、どんどんいきいきしていった。
16.『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(映画)(1992)監督:マーティン・ブレスト
【あらすじ】
盲目の元軍人役を演じてアカデミー主演男優賞を初受賞したアル・パチーノ主演のヒューマン・ドラマ。盲目の退役軍人と名門校の高校生、人生の岐路に立たされた二人の交流を通して、人生の素晴らしさを描く。
【考察】
兄の家を訪れた中佐は誰にも歓迎されておらず、普段の中佐の行動が伺えた。中佐は香水の香りを当てたり、銃を組み立てたりと目が見えない分その他の能力が優れている。チャールズとニューヨークで過ごしていた中佐だったが急に生きる気力を無くしており、きっかけが気になった。
17.『カイジ 人生逆転ゲーム』(映画)(2009)監督:佐藤東弥
【あらすじ】
特別な才能もなく、人生の目標もない、どこにでもいる典型的な“負け組”カイジ。保証人になったために多額の借金を抱えてしまったカイジは、悪徳金融の遠藤に言われるままギャンブル・クルーズに参加する。そこで行われているのは、命を賭けた究極のゲームだった…。
【考察】
カイジの観察力や地頭の良さが際立っていた。悪趣味な人によって見世物にされるカイジたちが不憫だった。
18.『キングダム』(映画)(2019)監督:佐藤信介
【あらすじ】
紀元前245年、春秋戦国時代、中華・西方の国「秦」。戦災孤児の少年の信(山﨑賢人) と漂(吉沢亮) は、いつか天下の大将軍になることを夢見て日々剣術の鍛練を積んでいた。ある日、漂は王都の大臣である昌文君(髙嶋政宏) によって召し上げられ王宮へ。信と漂の二人は別の道を歩むことになる……。 王宮では王弟・成蟜(本郷奏多) によるクーデターが勃発。戦いの最中、漂は致命傷を負いながらも、信のいる納屋にたどり着く。「今すぐそこに行け…」血まみれの手で握りしめていた地図を信に託し、漂は息絶える。信は漂が携えていた剣とその地図とともに走り出した。 地図が示す小屋にたどり着いた信の目に飛び込んできたのは、静かにたたずむ漂の姿だった!? 死んだはずの漂がなぜ―
【考察】
天下一の大将軍になることを目指していた信と漂だったが、漂は身代わりになり亡くなってしまったことに衝撃を受けたと同時に、漂らしい優しさを感じた。信の身体能力や地頭の良さにより、信たちは生き残ることができた。山の民も信の魅力に惹き付けられた1人である。
19.『ショーシャンクの空に』(映画)(1994)監督:フランク・ダラボン
【あらすじ】
ショーシャンク刑務所に、若き銀行の副頭取だったアンディー・デュフレーン(ティム・ ロビンス)が、妻と間男を殺害した罪で入所してきた。最初は刑務所の「しきたり」にも 逆らい孤立していたアンディーだったが、刑務所内の古株で“調達係”のレッド(モーガ ン・フリーマン)は彼に他の受刑者達とは違う何かを感じていた。そんなアンディーが入所した2年後のあるとき、アンディーは監視役のハドレー主任(クランシー・ブラウン) が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。この一件を機に、アンディーは刑務所職員からも受刑者仲間からも、一目置かれる 存在になっていく・・・。
【考察】
冤罪で刑務所に入ることになり、アンディー・デュフレーンの生活は一変した。しかし、アンディー・デュフレーンは他の受刑者たちに音楽や読書などの娯楽を与えた。最後に悪が成敗されたのが爽快だった。
20.『万引き家族』(映画)(2018)監督:是枝裕和
【あらすじ】
高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である祖母の初枝の年金だ。それで足りないものは、万引きでまかなっていた。社会という海の、底を這うように暮らす家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、口は悪いが仲よく暮らしていた。そんな冬のある日、治と祥太は、近隣の団地の廊下で震えていた幼いゆりを見かねて家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。
【考察】
祖母の初枝が亡くなった後みんなで埋めたり、誘拐したゆりと祥太がスーパーで万引きするのが印象的だった。ゆりは誘拐された方が幸せそうだった。
【あらすじ】
