NEW CONTRIBUTION FORM
4年 中島
RES
(仮)
●タイトル
「アニメーションで用いられるケモノ表現〜動物的表現からみる未熟な登場人物たち〜」
●概要
人の言葉を話し、人のように振る舞うケモノ。ケモノの姿に変えられた/模した人間。そんな存在が出てくる日本アニメーション作品は、細田守作品を筆頭に多く思い浮かぶだろう。しかし、なぜ彼・彼女らは人ではなく”ケモノ”の姿でなくてはいけなかったのか。異種間という側面だけではない、未熟な登場人物にケモノとしてのガワを被せることでその言動の生々しさ・グロさを軽減させているアニメーションに着目し本質を考える。本論では未熟な彼らを非人間化させるケモノ表現と、その表現が包み込む登場人物の”未熟さ”について論じていく。
2000年代以降の日本でヒットした、登場人物に動物的表現が用いられるアニメーション作品に注目し、その動物的表現がどのように用いられているのか。特にその中で未熟さを持つ登場人物に獣のガワを被せるかのごとく動物的表現を用いる作品に着目していく。(細田守監督作品を中心に、)『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』など、他作品との比較を行いながら最終的にそこから浮かび上がる親子の問題や女性に求められる役割などのジェンダー問題等について問い直すことを目的とする。
(『美女と野獣』と『竜とそばかすの姫』を比較しながら、動物的表現の役割とそこから分かるヒーローの未熟さとジェンダー問題について触れたい。ただ、この二作以外にもう一作程度比較対象を持ってくるか、それともケモノが描かれる細田守作品を主にして前文の内容をその一部として論じるか不確定。)
●タイトル
「アニメーションで用いられるケモノ表現〜動物的表現からみる未熟な登場人物たち〜」
●概要
人の言葉を話し、人のように振る舞うケモノ。ケモノの姿に変えられた/模した人間。そんな存在が出てくる日本アニメーション作品は、細田守作品を筆頭に多く思い浮かぶだろう。しかし、なぜ彼・彼女らは人ではなく”ケモノ”の姿でなくてはいけなかったのか。異種間という側面だけではない、未熟な登場人物にケモノとしてのガワを被せることでその言動の生々しさ・グロさを軽減させているアニメーションに着目し本質を考える。本論では未熟な彼らを非人間化させるケモノ表現と、その表現が包み込む登場人物の”未熟さ”について論じていく。
2000年代以降の日本でヒットした、登場人物に動物的表現が用いられるアニメーション作品に注目し、その動物的表現がどのように用いられているのか。特にその中で未熟さを持つ登場人物に獣のガワを被せるかのごとく動物的表現を用いる作品に着目していく。(細田守監督作品を中心に、)『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』など、他作品との比較を行いながら最終的にそこから浮かび上がる親子の問題や女性に求められる役割などのジェンダー問題等について問い直すことを目的とする。
(『美女と野獣』と『竜とそばかすの姫』を比較しながら、動物的表現の役割とそこから分かるヒーローの未熟さとジェンダー問題について触れたい。ただ、この二作以外にもう一作程度比較対象を持ってくるか、それともケモノが描かれる細田守作品を主にして前文の内容をその一部として論じるか不確定。)
中島
改訂版
●タイトル
「『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』のケモノ表現からみる未熟な登場人物〜母親的役割の所在〜」
●概要
ケモノの姿に変えられた/ガワを被った人間。2021年に公開された『竜とそばかすの姫』は『美女と野獣』(ディズニー版アニメーションは1991年公開、ヴィルヌーヴ夫人のは1740年)をインターネットの世界で表現した作品である。
”ケモノ”の姿は作品内での異種間交流という側面だけではない、未熟な内面を持つ登場人物にケモノとしてのガワを被せることでその言動の生々しさ・グロさを軽減させる。本論では未熟な彼らを非人間化させるケモノ表現と、その表現が包み込む登場人物の”未熟さ”の内容について論じる。『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』の動物的表現に注目し、その動物的表現がどのように用いられているのか。比較を行いながら『美女と野獣』を現代の作品で表現したときに浮かび上がる親子の問題や女性に求められる役割などのジェンダー問題等(母親的役割の所在)についても比較して問い直すことを目的とする。
