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3年 谷澤佳歩
RES
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『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(アニメ映画)(2024)監督:藤森雅也
【概要・あらすじ】
阪口和久の著書『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』を原作とする亜細亜堂制作の日本の長編アニメーション映画。2011年に公開された『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』以来13年ぶりで3作目となる『忍たま乱太郎』の劇場アニメである。
【考察】
劇場版の忍たまということもあり、テレビで放映されているアニメ版とは少し異なる点が多い。直接的でグロテスクな描写こそないものの、時代背景に合わせた焼き討ちや戦争といった、シビアな世界観がアニメ版よりも顕著になっている。キャラクターの描画としては大人と子供の違いが明確になっており、特に大人組はアニメ版よりも頭身が高くなっている。戦闘力や力量差に関してもはっきり示されており、教師などのプロの忍者、高学年の忍たまと下級生の忍たまとで、戦闘の結果や出来ることの違いが残酷に浮き彫りになっている。カメラワークもアニメ版とは大きく異なり、POVやアニメ版では行われないような地面に設置したような低いカメラワーク、光の演出、遠景近景中景などの描き分けも特徴で、アニメ版より大きく動き、ダイナミックで臨場感が出るようになっている。ストーリー展開としては、最初に土井先生と乱太郎たちが行った会話が終盤で土井先生の記憶を取り戻すフックになっていたり、土井先生が行方不明という緊急事態に、下級生には実情を知らせないまま動く大人たちや上級生の普段(アニメ版)では見えないかっこよさや、足手まといだけにはならない一年生たちだったりの動きは見ていて楽しい。そして忍たまの登場人数を絞ることによって、大量にいる忍たまを覚えていない観客にとっても印象付けが十分に行われていると思う。戦闘描写はかなりのハイスピードで、スローや一時停止をしないと何が起こっているのかが分からないほどである。ビデオテープ風の巻き戻し演出や、時折時代背景にそぐわないものも出て来るが、ギャグファンタジーとシリアスのバランスが丁度良く、観客に飽きさせない構成になっている。
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『ミッドサマー』(映画)(2019)監督:アリ・アスター
【あらすじ】
大学生のダニーは、ある冬の日に双極性障害をわずらっていた妹が両親を道連れに無理心中して以来、深い心的外傷を負っていた。家族を失ったトラウマに苦しみ、詰められているダニーを恋人であるクリスチャンは内心重荷に感じながらも、別れを切り出せずにいた。
翌年の夏、ダニーはクリスチャンと一緒にパーティーに参加。ダニーはクリスチャンが友人と一緒に、スウェーデンからの留学生ペレの故郷のホルガ村を訪れる予定であることを知った。「自分の一族の故郷で、今年夏至祭が開催される。夏至祭は90年に1度しか開催されないので、見に来てはどうか」と誘われていたのである。大学で文化人類学を専攻するクリスチャンは、学問的関心もあってホルガ行きを決めたが、ダニーに隠していた負い目から仕方なくダニーも誘う。ダニーらはスウェーデンへ渡り、ペレの案内でヘルシングランド地方に位置するコミューンであるホルガを訪れた。
【考察】
映画の冒頭の伝承が描かれたような壁画?には、この映画の物語のほぼ全容が先に提示されており、言ってしまえば軽いネタバレである。映画の冒頭では冬のアメリカにおり、画面全体は非常に薄暗く彩度もかなり低めになっている。ダニーの心象を反映しているとも考えられる。物語に登場する人物はどこかしら人として欠点を抱えており、観客が感情移入しづらいような特徴もある。非常にグロテスクな描写が多い作品なので、その方が救いがあるかもしれない。スウェーデンについてからは一転して画面が明るく、これは映画の終盤までほぼずっと続く。作中での日にちや時間の経過感覚が分かりづらくなっている。冒頭の壁画以外にもホルガ村に伝わる恋愛成就の呪いの方法が描かれた旗が最初の方で描かれ、観客に嫌な予感を与えて来る。鏡や窓の光の反射を使った映り込みの演出が多く、カメラ外にいる人物の様子をも映すのに活用されている。ダニーたちが村に馴染み始め、儀式が進んでいくにつれて焦点深度が浅くなり背景がぼやけていたり歪んでいたり、ダニーの手元や足元から草が生えているような感覚に陥ったりと、トリップ状態になっている状況を主観的に描画している。アッテストゥパンという言葉は作中では検索しても出て来ないが、スウェーデン語でははっきり実在する言葉である。日本の姥捨て山の「恥」の概念や宗教観について齧ったことがある人は、ホルガ村の文化について理解は出来るかもしれない。服装や表面的な雰囲気とは裏腹に、行われている実情は村ぐるみの殺人や意図的な近親相姦などの行為が行われている他、その文化を侮辱したり禁忌を犯したり、村から無理やり出ようとしたが外部の人間を生贄として無理に殺害するなどの残酷なものや、恋愛の呪いとして陰毛や経血を食べ物に混ぜて食べさせたりと、現代社会の価値観とはかなり逸脱したものになっており、村の全体で一つの家族のような形態をとっている。ペレがクリスチャンとの恋人であるダニーにキスをしていたり、毎年選ばれるはずのメイクイーンらしき女性が村の中に見当たらなかったり、不穏な要素が数多く残されてもいる。
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『東京ゴッドファーザーズ』(アニメ映画)(2003)監督:今敏
【概要・あらすじ】
『パーフェクトブルー』『千年女優』に続く今敏監督による長編劇場映画第3作である。
ストーリーとしてはシンプルで、東京の新宿に暮らす3人のホームレスがクリスマスの夜にゴミ捨て場で赤ちゃんを拾い、残された手掛かりから何とかその赤ちゃんを親元へ返そうと奮戦するというコメディである。本作は、1948年のアメリカ映画『三人の名付親』(原題: 3 Godfathers)に着想を得た映画としても知られている。
【考察】
色合いはクリスマスの一夜の出来事なので、画面は彩度が低く暗い場面が多いものの、オカマのハナが特に場を盛り上げてくれる。言ってしまえばストーリーは「そんなことある⁉」というご都合展開全開で飛ばしていく感じはあるものの、アニメ特有の展開というか、「聖夜の奇跡ならほなこういうこともあるか…」と妙に納得させられる感があった。観客の予想しないような形で伏線が回収されていくのは見ていて驚きや楽しさがあり飽きなかった。明確なファンタジー要素やファンタジー世界のものは登場せず、ひたすら現実世界の出来事に則して描かれており、虚構と現実が融け合う作風で有名な監督作品の中ではリアル寄りの作品になっている。作中では親子関係や家族関係について主要登場人物である三人を中心に描かれており、ホームレスで身寄りのない三人かと思われるも、人との繋がりから赤ん坊の家族を見つけ出し、最後にはミユキの父親が登場するというオチに繋がっている。
路地裏の廃棄物置き場から食料などを拝借する様子が描かれているが、今の東京の路地裏にはあれほどまでのごみ置き場のごみや廃棄物があると思えず、時代の変化を感じさせる。
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『太陽の王子ホルスの大冒険』(アニメ映画)(1968)監督:高畑勲(「演出」名義)
【概要・あらすじ】
東映動画製作の日本の劇場用アニメ映画。シネスコ(東映スコープ)。『東映まんがパレード』(のちの『東映まんがまつり』)の一本として上映された。文部省選定作品。
父の手によって他の人間から離されて育ったホルスは、岩男モーグに出会い、肩に刺さっていた太陽の剣を抜き取る。モーグはそれをホルスに与え、それを鍛え直した暁にはそれを持つ者は太陽の王子と呼ばれるようになり、モーグ自身もその元に馳せ参ずると告げた。意気揚々と走るホルスに待っていたのは父の危篤の知らせだった。父は、ホルスを人間の元から離して育てた事は間違いであり、他の人間の所に向かうようにホルスに告げて、息絶える。父の遺言に従い、ホルスは他の人間の住む陸地に向けて船を出す。
【考察】
冒頭の狼と戦う場面のホルスたちの動きはかなり滑らかで、フルアニメーションなのだろうかと感じたほどだった。以降の村人と共闘して戦闘するシーンでは、人々の戦う声を背景に透けた戦闘の絵が挿入されているだけと、場面によって動きの幅に大きな差が見受けられる。作品の全般はリミテッド・アニメーションで、今の時代のアニメに見慣れた人からすると少しカクついている印象を受けると思われる。ヒルダがグルンワルドの妹であるという設定には、ヒルダに出会うよりも前にグルンワルドとホルスの会話にて「お前を弟にしてやろうか」と言っていたことが終盤にヒルダがホルスに「双子よ」と言う台詞の伏線になっている。これは実際にグルンワルドとヒルダに血縁の関係があるという訳ではなく、悪魔の心と人間の心という二つの側面を持つヒルダが、悪魔の心に囚われてからホルスたちによって人間の心を取り戻すという話に沿っている。村を襲撃され孤独感を募らせていたヒルダと、人間と離れて父と二人で暮らし、父が死んでから村へ来て父を失った孤独感を癒していたホルスが対比的になっていると考えられる。悪魔の心を増幅させていたヒルダと、そんなヒルダたちの悪魔に立ち向かうホルスの構図から学べることがありそうである。大カマスや怪鳥、太陽が大きくあしらわれた花嫁衣裳など、やや北欧らしい要素も見受けられるが、キャラクター達の服装や造形は比較的シンプルなものが多い。
5
『よなよなペンギン』(アニメ映画)(2009)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
原作は、りんたろう、マッドハウス製作、松竹配給。略称はよなペン。
毎晩、ペンギンの格好をして街を歩き回っていた少女ココ。ココは、天国のおとうさんが話してくれた、「ペンギンと空を飛んだことがある」という言葉を信じている。だから、彼女の願いは、いつか空を飛ぶということだった。 彼女の元に、ある日、空から招待状が届く。
【考察】
フルCGアニメーションになっており、以前に見た『ホッタラケの島』と似た作風の作品となっているが、動きは少し硬めになっている。キャラクターの陰影や質感などもリアル寄りであるとは言えず、全体的に似たようなプラスチックっぽい質感表現になっている。ストーリーとしては「信じていればきっと夢は叶う」というようなテーマになっていると考える。冒頭に出て来てココの夢をからかったいじめっ子が、その後にココの成し遂げたことを認識して考えを改めるというような描写がなかったのが少し残念。飛べないはずのペンギンが空を飛ぶ姿は、周囲の人々から諦められたり期待されなかったりしても、続けていれば報われることの象徴的な姿だと思う。ただ、ココがなぜ最後だけ飛べたのか、具体的な説明はなかったように思われる。また、同じ場に居合わせてスローモーションがかかっていたとしても、キャラクターやものによってはスロモの具合が違うのが少し気になった。悪魔らしき存在として登場するザミは、最初こそ「何だコイツ」と思うが、物語が進むにつれて性格に変化が現れ、最終的にかなり憎めないキャラクターになったのが印象的だった。敵の動きや味方の動きにはところどころご都合的な要素が見られて少し気になる点はあった(敵側の拠点の警備があまりにもザル過ぎる・敵が町の破壊行為を繰り返しているのに微動だにしない&ラスボスにトドメだけさす味方側の神様的存在)。
6
『呪術廻戦 懐玉・玉折 劇場版総集編』(アニメ映画)(2025)監督:御所園翔太
【概要・あらすじ】
TVアニメ第2期となる「懐玉・玉折/渋谷事変」が2023年7月から12月まで放送された。そのうちの全5話となる「懐玉・玉折」のストーリーが総集編として劇場にて上映。全編の音楽を5.1chサラウンドの劇場環境に合わせて再ミックスし、一部楽曲は劇場版用にリアレンジ。TVアニメ時のオープニングテーマをアレンジしたキタニタツヤの「青のすみか (Acoustic ver.)」を主題歌として迎える。
2006年 春。高専時代の五条悟と夏油傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する。
【考察】
テレビ放送版を見た後に映画館で鑑賞した際、印象として大きく異なったのは、五条・夏油の二人と伏黒甚爾である。テレビ版では特に夏油に視聴者が感情移入しやすく、敵側の伏黒がヘイトを買うような構図になっていたが、映画になって話の展開が途切れず一つの繋がったものとして見ていると、任務に対しての五条と夏油の若さゆえの甘さや粗さに気がつくと同時に、伏黒のクレバーさや計画の綿密性に目が付き、頭の切れる暗殺者として魅力的なキャラクターに感じられるようになったと考える。アニメ版よりも、殺された後に話が全然出て来ない天内がただ殺されただけのひたすら可哀そうな存在に思えた。何故かテレビ版ではそのままカラーで描写されていた五条と夏油の襲撃シーンが劇場版ではモノクロになるように編集されていたのかの理由が気になった。映画館の音響で音を聴くことによって、テレビ版では気がつかなかった声優の微かな演技などにも気がつくことが出来たと思う。クワイアの声を新たに録りなおしていることにも気がついたが、アニメ版の音楽に注意深く耳を傾けていれば、映画版との違いにも気がつけたかもしれない。
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『劇場版 鬼滅の刃無限城編 第一章猗窩座再来』(アニメ映画)(2025)監督:外崎春雄
【概要・あらすじ】
吾峠呼世晴による漫画『鬼滅の刃』を原作としたufotable制作の日本の長編アニメーション映画。全三部作として制作され、2024年5月から6月に放送されたテレビアニメ版「柱稽古編」の続編として無限城での戦いを描く。
無惨の策略により鬼殺隊は鬼たちの根城である無限城へと落とされ、各々が鬼を討伐しながら無惨を探す。蟲柱・胡蝶しのぶは実姉を殺した張本人である上弦の弐・童磨と、我妻善逸はかつての兄弟子にして新上弦の陸となった獪岳、竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇はかつて炎柱・煉獄杏寿郎を倒した上弦の参・猗窩座と遭遇し、戦いを繰り広げる。
【考察】
画面に占める情報の量や密度が非常に高い作品だと感じた。注視して見ても、とてつもないスピード感で映像が動いていくので、コマ送りして見たいと思う場面がいくつもあった。無限城に落下していくだけでも建物の数だけでその圧倒的な規模の大きさが分かる他、特に戦闘シーンでは何が起きているのか目で追うことすらままならないほどのハイスピードである。印象的だったのは劇伴で、アニメの一期などで使われていた各キャラクターのテーマのメロディーを豪勢にアレンジしたり、対戦するキャラクターのテーマを組み合わせた楽器を用いていたりと非常に凝っており、耳まで忙しい作品になっている。アニメ映画として興行収入が注目されている作品ではあるが、その質の良い作画と動きという情報が猛スピードで大量に押し寄せるため、何があったのか確認したい、何度でも見たいと観客に思わせるためもあるのではないかと思う。
ストーリーも、キャラクター達の遣る瀬無い想いや報われなかった願い、届かなかったことへの悔しさや自分が未来へ繋ぐ覚悟など、普遍的な人の思いを描いたものが多く、声優の演技や音楽も相まって感情を高ぶらせる・共感させるものとなっていると思う。
8
『タコピーの原罪』(Webアニメ)(2025)監督:飯野慎也
【概要・あらすじ】
タイザン5による同名の日本の漫画を原作に作られたWeb配信アニメ。複雑な家庭事情と学校でのいじめに苛まれる少女・しずかとタコ型地球外生命体・タコピーの交流譚を描く。
【考察】
原作の漫画の絵柄をかなり踏襲した絵柄が特徴的。表現も漫画由来かは分からないが、構図を利用した主観人物の心情表現が印象的だったと思う。東が自分の犯行がバレるかもしれないというシーンでは机の下から俯く大きく歪んだ東の焦燥した顔が見え、警察の声も水の中から聞いたような籠った音になっていたり、東が母からパンケーキを出され、諦められたことを言われた途端、それまでおいしそうだったパンケーキが残飯のように見えたり、テーブルの距離が伸びて母親との埋まらない心の距離を表していたり、実際にはそんなことはないのに東の兄に詰められるという幻想といったシーンが印象的だった。声優の演技も圧巻で、特に第六話でしずかが泣きながらタコピーに怒りをぶつけるシーンはかなり反響も大きかった。
ストーリーとしては、誰がいい子で誰が悪い子なのか、その逆転現象が次々に連鎖して起こっていく。しかし、一貫して大人たちが本当に悪い影響を子供たちに与えすぎていると思う。タコピーに「一体どうすればよかったの?」と聞くしずかに対して「分かんないっピ…」「いつもお話聞こうとしなくてごめんっピ」というのが非常に誠実で、タコピーの成長を感じた。この物語では、「お話」がハッピーを生むことも一貫して描かれており、最後にまりなとしずかが和解するときも、多少強引ではあるが二人の対話によるものになっている。
9
『彼女と彼女の猫』(テレビアニメ)(2016)監督:坂本一也
【概要・あらすじ】
新海誠による同名の自主制作短編アニメーション作品を原作とした日本の短編テレビアニメ。2016年3月『ULTRA SUPER ANIME TIME』枠内にて『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』のタイトルで放送された。1話約8分で全4話。略称は『彼女と彼女の猫 EF』。第4話エンドクレジット後のパートで、自主制作版の冒頭へつながるような演出がなされた。
都会で一人暮らしをする美優は、かつてルームシェアしていた親友の知歌が先に部屋を出て行ってしまい、猫のダルと二人暮らしをすることになる。
【考察】
猫のダルの特徴的なモノローグや声優の花澤香菜を起用していることにより、非常に新海らしさを感じる要素はあるものの、作品全体としては淡泊な印象だった。輪郭線が茶色いのは特徴の一つだが、作画にもこれとった大きな特徴は見受けられない。淡々と就職活動に追いつめられる美優とダルの日常を描いた作品になっているが、基本的にダルの視点を中心に世界が描写されている。落ち込む美優の枕元にトカゲを渡し、叫んだ美優の声を聞いて「よかった 元気になったみたい」など、やはり少し人間の感覚とはズレた猫の感性を持っている描写がされている。
10
『メアリと魔女の花』(アニメ映画)(2017)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
原作はイギリスの女性作家メアリー・スチュアート(1916年 - 2014年)が1971年に発表した『The Little Broomstick』。
11歳の赤毛の少女メアリは、大叔母シャーロットが住む赤い館に引っ越して来たが、テレビやゲーム機も無く退屈な日々を過ごしていた。ある日、メアリは赤い館を訪れた12歳の少年ピーターと出会うが、彼の飼い猫ティブとギブを追って森に迷い込み、夜間飛行という花を見つける。その1輪を赤い館に持ち帰り、翌日、ティブを追って再び森に来たメアリは、赤毛の魔女が落とした箒を見つけるが、誤って夜間飛行の汁を箒に付けてしまう。すると箒は独りでに動き出し、メアリとティブを乗せたまま空高く舞い上がると、積乱雲の中にある魔女の国に入っていく。
【考察】
スタジオポノック作品だが、どうしてもジブリの系譜は感じざるを得ない。絵柄はほとんどジブリの特徴と一致している他、ファンタジーの描写などもかなりジブリっぽいという印象を受ける。ただ、はっきりと言葉にすることは出来ないものの、「ジブリ・宮崎作品よりもワクワク感がない…!」という感想が出た。物語に緊張と緩和の緩急がないような、緊張の度合いが少し緩めなのかもしれないと感じた。どうせ捕まってもなんとかなる・まさか死ぬようなことはないだろう・変身魔法で変身させられてしまっても魔導書と花があれば元に戻れる、といったような鬼気迫る感覚があまり感じられなかったように思う。前半の街での暮らしは、のどかな田舎と妖しい森という雰囲気に合っていたと思うが、後半の大学に入る場面でも「これは一体何だろう?」と観客に思わせるワクワク感があまりなかった。ハリー・ポッターのホグワーツの彩度を上げて造形を動植物モチーフに変えたような既視感からだろうか。加えて、魔法が科学と密接に関係がある・人間に一部の魔法は制御可能&近代化のような要素が込められていたからだろうかと考えた。音楽としてはハンマーダルシマーが非常に印象的なBGMになっていた。
魔女宅のキキとは違い、メアリの場合は黒いスパッツで守られていた。
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『メトロポリス』(アニメ映画)(2001)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
手塚治虫の同名漫画『メトロポリス』を原作としたアニメーション映画。ジグラットという機械工学化や発展が急進的な街に、伴俊作という日本の探偵とケンイチという助手が訪れる。
【考察】
絵柄・テーマ共に手塚治虫作品らしい作品だと感じられた。鉄腕アトムなどの手塚プロのアニメーションを見たことがあるが、それよりも大分ヌルヌルと動くようになっており、手塚が生きていてこの映画を見たらよい反応をするのではないかと思った。ロボットを機械の奴隷として扱うか、それとも人間と同じように扱うのか、ジグラットで働くロボットたちは総じて前者寄りの待遇の元に活動している。しかし、ロボットたちの挙動や性格、見た目はかわいらしい、親しみが持てるように表現されているため、前者的な扱いをしているジグラットの人間に対してヘイトが向くような構図になっていると考える。ティマはレッド公の失われた娘を元に作られたと確かあったと思うので、非常に『鉄腕アトム』の持っていたテーマ性と似ているのではないかと感じた。ただ、奴隷のように扱った人間には天罰が下るという結末から町の大規模な破壊行動に及び、崩壊した町を見るとどことなく『AKIRA』のラストを感じられるラストにもなっている(脚本が大友克洋)。
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『鉄コン筋クリート』(アニメ映画)(2006)監督:マイケル・アリアス
【概要・あらすじ】
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された松本大洋による漫画を元にした劇場アニメ。義理人情とヤクザが蔓延る町・宝町。そこに住む<ネコ>と呼ばれる少年・クロとシロは、驚異的な身体能力で街の中を飛び回ることが出来た。そんなある日、開発という名の地上げでヤクザ、3人組の殺し屋、蛇という名の男性が現れる。
【考察】
カメラワークが非常に特徴的かつ絵柄もかなり独特な作風で、唯一無二の雰囲気を醸し出していると感じた。芸能人声優を何人も起用しているが、作品やキャラクターとの馴染みは良かったと思う。特にニノの声優としての演技については『実写版 暗殺教室』でも触れられていたが、不良少年の役としても、クロの持つ生意気なクソガキ感やその奥に眠る「イタチ」としての狂気も非常に表現出来ていると思った。アクションシーンは非常に軽やかながら、その軽さの中にも狂気が感じられる。ストーリーとしては、「流れ」や「闇」、「この街は長くない」などのキーワードらしきものはいくつもあるものの、どれもかなり抽象的でそれらが一体どういうものなのか、簡単に把握するのも難しいと感じた。アジアンチックながら世界のどこにもなさそうな乱雑な雰囲気の街で、半スラム化したような中華街のような街で繰り広げられる高低差を活かした戦いのシーンはインパクトがある。日本人が作らないようなアジアの街という印象を受けた。
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『ももへの手紙』(アニメ映画)(2012)監督:沖浦啓之
【概要・あらすじ】
リアル系アニメーターの第一人者としても知られる沖浦啓之が前作『人狼 JIN-ROH』以来12年ぶりに手がけた2作目の監督作品で、オリジナル作品としては初となる長編劇場アニメ。
父が遺した書きかけの手紙には、ただその一言があるだけだった。心ない言葉をぶつけ、仲直りしないまま父を亡くしたももは、11歳の夏、後悔を抱えたまま母親のいく子とふたり、母が幼い頃住んだことのある瀬戸内の島に引っ越してきた。辿り着いた汐島は、昔ながらの家々と自然に囲まれたどこか幻想的な町だった。
【考察】
絵柄がリアル寄りのジブリ、あるいは『火垂るの墓』を思わせる絵柄だと思った。特に鼻・口回りの描画が省略されずに書かれており、それがリアルさに拍車をかけていると思われる。妖怪三人組の中ではマメが一番不気味だと感じた。ももの足を舐めたりももの入浴中に風呂に忍び込んだりと、本人は茫然としているがしっかりとももに絡んでくるあたりが少々気味が悪く思った。瀬戸内のレモンをつかった羊羹や海の見える穏やかな景色、人々の言葉遣いからも、見ていて本当に瀬戸内の田舎に移り住んだように感じられた。ももの同級生の男子との距離感が自然なのもリアルだと感じた。母の発作の悪化を食い止めるために暴風雨の中で橋を渡ったり、山をモノラックでのぼって猪から逃げたりと、移動を伴うアクションシーンは非常にワクワクした。妖怪たちの力を使って協力して一つの大きな・大変なことを成し遂げようとする構図にワクワクするのだろうかと考えた。妖怪たちは積極的なももの味方というわけではなく、むしろかなりのやらかしを人々にしている上にそれを把握しているのがももだけなので、かえってももが何か関係しているのではないかという誤解を周囲の人に与えかねない厄介な存在になっている。意思疎通こそできるけれどなかなか相容れない存在として描写されているのだろうかと考えた。
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『舞台 呪術廻戦 懐玉・玉折』(舞台)(2025)脚本:喜安浩平
【概要】
芥見下々原作の漫画『呪術廻戦』のエピソード「懐玉・玉折」を舞台化。8月22日から9月7日まで東京・大阪で公演。
【考察】
二階席から観劇をした。距離的にキャストの人達の表情などは見えづらかったものの、立ち居振る舞いなどが正にキャラクターそのものを体現しているようで、本当にその場にキャラクターが「いる」と感じた。特に声質がアニメ版と大きく異なるキャストもいたが、それでも話し方や振る舞いを非常にキャラクターに寄せていたために全然違和感がないという現象が起こっていた。何がそのキャラクターをキャラクターたらしめるのかについて考えて見たくなった。人数などの関係上兼ね役なども当然あるが、中学二年生の女子の役を中年の男性が行っているのを見た時は会場内でも笑いが起こっていた。一日しか観劇には行けなかったものの、何度も通して観劇に行っている人の感想を見ると、やはり日によってコマかい箇所の台詞や演技が変化しており、「舞台は生もの」という役者の言葉を思い出した。
五条が逆さに浮いたりするシーンではアンサンブルの人が逆さに持ち上げていたり、空中浮遊するシーンではかなり高い台の上に乗って演技をしたりと、身体を張った演出方法だったことも印象に残っている。
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『借りぐらしのアリエッティ』(アニメ映画)(2010)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
監督は本作が初監督作品となる米林宏昌。メアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作として、翻案・脚色された作品であり、人間の屋敷で物を借りながら隠れ暮らす小人の一家や、小人の少女アリエッティと人間の少年翔の交流を描く。
【考察】
一見するとアリエッティが普通の大きさの女の子に見える前半パートだが、よく見ると水滴の大きさなどは一貫して大きく描かれており、小人たちの小ささが窺える。アリエッティが翔と初めて目が合うシーンは本当に突然なので、観客としても軽いジャンプスケアを経験した気持ちになった。アリエッティと同じ気持ちを体験した気分になった。アリエッティと翔が協力してアリエッティのお母さんを捜すシーンでは、二人の身体で出来ることと出来ないことを活かしあって助けていたのが印象的で、いつかはこうして小人と人間が共存し合える未来もあるのではないかという可能性を描いているのではないかと思った。序盤でアリエッティが受け取らなかった翔の角砂糖を最後に受け取るのも、その比喩なのではないかと感じた。
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『めくらやなぎと眠る女』(アニメ映画)(2022)監督:ピエール・フォルデス
【概要・あらすじ】
村上春樹の3つの短編小説集『めくらやなぎと眠る女』『象の消滅』『神の子どもたちはみな踊る』から6編の短編小説を脚色し、東日本大震災直後の東京を舞台に、2人の銀行員を主人公として描いている。
本作は2022年度アヌシー国際アニメーション映画祭で初公開され、審査員賞を受賞。その後第47回トロント国際映画祭の現代ワールドシネマ部門でも上映された。日本での公開に際しては、20歳未満のキャラクターが喫煙するシーンがあることからPG-12指定がなされている。
【考察】
村上春樹作品を読んだことがある人間なら、この作品の原作が村上春樹のものであると恐らくすぐに分かると思う。特に緩急もないのっぺりとした展開や、「このシーン必要あるのか…?」とやや疑問に思うような場面がいくつかあるなどが小説を読んでいて覚える感覚に酷似しているのである。この映像作品もほとんどが人物たちの会話劇によって進行しており、恐らく動画かロトスコープ的な動きをしているので、表現としては本当にリアルに振り切った作品だと思う。アニメ版の『悪の華』を彷彿とさせる作品だと感じた。時折ある性描写や穏やかながらグロテスクな描写、喫煙に飲酒など、精神的にじわじわと追いつめられてくるような閉塞感を覚えた。
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『好きでも嫌いなあまのじゃく』(アニメ映画)(2024)監督:柴山智隆
【概要・あらすじ】
制作は『泣きたい私は猫をかぶる』『ペンギン・ハイウェイ』などの作品で知られる多くのアニメ作品を生み出したスタジオコロリド。
高校1年生の八ツ瀬柊は、人から嫌われず周囲と上手にやっていきたいとの思いから、頼まれごとを断れない性格であったが、何をやってもうまくいかず親友と呼べる相手もいなかった。季節外れの雪が降った夏のある日、人間の世界に母親を探しに来た鬼の少女ツムギと出会う。柊と正反対の性格で、周囲の目を気にしないツムギは、柊を旅の道連れにする。
【考察】
終始「よく分かんないな…」となった作品だった。絵はこれまで手掛けてきた作品を含めて申し分はないものの、物語の設定に整合性が薄かったりツッコミどころが多かったりして、少し集中できなかったことは否めないと思った。例えば人が鬼になるという設定は、本当の気持ちが言えないまま貯め込んでしまう人は、身体から小鬼と呼ばれる雪のようなものが出て来て、それが出すぎると鬼になってしまうという設定があるのだが、それだとほとんどの人間は鬼になっていてもおかしくないのではないかと感じてしまった。また、ツムギ自身は鬼の両親から生まれたから鬼に決まっていると言っているものの、それなら尚更人間と鬼の人口は逆転していてもおかしくない上、鬼の角は鬼になりかけの人間や鬼同士にしか見えないため、なぜ鬼が隠れ里に住んでいるのかもよく分からない。自分の気持ちを隠して鬼になってしまうような人がのびのび生きられる場所としての役割があるらしいが、ツムギの母親が自分の本心を明かせずに雪の神になって悲しんでいた点を見るに、その役割すらうまく機能していないことが分かるので、やはり分からないという気持ちが強い。ただメッセージ性は伝えようとしているのは分かるものの、やはり要領を得ないという感想が出て来る。
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『化け猫あんずちゃん』(アニメ映画)(2024)監督:久野遥子・山下敦弘
【概要・あらすじ】
いましろたかしによる同名の漫画作品を原作とした映画。南伊豆・池照町の一角にある草成寺で飼われていた猫、あんずちゃんは、10年、20年経っても死なず、30歳を過ぎて化け猫となっていた。飼い主であるおしょーさんの養子となり、寺の仕事を気まぐれにこなしつつ、日常生活をおくるあんずちゃん。彼と町の人々との交流を描く不思議な物語。
【考察】
何であんずちゃんは生きているのか、なんで喋れるのか、なんで自転車に乗っているのか?といった疑問や違和感は割と序盤ですぐに消え失せてしまった。周囲の人々があまりにも自然にあんずちゃんのことを受け入れているため、「まあいいか…」となってしまうのである。メインキャラクターのかりんを含め、登場人物全員に「コイツ…」と思うところもあればでもやっぱり憎めない点もあり、観客にキャラクターを好きになってもらえるような造形になっている。かりんの母親に会いになぜか地獄に行ったり、結局地獄に行って母を現世に蘇らせた重罪がどうなったのかなどについては触れられないものの、「まあ…なんとかなったっぽいしいいか…!」と思わせる適当さが愛おしいと思う。
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『きみの色』(アニメ映画)(2024)監督:山田尚子
【あらすじ】
海に面した街のキリスト教系女子高校3年に在学する日暮トツ子は、会う人固有の「色」が見えるという特殊な感覚を持ち、周りの人間からは少し浮きがちであった。トツ子は「きれいな色」を感じた同学年の作永きみのことが気になっていたが、きみはいつの間にか学校を退学していた。「本屋で働いているのを見た」という噂をもとに、トツ子は市内の本屋を探し回り、ある古書店できみと再会する。
【考察】
画面の中の色彩が本当にどのシーンをとっても鮮やかで穏やかで、トツ子の視界を共有して見ているような感覚になった。動きのヌルヌルさや展開と人間関係の静かさ、トラブルなども特にない監督の作品性が非常に全面的に現れた作品だと思う。それでいてラストは割と王道よりの展開になっていくのも着地の座りが良い。披露される楽曲の三曲もどれも良く、特にトツ子の「水金地科目土天アーメン」は、掴みやすいフレーズとキャッチ―な歌詞から簡単に口ずさむことが出来る。足の描写が思ったより少なかったことが意外だった。
20
『さよなら絵梨』(漫画)(2022)作者:藤本タツキ
【あらすじ】
病の母が死ぬまで、スマートフォンで撮影をしていた中学生の優太。彼は母の死後、自殺をするために向かった病院の屋上で、とある少女に出会い、映画を撮影することになる。
【考察】
個人的に驚きだったのは、絵梨が眼鏡をかけて矯正をしていた女の子だったという点。作中では絵梨は一度もそんな描画はされていなかったため、漫画のコマの全部を合わせてもまだ読者には分からない絵梨や優太の真相があの漫画のコマの外にはあるのだなと思うと同時に、映画の撮影とこの漫画の構図が入れ子構造になっていることが分かる。
21
『ヌードモデル』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
高校の不良少年である百瀬は、所属するグループのルールに従い、罰ゲームとして美大を目指す同じクラスの女子高生の夏目と三日以内にヤッてこいと命令される。百瀬は夏目の家に行き、モデルがいなくて困っていた夏目に対し、自分がヌードモデルになることを提案する。
【考察】
最初はただ純粋に絵を描く・描かれるの関係だった二人だが、一方は裸を見られ一方は自分の貞操を狙われているのを分かっていた状況だったのが面白い。それでもお互いにヌードモデルと画家という関係を崩さなかったのが尊い関係だと感じた。百瀬が最後に夏目を馬鹿にした同級生を殴ったり夏目に謝ったりする場面が挟まったのは珍しいように感じた。夏目は、最初は笑わずに真剣な顔で絵を描くことから少し恐怖を覚えるが、最後の笑顔が非常にかわいらしく、全然能面なんかじゃないということが感じられて良かった。
22
『おんなのこ』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
女の喘ぎ声の真似をした録音を聴きながら自慰行為を行っていた矢田は、ひょんなことからその音声を同級生の男子に聴かれてしまう。しかし、声フェチだという桃井以外の誰にも声の正体が矢田であることはバレず、音声は男子たちの間に広がっていく。その様子に悪い気はしない矢田は、自分の声が裏で男子たちに求められることに関し、徐々に女子に対する優越感を抱く。
【考察】
女の子が経験する喜びと苦しみを男子が味わってみたらこういうことになるのだろうかと考えた。朝比奈が妹尾にレイプされているらしき描写はかなり序盤からあったものの、見逃してしまうと構図的には「気づけなかったことに対する申し訳なさ」が矢田と読者でリンクする形になっているのが巧みだと感じた。最後のおっぱいを抱える矢田の構図は、思春期の男子なら喜びそうな構図ながらも、その重みを理解した矢田の意識の変化が感じられる。
23
『ソフトさんの悲劇』(アニメ)(2009)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
ソフトさんの悲劇は、ソフトクリームのキャラクター、ソフトさんが様々な状況で潰れ続けていく姿をユーモラスにえがいた、悲しくも可笑しい連続ショートアニメーション。
この作品はロカルノ映画祭(スイス)「MANGA IMPACT」2009/8/5や、Holland AnimationFilmFestival(オランダ)2009/11/4で公開され、NIPPONCONNECTION(ドイツ)2010/4/14でも上映されるなど海外でも高い評価を得ている。
【考察】
これはもはや考察をすべき作品ではないのでは…? という気さえしてきた。日常的なスポーツのものが大半を占めている印象を受ける。作品の大半はオチが想像できるものだが、中には視聴者の意表をつくオチもあったりと、意外と面白い。だが、子供向け作品という印象は否めない。
24
『ソフトさんの悲劇 新種誕生』(アニメ)(2011)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
クリエイター・杉山実が手掛けたシュールなショートアニメーション第2弾。溶ける体をものともせず、さまざまなことにチャレンジし続けるソフトクリームのキャラクター、ソフトさんの日常を描く。
【考察】
前作よりも線が綺麗になり、色もかなり鮮やかになって色んな種類の仲間が増えているのも特徴。もしかしてソフトさんは、地球上で最強の生命体なのでは…?と感じ始めた。
25
『デス・ビリヤード』(アニメ)(2013)監督:立川譲
【概要・あらすじ】
文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト『アニメミライ2013』の参加作品として公開された。原作の立川譲は監督および脚本も務めており、作品の独特な世界はその作家性によるものが大きい。結末はリドル・ストーリー的に考察の余地を与えるものとなっている。
突如、謎のBARに連れてこられた若者と老人に、バーテンダーらしき人物は「命を懸けてゲームをして頂きます。」と答える。2人ともわけがわからないままビリヤードを始めるが、若者は次第にこのゲームを疑うようになる。
【考察】
新人が育成目的で作ったとは思えないクオリティの作品だと感じた。特に激しく若者たちが動くシーンにも迫力があった他、老人と若者が天国と地獄のどちらにいったのか、何となく答えが出ているような気がしないでもないのも興味深い。
26
『小さな英雄 カニとタマゴと透明人間「カニ―ニとカニーノ」』
(アニメ)(2018)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
スタジオポノックのプロジェクト「ポノック短編劇場」の1作目。『メアリと魔女の花』に続く劇場用映画で、スタジオポノックとしては初の短編映画となる。3篇のアンソロジーとして発表。『カニーニとカニーノ』(監督/米林宏昌)、『サムライエッグ』(監督/百瀬義行)、『透明人間』(監督/山下明彦)。
サワガニの兄妹・カニーニとカニーノは、両親と共に川底で小魚を食べて暮らしていた。母が出産の為に棲み家を離れていた大嵐の日、激流に流されそうなカニーノを助ける父親。だが、代わりに父が流されて行ってしまった。兄弟だけになり、父を探すため危険を犯してカニーニとカニーノは下流に向かう。
【考察】
カニだからか、人間の言語らしきものは一切喋らず、名前や独自の言語を使っていたのが印象的だった。水の表現や魚の表現が非常にリアルで、ジブリらしさはそこからは感じなかった。
27
『「サムライエッグ」』(アニメ)(2018)監督:百瀬義行
【あらすじ】
野球好きな小学生・シュンは、両親と東京・府中市で暮らしていた。彼は生まれつき重度の卵アレルギーに苦しんでいた。アレルギーの治療は、わざと少量のアレルギー物質を食べて慣らして行くのだが、それは吐き気との闘いであり、まだ幼いシュンは治療を避けがちだった。
【考察】
玉子入りのアイスを食べてしまい、エピペンを持って家を飛び出していくシーンは疾走感と発疹による苦しみが表現されていて、見ていて涙腺が刺激された。
28
『「透明人間」』(アニメ)(2018)監督:山下明彦
【あらすじ】
港町で暮らす青年は透明人間だった。背広を着て会社に勤務しているが、同僚たちは彼が居ないかのように素通りする。常に重い消火器を担いでいる青年。手ぶらでは風船のように、何処までも浮いて行ってしまうのだ。
【考察】
彼の存在に気がつくのが盲導犬とその犬を連れた老人というのも感慨深い。その老人も透明人間なのかもしれないと思った。それにしても、一体どうやって就職できたのか、就職したころはまだ透明じゃなかったのかもしれないと思った。
29
『がんばっていきまっしょい』(アニメ映画)(2024)監督:櫻木優平
【概要・あらすじ】
敷村良子による私小説を原作としたアニメ映画。愛媛県松山市の高校を舞台に、ボート部の活動に打ち込む5人の女子高校生たちの姿を描いた物語。
【考察】
3DCGを用いたアニメで、光の使い方が鮮やかで美しい作品だった。主人公回りの急に生えたような恋愛要素には首をかしげたが、最後のレースの間に挿入される謎の寝そべる五人の絵と含めて、そこだけが微妙だったが、あとは概ね満足できる映画だった。
30
『セロ弾きのゴーシュ』(アニメ映画)(1982)監督:高畑勲
【概要・あらすじ】
高畑勲が監督しオープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた自主制作作品。劇場公開は1982年1月23日であったが、同月発表された1981年度の第36回毎日映画コンクール・大藤信郎賞にノミネートして受賞している。
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロを担当している。しかしあまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。
【考察】
最初は動物たちにも辛く当たっていたゴーシュが、動物たちのお願いごとを叶える度に少しずつ穏やかになり、最後にはセロの腕がうまくなるのが良かった。セロの振動が按摩になっているというのが現実的で意外だった。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(アニメ映画)(2024)監督:藤森雅也
【概要・あらすじ】
阪口和久の著書『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』を原作とする亜細亜堂制作の日本の長編アニメーション映画。2011年に公開された『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』以来13年ぶりで3作目となる『忍たま乱太郎』の劇場アニメである。
【考察】
劇場版の忍たまということもあり、テレビで放映されているアニメ版とは少し異なる点が多い。直接的でグロテスクな描写こそないものの、時代背景に合わせた焼き討ちや戦争といった、シビアな世界観がアニメ版よりも顕著になっている。キャラクターの描画としては大人と子供の違いが明確になっており、特に大人組はアニメ版よりも頭身が高くなっている。戦闘力や力量差に関してもはっきり示されており、教師などのプロの忍者、高学年の忍たまと下級生の忍たまとで、戦闘の結果や出来ることの違いが残酷に浮き彫りになっている。カメラワークもアニメ版とは大きく異なり、POVやアニメ版では行われないような地面に設置したような低いカメラワーク、光の演出、遠景近景中景などの描き分けも特徴で、アニメ版より大きく動き、ダイナミックで臨場感が出るようになっている。ストーリー展開としては、最初に土井先生と乱太郎たちが行った会話が終盤で土井先生の記憶を取り戻すフックになっていたり、土井先生が行方不明という緊急事態に、下級生には実情を知らせないまま動く大人たちや上級生の普段(アニメ版)では見えないかっこよさや、足手まといだけにはならない一年生たちだったりの動きは見ていて楽しい。そして忍たまの登場人数を絞ることによって、大量にいる忍たまを覚えていない観客にとっても印象付けが十分に行われていると思う。戦闘描写はかなりのハイスピードで、スローや一時停止をしないと何が起こっているのかが分からないほどである。ビデオテープ風の巻き戻し演出や、時折時代背景にそぐわないものも出て来るが、ギャグファンタジーとシリアスのバランスが丁度良く、観客に飽きさせない構成になっている。
2
『ミッドサマー』(映画)(2019)監督:アリ・アスター
【あらすじ】
大学生のダニーは、ある冬の日に双極性障害をわずらっていた妹が両親を道連れに無理心中して以来、深い心的外傷を負っていた。家族を失ったトラウマに苦しみ、詰められているダニーを恋人であるクリスチャンは内心重荷に感じながらも、別れを切り出せずにいた。
翌年の夏、ダニーはクリスチャンと一緒にパーティーに参加。ダニーはクリスチャンが友人と一緒に、スウェーデンからの留学生ペレの故郷のホルガ村を訪れる予定であることを知った。「自分の一族の故郷で、今年夏至祭が開催される。夏至祭は90年に1度しか開催されないので、見に来てはどうか」と誘われていたのである。大学で文化人類学を専攻するクリスチャンは、学問的関心もあってホルガ行きを決めたが、ダニーに隠していた負い目から仕方なくダニーも誘う。ダニーらはスウェーデンへ渡り、ペレの案内でヘルシングランド地方に位置するコミューンであるホルガを訪れた。
【考察】
映画の冒頭の伝承が描かれたような壁画?には、この映画の物語のほぼ全容が先に提示されており、言ってしまえば軽いネタバレである。映画の冒頭では冬のアメリカにおり、画面全体は非常に薄暗く彩度もかなり低めになっている。ダニーの心象を反映しているとも考えられる。物語に登場する人物はどこかしら人として欠点を抱えており、観客が感情移入しづらいような特徴もある。非常にグロテスクな描写が多い作品なので、その方が救いがあるかもしれない。スウェーデンについてからは一転して画面が明るく、これは映画の終盤までほぼずっと続く。作中での日にちや時間の経過感覚が分かりづらくなっている。冒頭の壁画以外にもホルガ村に伝わる恋愛成就の呪いの方法が描かれた旗が最初の方で描かれ、観客に嫌な予感を与えて来る。鏡や窓の光の反射を使った映り込みの演出が多く、カメラ外にいる人物の様子をも映すのに活用されている。ダニーたちが村に馴染み始め、儀式が進んでいくにつれて焦点深度が浅くなり背景がぼやけていたり歪んでいたり、ダニーの手元や足元から草が生えているような感覚に陥ったりと、トリップ状態になっている状況を主観的に描画している。アッテストゥパンという言葉は作中では検索しても出て来ないが、スウェーデン語でははっきり実在する言葉である。日本の姥捨て山の「恥」の概念や宗教観について齧ったことがある人は、ホルガ村の文化について理解は出来るかもしれない。服装や表面的な雰囲気とは裏腹に、行われている実情は村ぐるみの殺人や意図的な近親相姦などの行為が行われている他、その文化を侮辱したり禁忌を犯したり、村から無理やり出ようとしたが外部の人間を生贄として無理に殺害するなどの残酷なものや、恋愛の呪いとして陰毛や経血を食べ物に混ぜて食べさせたりと、現代社会の価値観とはかなり逸脱したものになっており、村の全体で一つの家族のような形態をとっている。ペレがクリスチャンとの恋人であるダニーにキスをしていたり、毎年選ばれるはずのメイクイーンらしき女性が村の中に見当たらなかったり、不穏な要素が数多く残されてもいる。
