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4年 亀山 RES
卒論概要

【タイトル】
水から見るジブリ作品(仮)

【概要】
 日本を代表するアニメーションスタジオであるスタジオジブリ。その作品の多くには「水」が非常に効果的なものとして配置されている。本論文ではその「水」に焦点を当て、それが作中でどのような役割を持ち、どのような効果をもたらしているかを解き明かすことに加え、諸環境問題につながる観点を見出し我々の生活に欠かせない「水」との付き合い方を考えていくことを目的とする。
 スタジオジブリ作品の中で最も「水」との関わりが深いと考える『千と千尋の神隠し』と『崖の上のポニョ』の2作品を取り上げる。各作品にみられる特徴や共通項をあげ、そこから得られた考えをまとめて「水」とっいたものを映像的、また社会的に理解する。

2022/06/22(水) 00:05 No.1864 EDIT DEL
山田
『千と千尋の神隠し』に関して、坊がねずみになって千尋と行動したことで成長したことと、終盤に千尋が並べられた豚の中に自分の両親はいないと言っていたことが印象に残っています。坊は「可愛い子には旅をさせよ」という言葉が当てはまるタイプのキャラクターだなと感じました。千尋が両親を見分けられた理由はよくわかっていないので、知りたいなと思っています。感想しか書けず申し訳ありません。
また、ご存じかもしれませんが、相愛大学研究論集に収録された、高木学准教授による「宮崎駿作品と環境問題をめぐる社会学的試論」の「濁りなき洪水の意味」という章の中で『崖の上のポニョ』における災害についての記述がありました。
2022/06/28(火) 23:44 No.1 EDIT DEL
4年 佐藤 RES
【卒論概要】『少女☆歌劇レヴュースタァライト』から見る「変身する」キャラクター(仮)

少女☆歌劇レヴュースタァライト』という作品は舞台で生きることを選んだ少女たちをテーマにした作品であり、アニメと舞台の融合を謳い2.5次元媒体に強く力を入れている作品である。この作品では舞台上のキラメキの競い合いや奪い合いの表現としてキャラクターが舞台上で変身して戦う。この際、魔法少女アニメでよく見られる特徴的な変身演出を毎戦闘ごとに繰り返す、変身バンク(この作品では再生産バンクと呼ばれる)と俗に呼ばれている演出が挟まるのだが、2.5次元や他メディアミックス媒体ではそれが見られない。なぜアニメでしかその演出が存在しないのか、そもそも舞台をテーマにした作品で魔法少女的な変身演出を入れる意味を考察することで、アニメーションだからこその表現の可能性を探っていく。
2022/06/22(水) 00:04 No.1863 EDIT DEL
横田
個人的に、変身する前とした後、の繋がりや違いが気になりました。『スタァライト』を通ってきていないため、軸を『プリキュア』にして失礼します。例えば、プリキュアはどのシリーズも自分たちの正体を隠しているような素振りが度々見受けられます。また、『ハートキャッチプリキュア』では家の都合で男の身なりをしているものの、実は可愛いものが大好きな子が、プリキュアに変身するとベリーショートからかなり髪の長いツインテールになったりもします。(他にもそのような事情がなくても、基本的に変身すると急激に髪が伸びるパターンが多い気がします)
何かお役に立てれば幸いです。
2022/06/28(火) 21:28 No.1 EDIT DEL
橋本
アニメーションに重点を置く方針になったそうなので関係ない話になると思いますが、個人的に、それぞれのメディアミックス媒体でその媒体にしかない特徴があれば、探して比較すると面白いのでは無いかと思いました。また、見つかるかどうか分かりませんが、同じ展開の仕方をしている作品を探すのも新しい発想が生まれそうだと思いました。
2022/06/28(火) 23:27 No.2 EDIT DEL
山田
変身演出があるアニメとしてアイドル活動を描いた作品である『アイカツ!』が挙げられると思います。何故変身演出があるのかを妹に聞いて見たとき、「お洒落にかわいく/かっこよく着飾るのが女の子の夢だからだと思う」と言っていました。またこの作品に関してはデータカードダスと連携しているため、カードを用いてキャラクターが着替える描写を視聴者に向けていかに魅力的に描けるかがデータカードダスの売り上げに繋がっている(のではないか)ということも関係していると感じました。少しでも参考になれば幸いです。
2022/06/28(火) 23:40 No.3 EDIT DEL
4年 鈴石
魔法少女アニメを通ってきていないので、趣旨とずれてしまって申し訳ありませんが、変身演出のある作品と言うと、サンデーにて連載されアニメも放送された『マギ』が思い浮かびました。ジンと言う精霊の力を身に宿して戦う際に、キャラクターたちはそのジンの性質(炎や水など)を色濃く反映した姿になっていました。それによって炎や水などの属性が各キャラクターに付与され、「炎を使うA君に水を使えるBさんが敵になったのはまずい状況だ」などと誰もが分かるように、戦闘状況を分かりやすくする効果もあったのではないかと思いました。
少年マンガ作品ですみませんが、何かしら考察のきっかけになれば幸いです。
2022/06/29(水) 16:17 No.4 EDIT DEL
4年 橋本 RES
卒論概要