●タイトル
「『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』のケモノ表現からみる未熟な登場人物〜母親的役割の所在〜」
●概要
ケモノの姿に変えられた/ガワを被った人間。2021年に公開された『竜とそばかすの姫』は『美女と野獣』(ディズニー版アニメーションは1991年公開、ヴィルヌーヴ夫人のは1740年)をインターネットの世界で表現した作品である。
”ケモノ”の姿は作品内での異種間交流という側面だけではない、未熟な内面を持つ登場人物にケモノとしてのガワを被せることでその言動の生々しさ・グロさを軽減させる。本論では未熟な彼らを非人間化させるケモノ表現と、その表現が包み込む登場人物の”未熟さ”の内容について論じる。『竜とそばかすの姫』と『美女と野獣』の動物的表現に注目し、その動物的表現がどのように用いられているのか。比較を行いながら『美女と野獣』を現代の作品で表現したときに浮かび上がる親子の問題や女性に求められる役割などのジェンダー問題等(母親的役割の所在)についても比較して問い直すことを目的とする。
山田
『竜とそばかすの姫』は視聴したことがないので、ディズニー版の『美女と野獣』の感想のみを書きます。老女に扮した魔女に冷たい態度をとったことによって王子が野獣にされていましたが、それだけではなく、加えて城の者が食器や時計などになっていたのが面白いなと思っています。そして、薔薇の花びらが散るまでに王子が人を愛し、愛されなくてはならないという魔法の解除方法はなかなかにロマンチックな設定だと感じました。また、野獣がベルを愛し、ベルが彼に愛を伝えたことによって(王子の人間性の回復が証明されたのかなと思っています)王子が人間の姿を取り戻すラストが印象に残っています。
4年 長島
RES
タイトル『少女同士の絆に世間は何を求めるのか』(仮)
《概要》
昨今、ジェンダーに対しての考えが見直され注目されている。その影響もあり同性愛作品の需要は高まり、広く受け入れられつつある。男性同士の恋愛を描くBL作品には遠く及ばないものの、女性同士の恋愛を描く百合作品もブームを迎えている。本論文では、百合文化の起源とも言える『花物語』と2000年代の百合ブームを牽引した『マリア様がみてる』の2つの作品を通して、百合作品のブームの理由や、少女小説における少女同士の深い絆に読者が何を求めているのかを探る。また、それぞれの作品が連載されていた当時の社会情勢を踏まえて比較することで、世間のジェンダー観の変化と、少女同士の関係性に求めるものにどう影響し変化していったのかを明らかにする。
《概要》
昨今、ジェンダーに対しての考えが見直され注目されている。その影響もあり同性愛作品の需要は高まり、広く受け入れられつつある。男性同士の恋愛を描くBL作品には遠く及ばないものの、女性同士の恋愛を描く百合作品もブームを迎えている。本論文では、百合文化の起源とも言える『花物語』と2000年代の百合ブームを牽引した『マリア様がみてる』の2つの作品を通して、百合作品のブームの理由や、少女小説における少女同士の深い絆に読者が何を求めているのかを探る。また、それぞれの作品が連載されていた当時の社会情勢を踏まえて比較することで、世間のジェンダー観の変化と、少女同士の関係性に求めるものにどう影響し変化していったのかを明らかにする。
山田
まだ途中までしか視聴できていないので全部視聴しての感想ではなく申し訳ありません。百合作品ではないのですが、少女同士の絆に関して、「ラブライブ!」シリーズの『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』が思い浮かびました。この作品に登場する上原歩夢は、幼馴染の高咲侑と自分との距離が遠くなったように感じてしまい、高咲侑に対して大きな感情をぶつけてしまうという場面があったように思います。少女同士の絆という点から見てみると、幼馴染である二人の間にある絆が強いからこそ、それに比例するように、相手にぶつかる際の感情も強くなるのかなと思いました。少しでも参考になれば幸いです。
鈴石
