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杉森幸花
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二年 杉森幸花 夏休み課題
1.ウィキッド2人の魔女(2024)
ジョン•M•チュウ監督
概要
名作児童文学「オズの魔法使い」に登場する魔女たちの知られざる物語を描き、2003年の初演から20年以上にわたり愛され続ける大ヒットブロードウェイミュージカル「ウィキッド」を映画化した2部作の前編。後に「オズの魔法使い」に登場する「西の悪い魔女」となるエルファバと、「善い魔女」となるグリンダの、始まりの物語を描いたファンタジーミュージカル
感想
壮大なセットと音楽、世界観が感じられるファッションまで完璧な作品だった。子供らしく振る舞うことを許されなかったエルファバと、愛されて育った少し子供のようなグリンダを最高の友人として演じることができるのは、シンシアとアリアナ以外にいないだろうと思った。
ストーリー構成もミュージカルから引用しているからか、エルファバが死んだ知らせをグリンダが持ってくる場面から始まり、映画には新鮮で面白かった。エルファバは辛い運命を受け入れるが、2人の友情はどのような結末を迎えるのか、エメラルド王国はどうなるのか、二部も必ず見たいと思う。
2.国宝(2025)
李相日監督
概要
任侠の一門に生まれながら、女形としての才能を見出され歌舞伎役者の家に引取られた喜久雄。彼はやがて、その家の御曹司と切磋琢磨し芸に青春を捧げていく。
感想
あらすじや予告編だけでは伝わらないテーマがこの映画にはあると感じた。個人的に印象に残ったのは終盤の喜久雄を呼び出した万菊さんとのやり取りである。ここまでの喜久雄は血縁がおらず、自身の才能に頼らざるを得ない状況におかれ、それにも限界があると思いしらされた場面が多かった。その状態の喜久雄に、粗末なアパートの一室で万菊は「この部屋には美しいものが一つもないでしょう」と話しかけた。彼はただ舞台にのみ生きてきた人物なのだとこのセリフだけで理解できた。それは喜久雄も同じで、彼はこれからも人として破綻していながら芸に生きるしかないと言っているようだった。吉沢亮の巧みな演技と李監督の諦観の表し方に圧倒される作品だった。
3.壁 (1969)
安部公房
概要
ある朝、突然自分の名前を喪失してしまった男。以来彼は慣習に塗り固められた現実での存在権を失った。自らの帰属すべき場所を持たぬ彼の眼には、現実が奇怪な不条理の塊とうつる。他人との接触に支障を来たし、マネキン人形やラクダに奇妙な愛情を抱くなど。独特の寓意とユーモアで、孤独な人間の実存的体験を描き、その底に価値逆転の方向を探った芥川賞受賞の野心作。
感想
安部公房の小説が国語の教科書で1番好きだったので読んでみたが、熱があるときにみる夢みたいな小説だった。主人公が謂れのない罪で裁かれる場面が法も人権もなく、そのシュールさが『不思議の国のアリス』の女王の裁判のように感じた。ズレていく世界観や歪んだロジックは、安部公房が出せる唯一無二のユーモアさで面白い作品だった。
4.空の怪物アグイー短編 (1930)
大江健三郎
概要
大学入学直後、僕は銀行家の紹介で音楽家Dの付き添いの仕事を始める。Dは「空から降りてくる怪物アグイー」に取り憑かれていると語り、僕は彼に同行し続けた。やがてDの元妻から赤子の「アグイー」の悲劇を知る。12月24日、銀座でDに時計を贈られた直後、彼はトラックに飛び込み死亡。僕は自分が彼の自殺のために雇われたのではと疑う。春、子供に石を投げられた僕は再び「あれ」の存在を感じ、憎悪から解放された。
感想
授業の課題図書だったが面白かった。空の怪物アグイーは短編集に収められた中の一つであり、内容は大江健三郎らしく難しいものの、短いので飽きる間も無く読み切ることができる。この短編は大江健三郎自身の体験(前年に長男を授かっているが脳に深刻な異常があった)が働いていると考えられた。現実と違い小説のなかでは、音楽家Dはエゴイズムで子供を殺してしまったことでその存在に取り憑かれたという設定であった。人間の命の意味について、大学生の「ぼく」の第三者的な視点から考えられる小説だと思う。
5.チェーンソーマンレゼ編(2025)
吉原達矢監督 藤本タツキ原作
概要
悪魔の心臓を持つ“チェンソーマン”になった少年が、公安対魔特異4課に所属しデビルハンターとして活躍する姿を描く藤本タツキによる漫画「チェンソーマン」の劇場版
劇場版では新たにレゼという人物が登場して、憧れのマキマと自分に興味津々なレゼの間でデンジの恋心は揺れる。しかし実はレゼには陰謀があった。
感想
藤本タツキの作品は一編が映画のように綺麗にまとまっているため、原作そのままでも表現しやすそうだと思った。レゼ役の方の演技が上手く、デンジの前ではどこで「演じて」いてどこでは「演じていない」のかが声色でわかりやすかった。マキマとのデートでは2人が感情を共有する場面があったが、マキマは本当に涙を流したのか、それともデンジの感情がマキマに流されたのか、など疑問に思わせる示唆なのかとも思った。
アクションシーンは見どころがあり、ときどきデンジの一人称視点が挟まることで没入感が増した。