【タイトル】
「『ジャックジャンヌ』における男装にまつわるジェンダー観(仮)」

【概要】
『ジャックジャンヌ』は、株式会社ブロッコリーより発売されている少年歌劇シミュレーションゲームである。原作・キャラクターデザインを『東京喰種』を代表作にもつ石田スイが担当し、シナリオには実姉であり『東京喰種』や『NARUTO』のノベライズを担当している十和田シンが関わっている。女性主人公が男子校に入学し、学生生活を送りながらキャラクターと親密になっていく乙女ゲームの形態をとるこの作品を、ダークファンタジー作品を描く漫画家が手がけることは異例であると考えられる。本稿では、この点を踏まえた上で、主人公が男装をして男子校に通う少女であることを中心にジェンダー観の考察を行う。
石田は『ジャックジャンヌ コンプリートコレクション』にて『ジャックジャンヌ』のジェンダー観について、

前提として「ジャックジャンヌ」では男性が女性を演じているわけですが、何かのメタファーでもないし、一石を投じたいわけでもない。単純にそういう形のお芝居に対して全力で頑張る、爽やかなものにしたかったんです。
僕はジェンダー的な問題を抱えている当事者ではないから、完璧に理解できているかはわからないけど、そもそも性別をあまり気にしていないんです。男性に「女性の心を持っています」と言われても「そうなんだ」と思うだけというか……。この問題を重く捉えるほうが、違和感を覚えます。気にしなくていいと思うし、僕自身が語るべき言葉を持ってるわけでもないので。(p235)

と語っている。また、十和田は、

当初はそういう毛色が可能性としてあったものの、進んでいくうちに大げさに書く必要はないと思うようになりました。外から見たら大きく見える個性だって、本人からしたら一部でしかない。それがすべてであるかのように語ってしまったら、その人の他の部分を否定することになってしまう。どのキャラクターに関しても、いろんな個性を内包していることを考えて、とにかく自然体になるように心がけていました。(p235)

と語る。そこで、本稿ではまず作品内のジェンダー観の分析を行い、その結果が作者の意図している通りだったかどうかを明らかにする。その上で、漫画家を起用した作品であることを踏まえながら昨今のジェンダー観と比較し、この作品のジェンダー観が現代のプレイヤーにどのように受け止められているかを考察する。

