REPLY FORM
スポンサードリンク
3年 谷澤佳歩
RES
1
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(アニメ映画)(2024)監督:藤森雅也
【概要・あらすじ】
阪口和久の著書『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』を原作とする亜細亜堂制作の日本の長編アニメーション映画。2011年に公開された『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』以来13年ぶりで3作目となる『忍たま乱太郎』の劇場アニメである。
【考察】
劇場版の忍たまということもあり、テレビで放映されているアニメ版とは少し異なる点が多い。直接的でグロテスクな描写こそないものの、時代背景に合わせた焼き討ちや戦争といった、シビアな世界観がアニメ版よりも顕著になっている。キャラクターの描画としては大人と子供の違いが明確になっており、特に大人組はアニメ版よりも頭身が高くなっている。戦闘力や力量差に関してもはっきり示されており、教師などのプロの忍者、高学年の忍たまと下級生の忍たまとで、戦闘の結果や出来ることの違いが残酷に浮き彫りになっている。カメラワークもアニメ版とは大きく異なり、POVやアニメ版では行われないような地面に設置したような低いカメラワーク、光の演出、遠景近景中景などの描き分けも特徴で、アニメ版より大きく動き、ダイナミックで臨場感が出るようになっている。ストーリー展開としては、最初に土井先生と乱太郎たちが行った会話が終盤で土井先生の記憶を取り戻すフックになっていたり、土井先生が行方不明という緊急事態に、下級生には実情を知らせないまま動く大人たちや上級生の普段(アニメ版)では見えないかっこよさや、足手まといだけにはならない一年生たちだったりの動きは見ていて楽しい。そして忍たまの登場人数を絞ることによって、大量にいる忍たまを覚えていない観客にとっても印象付けが十分に行われていると思う。戦闘描写はかなりのハイスピードで、スローや一時停止をしないと何が起こっているのかが分からないほどである。ビデオテープ風の巻き戻し演出や、時折時代背景にそぐわないものも出て来るが、ギャグファンタジーとシリアスのバランスが丁度良く、観客に飽きさせない構成になっている。
2
『ミッドサマー』(映画)(2019)監督:アリ・アスター
【あらすじ】
大学生のダニーは、ある冬の日に双極性障害をわずらっていた妹が両親を道連れに無理心中して以来、深い心的外傷を負っていた。家族を失ったトラウマに苦しみ、詰められているダニーを恋人であるクリスチャンは内心重荷に感じながらも、別れを切り出せずにいた。
翌年の夏、ダニーはクリスチャンと一緒にパーティーに参加。ダニーはクリスチャンが友人と一緒に、スウェーデンからの留学生ペレの故郷のホルガ村を訪れる予定であることを知った。「自分の一族の故郷で、今年夏至祭が開催される。夏至祭は90年に1度しか開催されないので、見に来てはどうか」と誘われていたのである。大学で文化人類学を専攻するクリスチャンは、学問的関心もあってホルガ行きを決めたが、ダニーに隠していた負い目から仕方なくダニーも誘う。ダニーらはスウェーデンへ渡り、ペレの案内でヘルシングランド地方に位置するコミューンであるホルガを訪れた。
【考察】
映画の冒頭の伝承が描かれたような壁画?には、この映画の物語のほぼ全容が先に提示されており、言ってしまえば軽いネタバレである。映画の冒頭では冬のアメリカにおり、画面全体は非常に薄暗く彩度もかなり低めになっている。ダニーの心象を反映しているとも考えられる。物語に登場する人物はどこかしら人として欠点を抱えており、観客が感情移入しづらいような特徴もある。非常にグロテスクな描写が多い作品なので、その方が救いがあるかもしれない。スウェーデンについてからは一転して画面が明るく、これは映画の終盤までほぼずっと続く。作中での日にちや時間の経過感覚が分かりづらくなっている。冒頭の壁画以外にもホルガ村に伝わる恋愛成就の呪いの方法が描かれた旗が最初の方で描かれ、観客に嫌な予感を与えて来る。鏡や窓の光の反射を使った映り込みの演出が多く、カメラ外にいる人物の様子をも映すのに活用されている。ダニーたちが村に馴染み始め、儀式が進んでいくにつれて焦点深度が浅くなり背景がぼやけていたり歪んでいたり、ダニーの手元や足元から草が生えているような感覚に陥ったりと、トリップ状態になっている状況を主観的に描画している。アッテストゥパンという言葉は作中では検索しても出て来ないが、スウェーデン語でははっきり実在する言葉である。日本の姥捨て山の「恥」の概念や宗教観について齧ったことがある人は、ホルガ村の文化について理解は出来るかもしれない。服装や表面的な雰囲気とは裏腹に、行われている実情は村ぐるみの殺人や意図的な近親相姦などの行為が行われている他、その文化を侮辱したり禁忌を犯したり、村から無理やり出ようとしたが外部の人間を生贄として無理に殺害するなどの残酷なものや、恋愛の呪いとして陰毛や経血を食べ物に混ぜて食べさせたりと、現代社会の価値観とはかなり逸脱したものになっており、村の全体で一つの家族のような形態をとっている。ペレがクリスチャンとの恋人であるダニーにキスをしていたり、毎年選ばれるはずのメイクイーンらしき女性が村の中に見当たらなかったり、不穏な要素が数多く残されてもいる。
3
『東京ゴッドファーザーズ』(アニメ映画)(2003)監督:今敏
【概要・あらすじ】
『パーフェクトブルー』『千年女優』に続く今敏監督による長編劇場映画第3作である。
ストーリーとしてはシンプルで、東京の新宿に暮らす3人のホームレスがクリスマスの夜にゴミ捨て場で赤ちゃんを拾い、残された手掛かりから何とかその赤ちゃんを親元へ返そうと奮戦するというコメディである。本作は、1948年のアメリカ映画『三人の名付親』(原題: 3 Godfathers)に着想を得た映画としても知られている。
【考察】
色合いはクリスマスの一夜の出来事なので、画面は彩度が低く暗い場面が多いものの、オカマのハナが特に場を盛り上げてくれる。言ってしまえばストーリーは「そんなことある⁉」というご都合展開全開で飛ばしていく感じはあるものの、アニメ特有の展開というか、「聖夜の奇跡ならほなこういうこともあるか…」と妙に納得させられる感があった。観客の予想しないような形で伏線が回収されていくのは見ていて驚きや楽しさがあり飽きなかった。明確なファンタジー要素やファンタジー世界のものは登場せず、ひたすら現実世界の出来事に則して描かれており、虚構と現実が融け合う作風で有名な監督作品の中ではリアル寄りの作品になっている。作中では親子関係や家族関係について主要登場人物である三人を中心に描かれており、ホームレスで身寄りのない三人かと思われるも、人との繋がりから赤ん坊の家族を見つけ出し、最後にはミユキの父親が登場するというオチに繋がっている。
路地裏の廃棄物置き場から食料などを拝借する様子が描かれているが、今の東京の路地裏にはあれほどまでのごみ置き場のごみや廃棄物があると思えず、時代の変化を感じさせる。
4
『太陽の王子ホルスの大冒険』(アニメ映画)(1968)監督:高畑勲(「演出」名義)
【概要・あらすじ】
東映動画製作の日本の劇場用アニメ映画。シネスコ(東映スコープ)。『東映まんがパレード』(のちの『東映まんがまつり』)の一本として上映された。文部省選定作品。
父の手によって他の人間から離されて育ったホルスは、岩男モーグに出会い、肩に刺さっていた太陽の剣を抜き取る。モーグはそれをホルスに与え、それを鍛え直した暁にはそれを持つ者は太陽の王子と呼ばれるようになり、モーグ自身もその元に馳せ参ずると告げた。意気揚々と走るホルスに待っていたのは父の危篤の知らせだった。父は、ホルスを人間の元から離して育てた事は間違いであり、他の人間の所に向かうようにホルスに告げて、息絶える。父の遺言に従い、ホルスは他の人間の住む陸地に向けて船を出す。
【考察】
冒頭の狼と戦う場面のホルスたちの動きはかなり滑らかで、フルアニメーションなのだろうかと感じたほどだった。以降の村人と共闘して戦闘するシーンでは、人々の戦う声を背景に透けた戦闘の絵が挿入されているだけと、場面によって動きの幅に大きな差が見受けられる。作品の全般はリミテッド・アニメーションで、今の時代のアニメに見慣れた人からすると少しカクついている印象を受けると思われる。ヒルダがグルンワルドの妹であるという設定には、ヒルダに出会うよりも前にグルンワルドとホルスの会話にて「お前を弟にしてやろうか」と言っていたことが終盤にヒルダがホルスに「双子よ」と言う台詞の伏線になっている。これは実際にグルンワルドとヒルダに血縁の関係があるという訳ではなく、悪魔の心と人間の心という二つの側面を持つヒルダが、悪魔の心に囚われてからホルスたちによって人間の心を取り戻すという話に沿っている。村を襲撃され孤独感を募らせていたヒルダと、人間と離れて父と二人で暮らし、父が死んでから村へ来て父を失った孤独感を癒していたホルスが対比的になっていると考えられる。悪魔の心を増幅させていたヒルダと、そんなヒルダたちの悪魔に立ち向かうホルスの構図から学べることがありそうである。大カマスや怪鳥、太陽が大きくあしらわれた花嫁衣裳など、やや北欧らしい要素も見受けられるが、キャラクター達の服装や造形は比較的シンプルなものが多い。
5
『よなよなペンギン』(アニメ映画)(2009)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
原作は、りんたろう、マッドハウス製作、松竹配給。略称はよなペン。
毎晩、ペンギンの格好をして街を歩き回っていた少女ココ。ココは、天国のおとうさんが話してくれた、「ペンギンと空を飛んだことがある」という言葉を信じている。だから、彼女の願いは、いつか空を飛ぶということだった。 彼女の元に、ある日、空から招待状が届く。
【考察】