3
『東京ゴッドファーザーズ』(アニメ映画)(2003)監督:今敏
【概要・あらすじ】
『パーフェクトブルー』『千年女優』に続く今敏監督による長編劇場映画第3作である。
ストーリーとしてはシンプルで、東京の新宿に暮らす3人のホームレスがクリスマスの夜にゴミ捨て場で赤ちゃんを拾い、残された手掛かりから何とかその赤ちゃんを親元へ返そうと奮戦するというコメディである。本作は、1948年のアメリカ映画『三人の名付親』(原題: 3 Godfathers)に着想を得た映画としても知られている。
【考察】
色合いはクリスマスの一夜の出来事なので、画面は彩度が低く暗い場面が多いものの、オカマのハナが特に場を盛り上げてくれる。言ってしまえばストーリーは「そんなことある⁉」というご都合展開全開で飛ばしていく感じはあるものの、アニメ特有の展開というか、「聖夜の奇跡ならほなこういうこともあるか…」と妙に納得させられる感があった。観客の予想しないような形で伏線が回収されていくのは見ていて驚きや楽しさがあり飽きなかった。明確なファンタジー要素やファンタジー世界のものは登場せず、ひたすら現実世界の出来事に則して描かれており、虚構と現実が融け合う作風で有名な監督作品の中ではリアル寄りの作品になっている。作中では親子関係や家族関係について主要登場人物である三人を中心に描かれており、ホームレスで身寄りのない三人かと思われるも、人との繋がりから赤ん坊の家族を見つけ出し、最後にはミユキの父親が登場するというオチに繋がっている。
路地裏の廃棄物置き場から食料などを拝借する様子が描かれているが、今の東京の路地裏にはあれほどまでのごみ置き場のごみや廃棄物があると思えず、時代の変化を感じさせる。
4
『太陽の王子ホルスの大冒険』(アニメ映画)(1968)監督:高畑勲(「演出」名義)
【概要・あらすじ】
東映動画製作の日本の劇場用アニメ映画。シネスコ(東映スコープ)。『東映まんがパレード』(のちの『東映まんがまつり』)の一本として上映された。文部省選定作品。
父の手によって他の人間から離されて育ったホルスは、岩男モーグに出会い、肩に刺さっていた太陽の剣を抜き取る。モーグはそれをホルスに与え、それを鍛え直した暁にはそれを持つ者は太陽の王子と呼ばれるようになり、モーグ自身もその元に馳せ参ずると告げた。意気揚々と走るホルスに待っていたのは父の危篤の知らせだった。父は、ホルスを人間の元から離して育てた事は間違いであり、他の人間の所に向かうようにホルスに告げて、息絶える。父の遺言に従い、ホルスは他の人間の住む陸地に向けて船を出す。
【考察】
冒頭の狼と戦う場面のホルスたちの動きはかなり滑らかで、フルアニメーションなのだろうかと感じたほどだった。以降の村人と共闘して戦闘するシーンでは、人々の戦う声を背景に透けた戦闘の絵が挿入されているだけと、場面によって動きの幅に大きな差が見受けられる。作品の全般はリミテッド・アニメーションで、今の時代のアニメに見慣れた人からすると少しカクついている印象を受けると思われる。ヒルダがグルンワルドの妹であるという設定には、ヒルダに出会うよりも前にグルンワルドとホルスの会話にて「お前を弟にしてやろうか」と言っていたことが終盤にヒルダがホルスに「双子よ」と言う台詞の伏線になっている。これは実際にグルンワルドとヒルダに血縁の関係があるという訳ではなく、悪魔の心と人間の心という二つの側面を持つヒルダが、悪魔の心に囚われてからホルスたちによって人間の心を取り戻すという話に沿っている。村を襲撃され孤独感を募らせていたヒルダと、人間と離れて父と二人で暮らし、父が死んでから村へ来て父を失った孤独感を癒していたホルスが対比的になっていると考えられる。悪魔の心を増幅させていたヒルダと、そんなヒルダたちの悪魔に立ち向かうホルスの構図から学べることがありそうである。大カマスや怪鳥、太陽が大きくあしらわれた花嫁衣裳など、やや北欧らしい要素も見受けられるが、キャラクター達の服装や造形は比較的シンプルなものが多い。
5
『よなよなペンギン』(アニメ映画)(2009)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
原作は、りんたろう、マッドハウス製作、松竹配給。略称はよなペン。
毎晩、ペンギンの格好をして街を歩き回っていた少女ココ。ココは、天国のおとうさんが話してくれた、「ペンギンと空を飛んだことがある」という言葉を信じている。だから、彼女の願いは、いつか空を飛ぶということだった。 彼女の元に、ある日、空から招待状が届く。
【考察】
フルCGアニメーションになっており、以前に見た『ホッタラケの島』と似た作風の作品となっているが、動きは少し硬めになっている。キャラクターの陰影や質感などもリアル寄りであるとは言えず、全体的に似たようなプラスチックっぽい質感表現になっている。ストーリーとしては「信じていればきっと夢は叶う」というようなテーマになっていると考える。冒頭に出て来てココの夢をからかったいじめっ子が、その後にココの成し遂げたことを認識して考えを改めるというような描写がなかったのが少し残念。飛べないはずのペンギンが空を飛ぶ姿は、周囲の人々から諦められたり期待されなかったりしても、続けていれば報われることの象徴的な姿だと思う。ただ、ココがなぜ最後だけ飛べたのか、具体的な説明はなかったように思われる。また、同じ場に居合わせてスローモーションがかかっていたとしても、キャラクターやものによってはスロモの具合が違うのが少し気になった。悪魔らしき存在として登場するザミは、最初こそ「何だコイツ」と思うが、物語が進むにつれて性格に変化が現れ、最終的にかなり憎めないキャラクターになったのが印象的だった。敵の動きや味方の動きにはところどころご都合的な要素が見られて少し気になる点はあった(敵側の拠点の警備があまりにもザル過ぎる・敵が町の破壊行為を繰り返しているのに微動だにしない&ラスボスにトドメだけさす味方側の神様的存在)。
6
『呪術廻戦 懐玉・玉折 劇場版総集編』(アニメ映画)(2025)監督:御所園翔太
【概要・あらすじ】
TVアニメ第2期となる「懐玉・玉折/渋谷事変」が2023年7月から12月まで放送された。そのうちの全5話となる「懐玉・玉折」のストーリーが総集編として劇場にて上映。全編の音楽を5.1chサラウンドの劇場環境に合わせて再ミックスし、一部楽曲は劇場版用にリアレンジ。TVアニメ時のオープニングテーマをアレンジしたキタニタツヤの「青のすみか (Acoustic ver.)」を主題歌として迎える。
2006年 春。高専時代の五条悟と夏油傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する。
【考察】
テレビ放送版を見た後に映画館で鑑賞した際、印象として大きく異なったのは、五条・夏油の二人と伏黒甚爾である。テレビ版では特に夏油に視聴者が感情移入しやすく、敵側の伏黒がヘイトを買うような構図になっていたが、映画になって話の展開が途切れず一つの繋がったものとして見ていると、任務に対しての五条と夏油の若さゆえの甘さや粗さに気がつくと同時に、伏黒のクレバーさや計画の綿密性に目が付き、頭の切れる暗殺者として魅力的なキャラクターに感じられるようになったと考える。アニメ版よりも、殺された後に話が全然出て来ない天内がただ殺されただけのひたすら可哀そうな存在に思えた。何故かテレビ版ではそのままカラーで描写されていた五条と夏油の襲撃シーンが劇場版ではモノクロになるように編集されていたのかの理由が気になった。映画館の音響で音を聴くことによって、テレビ版では気がつかなかった声優の微かな演技などにも気がつくことが出来たと思う。クワイアの声を新たに録りなおしていることにも気がついたが、アニメ版の音楽に注意深く耳を傾けていれば、映画版との違いにも気がつけたかもしれない。
7
『劇場版 鬼滅の刃無限城編 第一章猗窩座再来』(アニメ映画)(2025)監督:外崎春雄
【概要・あらすじ】
吾峠呼世晴による漫画『鬼滅の刃』を原作としたufotable制作の日本の長編アニメーション映画。全三部作として制作され、2024年5月から6月に放送されたテレビアニメ版「柱稽古編」の続編として無限城での戦いを描く。
無惨の策略により鬼殺隊は鬼たちの根城である無限城へと落とされ、各々が鬼を討伐しながら無惨を探す。蟲柱・胡蝶しのぶは実姉を殺した張本人である上弦の弐・童磨と、我妻善逸はかつての兄弟子にして新上弦の陸となった獪岳、竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇はかつて炎柱・煉獄杏寿郎を倒した上弦の参・猗窩座と遭遇し、戦いを繰り広げる。
【考察】
画面に占める情報の量や密度が非常に高い作品だと感じた。注視して見ても、とてつもないスピード感で映像が動いていくので、コマ送りして見たいと思う場面がいくつもあった。無限城に落下していくだけでも建物の数だけでその圧倒的な規模の大きさが分かる他、特に戦闘シーンでは何が起きているのか目で追うことすらままならないほどのハイスピードである。印象的だったのは劇伴で、アニメの一期などで使われていた各キャラクターのテーマのメロディーを豪勢にアレンジしたり、対戦するキャラクターのテーマを組み合わせた楽器を用いていたりと非常に凝っており、耳まで忙しい作品になっている。アニメ映画として興行収入が注目されている作品ではあるが、その質の良い作画と動きという情報が猛スピードで大量に押し寄せるため、何があったのか確認したい、何度でも見たいと観客に思わせるためもあるのではないかと思う。
ストーリーも、キャラクター達の遣る瀬無い想いや報われなかった願い、届かなかったことへの悔しさや自分が未来へ繋ぐ覚悟など、普遍的な人の思いを描いたものが多く、声優の演技や音楽も相まって感情を高ぶらせる・共感させるものとなっていると思う。
8
『タコピーの原罪』(Webアニメ)(2025)監督:飯野慎也
【概要・あらすじ】
タイザン5による同名の日本の漫画を原作に作られたWeb配信アニメ。複雑な家庭事情と学校でのいじめに苛まれる少女・しずかとタコ型地球外生命体・タコピーの交流譚を描く。
【考察】
原作の漫画の絵柄をかなり踏襲した絵柄が特徴的。表現も漫画由来かは分からないが、構図を利用した主観人物の心情表現が印象的だったと思う。東が自分の犯行がバレるかもしれないというシーンでは机の下から俯く大きく歪んだ東の焦燥した顔が見え、警察の声も水の中から聞いたような籠った音になっていたり、東が母からパンケーキを出され、諦められたことを言われた途端、それまでおいしそうだったパンケーキが残飯のように見えたり、テーブルの距離が伸びて母親との埋まらない心の距離を表していたり、実際にはそんなことはないのに東の兄に詰められるという幻想といったシーンが印象的だった。声優の演技も圧巻で、特に第六話でしずかが泣きながらタコピーに怒りをぶつけるシーンはかなり反響も大きかった。
ストーリーとしては、誰がいい子で誰が悪い子なのか、その逆転現象が次々に連鎖して起こっていく。しかし、一貫して大人たちが本当に悪い影響を子供たちに与えすぎていると思う。タコピーに「一体どうすればよかったの?」と聞くしずかに対して「分かんないっピ…」「いつもお話聞こうとしなくてごめんっピ」というのが非常に誠実で、タコピーの成長を感じた。この物語では、「お話」がハッピーを生むことも一貫して描かれており、最後にまりなとしずかが和解するときも、多少強引ではあるが二人の対話によるものになっている。
9
『彼女と彼女の猫』(テレビアニメ)(2016)監督:坂本一也
【概要・あらすじ】
新海誠による同名の自主制作短編アニメーション作品を原作とした日本の短編テレビアニメ。2016年3月『ULTRA SUPER ANIME TIME』枠内にて『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』のタイトルで放送された。1話約8分で全4話。略称は『彼女と彼女の猫 EF』。第4話エンドクレジット後のパートで、自主制作版の冒頭へつながるような演出がなされた。
都会で一人暮らしをする美優は、かつてルームシェアしていた親友の知歌が先に部屋を出て行ってしまい、猫のダルと二人暮らしをすることになる。
【考察】
猫のダルの特徴的なモノローグや声優の花澤香菜を起用していることにより、非常に新海らしさを感じる要素はあるものの、作品全体としては淡泊な印象だった。輪郭線が茶色いのは特徴の一つだが、作画にもこれとった大きな特徴は見受けられない。淡々と就職活動に追いつめられる美優とダルの日常を描いた作品になっているが、基本的にダルの視点を中心に世界が描写されている。落ち込む美優の枕元にトカゲを渡し、叫んだ美優の声を聞いて「よかった 元気になったみたい」など、やはり少し人間の感覚とはズレた猫の感性を持っている描写がされている。
10
『メアリと魔女の花』(アニメ映画)(2017)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
原作はイギリスの女性作家メアリー・スチュアート(1916年 - 2014年)が1971年に発表した『The Little Broomstick』。
11歳の赤毛の少女メアリは、大叔母シャーロットが住む赤い館に引っ越して来たが、テレビやゲーム機も無く退屈な日々を過ごしていた。ある日、メアリは赤い館を訪れた12歳の少年ピーターと出会うが、彼の飼い猫ティブとギブを追って森に迷い込み、夜間飛行という花を見つける。その1輪を赤い館に持ち帰り、翌日、ティブを追って再び森に来たメアリは、赤毛の魔女が落とした箒を見つけるが、誤って夜間飛行の汁を箒に付けてしまう。すると箒は独りでに動き出し、メアリとティブを乗せたまま空高く舞い上がると、積乱雲の中にある魔女の国に入っていく。
【考察】
スタジオポノック作品だが、どうしてもジブリの系譜は感じざるを得ない。絵柄はほとんどジブリの特徴と一致している他、ファンタジーの描写などもかなりジブリっぽいという印象を受ける。ただ、はっきりと言葉にすることは出来ないものの、「ジブリ・宮崎作品よりもワクワク感がない…!」という感想が出た。物語に緊張と緩和の緩急がないような、緊張の度合いが少し緩めなのかもしれないと感じた。どうせ捕まってもなんとかなる・まさか死ぬようなことはないだろう・変身魔法で変身させられてしまっても魔導書と花があれば元に戻れる、といったような鬼気迫る感覚があまり感じられなかったように思う。前半の街での暮らしは、のどかな田舎と妖しい森という雰囲気に合っていたと思うが、後半の大学に入る場面でも「これは一体何だろう?」と観客に思わせるワクワク感があまりなかった。ハリー・ポッターのホグワーツの彩度を上げて造形を動植物モチーフに変えたような既視感からだろうか。加えて、魔法が科学と密接に関係がある・人間に一部の魔法は制御可能&近代化のような要素が込められていたからだろうかと考えた。音楽としてはハンマーダルシマーが非常に印象的なBGMになっていた。
魔女宅のキキとは違い、メアリの場合は黒いスパッツで守られていた。
11
『メトロポリス』(アニメ映画)(2001)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
手塚治虫の同名漫画『メトロポリス』を原作としたアニメーション映画。ジグラットという機械工学化や発展が急進的な街に、伴俊作という日本の探偵とケンイチという助手が訪れる。
【考察】
絵柄・テーマ共に手塚治虫作品らしい作品だと感じられた。鉄腕アトムなどの手塚プロのアニメーションを見たことがあるが、それよりも大分ヌルヌルと動くようになっており、手塚が生きていてこの映画を見たらよい反応をするのではないかと思った。ロボットを機械の奴隷として扱うか、それとも人間と同じように扱うのか、ジグラットで働くロボットたちは総じて前者寄りの待遇の元に活動している。しかし、ロボットたちの挙動や性格、見た目はかわいらしい、親しみが持てるように表現されているため、前者的な扱いをしているジグラットの人間に対してヘイトが向くような構図になっていると考える。ティマはレッド公の失われた娘を元に作られたと確かあったと思うので、非常に『鉄腕アトム』の持っていたテーマ性と似ているのではないかと感じた。ただ、奴隷のように扱った人間には天罰が下るという結末から町の大規模な破壊行動に及び、崩壊した町を見るとどことなく『AKIRA』のラストを感じられるラストにもなっている(脚本が大友克洋)。
12
『鉄コン筋クリート』(アニメ映画)(2006)監督:マイケル・アリアス
【概要・あらすじ】
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された松本大洋による漫画を元にした劇場アニメ。義理人情とヤクザが蔓延る町・宝町。そこに住む<ネコ>と呼ばれる少年・クロとシロは、驚異的な身体能力で街の中を飛び回ることが出来た。そんなある日、開発という名の地上げでヤクザ、3人組の殺し屋、蛇という名の男性が現れる。
【考察】
カメラワークが非常に特徴的かつ絵柄もかなり独特な作風で、唯一無二の雰囲気を醸し出していると感じた。芸能人声優を何人も起用しているが、作品やキャラクターとの馴染みは良かったと思う。特にニノの声優としての演技については『実写版 暗殺教室』でも触れられていたが、不良少年の役としても、クロの持つ生意気なクソガキ感やその奥に眠る「イタチ」としての狂気も非常に表現出来ていると思った。アクションシーンは非常に軽やかながら、その軽さの中にも狂気が感じられる。ストーリーとしては、「流れ」や「闇」、「この街は長くない」などのキーワードらしきものはいくつもあるものの、どれもかなり抽象的でそれらが一体どういうものなのか、簡単に把握するのも難しいと感じた。アジアンチックながら世界のどこにもなさそうな乱雑な雰囲気の街で、半スラム化したような中華街のような街で繰り広げられる高低差を活かした戦いのシーンはインパクトがある。日本人が作らないようなアジアの街という印象を受けた。
13
『ももへの手紙』(アニメ映画)(2012)監督:沖浦啓之
【概要・あらすじ】
リアル系アニメーターの第一人者としても知られる沖浦啓之が前作『人狼 JIN-ROH』以来12年ぶりに手がけた2作目の監督作品で、オリジナル作品としては初となる長編劇場アニメ。
父が遺した書きかけの手紙には、ただその一言があるだけだった。心ない言葉をぶつけ、仲直りしないまま父を亡くしたももは、11歳の夏、後悔を抱えたまま母親のいく子とふたり、母が幼い頃住んだことのある瀬戸内の島に引っ越してきた。辿り着いた汐島は、昔ながらの家々と自然に囲まれたどこか幻想的な町だった。
【考察】
絵柄がリアル寄りのジブリ、あるいは『火垂るの墓』を思わせる絵柄だと思った。特に鼻・口回りの描画が省略されずに書かれており、それがリアルさに拍車をかけていると思われる。妖怪三人組の中ではマメが一番不気味だと感じた。ももの足を舐めたりももの入浴中に風呂に忍び込んだりと、本人は茫然としているがしっかりとももに絡んでくるあたりが少々気味が悪く思った。瀬戸内のレモンをつかった羊羹や海の見える穏やかな景色、人々の言葉遣いからも、見ていて本当に瀬戸内の田舎に移り住んだように感じられた。ももの同級生の男子との距離感が自然なのもリアルだと感じた。母の発作の悪化を食い止めるために暴風雨の中で橋を渡ったり、山をモノラックでのぼって猪から逃げたりと、移動を伴うアクションシーンは非常にワクワクした。妖怪たちの力を使って協力して一つの大きな・大変なことを成し遂げようとする構図にワクワクするのだろうかと考えた。妖怪たちは積極的なももの味方というわけではなく、むしろかなりのやらかしを人々にしている上にそれを把握しているのがももだけなので、かえってももが何か関係しているのではないかという誤解を周囲の人に与えかねない厄介な存在になっている。意思疎通こそできるけれどなかなか相容れない存在として描写されているのだろうかと考えた。
14
『舞台 呪術廻戦 懐玉・玉折』(舞台)(2025)脚本:喜安浩平
【概要】
芥見下々原作の漫画『呪術廻戦』のエピソード「懐玉・玉折」を舞台化。8月22日から9月7日まで東京・大阪で公演。
【考察】
二階席から観劇をした。距離的にキャストの人達の表情などは見えづらかったものの、立ち居振る舞いなどが正にキャラクターそのものを体現しているようで、本当にその場にキャラクターが「いる」と感じた。特に声質がアニメ版と大きく異なるキャストもいたが、それでも話し方や振る舞いを非常にキャラクターに寄せていたために全然違和感がないという現象が起こっていた。何がそのキャラクターをキャラクターたらしめるのかについて考えて見たくなった。人数などの関係上兼ね役なども当然あるが、中学二年生の女子の役を中年の男性が行っているのを見た時は会場内でも笑いが起こっていた。一日しか観劇には行けなかったものの、何度も通して観劇に行っている人の感想を見ると、やはり日によってコマかい箇所の台詞や演技が変化しており、「舞台は生もの」という役者の言葉を思い出した。
五条が逆さに浮いたりするシーンではアンサンブルの人が逆さに持ち上げていたり、空中浮遊するシーンではかなり高い台の上に乗って演技をしたりと、身体を張った演出方法だったことも印象に残っている。
15
『借りぐらしのアリエッティ』(アニメ映画)(2010)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
監督は本作が初監督作品となる米林宏昌。メアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作として、翻案・脚色された作品であり、人間の屋敷で物を借りながら隠れ暮らす小人の一家や、小人の少女アリエッティと人間の少年翔の交流を描く。
【考察】
一見するとアリエッティが普通の大きさの女の子に見える前半パートだが、よく見ると水滴の大きさなどは一貫して大きく描かれており、小人たちの小ささが窺える。アリエッティが翔と初めて目が合うシーンは本当に突然なので、観客としても軽いジャンプスケアを経験した気持ちになった。アリエッティと同じ気持ちを体験した気分になった。アリエッティと翔が協力してアリエッティのお母さんを捜すシーンでは、二人の身体で出来ることと出来ないことを活かしあって助けていたのが印象的で、いつかはこうして小人と人間が共存し合える未来もあるのではないかという可能性を描いているのではないかと思った。序盤でアリエッティが受け取らなかった翔の角砂糖を最後に受け取るのも、その比喩なのではないかと感じた。
16
『めくらやなぎと眠る女』(アニメ映画)(2022)監督:ピエール・フォルデス
【概要・あらすじ】
村上春樹の3つの短編小説集『めくらやなぎと眠る女』『象の消滅』『神の子どもたちはみな踊る』から6編の短編小説を脚色し、東日本大震災直後の東京を舞台に、2人の銀行員を主人公として描いている。
本作は2022年度アヌシー国際アニメーション映画祭で初公開され、審査員賞を受賞。その後第47回トロント国際映画祭の現代ワールドシネマ部門でも上映された。日本での公開に際しては、20歳未満のキャラクターが喫煙するシーンがあることからPG-12指定がなされている。
【考察】
村上春樹作品を読んだことがある人間なら、この作品の原作が村上春樹のものであると恐らくすぐに分かると思う。特に緩急もないのっぺりとした展開や、「このシーン必要あるのか…?」とやや疑問に思うような場面がいくつかあるなどが小説を読んでいて覚える感覚に酷似しているのである。この映像作品もほとんどが人物たちの会話劇によって進行しており、恐らく動画かロトスコープ的な動きをしているので、表現としては本当にリアルに振り切った作品だと思う。アニメ版の『悪の華』を彷彿とさせる作品だと感じた。時折ある性描写や穏やかながらグロテスクな描写、喫煙に飲酒など、精神的にじわじわと追いつめられてくるような閉塞感を覚えた。
17
『好きでも嫌いなあまのじゃく』(アニメ映画)(2024)監督:柴山智隆
【概要・あらすじ】
制作は『泣きたい私は猫をかぶる』『ペンギン・ハイウェイ』などの作品で知られる多くのアニメ作品を生み出したスタジオコロリド。
高校1年生の八ツ瀬柊は、人から嫌われず周囲と上手にやっていきたいとの思いから、頼まれごとを断れない性格であったが、何をやってもうまくいかず親友と呼べる相手もいなかった。季節外れの雪が降った夏のある日、人間の世界に母親を探しに来た鬼の少女ツムギと出会う。柊と正反対の性格で、周囲の目を気にしないツムギは、柊を旅の道連れにする。
【考察】
終始「よく分かんないな…」となった作品だった。絵はこれまで手掛けてきた作品を含めて申し分はないものの、物語の設定に整合性が薄かったりツッコミどころが多かったりして、少し集中できなかったことは否めないと思った。例えば人が鬼になるという設定は、本当の気持ちが言えないまま貯め込んでしまう人は、身体から小鬼と呼ばれる雪のようなものが出て来て、それが出すぎると鬼になってしまうという設定があるのだが、それだとほとんどの人間は鬼になっていてもおかしくないのではないかと感じてしまった。また、ツムギ自身は鬼の両親から生まれたから鬼に決まっていると言っているものの、それなら尚更人間と鬼の人口は逆転していてもおかしくない上、鬼の角は鬼になりかけの人間や鬼同士にしか見えないため、なぜ鬼が隠れ里に住んでいるのかもよく分からない。自分の気持ちを隠して鬼になってしまうような人がのびのび生きられる場所としての役割があるらしいが、ツムギの母親が自分の本心を明かせずに雪の神になって悲しんでいた点を見るに、その役割すらうまく機能していないことが分かるので、やはり分からないという気持ちが強い。ただメッセージ性は伝えようとしているのは分かるものの、やはり要領を得ないという感想が出て来る。
18
『化け猫あんずちゃん』(アニメ映画)(2024)監督:久野遥子・山下敦弘
【概要・あらすじ】
いましろたかしによる同名の漫画作品を原作とした映画。南伊豆・池照町の一角にある草成寺で飼われていた猫、あんずちゃんは、10年、20年経っても死なず、30歳を過ぎて化け猫となっていた。飼い主であるおしょーさんの養子となり、寺の仕事を気まぐれにこなしつつ、日常生活をおくるあんずちゃん。彼と町の人々との交流を描く不思議な物語。
【考察】
何であんずちゃんは生きているのか、なんで喋れるのか、なんで自転車に乗っているのか?といった疑問や違和感は割と序盤ですぐに消え失せてしまった。周囲の人々があまりにも自然にあんずちゃんのことを受け入れているため、「まあいいか…」となってしまうのである。メインキャラクターのかりんを含め、登場人物全員に「コイツ…」と思うところもあればでもやっぱり憎めない点もあり、観客にキャラクターを好きになってもらえるような造形になっている。かりんの母親に会いになぜか地獄に行ったり、結局地獄に行って母を現世に蘇らせた重罪がどうなったのかなどについては触れられないものの、「まあ…なんとかなったっぽいしいいか…!」と思わせる適当さが愛おしいと思う。
19
『きみの色』(アニメ映画)(2024)監督:山田尚子
【あらすじ】
海に面した街のキリスト教系女子高校3年に在学する日暮トツ子は、会う人固有の「色」が見えるという特殊な感覚を持ち、周りの人間からは少し浮きがちであった。トツ子は「きれいな色」を感じた同学年の作永きみのことが気になっていたが、きみはいつの間にか学校を退学していた。「本屋で働いているのを見た」という噂をもとに、トツ子は市内の本屋を探し回り、ある古書店できみと再会する。
【考察】
画面の中の色彩が本当にどのシーンをとっても鮮やかで穏やかで、トツ子の視界を共有して見ているような感覚になった。動きのヌルヌルさや展開と人間関係の静かさ、トラブルなども特にない監督の作品性が非常に全面的に現れた作品だと思う。それでいてラストは割と王道よりの展開になっていくのも着地の座りが良い。披露される楽曲の三曲もどれも良く、特にトツ子の「水金地科目土天アーメン」は、掴みやすいフレーズとキャッチ―な歌詞から簡単に口ずさむことが出来る。足の描写が思ったより少なかったことが意外だった。
20
『さよなら絵梨』(漫画)(2022)作者:藤本タツキ
【あらすじ】
病の母が死ぬまで、スマートフォンで撮影をしていた中学生の優太。彼は母の死後、自殺をするために向かった病院の屋上で、とある少女に出会い、映画を撮影することになる。
【考察】
個人的に驚きだったのは、絵梨が眼鏡をかけて矯正をしていた女の子だったという点。作中では絵梨は一度もそんな描画はされていなかったため、漫画のコマの全部を合わせてもまだ読者には分からない絵梨や優太の真相があの漫画のコマの外にはあるのだなと思うと同時に、映画の撮影とこの漫画の構図が入れ子構造になっていることが分かる。
21
『ヌードモデル』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
高校の不良少年である百瀬は、所属するグループのルールに従い、罰ゲームとして美大を目指す同じクラスの女子高生の夏目と三日以内にヤッてこいと命令される。百瀬は夏目の家に行き、モデルがいなくて困っていた夏目に対し、自分がヌードモデルになることを提案する。
【考察】
最初はただ純粋に絵を描く・描かれるの関係だった二人だが、一方は裸を見られ一方は自分の貞操を狙われているのを分かっていた状況だったのが面白い。それでもお互いにヌードモデルと画家という関係を崩さなかったのが尊い関係だと感じた。百瀬が最後に夏目を馬鹿にした同級生を殴ったり夏目に謝ったりする場面が挟まったのは珍しいように感じた。夏目は、最初は笑わずに真剣な顔で絵を描くことから少し恐怖を覚えるが、最後の笑顔が非常にかわいらしく、全然能面なんかじゃないということが感じられて良かった。
22
『おんなのこ』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
女の喘ぎ声の真似をした録音を聴きながら自慰行為を行っていた矢田は、ひょんなことからその音声を同級生の男子に聴かれてしまう。しかし、声フェチだという桃井以外の誰にも声の正体が矢田であることはバレず、音声は男子たちの間に広がっていく。その様子に悪い気はしない矢田は、自分の声が裏で男子たちに求められることに関し、徐々に女子に対する優越感を抱く。
【考察】
女の子が経験する喜びと苦しみを男子が味わってみたらこういうことになるのだろうかと考えた。朝比奈が妹尾にレイプされているらしき描写はかなり序盤からあったものの、見逃してしまうと構図的には「気づけなかったことに対する申し訳なさ」が矢田と読者でリンクする形になっているのが巧みだと感じた。最後のおっぱいを抱える矢田の構図は、思春期の男子なら喜びそうな構図ながらも、その重みを理解した矢田の意識の変化が感じられる。
23
『ソフトさんの悲劇』(アニメ)(2009)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
ソフトさんの悲劇は、ソフトクリームのキャラクター、ソフトさんが様々な状況で潰れ続けていく姿をユーモラスにえがいた、悲しくも可笑しい連続ショートアニメーション。
この作品はロカルノ映画祭(スイス)「MANGA IMPACT」2009/8/5や、Holland AnimationFilmFestival(オランダ)2009/11/4で公開され、NIPPONCONNECTION(ドイツ)2010/4/14でも上映されるなど海外でも高い評価を得ている。
【考察】
これはもはや考察をすべき作品ではないのでは…? という気さえしてきた。日常的なスポーツのものが大半を占めている印象を受ける。作品の大半はオチが想像できるものだが、中には視聴者の意表をつくオチもあったりと、意外と面白い。だが、子供向け作品という印象は否めない。
24
『ソフトさんの悲劇 新種誕生』(アニメ)(2011)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
クリエイター・杉山実が手掛けたシュールなショートアニメーション第2弾。溶ける体をものともせず、さまざまなことにチャレンジし続けるソフトクリームのキャラクター、ソフトさんの日常を描く。
【考察】
前作よりも線が綺麗になり、色もかなり鮮やかになって色んな種類の仲間が増えているのも特徴。もしかしてソフトさんは、地球上で最強の生命体なのでは…?と感じ始めた。
25
『デス・ビリヤード』(アニメ)(2013)監督:立川譲
【概要・あらすじ】
文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト『アニメミライ2013』の参加作品として公開された。原作の立川譲は監督および脚本も務めており、作品の独特な世界はその作家性によるものが大きい。結末はリドル・ストーリー的に考察の余地を与えるものとなっている。
突如、謎のBARに連れてこられた若者と老人に、バーテンダーらしき人物は「命を懸けてゲームをして頂きます。」と答える。2人ともわけがわからないままビリヤードを始めるが、若者は次第にこのゲームを疑うようになる。
【考察】
新人が育成目的で作ったとは思えないクオリティの作品だと感じた。特に激しく若者たちが動くシーンにも迫力があった他、老人と若者が天国と地獄のどちらにいったのか、何となく答えが出ているような気がしないでもないのも興味深い。
26
『小さな英雄 カニとタマゴと透明人間「カニ―ニとカニーノ」』
(アニメ)(2018)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
スタジオポノックのプロジェクト「ポノック短編劇場」の1作目。『メアリと魔女の花』に続く劇場用映画で、スタジオポノックとしては初の短編映画となる。3篇のアンソロジーとして発表。『カニーニとカニーノ』(監督/米林宏昌)、『サムライエッグ』(監督/百瀬義行)、『透明人間』(監督/山下明彦)。
サワガニの兄妹・カニーニとカニーノは、両親と共に川底で小魚を食べて暮らしていた。母が出産の為に棲み家を離れていた大嵐の日、激流に流されそうなカニーノを助ける父親。だが、代わりに父が流されて行ってしまった。兄弟だけになり、父を探すため危険を犯してカニーニとカニーノは下流に向かう。
【考察】
カニだからか、人間の言語らしきものは一切喋らず、名前や独自の言語を使っていたのが印象的だった。水の表現や魚の表現が非常にリアルで、ジブリらしさはそこからは感じなかった。
27
『「サムライエッグ」』(アニメ)(2018)監督:百瀬義行
【あらすじ】
野球好きな小学生・シュンは、両親と東京・府中市で暮らしていた。彼は生まれつき重度の卵アレルギーに苦しんでいた。アレルギーの治療は、わざと少量のアレルギー物質を食べて慣らして行くのだが、それは吐き気との闘いであり、まだ幼いシュンは治療を避けがちだった。
【考察】
玉子入りのアイスを食べてしまい、エピペンを持って家を飛び出していくシーンは疾走感と発疹による苦しみが表現されていて、見ていて涙腺が刺激された。
28
『「透明人間」』(アニメ)(2018)監督:山下明彦
【あらすじ】
港町で暮らす青年は透明人間だった。背広を着て会社に勤務しているが、同僚たちは彼が居ないかのように素通りする。常に重い消火器を担いでいる青年。手ぶらでは風船のように、何処までも浮いて行ってしまうのだ。
【考察】
彼の存在に気がつくのが盲導犬とその犬を連れた老人というのも感慨深い。その老人も透明人間なのかもしれないと思った。それにしても、一体どうやって就職できたのか、就職したころはまだ透明じゃなかったのかもしれないと思った。
29
『がんばっていきまっしょい』(アニメ映画)(2024)監督:櫻木優平
【概要・あらすじ】
敷村良子による私小説を原作としたアニメ映画。愛媛県松山市の高校を舞台に、ボート部の活動に打ち込む5人の女子高校生たちの姿を描いた物語。
【考察】
3DCGを用いたアニメで、光の使い方が鮮やかで美しい作品だった。主人公回りの急に生えたような恋愛要素には首をかしげたが、最後のレースの間に挿入される謎の寝そべる五人の絵と含めて、そこだけが微妙だったが、あとは概ね満足できる映画だった。
30
『セロ弾きのゴーシュ』(アニメ映画)(1982)監督:高畑勲
【概要・あらすじ】
高畑勲が監督しオープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた自主制作作品。劇場公開は1982年1月23日であったが、同月発表された1981年度の第36回毎日映画コンクール・大藤信郎賞にノミネートして受賞している。
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロを担当している。しかしあまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。
【考察】
最初は動物たちにも辛く当たっていたゴーシュが、動物たちのお願いごとを叶える度に少しずつ穏やかになり、最後にはセロの腕がうまくなるのが良かった。セロの振動が按摩になっているというのが現実的で意外だった。
4年 宇都穂南
RES
4年 宇都
春休み課題6〜13
6.二癈人/江戸川乱歩
湯治場で出会った井原と斎藤は世捨て人的な廃人同士として意気投合する。斎藤が顔の崩れた原因である戦場の話をしたあと、今度は井原が自己の隠棲した理由を語る。井原は小さい時から夢遊病であった。しばらくはおさまっていたが、学生となって東京に出てくると、それが再発したらしく、本人はまったく覚えがないのだが、同じ下宿内の者の物を盗んだり、夜中に墓場をうろつくようになってしまったのだという。そしてついに下宿の主人の老人を夢遊病の発作を起こしたときに殺してしまったのだった。盗まれた老人の財産が井原の部屋にあり、井原のハンカチが現場に落ちていた。素封家である親や、学友木村の尽力で、病気のため無罪となったが、それ以来、井原は社会復帰する気をなくし、こうして隠棲の人生を歩むようになったのだという。それを聞いて斎藤が、それは木村があなたの夢遊病であることを最初から利用し、目当ての老人殺しをあなたのせいにしたのではないかという。井原がありうることだとして愕然となると斎藤は辞す。井原は顔こそ崩れてしまったが斎藤こそ木村なのではないかと思う。
この話の最後、井原は木村の機知をにくむというより讃美しないでいられなかったとある。奇想天外なアイデアを素晴らしいと思うことはあるだろうが、この場面で井原の立場で考えると讃美の感情は普通出てこないと思う。奇想天外なアイデアを使って小説を執筆してきた作者江戸川乱歩の趣向が出ているような気がする。
7.D坂の殺人事件/江戸川乱歩
9月初旬の夜、「私」がD坂の大通りにある喫茶店で、向かいの古本屋の美人妻を眺めることを目当てに長居をしていると、その美人妻の存在を教えてくれた「人間の研究をしている」という青年明智小五郎が通りかかり、彼も店内に入ってくる。しかし、件の美人妻も主人も店頭に姿を見せず、万引きの跋扈するのに任せたままにしているので、おかしいと思った二人が古本屋へと入って電灯をつけてみると、奥の部屋に古本屋の妻の絞殺死体があった。警察の捜査の結果、古本屋の主人のアリバイは証明されるが、死体が発見された部屋の出入り口はすべて見張られた状態にあり、犯人がどこから入り、どこから逃げたかはわからない。長屋内部の者の犯行か。しかも奥の座敷に誰か男がいるのを無双障子越しにちらりと見たという二人の学生は、男の着物は黒、もう一方は白だと違う証言をし、事件は謎を深める。
江戸川乱歩の生んだ名探偵・明智小五郎が「容疑者」として扱われ、「私」という一般人の主人公の視点から推理が語られるという変わった構造の推理小説である。「私」視点で捜査が進むため明智が本当に怪しく見えてくるが、終盤で明智の語る推理を聞くとこれまで信じていた手がかりや証拠、証言の信頼度がどんどんと落ちていく感覚を味わえる。読書体験として特殊ではないだろうか。
8.心理試験/江戸川乱歩
貧しい大学生・蕗屋清一郎は、同級生の斎藤勇から、斎藤の下宿先の家主である老婆が室内に置いている植木鉢の底に大金を隠していることを知る。老い先短い老婆より、まだ若くて未来のある自分がその大金を使うべきなのだ、と考えた蕗屋は、老婆を殺して金を奪う計画を立てる。基本方針は、小細工を弄しないで、大胆率直にことを進めた方が足がつかないというものだった。彼はそれを実行し、老婆を殺したあと、金の半分を奪い、残りは元の場所に、そして奪った金を財布に入れて拾得物として警察に届け、1年たつのを待つことにする。その後、老婆殺害のかどで斎藤が勾引される。斎藤は老婆殺人の第一発見者であったが、そのときに例の残りの金を盗んで自分の腹巻に入れ、そのまま警察に殺人を知らせにいき、そこで身体検査されたため、分不相応の金を持っていたということで容疑をかけられてしまったのだ。蕗屋はほくそ笑むが、自分が拾った大金を警察に届けたことが担当予審判事の笠森の耳に入ったことを知る。笠森が心理試験を行う判事であることを知っていた蕗屋は、その対策として、どんな質問にも策を弄せず素直に答えてみせるという訓練を自分に課す。斎藤と蕗屋を心理試験にかけてみた結果、混乱を呈しているのは斎藤のほうで、蕗屋のほうは平然としていることが分かり判事は頭を悩ますが、そこへ名素人探偵として名の轟きだしている明智小五郎がやってきて、私見を述べ、ひとつの罠をかけるため、蕗屋を呼びだすこととなる。
蕗屋という殺人犯がいかにして心理試験(呼吸、脈拍、筋肉の動きなど体の反応を感知して嘘を見破る捜査法)を突破するか、蕗屋と明智含む警察側の対決を見所としている。蕗屋の殺人の動機や方法について淡白な文章で書かれた後、心理試験対策を入念にした蕗屋と彼を追い詰める明智の会話に多くのページが割かれる。明智はミュンスターベルヒという心理学者の著作を引用し心理試験の効能について語るが、どうやら学者とその著作は実在しているようである。心理試験のようなものは現代にもあるが、「完璧な対策をする犯罪者がいたらどうなるのだろう?」という純粋な問いに明智が答えるような話である。
9.人間椅子/江戸川乱歩
外交官を夫に持つ閨秀作家(女性作家のこと)の佳子は、毎朝夫の登庁を見送った後、書斎に籠もり、ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。ある日、「私」から1通の手紙が届く。それは「私」の犯した罪悪の告白だった。
椅子専門の家具職人である「私」は、容貌が醜いため周囲の人間から蔑まれ、貧しいためにその悔しさを紛らわす術も持たなかった。しかし、私は職人としての腕はそれなりに評価されており、度々凝った椅子の注文が舞い込んだ。
ある日、外国人専門のホテルに納品される椅子を製作していた私は出来心から、椅子の中に人間が一人入り込める空洞を作り、水と食料と共にその中に入り込んだ。自分が椅子の中に入り込んだ時に、その椅子はホテルに納品されてしまう。それ以来、私は昼は椅子の中にこもり、夜になると椅子から這い出て、盗みを働くようになった。盗みで一財産出来たころ、私は外国人の少女が自分の上に座る感触を革ごしに感じることに喜びを感じた。それ以来、私は女性の感触を革ごしに感じることに夢中になった。やがて、私は言葉がわからない外国人ではなく日本人の女性の感触を感じたいと願うようになった。
推理小説というよりホラー小説に近い。江戸川乱歩の特異な点はその奇想天外なアイデアだと思うが、『人間椅子』はその代表ではないだろうか。もし椅子に人が入っていたら?というアイデア、手紙という形で語られる不快感の強い文章、オチのつけ方まで「江戸川乱歩らしい」小説だと感じる。ひと昔前の丁寧な日本語で語られた手紙にはなんとも言えない気味の悪さがあり、現代の日本語にはない独特な雰囲気がある。
10.ヒックとドラゴン(実写)/監督: ディーン・デュボア
何世代にも渡り人間とドラゴンが戦いを続けているバーク島で暮らすヒックはある日伝説のドラゴン、ナイト・フューリーと運命的な出会いを果たす。トゥースと名付け、友情を育む中で、ドラゴンと共生する方法がないか模索していくがある古代の脅威が世界を危機に陥れ…
ドラゴンに乗って飛ぶシーンでは主人公視点での映像が多用され爽快感があった。映画館で観たが少し酔った。前期の教科書では主人公ヒックがバイキングのリーダーの息子としては「障害」を持つ存在であるとされていたことが印象的だったが、実写版を観て最初に「障害者」として目に映ったのはヒックの師匠的存在のゲップというキャラクターである。彼は腕と脚が欠損しているが、義手や義肢を使って戦うことができる。バイキングの集まりを見ると彼以外にも四肢の欠損を抱える者がいることがわかる。このように身体障害者(ただし皆強い)が珍しくない集団の中で、身体的には健常者であるにも関わらず戦いに向かないヒックはかなり異質な浮いた存在であると感じた。
11.チェンソーマン レゼ篇/監督: 𠮷原達矢
悪魔の心臓を持つ「チェンソーマン」となり、公安対魔特異4課に所属するデビルハンターの少年・デンジ。憧れのマキマ とのデートで浮かれている中、急な雨に見舞われ、雨宿りしていると偶然“レゼ”という少女と出会った。
近所のカフェで働いているという彼女はデンジに優しく微笑み、二人は急速に親密に。この出会いを境に、デンジの日常は変わり始めていく……
大量に血が流れる作品なのだが、血液の色を紫や緑で表現している場面があり、悲壮感があまりないというかポップですらある気がした。レゼが起こす爆発による煙や閃光も途中からグレーやオレンジではなく様々な色になり、リアリティよりも画面の楽しさをとっているのかなと思った。またはデンジとレゼが一緒に見た花火をイメージして色を変えているのかもしれない。
12.街と、その不確かな壁/村上春樹
18歳の夏の夕暮れ、「僕」は「君」から高い壁に囲まれた「街」の話を聞く。君が言うには、ここに存在するのは自分の「影」に過ぎず、本当の彼女はその壁に囲まれた街の中にいるという。
君(の影)はその後まもなく死に、僕は君から聞いたことばをたよりに街に入り、予言者として「古い夢」を調べることになる。僕は本当の君に出会い、しだいに親しくなっていくが、影を失った彼女とはどんなに言葉を交わし、身体を重ねても、心を通わせることはできないことに気付く。
やがて古い夢を解放することに成功し、その底知れぬ悲しみを知った僕は、影を取り戻して街を出ることを決心し、留まらせようとする壁を振り切って現実世界へと回帰する。
弱くて暗い自分の影を背負い、その腐臭と共に生きることを選択した僕は、1秒ごとに死んでいく「ことば」を紡ぎながら君の記憶を語り続けていく。
雑誌に掲載されたものの本としては出版されることがなかった、村上春樹の幻の作品(国会図書館から取り寄せて読んだ)。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『街とその不確かな壁』の「街」とだいたいの設定は同じだが語句はところどころ違っている。この作品だけで読むと、自分の影=自分の弱さや暗い部分を抱えながら人は生きていくべきだ、というテーマに見える。『世界の終り〜』『街とその不確かな壁』になるとそのようなシンプルなテーマではなくなっていると感じる。
13.はじめに・回転木馬のデッド・ヒート/村上春樹
『回転木馬のデッド・ヒート』という短編集の始めの1章。この短編集には事実に基づいた話しか載っていない。小説というよりそれはいわば〈スケッチ〉である。「僕」は他人の話を聞くのが好きだが、それらの話は「僕」の中に「おり」として溜まっていく。「おり」とはつまり「我々はどこにも行けない」という無力感であり、我々は我々の人生というメリー・ゴーラウンドのようなシステムの上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートを繰り広げているように見える。
この「僕」が村上自身であるのか、「僕」という人格を持った主人公なのか、小説という形で〈スケッチ〉が語られる以上わからないところが面白い。この章では文章表現により精神が解放されるという命題に対し明確に否定されている。
春休み課題6〜13
6.二癈人/江戸川乱歩