2022/06/21(火) 23:54 No.1862 EDIT DEL
山田
『東京喰種』はずっと昔に一度読んだことがあるだけなので朧気な記憶になってしまいますが、『ジャックジャンヌ』とは全く違う、ダークファンタジーのジャンルに分類される作品なので、共通点を見つけたいといった観点から読むことを検討しているのであれば読まなくても卒論に支障はないのではないかと思います。読む際には、とあることが原因で主人公が今まで食べていたものを食べられなくなり、代わりに人肉に魅力を感じてしまう喰種(正確にいうと彼は半喰種です)というものになってしまうという話であることから、人が喰われる描写や拷問描写などがありますので、そのような描写が苦手だという場合はその部分を避けるなど、気を付けて読むことをお勧めします。
また、私は見たことがないのですが、BANDAICHANNELの紹介によると、『魔女の旅々』第7話の<旅人が刻む壁/ぶどう踏みの少女>は、「人によって隔てられた、競い合う2つの土地のお話。『ニケの冒険譚』に綴られた、壁で分断された仲の悪い2つの国。ある日役人が旅人のニケに、壁のこちら側がいかに素晴らしいかを自慢したいと相談する。ニケはおもむろに壁に賞賛の文字を掘り始める。/ぶどう酒が特産の「こっちの村」は、道を挟んで競い合う「あっちの村」の姑息な販売商法に対抗するため、イレイナの擁立を企む。最初は乗り気でなかったイレイナも、あれよあれよと担がれるうち、闘志に火が付いてしまう。」という内容で、特に<旅人が刻む壁>という方に壁で隔てられた仲の悪い2つの国が出てくるようです。少しでも参考になれば幸いです。
2022/07/16(土) 23:40 No.1 EDIT DEL
鈴石
『東京喰種:re』には、カナエや六月といった男装女性が登場していたかと思います。ただ、どちらのキャラクターも女性として生きることに未練があったり、自身の性への嫌悪感から男装していたのに後々男性キャラクターへの想いが暴走したりと、『ジャックジャンヌ』の主人公とは毛色が違うかなと思うので、読まなくてもいいのではないかと感じます。さらに、re版を読むには『東京喰種』(無印の方)を読んでおかないと分からない箇所も多いと思いますし、暴走する過程でグロテスクな表現も多々あるので、無理に読む必要性は感じません。
2022/07/17(日) 17:08 No.2 EDIT DEL
4年 山田 RES
卒業論文の概要

【タイトル】
美の追求者の描写に潜む感性の在り処(仮題)

 現在もなお収まっていないコロナ禍で私たちは様々な苦しみを経験した。しかし、コロナ禍によって良い方向へ変化したこともあるということをご存じだろうか。それは何かというと、男性の美意識である。2020年に株式会社ランクアップが20代〜60代の働く男性323名に独自の調査を行った結果、オンライン会議の増加に伴って自分の顔を画面越しに見ることが増えたことから、男性の3人に1人は美意識が高まったと感じているという。また、男性の美意識に関するものとしてメイクについても触れておきたい。現在広がりつつあるメンズメイクの浸透と理解に関して、株式会社ネオマーケティングが2021年7月13日(火)から2021年7月16日(金)の4日間で全国の15歳から69歳の男女998人を対象にインターネットリサーチを実施した結果、「男性メイクについてどう思うか」という質問に対し、男性がメイクをすること自体への賛成度合いは30%強で、男性メイクの位置づけとしては「身だしなみ」「補正」程度が最も賛成度合いが高く、どちらも40%前後の賛成率であったという。メイクをしない男性も女性も、「身だしなみ」程度の男性メイクへの賛成度合いが最も高いことは変わらず、また、メイクをする男性以外の「濃いメイクをすること」「ご自身よりも濃いメイクをすること」への賛成率はいずれも10%前後にとどまったことから、おしゃれを目的とする、もしくは身だしなみの域を超える男性の濃いメイクに対する理解はまだまだであるとのことである。
 男性の美意識が向上しつつもおしゃれとしてのメイクの理解は未だ十分ではない現在ではあるが、男性が美を追求すること自体が異質に見られてしまう時代に比べれば進歩してきた方なのだろう。これに関して、過去の人々によって共有されてきた「美の追求は女性のものである」という認識が影響していることは想像に難くない。そして、この「美の追求は女性のものである」という認識の存在を映像によって明示した作品が、「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのは誰」という台詞でお馴染みの、ディズニーによる『白雪姫』(1937)である。
 この『白雪姫』を中心として、複数の作品における「美の追求者」とされるキャラクターの描写に着目し、その美の追求の姿勢はジェンダー的観点からどのように捉えることができるのかを考察することで、キャラクターによって表現される「一番の美しさ」や「美の追求」とは一体誰にとっての感性に基づいているのかを探ることが本論文の研究的意義である。また、推移してきたジェンダー観によって近年「美の追求者」として描かれるキャラクターに男性が増えてきたことについて考察し、人々のジェンダー観の認識の変化がコンテンツに与えた影響についても明らかにする。