フルCGアニメーションになっており、以前に見た『ホッタラケの島』と似た作風の作品となっているが、動きは少し硬めになっている。キャラクターの陰影や質感などもリアル寄りであるとは言えず、全体的に似たようなプラスチックっぽい質感表現になっている。ストーリーとしては「信じていればきっと夢は叶う」というようなテーマになっていると考える。冒頭に出て来てココの夢をからかったいじめっ子が、その後にココの成し遂げたことを認識して考えを改めるというような描写がなかったのが少し残念。飛べないはずのペンギンが空を飛ぶ姿は、周囲の人々から諦められたり期待されなかったりしても、続けていれば報われることの象徴的な姿だと思う。ただ、ココがなぜ最後だけ飛べたのか、具体的な説明はなかったように思われる。また、同じ場に居合わせてスローモーションがかかっていたとしても、キャラクターやものによってはスロモの具合が違うのが少し気になった。悪魔らしき存在として登場するザミは、最初こそ「何だコイツ」と思うが、物語が進むにつれて性格に変化が現れ、最終的にかなり憎めないキャラクターになったのが印象的だった。敵の動きや味方の動きにはところどころご都合的な要素が見られて少し気になる点はあった(敵側の拠点の警備があまりにもザル過ぎる・敵が町の破壊行為を繰り返しているのに微動だにしない&ラスボスにトドメだけさす味方側の神様的存在)。
6
『呪術廻戦 懐玉・玉折 劇場版総集編』(アニメ映画)(2025)監督:御所園翔太
【概要・あらすじ】
TVアニメ第2期となる「懐玉・玉折/渋谷事変」が2023年7月から12月まで放送された。そのうちの全5話となる「懐玉・玉折」のストーリーが総集編として劇場にて上映。全編の音楽を5.1chサラウンドの劇場環境に合わせて再ミックスし、一部楽曲は劇場版用にリアレンジ。TVアニメ時のオープニングテーマをアレンジしたキタニタツヤの「青のすみか (Acoustic ver.)」を主題歌として迎える。
2006年 春。高専時代の五条悟と夏油傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する。
【考察】
テレビ放送版を見た後に映画館で鑑賞した際、印象として大きく異なったのは、五条・夏油の二人と伏黒甚爾である。テレビ版では特に夏油に視聴者が感情移入しやすく、敵側の伏黒がヘイトを買うような構図になっていたが、映画になって話の展開が途切れず一つの繋がったものとして見ていると、任務に対しての五条と夏油の若さゆえの甘さや粗さに気がつくと同時に、伏黒のクレバーさや計画の綿密性に目が付き、頭の切れる暗殺者として魅力的なキャラクターに感じられるようになったと考える。アニメ版よりも、殺された後に話が全然出て来ない天内がただ殺されただけのひたすら可哀そうな存在に思えた。何故かテレビ版ではそのままカラーで描写されていた五条と夏油の襲撃シーンが劇場版ではモノクロになるように編集されていたのかの理由が気になった。映画館の音響で音を聴くことによって、テレビ版では気がつかなかった声優の微かな演技などにも気がつくことが出来たと思う。クワイアの声を新たに録りなおしていることにも気がついたが、アニメ版の音楽に注意深く耳を傾けていれば、映画版との違いにも気がつけたかもしれない。
7
『劇場版 鬼滅の刃無限城編 第一章猗窩座再来』(アニメ映画)(2025)監督:外崎春雄
【概要・あらすじ】
吾峠呼世晴による漫画『鬼滅の刃』を原作としたufotable制作の日本の長編アニメーション映画。全三部作として制作され、2024年5月から6月に放送されたテレビアニメ版「柱稽古編」の続編として無限城での戦いを描く。
無惨の策略により鬼殺隊は鬼たちの根城である無限城へと落とされ、各々が鬼を討伐しながら無惨を探す。蟲柱・胡蝶しのぶは実姉を殺した張本人である上弦の弐・童磨と、我妻善逸はかつての兄弟子にして新上弦の陸となった獪岳、竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇はかつて炎柱・煉獄杏寿郎を倒した上弦の参・猗窩座と遭遇し、戦いを繰り広げる。
【考察】
画面に占める情報の量や密度が非常に高い作品だと感じた。注視して見ても、とてつもないスピード感で映像が動いていくので、コマ送りして見たいと思う場面がいくつもあった。無限城に落下していくだけでも建物の数だけでその圧倒的な規模の大きさが分かる他、特に戦闘シーンでは何が起きているのか目で追うことすらままならないほどのハイスピードである。印象的だったのは劇伴で、アニメの一期などで使われていた各キャラクターのテーマのメロディーを豪勢にアレンジしたり、対戦するキャラクターのテーマを組み合わせた楽器を用いていたりと非常に凝っており、耳まで忙しい作品になっている。アニメ映画として興行収入が注目されている作品ではあるが、その質の良い作画と動きという情報が猛スピードで大量に押し寄せるため、何があったのか確認したい、何度でも見たいと観客に思わせるためもあるのではないかと思う。
ストーリーも、キャラクター達の遣る瀬無い想いや報われなかった願い、届かなかったことへの悔しさや自分が未来へ繋ぐ覚悟など、普遍的な人の思いを描いたものが多く、声優の演技や音楽も相まって感情を高ぶらせる・共感させるものとなっていると思う。
8
『タコピーの原罪』(Webアニメ)(2025)監督:飯野慎也
【概要・あらすじ】
タイザン5による同名の日本の漫画を原作に作られたWeb配信アニメ。複雑な家庭事情と学校でのいじめに苛まれる少女・しずかとタコ型地球外生命体・タコピーの交流譚を描く。
【考察】
原作の漫画の絵柄をかなり踏襲した絵柄が特徴的。表現も漫画由来かは分からないが、構図を利用した主観人物の心情表現が印象的だったと思う。東が自分の犯行がバレるかもしれないというシーンでは机の下から俯く大きく歪んだ東の焦燥した顔が見え、警察の声も水の中から聞いたような籠った音になっていたり、東が母からパンケーキを出され、諦められたことを言われた途端、それまでおいしそうだったパンケーキが残飯のように見えたり、テーブルの距離が伸びて母親との埋まらない心の距離を表していたり、実際にはそんなことはないのに東の兄に詰められるという幻想といったシーンが印象的だった。声優の演技も圧巻で、特に第六話でしずかが泣きながらタコピーに怒りをぶつけるシーンはかなり反響も大きかった。
ストーリーとしては、誰がいい子で誰が悪い子なのか、その逆転現象が次々に連鎖して起こっていく。しかし、一貫して大人たちが本当に悪い影響を子供たちに与えすぎていると思う。タコピーに「一体どうすればよかったの?」と聞くしずかに対して「分かんないっピ…」「いつもお話聞こうとしなくてごめんっピ」というのが非常に誠実で、タコピーの成長を感じた。この物語では、「お話」がハッピーを生むことも一貫して描かれており、最後にまりなとしずかが和解するときも、多少強引ではあるが二人の対話によるものになっている。
9
『彼女と彼女の猫』(テレビアニメ)(2016)監督:坂本一也
【概要・あらすじ】
新海誠による同名の自主制作短編アニメーション作品を原作とした日本の短編テレビアニメ。2016年3月『ULTRA SUPER ANIME TIME』枠内にて『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』のタイトルで放送された。1話約8分で全4話。略称は『彼女と彼女の猫 EF』。第4話エンドクレジット後のパートで、自主制作版の冒頭へつながるような演出がなされた。
都会で一人暮らしをする美優は、かつてルームシェアしていた親友の知歌が先に部屋を出て行ってしまい、猫のダルと二人暮らしをすることになる。
【考察】
猫のダルの特徴的なモノローグや声優の花澤香菜を起用していることにより、非常に新海らしさを感じる要素はあるものの、作品全体としては淡泊な印象だった。輪郭線が茶色いのは特徴の一つだが、作画にもこれとった大きな特徴は見受けられない。淡々と就職活動に追いつめられる美優とダルの日常を描いた作品になっているが、基本的にダルの視点を中心に世界が描写されている。落ち込む美優の枕元にトカゲを渡し、叫んだ美優の声を聞いて「よかった 元気になったみたい」など、やはり少し人間の感覚とはズレた猫の感性を持っている描写がされている。
10
『メアリと魔女の花』(アニメ映画)(2017)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
原作はイギリスの女性作家メアリー・スチュアート(1916年 - 2014年)が1971年に発表した『The Little Broomstick』。
11歳の赤毛の少女メアリは、大叔母シャーロットが住む赤い館に引っ越して来たが、テレビやゲーム機も無く退屈な日々を過ごしていた。ある日、メアリは赤い館を訪れた12歳の少年ピーターと出会うが、彼の飼い猫ティブとギブを追って森に迷い込み、夜間飛行という花を見つける。その1輪を赤い館に持ち帰り、翌日、ティブを追って再び森に来たメアリは、赤毛の魔女が落とした箒を見つけるが、誤って夜間飛行の汁を箒に付けてしまう。すると箒は独りでに動き出し、メアリとティブを乗せたまま空高く舞い上がると、積乱雲の中にある魔女の国に入っていく。
【考察】
スタジオポノック作品だが、どうしてもジブリの系譜は感じざるを得ない。絵柄はほとんどジブリの特徴と一致している他、ファンタジーの描写などもかなりジブリっぽいという印象を受ける。ただ、はっきりと言葉にすることは出来ないものの、「ジブリ・宮崎作品よりもワクワク感がない…!」という感想が出た。物語に緊張と緩和の緩急がないような、緊張の度合いが少し緩めなのかもしれないと感じた。どうせ捕まってもなんとかなる・まさか死ぬようなことはないだろう・変身魔法で変身させられてしまっても魔導書と花があれば元に戻れる、といったような鬼気迫る感覚があまり感じられなかったように思う。前半の街での暮らしは、のどかな田舎と妖しい森という雰囲気に合っていたと思うが、後半の大学に入る場面でも「これは一体何だろう?」と観客に思わせるワクワク感があまりなかった。ハリー・ポッターのホグワーツの彩度を上げて造形を動植物モチーフに変えたような既視感からだろうか。加えて、魔法が科学と密接に関係がある・人間に一部の魔法は制御可能&近代化のような要素が込められていたからだろうかと考えた。音楽としてはハンマーダルシマーが非常に印象的なBGMになっていた。
魔女宅のキキとは違い、メアリの場合は黒いスパッツで守られていた。
11
『メトロポリス』(アニメ映画)(2001)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
手塚治虫の同名漫画『メトロポリス』を原作としたアニメーション映画。ジグラットという機械工学化や発展が急進的な街に、伴俊作という日本の探偵とケンイチという助手が訪れる。
【考察】