6. KING OF PRISM Your Endless Call み~んなきらめけ!プリズム☆ツアーズ (2025)
菱田正和監督
概要
歌とダンスとプリズムジャンプを組み合わせた総合エンタテインメントショー「プリズムショー」に魅了された個性豊かな男の子たちが「プリズムスタァ」を目指して奮闘する姿を描くアニメ「KING OF PRISM」シリーズの劇場版。「アイドルタイムプリパラ」「プリティーリズム」シリーズなどの男子キャラクターたちがシリーズの垣根を越えてライブを繰り広げる。
感想
男性のプリズムショーはまだみたことがなかったが、かなり話題になっていたので視聴した。プリティシリーズやプリパラはとにかく脈略のないストーリー構成、狂気を帯びたキャラクターが魅力だ。だからといって全てが勢い任せなステージ構成というわけでもない、プリズムスタァたちの愛に感動した。様々な愛のかたちや表現の仕方を見ることができて、自分を好きになる方法を教えてもらえる。かなり懐かしい楽曲と美しいトリックで、子供から大人まで楽しめる作品だと思う。
7.アンナチュラル(2018)
野木亜紀子脚本
概要
石原さとみさん主演の法医学ミステリードラマで、不自然死究明研究所(UDIラボ)を舞台に、法医解剖医の三澄ミコトを中心に、個性豊かなメンバーたちが様々な死の裏にある真実を解き明かす物語
感想
8話について、この話の主軸は題名の通り「遥かなる我が家」である。構成は本筋の中に小話が度々入るというものだ。それが優れていると思った点が、当初犯人だと考えられていた町田三郎とUDIの一員である六郎、さらには妻の遺骨を受け取ろうとしなかったお爺さんという3人もの人物について終盤の集約である。それぞれが明確に事件と繋がっているとは言い難い話にも関わらず「自らが帰るべき場所」というテーマを基盤として全て回収される。自分の家とはなにか、死を忌まわしく扱わないUDIだからこそ導き出せる答えだと思った。
8.スパイダーマン:ノー•ウェイ•ホーム(2021)
ジョン•ワッツ監督
概要
倒した敵の暴露により、世間から悪評を受けるスパイダーマン。自分の正体が知られていない世界に戻りたいと思うようになった彼は、友人のドクター・ストレンジに助けを求める。やがて魔法の力で、彼は違う世界線で2つの人生を同時に歩み始める。
感想
ホームカミング、ファーフロムホームに続きトムホランドが演じるピーターパーカーの作品。何十年にもわたるスパイダーマンへの愛を祝う本作は、ファンのための映画であり、明らかにファンによって作られた映画であった。その最たる理由はスパイダーマンシリーズをそれぞれ演じている主人公(アンドリュー•ガーフィールド、トビー•マグワイヤー)たちがマルチバースという新たな設定を利用して助けに来るからだ。主人公集結というヒーロー作品にありがちな構成でありながら、その演技と物語に感動することは本当にサプライズだといえる。
9.カラオケ行こ!(2023)
山下敦弘監督
概要
変声期に悩む合唱部の男子中学生と歌がうまくなりたいヤクザの交流をコミカルに描いた和山やまの人気コミックを、綾野剛主演で実写映画化。
感想
漫画の実写化で失敗していないと思える稀有な作品。本筋も含め、やま先生が得意であるシュールな笑いどころや感情が揺さぶられる場面は綾野剛さんと齋藤潤さんが上手く表現しており、実写化としてだけでなく一本の映画として完成されているという印象を受けた。後味も良く、展開がさらっと流れていくようでありながら、終わると主人公ふたりの満足感と喪失感でいっぱいになった。
10. 鬼滅の刃 無限城編第一章猗窩座再来(2025)
外崎春雄監督 吾峠呼世晴原作
概要
吾峠呼世晴による原作漫画「鬼滅の刃」の“無限城編”を、3部作で映画化したアニメーションの第1章。柱稽古の最中、産屋敷邸に現れた鬼舞辻無惨によって謎の空間へ落とされた炭治郎らを描く。今作は敵である童磨としのぶの確執、善逸戦、猗窩座の過去に焦点があてられて進んでいく。
感想
ufotableのつくる映像美に圧倒された。少し酔いそうになるほど迫力のある無限城の表現に、初出の童磨や獪岳の技の作画は素晴らしく、この作品における本気度が伺えた。内容は猗窩座の回想が中心となり、少し中途半端な気もしたが、映画化するにもそこで区切るしかなかったんだろうと考えた。猗窩座が好きな人は必ず見るべきだと思う。
11.グランメゾン東京(2019)
黒岩勉脚本
概要
かつてパリでミシュランの二つ星を獲得するも、慢心からすべてを失ったシェフは、ある起業家兼シェフと手を組み、"グランメゾン東京"をオープン。共に三つ星レストランを目指して奮闘する。
感想
こんなに信頼できる仕事仲間がいたら働くのがとても楽しいだろうなと思った。1クール約12話のなかで三つ星までは無理だろうと考えていたが、本作はかなりドラマチックに描かれていて後の映画に繋がるところが面白かった。ひとりひとりのキャラクターが確立されていて料理ももちろん人間関係が上手く描写されている。毎話の最後に流れる山下達郎の主題歌も感動の余韻に浸らせてくれる良いものだった。
12.ラストマイル(2024)
塚原あゆ子監督、野木亜紀子脚本
概要