湯治場で出会った井原と斎藤は世捨て人的な廃人同士として意気投合する。斎藤が顔の崩れた原因である戦場の話をしたあと、今度は井原が自己の隠棲した理由を語る。井原は小さい時から夢遊病であった。しばらくはおさまっていたが、学生となって東京に出てくると、それが再発したらしく、本人はまったく覚えがないのだが、同じ下宿内の者の物を盗んだり、夜中に墓場をうろつくようになってしまったのだという。そしてついに下宿の主人の老人を夢遊病の発作を起こしたときに殺してしまったのだった。盗まれた老人の財産が井原の部屋にあり、井原のハンカチが現場に落ちていた。素封家である親や、学友木村の尽力で、病気のため無罪となったが、それ以来、井原は社会復帰する気をなくし、こうして隠棲の人生を歩むようになったのだという。それを聞いて斎藤が、それは木村があなたの夢遊病であることを最初から利用し、目当ての老人殺しをあなたのせいにしたのではないかという。井原がありうることだとして愕然となると斎藤は辞す。井原は顔こそ崩れてしまったが斎藤こそ木村なのではないかと思う。
この話の最後、井原は木村の機知をにくむというより讃美しないでいられなかったとある。奇想天外なアイデアを素晴らしいと思うことはあるだろうが、この場面で井原の立場で考えると讃美の感情は普通出てこないと思う。奇想天外なアイデアを使って小説を執筆してきた作者江戸川乱歩の趣向が出ているような気がする。
7.D坂の殺人事件/江戸川乱歩
9月初旬の夜、「私」がD坂の大通りにある喫茶店で、向かいの古本屋の美人妻を眺めることを目当てに長居をしていると、その美人妻の存在を教えてくれた「人間の研究をしている」という青年明智小五郎が通りかかり、彼も店内に入ってくる。しかし、件の美人妻も主人も店頭に姿を見せず、万引きの跋扈するのに任せたままにしているので、おかしいと思った二人が古本屋へと入って電灯をつけてみると、奥の部屋に古本屋の妻の絞殺死体があった。警察の捜査の結果、古本屋の主人のアリバイは証明されるが、死体が発見された部屋の出入り口はすべて見張られた状態にあり、犯人がどこから入り、どこから逃げたかはわからない。長屋内部の者の犯行か。しかも奥の座敷に誰か男がいるのを無双障子越しにちらりと見たという二人の学生は、男の着物は黒、もう一方は白だと違う証言をし、事件は謎を深める。
江戸川乱歩の生んだ名探偵・明智小五郎が「容疑者」として扱われ、「私」という一般人の主人公の視点から推理が語られるという変わった構造の推理小説である。「私」視点で捜査が進むため明智が本当に怪しく見えてくるが、終盤で明智の語る推理を聞くとこれまで信じていた手がかりや証拠、証言の信頼度がどんどんと落ちていく感覚を味わえる。読書体験として特殊ではないだろうか。
8.心理試験/江戸川乱歩
貧しい大学生・蕗屋清一郎は、同級生の斎藤勇から、斎藤の下宿先の家主である老婆が室内に置いている植木鉢の底に大金を隠していることを知る。老い先短い老婆より、まだ若くて未来のある自分がその大金を使うべきなのだ、と考えた蕗屋は、老婆を殺して金を奪う計画を立てる。基本方針は、小細工を弄しないで、大胆率直にことを進めた方が足がつかないというものだった。彼はそれを実行し、老婆を殺したあと、金の半分を奪い、残りは元の場所に、そして奪った金を財布に入れて拾得物として警察に届け、1年たつのを待つことにする。その後、老婆殺害のかどで斎藤が勾引される。斎藤は老婆殺人の第一発見者であったが、そのときに例の残りの金を盗んで自分の腹巻に入れ、そのまま警察に殺人を知らせにいき、そこで身体検査されたため、分不相応の金を持っていたということで容疑をかけられてしまったのだ。蕗屋はほくそ笑むが、自分が拾った大金を警察に届けたことが担当予審判事の笠森の耳に入ったことを知る。笠森が心理試験を行う判事であることを知っていた蕗屋は、その対策として、どんな質問にも策を弄せず素直に答えてみせるという訓練を自分に課す。斎藤と蕗屋を心理試験にかけてみた結果、混乱を呈しているのは斎藤のほうで、蕗屋のほうは平然としていることが分かり判事は頭を悩ますが、そこへ名素人探偵として名の轟きだしている明智小五郎がやってきて、私見を述べ、ひとつの罠をかけるため、蕗屋を呼びだすこととなる。
蕗屋という殺人犯がいかにして心理試験(呼吸、脈拍、筋肉の動きなど体の反応を感知して嘘を見破る捜査法)を突破するか、蕗屋と明智含む警察側の対決を見所としている。蕗屋の殺人の動機や方法について淡白な文章で書かれた後、心理試験対策を入念にした蕗屋と彼を追い詰める明智の会話に多くのページが割かれる。明智はミュンスターベルヒという心理学者の著作を引用し心理試験の効能について語るが、どうやら学者とその著作は実在しているようである。心理試験のようなものは現代にもあるが、「完璧な対策をする犯罪者がいたらどうなるのだろう?」という純粋な問いに明智が答えるような話である。
9.人間椅子/江戸川乱歩
外交官を夫に持つ閨秀作家(女性作家のこと)の佳子は、毎朝夫の登庁を見送った後、書斎に籠もり、ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。ある日、「私」から1通の手紙が届く。それは「私」の犯した罪悪の告白だった。
椅子専門の家具職人である「私」は、容貌が醜いため周囲の人間から蔑まれ、貧しいためにその悔しさを紛らわす術も持たなかった。しかし、私は職人としての腕はそれなりに評価されており、度々凝った椅子の注文が舞い込んだ。
ある日、外国人専門のホテルに納品される椅子を製作していた私は出来心から、椅子の中に人間が一人入り込める空洞を作り、水と食料と共にその中に入り込んだ。自分が椅子の中に入り込んだ時に、その椅子はホテルに納品されてしまう。それ以来、私は昼は椅子の中にこもり、夜になると椅子から這い出て、盗みを働くようになった。盗みで一財産出来たころ、私は外国人の少女が自分の上に座る感触を革ごしに感じることに喜びを感じた。それ以来、私は女性の感触を革ごしに感じることに夢中になった。やがて、私は言葉がわからない外国人ではなく日本人の女性の感触を感じたいと願うようになった。
推理小説というよりホラー小説に近い。江戸川乱歩の特異な点はその奇想天外なアイデアだと思うが、『人間椅子』はその代表ではないだろうか。もし椅子に人が入っていたら?というアイデア、手紙という形で語られる不快感の強い文章、オチのつけ方まで「江戸川乱歩らしい」小説だと感じる。ひと昔前の丁寧な日本語で語られた手紙にはなんとも言えない気味の悪さがあり、現代の日本語にはない独特な雰囲気がある。
10.ヒックとドラゴン(実写)/監督: ディーン・デュボア
何世代にも渡り人間とドラゴンが戦いを続けているバーク島で暮らすヒックはある日伝説のドラゴン、ナイト・フューリーと運命的な出会いを果たす。トゥースと名付け、友情を育む中で、ドラゴンと共生する方法がないか模索していくがある古代の脅威が世界を危機に陥れ…
ドラゴンに乗って飛ぶシーンでは主人公視点での映像が多用され爽快感があった。映画館で観たが少し酔った。前期の教科書では主人公ヒックがバイキングのリーダーの息子としては「障害」を持つ存在であるとされていたことが印象的だったが、実写版を観て最初に「障害者」として目に映ったのはヒックの師匠的存在のゲップというキャラクターである。彼は腕と脚が欠損しているが、義手や義肢を使って戦うことができる。バイキングの集まりを見ると彼以外にも四肢の欠損を抱える者がいることがわかる。このように身体障害者(ただし皆強い)が珍しくない集団の中で、身体的には健常者であるにも関わらず戦いに向かないヒックはかなり異質な浮いた存在であると感じた。
11.チェンソーマン レゼ篇/監督: 𠮷原達矢
悪魔の心臓を持つ「チェンソーマン」となり、公安対魔特異4課に所属するデビルハンターの少年・デンジ。憧れのマキマ とのデートで浮かれている中、急な雨に見舞われ、雨宿りしていると偶然“レゼ”という少女と出会った。
近所のカフェで働いているという彼女はデンジに優しく微笑み、二人は急速に親密に。この出会いを境に、デンジの日常は変わり始めていく……
大量に血が流れる作品なのだが、血液の色を紫や緑で表現している場面があり、悲壮感があまりないというかポップですらある気がした。レゼが起こす爆発による煙や閃光も途中からグレーやオレンジではなく様々な色になり、リアリティよりも画面の楽しさをとっているのかなと思った。またはデンジとレゼが一緒に見た花火をイメージして色を変えているのかもしれない。
12.街と、その不確かな壁/村上春樹
18歳の夏の夕暮れ、「僕」は「君」から高い壁に囲まれた「街」の話を聞く。君が言うには、ここに存在するのは自分の「影」に過ぎず、本当の彼女はその壁に囲まれた街の中にいるという。
君(の影)はその後まもなく死に、僕は君から聞いたことばをたよりに街に入り、予言者として「古い夢」を調べることになる。僕は本当の君に出会い、しだいに親しくなっていくが、影を失った彼女とはどんなに言葉を交わし、身体を重ねても、心を通わせることはできないことに気付く。
やがて古い夢を解放することに成功し、その底知れぬ悲しみを知った僕は、影を取り戻して街を出ることを決心し、留まらせようとする壁を振り切って現実世界へと回帰する。
弱くて暗い自分の影を背負い、その腐臭と共に生きることを選択した僕は、1秒ごとに死んでいく「ことば」を紡ぎながら君の記憶を語り続けていく。
雑誌に掲載されたものの本としては出版されることがなかった、村上春樹の幻の作品(国会図書館から取り寄せて読んだ)。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『街とその不確かな壁』の「街」とだいたいの設定は同じだが語句はところどころ違っている。この作品だけで読むと、自分の影=自分の弱さや暗い部分を抱えながら人は生きていくべきだ、というテーマに見える。『世界の終り〜』『街とその不確かな壁』になるとそのようなシンプルなテーマではなくなっていると感じる。
13.はじめに・回転木馬のデッド・ヒート/村上春樹
『回転木馬のデッド・ヒート』という短編集の始めの1章。この短編集には事実に基づいた話しか載っていない。小説というよりそれはいわば〈スケッチ〉である。「僕」は他人の話を聞くのが好きだが、それらの話は「僕」の中に「おり」として溜まっていく。「おり」とはつまり「我々はどこにも行けない」という無力感であり、我々は我々の人生というメリー・ゴーラウンドのようなシステムの上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートを繰り広げているように見える。
この「僕」が村上自身であるのか、「僕」という人格を持った主人公なのか、小説という形で〈スケッチ〉が語られる以上わからないところが面白い。この章では文章表現により精神が解放されるという命題に対し明確に否定されている。
2年 佐藤歌南
RES
1.『ラーゲリより愛を込めて』監督:瀬々敬久
【あらすじ】
第二次世界大戦後、ソ連の強制収容所「ラーゲリ」に抑留された日本人・山本幡男(二宮和也)は、極寒のシベリアで過酷な労働を強いられながらも、仲間たちに希望を与え続ける。病に倒れ余命宣告を受けた彼は、日本に残した妻モジミ(北川景子)への想いを込めて遺書を書きますが、それは収容所で没収されてしまう。
しかし、彼の死後、仲間たちはその遺書を暗記し、日本に帰国後、家族のもとへ届ける。
【考察】
戦争によってたくさんの人が家族と離れ離れになり、たくさんの人が命を落とした、戦争の残酷さを改めて感じさせられる作品だった。そして、昔の人の強さを知り、私たちが日頃抱えている悩みなどちっぽけに感じてしまうような、それだけ当時の人々は苦しんだことを思い知らされた。私自身、満州にいた兵が捕虜としてソ連に捕らえられ、収容所に連れていかれたことを知らなかったので、戦争の実態を知り、その惨さに胸が苦しくなった。理不尽に不当な扱いを受ける、今では考えられないがこれが行われていたことに怒りを覚えたし、改めて今の日本が平和であることにありがたみを感じた。しかし、今も世界のどこかでは紛争が起こり、同じように苦しむ人達はたくさんいる。どうして同じような過ちを人は繰り返してしまうのか、
そして、この作品から、大切な人にいつでも想いを伝えることが出来ることは当たり前ではないということを気付かされたので、私も身近にいる人をより大切にし、後悔しないように想いを伝え続けていきたいと思った。
2.『最愛』監督:塚原あゆ子
【あらすじ】
実業家となった真田梨央が、15年前に起きた失踪事件と現在の殺人事件の重要参考人となり、初恋の相手である刑事・宮崎大輝に追われながら、弁護士・加瀬の助けを借りて事件の真相と向き合っていくサスペンスラブストーリー。
【考察】
愛のカタチは恋愛だけでなく、様々な形があって、登場人物それぞれの「最愛」について考えさせられる物語だった。それぞれが最愛の人を守りながら生きてきたのだと感じたし、「法律では守れないものがある」という台詞に、法律の抜け穴、この世の不条理さを思い知らされたような気がした。また、ラブストーリーとサスペンスのかけあわせが魅力的で、特に刑事・大輝と主人公・梨央の再開とすれ違いが切なく、もどかしさを覚えた。
そして、加瀬(弁護士)というキャラクターの恋愛を超えた家族愛に心を打たれた。法を超えてでも守り抜く、「私があなたを守ります」という台詞に覚悟のようなものを感じたし、この言葉に全ての意味が込められていたのだと思う。全ての罪を一心に背負うことで物語が締められるが、彼は自己犠牲の象徴として描かれ、「本当の愛とはなにか」という問いについて考えさせられるドラマだった。
3.『ブラッシュアップライフ』監督:水野格、狩山俊輔、松田健斗 脚本:バカリズム
【あらすじ】
地元の市役所で働く平凡な独身女性・近藤麻美(安藤サクラ)が、交通事故で死んだ後、死後の世界の案内人(バカリズム)から「来世は人間ではない」と告げられ、来世で人間になる確率を上げるため、同じ人生を最初からやり直すことを決意する物語。
【考察】
バカリズムさんが脚本を書かれた作品で、登場人物の会話がすごくリアルで面白かった。主人公の麻美は、死後に来世はオオアリクイだと告げられてしまったため、徳を積んで人間に生まれ変わるために人生を何度もやり直す。しかし、その周回を重ねるごとに人生をやり直す理由が「自分のため」から「他者のため」へと変化していく。この変化から、人生の価値は自分の幸せのためだけでなく、「他者との関係性」にあるということを教えられたように思う。「人は何のために生きるのか」ということを考えさせられるドラマだった。個人的には、主人公・麻美の子役時代を演じた永尾柚乃ちゃんの演技が光っていて、園児の親と先生の不倫を阻止するシーンで、見た目は子どもだけど、中身は2周目の大人なので、見た目と行動・言動のギャップを見事に演じきっていて、子どもっぽくない言葉を発するので、そこがすごくおもしくて、推しポイントになった。
4.『First Love初恋』監督:寒竹ゆり
【あらすじ】
宇多田ヒカルの名曲「First Love」と「初恋」にインスパイアされた壮大なラブストーリー。1990年代後半、北海道で出会った高校生の也英と晴道は、初恋に落ちる。しかし、ある事故をきっかけに2人は引き裂かれ、それぞれ別の人生を歩むことに。約20年後、タクシー運転手となった也英と、警備員として働く晴道は偶然再会。失われた記憶と過去の想いが交錯しながら、2人は“初恋”の続きを探し始める物語。
【考察】
この作品は色の演出が素敵で、主に青色がポジティブの象徴として使われていて、また2人の過去から孤独と静けさのようなもの意味にも捉えられる。北海道の雪と空の対比にもマッチしていて、青色が特に素敵に感じた。他にも、青には「青春」の意味も込められていて、2人の青春時代(高校時代)の思い出を思い出させるような効果もあるのかなと思った。この作品のセリフで、「人生はまるでジグソーパズル」という言葉があるのだが、作品がこのままに構成されている。過去と現在が交錯し、徐々にパズルのピースが埋まっていくように開示されていく点が台詞のひとつひとつにこだわっていることが読み取れた。作品自体、儚く、一人の人を愛する素晴らしさ、切ない恋愛の描写も描かれていて、「First Love」の曲とすごくあっていた。劇中でも宇多田ヒカルのその場面にあった曲がたくさん流れるので、音楽でも楽しむことの出来る作品だった。
5.『Beautiful Life〜ふたりでいた日々〜』監督:生野慈朗、土井裕泰 脚本:北川悦吏子
【あらすじ】
美容師の柊二と、難病で車椅子生活を送る図書館司書の杏子が運命的な出会いから恋に落ち、やがて杏子の病状が悪化する中で残された時間を精一杯に生きようとする、切なくも純粋な愛を描いたラブストーリー。
【考察】
この作品は、バリアフリーの大切さを世間に投げかけた作品であったと思う。母に聞いたら、この時代1995~2005は、特に障害を描いた作品が多かったと言う。私たちが生きる世の中には、バリアフリーが増えてきていて、映画館にも車椅子の人専用の席があったりするが、当時はあまりなく、外食するにも一苦労する姿が描かれていた。周りの人が向ける視線も冷たく、偏見のようなものが多く存在していて、生きずらさを感じる主人公の葛藤も描かれていた。こうした作品が多数生まれたことによって、バリアフリーが発展してきたのかなと思い、少しでも生きやすい世界になればいいなとも思った。また、大切な人と一緒にいれること、健康でいれることは当たり前ではないのだと改めて実感させられるドラマだった。
6.『花まんま(映画)』監督:前田哲
【あらすじ】
大阪の下町で暮らす二人きりの兄妹・俊徴とフミ子。 死んだ父との約束を胸に、兄として妹のフミ子を守り続けてきた俊徴は、フミ子の結婚が決まり、やっと肩の荷が下りるはずだった。ところが、遠い昔に封印したはずの、フミ子の秘密が今になって蘇る。
【考察】
この作品は、フミ子に宿った亡き人(喜代美)の記憶を背負い生きていくというメッセージ性が感じられた。劇中で登場する花まんまは、喜代美が父に伝えたかった生きて欲しいという思いの象徴として描かれ、「食べること=生きること」というテーマが隠されていて、食の大切さを改めて感じさせられた。最後にフミ子が結婚することで、前世の記憶、喜代美だった記憶をなくすシーンがあるのだが、ここから、過去にとらわれず今を生きることの大切さのようなものを感じた。また、両親をなくした兄妹の周りには、いつも支えてくれる大人がたくさんいて、その人たちのおかげで成長できた。私も周りの大人に対する感謝を忘れずに生きていきたいなと思った。
7.『366日(映画)』監督:新城毅彦
【あらすじ】
沖縄で恋に落ちた湊と美海。その後東京で再会し、幸せな日々を過ごす。しかし湊は突然美海に別れを告げ、美海のもとを去り、2人は別々の道を歩み始める。
HYの「366日」という楽曲をモチーフにした純愛ラブストーリー。沖縄と東京を舞台に約20年の時を超えて描かれる切なくも美しい物語。
【考察】
2人が恋に落ちたきっかけも嬉しいとき悲しい時に聞いていた曲もHYで2人の恋愛の形が「366日」の曲のように切なく描かれていた。恋愛はタイミングだなとも思ったし、伝えることの大切さを学んだような気がする。この作品を見るまでは、「366日」とはどういう意味なのかと思っていたけれど、主人公美海の誕生日が2月29日閏年で、希少な日が2人の思い出の日として描かれていて、365日では言えなかった想いや、すれ違ってしまった2人の姿と結びついていた。劇中の台詞「365日じゃ足りないくらいあなたを愛しています」という言葉が今でも印象に残っていて、ここまで人を愛せることのすばらしさを感じた。
8.『劇場版 鬼滅の刃〜第一章 猗窩座再来〜』監督:外崎春雄
【あらすじ】
炭治郎と義勇が上弦の参・猗窩座と再び激突する壮絶な戦いを描いた物語。猗窩座の過去が明かされ、彼の悲しみと葛藤が炭治郎の“透き通る世界”によって浄化されていく。鬼殺隊の仲間たちもそれぞれの因縁に挑み、無限城での死闘が始まる。
【考察】
2時間半という長さの映画だったが、見ている側を全く飽きさせない映像美の数々だった。特に無限城の描写が、漫画で見たときにどうなるのか、再現できるのかと思っていたけれど、想像を遥かに超えた、美しい作画だった。今回は猗窩座の過去にフォーカスされていたが、個人的に、猗窩座が名前を聞きたがる理由がすごい気になっていたのだが、何回も見るうちに、かつての師匠が一番最初に猗窩座に名前を聞いていたため、人間だった頃の記憶はないはずの猗窩座だが、それを無意識のうちにしているのかなと思った。猗窩座はその過去から女の子とは対峙しないと決めているところ、最後は自分で自分を殺したところから、たくさんの人を殺していることに変わりはないけれど、芯のところは温かい人だと思ったし、炭治郎も同じく心の温かい人間なので、このふたりの心の戦いの場面も目を離せないものがあった。また、善逸と獪岳の戦いの描写も最後に善逸が自分の作った型で決着をつける姿が本当にかっこよくて素敵だったし、同じ雷の呼吸の剣士だが、行き着くところが真逆になってしまった2人がすごく相対的に描かれていて、切なさも残るシーンだった。
9.『グラスハート』監督:柿本ケンサク、後藤孝太郎
【あらすじ】
理不尽な理由でバンドをクビになったドラマーの西条朱音が、天才音楽家・藤谷直季からスカウトされ、新バンド「TENBLANK」に参加することから物語が始まる。藤谷が作り出す独創的な楽曲と、4人のメンバーの熱い演奏によってバンドは瞬く間に世間を圧巻するが、その裏では、メンバーそれぞれが抱える葛藤や苦悩、音楽への情熱、そして人間模様が描かれる。
【考察】
このドラマでは、何かに命懸けになって打ち込むことの素晴らしさを学んだ。ガラスハートというタイトルのように、藤谷は孤独の中、音楽をやってきて、天才だからこそ繊細で壊れやすいガラスの心臓の持ち主だったが、仲間とバンドを組み、みんなで何か1つの作品を作り上げることの素晴らしさを学んだ藤谷の心がどんどん強くなっていく姿に心を打たれた。また、主人公・朱音が作品の冒頭で、女だからとクビになる場面があり、まだまだ、性別による偏見・差別は存在していて、それによって傷つく人はたくさんいることを実感した。それでも負けずに、音楽に再び立ち向かっていく朱音の姿はとてもかっこよく、夢を諦めない姿勢を見習いたいなとも思った。
10.『オレンジデイズ』監督:生野慈朗、土井裕泰、今井夏木
【あらすじ】
就職活動中の大学四年生・結城櫂と、病気で聴覚を失ったバイオリニスト・萩尾沙絵の恋愛を軸に、卒業を控えた若者たちの葛藤と成長を繊細に描いた青春ラブストーリー。
【考察】
オレンジの会の5人は大学四年生、大学生最後にして出会うが、たくさんの思い出を作っていく。5人で共有するオレンジノートは、言葉にできない気持ちや絆を描くことの出来るツールとして作られ、残り少ない大学生活を思い切り楽しむ姿が描かれている。才能と限界のリアルな描写もあり、沙絵がバイオリンを諦め、ピアノに挑戦するものの、聴力の限界に直面してしまう。それでも前を向いて進む姿が沙絵だけでなく、5人それぞれ描かれているため、今大学生の私にはとても刺さるものがあった。また、耳が聞こえなくなったことで、心を閉ざしてしまった沙絵を櫂が「僕が君を音の闇の中から救う」と手話で言う場面がとても感動的で、彼女の孤独に寄り添う姿に心を打たれた。この作品では、学生生活の美しい部分だけでなく、その裏にある葛藤や苦悩も描かれていて、親近感の湧く作品で、自分自身考えさせられるドラマだった。
11.『私の夫と結婚して(日本リメイク版)』監督:アン・ギルホ
【あらすじ】
余命わずかの主人公・美紗が、夫と親友の裏切りによって命を落とし、10年前にタイムリープ。今度の人生では、2人を結婚させて復讐を果たしながら、自分の幸せを掴もうとする物語。
【考察】
美沙は早くに病気にもなり、最終的には殺されてしまうのだが、この命を落とした瞬間に強い復讐心があったために、過去へ戻ることが出来たのだと思った。復讐心だけでなく、鈴木課長ももう一度やり直したいという過去への後悔が強く感じられたためにもう一度タイムリープすることになったので、過去への強い想いが2人が人生をやり直させたのだと思った。過去での失敗をしないために試行錯誤する姿は、誰しもやり直したいと思う瞬間を体現していて、見ていて、スッキリする場面が多かった。その一方で、復讐を遂げてからさらに、復讐をされそうになるというまさに韓国ドラマのような展開で、見ている側に休息を与えない、ハラハラ・ドキドキなシーンの数々に釘付けになった。俳優陣の演技力もものすごくて、特に嫌な親友・麗奈の憎たらしい演技に引き込まれたし、狂気すら感じた。最初から最後までおもしろいドラマだった。
12.『19番目のカルテ』監督:青山貴洋、棚澤孝義、泉正英
【あらすじ】
魚虎総合病院に新設された“19番目”の診療科=総合診療科。整形外科医・滝野みずきは、専門外の症状に悩む患者に対応できず苦しむ中、総合診療医・徳重と出会う。彼は問診を通じて患者の背景や心に寄り添い、診断のつかない痛みにも向き合っていく。物語は、患者・医師・家族それぞれの葛藤と再生を描きながら、滝野自身も医師として成長していく姿を追う。
【考察】
総合診療科の病気だけでなく、人そのものをみる、人間の本質に向き合う姿が印象的だった。1話の病名のない病に苦しむ患者さんの話を聞き、寄り添う姿には心を打たれた。病名も分からず、どこの科に行ったらいいのかわからないという状況はよくあることだと思っていて、そういった医療の抜け穴に落ちてしまった患者さんを救ってくれる寄り添ってくれる科が必要だと思うし、もっと普及して欲しいとも思った。ドラマの中で、総合診療科は採算が取れないため、なくすべきだという意見もあったが、患者さんの心の拠り所も必要だと思うので、こういった場所が増えればいいなと思った。
13.『国宝』監督:李相日
【あらすじ】
任侠の家に生まれた少年・喜久雄は、父の死をきっかけに歌舞伎役者の家に引き取られ、女方としての才能を開花。名門の御曹司・俊介との友情とライバル関係の中で芸を磨き、数々の別れと試練を乗り越えていく。やがて喜久雄は、すべてを芸に捧げた末に“人間国宝”として頂点に立つが、その栄光の裏には深い孤独があった。
【考察】
この作品は長い準備期間をかけて俳優さんがたくさん歌舞伎の練習に打ち込み、命をかけて作られた、映像美と、俳優の魂のようなものを感じた力強く美しい作品だった。血筋のない喜久雄が私生活を犠牲にしてでも芸に打ち込む姿。芸に全てを捧げる様は美しくもありながら、歌舞伎界の血縁の残酷さも感じた。俊介との関係性も魅力的で、一緒に切磋琢磨してきた同志であるが、俊介には血がある、家柄に恵まれていて、常に嫉妬する喜久雄の切ない描写も繊細に描かれ、この二人の関係性がこの作品に深みを与えていたと思うし、二人の絆の強さに心を打たれた。そして最後に「国宝」というタイトルの深さ、何もかも捨てて最終的に人間国宝に選ばれた喜久雄のラストは幸せだったのか否かという問いをなげかけられているような気がした。正解などないが、何か一つにここまで犠牲にできるほど打ち込めることの素晴らしさを知ることが出来た作品だった。
14.『花束みたいな恋をした』監督:土井裕泰
【あらすじ】
駅で終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹。お互いに音楽の好みや趣味が同じことを知り、すぐに恋に落ちる。大学を卒業してフリーターをしながら同棲生活をスタートさせ、日々変化する環境の中で日常を共有しながら大切に過ごしていた。この2人での生活を続けるために、就職活動に励んでいく。
【考察】
2人は共通の趣味から恋に落ちるが、最終的に別れてしまう。絹ちゃんは自分のやりたいことを仕事にしたい、未来を考えていたが、麦くんは今良ければいい、やりたくない仕事でも仕事だから気にしないというこの考え方の違いが2人をすれ違いさせたのだと思う。最後の別れのシーンで、麦くんの涙は「まだ好きだった」という未練、絹ちゃんの涙は「もう戻れない」という覚悟を意味し、同じ時間を過ごしていても、見ていた未来が違っていたことを表している決定的な場面だったと思う。この作品では、どのカップルもぶち当たるであろう壁をリアルに描いており、この価値観のすり合わせの難しさを改めて感じた。
15.『マレフィセント』監督:ロバート・ストロンバーグ
【あらすじ】
妖精マレフィセントは、かつて純粋で優しい心を持っていたが、人間の裏切りによって心を閉ざし、復讐のためにオーロラ姫に呪いをかける。しかし、成長するオーロラを見守るうちに母性のような感情が芽生え、やがて“真実の愛”とは何かを問い直すことになる。物語は、善悪の境界を揺さぶりながら、マレフィセント自身の再生を描いていく。
【考察】
マレフィセントがなぜ、オーロラに呪いをかけたのかこの作品を見るまでは知る由もなかった。しかしその理由が、人間の汚い心、闘争心に巻き込まれてしまったためだったと知り、ヴィランズにもそれぞれ過去があって、仕方ない気もしてしまった。しかしマレフィセントは成長していくオーロラと接していく中で、本当の愛、母性的な愛を学んだ。最終的にオーロラを目覚めさせたのは、王子ではなくマレフィセントのキスだったため、恋愛だけが真実の愛ではないのだと、ディズニープリンセスの映画の固定観念を覆す作品だった。また、家族の形も血縁だけではないことに気付かされた。血縁上では繋がっていた父よりも時間を共にする中で芽生えた愛と、信頼関係こそが本物の家族像であり、最終的にオーロラはマレフィセントと一緒になるため、この2人の関係性は、現代的な家族像の在り方を映し出しているような気がした。
16.『恋はつづくよどこまでも』監督:田中健太、福田亮介、金子文紀
【あらすじ】
高校時代に医師の天堂浬と出会った佐倉七瀬が、彼のことを追いかけて看護師となり、5年後に天堂と同じ病院で働くことから始まる。しかし、天堂は「魔王」と呼ばれるドSで毒舌な人物であり、七瀬はそんな彼に振り向いてもらうため、仕事と恋に一生懸命に奮闘する。七瀬のまっすぐなひたむきさと勇気ある行動によって、次第に天堂の鉄の心が溶かされていくラブコメディ。
【考察】
なにごとにも一生懸命に向き合っていれば、いつか思いは届く、夢は叶うのだということを体現したドラマだと思った。天堂先生はかつての恋人を亡くした過去があり、冷徹な魔王として振る舞う。七瀬は一途に天童先生に向き合う勇者として描かれ、少しづつその良さに気づいていく、この姿から、傷(足りない部分)を補い合うことの大切さを学ぶことができ、他のキャラクターにも同じことが言えるため、この作品のテーマなのかなと思った。諦めない姿に私自身も立ち向かう勇気をもらった。
17.『流浪の月(映画)』監督:李相日
【あらすじ】
10歳の少女・更紗 (さらさ)は、引き取られた伯母の家に帰ることをためらい、雨の公園で孤独に時間を持て余していた。そこに現れた孤独な大学生の文 (ふみ)は、少女の事情を察して彼女を自宅に招き入れる。文の家でようやく心安らかな時を過ごし、初めて自分の居場所を手にした喜びを実感する更紗。しかし2ヵ月後、文が誘拐犯として逮捕され、2人の束の間の幸せは終わりを告げる。15年後、恋人と同棲生活を送っていた更紗は、カフェを営む文と偶然の再会を果たす。
【考察】
この作品は、人間の心の奥底に潜む、固定観念、決めつけてしまう、良くないところが映し出されている。SNSやメディアで取り上げられることを鵜呑みにして、あることないことで人のことを傷つける、誹謗中傷の数々によって生きずらい思いをする人がいることを知るべきであるというメッセージが込められている気がする。実際に悪いことをしている人にそういった言葉を向けるのには共感はできるが、世の中に出ている情報の全てが事実とも限らないし、部外者がとやかく言うのもちがうと思う。この作品の事件では、実際2人とも被害者であったため、情報を鵜呑みにする人間の弱い部分を改めて感じたし、自分自身見つめ直すきっかけになった。そして、恋愛関係ではなく、互いに「理解者」として落ち着くこの物語の深さにも感心した。お互いが社会的には批判されるかもしれないが、居場所を見つけた2人だけの世界観にも引き込まれた。
18.『陸王』監督:福澤克雄
【あらすじ】
埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」の四代目社長・宮沢が、年々先細る足袋の需要と資金難から、自社製品の「裸足感覚」を追求したランニングシューズ「陸王」の開発に挑む物語です。従業員20名ほどの零細企業が、 世界的なスポーツブランドとの競走、資金難、開発力不足、大手メーカーの妨害といった数々の困難に直面しながらも、足袋製造で培った伝統と情熱、そして家族や従業員、取引先との強い絆をバネに一世一代の勝負に挑む、企業再生のサクセスストーリー。
【考察】
この作品からは、新規事業の難しさと、実績が全ての世の中で人の温かさというお金では買えないものの人間として大切な心を教えられた。最初は誰にも相手にされないこはぜ屋が、企業努力を重ね、人と人とをつなぎ、その想いが選手を繋ぐ、最後のニューイヤー駅伝で茂木選手が陸王を履いて、優勝する場面には心を打たれた。スポーツとビジネスの交錯、そして世の中にある全てのものにたくさんの企業努力、物語があるのだと思うと、物をより大切にしようと思えた。そして、こはぜ屋の宮沢社長の絶対に貫く、やり遂げてみせるという信念、心の温かさ・人間性が身を結んだ結果だと思うため、諦めない心と共に、人間性の部分も高めていくことが大切だなと思った。
19.『やんごとなき一族』監督:田中亮、三橋利行、水戸祐介
【あらすじ】
庶民の女性・佐都が、400年以上の歴史を持つ名家「深山家」の御曹司である恋人・健太と結婚するも、一族の理不尽なしきたりや複雑な人間関係、後継者争いなどに翻弄されながらも、夫とともに立ち向かっていくアフターシンデレラストーリー。
【考察】
佐都は庶民として最初は見下されるが、彼女の誠実さや人間力が次第に周囲の人間を変えていく。本当の幸福とは何か、お金がすべではないのではという問いが込められているきがした。またこの作品では、家制度に縛られる女性たちの姿が描かれ、佐都自身もしきたりに苦しむ。女性ばかり、家のために自由や愛を犠牲にしなければならない、現代の女性の生きずらさを象徴していて、それに立ち向かう佐都の芯の強さにみんなが賛同していく姿が素敵だなと思った。お金があっても、心が豊かではないことはもったいない気もしたし、お金持ちだからこそ、心も豊かで人に向ける優しさを持つべきだと思った。
20.『俺の可愛いはもうすぐ消費期限!?』監督:新城毅彦、中前勇児、飛田一樹
【あらすじ】
丸谷康介は、29歳の“あざかわ男子”。生まれ持った可愛さで人生を乗り切ってきたが、ある日突然「可愛いには消費期限がある」と未来の自分に告げられる。仕事も恋も順調だった康介は、若手の台頭や恋人との別れをきっかけに、自分の価値に疑問を持ち始める。そんな中、無愛想で恋愛経験ゼロの“ロボット女”真田和泉と出会い、人生初の本気の恋に落ちていく。
【考察】
外見や若さが全てではない、康介は可愛いを武器に生きてきたが、それが通用しなくなった時に、初めて自分自身と向き合うことになるこの作品は、見た目に囚われず、内面の大切さを改めて考えさせられるドラマだなと思う。そして恋愛を通じて、見た目の魅力から人間性の魅力へと変化していく過程が描かれていく。未来の自分を見た時に初めて、自分自身と向き合うことのできた康介は人生を再構築するため、本当の自分に気がつくことが出来た。外見至上主義の現代において、このドラマは、見た目が全てではないと強く訴えかけたドラマであったと言えると思う。
21.『JIN-仁-』監督:平川雄一朗、山室大輔、那須田淳
【あらすじ】
現代の脳外科医・南方仁は、ある手術をきっかけに幕末の江戸時代へタイムスリップしてしまう。
医療器具も薬もない時代で、仁は自らの知識と技術を駆使しながら、命を救い、歴史上の人物たちと関わっていく。坂本龍馬や吉原の花魁・野風、旗本の娘・橘咲らとの出会いを通じて、仁は「人を救うとは何か」「歴史を変えてしまう恐怖」と向き合いながら、現代に戻る方法を探していく。
【考察】
現代の医療を作った人たちの努力の過程を見ることができ、今の私たちが当たり前に受けることの出来る、治療や病院が当たり前にあることが、当たり前ではないのだと、医療のありがたみを改めて感じさせられるドラマであった。仁が医療に携わることで、歴史を変えてしまうのではないか、命を救うことの正義のせめぎあいが見ていてハラハラする展開だった。物語に登場する胎児の形をした腫瘍は、仁の過去や現在、未来を象徴するものであり、命のつながりや選択の重みも同時に象徴しているように思った。
22.『ラストマイル』監督:塚原あゆ子
【あらすじ】
大手ショッピングサイトの荷物に次々と爆発物が仕掛けられる謎の連続爆破事件が発生。巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナは、未曽有の危機に立ち向かっていく。
【考察】
この作品では、爆破事件と労働者のの過酷な労働環境を浮き彫りにすると同時に、犯人の悲痛な叫びのような、抗議を意味するものとして描かれ、現代におけるブラック企業、配送会社の現実が忠実に描かれた社会問題と結びついた作品であった。劇中で登場する「2.6km/s 70kg→0」は人間の運動エネルギーが0になる=死を意味することを暗示していて、働く人の命や尊厳が蔑ろにされていること、それを訴えるために山崎佑は命を犠牲にしたとも言えると思う。配送会社に限らず、過酷な労働環境を強いられ、自ら命を絶つ人は現実世界でも少なくないと思うので、労働環境の見直しは社会にとって大切なことだと思うし、それを世間に訴えかける映画だったと思う。
23.『正直不動産』監督:川村泰祐
【あらすじ】
登坂不動産の営業マン・永瀬財地は、嘘と口八丁でトップ営業成績を誇る男。ある日、地鎮祭で祠を壊したことが原因で「嘘が一切つけなくなる体質」になってしまう。正直にしか話せなくなった永瀬は、顧客に不都合な真実まで暴露してしまい、営業成績は急落。しかし、正直な営業スタイルが次第に信頼を生み、仲間や顧客との絆を深めていく。不動産業界の裏側や人間ドラマを描きながら、「誠実さとは何か」を問いかける痛快コメディ。
【考察】
この作品では、嘘をつけないがために、一時は損をしても、いずれかは自分に返ってくる、長期的に信頼を得ていく姿が描かれており、業界の闇やうそではなく、誠実に仕事に向き合う姿が最終的には人の心をつかみ、成功へと繋がっていくという、誠実さがいかに大切さかを学ぶことの出来るドラマだと思う。また、不動産の用語なども詳しく説明してくれるため、素人でも見やすく、物件を選ぶときのポイントも押さえられる勉強になる作品だった。
24.『ライオンの隠れ家』脚本:徳尾浩司
【あらすじ】
市役所職員の小森洸人は、自閉スペクトラム症を抱える弟・美路人と静かに暮らしていた。ある日、謎の少年「ライオン」が突然現れ、兄弟の生活は一変。ライオンの正体や過去に起きた母子失踪事件が次第に明らかになり、兄弟は事件の真相に巻き込まれていく。家族の絆、過去の傷、そして“守るべきもの”を問い直すヒューマンサスペンス。
【考察】
ライオンが家に来るまでは弟の美路人は兄の洸人に依存していたし、洸人も美路人を理由に結婚や人間関係を諦めていて、共依存の関係にあったが、ライオンの登場が家族の形を再定義するきっかけとなった。そして巻き込まれていく事件の中で美路人は自立し、一人で人生を歩むことを決意する、このことから、この共依存の関係からお互いへの信頼へ変化したと言えると思う。家族だからといって過保護になるのではなく、その人の力を信じて委ねることも大切なことだと感じた。また、この作品は虐待という社会問題を浮き彫りにした作品とも言えると思う。ライオンや愛生の怪我から児童虐待やネグレクトの問題を連想することができ、こういった家庭が少しでも減ればいいなと感じさせられるドラマだった。
25.『新世界より』原作:貴志祐介 監督:石浜真史
【あらすじ】
1000年後の日本、人類は「呪力」と呼ばれる超能力を持つが、社会は厳しく管理されていた。少女・渡辺早季は仲間とともに禁断の知識に触れ、世界の真実と向き合うことになる。やがて“悪鬼”や“バケネズミ”との戦争に巻き込まれ、平和の裏に潜む恐怖と人間の本質を知っていく。壮大なSFドラマが展開される。
【考察】
バケネズミがかつて人間であり、遺伝子操作により知能と外見を変えられ、家畜のように扱われるようになった事実が最後に明らかになり、人類の発展とともに犠牲になった人がいることや、呪力を持たないと言うだけで、同じ知性を持つ存在を差別・支配することを正当化する人間に恐怖を覚えたし、私たち人間も知らず知らずのうちに、偏見を持ち、差別してしまっているのかと感じたため、固定観念のあり方について考えさせられた。
26.『リロ&スティッチ(実写版)』監督:ディーン・フライシャー・キャンプ
【あらすじ】
両親を亡くした少女リロと姉のナニ。ひとりでリロを育てようと奮闘するナニだったが、若すぎる彼女は失敗ばかり。離れ離れになってしまいそうな姉妹の前に、見た目はかわいらしいのに、ものすごく暴れん坊な不思議な生き物が現れる。その生き物は、違法な遺伝子操作によって破壊生物として生み出された、「試作品626号」と呼ばれる地球外生物(エイリアン)だった。そんなことは知らずに、リロはその生き物を「スティッチ」と名付けて家に連れ帰る。予測不可能なスティッチの行動は平和な島に混乱を巻き起こすが、その出会いがやがて思いもよらない奇跡を呼び起こし、希望を失いかけていた姉妹を変えていく。
【考察】
スティッチの原作では、ガントゥがもっと家族に近い形で、どちらかと言うと味方で描かれていたが、実写版では完全に敵役として描かれていた。スティッチは暴れん坊で問題ばかり起こすけれど、リロと生活していく中で、愛を知り、リロ家族に徐々に馴染んでいく姿が描かれ、人の温かさに触れたことのなかったスティッチが家族を思いやる心を得る過程が見ている側の心を動かすものがあった。スティッチを通じて、家族自体も問題を乗り越える力を得て、家族が1つになり、以前よりも固い絆で結ばれるようになったため、スティッチは人と人とを繋ぐ存在として大きな役割を担っていたなと改めて思った。
27.『1リットルの涙』監督:岡村力
【あらすじ】
15歳で脊髄小脳変性症を発症し、25歳で亡くなった木藤亜也さんの実話に基づく物語。体は次第に自由を奪われていくものの、家族や友人たちに支えられ、前向きに生き抜いた彼女のひたむきな姿と、生きることの尊さを描いている。
【考察】
彼女はだんだん身体の機能が衰えていく中で、日記を残すのだが、この日記こそが「生きている」という証明になっていたような気がする。まだ書くことが出来る、生きているんだと生きる活力にもなっていたのかなと思う。また、徐々に歩けなくなったり、食べられなくなったり、喋ることができなくなったりと、できることが減っていく過程から、今健康に生きていることがどれだけすごいことで、ありがたいことなのか、当たり前ではないのだと改めて痛感させられるものがあった。そして、こういった病気がいつ誰に降りかかるとも限らないという恐怖も同時に感じた。また、彼女は失うものが増えていく中でも諦めず前を向いており、その姿に私自身も生きる活力をもらった気がした。
28.『彼女はキレイだった』監督:紙谷楓、木下高男、松田裕輔
【あらすじ】
子どもの頃は美少女だった佐藤愛は、成長とともに容姿に自信をなくし、冴えない生活を送っていた。一方、太っていた少年・長谷部宗介は、イケメンエリートに成長。再会を果たすも、愛は自分の姿を見せることができず、親友を身代わりにしてしまう。やがて同じ職場で働くことになり、正体を隠したまま惹かれ合っていく二人の“すれ違い”と“本当の自分”を描く、胸キュンラブコメディ。
【考察】
この作品は、タイトルからもわかるように、見た目にフォーカスした内容になっているが、見た目で人を判断できるのか、そして近年注目されてきているルッキズム社会が生む外見至上主義について考えさせられるドラマであった。最終的には、このタイトルは彼女の「内面」の美しさを指すものへと変化していき、愛が仕事に真剣に向き合い、見た目だけでなく、人として成長していく過程で、「きれい」の本質について考え直すきっかけになった。見た目だけでは人の善し悪しを判断することは出来ないし、内面がつくるその人の良さが人それぞれあることを改めて感じたので、これから私自身見た目に囚われすぎないようにしたいなとも思った。
29.『99.9-刑事専門弁護士-シーズン2』監督:木村ひさし
【あらすじ】
型破りな刑事専門弁護士・深山大翔が、99.9%有罪とされる事件に残された0.1%の可能性を信じて真実を追求するリーガルエンタメの続編。新たに元裁判官の弁護士・尾崎舞子が加わり、冤罪事件や司法の闇に挑む。
深山の父が巻き込まれた過去の殺人事件の真相にも迫りながら、法廷でのトリックや証拠の矛盾を暴いていく。
【考察】
この作品では、司法のあり方について世間になげかける場面が多数あった。特に第2話では、深山の父親が巻き込まれた冤罪事件の真相を辿っていく中で、司法は本来弁護士と検察、裁判所と公平中立なトライアングルでなければならないはずが、検察と裁判所によって歪んでしまっている構造が描かれており、このことから司法のあり方を改めて考えさせられたし、人を方で捌く以上、本来公平であるべきだと思った。また、日常の中に潜む会話の中で深山は事件解決に繋がるヒントを得ていくので、真実は意外なところ、身近なところに潜んでいることを示しているようだった。
30.『100万回言えばよかった』監督:金子文紀、山室大輔、古林淳太、渡部篤史
【あらすじ】
美容師の悠依と恋人の直木は再会を果たし、幸せな日々を過ごしていたが、直木は突然失踪。その後、彼は幽霊となって現れ、刑事・譲だけがその姿を認識できる。直木は未練と想いを抱えながら、事件の真相と“伝えられなかった言葉”に向き合っていく。切なく温かいファンタジーラブストーリー。
【考察】
直樹は生前、悠依に「愛してる」と伝えられなかった未練から、幽霊として現れる。この言えなかったことが物語に切なさを与えると同時に、言葉にすることの大切さと、言葉にできなかった想いとが交錯し、言葉の大切さを感じさせられる作品だった。直樹が幽霊として現れる理由として、事件が未解決のままであることも関係していて、安心できないため、成仏できないもどかしさも感じた。理不尽に事件に巻き込まれ、ある日突然日常を奪われてしまうこの作品は、生きていることや、伝えることの出来る環境にいることのありがたみを感じさせてくれるもので、伝えられるうちに感謝や想いを口にすることは大切なのだと改めて感じた。
【あらすじ】
第二次世界大戦後、ソ連の強制収容所「ラーゲリ」に抑留された日本人・山本幡男(二宮和也)は、極寒のシベリアで過酷な労働を強いられながらも、仲間たちに希望を与え続ける。病に倒れ余命宣告を受けた彼は、日本に残した妻モジミ(北川景子)への想いを込めて遺書を書きますが、それは収容所で没収されてしまう。
しかし、彼の死後、仲間たちはその遺書を暗記し、日本に帰国後、家族のもとへ届ける。
【考察】
戦争によってたくさんの人が家族と離れ離れになり、たくさんの人が命を落とした、戦争の残酷さを改めて感じさせられる作品だった。そして、昔の人の強さを知り、私たちが日頃抱えている悩みなどちっぽけに感じてしまうような、それだけ当時の人々は苦しんだことを思い知らされた。私自身、満州にいた兵が捕虜としてソ連に捕らえられ、収容所に連れていかれたことを知らなかったので、戦争の実態を知り、その惨さに胸が苦しくなった。理不尽に不当な扱いを受ける、今では考えられないがこれが行われていたことに怒りを覚えたし、改めて今の日本が平和であることにありがたみを感じた。しかし、今も世界のどこかでは紛争が起こり、同じように苦しむ人達はたくさんいる。どうして同じような過ちを人は繰り返してしまうのか、
そして、この作品から、大切な人にいつでも想いを伝えることが出来ることは当たり前ではないということを気付かされたので、私も身近にいる人をより大切にし、後悔しないように想いを伝え続けていきたいと思った。
2.『最愛』監督:塚原あゆ子
【あらすじ】
実業家となった真田梨央が、15年前に起きた失踪事件と現在の殺人事件の重要参考人となり、初恋の相手である刑事・宮崎大輝に追われながら、弁護士・加瀬の助けを借りて事件の真相と向き合っていくサスペンスラブストーリー。
【考察】
愛のカタチは恋愛だけでなく、様々な形があって、登場人物それぞれの「最愛」について考えさせられる物語だった。それぞれが最愛の人を守りながら生きてきたのだと感じたし、「法律では守れないものがある」という台詞に、法律の抜け穴、この世の不条理さを思い知らされたような気がした。また、ラブストーリーとサスペンスのかけあわせが魅力的で、特に刑事・大輝と主人公・梨央の再開とすれ違いが切なく、もどかしさを覚えた。
そして、加瀬(弁護士)というキャラクターの恋愛を超えた家族愛に心を打たれた。法を超えてでも守り抜く、「私があなたを守ります」という台詞に覚悟のようなものを感じたし、この言葉に全ての意味が込められていたのだと思う。全ての罪を一心に背負うことで物語が締められるが、彼は自己犠牲の象徴として描かれ、「本当の愛とはなにか」という問いについて考えさせられるドラマだった。
3.『ブラッシュアップライフ』監督:水野格、狩山俊輔、松田健斗 脚本:バカリズム
【あらすじ】
地元の市役所で働く平凡な独身女性・近藤麻美(安藤サクラ)が、交通事故で死んだ後、死後の世界の案内人(バカリズム)から「来世は人間ではない」と告げられ、来世で人間になる確率を上げるため、同じ人生を最初からやり直すことを決意する物語。