絵柄・テーマ共に手塚治虫作品らしい作品だと感じられた。鉄腕アトムなどの手塚プロのアニメーションを見たことがあるが、それよりも大分ヌルヌルと動くようになっており、手塚が生きていてこの映画を見たらよい反応をするのではないかと思った。ロボットを機械の奴隷として扱うか、それとも人間と同じように扱うのか、ジグラットで働くロボットたちは総じて前者寄りの待遇の元に活動している。しかし、ロボットたちの挙動や性格、見た目はかわいらしい、親しみが持てるように表現されているため、前者的な扱いをしているジグラットの人間に対してヘイトが向くような構図になっていると考える。ティマはレッド公の失われた娘を元に作られたと確かあったと思うので、非常に『鉄腕アトム』の持っていたテーマ性と似ているのではないかと感じた。ただ、奴隷のように扱った人間には天罰が下るという結末から町の大規模な破壊行動に及び、崩壊した町を見るとどことなく『AKIRA』のラストを感じられるラストにもなっている(脚本が大友克洋)。
12
『鉄コン筋クリート』(アニメ映画)(2006)監督:マイケル・アリアス
【概要・あらすじ】
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された松本大洋による漫画を元にした劇場アニメ。義理人情とヤクザが蔓延る町・宝町。そこに住む<ネコ>と呼ばれる少年・クロとシロは、驚異的な身体能力で街の中を飛び回ることが出来た。そんなある日、開発という名の地上げでヤクザ、3人組の殺し屋、蛇という名の男性が現れる。
【考察】
カメラワークが非常に特徴的かつ絵柄もかなり独特な作風で、唯一無二の雰囲気を醸し出していると感じた。芸能人声優を何人も起用しているが、作品やキャラクターとの馴染みは良かったと思う。特にニノの声優としての演技については『実写版 暗殺教室』でも触れられていたが、不良少年の役としても、クロの持つ生意気なクソガキ感やその奥に眠る「イタチ」としての狂気も非常に表現出来ていると思った。アクションシーンは非常に軽やかながら、その軽さの中にも狂気が感じられる。ストーリーとしては、「流れ」や「闇」、「この街は長くない」などのキーワードらしきものはいくつもあるものの、どれもかなり抽象的でそれらが一体どういうものなのか、簡単に把握するのも難しいと感じた。アジアンチックながら世界のどこにもなさそうな乱雑な雰囲気の街で、半スラム化したような中華街のような街で繰り広げられる高低差を活かした戦いのシーンはインパクトがある。日本人が作らないようなアジアの街という印象を受けた。
13
『ももへの手紙』(アニメ映画)(2012)監督:沖浦啓之
【概要・あらすじ】
リアル系アニメーターの第一人者としても知られる沖浦啓之が前作『人狼 JIN-ROH』以来12年ぶりに手がけた2作目の監督作品で、オリジナル作品としては初となる長編劇場アニメ。
父が遺した書きかけの手紙には、ただその一言があるだけだった。心ない言葉をぶつけ、仲直りしないまま父を亡くしたももは、11歳の夏、後悔を抱えたまま母親のいく子とふたり、母が幼い頃住んだことのある瀬戸内の島に引っ越してきた。辿り着いた汐島は、昔ながらの家々と自然に囲まれたどこか幻想的な町だった。
【考察】
絵柄がリアル寄りのジブリ、あるいは『火垂るの墓』を思わせる絵柄だと思った。特に鼻・口回りの描画が省略されずに書かれており、それがリアルさに拍車をかけていると思われる。妖怪三人組の中ではマメが一番不気味だと感じた。ももの足を舐めたりももの入浴中に風呂に忍び込んだりと、本人は茫然としているがしっかりとももに絡んでくるあたりが少々気味が悪く思った。瀬戸内のレモンをつかった羊羹や海の見える穏やかな景色、人々の言葉遣いからも、見ていて本当に瀬戸内の田舎に移り住んだように感じられた。ももの同級生の男子との距離感が自然なのもリアルだと感じた。母の発作の悪化を食い止めるために暴風雨の中で橋を渡ったり、山をモノラックでのぼって猪から逃げたりと、移動を伴うアクションシーンは非常にワクワクした。妖怪たちの力を使って協力して一つの大きな・大変なことを成し遂げようとする構図にワクワクするのだろうかと考えた。妖怪たちは積極的なももの味方というわけではなく、むしろかなりのやらかしを人々にしている上にそれを把握しているのがももだけなので、かえってももが何か関係しているのではないかという誤解を周囲の人に与えかねない厄介な存在になっている。意思疎通こそできるけれどなかなか相容れない存在として描写されているのだろうかと考えた。
14
『舞台 呪術廻戦 懐玉・玉折』(舞台)(2025)脚本:喜安浩平
【概要】
芥見下々原作の漫画『呪術廻戦』のエピソード「懐玉・玉折」を舞台化。8月22日から9月7日まで東京・大阪で公演。
【考察】
二階席から観劇をした。距離的にキャストの人達の表情などは見えづらかったものの、立ち居振る舞いなどが正にキャラクターそのものを体現しているようで、本当にその場にキャラクターが「いる」と感じた。特に声質がアニメ版と大きく異なるキャストもいたが、それでも話し方や振る舞いを非常にキャラクターに寄せていたために全然違和感がないという現象が起こっていた。何がそのキャラクターをキャラクターたらしめるのかについて考えて見たくなった。人数などの関係上兼ね役なども当然あるが、中学二年生の女子の役を中年の男性が行っているのを見た時は会場内でも笑いが起こっていた。一日しか観劇には行けなかったものの、何度も通して観劇に行っている人の感想を見ると、やはり日によってコマかい箇所の台詞や演技が変化しており、「舞台は生もの」という役者の言葉を思い出した。
五条が逆さに浮いたりするシーンではアンサンブルの人が逆さに持ち上げていたり、空中浮遊するシーンではかなり高い台の上に乗って演技をしたりと、身体を張った演出方法だったことも印象に残っている。
15
『借りぐらしのアリエッティ』(アニメ映画)(2010)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
監督は本作が初監督作品となる米林宏昌。メアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作として、翻案・脚色された作品であり、人間の屋敷で物を借りながら隠れ暮らす小人の一家や、小人の少女アリエッティと人間の少年翔の交流を描く。
【考察】
一見するとアリエッティが普通の大きさの女の子に見える前半パートだが、よく見ると水滴の大きさなどは一貫して大きく描かれており、小人たちの小ささが窺える。アリエッティが翔と初めて目が合うシーンは本当に突然なので、観客としても軽いジャンプスケアを経験した気持ちになった。アリエッティと同じ気持ちを体験した気分になった。アリエッティと翔が協力してアリエッティのお母さんを捜すシーンでは、二人の身体で出来ることと出来ないことを活かしあって助けていたのが印象的で、いつかはこうして小人と人間が共存し合える未来もあるのではないかという可能性を描いているのではないかと思った。序盤でアリエッティが受け取らなかった翔の角砂糖を最後に受け取るのも、その比喩なのではないかと感じた。
16
『めくらやなぎと眠る女』(アニメ映画)(2022)監督:ピエール・フォルデス
【概要・あらすじ】
村上春樹の3つの短編小説集『めくらやなぎと眠る女』『象の消滅』『神の子どもたちはみな踊る』から6編の短編小説を脚色し、東日本大震災直後の東京を舞台に、2人の銀行員を主人公として描いている。
本作は2022年度アヌシー国際アニメーション映画祭で初公開され、審査員賞を受賞。その後第47回トロント国際映画祭の現代ワールドシネマ部門でも上映された。日本での公開に際しては、20歳未満のキャラクターが喫煙するシーンがあることからPG-12指定がなされている。
【考察】
村上春樹作品を読んだことがある人間なら、この作品の原作が村上春樹のものであると恐らくすぐに分かると思う。特に緩急もないのっぺりとした展開や、「このシーン必要あるのか…?」とやや疑問に思うような場面がいくつかあるなどが小説を読んでいて覚える感覚に酷似しているのである。この映像作品もほとんどが人物たちの会話劇によって進行しており、恐らく動画かロトスコープ的な動きをしているので、表現としては本当にリアルに振り切った作品だと思う。アニメ版の『悪の華』を彷彿とさせる作品だと感じた。時折ある性描写や穏やかながらグロテスクな描写、喫煙に飲酒など、精神的にじわじわと追いつめられてくるような閉塞感を覚えた。
17
『好きでも嫌いなあまのじゃく』(アニメ映画)(2024)監督:柴山智隆
【概要・あらすじ】
制作は『泣きたい私は猫をかぶる』『ペンギン・ハイウェイ』などの作品で知られる多くのアニメ作品を生み出したスタジオコロリド。
高校1年生の八ツ瀬柊は、人から嫌われず周囲と上手にやっていきたいとの思いから、頼まれごとを断れない性格であったが、何をやってもうまくいかず親友と呼べる相手もいなかった。季節外れの雪が降った夏のある日、人間の世界に母親を探しに来た鬼の少女ツムギと出会う。柊と正反対の性格で、周囲の目を気にしないツムギは、柊を旅の道連れにする。
【考察】
終始「よく分かんないな…」となった作品だった。絵はこれまで手掛けてきた作品を含めて申し分はないものの、物語の設定に整合性が薄かったりツッコミどころが多かったりして、少し集中できなかったことは否めないと思った。例えば人が鬼になるという設定は、本当の気持ちが言えないまま貯め込んでしまう人は、身体から小鬼と呼ばれる雪のようなものが出て来て、それが出すぎると鬼になってしまうという設定があるのだが、それだとほとんどの人間は鬼になっていてもおかしくないのではないかと感じてしまった。また、ツムギ自身は鬼の両親から生まれたから鬼に決まっていると言っているものの、それなら尚更人間と鬼の人口は逆転していてもおかしくない上、鬼の角は鬼になりかけの人間や鬼同士にしか見えないため、なぜ鬼が隠れ里に住んでいるのかもよく分からない。自分の気持ちを隠して鬼になってしまうような人がのびのび生きられる場所としての役割があるらしいが、ツムギの母親が自分の本心を明かせずに雪の神になって悲しんでいた点を見るに、その役割すらうまく機能していないことが分かるので、やはり分からないという気持ちが強い。ただメッセージ性は伝えようとしているのは分かるものの、やはり要領を得ないという感想が出て来る。
18
『化け猫あんずちゃん』(アニメ映画)(2024)監督:久野遥子・山下敦弘
【概要・あらすじ】
いましろたかしによる同名の漫画作品を原作とした映画。南伊豆・池照町の一角にある草成寺で飼われていた猫、あんずちゃんは、10年、20年経っても死なず、30歳を過ぎて化け猫となっていた。飼い主であるおしょーさんの養子となり、寺の仕事を気まぐれにこなしつつ、日常生活をおくるあんずちゃん。彼と町の人々との交流を描く不思議な物語。
【考察】