11月、流通業界最大のイベントであるブラックフライデー前夜に、世界規模のショッピングサイトの関東センターから配送された段ボール箱が爆発する事件が起きる。やがて事件は拡大し、日本中を恐怖に陥れる連続爆破事件へと発展する。巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナは、チームマネージャーの梨本孔と共に事態の収拾にあたる。
感想
アンナチュラルとmiu404と同じ世界線だと言及されており、個人的に期待が大きくなってしまったが、ストーリーはそこまでガツンとした内容ではなかったという印象だった。岡田将生さんと満島ひかりさんの熱演は素晴らしかった。満島さんの演じる「どこか影のある女性」が大好きなので、今作もそのような人物像として感じられて面白かった。様々な伏線が散りばめられていることはわかったが、あまりにも説明が少なく(それが良いと考える人もいるだろう)進んでいくので、考える暇もなく真犯人が明らかになり終わってしまったのが残念だと思った。考察のしがいはあるので、もう一度見直したい。
13.すみっこぐらしあおい月夜のまほうのコ(2021)
大森貴弘監督
概要
とある秋の日、キャンプへ出かけたすみっコたちは、空にいつもより大きく青く輝いている月を発見する。「5年に1度の青い大満月の夜、魔法使いたちがやって来て夢をかなえてくれる」という伝説の通り、すみっコたちの町に魔法使いの5人兄弟が出現。彼らはあちこちに魔法をかけ、町中をパーティ会場のように彩っていく。楽しい夜にも終わりが近づき魔法使いたちは月へと帰っていくが、たぴおかが魔法使いのすえっコ・ふぁいぶと間違えられて連れて行かれてしまう。劇場アニメ第二弾。
感想
児童アニメながら、子どもだけでなく疲れた大人にこそ見てほしい作品だと感じた。アニメであるにも関わらず声優はついておらず、ナレーションと書き文字のみで繰り広げられるすみっこたちの会話。ストーリーも短いながらしっかり構成されていて、「なんでも叶う人には『夢』がない!」というセリフには、魔法使いが出てくる設定がありながら、パンチの効いた台詞にハッとさせられる場面だ。2作目でありながらキャラクター紹介もきちんとされているので、誰にでも楽しめる作品である。
14.アンチャーテッド(2022)
ルーベン•フライシャー監督
概要
“UNCHARTED(アンチャーテッド)”が日本語で意味する「地図にない場所」。そこには50億ドルの財宝が眠るという。若きトレジャーハンターのネイト(トム・ホランド)とサリー(マーク・ウォールバーグ)は、消えたネイトの兄サムが残してくれた手掛かりとマゼランの航海図を頼りに、その財宝に辿り着けるのか。
感想
原作はプレイステーションゲームのシナリオらしく、トムホランドが目当てで視聴した。今まで触れてこなかったハリウッドらしいアドベンチャー、アクション中心の映画だった。コンセプトが強くかたまっている「インディ・ジョーンズ」や「パイレーツオブカリビアン」は世界観についていくのが大変だと少し苦手意識を感じたが、この映画はそのようなノリとは一歩引いた展開が多くて見やすかった。
15. 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段(2011)
概要
夏休みの宿題をめぐってトラブルが発生する忍術学園。事務員のミスで忍たまたちの宿題が入れ替わり、1年は組の山村喜三太は6年生用の宿題を与えられ、タソガレドキ軍との戦が行われていたオーマガトキ城で行方不明となってしまう。忍術学園は忍たまの選抜チームを結成して喜三太救出に向かう。
感想
原作「落第忍者乱太郎」37巻と42巻という、時間軸も主人公の行動原理も異なる2つのエピソードを、1本の劇場版として破綻なくまとめあげた脚本に感動した。長編構成ながら、子供向けとしての分かりやすいテーマ性、ファンムービーとしての満足度、そして膨大なキャラクターの扱いをすべて両立している点が特に凄い。
注目すべきはアバンタイトルの演出。観客の「映画冒頭の不安」を見逃さず、戦場の緊迫感→視点人物の負傷→伊作の慈愛という流れで巧みに感情を誘導し、中盤でこの視点が雑渡昆奈門の一人称だと判明することで、観客は自然と雑渡に感情移入できる構造だ。これにより、雑渡の言葉を“疑わず信じられる”状態が作られるという、観客心理のコントロールが天才的に設計されている。
さらにタイトルどおり、一年生から六年生(教員も含めて)までほぼ全員が登場するにもかかわらず、雰囲気のみで展開しないことも驚異的だ。出番が分散しがちな群像劇でありながら、どのキャラも性格や関係性が最低限わかるようにまとめてあり、キャラが多いことが雑味にならず、むしろ「乱太郎らしい賑やかさ」として機能している。
物語構造や感情誘導の技巧が凝縮されており、創作を学びたい人にぜひ見てほしい一本だと考えた。
16.フロントライン(2025)
関根光才監督
概要
日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」での実話を基に、未知のウイルスに最前線で立ち向かった医師や看護師たちの闘いをオリジナル脚本で描いた映画
感想
現実ベースで考えるとわずか5年前に起きた出来事を、一本の映画にまとめて公開まで持っていった作品は今までになかったものだ。