・ディズニーによる『白雪姫』の女王について考察する
・ディズニー作品の悪役にインスパイアされたアプリゲーム『ツイステッドワンダーランド』に登場する『白雪姫』の女王をモチーフとしたキャラクター「ヴィル・シェーンハイト」について考察する
・『AMBIVALENZ』や卒論発表等で他の方にコメントしていただいた作品についての理解を深め、取り上げるための正当な理由があるものを選択して考察する
・以上の作品を通して研究的意義に迫る
・以上の作品と人々のジェンダー観の認識の変化を照らし合わせる
・上記二つをまとめての結論
2022/06/21(火) 23:46 No.1861 EDIT DEL
4年 横田
作品だけでなく、現実社会での男性にとっての美の在り方にも触れられる、とのことでしたのでそちらについてのコメントを失礼します。
私はたまに男性誌『POPEYE』や『Men’s Non-no』、『mens LaLaBegin』辺りをパラパラと捲るのですが、そのような男性誌も昔に比べてメンズスキンケアを扱う回数、割くページ数が増えたように感じています。特に、出版不況と言われる中で珍しく今年の春、世界文化社から創刊された『mens LaLaBegin』ではメイン特集にはなりませんでしたが、「メンズビューティー清潔男子養成講座」という章がかなりがっつり14頁も割かれていました。しかも驚いたことに、スキンケアのみならず、下地やコンシーラーといった“コスメ”に分類されるようなものも紹介されていました。
勿論、雑誌は読者層が色濃く反映されている節もあると思いますが、月刊など定期的に発行されているので、時代の移り変わりとともに男性にとっての美意識の変化を比較的追いやすいのかな、などと思いました。何か参考になれば幸いです。
2022/07/27(水) 12:14 No.1 EDIT DEL
鈴石
質問内容と外れてしまい申し訳ありませんが、『ツイステッドワンダーランド』における美の印象になります。発表の際、女性キャラクターがモデルになった寮長4人の紹介があり、ヴィルの服装の女性的な箇所について言及されていたかと思います。その点に関して、アズールを除く4人中3人が、現在では女性らしさのアイコンの一つとなっているハイヒールを寮服時に履いていたり、メイクに関しても式典時や寮服時にはメイクをしているキャラクターも多くいたりと、作品の世界観の中ではメイクをすることや、プレイヤー側が女性性を感じられる服装をすること自体が普通のこととして描かれている印象があります。
また、最近の雑誌の特集などを見ていると、身だしなみの範疇外のメイクやジェンダーフリーの服装を、モデルや取り上げられた芸能人がすることが多くなったように思います。喉仏が隠された衣装を着用していた芸能人を、名前を知るまで女性だと勘違いしていた経験があるなど、やはり時代とともに男性に求められる美の変化を感じました。
2022/07/27(水) 23:46 No.2 EDIT DEL
4年 横田 RES
卒論概要

【タイトル】
宮崎駿と孤児 ―こだわる要因とその効果―(仮)

【概要】
 日本のアニメーション界を代表する監督、宮崎駿。彼の作品には、“孤児”を主人公としたものが多い。時を遡り思い返してみても、『太陽の王子ホルスの大冒険』のホルス(場面設計・原画)、『パンダコパンダ』のミミ子ちゃん(脚本・原画)、『アルプスの少女ハイジ』のハイジ(場面設計・画面構成)などと枚挙にいとまがない。
 そして本稿ではそれらの中から、宮崎駿が監督または演出として携わり、彼自身の想いや考えなどが色濃く反映されているものとして、特に5作品をみていく。まずスタジオジブリ創設前には、宮崎駿が演出として参加した『未来少年コナン』(1978年)を取り上げる。2つ目は自身の漫画を原作とし、監督を務めた『風の谷のナウシカ』(1984年)である。
 スタジオジブリ創設後は監督として携わり、パズー・シータ共に孤児である『天空の城ラピュタ』(1986年)を3つ目に取り扱う。さらには、本質的には両親は存在するものの、作中孤児と同等の立ち位置となる『魔女の宅急便』(1989年)、『千と千尋の神隠し』(2001年)に焦点を当てていく。
 彼がここまで孤児にこだわる理由は一体何なのか、そして孤児を作品に取り入れる意味・効果を紐解いていくことを、本稿の目的とする。そしてそれらを踏まえ、近年・今後の日本のアニメ・漫画作品と“孤児”との繋がりを見出す。
2022/06/21(火) 22:43 No.1860 EDIT DEL
山田
『レイチェルと滅びの呪文』という海外の作品をずっと昔に読んだのですが、たしか主人公のレイチェルと弟がある日突然家族から引き離されて邪悪な魔女の元へ連れてこられてしまうところから物語が始まっていたように思います。主人公は孤児ではありませんが、思い返すと、疑似的に孤児のような状態になっているなと思いました。このことから、やはり主人公が親といった自分を守り甘やかしてくれる庇護下にいる環境から引き離されることで危険に立ち向かわなくてはならない状況が作り出されている作品は多いのだなと感じました。少しでも参考になれば幸いです。
2022/07/12(火) 23:39 No.1 EDIT DEL
鈴石
孤児であるキャラクターの物語というと、『魔道祖師』という作品の主人公・魏無羨を思い出しました。幼い頃に両親が他界して、他の家に引き取られます。やはり親を登場させなければ、主人公に危険な行動はさせやすいですし、展開上都合がいいのかなと感じます。ただ、親を失った後、引き取られた先で疑似家族的な関係を築き成長していくか、辿り着いた先で仲間はできても疑似家族的ではない関係の中で成長していくかで、キャラクターの人格や特徴は割と異なっているように個人的には感じました。
2022/07/13(水) 15:11 No.2 EDIT DEL
4年 戸田 RES
タイトル(仮)
「数十年後の管理社会に見出す価値観」