何であんずちゃんは生きているのか、なんで喋れるのか、なんで自転車に乗っているのか?といった疑問や違和感は割と序盤ですぐに消え失せてしまった。周囲の人々があまりにも自然にあんずちゃんのことを受け入れているため、「まあいいか…」となってしまうのである。メインキャラクターのかりんを含め、登場人物全員に「コイツ…」と思うところもあればでもやっぱり憎めない点もあり、観客にキャラクターを好きになってもらえるような造形になっている。かりんの母親に会いになぜか地獄に行ったり、結局地獄に行って母を現世に蘇らせた重罪がどうなったのかなどについては触れられないものの、「まあ…なんとかなったっぽいしいいか…!」と思わせる適当さが愛おしいと思う。
19
『きみの色』(アニメ映画)(2024)監督:山田尚子
【あらすじ】
海に面した街のキリスト教系女子高校3年に在学する日暮トツ子は、会う人固有の「色」が見えるという特殊な感覚を持ち、周りの人間からは少し浮きがちであった。トツ子は「きれいな色」を感じた同学年の作永きみのことが気になっていたが、きみはいつの間にか学校を退学していた。「本屋で働いているのを見た」という噂をもとに、トツ子は市内の本屋を探し回り、ある古書店できみと再会する。
【考察】
画面の中の色彩が本当にどのシーンをとっても鮮やかで穏やかで、トツ子の視界を共有して見ているような感覚になった。動きのヌルヌルさや展開と人間関係の静かさ、トラブルなども特にない監督の作品性が非常に全面的に現れた作品だと思う。それでいてラストは割と王道よりの展開になっていくのも着地の座りが良い。披露される楽曲の三曲もどれも良く、特にトツ子の「水金地科目土天アーメン」は、掴みやすいフレーズとキャッチ―な歌詞から簡単に口ずさむことが出来る。足の描写が思ったより少なかったことが意外だった。
20
『さよなら絵梨』(漫画)(2022)作者:藤本タツキ
【あらすじ】
病の母が死ぬまで、スマートフォンで撮影をしていた中学生の優太。彼は母の死後、自殺をするために向かった病院の屋上で、とある少女に出会い、映画を撮影することになる。
【考察】
個人的に驚きだったのは、絵梨が眼鏡をかけて矯正をしていた女の子だったという点。作中では絵梨は一度もそんな描画はされていなかったため、漫画のコマの全部を合わせてもまだ読者には分からない絵梨や優太の真相があの漫画のコマの外にはあるのだなと思うと同時に、映画の撮影とこの漫画の構図が入れ子構造になっていることが分かる。
21
『ヌードモデル』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
高校の不良少年である百瀬は、所属するグループのルールに従い、罰ゲームとして美大を目指す同じクラスの女子高生の夏目と三日以内にヤッてこいと命令される。百瀬は夏目の家に行き、モデルがいなくて困っていた夏目に対し、自分がヌードモデルになることを提案する。
【考察】
最初はただ純粋に絵を描く・描かれるの関係だった二人だが、一方は裸を見られ一方は自分の貞操を狙われているのを分かっていた状況だったのが面白い。それでもお互いにヌードモデルと画家という関係を崩さなかったのが尊い関係だと感じた。百瀬が最後に夏目を馬鹿にした同級生を殴ったり夏目に謝ったりする場面が挟まったのは珍しいように感じた。夏目は、最初は笑わずに真剣な顔で絵を描くことから少し恐怖を覚えるが、最後の笑顔が非常にかわいらしく、全然能面なんかじゃないということが感じられて良かった。
22
『おんなのこ』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
女の喘ぎ声の真似をした録音を聴きながら自慰行為を行っていた矢田は、ひょんなことからその音声を同級生の男子に聴かれてしまう。しかし、声フェチだという桃井以外の誰にも声の正体が矢田であることはバレず、音声は男子たちの間に広がっていく。その様子に悪い気はしない矢田は、自分の声が裏で男子たちに求められることに関し、徐々に女子に対する優越感を抱く。
【考察】
女の子が経験する喜びと苦しみを男子が味わってみたらこういうことになるのだろうかと考えた。朝比奈が妹尾にレイプされているらしき描写はかなり序盤からあったものの、見逃してしまうと構図的には「気づけなかったことに対する申し訳なさ」が矢田と読者でリンクする形になっているのが巧みだと感じた。最後のおっぱいを抱える矢田の構図は、思春期の男子なら喜びそうな構図ながらも、その重みを理解した矢田の意識の変化が感じられる。
23
『ソフトさんの悲劇』(アニメ)(2009)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
ソフトさんの悲劇は、ソフトクリームのキャラクター、ソフトさんが様々な状況で潰れ続けていく姿をユーモラスにえがいた、悲しくも可笑しい連続ショートアニメーション。
この作品はロカルノ映画祭(スイス)「MANGA IMPACT」2009/8/5や、Holland AnimationFilmFestival(オランダ)2009/11/4で公開され、NIPPONCONNECTION(ドイツ)2010/4/14でも上映されるなど海外でも高い評価を得ている。
【考察】
これはもはや考察をすべき作品ではないのでは…? という気さえしてきた。日常的なスポーツのものが大半を占めている印象を受ける。作品の大半はオチが想像できるものだが、中には視聴者の意表をつくオチもあったりと、意外と面白い。だが、子供向け作品という印象は否めない。
24
『ソフトさんの悲劇 新種誕生』(アニメ)(2011)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
クリエイター・杉山実が手掛けたシュールなショートアニメーション第2弾。溶ける体をものともせず、さまざまなことにチャレンジし続けるソフトクリームのキャラクター、ソフトさんの日常を描く。
【考察】
前作よりも線が綺麗になり、色もかなり鮮やかになって色んな種類の仲間が増えているのも特徴。もしかしてソフトさんは、地球上で最強の生命体なのでは…?と感じ始めた。
25
『デス・ビリヤード』(アニメ)(2013)監督:立川譲
【概要・あらすじ】
文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト『アニメミライ2013』の参加作品として公開された。原作の立川譲は監督および脚本も務めており、作品の独特な世界はその作家性によるものが大きい。結末はリドル・ストーリー的に考察の余地を与えるものとなっている。
突如、謎のBARに連れてこられた若者と老人に、バーテンダーらしき人物は「命を懸けてゲームをして頂きます。」と答える。2人ともわけがわからないままビリヤードを始めるが、若者は次第にこのゲームを疑うようになる。
【考察】
新人が育成目的で作ったとは思えないクオリティの作品だと感じた。特に激しく若者たちが動くシーンにも迫力があった他、老人と若者が天国と地獄のどちらにいったのか、何となく答えが出ているような気がしないでもないのも興味深い。
26
『小さな英雄 カニとタマゴと透明人間「カニ―ニとカニーノ」』
(アニメ)(2018)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
スタジオポノックのプロジェクト「ポノック短編劇場」の1作目。『メアリと魔女の花』に続く劇場用映画で、スタジオポノックとしては初の短編映画となる。3篇のアンソロジーとして発表。『カニーニとカニーノ』(監督/米林宏昌)、『サムライエッグ』(監督/百瀬義行)、『透明人間』(監督/山下明彦)。
サワガニの兄妹・カニーニとカニーノは、両親と共に川底で小魚を食べて暮らしていた。母が出産の為に棲み家を離れていた大嵐の日、激流に流されそうなカニーノを助ける父親。だが、代わりに父が流されて行ってしまった。兄弟だけになり、父を探すため危険を犯してカニーニとカニーノは下流に向かう。
【考察】
カニだからか、人間の言語らしきものは一切喋らず、名前や独自の言語を使っていたのが印象的だった。水の表現や魚の表現が非常にリアルで、ジブリらしさはそこからは感じなかった。
27
『「サムライエッグ」』(アニメ)(2018)監督:百瀬義行
【あらすじ】
野球好きな小学生・シュンは、両親と東京・府中市で暮らしていた。彼は生まれつき重度の卵アレルギーに苦しんでいた。アレルギーの治療は、わざと少量のアレルギー物質を食べて慣らして行くのだが、それは吐き気との闘いであり、まだ幼いシュンは治療を避けがちだった。
【考察】
玉子入りのアイスを食べてしまい、エピペンを持って家を飛び出していくシーンは疾走感と発疹による苦しみが表現されていて、見ていて涙腺が刺激された。
28
『「透明人間」』(アニメ)(2018)監督:山下明彦
【あらすじ】
港町で暮らす青年は透明人間だった。背広を着て会社に勤務しているが、同僚たちは彼が居ないかのように素通りする。常に重い消火器を担いでいる青年。手ぶらでは風船のように、何処までも浮いて行ってしまうのだ。
【考察】
彼の存在に気がつくのが盲導犬とその犬を連れた老人というのも感慨深い。その老人も透明人間なのかもしれないと思った。それにしても、一体どうやって就職できたのか、就職したころはまだ透明じゃなかったのかもしれないと思った。
29
『がんばっていきまっしょい』(アニメ映画)(2024)監督:櫻木優平
【概要・あらすじ】
敷村良子による私小説を原作としたアニメ映画。愛媛県松山市の高校を舞台に、ボート部の活動に打ち込む5人の女子高校生たちの姿を描いた物語。
【考察】
3DCGを用いたアニメで、光の使い方が鮮やかで美しい作品だった。主人公回りの急に生えたような恋愛要素には首をかしげたが、最後のレースの間に挿入される謎の寝そべる五人の絵と含めて、そこだけが微妙だったが、あとは概ね満足できる映画だった。
30
『セロ弾きのゴーシュ』(アニメ映画)(1982)監督:高畑勲
【概要・あらすじ】
高畑勲が監督しオープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた自主制作作品。劇場公開は1982年1月23日であったが、同月発表された1981年度の第36回毎日映画コンクール・大藤信郎賞にノミネートして受賞している。
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロを担当している。しかしあまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。
【考察】