美術の才能に溢れ、二科展の入選を目指していた早坂秋人(永瀬廉)は、心臓に腫瘍がみつかり余命一年を宣告される。感情を押し殺しながら、毎日を淡々とやり過ごしていたある日、病院の屋上で絵を描く桜井春奈(出口夏希)と出会う。自分が描いた美しい絵を、「天国。もうすぐ私が行くところ」とつぶやき、初対面の人間に「あと半年の命」とさらりと言う春奈に、秋人は次第に心惹かれていく。春奈には自分の病を隠し続け、大切な人のために必死になることで、秋人の残された無機質な時間に彩りが生まれていくー。
【考察】
早坂秋人と桜井春奈は一緒に花火を見る約束をしていたが、秋人が体調を崩し一緒に花火を見ることができなかったシーンでは、秋人は春奈に自分が病気であることを伝えていなかったため、本当のことを言えないもどかしさがあった。
12.『エゴイスト』(映画)(2023)監督:松永大司
【あらすじ】
14歳で母を失い、田舎町でゲイである自分の姿を押し殺しながら思春期を過ごした浩輔。今は東京の出版社でファッション誌の編集者として働き、自由な日々を送っている。そんな彼が出会ったのは、シングルマザーである母を支えながら暮らす、パーソナルトレーナーの龍太。惹かれ合った2人は、時に龍太の母も交えながら満ち足りた時間を重ねていく。亡き母への想いを抱えた浩輔にとって、母に寄り添う龍太をサポートし、愛し合う時間は幸せなものだった。しかし2人でドライブに出かける約束をしていたある日、何故か龍太は姿を現さなかった。
【考察】
鈴木亮平のゲイの仕草や言葉遣いに惹き込まれた。龍太が亡くなったのに衝撃を受けた。浩輔が龍太の母から亡くなったことを知らせる電話がかかってくるシーンはカメラが浩輔から遠ざかって斜めになり、不吉な予感がした。浩輔は龍太にも龍太の母にも至れり尽くせりで自己満足な印象を覚えた。このことから浩輔はタイトルであるエゴイストだと考える。
13.『博士と彼女のセオリー』(映画)(2014)監督:ジェームズ・マーシュ
【あらすじ】
1963年、ケンブリッジ大学で理論物理学を研究するスティーヴン・ホーキングは、中世詩を学ぶジェーンと恋に落ちる。やがて、スティーヴンは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症、余命2年と宣告されながらも、妻となったジェーンと家庭を作り、子育てをし、そして、自分が生かされている意味を全うしようとする。予期せぬ試練。きれいごとではすまない夫婦の現実。ふたりが辿り着く先は...。
【考察】
スティーヴン・ホーキングとジェーンの幸せがずっと続いてほしいと思っていたが、スティーヴン・ホーキングが病気を患ってから少しずつ2人の関係が変化してしまった。この映画を見るまでスティーヴン・ホーキング博士について詳しく知らなかったため、最終的に2人は離婚し、それぞれ再婚したことに驚いた。
14.『マイ・インターン』(映画)(2015)監督:ナンシー・マイヤーズ
【あらすじ】
ジュールス(アン・ハサウェイ)は、家庭を持ちながら何百人もの社員を束ね、ファッションサイトを運営する会社のCEO。女性なら誰しもが憧れる華やかな世界に身を置く彼女。
仕事と家庭を両立させ、まさに女性の理想像を絵に描いたような人生を送っているかに見えたが...彼女には人生最大の試練が待っていた。そんな悩める彼女のアシスタントにやってきたのは、会社の福祉事業として雇用することになった40歳年上の“シニア”インターンのベン。
人生経験豊富なベンは、彼女に“最高の助言”をアドバイスする。次第に心を通わせていく2人だが、彼の言葉に救われたジュールスには予期せぬ人生の変化が訪れるのだった。
【考察】
最初、ベンがインターンに応募する自己紹介映像で始まったのが面白かった。ジュールスの会社に入ってから、ベンにはなかなか仕事が回ってこず、自分だけが必要とされていない寂しさを覚えた。しかし、ベンの人柄によって年齢が離れていても信頼されていた。
15.『ミッドナイトスワン』(映画)(2020)監督:内田英治
【あらすじ】
故郷を離れ、新宿のショーパブのステージに立ち、ひたむきに生きるトランスジェンダー凪沙。 ある日、養育費を目当てに、育児放棄にあっていた少女・一果を預かることに。 常に片隅に追いやられてきた凪沙と、孤独の中で生きてきた一果。 理解しあえるはずもない二人が出会った時、かつてなかった感情が芽生え始める。
【考察】
一果は今でいう親ガチャに外れ、一果自身がお酒で潰れた母親を迎えに行き、夜ご飯もスナック菓子だけだったりと不遇な生活を送っていた。トランスジェンダーである凪沙たちはショーパブの客の無意識の心無い言葉に表情を曇らせていた。トランスジェンダーであることを知らない母親に電話をするときは男性らしい自分で普段は女性らしい自分で生活しており、切り替えが大変そうだった。口数が少ない一果にりんは優しく接してくれ、そのおかげで一果はバレエを続けることができ、どんどんいきいきしていった。