百合作品にあまり触れたことがないため曖昧な感想になってしまいますが、男性同士の絆というと戦時中に背中を預けて戦った仲(少年マンガや『龍が如く』などの格闘ゲーム内の絆など)や、ホームズとワトソンのように共に事件を追い危険な現場に行くなど、非日常によって生じる「動」を感じる絆が多いように思います。その一方で女性(少女)同士の絆は、日常的な学園生活など、比較的穏やかな環境下で育まれた「静」を感じる絆が多いように感じます。授業内でブロマンスという言葉が出たかと思いますが、そことの比較もフックになり得るのではないかと思い、コメントさせていただきました。何かのお役に立てれば幸いです。
4年 田村
RES
【タイトル】
『ジャニーズと擬似恋愛』(仮題)
【概要】
今年で創立60周年を迎え、日本の男性アイドル業界においてトップクラスの人気を誇るジャニーズ事務所。近年では『週刊文春』による報道やSNS上での流出などによって所属タレントの恋愛事情が度々暴露され、彼らは恋愛禁止の規約がないにも関わらず、ファンから激しいバッシングを受けている。ファンによるこのような過剰な「束縛」が行われるようになった原因として、タレントが演じる「擬似恋愛」が関係していると考える。本稿では、ジャニーズタレントとそのファンが展開する様々な擬似恋愛的コンテンツに焦点を当て、それらがファンとタレントの関係にもたらす影響について考察する。
『ジャニーズと擬似恋愛』(仮題)
【概要】
今年で創立60周年を迎え、日本の男性アイドル業界においてトップクラスの人気を誇るジャニーズ事務所。近年では『週刊文春』による報道やSNS上での流出などによって所属タレントの恋愛事情が度々暴露され、彼らは恋愛禁止の規約がないにも関わらず、ファンから激しいバッシングを受けている。ファンによるこのような過剰な「束縛」が行われるようになった原因として、タレントが演じる「擬似恋愛」が関係していると考える。本稿では、ジャニーズタレントとそのファンが展開する様々な擬似恋愛的コンテンツに焦点を当て、それらがファンとタレントの関係にもたらす影響について考察する。
山田
ジャニーズには最近二次元系の作品等を好む方も増えてきたように思います。そういったジャニーズの方が、二次元のキャラクターを声優が演じて行うライブなどに明らかに本人とわかる姿で参加して、事務所にあなたは追っかける側ではなく追っかけてもらう側だろうと怒られたことがあるという話をしていたのをテレビで視聴しました。ファンが疑似恋愛をする状況が成立している中で、そのようなジャニーズメンバーに所謂「ガチ恋」をしている方にとっては、自分が追っかけをしているジャニーズメンバーが誰かの追っかけ(特に異性)をしているというのは、許容できるのか、それとも(疑似恋愛の維持が難しくなるために)許容できないのかというところが気になりました。
疑似恋愛を扱う上で、ジャニーズメンバーが恋愛的な意味ではないものの異性の追っかけをするという状況がどのように作用するのかという観点から見てみるのももしかしたら良いのではないかと思いました。既に想定されていたら申し訳ありません。少しでも参考になれば幸いです。
疑似恋愛を扱う上で、ジャニーズメンバーが恋愛的な意味ではないものの異性の追っかけをするという状況がどのように作用するのかという観点から見てみるのももしかしたら良いのではないかと思いました。既に想定されていたら申し訳ありません。少しでも参考になれば幸いです。
四年 鈴石
RES
卒論概要です。よろしくお願いします。
『鋼の錬金術師』における”身体”を取り戻す意味―作品が内包する”身体”への価値観―(仮)
近年では、障がいを持つ人々の生活が見直され、それに伴い制度を整える動きが徐々に加速している。その一方で、本学の障がい学生支援室発足が2020年度と最近であるように、その動きは遅れが目立つことも多い。このことから、現代の日本社会においては、未だに“健常な”身体に対する価値観が中心に据えられていると考えた。
本論文では上記の考えを解明するため、 『鋼の錬金術師』における“身体”を取り戻すことの意味を考察していく。なぜエドワードは腕のみを、アルフォンスは身体全てを取り戻すという兄弟で異なる結末になったのか。そしてこの結末から、どのような“身体”に対する価値観が見えてくるのかを明らかにする。そこから、現代日本社会における“身体”に対する価値観を再度考察し、捉え直すことが本論文の研究意義である。