最初は動物たちにも辛く当たっていたゴーシュが、動物たちのお願いごとを叶える度に少しずつ穏やかになり、最後にはセロの腕がうまくなるのが良かった。セロの振動が按摩になっているというのが現実的で意外だった。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(アニメ映画)(2024)監督:藤森雅也
【概要・あらすじ】
阪口和久の著書『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』を原作とする亜細亜堂制作の日本の長編アニメーション映画。2011年に公開された『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』以来13年ぶりで3作目となる『忍たま乱太郎』の劇場アニメである。
【考察】
劇場版の忍たまということもあり、テレビで放映されているアニメ版とは少し異なる点が多い。直接的でグロテスクな描写こそないものの、時代背景に合わせた焼き討ちや戦争といった、シビアな世界観がアニメ版よりも顕著になっている。キャラクターの描画としては大人と子供の違いが明確になっており、特に大人組はアニメ版よりも頭身が高くなっている。戦闘力や力量差に関してもはっきり示されており、教師などのプロの忍者、高学年の忍たまと下級生の忍たまとで、戦闘の結果や出来ることの違いが残酷に浮き彫りになっている。カメラワークもアニメ版とは大きく異なり、POVやアニメ版では行われないような地面に設置したような低いカメラワーク、光の演出、遠景近景中景などの描き分けも特徴で、アニメ版より大きく動き、ダイナミックで臨場感が出るようになっている。ストーリー展開としては、最初に土井先生と乱太郎たちが行った会話が終盤で土井先生の記憶を取り戻すフックになっていたり、土井先生が行方不明という緊急事態に、下級生には実情を知らせないまま動く大人たちや上級生の普段(アニメ版)では見えないかっこよさや、足手まといだけにはならない一年生たちだったりの動きは見ていて楽しい。そして忍たまの登場人数を絞ることによって、大量にいる忍たまを覚えていない観客にとっても印象付けが十分に行われていると思う。戦闘描写はかなりのハイスピードで、スローや一時停止をしないと何が起こっているのかが分からないほどである。ビデオテープ風の巻き戻し演出や、時折時代背景にそぐわないものも出て来るが、ギャグファンタジーとシリアスのバランスが丁度良く、観客に飽きさせない構成になっている。
2
『ミッドサマー』(映画)(2019)監督:アリ・アスター
【あらすじ】
大学生のダニーは、ある冬の日に双極性障害をわずらっていた妹が両親を道連れに無理心中して以来、深い心的外傷を負っていた。家族を失ったトラウマに苦しみ、詰められているダニーを恋人であるクリスチャンは内心重荷に感じながらも、別れを切り出せずにいた。
翌年の夏、ダニーはクリスチャンと一緒にパーティーに参加。ダニーはクリスチャンが友人と一緒に、スウェーデンからの留学生ペレの故郷のホルガ村を訪れる予定であることを知った。「自分の一族の故郷で、今年夏至祭が開催される。夏至祭は90年に1度しか開催されないので、見に来てはどうか」と誘われていたのである。大学で文化人類学を専攻するクリスチャンは、学問的関心もあってホルガ行きを決めたが、ダニーに隠していた負い目から仕方なくダニーも誘う。ダニーらはスウェーデンへ渡り、ペレの案内でヘルシングランド地方に位置するコミューンであるホルガを訪れた。
【考察】
映画の冒頭の伝承が描かれたような壁画?には、この映画の物語のほぼ全容が先に提示されており、言ってしまえば軽いネタバレである。映画の冒頭では冬のアメリカにおり、画面全体は非常に薄暗く彩度もかなり低めになっている。ダニーの心象を反映しているとも考えられる。物語に登場する人物はどこかしら人として欠点を抱えており、観客が感情移入しづらいような特徴もある。非常にグロテスクな描写が多い作品なので、その方が救いがあるかもしれない。スウェーデンについてからは一転して画面が明るく、これは映画の終盤までほぼずっと続く。作中での日にちや時間の経過感覚が分かりづらくなっている。冒頭の壁画以外にもホルガ村に伝わる恋愛成就の呪いの方法が描かれた旗が最初の方で描かれ、観客に嫌な予感を与えて来る。鏡や窓の光の反射を使った映り込みの演出が多く、カメラ外にいる人物の様子をも映すのに活用されている。ダニーたちが村に馴染み始め、儀式が進んでいくにつれて焦点深度が浅くなり背景がぼやけていたり歪んでいたり、ダニーの手元や足元から草が生えているような感覚に陥ったりと、トリップ状態になっている状況を主観的に描画している。アッテストゥパンという言葉は作中では検索しても出て来ないが、スウェーデン語でははっきり実在する言葉である。日本の姥捨て山の「恥」の概念や宗教観について齧ったことがある人は、ホルガ村の文化について理解は出来るかもしれない。服装や表面的な雰囲気とは裏腹に、行われている実情は村ぐるみの殺人や意図的な近親相姦などの行為が行われている他、その文化を侮辱したり禁忌を犯したり、村から無理やり出ようとしたが外部の人間を生贄として無理に殺害するなどの残酷なものや、恋愛の呪いとして陰毛や経血を食べ物に混ぜて食べさせたりと、現代社会の価値観とはかなり逸脱したものになっており、村の全体で一つの家族のような形態をとっている。ペレがクリスチャンとの恋人であるダニーにキスをしていたり、毎年選ばれるはずのメイクイーンらしき女性が村の中に見当たらなかったり、不穏な要素が数多く残されてもいる。
3
『東京ゴッドファーザーズ』(アニメ映画)(2003)監督:今敏
【概要・あらすじ】
『パーフェクトブルー』『千年女優』に続く今敏監督による長編劇場映画第3作である。
ストーリーとしてはシンプルで、東京の新宿に暮らす3人のホームレスがクリスマスの夜にゴミ捨て場で赤ちゃんを拾い、残された手掛かりから何とかその赤ちゃんを親元へ返そうと奮戦するというコメディである。本作は、1948年のアメリカ映画『三人の名付親』(原題: 3 Godfathers)に着想を得た映画としても知られている。
【考察】
色合いはクリスマスの一夜の出来事なので、画面は彩度が低く暗い場面が多いものの、オカマのハナが特に場を盛り上げてくれる。言ってしまえばストーリーは「そんなことある⁉」というご都合展開全開で飛ばしていく感じはあるものの、アニメ特有の展開というか、「聖夜の奇跡ならほなこういうこともあるか…」と妙に納得させられる感があった。観客の予想しないような形で伏線が回収されていくのは見ていて驚きや楽しさがあり飽きなかった。明確なファンタジー要素やファンタジー世界のものは登場せず、ひたすら現実世界の出来事に則して描かれており、虚構と現実が融け合う作風で有名な監督作品の中ではリアル寄りの作品になっている。作中では親子関係や家族関係について主要登場人物である三人を中心に描かれており、ホームレスで身寄りのない三人かと思われるも、人との繋がりから赤ん坊の家族を見つけ出し、最後にはミユキの父親が登場するというオチに繋がっている。
路地裏の廃棄物置き場から食料などを拝借する様子が描かれているが、今の東京の路地裏にはあれほどまでのごみ置き場のごみや廃棄物があると思えず、時代の変化を感じさせる。
4
『太陽の王子ホルスの大冒険』(アニメ映画)(1968)監督:高畑勲(「演出」名義)
【概要・あらすじ】
東映動画製作の日本の劇場用アニメ映画。シネスコ(東映スコープ)。『東映まんがパレード』(のちの『東映まんがまつり』)の一本として上映された。文部省選定作品。
父の手によって他の人間から離されて育ったホルスは、岩男モーグに出会い、肩に刺さっていた太陽の剣を抜き取る。モーグはそれをホルスに与え、それを鍛え直した暁にはそれを持つ者は太陽の王子と呼ばれるようになり、モーグ自身もその元に馳せ参ずると告げた。意気揚々と走るホルスに待っていたのは父の危篤の知らせだった。父は、ホルスを人間の元から離して育てた事は間違いであり、他の人間の所に向かうようにホルスに告げて、息絶える。父の遺言に従い、ホルスは他の人間の住む陸地に向けて船を出す。
【考察】
冒頭の狼と戦う場面のホルスたちの動きはかなり滑らかで、フルアニメーションなのだろうかと感じたほどだった。以降の村人と共闘して戦闘するシーンでは、人々の戦う声を背景に透けた戦闘の絵が挿入されているだけと、場面によって動きの幅に大きな差が見受けられる。作品の全般はリミテッド・アニメーションで、今の時代のアニメに見慣れた人からすると少しカクついている印象を受けると思われる。ヒルダがグルンワルドの妹であるという設定には、ヒルダに出会うよりも前にグルンワルドとホルスの会話にて「お前を弟にしてやろうか」と言っていたことが終盤にヒルダがホルスに「双子よ」と言う台詞の伏線になっている。これは実際にグルンワルドとヒルダに血縁の関係があるという訳ではなく、悪魔の心と人間の心という二つの側面を持つヒルダが、悪魔の心に囚われてからホルスたちによって人間の心を取り戻すという話に沿っている。村を襲撃され孤独感を募らせていたヒルダと、人間と離れて父と二人で暮らし、父が死んでから村へ来て父を失った孤独感を癒していたホルスが対比的になっていると考えられる。悪魔の心を増幅させていたヒルダと、そんなヒルダたちの悪魔に立ち向かうホルスの構図から学べることがありそうである。大カマスや怪鳥、太陽が大きくあしらわれた花嫁衣裳など、やや北欧らしい要素も見受けられるが、キャラクター達の服装や造形は比較的シンプルなものが多い。
5
『よなよなペンギン』(アニメ映画)(2009)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
原作は、りんたろう、マッドハウス製作、松竹配給。略称はよなペン。
毎晩、ペンギンの格好をして街を歩き回っていた少女ココ。ココは、天国のおとうさんが話してくれた、「ペンギンと空を飛んだことがある」という言葉を信じている。だから、彼女の願いは、いつか空を飛ぶということだった。 彼女の元に、ある日、空から招待状が届く。
【考察】