【考察】
バカリズムさんが脚本を書かれた作品で、登場人物の会話がすごくリアルで面白かった。主人公の麻美は、死後に来世はオオアリクイだと告げられてしまったため、徳を積んで人間に生まれ変わるために人生を何度もやり直す。しかし、その周回を重ねるごとに人生をやり直す理由が「自分のため」から「他者のため」へと変化していく。この変化から、人生の価値は自分の幸せのためだけでなく、「他者との関係性」にあるということを教えられたように思う。「人は何のために生きるのか」ということを考えさせられるドラマだった。個人的には、主人公・麻美の子役時代を演じた永尾柚乃ちゃんの演技が光っていて、園児の親と先生の不倫を阻止するシーンで、見た目は子どもだけど、中身は2周目の大人なので、見た目と行動・言動のギャップを見事に演じきっていて、子どもっぽくない言葉を発するので、そこがすごくおもしくて、推しポイントになった。
4.『First Love初恋』監督:寒竹ゆり
【あらすじ】
宇多田ヒカルの名曲「First Love」と「初恋」にインスパイアされた壮大なラブストーリー。1990年代後半、北海道で出会った高校生の也英と晴道は、初恋に落ちる。しかし、ある事故をきっかけに2人は引き裂かれ、それぞれ別の人生を歩むことに。約20年後、タクシー運転手となった也英と、警備員として働く晴道は偶然再会。失われた記憶と過去の想いが交錯しながら、2人は“初恋”の続きを探し始める物語。
【考察】
この作品は色の演出が素敵で、主に青色がポジティブの象徴として使われていて、また2人の過去から孤独と静けさのようなもの意味にも捉えられる。北海道の雪と空の対比にもマッチしていて、青色が特に素敵に感じた。他にも、青には「青春」の意味も込められていて、2人の青春時代(高校時代)の思い出を思い出させるような効果もあるのかなと思った。この作品のセリフで、「人生はまるでジグソーパズル」という言葉があるのだが、作品がこのままに構成されている。過去と現在が交錯し、徐々にパズルのピースが埋まっていくように開示されていく点が台詞のひとつひとつにこだわっていることが読み取れた。作品自体、儚く、一人の人を愛する素晴らしさ、切ない恋愛の描写も描かれていて、「First Love」の曲とすごくあっていた。劇中でも宇多田ヒカルのその場面にあった曲がたくさん流れるので、音楽でも楽しむことの出来る作品だった。
5.『Beautiful Life〜ふたりでいた日々〜』監督:生野慈朗、土井裕泰 脚本:北川悦吏子
【あらすじ】
美容師の柊二と、難病で車椅子生活を送る図書館司書の杏子が運命的な出会いから恋に落ち、やがて杏子の病状が悪化する中で残された時間を精一杯に生きようとする、切なくも純粋な愛を描いたラブストーリー。
【考察】
この作品は、バリアフリーの大切さを世間に投げかけた作品であったと思う。母に聞いたら、この時代1995~2005は、特に障害を描いた作品が多かったと言う。私たちが生きる世の中には、バリアフリーが増えてきていて、映画館にも車椅子の人専用の席があったりするが、当時はあまりなく、外食するにも一苦労する姿が描かれていた。周りの人が向ける視線も冷たく、偏見のようなものが多く存在していて、生きずらさを感じる主人公の葛藤も描かれていた。こうした作品が多数生まれたことによって、バリアフリーが発展してきたのかなと思い、少しでも生きやすい世界になればいいなとも思った。また、大切な人と一緒にいれること、健康でいれることは当たり前ではないのだと改めて実感させられるドラマだった。
6.『花まんま(映画)』監督:前田哲
【あらすじ】
大阪の下町で暮らす二人きりの兄妹・俊徴とフミ子。 死んだ父との約束を胸に、兄として妹のフミ子を守り続けてきた俊徴は、フミ子の結婚が決まり、やっと肩の荷が下りるはずだった。ところが、遠い昔に封印したはずの、フミ子の秘密が今になって蘇る。
【考察】
この作品は、フミ子に宿った亡き人(喜代美)の記憶を背負い生きていくというメッセージ性が感じられた。劇中で登場する花まんまは、喜代美が父に伝えたかった生きて欲しいという思いの象徴として描かれ、「食べること=生きること」というテーマが隠されていて、食の大切さを改めて感じさせられた。最後にフミ子が結婚することで、前世の記憶、喜代美だった記憶をなくすシーンがあるのだが、ここから、過去にとらわれず今を生きることの大切さのようなものを感じた。また、両親をなくした兄妹の周りには、いつも支えてくれる大人がたくさんいて、その人たちのおかげで成長できた。私も周りの大人に対する感謝を忘れずに生きていきたいなと思った。
7.『366日(映画)』監督:新城毅彦
【あらすじ】
沖縄で恋に落ちた湊と美海。その後東京で再会し、幸せな日々を過ごす。しかし湊は突然美海に別れを告げ、美海のもとを去り、2人は別々の道を歩み始める。
HYの「366日」という楽曲をモチーフにした純愛ラブストーリー。沖縄と東京を舞台に約20年の時を超えて描かれる切なくも美しい物語。
【考察】
2人が恋に落ちたきっかけも嬉しいとき悲しい時に聞いていた曲もHYで2人の恋愛の形が「366日」の曲のように切なく描かれていた。恋愛はタイミングだなとも思ったし、伝えることの大切さを学んだような気がする。この作品を見るまでは、「366日」とはどういう意味なのかと思っていたけれど、主人公美海の誕生日が2月29日閏年で、希少な日が2人の思い出の日として描かれていて、365日では言えなかった想いや、すれ違ってしまった2人の姿と結びついていた。劇中の台詞「365日じゃ足りないくらいあなたを愛しています」という言葉が今でも印象に残っていて、ここまで人を愛せることのすばらしさを感じた。
8.『劇場版 鬼滅の刃〜第一章 猗窩座再来〜』監督:外崎春雄
【あらすじ】
炭治郎と義勇が上弦の参・猗窩座と再び激突する壮絶な戦いを描いた物語。猗窩座の過去が明かされ、彼の悲しみと葛藤が炭治郎の“透き通る世界”によって浄化されていく。鬼殺隊の仲間たちもそれぞれの因縁に挑み、無限城での死闘が始まる。
【考察】
2時間半という長さの映画だったが、見ている側を全く飽きさせない映像美の数々だった。特に無限城の描写が、漫画で見たときにどうなるのか、再現できるのかと思っていたけれど、想像を遥かに超えた、美しい作画だった。今回は猗窩座の過去にフォーカスされていたが、個人的に、猗窩座が名前を聞きたがる理由がすごい気になっていたのだが、何回も見るうちに、かつての師匠が一番最初に猗窩座に名前を聞いていたため、人間だった頃の記憶はないはずの猗窩座だが、それを無意識のうちにしているのかなと思った。猗窩座はその過去から女の子とは対峙しないと決めているところ、最後は自分で自分を殺したところから、たくさんの人を殺していることに変わりはないけれど、芯のところは温かい人だと思ったし、炭治郎も同じく心の温かい人間なので、このふたりの心の戦いの場面も目を離せないものがあった。また、善逸と獪岳の戦いの描写も最後に善逸が自分の作った型で決着をつける姿が本当にかっこよくて素敵だったし、同じ雷の呼吸の剣士だが、行き着くところが真逆になってしまった2人がすごく相対的に描かれていて、切なさも残るシーンだった。
9.『グラスハート』監督:柿本ケンサク、後藤孝太郎
【あらすじ】
理不尽な理由でバンドをクビになったドラマーの西条朱音が、天才音楽家・藤谷直季からスカウトされ、新バンド「TENBLANK」に参加することから物語が始まる。藤谷が作り出す独創的な楽曲と、4人のメンバーの熱い演奏によってバンドは瞬く間に世間を圧巻するが、その裏では、メンバーそれぞれが抱える葛藤や苦悩、音楽への情熱、そして人間模様が描かれる。
【考察】
このドラマでは、何かに命懸けになって打ち込むことの素晴らしさを学んだ。ガラスハートというタイトルのように、藤谷は孤独の中、音楽をやってきて、天才だからこそ繊細で壊れやすいガラスの心臓の持ち主だったが、仲間とバンドを組み、みんなで何か1つの作品を作り上げることの素晴らしさを学んだ藤谷の心がどんどん強くなっていく姿に心を打たれた。また、主人公・朱音が作品の冒頭で、女だからとクビになる場面があり、まだまだ、性別による偏見・差別は存在していて、それによって傷つく人はたくさんいることを実感した。それでも負けずに、音楽に再び立ち向かっていく朱音の姿はとてもかっこよく、夢を諦めない姿勢を見習いたいなとも思った。
10.『オレンジデイズ』監督:生野慈朗、土井裕泰、今井夏木
【あらすじ】
就職活動中の大学四年生・結城櫂と、病気で聴覚を失ったバイオリニスト・萩尾沙絵の恋愛を軸に、卒業を控えた若者たちの葛藤と成長を繊細に描いた青春ラブストーリー。
【考察】
オレンジの会の5人は大学四年生、大学生最後にして出会うが、たくさんの思い出を作っていく。5人で共有するオレンジノートは、言葉にできない気持ちや絆を描くことの出来るツールとして作られ、残り少ない大学生活を思い切り楽しむ姿が描かれている。才能と限界のリアルな描写もあり、沙絵がバイオリンを諦め、ピアノに挑戦するものの、聴力の限界に直面してしまう。それでも前を向いて進む姿が沙絵だけでなく、5人それぞれ描かれているため、今大学生の私にはとても刺さるものがあった。また、耳が聞こえなくなったことで、心を閉ざしてしまった沙絵を櫂が「僕が君を音の闇の中から救う」と手話で言う場面がとても感動的で、彼女の孤独に寄り添う姿に心を打たれた。この作品では、学生生活の美しい部分だけでなく、その裏にある葛藤や苦悩も描かれていて、親近感の湧く作品で、自分自身考えさせられるドラマだった。
11.『私の夫と結婚して(日本リメイク版)』監督:アン・ギルホ
【あらすじ】
余命わずかの主人公・美紗が、夫と親友の裏切りによって命を落とし、10年前にタイムリープ。今度の人生では、2人を結婚させて復讐を果たしながら、自分の幸せを掴もうとする物語。
【考察】
美沙は早くに病気にもなり、最終的には殺されてしまうのだが、この命を落とした瞬間に強い復讐心があったために、過去へ戻ることが出来たのだと思った。復讐心だけでなく、鈴木課長ももう一度やり直したいという過去への後悔が強く感じられたためにもう一度タイムリープすることになったので、過去への強い想いが2人が人生をやり直させたのだと思った。過去での失敗をしないために試行錯誤する姿は、誰しもやり直したいと思う瞬間を体現していて、見ていて、スッキリする場面が多かった。その一方で、復讐を遂げてからさらに、復讐をされそうになるというまさに韓国ドラマのような展開で、見ている側に休息を与えない、ハラハラ・ドキドキなシーンの数々に釘付けになった。俳優陣の演技力もものすごくて、特に嫌な親友・麗奈の憎たらしい演技に引き込まれたし、狂気すら感じた。最初から最後までおもしろいドラマだった。
12.『19番目のカルテ』監督:青山貴洋、棚澤孝義、泉正英
【あらすじ】
魚虎総合病院に新設された“19番目”の診療科=総合診療科。整形外科医・滝野みずきは、専門外の症状に悩む患者に対応できず苦しむ中、総合診療医・徳重と出会う。彼は問診を通じて患者の背景や心に寄り添い、診断のつかない痛みにも向き合っていく。物語は、患者・医師・家族それぞれの葛藤と再生を描きながら、滝野自身も医師として成長していく姿を追う。
【考察】
総合診療科の病気だけでなく、人そのものをみる、人間の本質に向き合う姿が印象的だった。1話の病名のない病に苦しむ患者さんの話を聞き、寄り添う姿には心を打たれた。病名も分からず、どこの科に行ったらいいのかわからないという状況はよくあることだと思っていて、そういった医療の抜け穴に落ちてしまった患者さんを救ってくれる寄り添ってくれる科が必要だと思うし、もっと普及して欲しいとも思った。ドラマの中で、総合診療科は採算が取れないため、なくすべきだという意見もあったが、患者さんの心の拠り所も必要だと思うので、こういった場所が増えればいいなと思った。
13.『国宝』監督:李相日
【あらすじ】
任侠の家に生まれた少年・喜久雄は、父の死をきっかけに歌舞伎役者の家に引き取られ、女方としての才能を開花。名門の御曹司・俊介との友情とライバル関係の中で芸を磨き、数々の別れと試練を乗り越えていく。やがて喜久雄は、すべてを芸に捧げた末に“人間国宝”として頂点に立つが、その栄光の裏には深い孤独があった。
【考察】
この作品は長い準備期間をかけて俳優さんがたくさん歌舞伎の練習に打ち込み、命をかけて作られた、映像美と、俳優の魂のようなものを感じた力強く美しい作品だった。血筋のない喜久雄が私生活を犠牲にしてでも芸に打ち込む姿。芸に全てを捧げる様は美しくもありながら、歌舞伎界の血縁の残酷さも感じた。俊介との関係性も魅力的で、一緒に切磋琢磨してきた同志であるが、俊介には血がある、家柄に恵まれていて、常に嫉妬する喜久雄の切ない描写も繊細に描かれ、この二人の関係性がこの作品に深みを与えていたと思うし、二人の絆の強さに心を打たれた。そして最後に「国宝」というタイトルの深さ、何もかも捨てて最終的に人間国宝に選ばれた喜久雄のラストは幸せだったのか否かという問いをなげかけられているような気がした。正解などないが、何か一つにここまで犠牲にできるほど打ち込めることの素晴らしさを知ることが出来た作品だった。
14.『花束みたいな恋をした』監督:土井裕泰
【あらすじ】
駅で終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹。お互いに音楽の好みや趣味が同じことを知り、すぐに恋に落ちる。大学を卒業してフリーターをしながら同棲生活をスタートさせ、日々変化する環境の中で日常を共有しながら大切に過ごしていた。この2人での生活を続けるために、就職活動に励んでいく。
【考察】
2人は共通の趣味から恋に落ちるが、最終的に別れてしまう。絹ちゃんは自分のやりたいことを仕事にしたい、未来を考えていたが、麦くんは今良ければいい、やりたくない仕事でも仕事だから気にしないというこの考え方の違いが2人をすれ違いさせたのだと思う。最後の別れのシーンで、麦くんの涙は「まだ好きだった」という未練、絹ちゃんの涙は「もう戻れない」という覚悟を意味し、同じ時間を過ごしていても、見ていた未来が違っていたことを表している決定的な場面だったと思う。この作品では、どのカップルもぶち当たるであろう壁をリアルに描いており、この価値観のすり合わせの難しさを改めて感じた。
15.『マレフィセント』監督:ロバート・ストロンバーグ
【あらすじ】
妖精マレフィセントは、かつて純粋で優しい心を持っていたが、人間の裏切りによって心を閉ざし、復讐のためにオーロラ姫に呪いをかける。しかし、成長するオーロラを見守るうちに母性のような感情が芽生え、やがて“真実の愛”とは何かを問い直すことになる。物語は、善悪の境界を揺さぶりながら、マレフィセント自身の再生を描いていく。
【考察】
マレフィセントがなぜ、オーロラに呪いをかけたのかこの作品を見るまでは知る由もなかった。しかしその理由が、人間の汚い心、闘争心に巻き込まれてしまったためだったと知り、ヴィランズにもそれぞれ過去があって、仕方ない気もしてしまった。しかしマレフィセントは成長していくオーロラと接していく中で、本当の愛、母性的な愛を学んだ。最終的にオーロラを目覚めさせたのは、王子ではなくマレフィセントのキスだったため、恋愛だけが真実の愛ではないのだと、ディズニープリンセスの映画の固定観念を覆す作品だった。また、家族の形も血縁だけではないことに気付かされた。血縁上では繋がっていた父よりも時間を共にする中で芽生えた愛と、信頼関係こそが本物の家族像であり、最終的にオーロラはマレフィセントと一緒になるため、この2人の関係性は、現代的な家族像の在り方を映し出しているような気がした。
16.『恋はつづくよどこまでも』監督:田中健太、福田亮介、金子文紀
【あらすじ】
高校時代に医師の天堂浬と出会った佐倉七瀬が、彼のことを追いかけて看護師となり、5年後に天堂と同じ病院で働くことから始まる。しかし、天堂は「魔王」と呼ばれるドSで毒舌な人物であり、七瀬はそんな彼に振り向いてもらうため、仕事と恋に一生懸命に奮闘する。七瀬のまっすぐなひたむきさと勇気ある行動によって、次第に天堂の鉄の心が溶かされていくラブコメディ。
【考察】
なにごとにも一生懸命に向き合っていれば、いつか思いは届く、夢は叶うのだということを体現したドラマだと思った。天堂先生はかつての恋人を亡くした過去があり、冷徹な魔王として振る舞う。七瀬は一途に天童先生に向き合う勇者として描かれ、少しづつその良さに気づいていく、この姿から、傷(足りない部分)を補い合うことの大切さを学ぶことができ、他のキャラクターにも同じことが言えるため、この作品のテーマなのかなと思った。諦めない姿に私自身も立ち向かう勇気をもらった。
17.『流浪の月(映画)』監督:李相日
【あらすじ】
10歳の少女・更紗 (さらさ)は、引き取られた伯母の家に帰ることをためらい、雨の公園で孤独に時間を持て余していた。そこに現れた孤独な大学生の文 (ふみ)は、少女の事情を察して彼女を自宅に招き入れる。文の家でようやく心安らかな時を過ごし、初めて自分の居場所を手にした喜びを実感する更紗。しかし2ヵ月後、文が誘拐犯として逮捕され、2人の束の間の幸せは終わりを告げる。15年後、恋人と同棲生活を送っていた更紗は、カフェを営む文と偶然の再会を果たす。
【考察】
この作品は、人間の心の奥底に潜む、固定観念、決めつけてしまう、良くないところが映し出されている。SNSやメディアで取り上げられることを鵜呑みにして、あることないことで人のことを傷つける、誹謗中傷の数々によって生きずらい思いをする人がいることを知るべきであるというメッセージが込められている気がする。実際に悪いことをしている人にそういった言葉を向けるのには共感はできるが、世の中に出ている情報の全てが事実とも限らないし、部外者がとやかく言うのもちがうと思う。この作品の事件では、実際2人とも被害者であったため、情報を鵜呑みにする人間の弱い部分を改めて感じたし、自分自身見つめ直すきっかけになった。そして、恋愛関係ではなく、互いに「理解者」として落ち着くこの物語の深さにも感心した。お互いが社会的には批判されるかもしれないが、居場所を見つけた2人だけの世界観にも引き込まれた。
18.『陸王』監督:福澤克雄
【あらすじ】
埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」の四代目社長・宮沢が、年々先細る足袋の需要と資金難から、自社製品の「裸足感覚」を追求したランニングシューズ「陸王」の開発に挑む物語です。従業員20名ほどの零細企業が、 世界的なスポーツブランドとの競走、資金難、開発力不足、大手メーカーの妨害といった数々の困難に直面しながらも、足袋製造で培った伝統と情熱、そして家族や従業員、取引先との強い絆をバネに一世一代の勝負に挑む、企業再生のサクセスストーリー。
【考察】
この作品からは、新規事業の難しさと、実績が全ての世の中で人の温かさというお金では買えないものの人間として大切な心を教えられた。最初は誰にも相手にされないこはぜ屋が、企業努力を重ね、人と人とをつなぎ、その想いが選手を繋ぐ、最後のニューイヤー駅伝で茂木選手が陸王を履いて、優勝する場面には心を打たれた。スポーツとビジネスの交錯、そして世の中にある全てのものにたくさんの企業努力、物語があるのだと思うと、物をより大切にしようと思えた。そして、こはぜ屋の宮沢社長の絶対に貫く、やり遂げてみせるという信念、心の温かさ・人間性が身を結んだ結果だと思うため、諦めない心と共に、人間性の部分も高めていくことが大切だなと思った。
19.『やんごとなき一族』監督:田中亮、三橋利行、水戸祐介
【あらすじ】
庶民の女性・佐都が、400年以上の歴史を持つ名家「深山家」の御曹司である恋人・健太と結婚するも、一族の理不尽なしきたりや複雑な人間関係、後継者争いなどに翻弄されながらも、夫とともに立ち向かっていくアフターシンデレラストーリー。
【考察】
佐都は庶民として最初は見下されるが、彼女の誠実さや人間力が次第に周囲の人間を変えていく。本当の幸福とは何か、お金がすべではないのではという問いが込められているきがした。またこの作品では、家制度に縛られる女性たちの姿が描かれ、佐都自身もしきたりに苦しむ。女性ばかり、家のために自由や愛を犠牲にしなければならない、現代の女性の生きずらさを象徴していて、それに立ち向かう佐都の芯の強さにみんなが賛同していく姿が素敵だなと思った。お金があっても、心が豊かではないことはもったいない気もしたし、お金持ちだからこそ、心も豊かで人に向ける優しさを持つべきだと思った。
20.『俺の可愛いはもうすぐ消費期限!?』監督:新城毅彦、中前勇児、飛田一樹
【あらすじ】
丸谷康介は、29歳の“あざかわ男子”。生まれ持った可愛さで人生を乗り切ってきたが、ある日突然「可愛いには消費期限がある」と未来の自分に告げられる。仕事も恋も順調だった康介は、若手の台頭や恋人との別れをきっかけに、自分の価値に疑問を持ち始める。そんな中、無愛想で恋愛経験ゼロの“ロボット女”真田和泉と出会い、人生初の本気の恋に落ちていく。
【考察】
外見や若さが全てではない、康介は可愛いを武器に生きてきたが、それが通用しなくなった時に、初めて自分自身と向き合うことになるこの作品は、見た目に囚われず、内面の大切さを改めて考えさせられるドラマだなと思う。そして恋愛を通じて、見た目の魅力から人間性の魅力へと変化していく過程が描かれていく。未来の自分を見た時に初めて、自分自身と向き合うことのできた康介は人生を再構築するため、本当の自分に気がつくことが出来た。外見至上主義の現代において、このドラマは、見た目が全てではないと強く訴えかけたドラマであったと言えると思う。
21.『JIN-仁-』監督:平川雄一朗、山室大輔、那須田淳
【あらすじ】
現代の脳外科医・南方仁は、ある手術をきっかけに幕末の江戸時代へタイムスリップしてしまう。
医療器具も薬もない時代で、仁は自らの知識と技術を駆使しながら、命を救い、歴史上の人物たちと関わっていく。坂本龍馬や吉原の花魁・野風、旗本の娘・橘咲らとの出会いを通じて、仁は「人を救うとは何か」「歴史を変えてしまう恐怖」と向き合いながら、現代に戻る方法を探していく。
【考察】
現代の医療を作った人たちの努力の過程を見ることができ、今の私たちが当たり前に受けることの出来る、治療や病院が当たり前にあることが、当たり前ではないのだと、医療のありがたみを改めて感じさせられるドラマであった。仁が医療に携わることで、歴史を変えてしまうのではないか、命を救うことの正義のせめぎあいが見ていてハラハラする展開だった。物語に登場する胎児の形をした腫瘍は、仁の過去や現在、未来を象徴するものであり、命のつながりや選択の重みも同時に象徴しているように思った。
22.『ラストマイル』監督:塚原あゆ子
【あらすじ】
大手ショッピングサイトの荷物に次々と爆発物が仕掛けられる謎の連続爆破事件が発生。巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナは、未曽有の危機に立ち向かっていく。
【考察】
この作品では、爆破事件と労働者のの過酷な労働環境を浮き彫りにすると同時に、犯人の悲痛な叫びのような、抗議を意味するものとして描かれ、現代におけるブラック企業、配送会社の現実が忠実に描かれた社会問題と結びついた作品であった。劇中で登場する「2.6km/s 70kg→0」は人間の運動エネルギーが0になる=死を意味することを暗示していて、働く人の命や尊厳が蔑ろにされていること、それを訴えるために山崎佑は命を犠牲にしたとも言えると思う。配送会社に限らず、過酷な労働環境を強いられ、自ら命を絶つ人は現実世界でも少なくないと思うので、労働環境の見直しは社会にとって大切なことだと思うし、それを世間に訴えかける映画だったと思う。
23.『正直不動産』監督:川村泰祐
【あらすじ】
登坂不動産の営業マン・永瀬財地は、嘘と口八丁でトップ営業成績を誇る男。ある日、地鎮祭で祠を壊したことが原因で「嘘が一切つけなくなる体質」になってしまう。正直にしか話せなくなった永瀬は、顧客に不都合な真実まで暴露してしまい、営業成績は急落。しかし、正直な営業スタイルが次第に信頼を生み、仲間や顧客との絆を深めていく。不動産業界の裏側や人間ドラマを描きながら、「誠実さとは何か」を問いかける痛快コメディ。
【考察】
この作品では、嘘をつけないがために、一時は損をしても、いずれかは自分に返ってくる、長期的に信頼を得ていく姿が描かれており、業界の闇やうそではなく、誠実に仕事に向き合う姿が最終的には人の心をつかみ、成功へと繋がっていくという、誠実さがいかに大切さかを学ぶことの出来るドラマだと思う。また、不動産の用語なども詳しく説明してくれるため、素人でも見やすく、物件を選ぶときのポイントも押さえられる勉強になる作品だった。
24.『ライオンの隠れ家』脚本:徳尾浩司
【あらすじ】
市役所職員の小森洸人は、自閉スペクトラム症を抱える弟・美路人と静かに暮らしていた。ある日、謎の少年「ライオン」が突然現れ、兄弟の生活は一変。ライオンの正体や過去に起きた母子失踪事件が次第に明らかになり、兄弟は事件の真相に巻き込まれていく。家族の絆、過去の傷、そして“守るべきもの”を問い直すヒューマンサスペンス。
【考察】
ライオンが家に来るまでは弟の美路人は兄の洸人に依存していたし、洸人も美路人を理由に結婚や人間関係を諦めていて、共依存の関係にあったが、ライオンの登場が家族の形を再定義するきっかけとなった。そして巻き込まれていく事件の中で美路人は自立し、一人で人生を歩むことを決意する、このことから、この共依存の関係からお互いへの信頼へ変化したと言えると思う。家族だからといって過保護になるのではなく、その人の力を信じて委ねることも大切なことだと感じた。また、この作品は虐待という社会問題を浮き彫りにした作品とも言えると思う。ライオンや愛生の怪我から児童虐待やネグレクトの問題を連想することができ、こういった家庭が少しでも減ればいいなと感じさせられるドラマだった。
25.『新世界より』原作:貴志祐介 監督:石浜真史
【あらすじ】
1000年後の日本、人類は「呪力」と呼ばれる超能力を持つが、社会は厳しく管理されていた。少女・渡辺早季は仲間とともに禁断の知識に触れ、世界の真実と向き合うことになる。やがて“悪鬼”や“バケネズミ”との戦争に巻き込まれ、平和の裏に潜む恐怖と人間の本質を知っていく。壮大なSFドラマが展開される。
【考察】
バケネズミがかつて人間であり、遺伝子操作により知能と外見を変えられ、家畜のように扱われるようになった事実が最後に明らかになり、人類の発展とともに犠牲になった人がいることや、呪力を持たないと言うだけで、同じ知性を持つ存在を差別・支配することを正当化する人間に恐怖を覚えたし、私たち人間も知らず知らずのうちに、偏見を持ち、差別してしまっているのかと感じたため、固定観念のあり方について考えさせられた。
26.『リロ&スティッチ(実写版)』監督:ディーン・フライシャー・キャンプ
【あらすじ】
両親を亡くした少女リロと姉のナニ。ひとりでリロを育てようと奮闘するナニだったが、若すぎる彼女は失敗ばかり。離れ離れになってしまいそうな姉妹の前に、見た目はかわいらしいのに、ものすごく暴れん坊な不思議な生き物が現れる。その生き物は、違法な遺伝子操作によって破壊生物として生み出された、「試作品626号」と呼ばれる地球外生物(エイリアン)だった。そんなことは知らずに、リロはその生き物を「スティッチ」と名付けて家に連れ帰る。予測不可能なスティッチの行動は平和な島に混乱を巻き起こすが、その出会いがやがて思いもよらない奇跡を呼び起こし、希望を失いかけていた姉妹を変えていく。
【考察】
スティッチの原作では、ガントゥがもっと家族に近い形で、どちらかと言うと味方で描かれていたが、実写版では完全に敵役として描かれていた。スティッチは暴れん坊で問題ばかり起こすけれど、リロと生活していく中で、愛を知り、リロ家族に徐々に馴染んでいく姿が描かれ、人の温かさに触れたことのなかったスティッチが家族を思いやる心を得る過程が見ている側の心を動かすものがあった。スティッチを通じて、家族自体も問題を乗り越える力を得て、家族が1つになり、以前よりも固い絆で結ばれるようになったため、スティッチは人と人とを繋ぐ存在として大きな役割を担っていたなと改めて思った。
27.『1リットルの涙』監督:岡村力
【あらすじ】
15歳で脊髄小脳変性症を発症し、25歳で亡くなった木藤亜也さんの実話に基づく物語。体は次第に自由を奪われていくものの、家族や友人たちに支えられ、前向きに生き抜いた彼女のひたむきな姿と、生きることの尊さを描いている。
【考察】
彼女はだんだん身体の機能が衰えていく中で、日記を残すのだが、この日記こそが「生きている」という証明になっていたような気がする。まだ書くことが出来る、生きているんだと生きる活力にもなっていたのかなと思う。また、徐々に歩けなくなったり、食べられなくなったり、喋ることができなくなったりと、できることが減っていく過程から、今健康に生きていることがどれだけすごいことで、ありがたいことなのか、当たり前ではないのだと改めて痛感させられるものがあった。そして、こういった病気がいつ誰に降りかかるとも限らないという恐怖も同時に感じた。また、彼女は失うものが増えていく中でも諦めず前を向いており、その姿に私自身も生きる活力をもらった気がした。
28.『彼女はキレイだった』監督:紙谷楓、木下高男、松田裕輔
【あらすじ】
子どもの頃は美少女だった佐藤愛は、成長とともに容姿に自信をなくし、冴えない生活を送っていた。一方、太っていた少年・長谷部宗介は、イケメンエリートに成長。再会を果たすも、愛は自分の姿を見せることができず、親友を身代わりにしてしまう。やがて同じ職場で働くことになり、正体を隠したまま惹かれ合っていく二人の“すれ違い”と“本当の自分”を描く、胸キュンラブコメディ。
【考察】
この作品は、タイトルからもわかるように、見た目にフォーカスした内容になっているが、見た目で人を判断できるのか、そして近年注目されてきているルッキズム社会が生む外見至上主義について考えさせられるドラマであった。最終的には、このタイトルは彼女の「内面」の美しさを指すものへと変化していき、愛が仕事に真剣に向き合い、見た目だけでなく、人として成長していく過程で、「きれい」の本質について考え直すきっかけになった。見た目だけでは人の善し悪しを判断することは出来ないし、内面がつくるその人の良さが人それぞれあることを改めて感じたので、これから私自身見た目に囚われすぎないようにしたいなとも思った。
29.『99.9-刑事専門弁護士-シーズン2』監督:木村ひさし
【あらすじ】
型破りな刑事専門弁護士・深山大翔が、99.9%有罪とされる事件に残された0.1%の可能性を信じて真実を追求するリーガルエンタメの続編。新たに元裁判官の弁護士・尾崎舞子が加わり、冤罪事件や司法の闇に挑む。
深山の父が巻き込まれた過去の殺人事件の真相にも迫りながら、法廷でのトリックや証拠の矛盾を暴いていく。
【考察】
この作品では、司法のあり方について世間になげかける場面が多数あった。特に第2話では、深山の父親が巻き込まれた冤罪事件の真相を辿っていく中で、司法は本来弁護士と検察、裁判所と公平中立なトライアングルでなければならないはずが、検察と裁判所によって歪んでしまっている構造が描かれており、このことから司法のあり方を改めて考えさせられたし、人を方で捌く以上、本来公平であるべきだと思った。また、日常の中に潜む会話の中で深山は事件解決に繋がるヒントを得ていくので、真実は意外なところ、身近なところに潜んでいることを示しているようだった。
30.『100万回言えばよかった』監督:金子文紀、山室大輔、古林淳太、渡部篤史
【あらすじ】
美容師の悠依と恋人の直木は再会を果たし、幸せな日々を過ごしていたが、直木は突然失踪。その後、彼は幽霊となって現れ、刑事・譲だけがその姿を認識できる。直木は未練と想いを抱えながら、事件の真相と“伝えられなかった言葉”に向き合っていく。切なく温かいファンタジーラブストーリー。
【考察】
直樹は生前、悠依に「愛してる」と伝えられなかった未練から、幽霊として現れる。この言えなかったことが物語に切なさを与えると同時に、言葉にすることの大切さと、言葉にできなかった想いとが交錯し、言葉の大切さを感じさせられる作品だった。直樹が幽霊として現れる理由として、事件が未解決のままであることも関係していて、安心できないため、成仏できないもどかしさも感じた。理不尽に事件に巻き込まれ、ある日突然日常を奪われてしまうこの作品は、生きていることや、伝えることの出来る環境にいることのありがたみを感じさせてくれるもので、伝えられるうちに感謝や想いを口にすることは大切なのだと改めて感じた。
2年 小倉結
RES
1 . 『鬼滅の刃 兄妹の絆編』 (テレビアニメ) 2019年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
時は大正、日本。炭を売る心優しき少年・炭治郎は、ある日鬼に家族を皆殺しにされてしまう。さらに唯一生き残った妹の禰豆子は鬼に変貌してしまった。絶望的な現実に打ちのめされる炭治郎だったが、妹を人間に戻し、家族を殺した鬼を討つため、“鬼狩り”の道を進む決意をする。人と鬼とが織りなす哀しき兄妹の物語が、今、始まる。
【感想】
鬼となっても大事な家族である炭治郎を守ろうとした禰豆子の姿と、どんなに過酷な訓練でも耐え凌ぎ、乗り越え妹を人間に戻すために努力を惜しまない炭治郎の姿にとても感動した。二人の兄妹としての絆がとても強い事を感じた。
2 . 『鬼滅の刃 浅草編』 (テレビアニメ) 2019年 監督:外崎春雄 原作: 吾峠呼世晴
【あらすじ】
次なる任務の舞台は東京・浅草の町。大正の華やかな都会の街並みに戸惑う炭治郎だったが、そこで鬼の匂いを嗅ぎつける。匂いを追った先で出逢ったのは鬼舞辻無惨だった。鬼舞辻を斬ろうとする炭治郎。だが、鬼舞辻は行きかう人間を鬼に変え、町を混乱に陥れる。必死に事態を収拾しようとする炭治郎の前に、 とある人物が姿を現す。
【感想】
浅草で無惨によって鬼にされてしまった男性が、人を食わないように押さえつけている炭治郎の姿を見て、もう自分と同じような苦しみを誰にも味わって欲しくないという気持ちがあったのだろうなと思った。戦った朱紗丸や矢琶羽は十二鬼月ではなかったものの、かなり強力で苦戦を強いられていた。鬼が無惨の名前を口に出すと体内にある無惨の細胞によって殺されるという点には恐怖を感じた。
3 . 『鬼滅の刃 那田蜘蛛山編』 (テレビアニメ) 2019年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
次なる目的地は北北東。炭治郎と禰豆子は、善逸や伊之助とともに那田蜘蛛山へ向かう。その山は蜘蛛の巣が張りめぐらされ、無数の蜘蛛が蠢く山だった。怯える善逸を残し、山に入った炭治郎と伊之助は、蜘蛛の糸に絡み取られた鬼殺隊員に遭遇する。
【感想】
炭治郎たちが初めて十二鬼月と戦った。下弦ではあるが十二鬼月なだけあってかなり強く、炭治郎たちも苦戦を強いられていた。累という下弦の伍の鬼の父蜘蛛や、兄蜘蛛のビジュアルがかなり気持ち悪いため、苦手な人も居るかもしれない。累の過去が明かされ、鬼となった理由、家族の絆というものにこだわる理由が明らかになった。炭治郎と禰豆子の本当の家族の愛、絆を感じた。炭治郎が累の服に手を置くシーンでは、炭治郎の心の優しさが現れているなと思った。
4 . 『鬼滅の刃 柱合会議・蝶屋敷編』 (テレビアニメ)2019年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
戦いを終えた炭治郎は、禰豆子とともに鬼殺隊本部へ連行される。
そこでは鬼殺隊の当主・産屋敷と最強の剣士・柱たちによる「柱合会議」が行われることになっていた。
鬼を庇うという鬼殺隊にあるまじき隊律違反をした炭治郎を、柱たちは糾弾する。
そして風柱・不死川実弥は、禰豆子に刀を向けた。
【感想】
もし禰豆子が人を襲った場合、鱗滝左近次や冨岡義勇が腹を切って詫びるという手紙の内容を聞いてはっとする炭治郎。この時の炭治郎は柱には鬼を連れた隊員など到底信じられないと言われていたが、それでも自分と禰豆子二人の絆を信じてくれる人がちゃんといてくれるという気持ちになったのでは無いかと思う。独りではなく、人は誰かに信じられ支えられることで生きていける存在なのだとこのシーンを見て思った。
5 . 『鬼滅の刃 無限列車編』 (映画)(テレビアニメ) 2020年、2021年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
蝶屋敷での修行を終えた炭治郎たちは、次なる任務の地、『無限列車』に到着する。そこでは、短期間のうちに四十人以上もの人が行方不明になっているという。禰豆子を連れた炭治郎と善逸、伊之助の一行は、鬼殺隊最強の剣士である『柱』のひとり、炎在の煉獄杏寿郎と合流し、闇を住く『無限列車』の中で、鬼と立ち向かうのだった。
【感想】
煉獄さんのお弁当を食べる時の「うまい!」の連呼にとてもホッコリした。
それまでのシーンとは違い、戦闘場面では雰囲気が違い格好良い煉獄さんの姿に見た人全員が惚れてしまうと思う。
「俺は俺の責務を全うする!」「心を燃やせ」という言葉が印象に残り、心に響いた。柱として最後まで正々堂々と戦い抜いた姿に感動した。私自身も今まで以上に煉獄さんのように最後まで一生懸命に物事をやり遂げたいと思った。
6 . 『鬼滅の刃 遊郭編』 (テレビアニメ) 2022年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
音柱の宇髄天元とともに任務につくことになった炭治郎、禰󠄀豆子、善逸、伊之助。向かった先は、夜に輝く街・遊郭。宇髄の三人の嫁が鬼の情報収集のために潜んでいたが、定期連絡が途絶えたという。炭治郎たちは情報を得るため、変装して店への潜入任務を行うことになるが……。
【感想】
大正時代の遊郭の華やかさや煌びやかさを感じられた。鯉夏花魁や堕姫が花魁に扮している姿はとても美しい。
炭治郎たちにとって初めて上弦の鬼と戦うことになったが、二人で一つの鬼で中々倒すのに苦労していた。
妓夫太郎のたった一人の妹を思いやり、わざと別々の道を行こうとした時、堕姫の「私は何回生まれ変わってもお兄ちゃんの妹になる」という言葉に兄妹愛を感じ、泣いてしまった。鬼滅の刃は、味方だけでなく鬼にも同情したり共感したりできるような設定が多いなと思う。こういう要素も、鬼滅の刃に人気がある理由なのかなと思った。
7. 『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』(テレビアニメ) 2023年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
炭治郎たちと宇髄の活躍により、百年ぶりに上弦の鬼が倒された。その事実は鬼殺隊のみならず、鬼舞辻無惨の元に呼び出された上弦の鬼たちにも波紋を呼んでいた。一方、蝶屋敷で療養生活を送る炭治郎だったが、刃毀れが原因で刀鍛冶・鋼鐵塚を怒らせてしまったことを知り、直接会って話すため刀鍛冶たちの暮らす里へ向かうことに……。
【感想】
上弦の鬼が集結し、無惨が登場したシーンはとても緊張感があった。
時透無一郎、甘露寺蜜璃、不死川玄弥の過去が明かされ、それぞれのキャラクターがどんな思いで鬼殺隊に入ったのかを知った。
炭治郎の「人にすることは巡り巡って自分のためにもなる」という言葉を聞いて、私自身これからもっと人の為に自分が出来る事を精一杯していけたらいいなと思った。
8. 『鬼滅の刃 柱稽古編』(テレビアニメ) 2024年 監督: 外崎春雄 原作: 吾峠呼世晴
【あらすじ】
山の上に建つ廃城へ任務に向かう柱の実弥と伊黒たち。一方、その頃炭治郎は蝶屋敷で刀鍛冶の里で受けた傷を癒していた。そんななか、産屋敷邸に柱たちが集まり、柱合会議が開かれる。無一郎から語られる痣の発現方法とは…。鬼殺隊全体の底上げの為、柱稽古が始まる。
【感想】
いつものシリーズとは違い、闘いの描写は少なかった。むしろ笑えるシーンが多く、見ていてひたすらに面白く楽しかった。弱気になる隊士や、脱落していく隊士たちに炭治郎がかけた言葉がとても印象的で、見ている自分も勇気づけられた。炭治郎の言葉はいつも人の心を動かす力があるなと思う。しかしながら、今作の最終話は、色々と衝撃的だった。ここから映画の三部作にどう繋がっていくのかが楽しみだ。
9. 『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 (アニメ映画) 2025年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
来たる鬼との決戦に備えて、隊士たちと共に《柱》による合同強化訓練《柱稽古》に挑んでいる最中、《鬼殺隊》の本部である産屋敷邸に現れた鬼舞辻󠄀無惨。お館様の危機に駆けつけた《柱》たちと炭治郎であったが、 無惨の手によって謎の空間へと落とされてしまう。
炭治郎たちが落下した先、それは鬼の根城《無限城》。”鬼殺隊”と”鬼”の最終決戦の火蓋が切って落とされる。
【感想】
初めて鬼滅の刃を映画館で鑑賞した。映画ならではの音響やスクリーンの大きさにより、テレビで見るよりも映像にかなり迫力を感じた。
大切な人がいつもと同じように自分の近くで、隣で生きている事が当たり前ではないということを気付かされた。当たり前を当たり前と思わずに、日々をかけがえのないものと考え大切に生きていこうと思った。
印象深かったのは、猗窩座の場面。人間時代に犯した過ち、その後に出会った愛する人たちを守れなかったという辛い過去に涙が止まらなかった。だからといって鬼となり人間を虐殺していいのかといえばそれは違う。ではあの時猗窩座はどうすれば良かったのかなどと、見終わった後も非常に考えさせられる作品だった。
10. 『東京リベンジャーズ 天竺編』 (テレビアニメ) 2023年 監督: 初見浩一 原作:和久井健
【あらすじ】
変わり果てた東京卍會を救うため、 12年前にタイムリープして黒龍との 聖夜決戦を勝利に導いた花垣武道(タケミチ)。 裏切り者の稀咲鉄太を除名することにも成功したが、 なぜか現代の状況は悪化する一方だった。
決意を新たに再びタイムリープしたある日、 東京卍會は天竺と名乗るチームの襲撃を受けてしまう。 混乱するタケミチの前に現れたのは、 天竺の特攻服を纏った稀咲だった。
東卍史上最大にして“最後”の抗争に向けて、 人生のリベンジは続く!
【感想】
主人公の武道がタイムリープし、かつての恋人を救う為に過去を変えようとする話。次第に東京卍會の総長マイキーを助けるという目的も加わってくる。
武道は喧嘩が弱く、いつもやられてばかりだが、自分の大切な人の為に全力を尽くし、自分がたとえ不利な状況だったとしても決して諦めないという強い意志を持っているなと感じる。武道のその様な粘り強い性格を見習い、私も何事にも諦めずに最後までやり遂げたいと思った。
11. 『僕のヒーローアカデミア』 第一話 (テレビアニメ) 2016年 監督: 長崎健司 原作:堀越耕平
【あらすじ】
総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持ち、その“個性”によって社会を守る“ヒーロー”という存在が確立された世界。緑谷出久はヒーローになることを夢見て、多くのヒーローを輩出する名門・雄英高校ヒーロー科入学を目指していた。しかし、彼は何の“個性”も持たない“無個性”。現実の厳しさ、不平等さを痛感する日々を過ごしていた。そんなある日、出久は強盗をして逃亡中だった敵(ヴィラン)に襲われてしまう。そこに現れたのは、人気・実力共にNo.1のヒーローだった。
【感想】
総人口の八割が何らかの個性を持っている時代に、主人公は無個性で第一話の段階でかなり苦しんでいた。
クラスメイトから馬鹿にされ、心無い事を言われ心が折れそうになっていた主人公だが、周りが言うことなんか関係ない!と持ち直そうとしているところが、自分の心に染みた。自分も周りからの評価で諦めそうになった事があるが、やってみなければ本当にどうなるか分からないし自分を信じて頑張ろうと思えた。
一話のみしか見れなかったが、内容が面白かったので続きが配信されたら是非見たいと思う。
12. 『幸せカナコの殺し屋生活』 第一話 (ドラマ) 2025年 監督: 英勉 原作: 若林稔弥
【あらすじ】
主人公カナコは、ブラック企業を辞め、急いで面接した企業はまさかの殺し屋。だが、超ホワイト待遇だったため思わず入社を決意。
人を殺すなんて出来る訳ないと思っていたが、まさかの才能が開花し、殺し屋としての生活が始まった。
基本「殺すぞ」しか言わない相棒の桜井と共に次々とターゲットを抹殺するカナコ。
順風満帆な殺し屋生活を送るカナコの前に、突然刑事が現れ…。
果たしてカナコは殺し屋として一人前になれるのか!?
【感想】
DMM TVでしか見れなかったので、無料配信されていた1話を見た。
殺し屋というブラックなイメージなのに、ホワイト企業という真逆さが面白い。
カナコは普段はふわふわしていて、私に殺しなんてできない、と言いながらも悪い奴は絶対に許さず、任務を遂行する時は別人が憑依したかのように変化するのがとても格好良かった。途中から出てくる桜井先輩も一見怖そうではるが、意外にカナコを評価したりと優しい一面もあり、そのギャップが良いなと感じた。
13. 『潜入兄妹 』(テレビドラマ) 2024年 監督: 大谷太郎
【あらすじ】
日本最大級の詐欺集団“幻獣”。立ち向かうのは、父を殺した犯人に復讐を誓う兄妹。身分を隠して潜入し、犯罪組織を内側から壊滅せよ。バレたら一発、即ジ・エンド。
【感想】
父親を殺された兄妹が詐欺組織に潜入し、父親を殺した犯人を探す物語。
どの俳優さんも演技がとても上手で、見ている側も共に緊張した。
兄の貴一がとにかく妹の結貴思いで、人質に取られた妹を何があっても絶対に助けるという強い思いを感じた。また、兄を信じるという結貴の言葉から、兄妹の絆が強いことも伝わってきた。幻獣の一員である青龍の放つ殺気には、威圧感があり、背筋が凍るような恐怖を感じた。
14. 『まほろ駅前多田便利軒』 (小説) 2006年 著者:三浦しをん
【あらすじ】
東京郊外の地方都市“まほろ市“で便利屋を営むバツイチ男・多田のもとに、ある年の正月、高校の同級生・行天が転がり込んでくる。多田の手伝いをするのを条件に行天は彼の家に住み着き始めるが、そんなふたりの店には曲者の依頼人が次々と訪れるのだった。
【感想】
性格や考え方が全然違う二人だが、この二人によって様々な問題が何やかんやで丸く収まり解決されていくのがとても面白かった。
映画の俳優さんと、小説で読んだ登場人物のイメージが凄く合っているなと感じた。
この作品を読んで自分自身も家族との関係について考えさせられた。
15. 『走れメロス』 (小説) 1940年 著者: 太宰治
【あらすじ】
暴君に捕まった主人公メロスが友人を人質にして村に戻り、妹の結婚式を挙げさせ、約束を守って戻る物語。
【感想】
川が氾濫し、山賊にも襲われ精神的にも肉体的にもかなりボロボロになり心が折れ、諦めようとしても、それでも何とか人質となった友人の為に走り続けるメロスに感銘を受けた。そのまま諦めるのではなく、自分の体に鞭を打って再び走り出すのはそう簡単なことでは無いと思った。最後に、メロスとセリヌンティウスがお互いを途中で信じられなくなったことを謝り、殴り和解した所で二人の友情が以前よりも深まった事を感じた。
16. 『痴人の愛』 (小説) 1925年 著者: 谷崎潤一郎
【あらすじ】
ごく一般的なサラリーマンで君子と呼ばれる真面目な男が、カフェーの女給であった15歳のナオミと出会い、自分の妻にする。しかしナオミはやがて男が予想もしなかった女性へと変貌を遂げていく。
【感想】
譲治という男が、ナオミという女性との間柄や今まであったことについてを語っている。
性的な描写があり、男女関係の生々しさが強く感じられた。人によってかなり好みが別れると思う。大正時代の文化や夫婦のあり方などの描写があった点は、とても興味深かった。
17. 『コードネームミラージュ』 (テレビドラマ) 2017年 監督:山口雄大、辻本貴則ほか 原作:広井王子
【あらすじ】
社会に蔓延る凶悪犯罪に脅かされる国、日本。表立った諜報機関が存在しない日本において、国内外を問わず凶悪犯罪集団にとって、仕事のしやすい、ヌルい国と見透かされている。そんな状況を打破すべく、警察庁内に組織された部隊が「K13」だった。「K13」の活動はごく限られて人間たちにしか知られておらず、メンバーたちは記録上では、この世に存在しない。「コードネーム:ミラージュ」と呼ばれるトップエージェントを筆頭に、「K13」に所属するメンバーは、凶悪犯罪にあたるだけでなく、政治的・社会的に表立って解決することのできない犯罪をも、秘密裏に処理する使命を背負わされていた。一方で、アメリカの「FBI」のような警察機関の設立を目指し、日本の警察組織の徹底強化を図る「警察権拡大法案」の成立を目論む人間たち。様々な思惑が蠢く日本。やがて「K13」をも巻き込む、巨大な陰謀が明らかになっていく!