また、実写映画『鋼の錬金術師』(2017年)と『鋼の錬金術師 完結編 復讐者スカー/最後の錬成』(2022年)の公開や、スマートフォンゲーム『鋼の錬金術師MOBILE』(SQUARE ENIX)の配信が2022年夏に予定されているなど、新たに『鋼の錬金術師』という作品に触れる機会が増えている。このように、長期的に人々を魅了し続ける影響力を維持していることから、今の時代にも通用する価値観や要素をこの作品が持っていると考えた。この点からも、本作を取り上げる意義を見出したことを付け加える。
原作マンガの概要や特徴を、初期一話やアニメ版との比較を交えて明確にしていくこと。
エルリック兄弟に焦点を当て、二人が別行動するシーンを中心に見ていくことで、兄弟それぞれが何を見て、考え、行動したかという差異を分析し、それが結末の違いにどのような影響を及ぼしたのかという点を解き明かすこと。
エルリック兄弟以外の、人体錬成という罪を背負わないキャラクターの“身体”の扱いを見ていくことで、エルリック兄弟とは別の視点から、この作品が持つ“身体”への価値観を明らかにすること。
考察を踏まえて、見出した日本社会に根ざす“身体”への価値観の裏付けのため、同じく失った“身体”を取り戻す物語との類似点を明らかにすること。(恐らく2019年にリメイク版が放送された『どろろ』か)
以上の四点の内容を扱う流れになると思われる。
『鋼の錬金術師』における”身体”を取り戻す意味―作品が内包する”身体”への価値観―(仮)
近年では、障がいを持つ人々の生活が見直され、それに伴い制度を整える動きが徐々に加速している。その一方で、本学の障がい学生支援室発足が2020年度と最近であるように、その動きは遅れが目立つことも多い。このことから、現代の日本社会においては、未だに“健常な”身体に対する価値観が中心に据えられていると考えた。
本論文では上記の考えを解明するため、 『鋼の錬金術師』における“身体”を取り戻すことの意味を考察していく。なぜエドワードは腕のみを、アルフォンスは身体全てを取り戻すという兄弟で異なる結末になったのか。そしてこの結末から、どのような“身体”に対する価値観が見えてくるのかを明らかにする。そこから、現代日本社会における“身体”に対する価値観を再度考察し、捉え直すことが本論文の研究意義である。
また、実写映画『鋼の錬金術師』(2017年)と『鋼の錬金術師 完結編 復讐者スカー/最後の錬成』(2022年)の公開や、スマートフォンゲーム『鋼の錬金術師MOBILE』(SQUARE ENIX)の配信が2022年夏に予定されているなど、新たに『鋼の錬金術師』という作品に触れる機会が増えている。このように、長期的に人々を魅了し続ける影響力を維持していることから、今の時代にも通用する価値観や要素をこの作品が持っていると考えた。この点からも、本作を取り上げる意義を見出したことを付け加える。
原作マンガの概要や特徴を、初期一話やアニメ版との比較を交えて明確にしていくこと。
エルリック兄弟に焦点を当て、二人が別行動するシーンを中心に見ていくことで、兄弟それぞれが何を見て、考え、行動したかという差異を分析し、それが結末の違いにどのような影響を及ぼしたのかという点を解き明かすこと。
エルリック兄弟以外の、人体錬成という罪を背負わないキャラクターの“身体”の扱いを見ていくことで、エルリック兄弟とは別の視点から、この作品が持つ“身体”への価値観を明らかにすること。
考察を踏まえて、見出した日本社会に根ざす“身体”への価値観の裏付けのため、同じく失った“身体”を取り戻す物語との類似点を明らかにすること。(恐らく2019年にリメイク版が放送された『どろろ』か)
以上の四点の内容を扱う流れになると思われる。
横田
個人的に思うところですが、やはり鈴石さんが大学の障がい学生支援室で、肌身をもって感じられたことや学ばれたことは、現段階ではハガレンとの直接的な結びつきは難しいですが、どこかでふと、繋がったりするのではないかな、と思いました。
また現在映画館で上映中の、湯浅政明監督『犬王』は主人公の一人で題名にもなっている”犬王”という人物が異形として生まれます。(四本足で犬のように歩行。片腕が異様に長く、もう片方の手は顔に直接ついている。目は縦に二つ付いており、背中は鱗に覆われている)
〈この先ネタバレ注意!〉猿楽(能)により、平家の怨霊が浄化されると、身体の一部が戻ってくる、というような展開です。また映画の本当に後半に明かされるのですが、犬王のその呪いは自分の欲に目のくらんだ実の父親によるものです。個人的に『どろろ』とかなり似ているな、と感じました。『犬王』公式サイトのリンクを貼っておくのでよろしければどうぞ…!