本作は日本で初めて集団感染が起きた「ダイヤモンド•プリンセス号」に関わった医療従事者たちの苦悩や葛藤にスポットを当てている。当時はどこのマスコミも中継する大ニュースとなったものだが、案外覚えているのは感染したらしい乗客たちの安否や政府の動きばかりであり、内側で奮闘していた、いわゆる“現場”の人々の話は印象になかった。特に、感染した人と感染していない人をどう分けるかが明確ではなかったことで、その間で板挟みになる医療従事者たちには胸をうたれた。人間が人間らしく扱われるために戦う人たちがカッコ良いと思える映画だった。
17.ズートピア2(2025)
ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード共同監督
概要
あらゆるタイプの動物たちが平和に暮らし、「誰でも夢をかなえられる」という理想の楽園ズートピア。ウサギで初めて警察官になるという夢をかなえたジュディは、以前にも増して熱心に任務にあたり、元詐欺師のニックも警察学校を無事卒業して警察官となった。再びバディを組むこととなった2人は、ズートピアに突如現れた指名手配犯のヘビ、ゲイリーを捜索するため、潜入捜査を行うことになる。ゲイリーは一体何者なのか。やがてジュディとニックは、ゲイリーと爬虫類たちが隠すズートピアの暗い過去にまつわる巨大な謎に迫っていき、その中で2人の絆が試されることとなる。
感想
最初から最後まで疾走感があり、表情豊かな動物たちと合わせて観客を飽きさせない作品だった。1作目では、多くの種族がいる中で自分たちの偏見を打ち破りアイデンティティを取り戻したジュディとニック。2作目となる本作では、そんな多様性を認め合う世界で2人(2匹)が目指す相棒とはなにかをテーマにしているように見えた。今回は「うさぎ」と「きつね」という対立が取られる場面は少なく、強すぎる正義感に真っ直ぐな性格のジュディと、危険には積極的でない捻くれた性格のニック、いわゆる凸凹コンビと呼ばれる表現が多かった。結局お互いが一番大事にしたかったのは相手自身だと打ち明ける(もしくは気づく)ことで、ずっと一緒だと約束した場面は、ディズニーらしい真っ直ぐな愛の表現の仕方だった。
18.個人的な体験(1964)
大江健三郎
概要
わが子が頭部に異常をそなえて生まれてきたと知らされて、アフリカへの冒険旅行を夢見ていた主人公、鳥(通称バード)は深甚な恐怖感に囚われた。赤ん坊の死を願って火見子と性の逸楽に耽る背徳と絶望の日々。狂気の淵に瀕した現代人に再生の希望はあるのか?暗澹たる地獄廻りの果てに自らの運命を引き受けるに至った青年の魂の遍歴を描破し、大江文学の新展開を告知した記念碑的長編。
感想
冒頭から常に自分本位な主人公が、人間としてのどん底まで落ちた上で最後には自らの自己欺瞞に打ち勝つ、という現在でもありがちなストーリーながら、大江健三郎の描く究極の人間らしさによって読者を複雑にさせる作品。
特に印象に残ったのは、鳥が赤んぼうを救うのは赤んぼうのためではなく自分ためだと言い切ったところだ。あるところでは結末を美化しすぎ、や都合が良すぎるのではないかと言った感想も見かけたが、それこそ人間の気まぐれな感情の変化を精緻に捉えた結果だと考えられた。作者自身の“体験”も加えられたリアリティに優れた作品である。
19.映画赤と白の捜査ファイル(2015)
佐藤東弥監督 渡辺雄介脚本
今野敏 原作
概要
現代犯罪の多様性に対応するために警察庁科学捜査研究所に新設された、「ST」(Scientific Taskforce、科学特捜班)と呼ばれる架空の組織の活躍を描いた作品。非常に優秀な能力を持ちながらも、それぞれの理由によって科学捜査に従事しているSTメンバーが、能力を生かして不可解とも思える様々な事件を解決していく。
原作は1998年3月から講談社ノベルスより刊行された"STシリーズ"
劇場版あらすじ
東京都内で無差別銃乱射事件が発生し、ST (警視庁科学特捜班)の出動が要請され、精鋭たちが集う。しかし、リーダーの赤城左門は姿を見せず。彼はあるきっかけにより自宅に引きこもるようになっていた。班を統括するキャリア警部の百合根友久は、赤城の自宅を訪ねる。
感想
主人公に藤原竜也と岡田将生、その仲間も今の民放ではありえない豪華な俳優陣で構成されている。さらに映画ともなると、悪役にユースケサンタマリアや子役の鈴木梨央も出演していて2015年のドラマ黄金時代を感じた。
エンターテイメントとしてもとても秀でており、メインキャラクターたちそれぞれの個性がやや強すぎるくらい立っている。これは今野敏さんの原作からの影響もあるかもしれないが、刑事ものでありながらコミカルで漫画を見ているかのようなシーンが多くある。一緒になって推理するよりは、人物のやりとりを中心に楽しむものだと思った。とりわけ映画ではドラマ最終話の続きという設定なので、キャラクター像を知らないまま見るとついていくのが難しいかもしれない。
20.スラムダンク THE FIRST SLAMDUNK(2022)
井上雄彦監督 脚本 原作
概要
1990年から96年まで「週刊少年ジャンプ」で連載され、以降も絶大な人気を誇る名作バスケットボール漫画「SLAM DUNK」を、原作者の井上雄彦が自ら監督・脚本を手がけ、新たにアニメーション映画化。