【感想】
ある大事故で記憶や感情を失い、その代わりに常人を超える戦闘能力に目覚めた主人公が、警察の特殊部隊の実働エージェントとして任務を華麗にこなしていく。
初めはミラージュの殺しがメインだが、話が進むにつれて彼が感情を取り戻していき、そのせいで葛藤が増え、仕事に影響が及ぶようになっていく様子が描かれている。
一人の人間に再び戻っていこうとするが、様々な困難に巻き込まれ苦しむミラージュを応援したくなるような話だった。感情のあり方について考えさせられると思う。
18. 『文鳥』 (小説) 1908年 著者: 夏目漱石
【あらすじ】
三重吉に勧められて、文鳥を飼うことにした主人公が最初は世話をし、文鳥の姿に様々な感慨を抱くが、小説を書くのに忙しくなって、世話を怠るようになると、「家人(うちのもの)」がかわりに世話をするようになった。主人公が気のすすまない用事で2日ほど文鳥をかまわなかった時、文鳥は死んでしまう。
【感想】
夏目漱石の短編集に入っている作品。
文鳥を飼っている身としては、鳴き声や行動などに共感しながら読んだ。
事細かに、文鳥の顔や身体の特徴、行動の様子が書いてあった。その為、文鳥が何をしている所なのかなどの想像がしやすかった。漱石の小説は描写がとても細かいイメージがある。
19. 『風都探偵』 (特撮テレビアニメ) 2022年 監督: 椛島洋介 原作: 石ノ森章太郎
【あらすじ】
風の街、風都。
かつて街を脅かした組織「ミュージアム」は、仮面ライダーたちによって壊滅へと追い込まれた。だが、組織によって大量生産された危険なアイテム「ガイアメモリ」は各所に散在。感情吹き荒ぶ風都で密かに流通し、メモリのカで怪人「ドーパント」へと変貌する者は後を絶たなかった。
やさしさ故に煮え切らない[ハーフボイルド]探偵、左翔太郎。頭脳派探偵にして彼の永遠の相棒、フィリップ。
二人が所属する鳴海探偵事務所の元には、今日も奇妙な依頼が持ち込まれる。
風の止まった街で暗躍する謎の影。そして現れた魔性の美女・ときめ。彼女との出会いが翔太郎の運命を変えていく。翔太郎&フィリップ、二人で一人の探偵で、仮面ライダーWの新たなる事件が幕を開ける。
【感想】
特撮テレビドラマ仮面ライダーWのアニメ版。テレビドラマ時よりも、何年か時が進んでると見られる。作画が綺麗で見やすく、声優さんもかなり豪華。テレビドラマ時の設定を活かしつつ、アニメでしか出せない映像表現が加えられていており、迫力があった。
また、テレビドラマ時のBGMも使われていて、懐かしさも感じる。こちらもギャグ要素がありつつ、内容がしっかりしているため飽きずに見れると思うが、少し大人向けであると感じた。
20. 『仮面ライダーW 探偵は二人で一人の仮面ライダー編』(1~18話) (特撮テレビドラマ) 2009年 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
心地よい風が吹き、行き交う人々を穏やかな気持にさせる街「風都」。この平和に見える街の裏側では、人間を怪物「ドーパント」へと変化させる魔性の小箱「ガイアメモリ」による犯罪が横行していた。
街を泣かせる悪に立ち向かうのは、風都を愛する気持ちは誰にも負けない半人前“ハーフボイルド、な探偵、左翔太郎と、その相棒である少し浮世離れした雰囲気を醸し出す魔少年、フィリップ。ふたりはドーパントたちが使用するものとは形状の違う「ガイアメモリ」2本と、ベルト状のアイテム「ダブルドライバー」を使用し、「仮面ライダーW(ダブル)」へと変身する。そして、事務所を訪れる悩める人々の依頼に対処しながら、ドーパントと戦っていた。
そんなふたりが運営する「鳴海探偵事務所」に、所長である鳴海荘吉の娘、鳴海亜櫢子が来訪。父親が留守と聞くや、翔太郎に事務所からの退去を要求する。だが、大阪から風都に来て早々ドーパントとの戦いに巻き込まれた亜劇子は、この騒動に怯むどころか、オーナー権限により事務所の所長就任を言。こうして奇妙な縁で結ばれた3人による探偵経営が始まるのだった。
【感想】
シリーズ初となる、二人で一人の仮面ライダー。探偵の左翔太郎と相棒のフィリップが二人であらゆる事件を解決していく。子供向けと思われがちな仮面ライダーだが、Wは内容がかなり複雑で難しく、大人が見ても楽しめる内容になっていると思う。二人の絆や友情、フィリップの家族関係など様々な要素が組み込まれている。面白いシーンやツッコミ所のあるシーンも多い為、飽きずに見ていられる。
21. 『仮面ライダーW 嵐を起こす不死身の男編』
(19~36話) (特撮テレビドラマ) 2009年 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
相次ぐ「ガイアメモリ」による犯罪に業を煮やした風都署は、新たにガイアメモリ犯罪専門の「超常犯罪捜査課」を設立。課長として自らを”絶対に死なない、とうそぶく男、照井竜が赴任する。「風都」に吹く風を嫌な風だと言う照井は、左翔太郎とフィリップが「仮面ライダーW(ダブル)」であることを知っており、自らも「ガイアメモリ」とベルト状のアイテム「アクセルドライバー」を使い、「仮面ライダーアクセル」へと変身し、ドーパントに立ち向かう。だが、アクセルが見せるあまりにも苛烈な戦いぶりに翔太郎は憤慨。街の人々が名付けてくれた「仮面ライダー」の名を汚す行為だとしてこれを糾弾する。
なぜ照井の心はそれほどまでに荒んでいるのか。彼がドーパントと戦う本の目的。それは家族の命を奪ったである"Wのガイアメモリ"を持つ人物を探し、自らの手で葬ることだった。翔太郎ら「鳴海探偵事務所」の面々は、憎しみに囚われた照井にも寄り添いながらも悪と戦い、これにより少しずつ照井も心を開いていくなか、ついにWのメモリを持つ男、井坂深紅郎こと「ウェザー・ドーパント」が出現する。
【感想】
翔太郎はごくごく普通の人間で、フィリップとは最強の仮面ライダーWになる事は無理だと言われていた。しかしながら、翔太郎はフィリップと共にその障害を乗り越える。不可能を可能に変えてしまう二人の絆の強さに感動した。
22. 『仮面ライダーW ミュージアムの真実編』 (37~49話) (特撮テレビドラマ) 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
Nobody's perfect=完璧な人間などいない、という亡き師匠の言葉を受けた左翔太郎は、フィリップとの絆を深め、ふたりは地球と一体化した最強のW(ダブル)「仮面ライダーW サイクロンジョーカーエクストリーム」へと進化を果たした。翔太郎とフィリップ、そして復讐心を捨てながらも井坂深紅郎の打倒を果たした「仮面ライダーアクセル」こと照井竜や、「鳴海探偵事務所」所長の鳴海亜櫢子らはさまざまな苦難を乗り越え、その関係性をより強固なものへとしていくのだった。
そんな中、フィリップの正体が、「ガイアメモリ」を街に流通させている巨悪「ミュージアム」の首魁、園兵衛の息子、園咲来人であったことが判明する。そのミュージアムもまた、琉兵衛の長女である園咲冴子の裏切りや、次女の園咲若菜の台頭、そしてミュージアムに復讐しようとする謎の淑女、シュラウドの存在で揺れていた。さらに、この混迷する状況に危機感を抱いた、ミュージアムへの出資者「財団✕」の使者が風都に来訪する。何事にも動じず、顔色ひとつ変えないという人間離れしたこの男、加頭順は、ミュージアムを追われた園咲冴子を保護。内に秘めた野望を実行しようとしていた......。
【感想】
テラーによって恐怖に支配された翔太郎に、優しくフィリップが別れを告げるシーンがとても切なかった。どんなに自分が困難な状況に陥っても、大事な相棒を見捨てず、助けに行くという翔太郎の姿勢に胸を打たれた。翔太郎とフィリップの絆がより深まったと感じられた。
23. 『花郎』 (韓国ドラマ) 2016年 演出:ユン・ソンシクほか
【あらすじ】
今から1500年前の新羅時代。賤民の村で暮らすムミョン(パク・ソジュン)は、生き別れた家族を捜したいという親友のマンムン(イ・グァンス)と共に都に潜入する。ところが、二人は禁軍に追われて深手を負い、マンムンは命を落とす。ムミョンはマンムンの本名“ソヌ”を名乗り、彼の妹であるアロ(Ara)を守るために生きようと決意する。 一方、新羅第24代王の真興(チヌン)王 (パク・ヒョンシク)は、摂政の母・只召(チソ)太后の命令で世間に顔を明かすことなく生きている。不眠に悩む真興王は、街で語り部のアロの話を聞いているうちに眠りに誘われ、彼女に興味を抱く。そんな中、只召太后は見目麗しい貴公子を集めて王の親衛隊“花郎(ファラン)”を創成すると宣言。ムミョンことソヌは親友の命を奪った者への復讐心から、真興王は母から王権を奪還すべくジディという偽名で花郎になる。それぞれの目的を果たすために花郎となったソヌとジディはぶつかり合いながらも絆を深め、成長していくが…。
【感想】
イケメンの俳優が沢山出てくる。1500年前の新羅を舞台にしており、韓国の歴史ある建築物や華やかな伝統的衣装に身を包む人達を見ることが出来る。また、当時の韓国の人々がどのような暮らしをしていたのかも知ることができる。恋愛、武術、友情、身分の格差、王権など様々な要素が詰まっており、とても面白い作品だった。
24. 『IRIS アイリス』 (韓国ドラマ) 監督: キム・ギュテ、ヤン・ユノ
【あらすじ】
特殊部隊員で親友同士であったキム・ヒョンジュン(イ・ビョンホン)とチン・サウ(チョン・ジュノ)は実は意図的に出会った国家安全局のプロファイラーであるチェ・スンヒ(キム・テヒ)に対して同時に恋心を抱くようになる。その後、国家安全局の目に留まり最高要員に任命された2人は親友同士チームワークを活かし、ハンガリーで大きな任務を遂行し成功を祝うのであった。しかし、その直後、ヒョンジュンに北朝鮮要員の暗殺という危険な任務が言い渡されてしまう。
【感想】
私が今まで見た韓国ドラマの中で一番好きな作品である。本格的なアクションシーンが多く、見ていてとてもハラハラドキドキした。
韓国だけでなく、ハンガリー、日本、北朝鮮など様々な国が撮影場所となっており、撮影に約15億円をかけるという壮大なスケールで描かれた作品。
主人公と親友が同じ人を好きになり、その事によって関係が拗れていき、最後には和解したが親友が死んでしまうシーンは心が苦しくなった。お互いの気持ちを本当は分かっていたけれど、最後になるまで分かり合えなかったのが残酷で悲しいなと思った。
恋愛要素も含むが、友情について考えさせられるような作品だと感じた。
25. 『IRIS The Last アイリス・ザ・ラスト』
(映画) 2010年 監督:キム・ギュテ、ヤン・ユノ
【あらすじ】
イ・ビョンホン主演の大ヒット韓国ドラマ「アイリス」を映画化したスパイアクション。
あらすじはテレビドラマと同じ。
【感想】
韓国ドラマIRISの映画版。
内容が少し違う。映画版なので二時間くらいに圧縮されている。正直に言うと、ドラマ版だけでいいと思った。ある登場人物の俳優さんが他作で悪役が多いからといって、あえてこのドラマでも悪役に仕立てたという印象が強く残った。
ドラマのIRISとは完全に別物であると考えてから見た方が良いと思う。
26. 『19』 (韓国短編ドラマ) 2009年 監督: チャン・ヨンウ
【あらすじ】
何も特別なところのない平凡な3人の19才。男2人と女1人はある殺人事件に巻き込まれ一緒に逃げながら味わうサスペンス、友情と愛、成長話。19というぱっとしない歳。そして世の中誰にでも(両親、友達、マスコミ、察など)信じてくれない中必死的に逃げながら経験する苦しみの中で「自分自身」という堂々した存在と「人生」という偉大さに目を開く。
【感想】
被害者を殺した犯人に間違われた、知り合いでも友達でもない性格もバラバラな3人が協力して警察から逃げる物語。
唯一の共通点は同い年であるということだけの3人が、喧嘩してぶつかり合いながらも仲直りして最終的には友達となっていく過程を見れるのが面白かった。
19歳という微妙な年齢で何もかも思い通りにいかないという境遇に共感しながら見た。同世代の人には是非見て欲しいと思う作品だ。
27. 『同窓生』 (韓国映画) 2014年 監督: パク・ホンス
【あらすじ】
父親が汚名を着せられたことで、北朝鮮の収容所に入れられた兄ミョンフンと妹ヘイン。ミョンフンはたった1人の家族であるヘインを守るため、韓国に潜伏し、暗殺指令を遂行する工作員になる道を選ぶ。身分を偽り韓国の高校に学生として潜入したミョンフンは、そこで妹と同じ名前の少女と出会い、つかの間の安らぎを得るが……。
【感想】
北朝鮮人の兄妹をテーマにしたドラマ。妹を守る為に、殺し屋になった兄の悲しい物語。
20歳にも満たない兄の残酷で悲しく報われない運命に見ていてとても心が苦しくなった。最後まで自分の命よりも妹や友達を守るという選択をした彼の有志は並大抵の人にできることでは無いと思った。
28. 『こころ』 (小説) 1914年 著者: 夏目漱石
【あらすじ】
「私」が「先生」の過去などについて、「先生」の遺書を通して知っていく物語。
【感想】
好きな人が被ってしまった事によって「先生」と「先生」の親友だったKとの関係が次第に拗れていく様子が細かく描写されている。
好きな人を取られたくないという焦燥によって結婚を急いだが、Kが自殺したことによりその罪悪感や後悔の念に悩まされる「先生」の心情を感じられる。
続きがありそうな終わり方だった為、読み終わったあとも考察が続けられるような話だと思った。
29. 『メディカルチーム・ダ・ヴィンチの診断』第五話(テレビドラマ) 2017年 監督: 星野和成、今井和久ほか
【あらすじ】
公園の展望台から飛び降りた建築士の奥山賢太郎が解析診断部に回されてくる。目撃証言から自殺と見られるが、本人はそれを否定。志帆は、奥山が朝食の左半分だけを残していることが気になり、奥山に絵を描いてもらう。すると、完成したのは右半分のみ。奥山は脳梗塞が原因で、左側半分に見えているものを認識できていなかったのだ。数日後、奥山が今度は突然、左手で周囲のものを投げ始める。自分の意思とは関係なく勝手に手が動き出す病気で、これも脳梗塞が原因だった。さらに最近、一時的にスマホの使い方が分からなくなったといい、志帆は恐らくそれも脳梗塞が原因だと考える。連続して脳梗塞が起きるのはなぜか?―解析診断部が理由を探り始めた矢先、奥山の容態が急変して…。
【感想】
的確な指示や質問を患者に対してする事で、行動の原因を突き止め、病気を導き出していく推理が面白かった。
全く関係のないと思ってしまうような患者の行動も結局は症状の原因に繋がっている事を知り、医療の世界は奥深いなと感じた。
30. 『恍惚の人』 (小説) 1972年 著者:有吉佐和子
【あらすじ】
妻を亡くし認知症になった舅の茂造と、舅の息子である信利と、その嫁である昭子を中心に、老いと認知症、介護の厳しい現実を描いた物語。
【感想】
「ケア小説」という部類を読んだのはこの作品が初めてだった。
現代の状況とこの本が出版された状況は違うが、家族が認知症になった時どのようになってしまうのか、私たち家族はどう行動するべきなのかを考えさせられる話だった。
私自身も自分の家族が認知症に限らず、病気になってしまったらどうすればいいのかと考えないといけないと思い、決してこの話が他人事では無いということを実感させられた。
【あらすじ】
時は大正、日本。炭を売る心優しき少年・炭治郎は、ある日鬼に家族を皆殺しにされてしまう。さらに唯一生き残った妹の禰豆子は鬼に変貌してしまった。絶望的な現実に打ちのめされる炭治郎だったが、妹を人間に戻し、家族を殺した鬼を討つため、“鬼狩り”の道を進む決意をする。人と鬼とが織りなす哀しき兄妹の物語が、今、始まる。
【感想】
鬼となっても大事な家族である炭治郎を守ろうとした禰豆子の姿と、どんなに過酷な訓練でも耐え凌ぎ、乗り越え妹を人間に戻すために努力を惜しまない炭治郎の姿にとても感動した。二人の兄妹としての絆がとても強い事を感じた。
2 . 『鬼滅の刃 浅草編』 (テレビアニメ) 2019年 監督:外崎春雄 原作: 吾峠呼世晴
【あらすじ】
次なる任務の舞台は東京・浅草の町。大正の華やかな都会の街並みに戸惑う炭治郎だったが、そこで鬼の匂いを嗅ぎつける。匂いを追った先で出逢ったのは鬼舞辻無惨だった。鬼舞辻を斬ろうとする炭治郎。だが、鬼舞辻は行きかう人間を鬼に変え、町を混乱に陥れる。必死に事態を収拾しようとする炭治郎の前に、 とある人物が姿を現す。
【感想】
浅草で無惨によって鬼にされてしまった男性が、人を食わないように押さえつけている炭治郎の姿を見て、もう自分と同じような苦しみを誰にも味わって欲しくないという気持ちがあったのだろうなと思った。戦った朱紗丸や矢琶羽は十二鬼月ではなかったものの、かなり強力で苦戦を強いられていた。鬼が無惨の名前を口に出すと体内にある無惨の細胞によって殺されるという点には恐怖を感じた。
3 . 『鬼滅の刃 那田蜘蛛山編』 (テレビアニメ) 2019年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
次なる目的地は北北東。炭治郎と禰豆子は、善逸や伊之助とともに那田蜘蛛山へ向かう。その山は蜘蛛の巣が張りめぐらされ、無数の蜘蛛が蠢く山だった。怯える善逸を残し、山に入った炭治郎と伊之助は、蜘蛛の糸に絡み取られた鬼殺隊員に遭遇する。
【感想】
炭治郎たちが初めて十二鬼月と戦った。下弦ではあるが十二鬼月なだけあってかなり強く、炭治郎たちも苦戦を強いられていた。累という下弦の伍の鬼の父蜘蛛や、兄蜘蛛のビジュアルがかなり気持ち悪いため、苦手な人も居るかもしれない。累の過去が明かされ、鬼となった理由、家族の絆というものにこだわる理由が明らかになった。炭治郎と禰豆子の本当の家族の愛、絆を感じた。炭治郎が累の服に手を置くシーンでは、炭治郎の心の優しさが現れているなと思った。
4 . 『鬼滅の刃 柱合会議・蝶屋敷編』 (テレビアニメ)2019年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
戦いを終えた炭治郎は、禰豆子とともに鬼殺隊本部へ連行される。
そこでは鬼殺隊の当主・産屋敷と最強の剣士・柱たちによる「柱合会議」が行われることになっていた。
鬼を庇うという鬼殺隊にあるまじき隊律違反をした炭治郎を、柱たちは糾弾する。
そして風柱・不死川実弥は、禰豆子に刀を向けた。
【感想】
もし禰豆子が人を襲った場合、鱗滝左近次や冨岡義勇が腹を切って詫びるという手紙の内容を聞いてはっとする炭治郎。この時の炭治郎は柱には鬼を連れた隊員など到底信じられないと言われていたが、それでも自分と禰豆子二人の絆を信じてくれる人がちゃんといてくれるという気持ちになったのでは無いかと思う。独りではなく、人は誰かに信じられ支えられることで生きていける存在なのだとこのシーンを見て思った。
5 . 『鬼滅の刃 無限列車編』 (映画)(テレビアニメ) 2020年、2021年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
蝶屋敷での修行を終えた炭治郎たちは、次なる任務の地、『無限列車』に到着する。そこでは、短期間のうちに四十人以上もの人が行方不明になっているという。禰豆子を連れた炭治郎と善逸、伊之助の一行は、鬼殺隊最強の剣士である『柱』のひとり、炎在の煉獄杏寿郎と合流し、闇を住く『無限列車』の中で、鬼と立ち向かうのだった。
【感想】
煉獄さんのお弁当を食べる時の「うまい!」の連呼にとてもホッコリした。
それまでのシーンとは違い、戦闘場面では雰囲気が違い格好良い煉獄さんの姿に見た人全員が惚れてしまうと思う。
「俺は俺の責務を全うする!」「心を燃やせ」という言葉が印象に残り、心に響いた。柱として最後まで正々堂々と戦い抜いた姿に感動した。私自身も今まで以上に煉獄さんのように最後まで一生懸命に物事をやり遂げたいと思った。
6 . 『鬼滅の刃 遊郭編』 (テレビアニメ) 2022年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
音柱の宇髄天元とともに任務につくことになった炭治郎、禰󠄀豆子、善逸、伊之助。向かった先は、夜に輝く街・遊郭。宇髄の三人の嫁が鬼の情報収集のために潜んでいたが、定期連絡が途絶えたという。炭治郎たちは情報を得るため、変装して店への潜入任務を行うことになるが……。
【感想】
大正時代の遊郭の華やかさや煌びやかさを感じられた。鯉夏花魁や堕姫が花魁に扮している姿はとても美しい。
炭治郎たちにとって初めて上弦の鬼と戦うことになったが、二人で一つの鬼で中々倒すのに苦労していた。
妓夫太郎のたった一人の妹を思いやり、わざと別々の道を行こうとした時、堕姫の「私は何回生まれ変わってもお兄ちゃんの妹になる」という言葉に兄妹愛を感じ、泣いてしまった。鬼滅の刃は、味方だけでなく鬼にも同情したり共感したりできるような設定が多いなと思う。こういう要素も、鬼滅の刃に人気がある理由なのかなと思った。
7. 『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』(テレビアニメ) 2023年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
炭治郎たちと宇髄の活躍により、百年ぶりに上弦の鬼が倒された。その事実は鬼殺隊のみならず、鬼舞辻無惨の元に呼び出された上弦の鬼たちにも波紋を呼んでいた。一方、蝶屋敷で療養生活を送る炭治郎だったが、刃毀れが原因で刀鍛冶・鋼鐵塚を怒らせてしまったことを知り、直接会って話すため刀鍛冶たちの暮らす里へ向かうことに……。
【感想】
上弦の鬼が集結し、無惨が登場したシーンはとても緊張感があった。
時透無一郎、甘露寺蜜璃、不死川玄弥の過去が明かされ、それぞれのキャラクターがどんな思いで鬼殺隊に入ったのかを知った。
炭治郎の「人にすることは巡り巡って自分のためにもなる」という言葉を聞いて、私自身これからもっと人の為に自分が出来る事を精一杯していけたらいいなと思った。
8. 『鬼滅の刃 柱稽古編』(テレビアニメ) 2024年 監督: 外崎春雄 原作: 吾峠呼世晴
【あらすじ】
山の上に建つ廃城へ任務に向かう柱の実弥と伊黒たち。一方、その頃炭治郎は蝶屋敷で刀鍛冶の里で受けた傷を癒していた。そんななか、産屋敷邸に柱たちが集まり、柱合会議が開かれる。無一郎から語られる痣の発現方法とは…。鬼殺隊全体の底上げの為、柱稽古が始まる。
【感想】
いつものシリーズとは違い、闘いの描写は少なかった。むしろ笑えるシーンが多く、見ていてひたすらに面白く楽しかった。弱気になる隊士や、脱落していく隊士たちに炭治郎がかけた言葉がとても印象的で、見ている自分も勇気づけられた。炭治郎の言葉はいつも人の心を動かす力があるなと思う。しかしながら、今作の最終話は、色々と衝撃的だった。ここから映画の三部作にどう繋がっていくのかが楽しみだ。
9. 『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 (アニメ映画) 2025年 監督: 外崎春雄 原作:吾峠呼世晴
【あらすじ】
来たる鬼との決戦に備えて、隊士たちと共に《柱》による合同強化訓練《柱稽古》に挑んでいる最中、《鬼殺隊》の本部である産屋敷邸に現れた鬼舞辻󠄀無惨。お館様の危機に駆けつけた《柱》たちと炭治郎であったが、 無惨の手によって謎の空間へと落とされてしまう。
炭治郎たちが落下した先、それは鬼の根城《無限城》。”鬼殺隊”と”鬼”の最終決戦の火蓋が切って落とされる。
【感想】
初めて鬼滅の刃を映画館で鑑賞した。映画ならではの音響やスクリーンの大きさにより、テレビで見るよりも映像にかなり迫力を感じた。
大切な人がいつもと同じように自分の近くで、隣で生きている事が当たり前ではないということを気付かされた。当たり前を当たり前と思わずに、日々をかけがえのないものと考え大切に生きていこうと思った。
印象深かったのは、猗窩座の場面。人間時代に犯した過ち、その後に出会った愛する人たちを守れなかったという辛い過去に涙が止まらなかった。だからといって鬼となり人間を虐殺していいのかといえばそれは違う。ではあの時猗窩座はどうすれば良かったのかなどと、見終わった後も非常に考えさせられる作品だった。
10. 『東京リベンジャーズ 天竺編』 (テレビアニメ) 2023年 監督: 初見浩一 原作:和久井健
【あらすじ】
変わり果てた東京卍會を救うため、 12年前にタイムリープして黒龍との 聖夜決戦を勝利に導いた花垣武道(タケミチ)。 裏切り者の稀咲鉄太を除名することにも成功したが、 なぜか現代の状況は悪化する一方だった。
決意を新たに再びタイムリープしたある日、 東京卍會は天竺と名乗るチームの襲撃を受けてしまう。 混乱するタケミチの前に現れたのは、 天竺の特攻服を纏った稀咲だった。
東卍史上最大にして“最後”の抗争に向けて、 人生のリベンジは続く!
【感想】
主人公の武道がタイムリープし、かつての恋人を救う為に過去を変えようとする話。次第に東京卍會の総長マイキーを助けるという目的も加わってくる。
武道は喧嘩が弱く、いつもやられてばかりだが、自分の大切な人の為に全力を尽くし、自分がたとえ不利な状況だったとしても決して諦めないという強い意志を持っているなと感じる。武道のその様な粘り強い性格を見習い、私も何事にも諦めずに最後までやり遂げたいと思った。
11. 『僕のヒーローアカデミア』 第一話 (テレビアニメ) 2016年 監督: 長崎健司 原作:堀越耕平
【あらすじ】
総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持ち、その“個性”によって社会を守る“ヒーロー”という存在が確立された世界。緑谷出久はヒーローになることを夢見て、多くのヒーローを輩出する名門・雄英高校ヒーロー科入学を目指していた。しかし、彼は何の“個性”も持たない“無個性”。現実の厳しさ、不平等さを痛感する日々を過ごしていた。そんなある日、出久は強盗をして逃亡中だった敵(ヴィラン)に襲われてしまう。そこに現れたのは、人気・実力共にNo.1のヒーローだった。
【感想】
総人口の八割が何らかの個性を持っている時代に、主人公は無個性で第一話の段階でかなり苦しんでいた。
クラスメイトから馬鹿にされ、心無い事を言われ心が折れそうになっていた主人公だが、周りが言うことなんか関係ない!と持ち直そうとしているところが、自分の心に染みた。自分も周りからの評価で諦めそうになった事があるが、やってみなければ本当にどうなるか分からないし自分を信じて頑張ろうと思えた。
一話のみしか見れなかったが、内容が面白かったので続きが配信されたら是非見たいと思う。
12. 『幸せカナコの殺し屋生活』 第一話 (ドラマ) 2025年 監督: 英勉 原作: 若林稔弥
【あらすじ】
主人公カナコは、ブラック企業を辞め、急いで面接した企業はまさかの殺し屋。だが、超ホワイト待遇だったため思わず入社を決意。
人を殺すなんて出来る訳ないと思っていたが、まさかの才能が開花し、殺し屋としての生活が始まった。
基本「殺すぞ」しか言わない相棒の桜井と共に次々とターゲットを抹殺するカナコ。
順風満帆な殺し屋生活を送るカナコの前に、突然刑事が現れ…。
果たしてカナコは殺し屋として一人前になれるのか!?
【感想】
DMM TVでしか見れなかったので、無料配信されていた1話を見た。
殺し屋というブラックなイメージなのに、ホワイト企業という真逆さが面白い。
カナコは普段はふわふわしていて、私に殺しなんてできない、と言いながらも悪い奴は絶対に許さず、任務を遂行する時は別人が憑依したかのように変化するのがとても格好良かった。途中から出てくる桜井先輩も一見怖そうではるが、意外にカナコを評価したりと優しい一面もあり、そのギャップが良いなと感じた。
13. 『潜入兄妹 』(テレビドラマ) 2024年 監督: 大谷太郎
【あらすじ】
日本最大級の詐欺集団“幻獣”。立ち向かうのは、父を殺した犯人に復讐を誓う兄妹。身分を隠して潜入し、犯罪組織を内側から壊滅せよ。バレたら一発、即ジ・エンド。
【感想】
父親を殺された兄妹が詐欺組織に潜入し、父親を殺した犯人を探す物語。
どの俳優さんも演技がとても上手で、見ている側も共に緊張した。
兄の貴一がとにかく妹の結貴思いで、人質に取られた妹を何があっても絶対に助けるという強い思いを感じた。また、兄を信じるという結貴の言葉から、兄妹の絆が強いことも伝わってきた。幻獣の一員である青龍の放つ殺気には、威圧感があり、背筋が凍るような恐怖を感じた。
14. 『まほろ駅前多田便利軒』 (小説) 2006年 著者:三浦しをん
【あらすじ】
東京郊外の地方都市“まほろ市“で便利屋を営むバツイチ男・多田のもとに、ある年の正月、高校の同級生・行天が転がり込んでくる。多田の手伝いをするのを条件に行天は彼の家に住み着き始めるが、そんなふたりの店には曲者の依頼人が次々と訪れるのだった。
【感想】
性格や考え方が全然違う二人だが、この二人によって様々な問題が何やかんやで丸く収まり解決されていくのがとても面白かった。
映画の俳優さんと、小説で読んだ登場人物のイメージが凄く合っているなと感じた。
この作品を読んで自分自身も家族との関係について考えさせられた。
15. 『走れメロス』 (小説) 1940年 著者: 太宰治
【あらすじ】
暴君に捕まった主人公メロスが友人を人質にして村に戻り、妹の結婚式を挙げさせ、約束を守って戻る物語。
【感想】
川が氾濫し、山賊にも襲われ精神的にも肉体的にもかなりボロボロになり心が折れ、諦めようとしても、それでも何とか人質となった友人の為に走り続けるメロスに感銘を受けた。そのまま諦めるのではなく、自分の体に鞭を打って再び走り出すのはそう簡単なことでは無いと思った。最後に、メロスとセリヌンティウスがお互いを途中で信じられなくなったことを謝り、殴り和解した所で二人の友情が以前よりも深まった事を感じた。
16. 『痴人の愛』 (小説) 1925年 著者: 谷崎潤一郎
【あらすじ】
ごく一般的なサラリーマンで君子と呼ばれる真面目な男が、カフェーの女給であった15歳のナオミと出会い、自分の妻にする。しかしナオミはやがて男が予想もしなかった女性へと変貌を遂げていく。
【感想】
譲治という男が、ナオミという女性との間柄や今まであったことについてを語っている。
性的な描写があり、男女関係の生々しさが強く感じられた。人によってかなり好みが別れると思う。大正時代の文化や夫婦のあり方などの描写があった点は、とても興味深かった。
17. 『コードネームミラージュ』 (テレビドラマ) 2017年 監督:山口雄大、辻本貴則ほか 原作:広井王子
【あらすじ】
社会に蔓延る凶悪犯罪に脅かされる国、日本。表立った諜報機関が存在しない日本において、国内外を問わず凶悪犯罪集団にとって、仕事のしやすい、ヌルい国と見透かされている。そんな状況を打破すべく、警察庁内に組織された部隊が「K13」だった。「K13」の活動はごく限られて人間たちにしか知られておらず、メンバーたちは記録上では、この世に存在しない。「コードネーム:ミラージュ」と呼ばれるトップエージェントを筆頭に、「K13」に所属するメンバーは、凶悪犯罪にあたるだけでなく、政治的・社会的に表立って解決することのできない犯罪をも、秘密裏に処理する使命を背負わされていた。一方で、アメリカの「FBI」のような警察機関の設立を目指し、日本の警察組織の徹底強化を図る「警察権拡大法案」の成立を目論む人間たち。様々な思惑が蠢く日本。やがて「K13」をも巻き込む、巨大な陰謀が明らかになっていく!
【感想】
ある大事故で記憶や感情を失い、その代わりに常人を超える戦闘能力に目覚めた主人公が、警察の特殊部隊の実働エージェントとして任務を華麗にこなしていく。
初めはミラージュの殺しがメインだが、話が進むにつれて彼が感情を取り戻していき、そのせいで葛藤が増え、仕事に影響が及ぶようになっていく様子が描かれている。
一人の人間に再び戻っていこうとするが、様々な困難に巻き込まれ苦しむミラージュを応援したくなるような話だった。感情のあり方について考えさせられると思う。
18. 『文鳥』 (小説) 1908年 著者: 夏目漱石
【あらすじ】
三重吉に勧められて、文鳥を飼うことにした主人公が最初は世話をし、文鳥の姿に様々な感慨を抱くが、小説を書くのに忙しくなって、世話を怠るようになると、「家人(うちのもの)」がかわりに世話をするようになった。主人公が気のすすまない用事で2日ほど文鳥をかまわなかった時、文鳥は死んでしまう。
【感想】
夏目漱石の短編集に入っている作品。
文鳥を飼っている身としては、鳴き声や行動などに共感しながら読んだ。
事細かに、文鳥の顔や身体の特徴、行動の様子が書いてあった。その為、文鳥が何をしている所なのかなどの想像がしやすかった。漱石の小説は描写がとても細かいイメージがある。
19. 『風都探偵』 (特撮テレビアニメ) 2022年 監督: 椛島洋介 原作: 石ノ森章太郎
【あらすじ】
風の街、風都。
かつて街を脅かした組織「ミュージアム」は、仮面ライダーたちによって壊滅へと追い込まれた。だが、組織によって大量生産された危険なアイテム「ガイアメモリ」は各所に散在。感情吹き荒ぶ風都で密かに流通し、メモリのカで怪人「ドーパント」へと変貌する者は後を絶たなかった。
やさしさ故に煮え切らない[ハーフボイルド]探偵、左翔太郎。頭脳派探偵にして彼の永遠の相棒、フィリップ。
二人が所属する鳴海探偵事務所の元には、今日も奇妙な依頼が持ち込まれる。
風の止まった街で暗躍する謎の影。そして現れた魔性の美女・ときめ。彼女との出会いが翔太郎の運命を変えていく。翔太郎&フィリップ、二人で一人の探偵で、仮面ライダーWの新たなる事件が幕を開ける。
【感想】
特撮テレビドラマ仮面ライダーWのアニメ版。テレビドラマ時よりも、何年か時が進んでると見られる。作画が綺麗で見やすく、声優さんもかなり豪華。テレビドラマ時の設定を活かしつつ、アニメでしか出せない映像表現が加えられていており、迫力があった。
また、テレビドラマ時のBGMも使われていて、懐かしさも感じる。こちらもギャグ要素がありつつ、内容がしっかりしているため飽きずに見れると思うが、少し大人向けであると感じた。
20. 『仮面ライダーW 探偵は二人で一人の仮面ライダー編』(1~18話) (特撮テレビドラマ) 2009年 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
心地よい風が吹き、行き交う人々を穏やかな気持にさせる街「風都」。この平和に見える街の裏側では、人間を怪物「ドーパント」へと変化させる魔性の小箱「ガイアメモリ」による犯罪が横行していた。
街を泣かせる悪に立ち向かうのは、風都を愛する気持ちは誰にも負けない半人前“ハーフボイルド、な探偵、左翔太郎と、その相棒である少し浮世離れした雰囲気を醸し出す魔少年、フィリップ。ふたりはドーパントたちが使用するものとは形状の違う「ガイアメモリ」2本と、ベルト状のアイテム「ダブルドライバー」を使用し、「仮面ライダーW(ダブル)」へと変身する。そして、事務所を訪れる悩める人々の依頼に対処しながら、ドーパントと戦っていた。
そんなふたりが運営する「鳴海探偵事務所」に、所長である鳴海荘吉の娘、鳴海亜櫢子が来訪。父親が留守と聞くや、翔太郎に事務所からの退去を要求する。だが、大阪から風都に来て早々ドーパントとの戦いに巻き込まれた亜劇子は、この騒動に怯むどころか、オーナー権限により事務所の所長就任を言。こうして奇妙な縁で結ばれた3人による探偵経営が始まるのだった。
【感想】
シリーズ初となる、二人で一人の仮面ライダー。探偵の左翔太郎と相棒のフィリップが二人であらゆる事件を解決していく。子供向けと思われがちな仮面ライダーだが、Wは内容がかなり複雑で難しく、大人が見ても楽しめる内容になっていると思う。二人の絆や友情、フィリップの家族関係など様々な要素が組み込まれている。面白いシーンやツッコミ所のあるシーンも多い為、飽きずに見ていられる。
21. 『仮面ライダーW 嵐を起こす不死身の男編』
(19~36話) (特撮テレビドラマ) 2009年 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
相次ぐ「ガイアメモリ」による犯罪に業を煮やした風都署は、新たにガイアメモリ犯罪専門の「超常犯罪捜査課」を設立。課長として自らを”絶対に死なない、とうそぶく男、照井竜が赴任する。「風都」に吹く風を嫌な風だと言う照井は、左翔太郎とフィリップが「仮面ライダーW(ダブル)」であることを知っており、自らも「ガイアメモリ」とベルト状のアイテム「アクセルドライバー」を使い、「仮面ライダーアクセル」へと変身し、ドーパントに立ち向かう。だが、アクセルが見せるあまりにも苛烈な戦いぶりに翔太郎は憤慨。街の人々が名付けてくれた「仮面ライダー」の名を汚す行為だとしてこれを糾弾する。
なぜ照井の心はそれほどまでに荒んでいるのか。彼がドーパントと戦う本の目的。それは家族の命を奪ったである"Wのガイアメモリ"を持つ人物を探し、自らの手で葬ることだった。翔太郎ら「鳴海探偵事務所」の面々は、憎しみに囚われた照井にも寄り添いながらも悪と戦い、これにより少しずつ照井も心を開いていくなか、ついにWのメモリを持つ男、井坂深紅郎こと「ウェザー・ドーパント」が出現する。
【感想】
翔太郎はごくごく普通の人間で、フィリップとは最強の仮面ライダーWになる事は無理だと言われていた。しかしながら、翔太郎はフィリップと共にその障害を乗り越える。不可能を可能に変えてしまう二人の絆の強さに感動した。
22. 『仮面ライダーW ミュージアムの真実編』 (37~49話) (特撮テレビドラマ) 監督:田崎竜太 原作:石ノ森章太郎
【あらすじ】
Nobody's perfect=完璧な人間などいない、という亡き師匠の言葉を受けた左翔太郎は、フィリップとの絆を深め、ふたりは地球と一体化した最強のW(ダブル)「仮面ライダーW サイクロンジョーカーエクストリーム」へと進化を果たした。翔太郎とフィリップ、そして復讐心を捨てながらも井坂深紅郎の打倒を果たした「仮面ライダーアクセル」こと照井竜や、「鳴海探偵事務所」所長の鳴海亜櫢子らはさまざまな苦難を乗り越え、その関係性をより強固なものへとしていくのだった。
そんな中、フィリップの正体が、「ガイアメモリ」を街に流通させている巨悪「ミュージアム」の首魁、園兵衛の息子、園咲来人であったことが判明する。そのミュージアムもまた、琉兵衛の長女である園咲冴子の裏切りや、次女の園咲若菜の台頭、そしてミュージアムに復讐しようとする謎の淑女、シュラウドの存在で揺れていた。さらに、この混迷する状況に危機感を抱いた、ミュージアムへの出資者「財団✕」の使者が風都に来訪する。何事にも動じず、顔色ひとつ変えないという人間離れしたこの男、加頭順は、ミュージアムを追われた園咲冴子を保護。内に秘めた野望を実行しようとしていた......。
【感想】
テラーによって恐怖に支配された翔太郎に、優しくフィリップが別れを告げるシーンがとても切なかった。どんなに自分が困難な状況に陥っても、大事な相棒を見捨てず、助けに行くという翔太郎の姿勢に胸を打たれた。翔太郎とフィリップの絆がより深まったと感じられた。
23. 『花郎』 (韓国ドラマ) 2016年 演出:ユン・ソンシクほか
【あらすじ】
今から1500年前の新羅時代。賤民の村で暮らすムミョン(パク・ソジュン)は、生き別れた家族を捜したいという親友のマンムン(イ・グァンス)と共に都に潜入する。ところが、二人は禁軍に追われて深手を負い、マンムンは命を落とす。ムミョンはマンムンの本名“ソヌ”を名乗り、彼の妹であるアロ(Ara)を守るために生きようと決意する。 一方、新羅第24代王の真興(チヌン)王 (パク・ヒョンシク)は、摂政の母・只召(チソ)太后の命令で世間に顔を明かすことなく生きている。不眠に悩む真興王は、街で語り部のアロの話を聞いているうちに眠りに誘われ、彼女に興味を抱く。そんな中、只召太后は見目麗しい貴公子を集めて王の親衛隊“花郎(ファラン)”を創成すると宣言。ムミョンことソヌは親友の命を奪った者への復讐心から、真興王は母から王権を奪還すべくジディという偽名で花郎になる。それぞれの目的を果たすために花郎となったソヌとジディはぶつかり合いながらも絆を深め、成長していくが…。
【感想】
イケメンの俳優が沢山出てくる。1500年前の新羅を舞台にしており、韓国の歴史ある建築物や華やかな伝統的衣装に身を包む人達を見ることが出来る。また、当時の韓国の人々がどのような暮らしをしていたのかも知ることができる。恋愛、武術、友情、身分の格差、王権など様々な要素が詰まっており、とても面白い作品だった。
24. 『IRIS アイリス』 (韓国ドラマ) 監督: キム・ギュテ、ヤン・ユノ
【あらすじ】
特殊部隊員で親友同士であったキム・ヒョンジュン(イ・ビョンホン)とチン・サウ(チョン・ジュノ)は実は意図的に出会った国家安全局のプロファイラーであるチェ・スンヒ(キム・テヒ)に対して同時に恋心を抱くようになる。その後、国家安全局の目に留まり最高要員に任命された2人は親友同士チームワークを活かし、ハンガリーで大きな任務を遂行し成功を祝うのであった。しかし、その直後、ヒョンジュンに北朝鮮要員の暗殺という危険な任務が言い渡されてしまう。
【感想】
私が今まで見た韓国ドラマの中で一番好きな作品である。本格的なアクションシーンが多く、見ていてとてもハラハラドキドキした。
韓国だけでなく、ハンガリー、日本、北朝鮮など様々な国が撮影場所となっており、撮影に約15億円をかけるという壮大なスケールで描かれた作品。
主人公と親友が同じ人を好きになり、その事によって関係が拗れていき、最後には和解したが親友が死んでしまうシーンは心が苦しくなった。お互いの気持ちを本当は分かっていたけれど、最後になるまで分かり合えなかったのが残酷で悲しいなと思った。
恋愛要素も含むが、友情について考えさせられるような作品だと感じた。
25. 『IRIS The Last アイリス・ザ・ラスト』
(映画) 2010年 監督:キム・ギュテ、ヤン・ユノ
【あらすじ】
イ・ビョンホン主演の大ヒット韓国ドラマ「アイリス」を映画化したスパイアクション。
あらすじはテレビドラマと同じ。
【感想】
韓国ドラマIRISの映画版。
内容が少し違う。映画版なので二時間くらいに圧縮されている。正直に言うと、ドラマ版だけでいいと思った。ある登場人物の俳優さんが他作で悪役が多いからといって、あえてこのドラマでも悪役に仕立てたという印象が強く残った。
ドラマのIRISとは完全に別物であると考えてから見た方が良いと思う。
26. 『19』 (韓国短編ドラマ) 2009年 監督: チャン・ヨンウ
【あらすじ】
何も特別なところのない平凡な3人の19才。男2人と女1人はある殺人事件に巻き込まれ一緒に逃げながら味わうサスペンス、友情と愛、成長話。19というぱっとしない歳。そして世の中誰にでも(両親、友達、マスコミ、察など)信じてくれない中必死的に逃げながら経験する苦しみの中で「自分自身」という堂々した存在と「人生」という偉大さに目を開く。
【感想】
被害者を殺した犯人に間違われた、知り合いでも友達でもない性格もバラバラな3人が協力して警察から逃げる物語。
唯一の共通点は同い年であるということだけの3人が、喧嘩してぶつかり合いながらも仲直りして最終的には友達となっていく過程を見れるのが面白かった。
19歳という微妙な年齢で何もかも思い通りにいかないという境遇に共感しながら見た。同世代の人には是非見て欲しいと思う作品だ。
27. 『同窓生』 (韓国映画) 2014年 監督: パク・ホンス
【あらすじ】
父親が汚名を着せられたことで、北朝鮮の収容所に入れられた兄ミョンフンと妹ヘイン。ミョンフンはたった1人の家族であるヘインを守るため、韓国に潜伏し、暗殺指令を遂行する工作員になる道を選ぶ。身分を偽り韓国の高校に学生として潜入したミョンフンは、そこで妹と同じ名前の少女と出会い、つかの間の安らぎを得るが……。
【感想】
北朝鮮人の兄妹をテーマにしたドラマ。妹を守る為に、殺し屋になった兄の悲しい物語。
20歳にも満たない兄の残酷で悲しく報われない運命に見ていてとても心が苦しくなった。最後まで自分の命よりも妹や友達を守るという選択をした彼の有志は並大抵の人にできることでは無いと思った。
28. 『こころ』 (小説) 1914年 著者: 夏目漱石
【あらすじ】
「私」が「先生」の過去などについて、「先生」の遺書を通して知っていく物語。
【感想】
好きな人が被ってしまった事によって「先生」と「先生」の親友だったKとの関係が次第に拗れていく様子が細かく描写されている。
好きな人を取られたくないという焦燥によって結婚を急いだが、Kが自殺したことによりその罪悪感や後悔の念に悩まされる「先生」の心情を感じられる。
続きがありそうな終わり方だった為、読み終わったあとも考察が続けられるような話だと思った。
29. 『メディカルチーム・ダ・ヴィンチの診断』第五話(テレビドラマ) 2017年 監督: 星野和成、今井和久ほか
【あらすじ】
公園の展望台から飛び降りた建築士の奥山賢太郎が解析診断部に回されてくる。目撃証言から自殺と見られるが、本人はそれを否定。志帆は、奥山が朝食の左半分だけを残していることが気になり、奥山に絵を描いてもらう。すると、完成したのは右半分のみ。奥山は脳梗塞が原因で、左側半分に見えているものを認識できていなかったのだ。数日後、奥山が今度は突然、左手で周囲のものを投げ始める。自分の意思とは関係なく勝手に手が動き出す病気で、これも脳梗塞が原因だった。さらに最近、一時的にスマホの使い方が分からなくなったといい、志帆は恐らくそれも脳梗塞が原因だと考える。連続して脳梗塞が起きるのはなぜか?―解析診断部が理由を探り始めた矢先、奥山の容態が急変して…。
【感想】
的確な指示や質問を患者に対してする事で、行動の原因を突き止め、病気を導き出していく推理が面白かった。
全く関係のないと思ってしまうような患者の行動も結局は症状の原因に繋がっている事を知り、医療の世界は奥深いなと感じた。
30. 『恍惚の人』 (小説) 1972年 著者:有吉佐和子
【あらすじ】
妻を亡くし認知症になった舅の茂造と、舅の息子である信利と、その嫁である昭子を中心に、老いと認知症、介護の厳しい現実を描いた物語。
【感想】
「ケア小説」という部類を読んだのはこの作品が初めてだった。
現代の状況とこの本が出版された状況は違うが、家族が認知症になった時どのようになってしまうのか、私たち家族はどう行動するべきなのかを考えさせられる話だった。
私自身も自分の家族が認知症に限らず、病気になってしまったらどうすればいいのかと考えないといけないと思い、決してこの話が他人事では無いということを実感させられた。
2年 佐々
RES
1.「国宝」 映画 吉田修一原作
<あらすじ>
任侠一家に生まれた喜久雄。15歳の時に抗争で父を亡くした彼は、その才能を見抜いた歌舞伎当主の花井半二郎に引き取られる。半二郎の跡取り息子である俊介と兄弟のように育てられ、ライバルとして互いに高め合いながら芸に青春を捧げていく喜久雄。ある日、半二郎は事故で入院することとなり、舞台の代役に息子の俊介ではなく喜久雄を指名する。
<感想>
3時間という長さを忘れる程、とても濃い充実した内容だった。繊細な感情の機微をしっかりと表現している吉沢亮と横浜流星の演技力の高さにも驚いた。「血か、芸か」というテーマで描かれたこの作品は、結局どちらだ、という結果に終わるのではなく、大きな代償を払った上で、それが与えてくれたものは何なのかを視聴者に考えさせる内容になっていたように思う。主題歌の「Luminance」も「特定の方向へ放射される光の輝きの強さ」を表す英単語であり、歌詞も含めて、喜久雄が最後に探していた景色と重なっていると感じた。
2.「ファーストキス 1ST KISS」映画 坂元裕二脚本
<あらすじ>
結婚して15年になるカンナは、ある日、夫の駈を事故で失ってしまう。いつしか夫婦生活はすれ違っていて、離婚話も出ていたが、思ってもいなかった別れ。しかしひょんなことから、彼と出会った15年前の夏にタイムトラベルしてしまったカンナは、若き日の駈を見て思う。やっぱりわたしはこの人が好きだ。まだ夫にはなっていない駈と出会い、カンナは再び恋に落ちる。時間を行き来しながら、20代の駈と気持ちを重ね合わせていく40代のカンナ。事故死してしまう彼の未来を変えたい。過去が変われば未来も書き換えられることを知ったカンナは、思い至る。駈への想いとともに、行き着いた答え。わたしたちは出会わない。結婚しない。たとえ、もう二度と会えなくてもーー 。
<感想>
ウィットに富んだ会話劇が印象的な映画だった。シリアスな展開でありながらも、それを途中で忘れてしまうくらいコミカルな演出がとても良かった。何度過去に戻っても避けられない駈の死により、「未来は変えられる」という言葉が、結果ではなく過程を意味することに気付かされる。「いってらっしゃい」という何気ない挨拶に込められた愛情と後悔が日常の尊さを呼びかけていると感じた。3年待ちの餃子や縞々の靴下など、細部に散りばめられた伏線が物語に深みを出しており、とても余韻が残る作品だった。
3.「蛇にピアス」映画 金原ひとみ原作
<あらすじ>
日常に現実感を持てず苛立ちを覚えていた19歳のルイ。ある日、彼女は渋谷で顔中にピアスを施し、蛇のように割れた舌を持つアマと出会う。そして、その男とつき合いながら、彼の紹介で知り合った彫師シバとも関係を持つ。やがて彼女も体にピアスや刺青を施し、その痛みと快楽に身をゆだねていく。
<感想>
この作品は痛みと快楽、孤独と依存が交錯する若者のアイデンティティ模索を描いたものだと感じた。主人公ルイは、身体改造を通じて「生きている実感」を得ようとするが、その行為は自己肯定ではなく、空虚さの埋め合わせに近い印象を持った。スプリットタンや刺青は、彼女の内面の混乱と再生への欲望を象徴するものあり、アマとシバという対照的な男性との関係は、愛というよりも共依存の構造を浮き彫りにしていた。アマの死後、ルイが麒麟の瞳を彫り込む場面は、彼女が過去と向き合い、痛みを受け入れた証とも読むことができると思った。ラストの渋谷での佇まいは、再び孤独に戻った彼女の「独り立ち」なのか、それとも終わりなき自己探求の始まりなのか。それらを視聴者に考えさせる、繊細さと暴力性が両立した作品だと思った。
4.「Nのために」ドラマ 湊かなえ原作
<あらすじ>
セレブ殺害夫婦事件に居合わせた4人は警察から事情聴取を受けるが、裏付けも取れており、何も疑うところがなかった。しかし、それは全ては自分の大事な人の為に口裏を合わせて供述したのだ。この事件の真相は、そして、4人は誰の為に嘘をついたのか。
<感想>
ドラマ『Nのために』は、湊かなえ原作の心理ミステリーでありながら、究極の純愛を描いた作品だと感じた。登場人物それぞれが「N」のイニシャルを持ち、“誰かのために”という思いから罪や嘘を背負う姿は、愛の形の多様性と人間の弱さを浮き彫りにしていると思った。特に杉下希美と成瀬慎司の関係は、言葉にしない深い絆が胸を打ち、恋愛ではない、愛の形を感じることが出来た。事件の真相が明かされる過程で、視聴者は「誰のために生きるのか」という問いを自分自身にも向けることになる、そんな影響力を持った作品だと思った。
5.「新世界より」アニメ 貴志祐介原作
<あらすじ>
舞台は1000年後の日本。人類は「呪力」と呼ばれる超能力を身に付けており、主人公の渡辺早季は自然豊かな「神栖66町」で平和に暮らしていた。
しかし、あるときバケネズミとの戦争がはじまり、呪力を手にした人間を相手にバケネズミは徹底した戦略と頭脳戦で立ち向かってくる。「悪鬼」と呼ばれる最強の切り札まで手に入れたバケネズミを相手に最後まで早季たちは諦めずに戦う。
しかし、信じられない過去の歴史を知ってしまった早季は果たして…1000年前の文明がなぜ崩壊したのか、そして現在に至るまでの歴史を知った早季による手記を元に物語は紡がれていく。
<感想>
25話というやや長めの作品だが、見ていくうちにどんどん引き込まれていき、最後の5話くらいからの展開は目を見張る物があった。主人公達が成長していくにつれ、社会の闇が明らかになり、理想的に見えた世界が徐々に崩れていく。バケネズミとの対立や“悪鬼”の存在は、人間の本質や差別、支配の構造を鋭く問いかけていると思った。呪力=想像力という設定も印象的で、想像する力が生きる術であることを教えてくれる。正義とは何か、秩序とは何か、それらを深く考えさせられる哲学的な要素も含んだ作品だと思う。
6.「カラオケ行こ!」漫画 和山やま
<あらすじ>
合唱部の部長・岡 聡実は、 突如現れたヤクザ・成田狂児から声をかけられる――「カラオケ行こ!」。 彼の組では恒例のカラオケ大会があり、 そこで歌ヘタ王になると組長に微妙な刺青を入れられる掟があった。 狂児に歌唱指導を頼まれ、仕方なく練習に付き合わされる聡実 。 カラオケで繋がった二人の奇妙な関係の行方は_?