フルCGアニメーションになっており、以前に見た『ホッタラケの島』と似た作風の作品となっているが、動きは少し硬めになっている。キャラクターの陰影や質感などもリアル寄りであるとは言えず、全体的に似たようなプラスチックっぽい質感表現になっている。ストーリーとしては「信じていればきっと夢は叶う」というようなテーマになっていると考える。冒頭に出て来てココの夢をからかったいじめっ子が、その後にココの成し遂げたことを認識して考えを改めるというような描写がなかったのが少し残念。飛べないはずのペンギンが空を飛ぶ姿は、周囲の人々から諦められたり期待されなかったりしても、続けていれば報われることの象徴的な姿だと思う。ただ、ココがなぜ最後だけ飛べたのか、具体的な説明はなかったように思われる。また、同じ場に居合わせてスローモーションがかかっていたとしても、キャラクターやものによってはスロモの具合が違うのが少し気になった。悪魔らしき存在として登場するザミは、最初こそ「何だコイツ」と思うが、物語が進むにつれて性格に変化が現れ、最終的にかなり憎めないキャラクターになったのが印象的だった。敵の動きや味方の動きにはところどころご都合的な要素が見られて少し気になる点はあった(敵側の拠点の警備があまりにもザル過ぎる・敵が町の破壊行為を繰り返しているのに微動だにしない&ラスボスにトドメだけさす味方側の神様的存在)。
6
『呪術廻戦 懐玉・玉折 劇場版総集編』(アニメ映画)(2025)監督:御所園翔太
【概要・あらすじ】
TVアニメ第2期となる「懐玉・玉折/渋谷事変」が2023年7月から12月まで放送された。そのうちの全5話となる「懐玉・玉折」のストーリーが総集編として劇場にて上映。全編の音楽を5.1chサラウンドの劇場環境に合わせて再ミックスし、一部楽曲は劇場版用にリアレンジ。TVアニメ時のオープニングテーマをアレンジしたキタニタツヤの「青のすみか (Acoustic ver.)」を主題歌として迎える。
2006年 春。高専時代の五条悟と夏油傑。呪術師として活躍し、向かうところ敵のない2人の元に、不死の術式を持つ呪術界の要・天元からの依頼が届く。依頼は2つ。天元との適合者である“星漿体” 天内理子、その少女の「護衛」と「抹消」。呪術界存続の為の護衛任務へと赴くことになった2人だが、そこに伏黒を名乗る“術師殺し”が“星漿体”の暗殺を狙い介入する。
【考察】
テレビ放送版を見た後に映画館で鑑賞した際、印象として大きく異なったのは、五条・夏油の二人と伏黒甚爾である。テレビ版では特に夏油に視聴者が感情移入しやすく、敵側の伏黒がヘイトを買うような構図になっていたが、映画になって話の展開が途切れず一つの繋がったものとして見ていると、任務に対しての五条と夏油の若さゆえの甘さや粗さに気がつくと同時に、伏黒のクレバーさや計画の綿密性に目が付き、頭の切れる暗殺者として魅力的なキャラクターに感じられるようになったと考える。アニメ版よりも、殺された後に話が全然出て来ない天内がただ殺されただけのひたすら可哀そうな存在に思えた。何故かテレビ版ではそのままカラーで描写されていた五条と夏油の襲撃シーンが劇場版ではモノクロになるように編集されていたのかの理由が気になった。映画館の音響で音を聴くことによって、テレビ版では気がつかなかった声優の微かな演技などにも気がつくことが出来たと思う。クワイアの声を新たに録りなおしていることにも気がついたが、アニメ版の音楽に注意深く耳を傾けていれば、映画版との違いにも気がつけたかもしれない。
7
『劇場版 鬼滅の刃無限城編 第一章猗窩座再来』(アニメ映画)(2025)監督:外崎春雄
【概要・あらすじ】
吾峠呼世晴による漫画『鬼滅の刃』を原作としたufotable制作の日本の長編アニメーション映画。全三部作として制作され、2024年5月から6月に放送されたテレビアニメ版「柱稽古編」の続編として無限城での戦いを描く。
無惨の策略により鬼殺隊は鬼たちの根城である無限城へと落とされ、各々が鬼を討伐しながら無惨を探す。蟲柱・胡蝶しのぶは実姉を殺した張本人である上弦の弐・童磨と、我妻善逸はかつての兄弟子にして新上弦の陸となった獪岳、竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇はかつて炎柱・煉獄杏寿郎を倒した上弦の参・猗窩座と遭遇し、戦いを繰り広げる。
【考察】
画面に占める情報の量や密度が非常に高い作品だと感じた。注視して見ても、とてつもないスピード感で映像が動いていくので、コマ送りして見たいと思う場面がいくつもあった。無限城に落下していくだけでも建物の数だけでその圧倒的な規模の大きさが分かる他、特に戦闘シーンでは何が起きているのか目で追うことすらままならないほどのハイスピードである。印象的だったのは劇伴で、アニメの一期などで使われていた各キャラクターのテーマのメロディーを豪勢にアレンジしたり、対戦するキャラクターのテーマを組み合わせた楽器を用いていたりと非常に凝っており、耳まで忙しい作品になっている。アニメ映画として興行収入が注目されている作品ではあるが、その質の良い作画と動きという情報が猛スピードで大量に押し寄せるため、何があったのか確認したい、何度でも見たいと観客に思わせるためもあるのではないかと思う。
ストーリーも、キャラクター達の遣る瀬無い想いや報われなかった願い、届かなかったことへの悔しさや自分が未来へ繋ぐ覚悟など、普遍的な人の思いを描いたものが多く、声優の演技や音楽も相まって感情を高ぶらせる・共感させるものとなっていると思う。
8
『タコピーの原罪』(Webアニメ)(2025)監督:飯野慎也
【概要・あらすじ】
タイザン5による同名の日本の漫画を原作に作られたWeb配信アニメ。複雑な家庭事情と学校でのいじめに苛まれる少女・しずかとタコ型地球外生命体・タコピーの交流譚を描く。
【考察】
原作の漫画の絵柄をかなり踏襲した絵柄が特徴的。表現も漫画由来かは分からないが、構図を利用した主観人物の心情表現が印象的だったと思う。東が自分の犯行がバレるかもしれないというシーンでは机の下から俯く大きく歪んだ東の焦燥した顔が見え、警察の声も水の中から聞いたような籠った音になっていたり、東が母からパンケーキを出され、諦められたことを言われた途端、それまでおいしそうだったパンケーキが残飯のように見えたり、テーブルの距離が伸びて母親との埋まらない心の距離を表していたり、実際にはそんなことはないのに東の兄に詰められるという幻想といったシーンが印象的だった。声優の演技も圧巻で、特に第六話でしずかが泣きながらタコピーに怒りをぶつけるシーンはかなり反響も大きかった。
ストーリーとしては、誰がいい子で誰が悪い子なのか、その逆転現象が次々に連鎖して起こっていく。しかし、一貫して大人たちが本当に悪い影響を子供たちに与えすぎていると思う。タコピーに「一体どうすればよかったの?」と聞くしずかに対して「分かんないっピ…」「いつもお話聞こうとしなくてごめんっピ」というのが非常に誠実で、タコピーの成長を感じた。この物語では、「お話」がハッピーを生むことも一貫して描かれており、最後にまりなとしずかが和解するときも、多少強引ではあるが二人の対話によるものになっている。
9
『彼女と彼女の猫』(テレビアニメ)(2016)監督:坂本一也
【概要・あらすじ】
新海誠による同名の自主制作短編アニメーション作品を原作とした日本の短編テレビアニメ。2016年3月『ULTRA SUPER ANIME TIME』枠内にて『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』のタイトルで放送された。1話約8分で全4話。略称は『彼女と彼女の猫 EF』。第4話エンドクレジット後のパートで、自主制作版の冒頭へつながるような演出がなされた。
都会で一人暮らしをする美優は、かつてルームシェアしていた親友の知歌が先に部屋を出て行ってしまい、猫のダルと二人暮らしをすることになる。
【考察】
猫のダルの特徴的なモノローグや声優の花澤香菜を起用していることにより、非常に新海らしさを感じる要素はあるものの、作品全体としては淡泊な印象だった。輪郭線が茶色いのは特徴の一つだが、作画にもこれとった大きな特徴は見受けられない。淡々と就職活動に追いつめられる美優とダルの日常を描いた作品になっているが、基本的にダルの視点を中心に世界が描写されている。落ち込む美優の枕元にトカゲを渡し、叫んだ美優の声を聞いて「よかった 元気になったみたい」など、やはり少し人間の感覚とはズレた猫の感性を持っている描写がされている。
10
『メアリと魔女の花』(アニメ映画)(2017)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
原作はイギリスの女性作家メアリー・スチュアート(1916年 - 2014年)が1971年に発表した『The Little Broomstick』。
11歳の赤毛の少女メアリは、大叔母シャーロットが住む赤い館に引っ越して来たが、テレビやゲーム機も無く退屈な日々を過ごしていた。ある日、メアリは赤い館を訪れた12歳の少年ピーターと出会うが、彼の飼い猫ティブとギブを追って森に迷い込み、夜間飛行という花を見つける。その1輪を赤い館に持ち帰り、翌日、ティブを追って再び森に来たメアリは、赤毛の魔女が落とした箒を見つけるが、誤って夜間飛行の汁を箒に付けてしまう。すると箒は独りでに動き出し、メアリとティブを乗せたまま空高く舞い上がると、積乱雲の中にある魔女の国に入っていく。
【考察】
スタジオポノック作品だが、どうしてもジブリの系譜は感じざるを得ない。絵柄はほとんどジブリの特徴と一致している他、ファンタジーの描写などもかなりジブリっぽいという印象を受ける。ただ、はっきりと言葉にすることは出来ないものの、「ジブリ・宮崎作品よりもワクワク感がない…!」という感想が出た。物語に緊張と緩和の緩急がないような、緊張の度合いが少し緩めなのかもしれないと感じた。どうせ捕まってもなんとかなる・まさか死ぬようなことはないだろう・変身魔法で変身させられてしまっても魔導書と花があれば元に戻れる、といったような鬼気迫る感覚があまり感じられなかったように思う。前半の街での暮らしは、のどかな田舎と妖しい森という雰囲気に合っていたと思うが、後半の大学に入る場面でも「これは一体何だろう?」と観客に思わせるワクワク感があまりなかった。ハリー・ポッターのホグワーツの彩度を上げて造形を動植物モチーフに変えたような既視感からだろうか。加えて、魔法が科学と密接に関係がある・人間に一部の魔法は制御可能&近代化のような要素が込められていたからだろうかと考えた。音楽としてはハンマーダルシマーが非常に印象的なBGMになっていた。
魔女宅のキキとは違い、メアリの場合は黒いスパッツで守られていた。
11
『メトロポリス』(アニメ映画)(2001)監督:りんたろう
【概要・あらすじ】
手塚治虫の同名漫画『メトロポリス』を原作としたアニメーション映画。ジグラットという機械工学化や発展が急進的な街に、伴俊作という日本の探偵とケンイチという助手が訪れる。
【考察】