https://inuoh-anime.com/
また現在映画館で上映中の、湯浅政明監督『犬王』は主人公の一人で題名にもなっている”犬王”という人物が異形として生まれます。(四本足で犬のように歩行。片腕が異様に長く、もう片方の手は顔に直接ついている。目は縦に二つ付いており、背中は鱗に覆われている)
〈この先ネタバレ注意!〉猿楽(能)により、平家の怨霊が浄化されると、身体の一部が戻ってくる、というような展開です。また映画の本当に後半に明かされるのですが、犬王のその呪いは自分の欲に目のくらんだ実の父親によるものです。個人的に『どろろ』とかなり似ているな、と感じました。『犬王』公式サイトのリンクを貼っておくのでよろしければどうぞ…!
https://inuoh-anime.com/
山田
私は見たことがないのですが、『コブラ』という作品があります。平凡に暮らしていたと思っていた主人公は、実は記憶と顔をいじって死を偽装していた、高性能光線銃の左腕を持つ宇宙海賊だったという話で、五体満足だと思っていたら本当は左腕が生身ではなかったと判明する特殊なパターンで個人的に興味深いなと思いました。
あと、私はディズニー版しか視聴していないのですが、『ピーターパン』の原作だとフック船長はピーターパンに右手を切り落とされ、ワニの餌にされてしまったそうです。
また『僕のヒーローアカデミア』に登場するミルコというヒーローが戦闘で左腕を失う描写があり、彼女は後に左腕を義手に、右足を義足にするという形になっています。少しでも参考になれば幸いです。
あと、私はディズニー版しか視聴していないのですが、『ピーターパン』の原作だとフック船長はピーターパンに右手を切り落とされ、ワニの餌にされてしまったそうです。
また『僕のヒーローアカデミア』に登場するミルコというヒーローが戦闘で左腕を失う描写があり、彼女は後に左腕を義手に、右足を義足にするという形になっています。少しでも参考になれば幸いです。
橋本
そもそも人間の話ではないので参考になるかは分かりませんが、私が個人的に身体を失うことはすなわち死に近づくことなのかもしれないと感じたムービーを貼ります。『Detroit Become Human』のデモムービーで、アンドロイドが不具合を疑われ、せっかく手に入れた身体を解体されそうになり、「死にたくない」と必死に訴える映像になっています。役に立たない可能性の方が高いだろうと思いますが、何か気づくことがあれば幸いです。
https://youtu.be/8wWHxIfwS1k
https://youtu.be/8wWHxIfwS1k
4年 池谷
RES
タイトル『異世界を目指す若者たち』
《卒論概要》
昨今、少子化が大きな社会問題となっている。内閣府の発表した『少子化をめぐる現状』内で若者に当たる日本の「0~14歳」の人口は、2020年は1503万人(全体の約12%)と、1980年の2751万人(全体の約24%)から減少の一途をたどっている。今後もこの子供の人口減少は続いていくとされており、早急の対策が求められている。一方で、子供の数が減ったことにより、親が子供一人にかけることのできる金額が増え、学習塾や習い事といった学校以外の課外活動に勤しむ子供達も増えてきている。このことから子供達の生活様式は大きく変化しておりアニメーション作品の受容にも大きな影響を及ぼしている。2019年9月には長年子供達に親しまれてきたテレビアニメ『ドラえもん』の放送枠が金曜日の19時から土曜日の17時に変更になったことは記憶に新しい。こうした変わりつつある子供達の作品受容の中で昨今大きな盛り上がりを見せた作品ジャンルがある。それが「異世界もの」だ。この「異世界もの」は2010年代前半からサブカルチャー界に登場した新しい作品ジャンルで現在でも中高生の若者を中心に大きな支持を得ている。主人公が現実世界と切り離され、上位存在から特殊な能力や武器をもらい、新天地での生活を余儀なくされるといった特徴がある。この変わりゆく若者の生活様式の中で、現実世界と隔絶された作品群である「異世界もの」が若者に受け入れられた経緯と変遷を研究することで、若者とアニメーションの関係の面から考察し、若者が何故異世界を求めるのかについて明らかにすることを本論文の研究意義とする。
《卒論概要》