いつも余裕をかましながら頭脳的なプレーと電光石火のスピードで相手を翻弄する、湘北高校バスケ部の切り込み隊長、ポイントガードの宮城リョータ。沖縄で生まれ育った彼には3つ年上の兄ソータがいた。兄は地元のミニバスチームで有名な選手で、リョータも兄の背中を追うようにバスケを始めた。やがて一家は沖縄から神奈川へ引っ越し、湘北高校に進学したリョータはバスケ部に入部。2年生になったリョータは、1年生の桜木花道、流川楓、3年生の赤木剛憲、三井寿らとともにインターハイに出場し、絶対王者と呼ばれる強豪・山王工業高校と対戦する。
感想
アニメに使われる3DCGに対する自分の苦手意識を払拭してくれた。
当時原作もアニメも何も知らないまま見に行ったが、単体の映画として非常に楽しめた。特に、試合が始まって終わるまでに、各キャラの個性や考え方がある程度理解できるようになるストーリー構成に驚いた。
3DCGに関して言えば、この山王戦を舞台にした映画は例え実写でも手描きでもこれほど緻密にバスケットボールという全身運動を捉えられなかっただろうと思う。漫画をアニメーションにするプロセスの難しさを考えさせられたと同時に、この作品が一つの解になりうると考えた。
21.美少年探偵団(2021)
新房昭之監督
西尾維新「美少年シリーズ」原作
概要
「美少年シリーズ」は、講談社タイガより 刊行されている西尾維新の人気小説シリーズで、私立指輪 (ゆびわ) 学園を舞台に、校内のトラブルを非公式非公開非営利に解決すると噂される謎の集団「美少年探偵団」を中心とした物語。
感想
このアニメのユニークな点をひとつ挙げるとすれば、それは女性主人公が男装をするという設定だろう。眉美は美少年探偵団に入団すべく、男装して「美少年」になる。たしかに美少年探偵団は様々な「美少年」たちの集まりであり、その団則には「少年であること」という一種の排他的なルールが存在する。ただしこれも、団長である美学のマナブこと双頭院学に言わせれば、女子の入団も「少年の心を持っているならなんら問題はない」らしい。学によるこのステートメントは、『美少年探偵団』という作品の性質を分かりやすく表している。というのも、眉美のジェンダーは明示されることなく、常に曖昧に揺らぐものとして描かれている。入団後にずっと男装をしているわけではなく、女子生徒の服装にもどったり、男装をしたままバニー姿に変装したりするなどが特徴的だ。学が眉美にかけた言葉―外面や背面に惑わされず、綺麗事や理想論に紛らわされず、本人を見ることができるってことを、本当を見ることができるってことを、目にもの見せてやれ!―に視聴者への問いかけも含ませるような西尾維新らしい作品だ。
22.アイカツ×プリパラ(2025)
大川貴大監督
概要
大空あかりと真中らぁら。それぞれの世界で輝く二人のアイドルが、なぜか突然同じステージに!『アイカツ!』と『プリパラ』。本来交わるはずがなかった二つの世界に訪れたキセキの出会い!合同ライブフェスで夢のコラボレーションを楽しむスターライト学園とパラ宿のアイドルたちだったが、いつの間にか外の世界が大変な事に……!?
ワクワクとキラキラを詰め込んだ最高のステージ!み〜んなトモダチ、み〜んなアイドルなアイドルカツドウがここに開演
アイカツ×プリパラ10年オフィシャルサイトからの引用
バンダイ原案のメディアミックス作品
感想
10年前には競合ともいえた女児アニメ代表作品のコラボレーションは、多くの人がインパクトを与えたと思う。映画自体は上映時間である76分にこれでもかと3DCGのライブ映像を詰め込んだという印象だった。しかし、楽曲やパフォーマンスに限らず、アイカツのアスリートの部分とプリパラのトンチキな部分がストーリー展開上に共存していて驚いた。「国民アイドルオーディション」であるアイカツと「みんなトモダチみんなアイドル」を掲げるプリパラでは結局どちらかの良さが失われてしまうのではと考えたが、元の世界に戻すため「アイドルは奇跡を起こせる」という一点で上手くまとめていた。また、ステージに立つアイドルの在り方として「ともにメイキングアピールを考えた仲間、会場を装飾してくれたほかの生徒たち、そして彼女を応援する観客がいて初めて奇跡が完成する」と説いた学園長の言葉には、映画制作者たちから視聴者への今までの感謝が見えた気がした。かつて何かを応援したり推したりした経験がある人ならだれでも楽しめるような作品である。
23.プラダを着た悪魔(2003)
デヴィッド•フランケル監督
概要
ジャーナリストを目指す主人公アンドレアは、大手ファッション雑誌“ランウェイ”の敏腕編集長、ミランダの秘書を務めることに。ファッションに疎いアンドレアだったが、ミランダの第一秘書エミリーの「ここで1年働けばどこでも通用する」という言葉を信じて業務に徹する。しかし、編集仕事とは関係のないミランダの身の回りの世話を押し付けられるアシスタント業務や、ファッションに敏感な他の社員たちの冷ややかな目にさらされる過酷な生活が続く。そんな生活に嫌気が刺したアンドレアは、アートディレクターのナイジェルに泣き言を言うが、彼は「甘ったれるな」と喝を入れる。そこで閃いたアンディは、ナイジェルにファッションコーデを無理矢理頼み、これまでの無頓着な着こなしとは別人のような姿に。無理難題を突きつけるミランダの要求にも応えるように努力を始めたアンディは、心身ともに変わっていく。
感想