<感想>
ヤクザと中学生という絶対交わらなそうな2人不思議な縁で繋がるという設定がまず面白いなと思った。淡々としているようでいて、急に腹がよじれる程笑ってしまう描写がさっと入ってくるのが読んでいてとても楽しい。中学生の岡聡実は、大人しくて真面目そうな見た目とは裏腹にキレのあるツッコミや毒舌がとてもいいキャラだなと思った。ヤクザの成田狂児は、ヤクザとは思えない気安さと人懐っこさがありつつも、それらを瞬時に無くす圧があったり、かと思えば常識人のように岡聡実に注意したりとちぐはぐな人柄が見ていて引き込まれる。実際に映画化もされているが、1冊で映画を見終わったような充実感がある作品だと思った。
7.「死役所」 漫画 あずみきし
<あらすじ>
死んだらたどり着いている、市役所ならぬ「死役所」。ここには、自殺、他殺、病死、事故死、寿命、死産までありとあらゆる人が訪れ、死後に自分の死の手続きをする場所である。死役所職員は全員同じ理由で死亡しており、なぜ死後職員として働くことになったのか、そもそも死役所の存在理由とは…死役所を訪れる人や職員が死んでなお「自分の人生はなんだったのか」と考える物語。
<感想>
この作品は、死後の世界で死者が手続きを行う“死役所”を舞台に、様々な人生と死の形を描く社会派ヒューマンドラマである。一話完結のオムニバス形式で、自殺、事故死、他殺など多様な死因を持つ人々が登場し、それぞれの背景にある苦悩や希望が丁寧に描かれている。死者を“お客様”と呼び、淡々と対応する職員たちの姿勢は、命の尊厳を静かに語りかける。中でも、主人公・シ村の過去にまつわる物語は、冤罪によって家族を失った悲劇と、彼がなぜ死役所で働いているのかという謎が絡み合い、物語に深みを与えている。死を通して生の意味を問いかける構成は、重くもありながら温かさも感じさせ、読む者に「どう生きるか」「人はなぜ死ぬのか」といった根源的な問いを投げかけているように感じる。人の数だけ人生があって、死に至るまでが存在する。その当たり前の事実を丁寧に追いかけることが出来る作品だと思った。
8.「BEASTARS」漫画 板垣巴留
<あらすじ>
肉食獣と草食獣が共存する世界。食肉が重罪とされる中、名門校チェリートン学園で、演劇部の生徒が殺される食殺事件が起きる。犯人は見つからず、不安に揺れる。生徒たち、そんな中演劇部では、死んだ生徒の代役をめぐって、諍いが起きる時期、ビースター候補と細やかれ、演劇部のカリスマ的存在である、アカシカのルイに逆恨みをした肉食獣の部員が襲いかかったのだ。それを庇ったのはハイイロオオカミのレゴシ。彼はウサギのハルに恋に落ちてしまう。オスとメス、肉食獣と草食獣。それぞれの痛み、そして強さや弱さに直面しながらレゴシの青春が始まる。
<感想>
主人公レゴシは、肉食獣としての本能と理性の狭間で揺れながら、ウサギのハルへの恋心を通じて「自分とは何か」を模索していく。その姿は、現代社会における多様性や共存の難しさを象徴しており、単なる動物の物語にとどまらない深いテーマ性を持っていると思った。食欲と性欲が交錯する描写も、人間の根源的な欲望を巧みに表現しており、観る者に強い印象を残している。また、レゴシ自身がコモドドラゴンの祖父を持つことなどから、人と違うルーツを持つものの葛藤、個の尊厳についても考えさせられる。善悪の境界が曖昧な世界で、誰もが自分の正義を抱えて生きているというメッセージが胸に響いた。異種間の恋愛や友情を通じて、真の理解とは何かを問いかけるような作品だった。
9.「僕のヒーローアカデミア」漫画 堀越耕平
<あらすじ>
舞台は総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持つ世界。事故や災害、そして“個性”を悪用する犯罪者・敵<ヴィラン>から人々と社会を守る職業・ヒーローになることを目指し、雄英校に通う高校生・緑谷出久とそのクラスメイトたちの成長、戦い、友情のストーリーが繰り広げられていく
<感想>
この作品は、個性という力を持つ世界で「普通の少年」が努力と葛藤で成長する王道のヒーロー譚である。デクの迷いと決意、オールマイトの負荷と継承、ヴィランとのぶつかり合いが人間ドラマとして胸に響く。戦闘の迫力と演出はシリーズを通して進化しており、仲間同士の絆や教師と生徒の関係性が物語に厚みを与える。ときに理想と現実の齟齬を突きつけながらも希望を繋ごうとする姿勢は、単なるバトル漫画を超えた、「責任」や「覚悟」について読者に考えさせる影響力を持つ。キャラクターの多様性や裏設定の緻密さも魅力で、読者や視聴者を飽きさせない完成度の高い長編漫画だと思った。
10.「ONE PUNCH MAN」漫画 ONE
<あらすじ>
物語開始から3年前、就職活動に行き詰まっていた青・サイタマはある日、街で暴れていた怪人から1人の少年を救う。その際に「ヒーローになりたい」という幼き日に見た夢を思い出し、就活をやめてヒーローになることを決意。頭髪全てを失うほど懸命なトレーニングを3年間行った結果、どんな敵でも一撃で倒せる最強の力を手に入れる。
しかし、いつも一撃で決着が付いてしまうことから次第に戦いに対する緊張感などを喪失し、ヒーローになった現在でも無気力な日々を送っていた。
<感想>
どんな強敵でも主人公が来れば安心して見ることが出来るあまり類を見ない作品だと思った。成長する過程が描かれる少年漫画は沢山あるが、最初から最強の主人公という設定が面白いなと思った。作者と作画担当は別の人物で、背景からキャラクターに至るまでとても細かく繊細に描き込まれていて、どんな素人にも分かる絵の上手さが物語の世界観に入り込みやすくしていると思う。まだ完結はしていないが、主人公が全力を出せる敵は現れるのか、それはどんな相手なのか、期待できる作品だ。
11.「鬼滅の刃」 漫画 吾峠呼世晴
<あらすじ>
この作品は鬼によって家族を殺され、鬼になった妹・禰󠄀豆子を人間に戻すため、主人公の竈門炭治郎が鬼殺隊に入隊し、仲間と共に鬼を討伐する物語である。大正時代が舞台で、炭治郎は鬼の始祖・鬼舞辻無惨を打倒すべく、鬼殺隊の仲間たちや柱と共に鬼との激しい戦いを繰り広げ、成長していく。
<感想>
この作品は、何度見返しても毎回新しい発見があってとても読み応えがある。緻密に作られたキャラクターの設定が一貫してぶれることが無く、言動との整合性が取れている。シリアスな展開に度々現れるデフォルメされたキャラクター達がシュールな笑いと癒しを与えてくれる。名言も多く、読む人の心に深く残る一言が見つかりやすい。また、鬼の過去にも言及する場面が多々あり、単純な敵、味方ではなく個としてそのキャラクターを見ることが出来るのも、幅広い年代に愛されている所以のひとつだと思う。
12.「呪術廻戦」漫画 芥見下々
<あらすじ>
高校生の虎杖悠仁は、偶然手にした呪物「両面宿儺の指」を巡る騒動に巻き込まれ、強大な呪力と死の運命を背負うことになる。呪術高専の教師・五条悟や仲間たちと共に、呪霊や術師同士の戦いに身を投じながら、他者を守るために自身の信念と力を磨いていく。やがて過去と現代をつなぐ因縁や、呪術界の権力争い、倫理的ジレンマが明らかになり、虎杖は「何を守り、何を捨てるべきか」という重い選択に直面するダークファンタジー。
<感想>
この作品は痛烈なアクションと濃密な人間ドラマが融合している。虎杖の無垢な正義感と宿儺という暗澹たる運命の対比が物語の核となっており、仲間たちの葛藤や成長が重層的に描かれていることで、単純な勧善懲悪を超えた深みを生んでいると思った。五条の圧倒的存在感や術式の精緻さは魅力の一つで、敵側にも悲哀や思想が与えられている点が作品を哲学的にしている。特に印象的だったのは、1番大きな戦いの最中に敵が放った「これは間違いを正す戦いじゃなく、正しさの押しつけ合いだ」という趣旨のセリフだ。死と犠牲が繰り返される中で「守るべきものとは何か」が問い直され、読者は力と責任、倫理の曖昧さに向き合わされる。
13.「劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折」 映画 芥見下々原作
<あらすじ>
呪術廻戦で、最強の術師と謳われている五条悟と最悪の呪詛師と謳われている夏油傑の過去に迫る。
時は遡り2006年(春)—。高専時代の五条 悟と夏油 傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体せいしょうたい” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する…。
<感想>
懐玉とは、優れた才能や資質を内にもちながら、それを表に現さず、うわべでは粗末な姿をしていることを指し、玉折とは優れた才能や品格を持つ人物が、その一生を全うせずに若くして亡くなることを指すたとえを意味する。五条と夏油は対比的に描かれることが多く、悟り過ぎてしまった夏油と傑れ過ぎていた五条という名前に由来する対象関係もその一つだと言えるだろう。夏油と五条はともに大きな力を持つが、その行使に対する責任観が物語を動かす。夏油は結果のためなら犠牲を選び、五条は秩序維持を優先する。どちらにも正当性と危険性があり、読者は「正義の形は一つではない」ことを突きつけられる。夏油の悲劇性と五条の屈折した理想主義は、物語に深い悲哀と緊張を与えていると思った。二人の過去の交錯や言葉のやり取りが、単なる敵対を超えた人間ドラマとして作品に深み持たせていると思った。
14.「リロ&スティッチ」映画 ディズニー原作
<あらすじ>
ハワイ・カウアイ島。両親を早くに亡くした5歳の少女・リロは、19歳の姉・ナニと2人で暮らしている。しかし、リロは同い年の子たちとも上手く馴染めず、ひとりでエルヴィス・プレスリーを聞いたりする毎日を過ごしていた。そんなリロのために、ナニはペットを飼うことを決める。そしてリロが見つけたのは、あまり犬に見えない不思議な子犬。初めての友だちに大喜びのリロは、この子犬を「スティッチ」と名付ける。ところが、スティッチは凶暴で、度々トラブルを巻き起こす問題児だった。
<感想>
ディズニー作品の実写化は賛否両論あるが、この作品は特に成功例だと思う。原作の舞台となったハワイで撮影が行われており、役者も現地の俳優、又はその土地にルーツがある俳優が抜擢されている。原作にはなかったナニの進学という設定がプラスされており、家族が負担になる、という状況を無くしたリスペクト感じる脚色だと思った。また、スティッチは全てCGで作られているそうだが、それを感じさせない子犬のようなリアルな愛らしさと他の俳優の自然な演技にとても魅力を感じた。
15.「母性」映画 湊かなえ原作
<あらすじ>
女子高生が転落死する事件が発生。
その原因を探っていた教師の清佳(永野芽郁)は、自身の過去を振り返っていく。彼女は母親・ルミ子(戸田恵梨香)の愛を受けられず、人知れず悩みを抱えた少女時代を過ごしてきた。
一方、別の場所ではルミ子が娘との関係について、神父(吹越満)に告白する。ルミ子は、自身の母(大地真央)から受けてきた無償の愛を、そのまま清佳に注いできたと証言。
しかし、両者の回想は徐々に食い違いが生じていき、日常に潜んだ壮絶な過去が明らかになっていく……。
<感想>
ルミ子の中に母性は感じられず、自分の娘さえ母親を喜ばすためだけの道具として扱っているように感じた。清佳が考察していた「女性には母と娘の二種類が存在する」という観点で見ると、ルミ子は確実に娘側であり、清佳については最後まで言及されなかった。母性を知らずに育った清佳の妊娠によって幕を閉じる映画は、視聴者に嫌な後味と余韻を残した。原作を読んだことはなかったが、湊かなえが得意とする叙述トリックの仕掛けが映画ではカットされているように感じ、2人の証言の相違によって、それが担っていた不気味な雰囲気や歪な関係を表現していると思った。
16.「正体」映画 染井為人 原作
<あらすじ>
日本中を震撼させた凶悪な殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木(横浜流星)が脱走した。潜伏し逃走を続ける鏑木と日本各地で出会った沙耶香(吉岡里帆)、和也(森本慎太郎)、舞(山田杏奈)そして彼を追う刑事・又貫(山田孝之)。又貫は沙耶香らを取り調べるが、それぞれ出会った鏑木はまったく別人のような姿だった。間一髪の逃走を繰り返す343日間。彼の正体とは?そして顔を変えながら日本を縦断する鏑木の【真の目的】とは。その真相が明らかになったとき、信じる想いに心震える、感動のサスペンス。
<感想>
表面的にはサスペンスだが、個人と社会の関係性を粘り強くえぐる構造が印象に残った。主人公の行動が周囲の視線や制度によってどのように意味づけられ、また暴かれていくのかを追ううちに、自分が日常で何気なく信じている「正義」や「常識」が揺らいでいく感覚を覚えた。演出は抑制的で、カメラワークや音の使い方が細かな心理変化をそっと描いてると思った。特に群衆の視線を映す場面が多く、そこに映る一人一人の表情が物語の倫理的重心を支えていると感じた。ラストは答えを明確に示さないが、それがかえって観客に問いを投げ返す効果を生んでいる。登場人物の選択が必ずしも二元論で割り切れない点や、救済と追及の境界線が曖昧に描かれているところは現代社会の問題と直結しており、議論の余地が残されているなと思った。
17.「オッドタクシー」アニメ PICS原作
<あらすじ>
平凡な毎日を送るタクシー運転手・小戸川。 身寄りはなく、他人とあまり関わらない、少し偏屈で無口な変わり者。趣味は寝る前に聞く落語と仕事中に聞くラジオ。一応、友人と呼べるのはかかりつけでもある医者の剛力と、高校からの同級生、柿花ぐらい。彼が運ぶのは、どこかクセのある客ばかり。バズりたくてしょうがない大学生・樺沢、何かを隠す看護師・白川、いまいち売れない芸人コンビ・ホモサピエンス、街のゴロツキ・ドブ、売出し中のアイドル・ミステリーキッス… 何でも無いはずの人々の会話は、やがて失踪した1人の少女へと繋がっていく。
<感想>
登場人物全てが動物の擬人化になっており、そのポップな見た目が逆に人間の欲望や孤独を引き立たせていることが印象的な作品だった。日常の隙間から不穏がじわりと広がる脚本が最大の魅力だと思った。SNSに翻弄される若者や裏社会の暗部、舞台裏で動く巧妙な人間関係が少しずつつながっていく様は、謎解きの快感と社会批評の鋭さを感じさせた。細部に伏線を張り、回収する手つきが見事で、初見では気づかない仕掛けがもう一度見る動機を作っているとも思った。私自身、もう一度見てみようと思った。
18.「私の夫と結婚して」Web漫画 sungsojak作
<あらすじ>
末期がんを患い、夫と親友の裏切りによって命を落とした主人公が10年前にタイムスリップし、人生をやり直す復讐劇。2度目の人生では、2人に裏切られる運命を回避し、彼らを結婚させて破滅させることを計画する。しかし、次第に仕事先の上司と心を通わせていく中で、本当の幸せとは何かを模索していくストーリー。
<感想>
68話という短めの作品で、展開が早く見応えがあって面白かった。キャラクターたちの心理描写がとても濃密で、物語の展開以上に彼らの内面が印象に残る作品だった。主人公・神戸美紗は、裏切りと絶望の中で一度命を落とすが、過去に戻ってからの彼女はまるで別人のように強く、冷静で、そして賢くなっている。彼女の変化は、ただの復讐ではなく、自分自身を取り戻すための戦いのような印象を受けた。金と見栄のために美紗と結婚し、不倫を重ねていた旦那を冷静に追い詰めていく美紗の姿は痛快だった。美沙を貶めようとする友人麗奈も嫉妬と劣等感に支配された人物で、かつての親友を裏切る姿には人間の闇が凝縮されていると思った。そして、寡黙で冷静な鈴木渉が美紗に対して一貫して誠実で、彼女の再生の象徴のような存在となったのがとても良かった。彼との関係が進むにつれて、美紗が少しずつ心を開いていく様子がとても丁寧に描かれていて、胸がキュンとするポイントが沢山あった。
この作品は、キャラクターたちの感情のぶつかり合いと成長が見どころで、誰が善で誰が悪かという単純な構図ではなく、人間の複雑さを描いている点が魅力だと思った。
19.「ピースオブケイク」映画 ジョージ朝倉原作
<あらすじ>
仕事も恋愛も、周囲に流されるまま生きてきた女性・梅宮志乃。バイト仲間との浮気がばれたことで、DV体質の恋人・正樹からは振られ、バイトも辞めることに。このままではいけないと心機一転した志乃は家を引越し、そこで出会った隣人で、新しいバイト先の店長でもある男・京志郎に本気の恋をする。しかし、京志郎には同棲中の恋人がいて……。
<感想>
この作品は恋愛の不安定さや直感的な感情の揺らぎを丁寧に描いたものである。主人公・志乃は、京志郎に一目惚れし、彼に彼女がいると知りながらも惹かれていく。理性では不合理とわかっていても、心は彼を求めてしまうその姿は切なく、恋に落ちる瞬間の衝動や、幸せを求める人間の弱さを象徴していると思った。志乃は京志郎と付き合うことで人生最大の幸せを感じるが、同時にその幸せが壊れることへの恐怖も抱えている。「幸せだと感じるほど怖くて不幸の準備をしてしまう」という言葉が印象的で、恋愛における幸福と不安が常に隣り合わせであることを示している。この二人の関係は、恋愛の本質が理屈ではなく感情で動くことだということを伝えていると思った。
20.「花束みたいな恋をした」映画 坂元裕二脚本
<あらすじ>
駅で終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹。お互いに音楽の好みや趣味が同じことを知り、すぐに恋に落ちる。大学を卒業してフリーターをしながら同棲生活をスタートさせ、日々変化する環境の中で日常を共有しながら大切に過ごしていた。この2人での生活を続けるために、就職活動に励んでいく。
<感想>
まるで日常の延長線上にあるような恋愛を、丁寧に、そして痛々しいほどリアルに描いた作品だと思った。社会人や大学生と高校生以下とでは見方がだいぶ変わると思った。終電を逃したことから始まる偶然の出会い、共通の趣味に心を通わせ、同棲生活へと進んでいく彼らの関係は、学生から社会人へと移り変わる中で、理想と現実のギャップに悩み、すれ違っていく。誰もが経験しうる「普通の恋」の切なさを映し出していると思った。特に印象的だったのは、サブカルチャーを通じて繋がっていた二人が、社会との折り合いをつける中で価値観が変化していく過程である。好きだったものが「生活のために」遠ざかっていく麦と、変わらずにそれを愛し続ける絹。そのズレが、静かに、しかし確実に二人の距離を広げていく。恋愛は、ただ好きなだけでは続かない。時間、環境、そして自分自身の変化が、関係性に影響を与えることを痛感させられた。
この映画は、特別な出来事が起こるわけではない。けれど、その「何でもない日々」の積み重ねが、どれほど尊く、そして儚いかを教えてくれる。観終わった後、胸が締め付けられるような余韻が残った。
21.「流浪の月」映画 凪良ゆう原作
<あらすじ>
10歳の少女・更紗 (さらさ)は、引き取られた伯母の家に帰ることをためらい、雨の公園で孤独に時間を持て余していた。そこに現れた孤独な大学生の文 (ふみ)は、少女の事情を察して彼女を自宅に招き入れる。文の家でようやく心安らかな時を過ごし、初めて自分の居場所を手にした喜びを実感する更紗。しかし2ヵ月後、文が誘拐犯として逮捕され、2人の束の間の幸せは終わりを告げる。15年後、恋人と同棲生活を送っていた更紗は、カフェを営む文と偶然の再会を果たす。
<感想>
世間の「正しさ」や「常識」が、いかに人の心を傷つけるかを静かに、しかし力強く描いた作品だと思った。誘拐事件の“被害者”と“加害者”として烙印を押された更紗と文。だが、彼らの間にあったのは、世間が決して理解しようとしない、深く確かな絆だった。広瀬すずと松坂桃李の演技は圧巻で、言葉にならない感情を表情や沈黙で伝えてくるのがとても上手かった。特に、再会後の二人が互いの傷をそっと撫で合うように寄り添う姿には、胸が締め付けられた。この作品は、善意と悪意の境界がいかに曖昧であるかを問いかけていると思う。誰かを守る行為が、他者からは罪と見なされることもある。報道や世間の声が、当事者の真実を歪めてしまう残酷さに、深く考えさせられた。文が更紗に語る「昔は楽しかったなんて思っちゃいけない。だって今が不幸みたいじゃないか」という言葉は、過去と現在の矛盾を鋭く突いていて特に印象的だった。
人と人との関係性の複雑さ、そして社会の目に晒されながらも生きることの苦しさを描いた、繊細な作品だった。
22.「4月になれば彼女は」映画
<あらすじ>
四月。精神科医の藤代俊のもとに、
かつての恋人・伊予田春から手紙が届く。
"天空の鏡"と呼ばれるウユニ塩湖からの手紙には、
十年前の初恋の記憶が書かれていた。
その後も世界各地から届く、春の手紙。
時を同じくして藤代は、婚約者の坂本弥生と結婚の準備を進めていた。けれども弥生は突然、姿を消した。春はなぜ手紙を書いてきたのか? 弥生はどこへ消えたのか? ふたつの謎は、やがて繋がっていく。現在と過去、日本と海外が交錯しながら、愛する人をさがし求める"四月"が始まる。
<感想>
この作品を観て、写真と記憶のつながりが特に強調されていると思った。登場人物たちが撮った写真は、ただの風景ではなく、それぞれの心情や過去の思い出を映し出していた。写真を見ることで、忘れかけていた感情がよみがえり、愛の記憶が静かに語られる様子が印象的だった。また、愛すること、そして愛し合うことは、自然に起こるものではなく、互いの努力と理解が必要なのだとしみじみ感じた。藤代と弥生の関係も、すれ違いや不安を乗り越えるために、言葉にする勇気や相手を思いやる姿勢が求められていた。愛は一方通行ではなく、相手と向き合い続けることで育まれるものだと、この映画を通して改めて考えさせられた。美しい映像と静かな語り口の中に、人間の繊細な感情が丁寧に描かれていて、観終わった後も余韻が長く残った。
23.「愛するということ」小説 小池真理子著
<あらすじ>
人は人を愛する時、いつもどこかで本当の自分、飾り気のない自分をさらけ出してしまうのだろう。相手に見せたい自分、こんなふうに見てもらいたいと願う自分は、実は常に、中身のない、実体のない、ただの脱け殻にすぎないのだ――。愛の始まりから失恋、絶望、再生までを描く本格恋愛小説。
<感想>
小説でありながら、エッセイを読んでいるような感覚に陥った。一人の女性が既婚男性との関係を通じて、愛とは何かを問い続ける姿はとても虚しく、切なく、心にくるものがあった。愛は喜びであると同時に、苦しみや葛藤を伴うものだという現実を、著者は逃げずに描いていると思った。特に、主人公が「愛するということ」から自由になる過程は、単なる別れではなく、自己の再生の物語として胸を打つ。愛に囚われることも、そこから解き放たれることも、どちらも人間の成長に必要な経験なのだと感じた。私自身も、愛に対する価値観を見つめ直すきっかけとなった一冊だった。
24.「フォルトゥナの瞳」映画
<あらすじ>
木山慎一郎(神木隆之介)は、友人も恋人も作らず黙々と働くだけの日々を送っていた。幼い頃に両親を飛行機事故で失った過去がある。しかしある日、慎一郎は死を目前にした人間が透けて見える力「フォルトゥナの瞳」を手に入れ、生活が一変する。
偶然携帯ショップで出会った桐生葵(有村架純)に惹かれ合い、はじめて女性と愛し合うことを知った慎一郎。2人は幸せな日々を過ごしますが、突如街のたくさんの人々、そして葵まで透けて見えてしまう。
死が迫る人たちを救いたい、愛する人を守りたいという思いは、無情にも慎太郎を窮地へと追いやってしまう。慎太郎は街の人々、そして葵を救うことができるのか。生死を賭けた衝撃のラストに心震える、愛と運命の物語。
<感想>
人の死が見えるという力を持った木山慎一郎は、その能力に苦しみながらも、誰かの命を救おうと懸命に行動する。その姿は一見、崇高で美しく映るが、物語が進むにつれて、私はその選択が本当に正しかったのかと考えさせられた。彼が命を賭して守った人は、それを望んでいたのだろうか。彼の行動は、愛する人の意思を尊重したものだったのか、それとも自己満足だったのか。本当は、彼女は「共に生きること」を望んでいたのではないかと思うと、胸が締めつけられた。愛するということは、ただ守ることではなく、相手の気持ちに寄り添い、共に歩むことなのだと痛感した。慎一郎の選択は、命の尊さと同時に、愛の複雑さや重さを浮き彫りにしていた。この作品は、正義や犠牲の美しさだけでなく、その裏にある葛藤や問いを視聴者に投げかけてくる。観終わった後も、彼の選択について考え続けてしまう、深く心に残る映画だった。
25.「アンナチュラル」ドラマ 野木亜紀子脚本
<あらすじ>
日本で初めて設立された「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、法医学解剖医の三澄ミコトが個性豊かなメンバーと共に様々な「不自然な死」の裏側にある真実を解明していく、一話完結型の法医学ミステリードラマ。死と向き合うことを通して「現実の世界を変えていく」ことをテーマに、各エピソードで死の謎を解明するだけでなく、登場人物たちの人間ドラマも丁寧に描かれる。
<感想>
10話という短い構成でありながら、1話1話のクオリティがとても高く、充実感があった。またメインのストーリーも小出しにして伏線を引っ張るのも上手いと思った。この作品は「死ぬのにいい人も悪い人も関係ない」という冷徹な現実を突きつけることで、死の残酷さを際立たせていた。誰にでも突然訪れる死。その不条理さに向き合うUDIラボのメンバーたちは、死因を解明することで、残された人々の苦しみや悲しみに寄り添おうとする。死者の声を拾い、真実を明らかにすることで、少しでも遺族の心を救う。その姿勢に、深い敬意と感動を覚えた。特に、三澄ミコトの「法医学は未来のためのもの」という言葉は、死を扱う仕事が生きる人々のためにあるという強いメッセージを感じさせる。中堂系の恋人の死をめぐる執念もまた、個人の痛みが社会の闇を照らす事もあるのだと感じさせてくれた。善悪を超えて、命の重みを真正面から描いたこのドラマは、死と向き合うことで生きる意味を問いかけてくる。残酷でありながらも、優しさに満ちた作品だった。
26.「さよならのつづき」ドラマ岡田惠和脚本
<あらすじ>
恋人にプロポーズされた日に交通事故で亡くなった女性・さえ子(有村架純)が、その恋人の心臓移植を受けた男性・成瀬(坂口健太郎)と出会い、運命に翻弄されていく切ないラブストーリー。成瀬は移植後に「自分のものではない記憶」を感じ始め、さえ子は成瀬に亡き恋人の面影を重ねるようになる。やがて二人は互いの心臓が雄介のものであることを知り、ハワイで最後の時間を過ごす。
<感想>
『さよならのつづき』を観て、人は何によって「その人」になるのかという問いに向き合わされた。さえ子が惹かれていくのは、成瀬という人物なのか、それとも彼の中に息づく雄介の記憶や存在なのか。心臓という臓器を通して、亡くなった恋人の一部が生き続けているという事実は、希望であると同時に、深い葛藤を生む。人を構成するのは、身体なのか、記憶なのか、それとも関係性なのか。さえ子の揺れる感情を見ていると、愛とは単純な感情ではなく、過去と現在、喪失と再生が複雑に絡み合うものだと感じた。また、誰かを愛するということは、その人自身を見つめるだけでなく、自分の中にある記憶や願望とも向き合うことなのだと思った。この作品は、人間の心の複雑さと、愛のかたちの多様性を描いていて、観終わった後も深く考え続けてしまう作品だった。しかし、設定はとてもよかったが、解釈をこちらに委ね過ぎてすこしぼやっとした印象も受けたため、そこは少し残念だった。
27.「野生の島のロズ」映画 ピーターブラウン原作
<あらすじ>
未来的な都市生活に合わせてプログラミングされた最新型アシスト・ロボットのロズは、大自然に覆われた無人島で目覚めるが、野生の島ではまったく機能せず、動物たちの行動や言葉を学習しながら少しずつ順応していく。ある日、雁の卵を見つけ、孵化させたロズは、雛鳥に「キラリ」と名付けて動物たちと一緒に育てる。成長し巣立っていくキラリを見送り、厳しい冬を越えた頃、回収ロボットがロズを探しに島にやって来る。
<感想>
この作品はロボットと動物たちの心の交流を通じて、「共存」と「愛」の意味を問いかける感動作だった。冬の寒波の中、ロズが動物たちを助けるために限界を超えて行動する場面では、自己犠牲の精神が強く描かれ、人間以上の優しさを感じた。また、人間では物理的に不可能なことを成し得る姿は文明の発達への希望も感じた。加えて、肉食と草食の動物たちが争いを乗り越えて協力する姿は、現代社会へのメッセージとも受け取れる。ロズが最後に記憶を消されながらもキラリを覚えていた場面は、プログラムでは説明できない「心」の存在を示唆しており、深い余韻を残す。この作品は、子ども向けのアニメーションでありながら、大人にも多くの問いを投げかけるものだと思う。技術と感情、個と社会、そして孤独と絆。この作品は私たち自身の生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれるものだと感じた。
28.「そして、バトンは渡された」映画 瀬尾まいこ原作
<あらすじ>
血のつながらない親のもとを転々としてきた高校生・森宮優子は、今では料理上手な義理の父親・森宮さんとの2人暮らしに落ち着いていた。一方、何度も夫を取り替えるように奔放に生きる魔性の女・梨花は、ある日突然、愛娘を残して姿を消す。そして、優子のもとに届いた一通の手紙。それをきっかけに、彼らが隠していた嘘や秘密が、それぞれの人生を交差させるように導いていく。
<感想>
映画『そして、バトンは渡された』は、血のつながりだけでは語れない親子の絆を描いた感動的な作品だった。主人公・優子は、何度も親が変わる複雑な家庭環境の中で育つが、それぞれの親が彼女に注いだ愛情は本物であり、深い絆を感じさせた。特に義父・森宮さんの存在は印象的で、料理や日常の会話を通して優子を大切に思う気持ちが伝わってきた。親とは、ただ育てる人ではなく、子どもに寄り添い、支え続ける存在なのだと感じた。また、バトンという言葉が象徴するように、愛情や思いが人から人へ受け継がれていく様子が丁寧に描かれており、家族の形は一つではないことを教えてくれる。この映画を観て、自分の家族との関係を改めて考え、日々の何気ないやり取りの中にある温かさを再確認することができた。親子の絆の大切さを実感し、心が温まる作品だった。
29.「366日」映画 福田果歩原作
<あらすじ>
2024年2月29日、東京。音楽会社に勤める湊の元を、一人の少女が訪れる戸惑う湊に彼女が渡したのは、一枚のMD。そこに入っていたのは、15年前に別れた恋人・美海からのメッセージだった――。
20年前、沖縄。高校の後輩・美海と出会い、初めての恋をした湊は「いつか湊先輩の作った曲、聴きたいです」という美海の言葉に背中を押され、東京へ。2年後に美海も上京し、湊と再会。2人の幸せな日々が始まる。「こんな幸せな日々が、365日ずっと続きますように」そう願っていた2人。しかしある日、湊は突然別れを告げて、美海の元を去ってしまう。失恋の悲しみを抱えたまま美海は沖縄へ帰郷。2人は別々の人生を歩むことに…。あの時伝えられなかった想い。果たせなかった約束。美海からのメッセージを聞いた湊は、ある決断をする――。
<感想>
映画『366日』は、すれ違いが互いを思うがゆえの“仕方のないもの”だったという点が、何よりも胸に刺さった。美海と湊が惹かれ合う過程は、HYの名曲と見事に重なり、青春のきらめきとともに描かれる。だからこそ、その輝きが失われる瞬間の痛みは、より深く、より辛く感じられた。言葉にできない想い、伝えられなかった真実が、二人の未来を静かに変えてしまう。そのもどかしさが、観る者の心を締めつけていた。HYの「366日」が物語全体に寄り添い、感情の波を優しく、時に鋭く揺さぶる役割を担っていた。私はファンではなかったがその感動は大きかったため、ファンであればあるほど、歌詞の一つひとつが登場人物の心情と重なり、より深い感動を味わえると思う。そして、最後に美海と結ばれる幼馴染み・琉晴の誠実さが、報われる形で描かれたことも印象的だった。そこで湊に戻らないところがより現実みのある設定に感じさせた。この作品は青春の煌めきと別れの痛み、そして再生の希望を繊細に描いていると思った。仕方のないすれ違いの中にも、確かに愛があったことを教えてくれる、優しく切ない作品だった。
30.「Call me by your name」映画 アンドレ・アシマン原作
<あらすじ>
毎年夏を北イタリアの避暑地にある別邸で過ごす大学教授の一家に、ひと夏の客人としてアメリカからやってきた大学院生オリヴァー(アーミー・ハマー)。一家のひとり息子、早熟な17歳の少年エリオ(ティモシー・シャラメ)はオリヴァーに強く惹かれ始める。そしてオリヴァーもまたエリオに。
短い夏を惜しむように愛を確かめ合う二人だが、夏の終わりとともにオリヴァーは帰国。数ヶ月後、その年のハヌカ祭(キリスト教のクリスマスと同じ時期に行われるユダヤ教の祝祭)にオリヴァーからの電話でエリオが告げられたのは、「結婚することになった」という予期せぬ言葉だった。
<感想>
『Call Me by Your Name』というタイトルには、相手と一体化したいという強い願いが込められていると感じた。名前を交換するという行為は、単なる愛情表現ではなく、自己と他者の境界が曖昧になるほど深く結びつきたいという思いの象徴だと思う。この作品は、恋愛の甘さだけでなく、愛の中にある揺らぎや葛藤を繊細に描いていると思った。特に同性愛というテーマに対して、時代背景の中で冷ややかな視線が存在していたことを思うと、登場人物たちの感情の深さや勇気がより際立って見えた。彼らの関係は、社会の枠組みを超えて、純粋に人と人が惹かれ合う姿を描いており、愛の多様性について考えさせられた。誰かを好きになることに理由はなく、ただその人自身に惹かれるという感覚が、静かに、しかし力強く伝わってきた。今よりも理解が進んでいなかった時代に、こうした作品が生まれたことに意味があると思う。映像も俳優も音楽も美しく、全体的に涼しげで儚さを感じさせる作品だと思った。観終わった後、心に残る余韻が長く続いた。
<あらすじ>
任侠一家に生まれた喜久雄。15歳の時に抗争で父を亡くした彼は、その才能を見抜いた歌舞伎当主の花井半二郎に引き取られる。半二郎の跡取り息子である俊介と兄弟のように育てられ、ライバルとして互いに高め合いながら芸に青春を捧げていく喜久雄。ある日、半二郎は事故で入院することとなり、舞台の代役に息子の俊介ではなく喜久雄を指名する。
<感想>
3時間という長さを忘れる程、とても濃い充実した内容だった。繊細な感情の機微をしっかりと表現している吉沢亮と横浜流星の演技力の高さにも驚いた。「血か、芸か」というテーマで描かれたこの作品は、結局どちらだ、という結果に終わるのではなく、大きな代償を払った上で、それが与えてくれたものは何なのかを視聴者に考えさせる内容になっていたように思う。主題歌の「Luminance」も「特定の方向へ放射される光の輝きの強さ」を表す英単語であり、歌詞も含めて、喜久雄が最後に探していた景色と重なっていると感じた。
2.「ファーストキス 1ST KISS」映画 坂元裕二脚本
<あらすじ>
結婚して15年になるカンナは、ある日、夫の駈を事故で失ってしまう。いつしか夫婦生活はすれ違っていて、離婚話も出ていたが、思ってもいなかった別れ。しかしひょんなことから、彼と出会った15年前の夏にタイムトラベルしてしまったカンナは、若き日の駈を見て思う。やっぱりわたしはこの人が好きだ。まだ夫にはなっていない駈と出会い、カンナは再び恋に落ちる。時間を行き来しながら、20代の駈と気持ちを重ね合わせていく40代のカンナ。事故死してしまう彼の未来を変えたい。過去が変われば未来も書き換えられることを知ったカンナは、思い至る。駈への想いとともに、行き着いた答え。わたしたちは出会わない。結婚しない。たとえ、もう二度と会えなくてもーー 。
<感想>
ウィットに富んだ会話劇が印象的な映画だった。シリアスな展開でありながらも、それを途中で忘れてしまうくらいコミカルな演出がとても良かった。何度過去に戻っても避けられない駈の死により、「未来は変えられる」という言葉が、結果ではなく過程を意味することに気付かされる。「いってらっしゃい」という何気ない挨拶に込められた愛情と後悔が日常の尊さを呼びかけていると感じた。3年待ちの餃子や縞々の靴下など、細部に散りばめられた伏線が物語に深みを出しており、とても余韻が残る作品だった。
3.「蛇にピアス」映画 金原ひとみ原作
<あらすじ>
日常に現実感を持てず苛立ちを覚えていた19歳のルイ。ある日、彼女は渋谷で顔中にピアスを施し、蛇のように割れた舌を持つアマと出会う。そして、その男とつき合いながら、彼の紹介で知り合った彫師シバとも関係を持つ。やがて彼女も体にピアスや刺青を施し、その痛みと快楽に身をゆだねていく。
<感想>
この作品は痛みと快楽、孤独と依存が交錯する若者のアイデンティティ模索を描いたものだと感じた。主人公ルイは、身体改造を通じて「生きている実感」を得ようとするが、その行為は自己肯定ではなく、空虚さの埋め合わせに近い印象を持った。スプリットタンや刺青は、彼女の内面の混乱と再生への欲望を象徴するものあり、アマとシバという対照的な男性との関係は、愛というよりも共依存の構造を浮き彫りにしていた。アマの死後、ルイが麒麟の瞳を彫り込む場面は、彼女が過去と向き合い、痛みを受け入れた証とも読むことができると思った。ラストの渋谷での佇まいは、再び孤独に戻った彼女の「独り立ち」なのか、それとも終わりなき自己探求の始まりなのか。それらを視聴者に考えさせる、繊細さと暴力性が両立した作品だと思った。
4.「Nのために」ドラマ 湊かなえ原作
<あらすじ>
セレブ殺害夫婦事件に居合わせた4人は警察から事情聴取を受けるが、裏付けも取れており、何も疑うところがなかった。しかし、それは全ては自分の大事な人の為に口裏を合わせて供述したのだ。この事件の真相は、そして、4人は誰の為に嘘をついたのか。
<感想>
ドラマ『Nのために』は、湊かなえ原作の心理ミステリーでありながら、究極の純愛を描いた作品だと感じた。登場人物それぞれが「N」のイニシャルを持ち、“誰かのために”という思いから罪や嘘を背負う姿は、愛の形の多様性と人間の弱さを浮き彫りにしていると思った。特に杉下希美と成瀬慎司の関係は、言葉にしない深い絆が胸を打ち、恋愛ではない、愛の形を感じることが出来た。事件の真相が明かされる過程で、視聴者は「誰のために生きるのか」という問いを自分自身にも向けることになる、そんな影響力を持った作品だと思った。
5.「新世界より」アニメ 貴志祐介原作
<あらすじ>
舞台は1000年後の日本。人類は「呪力」と呼ばれる超能力を身に付けており、主人公の渡辺早季は自然豊かな「神栖66町」で平和に暮らしていた。
しかし、あるときバケネズミとの戦争がはじまり、呪力を手にした人間を相手にバケネズミは徹底した戦略と頭脳戦で立ち向かってくる。「悪鬼」と呼ばれる最強の切り札まで手に入れたバケネズミを相手に最後まで早季たちは諦めずに戦う。
しかし、信じられない過去の歴史を知ってしまった早季は果たして…1000年前の文明がなぜ崩壊したのか、そして現在に至るまでの歴史を知った早季による手記を元に物語は紡がれていく。
<感想>
25話というやや長めの作品だが、見ていくうちにどんどん引き込まれていき、最後の5話くらいからの展開は目を見張る物があった。主人公達が成長していくにつれ、社会の闇が明らかになり、理想的に見えた世界が徐々に崩れていく。バケネズミとの対立や“悪鬼”の存在は、人間の本質や差別、支配の構造を鋭く問いかけていると思った。呪力=想像力という設定も印象的で、想像する力が生きる術であることを教えてくれる。正義とは何か、秩序とは何か、それらを深く考えさせられる哲学的な要素も含んだ作品だと思う。
6.「カラオケ行こ!」漫画 和山やま
<あらすじ>
合唱部の部長・岡 聡実は、 突如現れたヤクザ・成田狂児から声をかけられる――「カラオケ行こ!」。 彼の組では恒例のカラオケ大会があり、 そこで歌ヘタ王になると組長に微妙な刺青を入れられる掟があった。 狂児に歌唱指導を頼まれ、仕方なく練習に付き合わされる聡実 。 カラオケで繋がった二人の奇妙な関係の行方は_?