昨今、少子化が大きな社会問題となっている。内閣府の発表した『少子化をめぐる現状』内で若者に当たる日本の「0~14歳」の人口は、2020年は1503万人(全体の約12%)と、1980年の2751万人(全体の約24%)から減少の一途をたどっている。今後もこの子供の人口減少は続いていくとされており、早急の対策が求められている。一方で、子供の数が減ったことにより、親が子供一人にかけることのできる金額が増え、学習塾や習い事といった学校以外の課外活動に勤しむ子供達も増えてきている。このことから子供達の生活様式は大きく変化しておりアニメーション作品の受容にも大きな影響を及ぼしている。2019年9月には長年子供達に親しまれてきたテレビアニメ『ドラえもん』の放送枠が金曜日の19時から土曜日の17時に変更になったことは記憶に新しい。こうした変わりつつある子供達の作品受容の中で昨今大きな盛り上がりを見せた作品ジャンルがある。それが「異世界もの」だ。この「異世界もの」は2010年代前半からサブカルチャー界に登場した新しい作品ジャンルで現在でも中高生の若者を中心に大きな支持を得ている。主人公が現実世界と切り離され、上位存在から特殊な能力や武器をもらい、新天地での生活を余儀なくされるといった特徴がある。この変わりゆく若者の生活様式の中で、現実世界と隔絶された作品群である「異世界もの」が若者に受け入れられた経緯と変遷を研究することで、若者とアニメーションの関係の面から考察し、若者が何故異世界を求めるのかについて明らかにすることを本論文の研究意義とする。
山田
自分で見たいと思ったジャンプアニメは『鬼滅の刃』で、初めて見た深夜アニメは『血界戦線』だったと思います。また「小説家になろう」から作家デビューした方による「なぜ『異世界転生』は若者にウケ続けるのか?」という記事があったのでリンクを記載しておきます。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64174
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64174
橋本
学生の行動範囲が広くなりそれが影響しているといった話があったかと思いますが、その点と学園ものとの結びつきがあまり感じられないような気がしました。話を聞いて、私は、ライトノベル読者が、異世界ものの中でも学園ものを楽しむにあたって、学校や学園に求めているものを明らかにし、現実との関わりを考察し、現代の若者の行動範囲が広がったことによる影響であると証明する、といった流れが自然なのではないかと感じました。
私が最初に見たジャンプアニメは恐らく『ハイキュー!!セカンドシーズン』(友人に勧められたため)か、『ワンピース』(伯父に教えてもらった)のどちらかだったと思います。また、初めて見た深夜アニメは『RDG レッドデータガール』で、これは原作小説が好きで、当時買っていたスニーカー文庫版の本の帯に記載があったことがきっかけです。このアニメを録画する際に他にも深夜帯のアニメで気になるものを探してついでに録画したことが現在の定期的な深夜アニメの録画に繋がっています。
私が最初に見たジャンプアニメは恐らく『ハイキュー!!セカンドシーズン』(友人に勧められたため)か、『ワンピース』(伯父に教えてもらった)のどちらかだったと思います。また、初めて見た深夜アニメは『RDG レッドデータガール』で、これは原作小説が好きで、当時買っていたスニーカー文庫版の本の帯に記載があったことがきっかけです。このアニメを録画する際に他にも深夜帯のアニメで気になるものを探してついでに録画したことが現在の定期的な深夜アニメの録画に繋がっています。
四年 小林
RES
卒論概要発表『共通言語する作品たち―Twitterにおける作品の消費の在り方―』
Twitterは我々が日常的に活用しているSNSである。このツールは元来、個人の意見の発信や日記を文字通り「つぶやく」ためのものだった。しかし、最近は商用利用や政治使用などもされており、社会的にも大きな影響を与えるSNSとして活躍している。
そのような媒体の中で、特徴的な発展をしているのが漫画・アニメーション文化の形成の側面だ。作品の評論や感想の共有はもちろんだが、セリフの一部分を切り取り、SNS特有の共通言語として使用している場合や、作品自体を媒介としたコミュニティの形成など、作品の消費のされ方は多岐にわたる。
本論ではインターネットが台頭する前の時代と現在を比較しつつ、Twitterでの作品消費のされ方について考察する。それらがもたらした功罪や可能性を洗い出すことによって、SNS上での新たな文化形成の形を捉えなおすのが本論の意義である。
≪具体的概要≫
・そもそもインターネットと人々のかかわり方の変遷について2チャンネル時代と現代のものSNS社会とで比較(もしくはTwitterサービス開始当初と現在を比較)
・具体的にどんな共通言語化がなされているのかを抽出(ミーム系・作品媒介型について、発展した理由の考察も)