16.『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(映画)(1992)監督:マーティン・ブレスト
【あらすじ】
盲目の元軍人役を演じてアカデミー主演男優賞を初受賞したアル・パチーノ主演のヒューマン・ドラマ。盲目の退役軍人と名門校の高校生、人生の岐路に立たされた二人の交流を通して、人生の素晴らしさを描く。
【考察】
兄の家を訪れた中佐は誰にも歓迎されておらず、普段の中佐の行動が伺えた。中佐は香水の香りを当てたり、銃を組み立てたりと目が見えない分その他の能力が優れている。チャールズとニューヨークで過ごしていた中佐だったが急に生きる気力を無くしており、きっかけが気になった。
17.『カイジ 人生逆転ゲーム』(映画)(2009)監督:佐藤東弥
【あらすじ】
特別な才能もなく、人生の目標もない、どこにでもいる典型的な“負け組”カイジ。保証人になったために多額の借金を抱えてしまったカイジは、悪徳金融の遠藤に言われるままギャンブル・クルーズに参加する。そこで行われているのは、命を賭けた究極のゲームだった…。
【考察】
カイジの観察力や地頭の良さが際立っていた。悪趣味な人によって見世物にされるカイジたちが不憫だった。
18.『キングダム』(映画)(2019)監督:佐藤信介
【あらすじ】
紀元前245年、春秋戦国時代、中華・西方の国「秦」。戦災孤児の少年の信(山﨑賢人) と漂(吉沢亮) は、いつか天下の大将軍になることを夢見て日々剣術の鍛練を積んでいた。ある日、漂は王都の大臣である昌文君(髙嶋政宏) によって召し上げられ王宮へ。信と漂の二人は別の道を歩むことになる……。 王宮では王弟・成蟜(本郷奏多) によるクーデターが勃発。戦いの最中、漂は致命傷を負いながらも、信のいる納屋にたどり着く。「今すぐそこに行け…」血まみれの手で握りしめていた地図を信に託し、漂は息絶える。信は漂が携えていた剣とその地図とともに走り出した。 地図が示す小屋にたどり着いた信の目に飛び込んできたのは、静かにたたずむ漂の姿だった!? 死んだはずの漂がなぜ―
【考察】
天下一の大将軍になることを目指していた信と漂だったが、漂は身代わりになり亡くなってしまったことに衝撃を受けたと同時に、漂らしい優しさを感じた。信の身体能力や地頭の良さにより、信たちは生き残ることができた。山の民も信の魅力に惹き付けられた1人である。
19.『ショーシャンクの空に』(映画)(1994)監督:フランク・ダラボン
【あらすじ】
ショーシャンク刑務所に、若き銀行の副頭取だったアンディー・デュフレーン(ティム・ ロビンス)が、妻と間男を殺害した罪で入所してきた。最初は刑務所の「しきたり」にも 逆らい孤立していたアンディーだったが、刑務所内の古株で“調達係”のレッド(モーガ ン・フリーマン)は彼に他の受刑者達とは違う何かを感じていた。そんなアンディーが入所した2年後のあるとき、アンディーは監視役のハドレー主任(クランシー・ブラウン) が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。この一件を機に、アンディーは刑務所職員からも受刑者仲間からも、一目置かれる 存在になっていく・・・。
【考察】
冤罪で刑務所に入ることになり、アンディー・デュフレーンの生活は一変した。しかし、アンディー・デュフレーンは他の受刑者たちに音楽や読書などの娯楽を与えた。最後に悪が成敗されたのが爽快だった。
20.『万引き家族』(映画)(2018)監督:是枝裕和
【あらすじ】
高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である祖母の初枝の年金だ。それで足りないものは、万引きでまかなっていた。社会という海の、底を這うように暮らす家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、口は悪いが仲よく暮らしていた。そんな冬のある日、治と祥太は、近隣の団地の廊下で震えていた幼いゆりを見かねて家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。
【考察】
祖母の初枝が亡くなった後みんなで埋めたり、誘拐したゆりと祥太がスーパーで万引きするのが印象的だった。ゆりは誘拐された方が幸せそうだった。