『プラダを着た悪魔』が10年たった今でも人々に見続けられる理由は、憧れとは正反対の「仕事への向き合い方」をエンターテインメントとして描いた”教材”とも言える物語だからだと考えられる。
アンディやエミリー、ミランダなど様々な視点からワークマインドとは何かを紐解くことができるが、特にアートディレクター、ナイジェルの仕事への敬意の払い方に関心を持った。結論、ナイジェルは約束された出世をミランダに反故にされたにもかかわらずその姿勢を曲げなかった。それは、アンディが「ミランダに嫌われた、失敗したときはこきおろす」と泣き言をいってきたとき、甘えるなと叱咤した場面からも読み取れる。ここでのアンディはアシスタントという仕事に対して敬意どころか理解や興味もなく、キャリアアップ(ジャーナリストになる)前のひとつの障害とすら考えていた節があった。ナイジェルは、誰もが命を投げ出してでも就きたいほどの、子ども時代からの“希望の光”であったファッション雑誌での仕事を、アンディに「どうでもいいもの」と捉えられたことに腹を立てた。このシーンだけでも、ランウェイという仕事にどれだけ真剣に接しているのかがわかったと同時に、夢を仕事にするとはこのような苦痛を伴うのだと感じることができた。モチヴェーションを失ったときに気合を入れられるような作品だと思う。。
24.マイインターン(2015)
ナンシー・マイヤーズ監督
概要
ファッション通販サイトを起業し、若くして成功を掴んだ女性社長。そんな彼女の会社に、シニア・インターン制度によって採用された70歳の男性が新人としてやってくる。最初は社内で浮いた存在になってしまう彼だったが、その穏やかな人柄によって徐々に皆と信頼関係を築いていく。
感想
本作品は、やや主人公の存在がファンタジーチックであるものの、常に視聴者の心に寄り添ってくれるような温かさを感じることができる。プラダの悪魔が「どう働くか」を題材にしたものだとしたら、マイインターンは「誰と働くか」について考えさせられた。この映画で最も魅力的な点は“悪”となる人物が出てこないところにある。あるとき、社長であるジュールズは、家事全般を担ってくれていた夫が不倫していると気づく。理由は企業が軌道に乗ってきたために家のことをおろそかにしていたからだ。自分のために専業主夫となった夫に対してひそかに罪悪感を募らせていたジュールズもこれには大きなショックを受ける。しかし、最終的にベンのアドバイスのもとに彼女は(家事と仕事を両立するための)CEOを雇わないことを選択した。改めてコミュニケーションをとり、相互理解を深めたジュールズの夫は浮気を謝罪し、生活は元のように戻っていく。本作はあくまでジュールズとベンの友情物語であり、ジュールズを取り巻く周辺の状況は一切変化していない幕切れは、先進的であるといえる。。
互いを尊重しあう気持ちを持ち得ない、諦める人物が一切いない気持ちの良い物語だ。
25.メダリスト(2025)
山本靖貴監督
つるまいかだ原作
概要
スケーターとして挫折した青年・明浦路司が出会ったのは、フィギュアスケートの世界に憧れを抱く少女・結束いのり。リンクへの執念を秘めたいのりに突き動かされ、司は自らコーチを引き受ける。才能を開花させていくいのりと、指導者として成長していく司。タッグを組んだ二人は栄光の“メダリスト”を目指す。
感想
『メダリスト』はアニメと原作にかなり差異があると考えている。アニメ版では「負の感情」を正面から見せる場面がやや少ないように感じた。原作で描かれている「負の感情」とは、単なる挫折や失敗ではなく、陰や闇といった属性をもつものだ。主人公が挑もうとしているフィギュアスケートの世界に内在する惨さや残酷さ、そして主人公自身が抱える強いコンプレックスや自己否定、一人の人間としての欠落といった部分がそれにあたる。原作では、そうした負の要素が物語の根底に流れており、表向きの熱さや感動の裏側として非常に丁寧に描かれている。特に印象的なのは、登場人物たちがその闇を自覚している場合も、無自覚な場合もある点である。彼らは才能や狂気のほとばしりによって周囲を熱狂させ、同時に自分自身もその熱狂に酔うことで、いったんは欠落や負の感情をなかったことにする。しかしそれも熱狂で闇を覆っているにすぎない。そのため、競技の節目や人生のターニングポイントといった重要な局面になると、覆い隠していた闇は何度も姿を現し、主人公たちを容赦なく追い詰める。それでも彼らは、その闇すら糧として才能や狂気を燃料にし、競技者として成長していく。成長によってさらに凄みを増した熱狂が、再び闇を覆い隠す。この循環構造こそが原作『メダリスト』の核心であり、競技の美しさと同時に、その危うさを強く印象づけている。アニメ版ではこの構造がややマイルドになっている分、原作の持つ残酷さや切実さが薄まっているように思われた。
26.名探偵コナン ベイカー街の亡霊(2002)
こだま兼嗣監督 野沢尚脚本
青山剛昌原作
概要
最新VRゲーム「コクーン」の発表会で起こった殺人事件をきっかけに、コナンたちが19世紀末ロンドンの仮想空間に閉じ込められ、現実とゲームがリンクする中で、人工知能「ノアズ・アーク」に挑むジュブナイルミステリー。開発者ヒロキの遺志を継ぎ、コナンの父である優作と共に、ノアズ・アークの暴走を止めて50人の子供たちを救うため、現実の事件とゲーム内の切り裂きジャック事件を解決していく。劇場版シリーズ第6作目。