絵柄・テーマ共に手塚治虫作品らしい作品だと感じられた。鉄腕アトムなどの手塚プロのアニメーションを見たことがあるが、それよりも大分ヌルヌルと動くようになっており、手塚が生きていてこの映画を見たらよい反応をするのではないかと思った。ロボットを機械の奴隷として扱うか、それとも人間と同じように扱うのか、ジグラットで働くロボットたちは総じて前者寄りの待遇の元に活動している。しかし、ロボットたちの挙動や性格、見た目はかわいらしい、親しみが持てるように表現されているため、前者的な扱いをしているジグラットの人間に対してヘイトが向くような構図になっていると考える。ティマはレッド公の失われた娘を元に作られたと確かあったと思うので、非常に『鉄腕アトム』の持っていたテーマ性と似ているのではないかと感じた。ただ、奴隷のように扱った人間には天罰が下るという結末から町の大規模な破壊行動に及び、崩壊した町を見るとどことなく『AKIRA』のラストを感じられるラストにもなっている(脚本が大友克洋)。
12
『鉄コン筋クリート』(アニメ映画)(2006)監督:マイケル・アリアス
【概要・あらすじ】
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された松本大洋による漫画を元にした劇場アニメ。義理人情とヤクザが蔓延る町・宝町。そこに住む<ネコ>と呼ばれる少年・クロとシロは、驚異的な身体能力で街の中を飛び回ることが出来た。そんなある日、開発という名の地上げでヤクザ、3人組の殺し屋、蛇という名の男性が現れる。
【考察】
カメラワークが非常に特徴的かつ絵柄もかなり独特な作風で、唯一無二の雰囲気を醸し出していると感じた。芸能人声優を何人も起用しているが、作品やキャラクターとの馴染みは良かったと思う。特にニノの声優としての演技については『実写版 暗殺教室』でも触れられていたが、不良少年の役としても、クロの持つ生意気なクソガキ感やその奥に眠る「イタチ」としての狂気も非常に表現出来ていると思った。アクションシーンは非常に軽やかながら、その軽さの中にも狂気が感じられる。ストーリーとしては、「流れ」や「闇」、「この街は長くない」などのキーワードらしきものはいくつもあるものの、どれもかなり抽象的でそれらが一体どういうものなのか、簡単に把握するのも難しいと感じた。アジアンチックながら世界のどこにもなさそうな乱雑な雰囲気の街で、半スラム化したような中華街のような街で繰り広げられる高低差を活かした戦いのシーンはインパクトがある。日本人が作らないようなアジアの街という印象を受けた。
13
『ももへの手紙』(アニメ映画)(2012)監督:沖浦啓之
【概要・あらすじ】
リアル系アニメーターの第一人者としても知られる沖浦啓之が前作『人狼 JIN-ROH』以来12年ぶりに手がけた2作目の監督作品で、オリジナル作品としては初となる長編劇場アニメ。
父が遺した書きかけの手紙には、ただその一言があるだけだった。心ない言葉をぶつけ、仲直りしないまま父を亡くしたももは、11歳の夏、後悔を抱えたまま母親のいく子とふたり、母が幼い頃住んだことのある瀬戸内の島に引っ越してきた。辿り着いた汐島は、昔ながらの家々と自然に囲まれたどこか幻想的な町だった。
【考察】
絵柄がリアル寄りのジブリ、あるいは『火垂るの墓』を思わせる絵柄だと思った。特に鼻・口回りの描画が省略されずに書かれており、それがリアルさに拍車をかけていると思われる。妖怪三人組の中ではマメが一番不気味だと感じた。ももの足を舐めたりももの入浴中に風呂に忍び込んだりと、本人は茫然としているがしっかりとももに絡んでくるあたりが少々気味が悪く思った。瀬戸内のレモンをつかった羊羹や海の見える穏やかな景色、人々の言葉遣いからも、見ていて本当に瀬戸内の田舎に移り住んだように感じられた。ももの同級生の男子との距離感が自然なのもリアルだと感じた。母の発作の悪化を食い止めるために暴風雨の中で橋を渡ったり、山をモノラックでのぼって猪から逃げたりと、移動を伴うアクションシーンは非常にワクワクした。妖怪たちの力を使って協力して一つの大きな・大変なことを成し遂げようとする構図にワクワクするのだろうかと考えた。妖怪たちは積極的なももの味方というわけではなく、むしろかなりのやらかしを人々にしている上にそれを把握しているのがももだけなので、かえってももが何か関係しているのではないかという誤解を周囲の人に与えかねない厄介な存在になっている。意思疎通こそできるけれどなかなか相容れない存在として描写されているのだろうかと考えた。
14
『舞台 呪術廻戦 懐玉・玉折』(舞台)(2025)脚本:喜安浩平
【概要】
芥見下々原作の漫画『呪術廻戦』のエピソード「懐玉・玉折」を舞台化。8月22日から9月7日まで東京・大阪で公演。
【考察】
二階席から観劇をした。距離的にキャストの人達の表情などは見えづらかったものの、立ち居振る舞いなどが正にキャラクターそのものを体現しているようで、本当にその場にキャラクターが「いる」と感じた。特に声質がアニメ版と大きく異なるキャストもいたが、それでも話し方や振る舞いを非常にキャラクターに寄せていたために全然違和感がないという現象が起こっていた。何がそのキャラクターをキャラクターたらしめるのかについて考えて見たくなった。人数などの関係上兼ね役なども当然あるが、中学二年生の女子の役を中年の男性が行っているのを見た時は会場内でも笑いが起こっていた。一日しか観劇には行けなかったものの、何度も通して観劇に行っている人の感想を見ると、やはり日によってコマかい箇所の台詞や演技が変化しており、「舞台は生もの」という役者の言葉を思い出した。
五条が逆さに浮いたりするシーンではアンサンブルの人が逆さに持ち上げていたり、空中浮遊するシーンではかなり高い台の上に乗って演技をしたりと、身体を張った演出方法だったことも印象に残っている。
15
『借りぐらしのアリエッティ』(アニメ映画)(2010)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
監督は本作が初監督作品となる米林宏昌。メアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作として、翻案・脚色された作品であり、人間の屋敷で物を借りながら隠れ暮らす小人の一家や、小人の少女アリエッティと人間の少年翔の交流を描く。
【考察】
一見するとアリエッティが普通の大きさの女の子に見える前半パートだが、よく見ると水滴の大きさなどは一貫して大きく描かれており、小人たちの小ささが窺える。アリエッティが翔と初めて目が合うシーンは本当に突然なので、観客としても軽いジャンプスケアを経験した気持ちになった。アリエッティと同じ気持ちを体験した気分になった。アリエッティと翔が協力してアリエッティのお母さんを捜すシーンでは、二人の身体で出来ることと出来ないことを活かしあって助けていたのが印象的で、いつかはこうして小人と人間が共存し合える未来もあるのではないかという可能性を描いているのではないかと思った。序盤でアリエッティが受け取らなかった翔の角砂糖を最後に受け取るのも、その比喩なのではないかと感じた。
16
『めくらやなぎと眠る女』(アニメ映画)(2022)監督:ピエール・フォルデス
【概要・あらすじ】
村上春樹の3つの短編小説集『めくらやなぎと眠る女』『象の消滅』『神の子どもたちはみな踊る』から6編の短編小説を脚色し、東日本大震災直後の東京を舞台に、2人の銀行員を主人公として描いている。
本作は2022年度アヌシー国際アニメーション映画祭で初公開され、審査員賞を受賞。その後第47回トロント国際映画祭の現代ワールドシネマ部門でも上映された。日本での公開に際しては、20歳未満のキャラクターが喫煙するシーンがあることからPG-12指定がなされている。
【考察】
村上春樹作品を読んだことがある人間なら、この作品の原作が村上春樹のものであると恐らくすぐに分かると思う。特に緩急もないのっぺりとした展開や、「このシーン必要あるのか…?」とやや疑問に思うような場面がいくつかあるなどが小説を読んでいて覚える感覚に酷似しているのである。この映像作品もほとんどが人物たちの会話劇によって進行しており、恐らく動画かロトスコープ的な動きをしているので、表現としては本当にリアルに振り切った作品だと思う。アニメ版の『悪の華』を彷彿とさせる作品だと感じた。時折ある性描写や穏やかながらグロテスクな描写、喫煙に飲酒など、精神的にじわじわと追いつめられてくるような閉塞感を覚えた。
17
『好きでも嫌いなあまのじゃく』(アニメ映画)(2024)監督:柴山智隆
【概要・あらすじ】
制作は『泣きたい私は猫をかぶる』『ペンギン・ハイウェイ』などの作品で知られる多くのアニメ作品を生み出したスタジオコロリド。
高校1年生の八ツ瀬柊は、人から嫌われず周囲と上手にやっていきたいとの思いから、頼まれごとを断れない性格であったが、何をやってもうまくいかず親友と呼べる相手もいなかった。季節外れの雪が降った夏のある日、人間の世界に母親を探しに来た鬼の少女ツムギと出会う。柊と正反対の性格で、周囲の目を気にしないツムギは、柊を旅の道連れにする。
【考察】
終始「よく分かんないな…」となった作品だった。絵はこれまで手掛けてきた作品を含めて申し分はないものの、物語の設定に整合性が薄かったりツッコミどころが多かったりして、少し集中できなかったことは否めないと思った。例えば人が鬼になるという設定は、本当の気持ちが言えないまま貯め込んでしまう人は、身体から小鬼と呼ばれる雪のようなものが出て来て、それが出すぎると鬼になってしまうという設定があるのだが、それだとほとんどの人間は鬼になっていてもおかしくないのではないかと感じてしまった。また、ツムギ自身は鬼の両親から生まれたから鬼に決まっていると言っているものの、それなら尚更人間と鬼の人口は逆転していてもおかしくない上、鬼の角は鬼になりかけの人間や鬼同士にしか見えないため、なぜ鬼が隠れ里に住んでいるのかもよく分からない。自分の気持ちを隠して鬼になってしまうような人がのびのび生きられる場所としての役割があるらしいが、ツムギの母親が自分の本心を明かせずに雪の神になって悲しんでいた点を見るに、その役割すらうまく機能していないことが分かるので、やはり分からないという気持ちが強い。ただメッセージ性は伝えようとしているのは分かるものの、やはり要領を得ないという感想が出て来る。
18
『化け猫あんずちゃん』(アニメ映画)(2024)監督:久野遥子・山下敦弘
【概要・あらすじ】
いましろたかしによる同名の漫画作品を原作とした映画。南伊豆・池照町の一角にある草成寺で飼われていた猫、あんずちゃんは、10年、20年経っても死なず、30歳を過ぎて化け猫となっていた。飼い主であるおしょーさんの養子となり、寺の仕事を気まぐれにこなしつつ、日常生活をおくるあんずちゃん。彼と町の人々との交流を描く不思議な物語。
【考察】