概要
情報化社会がより一層加速している現代において、個人情報や位置情報、検索履歴など、何気ない日常から「私」という存在が情報化して企業やデバイスに渡るようになったと感じている。Googleは各サイトごとに私のID、パスワード群を記録してくれているし、覚えていない16桁のクレジットカード番号も必要なタイミングに瞬時に提示してくれる。果たして私は管理しているのだろうか。管理されているのだろうか。
こういった生活に対して抵抗感よりも便利さや快適さといった利点を感じているが、この傾向がより顕著になった時にどのような価値観が重要視されるのかについて興味を持ったことがきっかけである。
 近い未来、政府などによって徹底して個人が管理された社会を描く作品を取り上げ、作品から何が大切だとされているのか、現代に生きる我々は何を重要視すべきなのかについて読み解いていく。
この手の小説の中では金字塔である「1984年」と近年日本で大ヒットしたアニメ作品「PSYCHO-PASS」を軸に取り扱う。両作品において共通して管理、監視されている要素(思想や職業を選択する権利、情報を知る権限など)や主人公における共通点(政府の下で働いている点、政府に懐柔される形で結末を迎える点)などを挙げ、考察することで作中の軸となっている価値観などを洗い出し、それを現代にフィードバックできるのではないかと考えている。
2022/06/21(火) 22:26 No.1859 EDIT DEL
山田
防犯カメラや位置情報アプリは監視されているなと感じます。しかし、防犯カメラは監視ツールではありますが、防犯のためのものなので見つけても特に不快にはならず、場合によっては見つけた際に安心感を抱くこともあります。
また、頼みもしていないのに家に知らないお店から着物のカタログ(成人式)が届いたり、知らない塾から家に電話がかかってきたり、知らないアカウントからメッセージアプリに「Amazonプライム会員のお支払い方法に問題があります、更新してください」(自分は会員ではないので詐欺ですが、電話番号を知られているのだなと思いました)と来たりすると、情報を握られているなと感じます。少しでも参考になれば幸いです。
2022/07/16(土) 23:46 No.1 EDIT DEL
橋本
現代の便利さや快適さはあくまでも導入という話でしたが、最終着地点が現代へのフィードバックであるならば、ないがしろにしてはいけない部分なのではないかと感じました。
私が監視されていると感じるのは広告です。現代ではユーザーの興味関心に合わせて広告を操作するという話を聞いたことがあったため、広告を押すだけでそれに興味がある人だと思われているようで見えない視線を感じているような気分になることがあります。見るつもりのなかった広告を誤押ししてしまい慌ててブラウザバックしたり、気になる広告も自分のイメージに合わないと避ける、といった行動をしたことがあります。
2022/07/17(日) 00:15 No.2 EDIT DEL
鈴石
他の方も挙げていますが、私も情報を握られていると感じるのは、広告やおすすめ動画です。以前誤って広告をクリックしてしまい、それ以来ずっと同じような広告が出続けた時には辟易しました。行われていることは、顔見知りの店員に「好きそうなのが入荷したよ」と言われることと大差ないのかもしれませんが、やはり、顔の見えない相手が自分の好みを把握しているという感覚は、利便性は認めつつも、監視されているという感覚がして気分が良いものではありません。
2022/07/17(日) 17:20 No.3 EDIT DEL