感想
本作は単なる推理アニメ映画を越え、社会的な「血」の問題を提示する風刺的な作品だと感じた。映画内で選ばれしものとして招かれた子供たちは、裕福な家庭や有力者の二世三世であり、生まれながらに特権や未来を約束されているように見える。これはまさに現実社会における世襲制を象徴し、「血統=価値」という価値観を疑わせる仕掛けとして機能している。作中のキャラクターがこうした背景を批判的に語る場面からも、運命や成功が「血によって決まるのか」という問いが静かに立ち上がる。
この「血」の問題は、ゲーム内に隠されたノアズ・アークの目的やヒロキという天才少年の背景にも深く関わってくる。ヒロキは10歳にして高度なAIを開発したものの、自ら命を絶つという悲劇的な結末を迎えた。この血の運命づけられた才能とその挫折は、選ばれしものとの対比として強烈に表現される。血縁や才能はしばしば祝福されるが、それが同時に呪縛にもなるという点で、この作品は深い洞察を示している。
そして工藤親子という存在は、この映画におけるもう1つの「血」の語りの核を成している。工藤新一/江戸川コナンとその父親工藤優作の関係は、単なる親子の絆に留まらず、「血をどう扱うか」という問いを内包している。優作はこの仮想世界の事件で推理を重ねながら、血縁によって生じる影(ヒロキの運命)と光(親子の支え、助け合い)を対照的に見せる役割を担う。血は呪いにも力にもなるが、工藤親子はどちらにも囚われない自由を体現しているように思える。
総じて『ベイカー街の亡霊』は、血縁・世襲・選ばれし者というテーマをミステリとして楽しませながら、観客に問いを投げかける重層的な作品である。血の歴史や運命の連鎖を断ち切るとは何か、それは才能を持つか否かではなく、どう生き抜くかという選択に他ならないのだと感じた。
27.ガリレオ 真夏の方程式(2013)
西谷弘監督 東野圭吾原作
概要
美しい海辺の町での海底資源開発計画の説明会に招かれた物理学者・湯川。そんな中、彼が宿泊する旅館の近くで、元捜査一課の刑事の変死体が発見される。やがて現地入りした捜査一課の美砂は、湯川に事件解決への協力を依頼する。東野圭吾原作の映画版第2作。
感想
本作は、典型的なHOW(どのように起こったか)の謎解きだけでなく、湯川学がWHY(なぜその事件が起きたのか)に深く迫る新しいアプローチを見せた作品だと感じた。多くのミステリ映画は犯人像や手口の巧妙さに重心を置きがちだが、本作では真相が明かされる過程で登場人物それぞれの背景や動機、そしてその先にある人間の選択と倫理が問われる構造になっている。
物語は湯川が玻璃ヶ浦という海辺の町を訪れたことから展開する。一見すると元刑事の死体と不可解な状況が謎を呼ぶだけの事件に見えるが、その裏には15年前の殺人事件や家族の秘密、そして社会的な事情が複雑に絡んでいる。湯川は事件現場の物理的事実を解き明かすだけでなく、それがなぜ起こったのかを追っていく過程で、人物の心情や選択にも光を当てる。例えば、成実が過去の出来事にどう向き合ってきたのか、恭平少年の純粋な行動がどのように結果に結びついてしまったのかといったWHYの側面を深掘りしていく。特に印象的なのは、湯川が恭平に寄り添い、その心の動きを丁寧に汲み取ろうとする姿勢だ。単に真実をあぶり出すのではなく、真実を明らかにすることで誰がどう救われ、誰がどう苦しむのかという人間ドラマの本質にこそ関心を寄せる。
この映画は、ミステリの枠組みにとらわれない、選択と責任、そして他者との関わりというテーマを掘り下げた普遍的な物語でもある。
28.ミセス・ハリス、パリへ行く(2022)
アンソニー・ファビアン監督
概要
アメリカの人気作家ポール・ギャリコの長編小説を、「ファントム・スレッド」のレスリー・マンビル主演で映画化。
1950年代、第2次世界大戦後のロンドン。夫を戦争で亡くした家政婦ミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスに出会う。その美しさに魅せられた彼女は、フランスへドレスを買いに行くことを決意。どうにか資金を集めてパリのディオール本店を訪れたものの、威圧的な支配人コルベールに追い出されそうになってしまう。しかし夢を決して諦めないハリスの姿は会計士アンドレやモデルのナターシャ、シャサーニュ公爵ら、出会った人々の心を動かしていく。
感想
本作は、善意の連鎖が世界を動かしていく穏やかな推進力を持った物語だと感じた。主人公のミセス・ハリスは戦争で夫を失い、日常に活力を失っていた普通の家政婦であるが、偶然見かけたクリスチャン・ディオールの美しいドレスに心を奪われることで「生きる目的」を少しずつ取り戻していく。彼女の夢は決して富や名声の獲得ではなく、ただ「そのドレスを着てオシャレをしたい」という純粋な願いだ。
作中、くじ当選や思いがけない年金の受給、友人や見知らぬ人たちの助けなど、ハリスの前に現れる支援はどれも奇跡というより人間同士の優しさの積み重ねとして表現されている。視聴者はこれらの出来事を観ながら「善意は結果として報われる」という寓話的な感覚を味わい、登場人物の行動や選択が他者へと影響を及ぼす様子を緩やかに受け止めることになる。特に印象深いのは、ハリスがパリで出会う人々との交流だ。彼女は特別な才能や社会的な地位を持っているわけではないが、誠実さで心から他者を尊重する姿勢は周囲の人の心を動かし、彼らもまた彼女を支えようとする。こうした関係性の描写は、「善意の好循環」が映画の根幹テーマとして機能していることを強く印象付けている。華やかなクリスチャン・ディオールの衣装とそれにふさわしい内面の在り方を知れた気がした。