<感想>
ヤクザと中学生という絶対交わらなそうな2人不思議な縁で繋がるという設定がまず面白いなと思った。淡々としているようでいて、急に腹がよじれる程笑ってしまう描写がさっと入ってくるのが読んでいてとても楽しい。中学生の岡聡実は、大人しくて真面目そうな見た目とは裏腹にキレのあるツッコミや毒舌がとてもいいキャラだなと思った。ヤクザの成田狂児は、ヤクザとは思えない気安さと人懐っこさがありつつも、それらを瞬時に無くす圧があったり、かと思えば常識人のように岡聡実に注意したりとちぐはぐな人柄が見ていて引き込まれる。実際に映画化もされているが、1冊で映画を見終わったような充実感がある作品だと思った。
7.「死役所」 漫画 あずみきし
<あらすじ>
死んだらたどり着いている、市役所ならぬ「死役所」。ここには、自殺、他殺、病死、事故死、寿命、死産までありとあらゆる人が訪れ、死後に自分の死の手続きをする場所である。死役所職員は全員同じ理由で死亡しており、なぜ死後職員として働くことになったのか、そもそも死役所の存在理由とは…死役所を訪れる人や職員が死んでなお「自分の人生はなんだったのか」と考える物語。
<感想>
この作品は、死後の世界で死者が手続きを行う“死役所”を舞台に、様々な人生と死の形を描く社会派ヒューマンドラマである。一話完結のオムニバス形式で、自殺、事故死、他殺など多様な死因を持つ人々が登場し、それぞれの背景にある苦悩や希望が丁寧に描かれている。死者を“お客様”と呼び、淡々と対応する職員たちの姿勢は、命の尊厳を静かに語りかける。中でも、主人公・シ村の過去にまつわる物語は、冤罪によって家族を失った悲劇と、彼がなぜ死役所で働いているのかという謎が絡み合い、物語に深みを与えている。死を通して生の意味を問いかける構成は、重くもありながら温かさも感じさせ、読む者に「どう生きるか」「人はなぜ死ぬのか」といった根源的な問いを投げかけているように感じる。人の数だけ人生があって、死に至るまでが存在する。その当たり前の事実を丁寧に追いかけることが出来る作品だと思った。
8.「BEASTARS」漫画 板垣巴留
<あらすじ>
肉食獣と草食獣が共存する世界。食肉が重罪とされる中、名門校チェリートン学園で、演劇部の生徒が殺される食殺事件が起きる。犯人は見つからず、不安に揺れる。生徒たち、そんな中演劇部では、死んだ生徒の代役をめぐって、諍いが起きる時期、ビースター候補と細やかれ、演劇部のカリスマ的存在である、アカシカのルイに逆恨みをした肉食獣の部員が襲いかかったのだ。それを庇ったのはハイイロオオカミのレゴシ。彼はウサギのハルに恋に落ちてしまう。オスとメス、肉食獣と草食獣。それぞれの痛み、そして強さや弱さに直面しながらレゴシの青春が始まる。
<感想>
主人公レゴシは、肉食獣としての本能と理性の狭間で揺れながら、ウサギのハルへの恋心を通じて「自分とは何か」を模索していく。その姿は、現代社会における多様性や共存の難しさを象徴しており、単なる動物の物語にとどまらない深いテーマ性を持っていると思った。食欲と性欲が交錯する描写も、人間の根源的な欲望を巧みに表現しており、観る者に強い印象を残している。また、レゴシ自身がコモドドラゴンの祖父を持つことなどから、人と違うルーツを持つものの葛藤、個の尊厳についても考えさせられる。善悪の境界が曖昧な世界で、誰もが自分の正義を抱えて生きているというメッセージが胸に響いた。異種間の恋愛や友情を通じて、真の理解とは何かを問いかけるような作品だった。
9.「僕のヒーローアカデミア」漫画 堀越耕平
<あらすじ>
舞台は総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持つ世界。事故や災害、そして“個性”を悪用する犯罪者・敵<ヴィラン>から人々と社会を守る職業・ヒーローになることを目指し、雄英校に通う高校生・緑谷出久とそのクラスメイトたちの成長、戦い、友情のストーリーが繰り広げられていく
<感想>
この作品は、個性という力を持つ世界で「普通の少年」が努力と葛藤で成長する王道のヒーロー譚である。デクの迷いと決意、オールマイトの負荷と継承、ヴィランとのぶつかり合いが人間ドラマとして胸に響く。戦闘の迫力と演出はシリーズを通して進化しており、仲間同士の絆や教師と生徒の関係性が物語に厚みを与える。ときに理想と現実の齟齬を突きつけながらも希望を繋ごうとする姿勢は、単なるバトル漫画を超えた、「責任」や「覚悟」について読者に考えさせる影響力を持つ。キャラクターの多様性や裏設定の緻密さも魅力で、読者や視聴者を飽きさせない完成度の高い長編漫画だと思った。
10.「ONE PUNCH MAN」漫画 ONE
<あらすじ>
物語開始から3年前、就職活動に行き詰まっていた青・サイタマはある日、街で暴れていた怪人から1人の少年を救う。その際に「ヒーローになりたい」という幼き日に見た夢を思い出し、就活をやめてヒーローになることを決意。頭髪全てを失うほど懸命なトレーニングを3年間行った結果、どんな敵でも一撃で倒せる最強の力を手に入れる。
しかし、いつも一撃で決着が付いてしまうことから次第に戦いに対する緊張感などを喪失し、ヒーローになった現在でも無気力な日々を送っていた。
<感想>
どんな強敵でも主人公が来れば安心して見ることが出来るあまり類を見ない作品だと思った。成長する過程が描かれる少年漫画は沢山あるが、最初から最強の主人公という設定が面白いなと思った。作者と作画担当は別の人物で、背景からキャラクターに至るまでとても細かく繊細に描き込まれていて、どんな素人にも分かる絵の上手さが物語の世界観に入り込みやすくしていると思う。まだ完結はしていないが、主人公が全力を出せる敵は現れるのか、それはどんな相手なのか、期待できる作品だ。
11.「鬼滅の刃」 漫画 吾峠呼世晴
<あらすじ>
この作品は鬼によって家族を殺され、鬼になった妹・禰󠄀豆子を人間に戻すため、主人公の竈門炭治郎が鬼殺隊に入隊し、仲間と共に鬼を討伐する物語である。大正時代が舞台で、炭治郎は鬼の始祖・鬼舞辻無惨を打倒すべく、鬼殺隊の仲間たちや柱と共に鬼との激しい戦いを繰り広げ、成長していく。
<感想>
この作品は、何度見返しても毎回新しい発見があってとても読み応えがある。緻密に作られたキャラクターの設定が一貫してぶれることが無く、言動との整合性が取れている。シリアスな展開に度々現れるデフォルメされたキャラクター達がシュールな笑いと癒しを与えてくれる。名言も多く、読む人の心に深く残る一言が見つかりやすい。また、鬼の過去にも言及する場面が多々あり、単純な敵、味方ではなく個としてそのキャラクターを見ることが出来るのも、幅広い年代に愛されている所以のひとつだと思う。
12.「呪術廻戦」漫画 芥見下々
<あらすじ>
高校生の虎杖悠仁は、偶然手にした呪物「両面宿儺の指」を巡る騒動に巻き込まれ、強大な呪力と死の運命を背負うことになる。呪術高専の教師・五条悟や仲間たちと共に、呪霊や術師同士の戦いに身を投じながら、他者を守るために自身の信念と力を磨いていく。やがて過去と現代をつなぐ因縁や、呪術界の権力争い、倫理的ジレンマが明らかになり、虎杖は「何を守り、何を捨てるべきか」という重い選択に直面するダークファンタジー。
<感想>
この作品は痛烈なアクションと濃密な人間ドラマが融合している。虎杖の無垢な正義感と宿儺という暗澹たる運命の対比が物語の核となっており、仲間たちの葛藤や成長が重層的に描かれていることで、単純な勧善懲悪を超えた深みを生んでいると思った。五条の圧倒的存在感や術式の精緻さは魅力の一つで、敵側にも悲哀や思想が与えられている点が作品を哲学的にしている。特に印象的だったのは、1番大きな戦いの最中に敵が放った「これは間違いを正す戦いじゃなく、正しさの押しつけ合いだ」という趣旨のセリフだ。死と犠牲が繰り返される中で「守るべきものとは何か」が問い直され、読者は力と責任、倫理の曖昧さに向き合わされる。
13.「劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折」 映画 芥見下々原作
<あらすじ>
呪術廻戦で、最強の術師と謳われている五条悟と最悪の呪詛師と謳われている夏油傑の過去に迫る。
時は遡り2006年(春)—。高専時代の五条 悟と夏油 傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体せいしょうたい” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する…。
<感想>
懐玉とは、優れた才能や資質を内にもちながら、それを表に現さず、うわべでは粗末な姿をしていることを指し、玉折とは優れた才能や品格を持つ人物が、その一生を全うせずに若くして亡くなることを指すたとえを意味する。五条と夏油は対比的に描かれることが多く、悟り過ぎてしまった夏油と傑れ過ぎていた五条という名前に由来する対象関係もその一つだと言えるだろう。夏油と五条はともに大きな力を持つが、その行使に対する責任観が物語を動かす。夏油は結果のためなら犠牲を選び、五条は秩序維持を優先する。どちらにも正当性と危険性があり、読者は「正義の形は一つではない」ことを突きつけられる。夏油の悲劇性と五条の屈折した理想主義は、物語に深い悲哀と緊張を与えていると思った。二人の過去の交錯や言葉のやり取りが、単なる敵対を超えた人間ドラマとして作品に深み持たせていると思った。
14.「リロ&スティッチ」映画 ディズニー原作
<あらすじ>
ハワイ・カウアイ島。両親を早くに亡くした5歳の少女・リロは、19歳の姉・ナニと2人で暮らしている。しかし、リロは同い年の子たちとも上手く馴染めず、ひとりでエルヴィス・プレスリーを聞いたりする毎日を過ごしていた。そんなリロのために、ナニはペットを飼うことを決める。そしてリロが見つけたのは、あまり犬に見えない不思議な子犬。初めての友だちに大喜びのリロは、この子犬を「スティッチ」と名付ける。ところが、スティッチは凶暴で、度々トラブルを巻き起こす問題児だった。
<感想>
ディズニー作品の実写化は賛否両論あるが、この作品は特に成功例だと思う。原作の舞台となったハワイで撮影が行われており、役者も現地の俳優、又はその土地にルーツがある俳優が抜擢されている。原作にはなかったナニの進学という設定がプラスされており、家族が負担になる、という状況を無くしたリスペクト感じる脚色だと思った。また、スティッチは全てCGで作られているそうだが、それを感じさせない子犬のようなリアルな愛らしさと他の俳優の自然な演技にとても魅力を感じた。
15.「母性」映画 湊かなえ原作
<あらすじ>
女子高生が転落死する事件が発生。
その原因を探っていた教師の清佳(永野芽郁)は、自身の過去を振り返っていく。彼女は母親・ルミ子(戸田恵梨香)の愛を受けられず、人知れず悩みを抱えた少女時代を過ごしてきた。
一方、別の場所ではルミ子が娘との関係について、神父(吹越満)に告白する。ルミ子は、自身の母(大地真央)から受けてきた無償の愛を、そのまま清佳に注いできたと証言。
しかし、両者の回想は徐々に食い違いが生じていき、日常に潜んだ壮絶な過去が明らかになっていく……。
<感想>
ルミ子の中に母性は感じられず、自分の娘さえ母親を喜ばすためだけの道具として扱っているように感じた。清佳が考察していた「女性には母と娘の二種類が存在する」という観点で見ると、ルミ子は確実に娘側であり、清佳については最後まで言及されなかった。母性を知らずに育った清佳の妊娠によって幕を閉じる映画は、視聴者に嫌な後味と余韻を残した。原作を読んだことはなかったが、湊かなえが得意とする叙述トリックの仕掛けが映画ではカットされているように感じ、2人の証言の相違によって、それが担っていた不気味な雰囲気や歪な関係を表現していると思った。
16.「正体」映画 染井為人 原作
<あらすじ>
日本中を震撼させた凶悪な殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木(横浜流星)が脱走した。潜伏し逃走を続ける鏑木と日本各地で出会った沙耶香(吉岡里帆)、和也(森本慎太郎)、舞(山田杏奈)そして彼を追う刑事・又貫(山田孝之)。又貫は沙耶香らを取り調べるが、それぞれ出会った鏑木はまったく別人のような姿だった。間一髪の逃走を繰り返す343日間。彼の正体とは?そして顔を変えながら日本を縦断する鏑木の【真の目的】とは。その真相が明らかになったとき、信じる想いに心震える、感動のサスペンス。
<感想>
表面的にはサスペンスだが、個人と社会の関係性を粘り強くえぐる構造が印象に残った。主人公の行動が周囲の視線や制度によってどのように意味づけられ、また暴かれていくのかを追ううちに、自分が日常で何気なく信じている「正義」や「常識」が揺らいでいく感覚を覚えた。演出は抑制的で、カメラワークや音の使い方が細かな心理変化をそっと描いてると思った。特に群衆の視線を映す場面が多く、そこに映る一人一人の表情が物語の倫理的重心を支えていると感じた。ラストは答えを明確に示さないが、それがかえって観客に問いを投げ返す効果を生んでいる。登場人物の選択が必ずしも二元論で割り切れない点や、救済と追及の境界線が曖昧に描かれているところは現代社会の問題と直結しており、議論の余地が残されているなと思った。
17.「オッドタクシー」アニメ PICS原作
<あらすじ>
平凡な毎日を送るタクシー運転手・小戸川。 身寄りはなく、他人とあまり関わらない、少し偏屈で無口な変わり者。趣味は寝る前に聞く落語と仕事中に聞くラジオ。一応、友人と呼べるのはかかりつけでもある医者の剛力と、高校からの同級生、柿花ぐらい。彼が運ぶのは、どこかクセのある客ばかり。バズりたくてしょうがない大学生・樺沢、何かを隠す看護師・白川、いまいち売れない芸人コンビ・ホモサピエンス、街のゴロツキ・ドブ、売出し中のアイドル・ミステリーキッス… 何でも無いはずの人々の会話は、やがて失踪した1人の少女へと繋がっていく。
<感想>
登場人物全てが動物の擬人化になっており、そのポップな見た目が逆に人間の欲望や孤独を引き立たせていることが印象的な作品だった。日常の隙間から不穏がじわりと広がる脚本が最大の魅力だと思った。SNSに翻弄される若者や裏社会の暗部、舞台裏で動く巧妙な人間関係が少しずつつながっていく様は、謎解きの快感と社会批評の鋭さを感じさせた。細部に伏線を張り、回収する手つきが見事で、初見では気づかない仕掛けがもう一度見る動機を作っているとも思った。私自身、もう一度見てみようと思った。
18.「私の夫と結婚して」Web漫画 sungsojak作
<あらすじ>
末期がんを患い、夫と親友の裏切りによって命を落とした主人公が10年前にタイムスリップし、人生をやり直す復讐劇。2度目の人生では、2人に裏切られる運命を回避し、彼らを結婚させて破滅させることを計画する。しかし、次第に仕事先の上司と心を通わせていく中で、本当の幸せとは何かを模索していくストーリー。
<感想>
68話という短めの作品で、展開が早く見応えがあって面白かった。キャラクターたちの心理描写がとても濃密で、物語の展開以上に彼らの内面が印象に残る作品だった。主人公・神戸美紗は、裏切りと絶望の中で一度命を落とすが、過去に戻ってからの彼女はまるで別人のように強く、冷静で、そして賢くなっている。彼女の変化は、ただの復讐ではなく、自分自身を取り戻すための戦いのような印象を受けた。金と見栄のために美紗と結婚し、不倫を重ねていた旦那を冷静に追い詰めていく美紗の姿は痛快だった。美沙を貶めようとする友人麗奈も嫉妬と劣等感に支配された人物で、かつての親友を裏切る姿には人間の闇が凝縮されていると思った。そして、寡黙で冷静な鈴木渉が美紗に対して一貫して誠実で、彼女の再生の象徴のような存在となったのがとても良かった。彼との関係が進むにつれて、美紗が少しずつ心を開いていく様子がとても丁寧に描かれていて、胸がキュンとするポイントが沢山あった。
この作品は、キャラクターたちの感情のぶつかり合いと成長が見どころで、誰が善で誰が悪かという単純な構図ではなく、人間の複雑さを描いている点が魅力だと思った。
19.「ピースオブケイク」映画 ジョージ朝倉原作
<あらすじ>
仕事も恋愛も、周囲に流されるまま生きてきた女性・梅宮志乃。バイト仲間との浮気がばれたことで、DV体質の恋人・正樹からは振られ、バイトも辞めることに。このままではいけないと心機一転した志乃は家を引越し、そこで出会った隣人で、新しいバイト先の店長でもある男・京志郎に本気の恋をする。しかし、京志郎には同棲中の恋人がいて……。
<感想>
この作品は恋愛の不安定さや直感的な感情の揺らぎを丁寧に描いたものである。主人公・志乃は、京志郎に一目惚れし、彼に彼女がいると知りながらも惹かれていく。理性では不合理とわかっていても、心は彼を求めてしまうその姿は切なく、恋に落ちる瞬間の衝動や、幸せを求める人間の弱さを象徴していると思った。志乃は京志郎と付き合うことで人生最大の幸せを感じるが、同時にその幸せが壊れることへの恐怖も抱えている。「幸せだと感じるほど怖くて不幸の準備をしてしまう」という言葉が印象的で、恋愛における幸福と不安が常に隣り合わせであることを示している。この二人の関係は、恋愛の本質が理屈ではなく感情で動くことだということを伝えていると思った。
20.「花束みたいな恋をした」映画 坂元裕二脚本
<あらすじ>
駅で終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹。お互いに音楽の好みや趣味が同じことを知り、すぐに恋に落ちる。大学を卒業してフリーターをしながら同棲生活をスタートさせ、日々変化する環境の中で日常を共有しながら大切に過ごしていた。この2人での生活を続けるために、就職活動に励んでいく。
<感想>
まるで日常の延長線上にあるような恋愛を、丁寧に、そして痛々しいほどリアルに描いた作品だと思った。社会人や大学生と高校生以下とでは見方がだいぶ変わると思った。終電を逃したことから始まる偶然の出会い、共通の趣味に心を通わせ、同棲生活へと進んでいく彼らの関係は、学生から社会人へと移り変わる中で、理想と現実のギャップに悩み、すれ違っていく。誰もが経験しうる「普通の恋」の切なさを映し出していると思った。特に印象的だったのは、サブカルチャーを通じて繋がっていた二人が、社会との折り合いをつける中で価値観が変化していく過程である。好きだったものが「生活のために」遠ざかっていく麦と、変わらずにそれを愛し続ける絹。そのズレが、静かに、しかし確実に二人の距離を広げていく。恋愛は、ただ好きなだけでは続かない。時間、環境、そして自分自身の変化が、関係性に影響を与えることを痛感させられた。
この映画は、特別な出来事が起こるわけではない。けれど、その「何でもない日々」の積み重ねが、どれほど尊く、そして儚いかを教えてくれる。観終わった後、胸が締め付けられるような余韻が残った。
21.「流浪の月」映画 凪良ゆう原作
<あらすじ>
10歳の少女・更紗 (さらさ)は、引き取られた伯母の家に帰ることをためらい、雨の公園で孤独に時間を持て余していた。そこに現れた孤独な大学生の文 (ふみ)は、少女の事情を察して彼女を自宅に招き入れる。文の家でようやく心安らかな時を過ごし、初めて自分の居場所を手にした喜びを実感する更紗。しかし2ヵ月後、文が誘拐犯として逮捕され、2人の束の間の幸せは終わりを告げる。15年後、恋人と同棲生活を送っていた更紗は、カフェを営む文と偶然の再会を果たす。
<感想>
世間の「正しさ」や「常識」が、いかに人の心を傷つけるかを静かに、しかし力強く描いた作品だと思った。誘拐事件の“被害者”と“加害者”として烙印を押された更紗と文。だが、彼らの間にあったのは、世間が決して理解しようとしない、深く確かな絆だった。広瀬すずと松坂桃李の演技は圧巻で、言葉にならない感情を表情や沈黙で伝えてくるのがとても上手かった。特に、再会後の二人が互いの傷をそっと撫で合うように寄り添う姿には、胸が締め付けられた。この作品は、善意と悪意の境界がいかに曖昧であるかを問いかけていると思う。誰かを守る行為が、他者からは罪と見なされることもある。報道や世間の声が、当事者の真実を歪めてしまう残酷さに、深く考えさせられた。文が更紗に語る「昔は楽しかったなんて思っちゃいけない。だって今が不幸みたいじゃないか」という言葉は、過去と現在の矛盾を鋭く突いていて特に印象的だった。
人と人との関係性の複雑さ、そして社会の目に晒されながらも生きることの苦しさを描いた、繊細な作品だった。
22.「4月になれば彼女は」映画
<あらすじ>
四月。精神科医の藤代俊のもとに、
かつての恋人・伊予田春から手紙が届く。
"天空の鏡"と呼ばれるウユニ塩湖からの手紙には、
十年前の初恋の記憶が書かれていた。
その後も世界各地から届く、春の手紙。
時を同じくして藤代は、婚約者の坂本弥生と結婚の準備を進めていた。けれども弥生は突然、姿を消した。春はなぜ手紙を書いてきたのか? 弥生はどこへ消えたのか? ふたつの謎は、やがて繋がっていく。現在と過去、日本と海外が交錯しながら、愛する人をさがし求める"四月"が始まる。
<感想>
この作品を観て、写真と記憶のつながりが特に強調されていると思った。登場人物たちが撮った写真は、ただの風景ではなく、それぞれの心情や過去の思い出を映し出していた。写真を見ることで、忘れかけていた感情がよみがえり、愛の記憶が静かに語られる様子が印象的だった。また、愛すること、そして愛し合うことは、自然に起こるものではなく、互いの努力と理解が必要なのだとしみじみ感じた。藤代と弥生の関係も、すれ違いや不安を乗り越えるために、言葉にする勇気や相手を思いやる姿勢が求められていた。愛は一方通行ではなく、相手と向き合い続けることで育まれるものだと、この映画を通して改めて考えさせられた。美しい映像と静かな語り口の中に、人間の繊細な感情が丁寧に描かれていて、観終わった後も余韻が長く残った。
23.「愛するということ」小説 小池真理子著
<あらすじ>
人は人を愛する時、いつもどこかで本当の自分、飾り気のない自分をさらけ出してしまうのだろう。相手に見せたい自分、こんなふうに見てもらいたいと願う自分は、実は常に、中身のない、実体のない、ただの脱け殻にすぎないのだ――。愛の始まりから失恋、絶望、再生までを描く本格恋愛小説。
<感想>
小説でありながら、エッセイを読んでいるような感覚に陥った。一人の女性が既婚男性との関係を通じて、愛とは何かを問い続ける姿はとても虚しく、切なく、心にくるものがあった。愛は喜びであると同時に、苦しみや葛藤を伴うものだという現実を、著者は逃げずに描いていると思った。特に、主人公が「愛するということ」から自由になる過程は、単なる別れではなく、自己の再生の物語として胸を打つ。愛に囚われることも、そこから解き放たれることも、どちらも人間の成長に必要な経験なのだと感じた。私自身も、愛に対する価値観を見つめ直すきっかけとなった一冊だった。
24.「フォルトゥナの瞳」映画
<あらすじ>
木山慎一郎(神木隆之介)は、友人も恋人も作らず黙々と働くだけの日々を送っていた。幼い頃に両親を飛行機事故で失った過去がある。しかしある日、慎一郎は死を目前にした人間が透けて見える力「フォルトゥナの瞳」を手に入れ、生活が一変する。
偶然携帯ショップで出会った桐生葵(有村架純)に惹かれ合い、はじめて女性と愛し合うことを知った慎一郎。2人は幸せな日々を過ごしますが、突如街のたくさんの人々、そして葵まで透けて見えてしまう。
死が迫る人たちを救いたい、愛する人を守りたいという思いは、無情にも慎太郎を窮地へと追いやってしまう。慎太郎は街の人々、そして葵を救うことができるのか。生死を賭けた衝撃のラストに心震える、愛と運命の物語。
<感想>
人の死が見えるという力を持った木山慎一郎は、その能力に苦しみながらも、誰かの命を救おうと懸命に行動する。その姿は一見、崇高で美しく映るが、物語が進むにつれて、私はその選択が本当に正しかったのかと考えさせられた。彼が命を賭して守った人は、それを望んでいたのだろうか。彼の行動は、愛する人の意思を尊重したものだったのか、それとも自己満足だったのか。本当は、彼女は「共に生きること」を望んでいたのではないかと思うと、胸が締めつけられた。愛するということは、ただ守ることではなく、相手の気持ちに寄り添い、共に歩むことなのだと痛感した。慎一郎の選択は、命の尊さと同時に、愛の複雑さや重さを浮き彫りにしていた。この作品は、正義や犠牲の美しさだけでなく、その裏にある葛藤や問いを視聴者に投げかけてくる。観終わった後も、彼の選択について考え続けてしまう、深く心に残る映画だった。
25.「アンナチュラル」ドラマ 野木亜紀子脚本
<あらすじ>
日本で初めて設立された「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、法医学解剖医の三澄ミコトが個性豊かなメンバーと共に様々な「不自然な死」の裏側にある真実を解明していく、一話完結型の法医学ミステリードラマ。死と向き合うことを通して「現実の世界を変えていく」ことをテーマに、各エピソードで死の謎を解明するだけでなく、登場人物たちの人間ドラマも丁寧に描かれる。
<感想>
10話という短い構成でありながら、1話1話のクオリティがとても高く、充実感があった。またメインのストーリーも小出しにして伏線を引っ張るのも上手いと思った。この作品は「死ぬのにいい人も悪い人も関係ない」という冷徹な現実を突きつけることで、死の残酷さを際立たせていた。誰にでも突然訪れる死。その不条理さに向き合うUDIラボのメンバーたちは、死因を解明することで、残された人々の苦しみや悲しみに寄り添おうとする。死者の声を拾い、真実を明らかにすることで、少しでも遺族の心を救う。その姿勢に、深い敬意と感動を覚えた。特に、三澄ミコトの「法医学は未来のためのもの」という言葉は、死を扱う仕事が生きる人々のためにあるという強いメッセージを感じさせる。中堂系の恋人の死をめぐる執念もまた、個人の痛みが社会の闇を照らす事もあるのだと感じさせてくれた。善悪を超えて、命の重みを真正面から描いたこのドラマは、死と向き合うことで生きる意味を問いかけてくる。残酷でありながらも、優しさに満ちた作品だった。
26.「さよならのつづき」ドラマ岡田惠和脚本
<あらすじ>
恋人にプロポーズされた日に交通事故で亡くなった女性・さえ子(有村架純)が、その恋人の心臓移植を受けた男性・成瀬(坂口健太郎)と出会い、運命に翻弄されていく切ないラブストーリー。成瀬は移植後に「自分のものではない記憶」を感じ始め、さえ子は成瀬に亡き恋人の面影を重ねるようになる。やがて二人は互いの心臓が雄介のものであることを知り、ハワイで最後の時間を過ごす。
<感想>
『さよならのつづき』を観て、人は何によって「その人」になるのかという問いに向き合わされた。さえ子が惹かれていくのは、成瀬という人物なのか、それとも彼の中に息づく雄介の記憶や存在なのか。心臓という臓器を通して、亡くなった恋人の一部が生き続けているという事実は、希望であると同時に、深い葛藤を生む。人を構成するのは、身体なのか、記憶なのか、それとも関係性なのか。さえ子の揺れる感情を見ていると、愛とは単純な感情ではなく、過去と現在、喪失と再生が複雑に絡み合うものだと感じた。また、誰かを愛するということは、その人自身を見つめるだけでなく、自分の中にある記憶や願望とも向き合うことなのだと思った。この作品は、人間の心の複雑さと、愛のかたちの多様性を描いていて、観終わった後も深く考え続けてしまう作品だった。しかし、設定はとてもよかったが、解釈をこちらに委ね過ぎてすこしぼやっとした印象も受けたため、そこは少し残念だった。
27.「野生の島のロズ」映画 ピーターブラウン原作
<あらすじ>
未来的な都市生活に合わせてプログラミングされた最新型アシスト・ロボットのロズは、大自然に覆われた無人島で目覚めるが、野生の島ではまったく機能せず、動物たちの行動や言葉を学習しながら少しずつ順応していく。ある日、雁の卵を見つけ、孵化させたロズは、雛鳥に「キラリ」と名付けて動物たちと一緒に育てる。成長し巣立っていくキラリを見送り、厳しい冬を越えた頃、回収ロボットがロズを探しに島にやって来る。
<感想>
この作品はロボットと動物たちの心の交流を通じて、「共存」と「愛」の意味を問いかける感動作だった。冬の寒波の中、ロズが動物たちを助けるために限界を超えて行動する場面では、自己犠牲の精神が強く描かれ、人間以上の優しさを感じた。また、人間では物理的に不可能なことを成し得る姿は文明の発達への希望も感じた。加えて、肉食と草食の動物たちが争いを乗り越えて協力する姿は、現代社会へのメッセージとも受け取れる。ロズが最後に記憶を消されながらもキラリを覚えていた場面は、プログラムでは説明できない「心」の存在を示唆しており、深い余韻を残す。この作品は、子ども向けのアニメーションでありながら、大人にも多くの問いを投げかけるものだと思う。技術と感情、個と社会、そして孤独と絆。この作品は私たち自身の生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれるものだと感じた。
28.「そして、バトンは渡された」映画 瀬尾まいこ原作
<あらすじ>
血のつながらない親のもとを転々としてきた高校生・森宮優子は、今では料理上手な義理の父親・森宮さんとの2人暮らしに落ち着いていた。一方、何度も夫を取り替えるように奔放に生きる魔性の女・梨花は、ある日突然、愛娘を残して姿を消す。そして、優子のもとに届いた一通の手紙。それをきっかけに、彼らが隠していた嘘や秘密が、それぞれの人生を交差させるように導いていく。
<感想>
映画『そして、バトンは渡された』は、血のつながりだけでは語れない親子の絆を描いた感動的な作品だった。主人公・優子は、何度も親が変わる複雑な家庭環境の中で育つが、それぞれの親が彼女に注いだ愛情は本物であり、深い絆を感じさせた。特に義父・森宮さんの存在は印象的で、料理や日常の会話を通して優子を大切に思う気持ちが伝わってきた。親とは、ただ育てる人ではなく、子どもに寄り添い、支え続ける存在なのだと感じた。また、バトンという言葉が象徴するように、愛情や思いが人から人へ受け継がれていく様子が丁寧に描かれており、家族の形は一つではないことを教えてくれる。この映画を観て、自分の家族との関係を改めて考え、日々の何気ないやり取りの中にある温かさを再確認することができた。親子の絆の大切さを実感し、心が温まる作品だった。
29.「366日」映画 福田果歩原作
<あらすじ>
2024年2月29日、東京。音楽会社に勤める湊の元を、一人の少女が訪れる戸惑う湊に彼女が渡したのは、一枚のMD。そこに入っていたのは、15年前に別れた恋人・美海からのメッセージだった――。
20年前、沖縄。高校の後輩・美海と出会い、初めての恋をした湊は「いつか湊先輩の作った曲、聴きたいです」という美海の言葉に背中を押され、東京へ。2年後に美海も上京し、湊と再会。2人の幸せな日々が始まる。「こんな幸せな日々が、365日ずっと続きますように」そう願っていた2人。しかしある日、湊は突然別れを告げて、美海の元を去ってしまう。失恋の悲しみを抱えたまま美海は沖縄へ帰郷。2人は別々の人生を歩むことに…。あの時伝えられなかった想い。果たせなかった約束。美海からのメッセージを聞いた湊は、ある決断をする――。
<感想>
映画『366日』は、すれ違いが互いを思うがゆえの“仕方のないもの”だったという点が、何よりも胸に刺さった。美海と湊が惹かれ合う過程は、HYの名曲と見事に重なり、青春のきらめきとともに描かれる。だからこそ、その輝きが失われる瞬間の痛みは、より深く、より辛く感じられた。言葉にできない想い、伝えられなかった真実が、二人の未来を静かに変えてしまう。そのもどかしさが、観る者の心を締めつけていた。HYの「366日」が物語全体に寄り添い、感情の波を優しく、時に鋭く揺さぶる役割を担っていた。私はファンではなかったがその感動は大きかったため、ファンであればあるほど、歌詞の一つひとつが登場人物の心情と重なり、より深い感動を味わえると思う。そして、最後に美海と結ばれる幼馴染み・琉晴の誠実さが、報われる形で描かれたことも印象的だった。そこで湊に戻らないところがより現実みのある設定に感じさせた。この作品は青春の煌めきと別れの痛み、そして再生の希望を繊細に描いていると思った。仕方のないすれ違いの中にも、確かに愛があったことを教えてくれる、優しく切ない作品だった。
30.「Call me by your name」映画 アンドレ・アシマン原作
<あらすじ>
毎年夏を北イタリアの避暑地にある別邸で過ごす大学教授の一家に、ひと夏の客人としてアメリカからやってきた大学院生オリヴァー(アーミー・ハマー)。一家のひとり息子、早熟な17歳の少年エリオ(ティモシー・シャラメ)はオリヴァーに強く惹かれ始める。そしてオリヴァーもまたエリオに。
短い夏を惜しむように愛を確かめ合う二人だが、夏の終わりとともにオリヴァーは帰国。数ヶ月後、その年のハヌカ祭(キリスト教のクリスマスと同じ時期に行われるユダヤ教の祝祭)にオリヴァーからの電話でエリオが告げられたのは、「結婚することになった」という予期せぬ言葉だった。
<感想>
『Call Me by Your Name』というタイトルには、相手と一体化したいという強い願いが込められていると感じた。名前を交換するという行為は、単なる愛情表現ではなく、自己と他者の境界が曖昧になるほど深く結びつきたいという思いの象徴だと思う。この作品は、恋愛の甘さだけでなく、愛の中にある揺らぎや葛藤を繊細に描いていると思った。特に同性愛というテーマに対して、時代背景の中で冷ややかな視線が存在していたことを思うと、登場人物たちの感情の深さや勇気がより際立って見えた。彼らの関係は、社会の枠組みを超えて、純粋に人と人が惹かれ合う姿を描いており、愛の多様性について考えさせられた。誰かを好きになることに理由はなく、ただその人自身に惹かれるという感覚が、静かに、しかし力強く伝わってきた。今よりも理解が進んでいなかった時代に、こうした作品が生まれたことに意味があると思う。映像も俳優も音楽も美しく、全体的に涼しげで儚さを感じさせる作品だと思った。観終わった後、心に残る余韻が長く続いた。
大門優
RES
①『チェンソーマン』(単行本1巻〜11巻)
著:藤本タツキ 集英社
【あらすじ】
悪魔という存在が日常に蔓延る世界で、主人公デンジは父親の借金を返すため、チェンソーの悪魔ポチタと共にデビルハンターとしてド底辺の生活を送っていた。デンジ達はヤクザの斡旋の下、悪魔を駆除していたのだが、ある日、命の危機に陥ったことをきっかけに、唯一の友達だったポチタと融合し、デンジは悪魔の力を手に入れることとなった。やがて公安所属のデビルハンター、マキマに拾われ、「公安対魔特異4課」の一員として働くことになる。死の間際、ポチタと交わした「私の心臓をやるかわりにデンジの夢を見せてほしい」という契約を守るため、チェンソーの悪魔となったデンジは新たな生活を始め、過酷な運命に抗うのだ。
【感想・考察】
全体を通し、人智を越えた存在の描写がとても分かりやすく描かれていると考える。特に3巻、呪いの悪夢カースによるコマ枠外からのデコピンが印象的であった。コマ枠を飛び出すという表現はよくあるものだが、人では無い何かの存在を読者に明確に伝えるのに適した技法であると感じた。
またそのような存在に対する恐怖の描き方にも衝撃を受けるものが多かった。銃の悪魔被害による死亡者の名前をズラッと書き並べる演出や、闇の悪魔登場シーン、11人の真っ二つの宇宙飛行士などの印象が強い。この宇宙飛行士は、1997年までに事故死した宇宙飛行士の数と一致するようだ。人類の恐怖というものを示唆するのに、これ以上の物を見たことがないほど卓越した表現であると感じた。
藤本タツキの作風として、とても単調に物語が進む印象がある。登場キャラクターが、わりとあっさり死亡するのだ。そのため、読んでいてとてもテンポが良く、物語の進展が早いと感じた。その読みやすさは、登場人物の心情を長々と書かないことによる効果であると考える。しかし、まったく書かれていないわけではない。登場人物の死は、確実に残されたキャラクターに影響しているのだ。9巻アキの「怖気づきました」や、アキの死後アイスを吐くデンジなど、確かに描かれるその登場人物の成長や変化が、この作品の魅力なのだと考える。
②『チェンソーマン レゼ篇』(映画)
原作:藤本タツキ
監督:𠮷原達矢 脚本:瀬古浩司
【あらすじ】
原作単行本5巻86p〜6巻までの映画化。主人公デンジが偶然出会った少女、レゼに翻弄されながら、予測不能な運命へと突き進むボーイミーツガールの物語。デンジの新しいバディであるサメの魔人ビームや、天使の悪魔など主要キャラクターが登場する。
【感想・考察】
まず、物語としてのまとまりがとても良いと感じた。長さ的にも、展開的にも、映画化に適した原作部分であったのではないだろうか。
冒頭、いつも見る扉の夢のシーンは白黒から始まり、その後主題化『IRIS OUT』のMV的映像に繋がるため、画面の賑やかさのギャップで視聴者の心を掴んでいるように感じた。
全体を通して、このような急激な展開の切り替わりによる効果があったと考える。特にモンタージュ技術によって展開、構成がより魅力的になっていたのではないだろうか。特に、暗殺者から逃げるレゼのシーンにおけるカットモンタージュ、花火大会でのキスシーンにおけるマッチカットなどは、原作漫画には無い表現であり、映画作品としてさらに作品をよくする表現であったと感じた。
戦闘シーンの迫力は言うまでもないため割愛。ここでは台風の悪魔との戦闘について触れたい。台風の悪魔撃破時の、血しぶきが飛び散るシーンの脚色にて、原作では1コマだけであったこのシーンに、血が海のように街に流れるシーンが追加されていた。まるでエヴァの使徒撃破時のようなこのシーンは、そのオマージュだったのではないだろうか。
映画レゼ篇には、原作漫画ラストシーンよりほんの僅かに救いがあるのかもしれないと考えている。原作では喫茶店の中でデンジが花束を持っている様子を、レゼが視認できていたのか明確ではなかった。しかし映画では該当シーンがPOVショットとなり、まばたきのような演出が加えられているのである。この演出による微かな救いが、物語をより切ないものにし、出会えなかった二人を見た視聴者の余韻を強固なものにしているのではないだろうか。
最後、レゼが訪れなかった喫茶店にパワーが訪れ物語は幕を閉じるのだが、冒頭以来のパワーの登場により日常に戻っていく雰囲気が、よりレゼとの日常の儚さを演出しているように感じた。
③『光の死んだ夏』(単行本1巻〜6巻)
著:モクモクれん KADOKAWA
【あらすじ】
とある集落で暮らす少年、よしきと光。同い年の2人はずっと一緒に育ってきた。しかしある日、光が行方不明になってしまう。帰ってきたのは、光の姿をした、しかし光ではないナニカだった。例え偽物でも、代わりだとしても一緒にいたい。友人の姿をしたナニカとよしきの奇妙な関係を描く、青春ホラー作品。
【感想・考察】
日常に潜む、人ならざる者という恐怖。知り合いや、親しい人が同じような状態になってしまったら、きっと恐れ慄くだろう。私がそのような価値観を持っているからこそ、光とよしきの異様な共依存関係が、より魅力的に感じるのだと思う。
ナニカに入れ替わった光は度々人ならざる価値観を出してしまう。しかしその根本にある寂しさや悲しみがそのナニカのキャラクターを魅力的にすると同時に、光が死んだという現実を叩きつける証拠となり、よしきにダメージを与えているのだ。
はじめは光の代わりとしてナニカを扱っていたよしきも、関係を重ねるうちに彼そのものに向き合うようになる。ナニカもまたよしきとの関係をきっかけに成長していく。この2人の歪な関係とその成長こそがこの作品の魅力であると考える。
物語は現在この2人の成長を中心に、ナニカの正体を探るというストーリー展開である。2人の現実に向き合うその姿を、最後まで見届けたいと思う。
④『怪獣8号 第1期』(アニメ)
原作:松本直也
制作:Production I.G 監督:宮繁之、神谷友美
【あらすじ】
怪獣が人々の生活を脅かす世界。怪獣と戦う日本防衛隊になる夢を諦め、怪獣の死体を片付ける清掃業に就いていた日比野カフカは、ある出会いをきっかけに再び夢を追い始める。しかしその矢先、謎の怪獣によって、怪獣に変化する力を得てしまう。それでも夢を諦めず、カフカは怪獣災害に立ち向かう。
【感想・考察】
物語の始まり、カフカが現状を肯定しようと自分に言い聞かせようとする場面で、対照的に描かれる汚く狭い部屋や、散乱したレトルト食品のごみなどが、夢を諦めた中年男性の現実を生々しく描いているように感じた。このような主人公が力を手に入れるという展開はありふれたものだが、この作品の魅力はそのありふれた主人公カフカの自分への向き合い方にあると考える。
スーツや武器の力をまったく引き出せないカフカは紛れもない防衛隊の落ちこぼれだ。しかしその逆境の中あきらめないその姿が、他の隊員や様々な人物影響を与えていくのだ。彼の素の人間力で築かれていく仲間との関係が、カフカが怪獣であることが露呈した時の展開をより魅力的なものにしていると考えられる。11話にて連行されるカフカに、同乗する上官へのものと称して敬礼するシーンは、特に心揺さぶられるものであった。
映像としては、ゴジラやエヴァの影響を受けていると考えられるシーンが多々見られるように感じた。カフカの一撃必殺的な攻撃により飛び散る怪獣の血液や臓物は、まさにエヴァの使徒のようである。しかし怪獣撃破後に降り注ぐ血の雨、そこに立ち尽くす怪獣8号という絵はこの作品特有のものであり、怪獣8号を象徴するシーンなのではないだろうか。
⑤『怪獣8号 第2期』(アニメ)
原作:松本直也 監督:宮繁之
制作:Production I.G
【あらすじ】
四ノ宮功の判断によって兵器化を免れた怪獣8号・日比野カフカ。そんな彼の前に現れたのは、第1 部隊を率いる防衛隊最強の男・鳴海弦だった。新しい環境にて、カフカは防衛隊の戦力として、新たな生活を始めることになる。防衛隊には暗躍する怪獣9号の脅威も迫り、防衛隊に史上最大の危機が訪れようとしていた。新世代の防衛隊は、この危機を乗り越えることができるのだろうか。
【感想・考察】
第2期ではカフカが自身の持つ怪獣の力と向き合うということについて描かれる。怪獣の力を使いすぎると元に戻れないかもしれない、という事実を知った後も、カフカは戦うことを選ぶのだ。カフカを想う仲間の反応と、カフカのその選択との対比が、彼らが築いてきた関係性を象徴しているのだと考えられる。
また、第2期では他の隊員の成長も描かれる。とある隊員が、努力では変えられない才能という壁を前に、仲間に嫉妬や妬みの感情をぶつけてしまうシーンは、第1期のカフカのような葛藤を想起させた。しかし彼は最終的に仲間を助け、後を追いかける。主人公カフカ同様に、諦めず、前に進むその姿勢と成長こそがこの物語の鍵なのだ。
第2期は、第1期と比べ人型の強力な怪獣が複数登場する。そのため第1期のようなエヴァやゴジラのオマージュ的な描写は減り、変わりにその怪獣の強さを示唆する表現が多いように感じた。その中でも特に23話の怪獣15号戦闘時におけるPOVショットが印象に残っている。そのため戦闘のメリハリという点では第2期のほうが魅力があるのではないかと考える。
⑥『俺だけレベルアップな権』
原作:DUBU、Chugong、h-goon 監督:中重俊祐
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
舞台は異次元と現世界を結ぶゲートという物が登場発生した世界。そこでは特殊能力を発言する人間が現れ、ハンターといえ職業が生まれた。そんな中、人類最弱兵器と呼ばれる主人公水篠旬は、ある事件をきっかけに自分だけがレベルアップする能力を手に入れる。降りかかる試練を乗り越え、水篠旬は力を求め前に進むのだ。
【感想・考察】
このようなカラー漫画作品のアニメ化は始めて視聴したため、「原作がそのまま動いている!」という印象を普通の漫画のアニメ化より強く感じたように思える。これはメリットである一方、デメリットにもなり得た。私は漫画のアニメ化の大きなメリットは、色が付き、動くことだと考えている。そのため、元から色があるこのような作品において、序盤における動きに対する感動が少ないように感じたのだ。しかし、このアニメの魅力は成長にあるように、その動きに対する感動も、物語が進むと共に進歩していたのではないかと考える。その変化は、戦闘シーンで強く見られる。
前半は泥臭い戦い方が目立つ主人公であったが、物語が進むにつれレベルが上がり、戦闘のテンポや動きが良くなる。その追体験がより戦闘シーンを魅力的にする同時に、カメラワークにも変化を与えているのだと考える。序盤に比べ、明らかにダイナミックに、そして様々な視点で動いているのだ。特に物語終盤のイグリット戦は、多様な視点から描かれる。POVショットや俯瞰視点などを高速に切り替えるその手法は、視聴者に対する「動き」というものへの感動を増幅させているのだ。
主人公の成長と同期して、カメラや映像の動きも素早くなるこの作品は、追体験による新たな感動を与えてくれる作品であった。
⑦『俺だけレベルアップな権 Season2 -Arise from the Shadow-』
原作:DUBU、Chugong、h-goon 監督:中重俊祐
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
レベルアップを続ける水篠旬は、母親の病気を治す薬を作る、という新たな目標のために戦いを続ける。そんな中、過去に多くのハンターが挑むもクリアに失敗した架南島のゲートからは、アリの脅威が迫っていた。
【感想・考察】
Season1と比べ、人間ドラマが多い印象であった。レベルアップによる力を得た水篠旬の人間関係は複雑化し、その裏では様々な権力争いや陰謀が起こることになる。戦闘面だけでなく、このような人間関係の中で彼に守りたい人や物が増えていく様子も、この作品の魅力であると考える。
物語終盤では、水篠旬の強さは圧倒的なものとなる。その戦闘の爽快さは、Season1からの成長の追体験があるからこそ、より際立つものなのではないだろうか。
⑧『その着せ替え人形は恋をする Season2』(アニメ)
原作:福田晋一 監督:篠原啓輔
制作:Clover Works
【あらすじ】
雛人形を作る頭師を目指す五条若菜と、同じクラスの人気者、喜多川海夢。コスプレを通じて交流を深める2人は文化祭でのクラスメイトとの関わりや、新しいコスプレ仲間との出会いの中で、さらに関係を深めていく。
【感想・考察】
この作品で一番特徴的な点は、アニメの中でアニメを流すという、複数のメディアを混在した状態を作り出す点である。Season2ではとあるゲーム作品のコスプレをするのだが、そのゲームを五条若菜がプレイするシーンでは、実際にそのゲーム画面が画面に映っているかのように描写しているのだ。コスプレにおける作品を知ることの大切さという、五条若菜が大切にしている行動を追体験させるこの表現があることにより、視聴者はより作品に、てコスプレに没入することが出来ているのではないだろうか。
またSeason2ではクラスメイトとの関わりが五条に大きな影響を与えている。物語の根幹にもある好きな事をするのはおかしくない、という考えを、クラスメイトを通して改めて実感し、自信を持っていく彼の姿は、視聴者にそれまでとは別の感動を与えているのだ。
⑨『ホリミヤ』(アニメ)
原作:HERO、萩原ダイスケ 監督:石浜真史
制作:Clover Works
【あらすじ】
成績優秀、容姿端麗、クラスの人気者である堀京子は、家では共働きの両親に代わって家事や弟の面倒を見る家庭的な女子高生であった。そんなある日、ケガをした弟を送り届けてくれた宮村伊澄と出会い彼の秘密を知ってしまう。彼らを中心に広がる、でこぼこで、されど心温かい人間関係を描く群像劇。
【感想・考察】
最初に、全体的に大幅に物語がカットされていた。1クールのアニメとして綺麗に収められていたが、カットされている分、原作と比べ展開の早さを若干感じてしまった。ホリミヤ-piece-において追加で人気エピソード描かれているため、こちらも視聴することをオススメしたい。
この作品の魅力は堀京子、宮村伊澄の2人による、お互いの知らていない姿を知ることから始まる。かなり距離の近い状態から始まる2人の関係であるが、関係が進展するにつれ今までにはない表情を見せたり、反応をする2人の独特な距離感は、読者に新鮮な恋愛ストーリーを見せてくれる。またこの2人以外の人間関係においても、クセの強いキャラクターが多く、見ていて飽きない作品であった。
⑩『ソードアート・オンライン』(アニメ1〜25話)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
フルダイブシステムが発展した世界、主人公キリトは「ソードアート・オンライン」というVRゲームをスタートする。しかしそれは制作者の野望によって開かれた、ゲームオーバー=死のデスゲームだったのだ。主人公キリトはゲームをクリアし、現実世界に戻ることができるのだろうか。
【感想・考察】
シリーズを通し一番視聴者の心を揺さぶり、感動させたのは、この最初の物語であると私は考える。実際にVRゲームが大きく発展している現代において、そしてさらに発展するであろうこれからの時代で、この作品に対する認識も大きく変化するのではないだろうか。
アニメ全体を通してPOVショットによる影響が大きいように感じた。実際にゲームをプレイしている登場人物の視点を見るその追体験は視聴者の没入感をより強固なものにしている。特にゲームからログイン出来ないことが発覚するシーンでは、これにより不穏感が高まっていたと考える。
作中におけるソードアート・オンラインというゲームは、様々な人間に影響を与え、多くの火種を残し、これからのシリーズ全てに関係してくる。たかがゲームのデータという認識を覆すストーリー展開、そしてキリトの選択と行動は、その後の物語全体に影響を与えているのだと考える。
⑪『ソードアート・オンラインⅡ』(アニメ1〜24話)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
ゲーム、ソードアート・オンラインから無事帰還したキリト。SAO生還者として目をつけられたキリトは総務省から依頼を受け、ガンゲイルオンラインというゲームに潜入することになった。目的はゲーム内の銃撃で実際に人を殺すと噂の「デスガン」の調査であった。そのゲームでキリトは凄腕のスナイパー、シノンと出会うことになる。
【感想・考察】
前作同様、POVショットによる描写が見られるが、それに加えスコープ越しの視点、弾道の追従というものがよく用いられるようになっている。これは前作が剣と魔法が中心の戦いであるのに比べ、基本銃撃戦のガンゲイルオンラインとの大きな差である。そのような戦闘において、スローモーション映像を挟むことにより、映像にメリハリをつけているのではないかと感じた。
後半クールに登場する、ユウキというキャラクターも、物語に大きく影響を与えている。ヒロインのアスナは、病気で死ぬ間際のユウキから、特別なスキルを授かる。この技は後々の作品で登場し、視聴者にユウキの存在を想起させる。この技はたかがゲームのデータといえど、それ以上の意味や価値を持つ。そしてここには、それらを受け継ぎ、繋いでいくという、シリーズを通した想いが描かれているのではないだろうか。
⑫『劇場版ソードアート・オンライン-オーディナル・スケール-』(映画)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
AR型情報端末オーグマーが発売され、専用ゲームオーディナル・スケール(OS)が爆発的に人気になった。キリト一行もプレイするのだが、その途中、今は存在しないはずのSAOのボスが登場するイベントの情報を手に入れる。OSの裏で動く野望に、キリト達は新たな戦いを始める。
【感想・考察】
これは劇場版書き下ろしストーリーとなっている。すでに類似するAR機器の発売が可能になっていることを考えると、この映画のような問題が起こってもおかしくない未来も遠くないのかもしれない。そう考えると、この作品も別視点から楽しむことができた。
ストーリー展開的には原作者書き下ろしストーリーということもあり、まったく違和感なく視聴することができた。物語後半、人々を救うため仲間が集結するシーンでは、SAOⅡにおけるユウキの技なども登場し、ベタでありながらもシリーズにおける積み重ねを感じる展開であった。
今回の事件の発端であるSAO被害者について、事件記録全集に1文記述されるという物語の締め方も、受け継いで、紡いでいくというシリーズの流れを感じるものであった。
⑬『百瀬アキラの初恋破綻中。』(単行本1〜2巻)
著:晴川シンタ 小学館
【あらすじ】
ド田舎に暮らす少年、久我山はじめのもとに帰ってきた、かつての憧れの同級生、百瀬アキラ実は彼女は、大好きなはじめと結ばれるため、周到な計画を立てて田舎に帰ってきていた!! しかし、超不器用なアキラの計画は、いつもだいぶ空回り。 一方はじめも超鈍感&先走り体質で、めちゃくちゃにすれ違ってしまう。果たして2人は、思い描いた未来へ進めるのか。
【感想・考察】
この作品を読んでいて特に印象に残るのは、物語冒頭に挟まる田舎エピソードプロローグである。鎮座する鹿、駆除されたツキノワグマ、ツチノコ捕獲イベント等々、数コマで終わるにも関わらず印象が強い。これらのエピソードは作者の故郷が参考にされているらしい。このプロローグが物語における閑話休題の役割を果たし、ストーリーにメリハリを出しているのではないだろうか。はじめとアキラのグダグダ恋愛にこのような要素が加わることで、2人のうまくいかない奇妙な関係がラブコメ展開に進む繋ぎの役割となり、ギャグと恋愛が織りなす魅力的な作品となっているのではないだろうか。
⑭『Re:ゼロから始める異世界生活 3rd season』(アニメ51〜66話)
原作:長月達平 監督:篠原正寛
制作:WHITE FOX
【あらすじ】
聖域での戦いから1年が過ぎ、エミリア陣営も平穏な日々を送っていた。しかしその平和は、1枚の書状によって終わりを告げる。アナスタシアの使者としてやってきたヨシュアとミミによって届けられたのは、水門都市プリステラへの招待状。そこには、エミリアが探していた魔晶石を持つ商人がいるという。物語は幕を開け、スバルの新たな戦いが始まった。
【感想・考察】
3期では大きく分けて、スバルの周囲からの認識の変化、そして戦闘という要素が描かれていた。特徴的なのは死に戻りというこの作品のメインともなる能力があまり使われなかった点にある。今まではその死に戻り能力によって情報を得ていたため、今作では上手く行きすぎているとすら思えたのだ。私は原作小説を読んでいないためあくまで推測にしかならないが、ここでは何かしら別の能力の影響があったのではないかと考えている。
スバルの演説シーンも、とても重要であったと考える。卑下から始まるその演説は街でおびえる人々の心をつかみ、前を向かせることに成功する。周囲のスバルの評価を変えることとなる重要なシーンであると同時に、スバルが一人で戦うわけではなくなることを表すシーンでもあるのだ。英雄扱い。負けることが許されなくなった状態で、「いつも通りだ」とつぶやくスバルの姿とその覚悟には心動かされる物があった。
⑮『東京喰種 トーキョーグール』(アニメ1〜12話)
原作:石田スイ 監督:森田修平
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
平凡な学生カネキが恋したのは、人喰いの化け物喰種であった。ここから彼の運命の歯車は狂ってしまう。彼女に襲われたカネキは彼女の臓器を移植され、半喰種となってしまう。人ではなくなった彼は化け物と人間の狭間で苦しみ、そして新しい仲間に出会うことになる。
【感想・考察】