何であんずちゃんは生きているのか、なんで喋れるのか、なんで自転車に乗っているのか?といった疑問や違和感は割と序盤ですぐに消え失せてしまった。周囲の人々があまりにも自然にあんずちゃんのことを受け入れているため、「まあいいか…」となってしまうのである。メインキャラクターのかりんを含め、登場人物全員に「コイツ…」と思うところもあればでもやっぱり憎めない点もあり、観客にキャラクターを好きになってもらえるような造形になっている。かりんの母親に会いになぜか地獄に行ったり、結局地獄に行って母を現世に蘇らせた重罪がどうなったのかなどについては触れられないものの、「まあ…なんとかなったっぽいしいいか…!」と思わせる適当さが愛おしいと思う。
19
『きみの色』(アニメ映画)(2024)監督:山田尚子
【あらすじ】
海に面した街のキリスト教系女子高校3年に在学する日暮トツ子は、会う人固有の「色」が見えるという特殊な感覚を持ち、周りの人間からは少し浮きがちであった。トツ子は「きれいな色」を感じた同学年の作永きみのことが気になっていたが、きみはいつの間にか学校を退学していた。「本屋で働いているのを見た」という噂をもとに、トツ子は市内の本屋を探し回り、ある古書店できみと再会する。
【考察】
画面の中の色彩が本当にどのシーンをとっても鮮やかで穏やかで、トツ子の視界を共有して見ているような感覚になった。動きのヌルヌルさや展開と人間関係の静かさ、トラブルなども特にない監督の作品性が非常に全面的に現れた作品だと思う。それでいてラストは割と王道よりの展開になっていくのも着地の座りが良い。披露される楽曲の三曲もどれも良く、特にトツ子の「水金地科目土天アーメン」は、掴みやすいフレーズとキャッチ―な歌詞から簡単に口ずさむことが出来る。足の描写が思ったより少なかったことが意外だった。
20
『さよなら絵梨』(漫画)(2022)作者:藤本タツキ
【あらすじ】
病の母が死ぬまで、スマートフォンで撮影をしていた中学生の優太。彼は母の死後、自殺をするために向かった病院の屋上で、とある少女に出会い、映画を撮影することになる。
【考察】
個人的に驚きだったのは、絵梨が眼鏡をかけて矯正をしていた女の子だったという点。作中では絵梨は一度もそんな描画はされていなかったため、漫画のコマの全部を合わせてもまだ読者には分からない絵梨や優太の真相があの漫画のコマの外にはあるのだなと思うと同時に、映画の撮影とこの漫画の構図が入れ子構造になっていることが分かる。
21
『ヌードモデル』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
高校の不良少年である百瀬は、所属するグループのルールに従い、罰ゲームとして美大を目指す同じクラスの女子高生の夏目と三日以内にヤッてこいと命令される。百瀬は夏目の家に行き、モデルがいなくて困っていた夏目に対し、自分がヌードモデルになることを提案する。
【考察】
最初はただ純粋に絵を描く・描かれるの関係だった二人だが、一方は裸を見られ一方は自分の貞操を狙われているのを分かっていた状況だったのが面白い。それでもお互いにヌードモデルと画家という関係を崩さなかったのが尊い関係だと感じた。百瀬が最後に夏目を馬鹿にした同級生を殴ったり夏目に謝ったりする場面が挟まったのは珍しいように感じた。夏目は、最初は笑わずに真剣な顔で絵を描くことから少し恐怖を覚えるが、最後の笑顔が非常にかわいらしく、全然能面なんかじゃないということが感じられて良かった。
22
『おんなのこ』(漫画)(2015)作者:山口つばさ
【概要・あらすじ】
女の喘ぎ声の真似をした録音を聴きながら自慰行為を行っていた矢田は、ひょんなことからその音声を同級生の男子に聴かれてしまう。しかし、声フェチだという桃井以外の誰にも声の正体が矢田であることはバレず、音声は男子たちの間に広がっていく。その様子に悪い気はしない矢田は、自分の声が裏で男子たちに求められることに関し、徐々に女子に対する優越感を抱く。
【考察】
女の子が経験する喜びと苦しみを男子が味わってみたらこういうことになるのだろうかと考えた。朝比奈が妹尾にレイプされているらしき描写はかなり序盤からあったものの、見逃してしまうと構図的には「気づけなかったことに対する申し訳なさ」が矢田と読者でリンクする形になっているのが巧みだと感じた。最後のおっぱいを抱える矢田の構図は、思春期の男子なら喜びそうな構図ながらも、その重みを理解した矢田の意識の変化が感じられる。
23
『ソフトさんの悲劇』(アニメ)(2009)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
ソフトさんの悲劇は、ソフトクリームのキャラクター、ソフトさんが様々な状況で潰れ続けていく姿をユーモラスにえがいた、悲しくも可笑しい連続ショートアニメーション。
この作品はロカルノ映画祭(スイス)「MANGA IMPACT」2009/8/5や、Holland AnimationFilmFestival(オランダ)2009/11/4で公開され、NIPPONCONNECTION(ドイツ)2010/4/14でも上映されるなど海外でも高い評価を得ている。
【考察】
これはもはや考察をすべき作品ではないのでは…? という気さえしてきた。日常的なスポーツのものが大半を占めている印象を受ける。作品の大半はオチが想像できるものだが、中には視聴者の意表をつくオチもあったりと、意外と面白い。だが、子供向け作品という印象は否めない。
24
『ソフトさんの悲劇 新種誕生』(アニメ)(2011)監督:杉山実
【概要・あらすじ】
クリエイター・杉山実が手掛けたシュールなショートアニメーション第2弾。溶ける体をものともせず、さまざまなことにチャレンジし続けるソフトクリームのキャラクター、ソフトさんの日常を描く。
【考察】
前作よりも線が綺麗になり、色もかなり鮮やかになって色んな種類の仲間が増えているのも特徴。もしかしてソフトさんは、地球上で最強の生命体なのでは…?と感じ始めた。
25
『デス・ビリヤード』(アニメ)(2013)監督:立川譲
【概要・あらすじ】
文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト『アニメミライ2013』の参加作品として公開された。原作の立川譲は監督および脚本も務めており、作品の独特な世界はその作家性によるものが大きい。結末はリドル・ストーリー的に考察の余地を与えるものとなっている。
突如、謎のBARに連れてこられた若者と老人に、バーテンダーらしき人物は「命を懸けてゲームをして頂きます。」と答える。2人ともわけがわからないままビリヤードを始めるが、若者は次第にこのゲームを疑うようになる。
【考察】
新人が育成目的で作ったとは思えないクオリティの作品だと感じた。特に激しく若者たちが動くシーンにも迫力があった他、老人と若者が天国と地獄のどちらにいったのか、何となく答えが出ているような気がしないでもないのも興味深い。
26
『小さな英雄 カニとタマゴと透明人間「カニ―ニとカニーノ」』
(アニメ)(2018)監督:米林宏昌
【概要・あらすじ】
スタジオポノックのプロジェクト「ポノック短編劇場」の1作目。『メアリと魔女の花』に続く劇場用映画で、スタジオポノックとしては初の短編映画となる。3篇のアンソロジーとして発表。『カニーニとカニーノ』(監督/米林宏昌)、『サムライエッグ』(監督/百瀬義行)、『透明人間』(監督/山下明彦)。
サワガニの兄妹・カニーニとカニーノは、両親と共に川底で小魚を食べて暮らしていた。母が出産の為に棲み家を離れていた大嵐の日、激流に流されそうなカニーノを助ける父親。だが、代わりに父が流されて行ってしまった。兄弟だけになり、父を探すため危険を犯してカニーニとカニーノは下流に向かう。
【考察】
カニだからか、人間の言語らしきものは一切喋らず、名前や独自の言語を使っていたのが印象的だった。水の表現や魚の表現が非常にリアルで、ジブリらしさはそこからは感じなかった。
27
『「サムライエッグ」』(アニメ)(2018)監督:百瀬義行
【あらすじ】
野球好きな小学生・シュンは、両親と東京・府中市で暮らしていた。彼は生まれつき重度の卵アレルギーに苦しんでいた。アレルギーの治療は、わざと少量のアレルギー物質を食べて慣らして行くのだが、それは吐き気との闘いであり、まだ幼いシュンは治療を避けがちだった。
【考察】
玉子入りのアイスを食べてしまい、エピペンを持って家を飛び出していくシーンは疾走感と発疹による苦しみが表現されていて、見ていて涙腺が刺激された。
28
『「透明人間」』(アニメ)(2018)監督:山下明彦
【あらすじ】
港町で暮らす青年は透明人間だった。背広を着て会社に勤務しているが、同僚たちは彼が居ないかのように素通りする。常に重い消火器を担いでいる青年。手ぶらでは風船のように、何処までも浮いて行ってしまうのだ。
【考察】
彼の存在に気がつくのが盲導犬とその犬を連れた老人というのも感慨深い。その老人も透明人間なのかもしれないと思った。それにしても、一体どうやって就職できたのか、就職したころはまだ透明じゃなかったのかもしれないと思った。
29
『がんばっていきまっしょい』(アニメ映画)(2024)監督:櫻木優平
【概要・あらすじ】
敷村良子による私小説を原作としたアニメ映画。愛媛県松山市の高校を舞台に、ボート部の活動に打ち込む5人の女子高校生たちの姿を描いた物語。
【考察】
3DCGを用いたアニメで、光の使い方が鮮やかで美しい作品だった。主人公回りの急に生えたような恋愛要素には首をかしげたが、最後のレースの間に挿入される謎の寝そべる五人の絵と含めて、そこだけが微妙だったが、あとは概ね満足できる映画だった。
30
『セロ弾きのゴーシュ』(アニメ映画)(1982)監督:高畑勲
【概要・あらすじ】
高畑勲が監督しオープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた自主制作作品。劇場公開は1982年1月23日であったが、同月発表された1981年度の第36回毎日映画コンクール・大藤信郎賞にノミネートして受賞している。
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロを担当している。しかしあまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。
【考察】
最初は動物たちにも辛く当たっていたゴーシュが、動物たちのお願いごとを叶える度に少しずつ穏やかになり、最後にはセロの腕がうまくなるのが良かった。セロの振動が按摩になっているというのが現実的で意外だった。
スポンサードリンク