・上記のことを踏まえた功罪・そこから見える可能性について(功罪については一つの物事について同様の側面から比較したい)
Twitterは我々が日常的に活用しているSNSである。このツールは元来、個人の意見の発信や日記を文字通り「つぶやく」ためのものだった。しかし、最近は商用利用や政治使用などもされており、社会的にも大きな影響を与えるSNSとして活躍している。
そのような媒体の中で、特徴的な発展をしているのが漫画・アニメーション文化の形成の側面だ。作品の評論や感想の共有はもちろんだが、セリフの一部分を切り取り、SNS特有の共通言語として使用している場合や、作品自体を媒介としたコミュニティの形成など、作品の消費のされ方は多岐にわたる。
本論ではインターネットが台頭する前の時代と現在を比較しつつ、Twitterでの作品消費のされ方について考察する。それらがもたらした功罪や可能性を洗い出すことによって、SNS上での新たな文化形成の形を捉えなおすのが本論の意義である。
≪具体的概要≫
・そもそもインターネットと人々のかかわり方の変遷について2チャンネル時代と現代のものSNS社会とで比較(もしくはTwitterサービス開始当初と現在を比較)
・具体的にどんな共通言語化がなされているのかを抽出(ミーム系・作品媒介型について、発展した理由の考察も)
・上記のことを踏まえた功罪・そこから見える可能性について(功罪については一つの物事について同様の側面から比較したい)
山田
①他のSNSはメールやLINE程度しか使用していないので、他メディアで使用されているのかはわかりません。LINEが台頭する前によく使っていたメールではインターネットミームは見かけなかった印象があります。
②前にストリームで書いたもの以外は思いつきませんでした。
③記憶にある限りやったことがないような気がします。
参考にならない回答で申し訳ありません。また、質問外の感想になってしまうのですが、「ルパン三世:カリオストロの城」で終盤に銭形警部が言った「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」という台詞がTwitterでしばしば使用されているのではないかと感じました。
②前にストリームで書いたもの以外は思いつきませんでした。
③記憶にある限りやったことがないような気がします。
参考にならない回答で申し訳ありません。また、質問外の感想になってしまうのですが、「ルパン三世:カリオストロの城」で終盤に銭形警部が言った「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」という台詞がTwitterでしばしば使用されているのではないかと感じました。
鈴石
①SNS自体ラインくらいしか使用しておらず、他はアカウントさえ作らず見るだけなので把握できていないと思います。参考にならずすみません。
②私の場合は、ある作品のワンシーンのコラージュ画像を見て、実際の作品内では何と言っているのだろうという好奇心で、作品を読むに至りました。
また、少しずれてしまいますが、作品内の特定の件が、二次創作として他作品のキャラクターたちでパロディ化されたものを原作より先にインターネット上で読んだため、元になった作品のキャラクターやストーリーについて一切知らないのに、作中でこんな展開があるということだけ知ったということがありました。
③SNS上では使用したことはありません。ただ、対面での友達との雑談などで「人がごみのようだ」といった有名な台詞を使ったことはあったかと思います。その際は単に、場を盛り上げたり和やかにするための冗談として使ったかと思います。
あまり参考にならないと思いますが、何かの役に立ちましたら幸いです。
②私の場合は、ある作品のワンシーンのコラージュ画像を見て、実際の作品内では何と言っているのだろうという好奇心で、作品を読むに至りました。
また、少しずれてしまいますが、作品内の特定の件が、二次創作として他作品のキャラクターたちでパロディ化されたものを原作より先にインターネット上で読んだため、元になった作品のキャラクターやストーリーについて一切知らないのに、作中でこんな展開があるということだけ知ったということがありました。
③SNS上では使用したことはありません。ただ、対面での友達との雑談などで「人がごみのようだ」といった有名な台詞を使ったことはあったかと思います。その際は単に、場を盛り上げたり和やかにするための冗談として使ったかと思います。
あまり参考にならないと思いますが、何かの役に立ちましたら幸いです。