正義の反対は別の正義、を体現したかのような作品であると感じた。急に食べ物が食べれなくなり、人間を美味しそうに思ってしまう元人間という不安定な主人公の心情を表す悲痛な叫びなどが、作品の暗さをさらに強調していた。人間側からすれば喰種が、しかし喰種から見れば人間が絶対的悪になるその展開が、その中心にいるカネキ視点で描かれることにより、さらに悲痛なものになっているのだと考える。
また喰種の捕食器官である赫子による戦闘は、その武器の特殊さゆえに、他のアニメには無い独特な立ち回りを感じた。1期はこの戦闘シーンにおいて、一番勢いがあるシーズンであると考える。
このように、戦闘面そして精神面ともに、カネキの成長を通し物語が展開しているのだ。物語の最後、アオギリ樹加入という、原作とは違う展開で物語が進んでいく。
⑯『東京喰種 トーキョーグール√A』(アニメ1〜12話)
原作:石田スイ 監督:森田修平
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
東京では好戦的な喰種集団、アオギリの樹、CCG、あんていくの激しい攻防戦が繰り広げられていた。あんていくから去ったカネキはアオギリの樹に加わる。CCGは梟という強力な喰種を捜索し、あんていくの面々は危機に瀕していた。
【感想・考察】
1期で喰種と人間の狭間で苦しんでいたカネキは、今作では喰種としての生活をしている。ここでストーリーは喰種側、人間側2方向から進行し、物語が展開していく。これにより正義の裏は正義というテーマを、さらに強調しているのではないだろうか。
物語の最後に、カネキは自分が守りたいもののために行動する。しかし、守り切ることは出来ず、そして友人まで失ってしまうことになるのだ。燃える思い出の地を後に、友人の亡骸を抱え人間のもとへ歩く彼の静かな彼は、何を思っていたのだろうか。モノローグ無しで、ただ歩くその姿は、物語の終幕を淡々と告げるような役割を果たしていたと思った。
⑰『東京喰種 トーキョーグール:re』(アニメ1〜24話)
原作:石田スイ 監督:渡部穏寛
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
喰種を駆逐、研究するCCGが実験体集団を新設した。喰種の力を使い喰種を狩る彼等はクインクス(Qs)と呼ばれた。主人公佐々木琲世は彼らの指導役となり、喰種を狩るCCGの一員として戦う。
【感想・考察】
私はアニメのみ視聴していたため、最初は主人公が変わったことに驚いた。何の前触れもなく突如現れた新しい主人公佐々木琲世。しかし彼こそが、記憶を失った前作主人公カネキであったのだ。
東京喰種:reにおいて、カネキの見た目は何度か劇的に変化する。1期で人間と喰種の狭間にいたカネキは、2期で完全に喰種側になってしまっていた。3期であるreでは、CCGの一員、佐々木琲世と、喰種カネキの間で揺れ動くことになる。不安定な彼の立場や感情はその見た目に大きく反映され、読者にその様子を痛いほどに伝えてくるのだ。
この主人公の安定しない心情がこの作品の魅力であると考える。物語の最後、彼が出した結論は、喰種、そして人間の未来を大きく変える。それは彼が喰種と人間、どちらでもないからこその結末であった。カネキが何を守りたいのか。何のために戦うのか。種族の垣根を越えたその選択は、正義の反対は正義という壁を取り払う大きな行動となったのだ。
⑱『尾守つみきと奇日常』(単行本1〜7巻)
著:森下みゆ 小学館
【あらすじ】
多様性の時代とされる現代、「幻人」たちは人間と関わり合って生活していた。舞台は幻人たちが多く通う景希高校。そこに入学した人間の少年、真層友孝は過去の経験から人に合わせすぎて自分の気持ちが分からなくなっていた。そんな彼はウェアウルフの少女、尾守つみきと出会い、自分の気持ちを見つけていくのだった。
【感想・考察】
それぞれ違った特性を持った幻人のクラスメイト達。彼等はまたそれぞれ違った悩みを抱えていた。多様性を謳う世の中にあるちょっとした理不尽に、真正面からぶつかる尾守つみきとの姿と、それに影響され過去に立ち向かう真層友孝の成長は、微笑ましいものであると同時に、私達に立ち向かう勇気を与えてくれるものでもあると感じた。2人の関係性、そしてほのめかされる幻人と人間の恋愛問題についても、最後まで見届けたい作品である。
⑲『つめたいよるに デューク』(小説)
著:江國香織 新潮社
【あらすじ】
12月のとある日、一人の女が愛犬の死を悲しみ、大泣きしながら歩いていた。そんな彼女に一人の不思議な少年が声をかける。そんな少年になぜか、死んでしまった愛犬、デュークの面影を感じるのだった。
【感想・考察】
ペットを飼っていた人間なら、誰もが味わうこととなる別れの悲しみを、深く、そして丁寧に描いている作品であると感じた。「デュークが死んだ」と何度も繰り返すその表現は、死を受け入れられない主人公の情緒を生々しく描いている。作品全体を通しこの似たような文章を繰り返すことで、拭うことのできない悲しみや、埋めることのできない心の穴が見事に表現されているのだと考える。
最終的に少年がデュークなのか、生まれ変わりなのか。少年が人間だったのかなどは明かされずこの短編は終わる。この点を明確にしないからこそ、物語に余韻が生まれているのだ。
⑳僕の好きな人が好きな人(単行本1〜3巻)
原作:葵せきな 漫画:つづら涼 白泉社
【あらすじ】
主人公、秋月奏良は、思いを寄せていた後輩、不破美夜に告白するも「好きな人がいる」と振られてしまう。彼女の好きな人とは、生徒の様々な依頼を受ける謎の部活、治験部の部長、涼風朝陽。
朝陽の勧誘で治験部に入部することになった奏良だが、そこで朝陽にも幼い頃に出会った思い人がいることを知る。しかしその思い人は、実は秋月奏良だったのだ。
【感想・考察】
よくある三角関係のラブコメストーリーであるが、この作品の魅力はそのラブコメ要素だけではなく、恋敵同士の関係性にもあるのだ。この作品を通して秋月奏良は、想いを大切にするという考えを大切にしている。秋月は、恋を諦めようとする不破に対してその想いを大切にして欲しい、と背中を押すのだ。この3人の複雑な関係の入り混じこそが、この作品の魅力だと考える。
㉑『さらばウィリービンガム』(短編映画)
監督:Matt Richards
【あらすじ】
重犯罪を犯した囚人に対して、新たな量刑制度が設けられることになった。死刑より重いその罰、それは体の部位を少しずつ切断するというもの。刑は医療プロセスに基づき行われ、術後の痛みも少ない。しかし、その切断の内容や回数は被害者遺族が決めることができるのだ。
【感想・考察】
映画の中でこの刑が賛否両論だったように、もし現実に出来たとしても同じように意見が割れるか、反対される内容であると考えられる。刑が進むにつれ立ち会う被害者遺族は減り、ウィリーも、施術する医者もやつれていくその様子は、見ていて辛くなる。
週末になると問題児のいる高校などで見せしめとされるウィリーが、どんどん自分を見失っていく姿は、犯罪者といえど人間であるということを視聴者に思い出させる悲惨なものであった。刑に必要とされること、遺族が望むことについて今一度考えさせられる作品なのではないだろうか。
㉒『死のトンネル』
監督:Andrew Clabaugh、Alex Spear
【あらすじ】
とある家族の、海からの帰り道。同じ形の車が整然と並び、ゆっくりと進んでいく。しかしこれはただの渋滞ではない。その先に待つのは死のトンネル、増えすぎた人口を減らす、差別なき口減らしであった。静かな不穏さが続く、ディストピア・スリラー作品。
【感想・考察】
SF作品を書くにあたって、増え続ける人口をどうするのか?というのは作者の腕の見せ所であると考える。その点、この作品の死のトンネルという仕組みはシンプルで、しかし印象的なものであると言える。
家から出なければ良いなどの反論について、作品内で触れられることはない。ニュースでは直近いつトンネルが閉じたかが、淡々と報じられているのだ。まるで日常の一部かのようにそこにあり、人を殺している。生きるか死ぬか、その偶然の残酷さと、従うしかないであろう彼らの現状が、密かに描かれているのだと考えられる。
主人公の車はラスト、ギリギリでトンネルを抜ける。しかし主人公の息子が窓越しに目を合わせた少女の車は、トンネルの中に残されてしまうのだった。死と常に隣り合わせの生存の中で、サバイバーズ・ギルトに悩まされることとなるだろう。
生きるためには他者の犠牲を受け入れる必要があり、自分が次の犠牲者になる可能性に目を瞑らなければならない。その矛盾と葛藤こそがこの映画の魅力であると考える。
㉓『天国大魔境』(単行本1〜5巻)
【あらすじ】
文明が完全に崩壊した廃墟の日本、マルとキコルが旅をしていた。目的地は天国と呼ばれる場所。2人はそれぞれの目的を持ち、人喰いの化け物と戦いながら道を進む。一方、壁に囲まれた施設で外の世界を知らずに育つ子供たちがいた。子供たちはとある目的のため成長させられ、その陰謀は確実に進んでいる。そんな中、外の世界を夢見る子供がいた。この2つの視点から描かれる、近未来SFアドベンチャーである。
【感想・考察】
2つの視点で進むこの物語では、世界の謎が少しずつ解き明かされていく。特に人喰いの化け物ヒルコについては、その正体が人間であるという真実にたどり着くまでの布石が両方の視点から描かれていた。少しずつ世界の秘密が解き明かされるにつれ、新しい疑問が登場人物を襲う。この謎が謎を呼ぶ展開が世界に対する疑念や不安を増幅し、常に緊張感漂う展開を作り出す効果を生んでいると考えられる。
㉔『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』(単行本1〜2巻)
著:まるよのかもめ
【あらすじ】
主人公は望月美琴、21歳、営業事務。おっとり、ほんわかな彼女の幸せはドカ食い。カロリーオーバードーズで至る、不健康限界突破、禁断グルメギャグ作品。
【感想・考察】
同じ人間としては信じられない食生活の主人公だが、見ていてどこか満足感のある作品である。彼女の食欲は尋常ではなく、健康診断で絶食を余儀なくされた様子は正気の沙汰ではない。その様子のおかしさからインターネット上で度々話題に上がり、ネットミームとなっている姿を見かけることも多い。良い意味でも悪い意味でも、読者への影響が大きかった作品であると考えられる。一方で、2巻で登場する妹がタバスコ狂であり、姉と共通して食に関する問題を抱えているため、家庭の問題があったのではないか?という見方もされている。
どちらにせよ、登場人物の不健康さは戦慄するほどのものであり、たびたび現れる死神が一番健康などと言われる当作品で、主人公が最後まで生きていることを願うばかりである。
㉕『片田舎のおっさん、剣聖になる』(単行本1〜7巻)
原作:佐賀崎しげる、鍋島テツヒロ
漫画:乍藤和樹 秋田書店
【あらすじ】
片田舎の村で細々と剣術道場を営む男ベリル・ガーデナントは、かつての教え子アリューシアの計らいにより、騎士団付きの特別指南役として王都に向かう事になる。大成した弟子達と再会し、盛り立てられるベリルは自らを卑下するが、その剣の腕は本物であった。
【感想・考察】
展開としてはありふれたものであるが、この作品の魅力は戦闘シーンの迫力にあると考える。登場するキャラクター全員にそれぞれの剣術があり、戦いの中での信念や目標があるのだ。また他作品では省かれがちな立ち回りや、重心の移動、太刀筋の個人差が明確に描かれ、見ていて飽きることの無い戦いが多いのだ。キャラクターの信念、そして丁寧に描からる戦闘シーンこそが、この作品を魅力的なものにしているのだ。
上記したのは剣同士の戦いについてである。作品内には魔法が登場する。現実には無い現象を相手に、剣の腕一つで挑むベリルの戦い方は、読者の感情を沸き立たせるものであると言えるだろう。この剣術の評価というのはアニメ化でも顕著に表れ、その点において海外からの評価も高いのだ。
㉖『ルックバック』(映画)
原作:藤本タツキ 監督:押山清高
【あらすじ】
藤野と京本、2人の少女は、小学校の卒業新聞に漫画を載せることをきっかけに出会った。最初は藤野の一方的なライバル心であったが、引きこもりがちな京本に自分の漫画のファンだと言われ、やがて2人は一緒に漫画を描き始める。中学卒業後も創作に打ち込む日々を送るが、ある日を境に2人は違う道に進むこととなった。そしてそれぞれの思いを胸に、2人は創作活動を続ける。藤野は漫画家として成功した。しかし、そんな彼女の耳に京本の訃報が届くのだった。
【感想・考察】
描くという行為に向き合う2人のすれ違いに心打たれる物語であった。特に印象的なのは藤野の背中を映し、時間だけが過ぎていくという表現である。劇中何度か用いられるこの表現は、まるで京本が見て成長してきたであろう藤野の背中を見ているかのような印象を視聴者に与えているのではないだろうか。
まるであり得た別の世界を描くかのようなシーンと、残酷な現実のと対比、そしてそれでも机に向かうラストシーンの藤野の後ろ姿からは、描くことへの執着、没頭、熱意、孤独、様々な想いが感じられる。この作品は何かを描くすべての人の心をつかむ作品であったと思う。
㉗『グランド・ブダペスト・ホテル』(映画)
監督:ウェス・アンダーソン
【あらすじ】
ヨーロッパ随一の超高級ホテル、グランド・ブダペスト・ホテル。完璧なおもてなしが評判の伝説のコンシェルジュ、グスタヴ・Hは、富豪の常連客が殺された事件であらぬ疑いをかけられる。そして彼は、ベルボーイ見習いの少年ゼロと共に、ホテルで起きた殺人事件の解明に奔走する。
【感想・考察】
魅力的なキャラクター達が織りなすそのストーリーは、コメディ要素とシリアスな要素が見事に噛み合った作品である。特にグスタヴの毒舌と時折見せる優しさ、そして彼が持つ誇りの美しさと、それゆえに生まれるギャグシーンに心を掴まれる視聴者が多いと考える。
また彼に影響されたゼロが、だんだんウィットに富んだ発言をするようになる様子も、彼の成長を感じさせると共にコメディシーンとして成り立ち、感動と笑いを共存させるものであった。
また映像作品としても、どこを切り取っても華やかな画面であり、ミニチュアを見ているかのようなその世界観の作り込みが、より視聴者を物語に没頭させているのではないだろうか。
㉘『HANA-BI』(映画)
監督:北野武
【あらすじ】
不治の病を患う妻を抱える刑事の西。彼は犯人との銃撃戦により部下を失い、また同僚の堀部に重傷を負わせてしまう。そして残された時間で妻と過ごすため、そして堀部のために、銀行強盗を決行しヤクザに追われる身となる物語
【感想・考察】
北野武映画独特のカメラワークと、多くを語らないその世界観に吸い込まれるかのような作品。妻との逃避行の中、追いかけてくるヤクザと戦うシーンは、他作品には無い淡々とした空気とそれゆえの迫力がある。
ラストシーンでは、その結末を映像で描くことはなく、銃声とロングショットのみで、視聴者の想像力に委ねる形をとっている。この描き方により、西と妻との関係の儚さと、物語の余韻を大きく残しているのだと考える。
㉙『ペーパー・ムーン』(映画)
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
【あらすじ】
だらしなく楽観的なペテン師、モーゼス・プレイは、かつての恋人の葬式で、自らの子供か定かではない、アディ・ロギンズと出会う。狡猾なアディはモーゼに借金をさせ、彼と共にコンビを組み返済のための旅を始めるのだ。
【感想・考察】
狡猾な子供と、楽観的なペテン師というデコボココンビが織りなすコメディ要素の中に、確かな2人の絆の成長を感じることができる、心温まる作品。
特にアディの演技が凄まじく、モーゼとのやり取りがまるで本当に行われているかのように感じた。
本当の親子かも分からない2人が徐々に心を許しあい、最終的にまた旅を共にする展開、そして映画ポスターの2人の写真に、笑いと感動が生まれる。
最後まで2人が本当の親子なのか明かされることはない。しかし、例え偽物の親子だとしても、信じることでその関係は本物の関係になりうるのだと、作品を通して表現しているのだ。
㉚『シックス・センス』(映画)
監督:M・ナイト・シャマラン
【あらすじ】
かつて担当していた患者に銃で撃たれた高名な精神科医、マルコム。彼は複雑な症状を抱えた少年コールの治療に取り掛かる。少年には特殊な第6感があり、その能力のためにいじめられたり、恐怖におののいたりするのだと言う。かつての患者にコールを重ねたマルコムは、少年を治療しながら、妻とうまくいかない自らの心にも安息を見いだしていく。
【感想・考察】
最後のどんでん返しが非常に話題となった作品であり、その話題性に負けない衝撃のラストであった。マルコムとコールの2人が共に認めあい、お互いを信頼することで変わっていくその展開は視聴者の心を温めると共に、それすらラストシーンへの布石であることに驚くこととなる。
思い返してみればマルコムは誰とも会話しておらず、冒頭撃たれたマルコムがどうなったのかは、描かれていなかった。最後の最後までその事実に気が付かず、ゆっくりと進む感動的な物語に隠された伏線が、ラストシーンで伝えられるその衝撃は忘れられない物となるだろう。
著:藤本タツキ 集英社
【あらすじ】
悪魔という存在が日常に蔓延る世界で、主人公デンジは父親の借金を返すため、チェンソーの悪魔ポチタと共にデビルハンターとしてド底辺の生活を送っていた。デンジ達はヤクザの斡旋の下、悪魔を駆除していたのだが、ある日、命の危機に陥ったことをきっかけに、唯一の友達だったポチタと融合し、デンジは悪魔の力を手に入れることとなった。やがて公安所属のデビルハンター、マキマに拾われ、「公安対魔特異4課」の一員として働くことになる。死の間際、ポチタと交わした「私の心臓をやるかわりにデンジの夢を見せてほしい」という契約を守るため、チェンソーの悪魔となったデンジは新たな生活を始め、過酷な運命に抗うのだ。
【感想・考察】
全体を通し、人智を越えた存在の描写がとても分かりやすく描かれていると考える。特に3巻、呪いの悪夢カースによるコマ枠外からのデコピンが印象的であった。コマ枠を飛び出すという表現はよくあるものだが、人では無い何かの存在を読者に明確に伝えるのに適した技法であると感じた。
またそのような存在に対する恐怖の描き方にも衝撃を受けるものが多かった。銃の悪魔被害による死亡者の名前をズラッと書き並べる演出や、闇の悪魔登場シーン、11人の真っ二つの宇宙飛行士などの印象が強い。この宇宙飛行士は、1997年までに事故死した宇宙飛行士の数と一致するようだ。人類の恐怖というものを示唆するのに、これ以上の物を見たことがないほど卓越した表現であると感じた。
藤本タツキの作風として、とても単調に物語が進む印象がある。登場キャラクターが、わりとあっさり死亡するのだ。そのため、読んでいてとてもテンポが良く、物語の進展が早いと感じた。その読みやすさは、登場人物の心情を長々と書かないことによる効果であると考える。しかし、まったく書かれていないわけではない。登場人物の死は、確実に残されたキャラクターに影響しているのだ。9巻アキの「怖気づきました」や、アキの死後アイスを吐くデンジなど、確かに描かれるその登場人物の成長や変化が、この作品の魅力なのだと考える。
②『チェンソーマン レゼ篇』(映画)
原作:藤本タツキ
監督:𠮷原達矢 脚本:瀬古浩司
【あらすじ】
原作単行本5巻86p〜6巻までの映画化。主人公デンジが偶然出会った少女、レゼに翻弄されながら、予測不能な運命へと突き進むボーイミーツガールの物語。デンジの新しいバディであるサメの魔人ビームや、天使の悪魔など主要キャラクターが登場する。
【感想・考察】
まず、物語としてのまとまりがとても良いと感じた。長さ的にも、展開的にも、映画化に適した原作部分であったのではないだろうか。
冒頭、いつも見る扉の夢のシーンは白黒から始まり、その後主題化『IRIS OUT』のMV的映像に繋がるため、画面の賑やかさのギャップで視聴者の心を掴んでいるように感じた。
全体を通して、このような急激な展開の切り替わりによる効果があったと考える。特にモンタージュ技術によって展開、構成がより魅力的になっていたのではないだろうか。特に、暗殺者から逃げるレゼのシーンにおけるカットモンタージュ、花火大会でのキスシーンにおけるマッチカットなどは、原作漫画には無い表現であり、映画作品としてさらに作品をよくする表現であったと感じた。
戦闘シーンの迫力は言うまでもないため割愛。ここでは台風の悪魔との戦闘について触れたい。台風の悪魔撃破時の、血しぶきが飛び散るシーンの脚色にて、原作では1コマだけであったこのシーンに、血が海のように街に流れるシーンが追加されていた。まるでエヴァの使徒撃破時のようなこのシーンは、そのオマージュだったのではないだろうか。
映画レゼ篇には、原作漫画ラストシーンよりほんの僅かに救いがあるのかもしれないと考えている。原作では喫茶店の中でデンジが花束を持っている様子を、レゼが視認できていたのか明確ではなかった。しかし映画では該当シーンがPOVショットとなり、まばたきのような演出が加えられているのである。この演出による微かな救いが、物語をより切ないものにし、出会えなかった二人を見た視聴者の余韻を強固なものにしているのではないだろうか。
最後、レゼが訪れなかった喫茶店にパワーが訪れ物語は幕を閉じるのだが、冒頭以来のパワーの登場により日常に戻っていく雰囲気が、よりレゼとの日常の儚さを演出しているように感じた。
③『光の死んだ夏』(単行本1巻〜6巻)
著:モクモクれん KADOKAWA
【あらすじ】
とある集落で暮らす少年、よしきと光。同い年の2人はずっと一緒に育ってきた。しかしある日、光が行方不明になってしまう。帰ってきたのは、光の姿をした、しかし光ではないナニカだった。例え偽物でも、代わりだとしても一緒にいたい。友人の姿をしたナニカとよしきの奇妙な関係を描く、青春ホラー作品。
【感想・考察】
日常に潜む、人ならざる者という恐怖。知り合いや、親しい人が同じような状態になってしまったら、きっと恐れ慄くだろう。私がそのような価値観を持っているからこそ、光とよしきの異様な共依存関係が、より魅力的に感じるのだと思う。
ナニカに入れ替わった光は度々人ならざる価値観を出してしまう。しかしその根本にある寂しさや悲しみがそのナニカのキャラクターを魅力的にすると同時に、光が死んだという現実を叩きつける証拠となり、よしきにダメージを与えているのだ。
はじめは光の代わりとしてナニカを扱っていたよしきも、関係を重ねるうちに彼そのものに向き合うようになる。ナニカもまたよしきとの関係をきっかけに成長していく。この2人の歪な関係とその成長こそがこの作品の魅力であると考える。
物語は現在この2人の成長を中心に、ナニカの正体を探るというストーリー展開である。2人の現実に向き合うその姿を、最後まで見届けたいと思う。
④『怪獣8号 第1期』(アニメ)
原作:松本直也
制作:Production I.G 監督:宮繁之、神谷友美
【あらすじ】
怪獣が人々の生活を脅かす世界。怪獣と戦う日本防衛隊になる夢を諦め、怪獣の死体を片付ける清掃業に就いていた日比野カフカは、ある出会いをきっかけに再び夢を追い始める。しかしその矢先、謎の怪獣によって、怪獣に変化する力を得てしまう。それでも夢を諦めず、カフカは怪獣災害に立ち向かう。
【感想・考察】
物語の始まり、カフカが現状を肯定しようと自分に言い聞かせようとする場面で、対照的に描かれる汚く狭い部屋や、散乱したレトルト食品のごみなどが、夢を諦めた中年男性の現実を生々しく描いているように感じた。このような主人公が力を手に入れるという展開はありふれたものだが、この作品の魅力はそのありふれた主人公カフカの自分への向き合い方にあると考える。
スーツや武器の力をまったく引き出せないカフカは紛れもない防衛隊の落ちこぼれだ。しかしその逆境の中あきらめないその姿が、他の隊員や様々な人物影響を与えていくのだ。彼の素の人間力で築かれていく仲間との関係が、カフカが怪獣であることが露呈した時の展開をより魅力的なものにしていると考えられる。11話にて連行されるカフカに、同乗する上官へのものと称して敬礼するシーンは、特に心揺さぶられるものであった。
映像としては、ゴジラやエヴァの影響を受けていると考えられるシーンが多々見られるように感じた。カフカの一撃必殺的な攻撃により飛び散る怪獣の血液や臓物は、まさにエヴァの使徒のようである。しかし怪獣撃破後に降り注ぐ血の雨、そこに立ち尽くす怪獣8号という絵はこの作品特有のものであり、怪獣8号を象徴するシーンなのではないだろうか。
⑤『怪獣8号 第2期』(アニメ)
原作:松本直也 監督:宮繁之
制作:Production I.G
【あらすじ】
四ノ宮功の判断によって兵器化を免れた怪獣8号・日比野カフカ。そんな彼の前に現れたのは、第1 部隊を率いる防衛隊最強の男・鳴海弦だった。新しい環境にて、カフカは防衛隊の戦力として、新たな生活を始めることになる。防衛隊には暗躍する怪獣9号の脅威も迫り、防衛隊に史上最大の危機が訪れようとしていた。新世代の防衛隊は、この危機を乗り越えることができるのだろうか。
【感想・考察】
第2期ではカフカが自身の持つ怪獣の力と向き合うということについて描かれる。怪獣の力を使いすぎると元に戻れないかもしれない、という事実を知った後も、カフカは戦うことを選ぶのだ。カフカを想う仲間の反応と、カフカのその選択との対比が、彼らが築いてきた関係性を象徴しているのだと考えられる。
また、第2期では他の隊員の成長も描かれる。とある隊員が、努力では変えられない才能という壁を前に、仲間に嫉妬や妬みの感情をぶつけてしまうシーンは、第1期のカフカのような葛藤を想起させた。しかし彼は最終的に仲間を助け、後を追いかける。主人公カフカ同様に、諦めず、前に進むその姿勢と成長こそがこの物語の鍵なのだ。
第2期は、第1期と比べ人型の強力な怪獣が複数登場する。そのため第1期のようなエヴァやゴジラのオマージュ的な描写は減り、変わりにその怪獣の強さを示唆する表現が多いように感じた。その中でも特に23話の怪獣15号戦闘時におけるPOVショットが印象に残っている。そのため戦闘のメリハリという点では第2期のほうが魅力があるのではないかと考える。
⑥『俺だけレベルアップな権』
原作:DUBU、Chugong、h-goon 監督:中重俊祐
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
舞台は異次元と現世界を結ぶゲートという物が登場発生した世界。そこでは特殊能力を発言する人間が現れ、ハンターといえ職業が生まれた。そんな中、人類最弱兵器と呼ばれる主人公水篠旬は、ある事件をきっかけに自分だけがレベルアップする能力を手に入れる。降りかかる試練を乗り越え、水篠旬は力を求め前に進むのだ。
【感想・考察】
このようなカラー漫画作品のアニメ化は始めて視聴したため、「原作がそのまま動いている!」という印象を普通の漫画のアニメ化より強く感じたように思える。これはメリットである一方、デメリットにもなり得た。私は漫画のアニメ化の大きなメリットは、色が付き、動くことだと考えている。そのため、元から色があるこのような作品において、序盤における動きに対する感動が少ないように感じたのだ。しかし、このアニメの魅力は成長にあるように、その動きに対する感動も、物語が進むと共に進歩していたのではないかと考える。その変化は、戦闘シーンで強く見られる。
前半は泥臭い戦い方が目立つ主人公であったが、物語が進むにつれレベルが上がり、戦闘のテンポや動きが良くなる。その追体験がより戦闘シーンを魅力的にする同時に、カメラワークにも変化を与えているのだと考える。序盤に比べ、明らかにダイナミックに、そして様々な視点で動いているのだ。特に物語終盤のイグリット戦は、多様な視点から描かれる。POVショットや俯瞰視点などを高速に切り替えるその手法は、視聴者に対する「動き」というものへの感動を増幅させているのだ。
主人公の成長と同期して、カメラや映像の動きも素早くなるこの作品は、追体験による新たな感動を与えてくれる作品であった。
⑦『俺だけレベルアップな権 Season2 -Arise from the Shadow-』
原作:DUBU、Chugong、h-goon 監督:中重俊祐
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
レベルアップを続ける水篠旬は、母親の病気を治す薬を作る、という新たな目標のために戦いを続ける。そんな中、過去に多くのハンターが挑むもクリアに失敗した架南島のゲートからは、アリの脅威が迫っていた。
【感想・考察】
Season1と比べ、人間ドラマが多い印象であった。レベルアップによる力を得た水篠旬の人間関係は複雑化し、その裏では様々な権力争いや陰謀が起こることになる。戦闘面だけでなく、このような人間関係の中で彼に守りたい人や物が増えていく様子も、この作品の魅力であると考える。
物語終盤では、水篠旬の強さは圧倒的なものとなる。その戦闘の爽快さは、Season1からの成長の追体験があるからこそ、より際立つものなのではないだろうか。
⑧『その着せ替え人形は恋をする Season2』(アニメ)
原作:福田晋一 監督:篠原啓輔
制作:Clover Works
【あらすじ】
雛人形を作る頭師を目指す五条若菜と、同じクラスの人気者、喜多川海夢。コスプレを通じて交流を深める2人は文化祭でのクラスメイトとの関わりや、新しいコスプレ仲間との出会いの中で、さらに関係を深めていく。
【感想・考察】
この作品で一番特徴的な点は、アニメの中でアニメを流すという、複数のメディアを混在した状態を作り出す点である。Season2ではとあるゲーム作品のコスプレをするのだが、そのゲームを五条若菜がプレイするシーンでは、実際にそのゲーム画面が画面に映っているかのように描写しているのだ。コスプレにおける作品を知ることの大切さという、五条若菜が大切にしている行動を追体験させるこの表現があることにより、視聴者はより作品に、てコスプレに没入することが出来ているのではないだろうか。
またSeason2ではクラスメイトとの関わりが五条に大きな影響を与えている。物語の根幹にもある好きな事をするのはおかしくない、という考えを、クラスメイトを通して改めて実感し、自信を持っていく彼の姿は、視聴者にそれまでとは別の感動を与えているのだ。
⑨『ホリミヤ』(アニメ)
原作:HERO、萩原ダイスケ 監督:石浜真史
制作:Clover Works
【あらすじ】
成績優秀、容姿端麗、クラスの人気者である堀京子は、家では共働きの両親に代わって家事や弟の面倒を見る家庭的な女子高生であった。そんなある日、ケガをした弟を送り届けてくれた宮村伊澄と出会い彼の秘密を知ってしまう。彼らを中心に広がる、でこぼこで、されど心温かい人間関係を描く群像劇。
【感想・考察】
最初に、全体的に大幅に物語がカットされていた。1クールのアニメとして綺麗に収められていたが、カットされている分、原作と比べ展開の早さを若干感じてしまった。ホリミヤ-piece-において追加で人気エピソード描かれているため、こちらも視聴することをオススメしたい。
この作品の魅力は堀京子、宮村伊澄の2人による、お互いの知らていない姿を知ることから始まる。かなり距離の近い状態から始まる2人の関係であるが、関係が進展するにつれ今までにはない表情を見せたり、反応をする2人の独特な距離感は、読者に新鮮な恋愛ストーリーを見せてくれる。またこの2人以外の人間関係においても、クセの強いキャラクターが多く、見ていて飽きない作品であった。
⑩『ソードアート・オンライン』(アニメ1〜25話)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
フルダイブシステムが発展した世界、主人公キリトは「ソードアート・オンライン」というVRゲームをスタートする。しかしそれは制作者の野望によって開かれた、ゲームオーバー=死のデスゲームだったのだ。主人公キリトはゲームをクリアし、現実世界に戻ることができるのだろうか。
【感想・考察】
シリーズを通し一番視聴者の心を揺さぶり、感動させたのは、この最初の物語であると私は考える。実際にVRゲームが大きく発展している現代において、そしてさらに発展するであろうこれからの時代で、この作品に対する認識も大きく変化するのではないだろうか。
アニメ全体を通してPOVショットによる影響が大きいように感じた。実際にゲームをプレイしている登場人物の視点を見るその追体験は視聴者の没入感をより強固なものにしている。特にゲームからログイン出来ないことが発覚するシーンでは、これにより不穏感が高まっていたと考える。
作中におけるソードアート・オンラインというゲームは、様々な人間に影響を与え、多くの火種を残し、これからのシリーズ全てに関係してくる。たかがゲームのデータという認識を覆すストーリー展開、そしてキリトの選択と行動は、その後の物語全体に影響を与えているのだと考える。
⑪『ソードアート・オンラインⅡ』(アニメ1〜24話)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
ゲーム、ソードアート・オンラインから無事帰還したキリト。SAO生還者として目をつけられたキリトは総務省から依頼を受け、ガンゲイルオンラインというゲームに潜入することになった。目的はゲーム内の銃撃で実際に人を殺すと噂の「デスガン」の調査であった。そのゲームでキリトは凄腕のスナイパー、シノンと出会うことになる。
【感想・考察】
前作同様、POVショットによる描写が見られるが、それに加えスコープ越しの視点、弾道の追従というものがよく用いられるようになっている。これは前作が剣と魔法が中心の戦いであるのに比べ、基本銃撃戦のガンゲイルオンラインとの大きな差である。そのような戦闘において、スローモーション映像を挟むことにより、映像にメリハリをつけているのではないかと感じた。
後半クールに登場する、ユウキというキャラクターも、物語に大きく影響を与えている。ヒロインのアスナは、病気で死ぬ間際のユウキから、特別なスキルを授かる。この技は後々の作品で登場し、視聴者にユウキの存在を想起させる。この技はたかがゲームのデータといえど、それ以上の意味や価値を持つ。そしてここには、それらを受け継ぎ、繋いでいくという、シリーズを通した想いが描かれているのではないだろうか。
⑫『劇場版ソードアート・オンライン-オーディナル・スケール-』(映画)
原作:川原礫 監督:伊藤智彦
制作:A-1 Pictures
【あらすじ】
AR型情報端末オーグマーが発売され、専用ゲームオーディナル・スケール(OS)が爆発的に人気になった。キリト一行もプレイするのだが、その途中、今は存在しないはずのSAOのボスが登場するイベントの情報を手に入れる。OSの裏で動く野望に、キリト達は新たな戦いを始める。
【感想・考察】
これは劇場版書き下ろしストーリーとなっている。すでに類似するAR機器の発売が可能になっていることを考えると、この映画のような問題が起こってもおかしくない未来も遠くないのかもしれない。そう考えると、この作品も別視点から楽しむことができた。
ストーリー展開的には原作者書き下ろしストーリーということもあり、まったく違和感なく視聴することができた。物語後半、人々を救うため仲間が集結するシーンでは、SAOⅡにおけるユウキの技なども登場し、ベタでありながらもシリーズにおける積み重ねを感じる展開であった。
今回の事件の発端であるSAO被害者について、事件記録全集に1文記述されるという物語の締め方も、受け継いで、紡いでいくというシリーズの流れを感じるものであった。
⑬『百瀬アキラの初恋破綻中。』(単行本1〜2巻)
著:晴川シンタ 小学館
【あらすじ】
ド田舎に暮らす少年、久我山はじめのもとに帰ってきた、かつての憧れの同級生、百瀬アキラ実は彼女は、大好きなはじめと結ばれるため、周到な計画を立てて田舎に帰ってきていた!! しかし、超不器用なアキラの計画は、いつもだいぶ空回り。 一方はじめも超鈍感&先走り体質で、めちゃくちゃにすれ違ってしまう。果たして2人は、思い描いた未来へ進めるのか。
【感想・考察】
この作品を読んでいて特に印象に残るのは、物語冒頭に挟まる田舎エピソードプロローグである。鎮座する鹿、駆除されたツキノワグマ、ツチノコ捕獲イベント等々、数コマで終わるにも関わらず印象が強い。これらのエピソードは作者の故郷が参考にされているらしい。このプロローグが物語における閑話休題の役割を果たし、ストーリーにメリハリを出しているのではないだろうか。はじめとアキラのグダグダ恋愛にこのような要素が加わることで、2人のうまくいかない奇妙な関係がラブコメ展開に進む繋ぎの役割となり、ギャグと恋愛が織りなす魅力的な作品となっているのではないだろうか。
⑭『Re:ゼロから始める異世界生活 3rd season』(アニメ51〜66話)
原作:長月達平 監督:篠原正寛
制作:WHITE FOX
【あらすじ】
聖域での戦いから1年が過ぎ、エミリア陣営も平穏な日々を送っていた。しかしその平和は、1枚の書状によって終わりを告げる。アナスタシアの使者としてやってきたヨシュアとミミによって届けられたのは、水門都市プリステラへの招待状。そこには、エミリアが探していた魔晶石を持つ商人がいるという。物語は幕を開け、スバルの新たな戦いが始まった。
【感想・考察】
3期では大きく分けて、スバルの周囲からの認識の変化、そして戦闘という要素が描かれていた。特徴的なのは死に戻りというこの作品のメインともなる能力があまり使われなかった点にある。今まではその死に戻り能力によって情報を得ていたため、今作では上手く行きすぎているとすら思えたのだ。私は原作小説を読んでいないためあくまで推測にしかならないが、ここでは何かしら別の能力の影響があったのではないかと考えている。
スバルの演説シーンも、とても重要であったと考える。卑下から始まるその演説は街でおびえる人々の心をつかみ、前を向かせることに成功する。周囲のスバルの評価を変えることとなる重要なシーンであると同時に、スバルが一人で戦うわけではなくなることを表すシーンでもあるのだ。英雄扱い。負けることが許されなくなった状態で、「いつも通りだ」とつぶやくスバルの姿とその覚悟には心動かされる物があった。
⑮『東京喰種 トーキョーグール』(アニメ1〜12話)
原作:石田スイ 監督:森田修平
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
平凡な学生カネキが恋したのは、人喰いの化け物喰種であった。ここから彼の運命の歯車は狂ってしまう。彼女に襲われたカネキは彼女の臓器を移植され、半喰種となってしまう。人ではなくなった彼は化け物と人間の狭間で苦しみ、そして新しい仲間に出会うことになる。
【感想・考察】
正義の反対は別の正義、を体現したかのような作品であると感じた。急に食べ物が食べれなくなり、人間を美味しそうに思ってしまう元人間という不安定な主人公の心情を表す悲痛な叫びなどが、作品の暗さをさらに強調していた。人間側からすれば喰種が、しかし喰種から見れば人間が絶対的悪になるその展開が、その中心にいるカネキ視点で描かれることにより、さらに悲痛なものになっているのだと考える。
また喰種の捕食器官である赫子による戦闘は、その武器の特殊さゆえに、他のアニメには無い独特な立ち回りを感じた。1期はこの戦闘シーンにおいて、一番勢いがあるシーズンであると考える。
このように、戦闘面そして精神面ともに、カネキの成長を通し物語が展開しているのだ。物語の最後、アオギリ樹加入という、原作とは違う展開で物語が進んでいく。
⑯『東京喰種 トーキョーグール√A』(アニメ1〜12話)
原作:石田スイ 監督:森田修平
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
東京では好戦的な喰種集団、アオギリの樹、CCG、あんていくの激しい攻防戦が繰り広げられていた。あんていくから去ったカネキはアオギリの樹に加わる。CCGは梟という強力な喰種を捜索し、あんていくの面々は危機に瀕していた。
【感想・考察】
1期で喰種と人間の狭間で苦しんでいたカネキは、今作では喰種としての生活をしている。ここでストーリーは喰種側、人間側2方向から進行し、物語が展開していく。これにより正義の裏は正義というテーマを、さらに強調しているのではないだろうか。
物語の最後に、カネキは自分が守りたいもののために行動する。しかし、守り切ることは出来ず、そして友人まで失ってしまうことになるのだ。燃える思い出の地を後に、友人の亡骸を抱え人間のもとへ歩く彼の静かな彼は、何を思っていたのだろうか。モノローグ無しで、ただ歩くその姿は、物語の終幕を淡々と告げるような役割を果たしていたと思った。
⑰『東京喰種 トーキョーグール:re』(アニメ1〜24話)
原作:石田スイ 監督:渡部穏寛
制作:studioぴえろ
【あらすじ】
喰種を駆逐、研究するCCGが実験体集団を新設した。喰種の力を使い喰種を狩る彼等はクインクス(Qs)と呼ばれた。主人公佐々木琲世は彼らの指導役となり、喰種を狩るCCGの一員として戦う。
【感想・考察】
私はアニメのみ視聴していたため、最初は主人公が変わったことに驚いた。何の前触れもなく突如現れた新しい主人公佐々木琲世。しかし彼こそが、記憶を失った前作主人公カネキであったのだ。
東京喰種:reにおいて、カネキの見た目は何度か劇的に変化する。1期で人間と喰種の狭間にいたカネキは、2期で完全に喰種側になってしまっていた。3期であるreでは、CCGの一員、佐々木琲世と、喰種カネキの間で揺れ動くことになる。不安定な彼の立場や感情はその見た目に大きく反映され、読者にその様子を痛いほどに伝えてくるのだ。
この主人公の安定しない心情がこの作品の魅力であると考える。物語の最後、彼が出した結論は、喰種、そして人間の未来を大きく変える。それは彼が喰種と人間、どちらでもないからこその結末であった。カネキが何を守りたいのか。何のために戦うのか。種族の垣根を越えたその選択は、正義の反対は正義という壁を取り払う大きな行動となったのだ。
⑱『尾守つみきと奇日常』(単行本1〜7巻)
著:森下みゆ 小学館
【あらすじ】
多様性の時代とされる現代、「幻人」たちは人間と関わり合って生活していた。舞台は幻人たちが多く通う景希高校。そこに入学した人間の少年、真層友孝は過去の経験から人に合わせすぎて自分の気持ちが分からなくなっていた。そんな彼はウェアウルフの少女、尾守つみきと出会い、自分の気持ちを見つけていくのだった。
【感想・考察】
それぞれ違った特性を持った幻人のクラスメイト達。彼等はまたそれぞれ違った悩みを抱えていた。多様性を謳う世の中にあるちょっとした理不尽に、真正面からぶつかる尾守つみきとの姿と、それに影響され過去に立ち向かう真層友孝の成長は、微笑ましいものであると同時に、私達に立ち向かう勇気を与えてくれるものでもあると感じた。2人の関係性、そしてほのめかされる幻人と人間の恋愛問題についても、最後まで見届けたい作品である。
⑲『つめたいよるに デューク』(小説)
著:江國香織 新潮社
【あらすじ】
12月のとある日、一人の女が愛犬の死を悲しみ、大泣きしながら歩いていた。そんな彼女に一人の不思議な少年が声をかける。そんな少年になぜか、死んでしまった愛犬、デュークの面影を感じるのだった。
【感想・考察】
ペットを飼っていた人間なら、誰もが味わうこととなる別れの悲しみを、深く、そして丁寧に描いている作品であると感じた。「デュークが死んだ」と何度も繰り返すその表現は、死を受け入れられない主人公の情緒を生々しく描いている。作品全体を通しこの似たような文章を繰り返すことで、拭うことのできない悲しみや、埋めることのできない心の穴が見事に表現されているのだと考える。
最終的に少年がデュークなのか、生まれ変わりなのか。少年が人間だったのかなどは明かされずこの短編は終わる。この点を明確にしないからこそ、物語に余韻が生まれているのだ。
⑳僕の好きな人が好きな人(単行本1〜3巻)
原作:葵せきな 漫画:つづら涼 白泉社
【あらすじ】
主人公、秋月奏良は、思いを寄せていた後輩、不破美夜に告白するも「好きな人がいる」と振られてしまう。彼女の好きな人とは、生徒の様々な依頼を受ける謎の部活、治験部の部長、涼風朝陽。
朝陽の勧誘で治験部に入部することになった奏良だが、そこで朝陽にも幼い頃に出会った思い人がいることを知る。しかしその思い人は、実は秋月奏良だったのだ。
【感想・考察】
よくある三角関係のラブコメストーリーであるが、この作品の魅力はそのラブコメ要素だけではなく、恋敵同士の関係性にもあるのだ。この作品を通して秋月奏良は、想いを大切にするという考えを大切にしている。秋月は、恋を諦めようとする不破に対してその想いを大切にして欲しい、と背中を押すのだ。この3人の複雑な関係の入り混じこそが、この作品の魅力だと考える。
㉑『さらばウィリービンガム』(短編映画)
監督:Matt Richards
【あらすじ】
重犯罪を犯した囚人に対して、新たな量刑制度が設けられることになった。死刑より重いその罰、それは体の部位を少しずつ切断するというもの。刑は医療プロセスに基づき行われ、術後の痛みも少ない。しかし、その切断の内容や回数は被害者遺族が決めることができるのだ。
【感想・考察】
映画の中でこの刑が賛否両論だったように、もし現実に出来たとしても同じように意見が割れるか、反対される内容であると考えられる。刑が進むにつれ立ち会う被害者遺族は減り、ウィリーも、施術する医者もやつれていくその様子は、見ていて辛くなる。
週末になると問題児のいる高校などで見せしめとされるウィリーが、どんどん自分を見失っていく姿は、犯罪者といえど人間であるということを視聴者に思い出させる悲惨なものであった。刑に必要とされること、遺族が望むことについて今一度考えさせられる作品なのではないだろうか。
㉒『死のトンネル』
監督:Andrew Clabaugh、Alex Spear
【あらすじ】
とある家族の、海からの帰り道。同じ形の車が整然と並び、ゆっくりと進んでいく。しかしこれはただの渋滞ではない。その先に待つのは死のトンネル、増えすぎた人口を減らす、差別なき口減らしであった。静かな不穏さが続く、ディストピア・スリラー作品。
【感想・考察】
SF作品を書くにあたって、増え続ける人口をどうするのか?というのは作者の腕の見せ所であると考える。その点、この作品の死のトンネルという仕組みはシンプルで、しかし印象的なものであると言える。
家から出なければ良いなどの反論について、作品内で触れられることはない。ニュースでは直近いつトンネルが閉じたかが、淡々と報じられているのだ。まるで日常の一部かのようにそこにあり、人を殺している。生きるか死ぬか、その偶然の残酷さと、従うしかないであろう彼らの現状が、密かに描かれているのだと考えられる。
主人公の車はラスト、ギリギリでトンネルを抜ける。しかし主人公の息子が窓越しに目を合わせた少女の車は、トンネルの中に残されてしまうのだった。死と常に隣り合わせの生存の中で、サバイバーズ・ギルトに悩まされることとなるだろう。
生きるためには他者の犠牲を受け入れる必要があり、自分が次の犠牲者になる可能性に目を瞑らなければならない。その矛盾と葛藤こそがこの映画の魅力であると考える。
㉓『天国大魔境』(単行本1〜5巻)
【あらすじ】
文明が完全に崩壊した廃墟の日本、マルとキコルが旅をしていた。目的地は天国と呼ばれる場所。2人はそれぞれの目的を持ち、人喰いの化け物と戦いながら道を進む。一方、壁に囲まれた施設で外の世界を知らずに育つ子供たちがいた。子供たちはとある目的のため成長させられ、その陰謀は確実に進んでいる。そんな中、外の世界を夢見る子供がいた。この2つの視点から描かれる、近未来SFアドベンチャーである。
【感想・考察】
2つの視点で進むこの物語では、世界の謎が少しずつ解き明かされていく。特に人喰いの化け物ヒルコについては、その正体が人間であるという真実にたどり着くまでの布石が両方の視点から描かれていた。少しずつ世界の秘密が解き明かされるにつれ、新しい疑問が登場人物を襲う。この謎が謎を呼ぶ展開が世界に対する疑念や不安を増幅し、常に緊張感漂う展開を作り出す効果を生んでいると考えられる。
㉔『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』(単行本1〜2巻)
著:まるよのかもめ
【あらすじ】
主人公は望月美琴、21歳、営業事務。おっとり、ほんわかな彼女の幸せはドカ食い。カロリーオーバードーズで至る、不健康限界突破、禁断グルメギャグ作品。
【感想・考察】
同じ人間としては信じられない食生活の主人公だが、見ていてどこか満足感のある作品である。彼女の食欲は尋常ではなく、健康診断で絶食を余儀なくされた様子は正気の沙汰ではない。その様子のおかしさからインターネット上で度々話題に上がり、ネットミームとなっている姿を見かけることも多い。良い意味でも悪い意味でも、読者への影響が大きかった作品であると考えられる。一方で、2巻で登場する妹がタバスコ狂であり、姉と共通して食に関する問題を抱えているため、家庭の問題があったのではないか?という見方もされている。
どちらにせよ、登場人物の不健康さは戦慄するほどのものであり、たびたび現れる死神が一番健康などと言われる当作品で、主人公が最後まで生きていることを願うばかりである。
㉕『片田舎のおっさん、剣聖になる』(単行本1〜7巻)
原作:佐賀崎しげる、鍋島テツヒロ
漫画:乍藤和樹 秋田書店
【あらすじ】
片田舎の村で細々と剣術道場を営む男ベリル・ガーデナントは、かつての教え子アリューシアの計らいにより、騎士団付きの特別指南役として王都に向かう事になる。大成した弟子達と再会し、盛り立てられるベリルは自らを卑下するが、その剣の腕は本物であった。
【感想・考察】
展開としてはありふれたものであるが、この作品の魅力は戦闘シーンの迫力にあると考える。登場するキャラクター全員にそれぞれの剣術があり、戦いの中での信念や目標があるのだ。また他作品では省かれがちな立ち回りや、重心の移動、太刀筋の個人差が明確に描かれ、見ていて飽きることの無い戦いが多いのだ。キャラクターの信念、そして丁寧に描からる戦闘シーンこそが、この作品を魅力的なものにしているのだ。
上記したのは剣同士の戦いについてである。作品内には魔法が登場する。現実には無い現象を相手に、剣の腕一つで挑むベリルの戦い方は、読者の感情を沸き立たせるものであると言えるだろう。この剣術の評価というのはアニメ化でも顕著に表れ、その点において海外からの評価も高いのだ。
㉖『ルックバック』(映画)
原作:藤本タツキ 監督:押山清高
【あらすじ】
藤野と京本、2人の少女は、小学校の卒業新聞に漫画を載せることをきっかけに出会った。最初は藤野の一方的なライバル心であったが、引きこもりがちな京本に自分の漫画のファンだと言われ、やがて2人は一緒に漫画を描き始める。中学卒業後も創作に打ち込む日々を送るが、ある日を境に2人は違う道に進むこととなった。そしてそれぞれの思いを胸に、2人は創作活動を続ける。藤野は漫画家として成功した。しかし、そんな彼女の耳に京本の訃報が届くのだった。
【感想・考察】
描くという行為に向き合う2人のすれ違いに心打たれる物語であった。特に印象的なのは藤野の背中を映し、時間だけが過ぎていくという表現である。劇中何度か用いられるこの表現は、まるで京本が見て成長してきたであろう藤野の背中を見ているかのような印象を視聴者に与えているのではないだろうか。
まるであり得た別の世界を描くかのようなシーンと、残酷な現実のと対比、そしてそれでも机に向かうラストシーンの藤野の後ろ姿からは、描くことへの執着、没頭、熱意、孤独、様々な想いが感じられる。この作品は何かを描くすべての人の心をつかむ作品であったと思う。
㉗『グランド・ブダペスト・ホテル』(映画)
監督:ウェス・アンダーソン
【あらすじ】
ヨーロッパ随一の超高級ホテル、グランド・ブダペスト・ホテル。完璧なおもてなしが評判の伝説のコンシェルジュ、グスタヴ・Hは、富豪の常連客が殺された事件であらぬ疑いをかけられる。そして彼は、ベルボーイ見習いの少年ゼロと共に、ホテルで起きた殺人事件の解明に奔走する。
【感想・考察】
魅力的なキャラクター達が織りなすそのストーリーは、コメディ要素とシリアスな要素が見事に噛み合った作品である。特にグスタヴの毒舌と時折見せる優しさ、そして彼が持つ誇りの美しさと、それゆえに生まれるギャグシーンに心を掴まれる視聴者が多いと考える。
また彼に影響されたゼロが、だんだんウィットに富んだ発言をするようになる様子も、彼の成長を感じさせると共にコメディシーンとして成り立ち、感動と笑いを共存させるものであった。
また映像作品としても、どこを切り取っても華やかな画面であり、ミニチュアを見ているかのようなその世界観の作り込みが、より視聴者を物語に没頭させているのではないだろうか。
㉘『HANA-BI』(映画)
監督:北野武
【あらすじ】
不治の病を患う妻を抱える刑事の西。彼は犯人との銃撃戦により部下を失い、また同僚の堀部に重傷を負わせてしまう。そして残された時間で妻と過ごすため、そして堀部のために、銀行強盗を決行しヤクザに追われる身となる物語
【感想・考察】
北野武映画独特のカメラワークと、多くを語らないその世界観に吸い込まれるかのような作品。妻との逃避行の中、追いかけてくるヤクザと戦うシーンは、他作品には無い淡々とした空気とそれゆえの迫力がある。
ラストシーンでは、その結末を映像で描くことはなく、銃声とロングショットのみで、視聴者の想像力に委ねる形をとっている。この描き方により、西と妻との関係の儚さと、物語の余韻を大きく残しているのだと考える。
㉙『ペーパー・ムーン』(映画)
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
【あらすじ】
だらしなく楽観的なペテン師、モーゼス・プレイは、かつての恋人の葬式で、自らの子供か定かではない、アディ・ロギンズと出会う。狡猾なアディはモーゼに借金をさせ、彼と共にコンビを組み返済のための旅を始めるのだ。
【感想・考察】
狡猾な子供と、楽観的なペテン師というデコボココンビが織りなすコメディ要素の中に、確かな2人の絆の成長を感じることができる、心温まる作品。
特にアディの演技が凄まじく、モーゼとのやり取りがまるで本当に行われているかのように感じた。
本当の親子かも分からない2人が徐々に心を許しあい、最終的にまた旅を共にする展開、そして映画ポスターの2人の写真に、笑いと感動が生まれる。
最後まで2人が本当の親子なのか明かされることはない。しかし、例え偽物の親子だとしても、信じることでその関係は本物の関係になりうるのだと、作品を通して表現しているのだ。
㉚『シックス・センス』(映画)
監督:M・ナイト・シャマラン
【あらすじ】
かつて担当していた患者に銃で撃たれた高名な精神科医、マルコム。彼は複雑な症状を抱えた少年コールの治療に取り掛かる。少年には特殊な第6感があり、その能力のためにいじめられたり、恐怖におののいたりするのだと言う。かつての患者にコールを重ねたマルコムは、少年を治療しながら、妻とうまくいかない自らの心にも安息を見いだしていく。
【感想・考察】
最後のどんでん返しが非常に話題となった作品であり、その話題性に負けない衝撃のラストであった。マルコムとコールの2人が共に認めあい、お互いを信頼することで変わっていくその展開は視聴者の心を温めると共に、それすらラストシーンへの布石であることに驚くこととなる。
思い返してみればマルコムは誰とも会話しておらず、冒頭撃たれたマルコムがどうなったのかは、描かれていなかった。最後の最後までその事実に気が付かず、ゆっくりと進む感動的な物語に隠された伏線が、ラストシーンで伝えられるその衝撃は忘れられない物となるだろう。
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