29.クルエラ(2021)
クレイグ・ギレスビー監督
ジェニー・ビーヴァン衣装デザイン
概要
ロンドンへ向かう道中母親を亡くした少女エステラは、ファッションデザイナーになる夢を実現すべく、日々裁縫やデザイン画に打ち込みながら、清掃員としても働いていた。彼女の旺盛な悪戯心を気に入った若い2人組の泥棒と友だちになり、3人で力を合わせればロンドンのストリートで生き抜けることを知る。そんなある日、ファッション界のレジェンド的存在であるカリスマデザイナーのバロネスと出会い、あることをきっかけにエステラは覚醒。強気で大胆なパンクファッションに身を包み、自信の欲望に目覚めたクルエラとして生きていく。
る。
感想
『クルエラ』は、単にファッションを“見せる”映画ではなく、ファッションで観客を“魅せる”、物語全体に強烈な精神性と哲学を刻み込む作品だと感じた。主人公エステラ/クルエラが創り出すモードの世界は、ただ華やかな衣装を並べるだけではなく、彼女の内面や価値観、反逆と創造のダイナミズムを可視化する手段となっている。例えば、ゴミ収集車から現れるドレスが「汚いものは美しい」と観客に無言のメッセージを投げかける場面は、既成概念を壊し新たな価値を提示するアーティストの本質を象徴している。こうした演出は、衣服が単なる装飾である以上の意味を持つことを示している。
大半の映画では衣装は背景美術の一部として扱われがちだが、本作では服そのものが物語の語り手になっている。また、衣装デザインが単なる時代考証やビジュアルの綺麗さに留まらず、キャラクターの心理や立場を表現するための語彙として機能している点も重要だ。たとえばクルエラのアイコニックなドレスやコートの数々が、彼女の反逆心や創造性の爆発を象徴する表現として使われていることは、ファッションがアートとして機能する瞬間を鮮烈に見せている。
この映画を通じて再認識したのは、デザイナーとは衣服を作る人ではなく、人々の感情や価値観を揺さぶり、観る者の内面を刺激するアーティストであるということだ。『クルエラ』は服がただの布の集まりではなく、人の人生や文化、思想を映し出す言語であることを強烈に示しているように思えた。
30.アベンジャーズ:エンドゲーム(2019)
アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ監督
概要
凶悪な敵サノスが全てのインフィニティ・ストーンを手に入れたことで、多くの人間が消え去る。アベンジャーズも崩壊状態となる中、仲間と人々を取り戻すためごくわずかな勝算にかけてアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソーたちが再び集結。最後の反撃を開始する。
感想
本作においてトニー・スタークとスティーブ・ロジャースは、対照的な生き方を通して「自己犠牲」と「自己実現」というテーマを描き出しているように感じた。エンドゲームは単なるヒーローアクションではなく、それぞれの人物が自分自身と向き合い、何のために戦うのかを問い直す物語だと言える。
トニー・スタークの物語は、初期から一貫して「自己中心的であること」と「他者のために尽くすこと」の間で葛藤してきた。鉄のスーツに身を包み世界を守るヒーローとして成功を収めた彼は、その過程で家族や仲間との関係を得てもなお、内なる孤独と罪悪感を抱え続けた人物でもある。『エンドゲーム』では、ついにその長年の重荷を乗り越え、自らの命を賭して世界を救う究極の自己犠牲を選ぶ。それは単なる正義の遂行ではなく、「I am Iron Man」という言葉に象徴される覚悟をもって、世界のために自分の生を差し出すことで初めて成立する、彼自身の存在意義の完成だったとも言える。一方でスティーブ・ロジャースは、元々が他者を優先し、自己を犠牲にしても任務遂行を選ぶ人物として描かれてきた。しかしラストシーンで彼は、戦いを終えた後に自分自身の人生を生きる選択をする。戦争という大義のもとでひたすら前へ進み続けた彼が、最終的にペギーとの人生を選び、静かに時間を生きることを選んだ姿は、自分自身を大切にすることもまた正当な生き方であるというメッセージとして胸に残る。
この2人の対比は、自己犠牲と自己実現という異なる価値観の共存と補完を体現しているように思える。トニーは「人々を救うために自らを捧げる」という自らの宿命を果たし、スティーブは「戦いの後に自分自身の人生を生きる」という静かな幸福を掴んだ。それぞれの道は正反対にも見えるが、どちらもまた英雄が選び得るひとつの完成形であり、この作品がヒーロー像を深く掘り下げた大きな理由なのだと感じた。
1.ウィキッド2人の魔女(2024)
ジョン•M•チュウ監督
概要
名作児童文学「オズの魔法使い」に登場する魔女たちの知られざる物語を描き、2003年の初演から20年以上にわたり愛され続ける大ヒットブロードウェイミュージカル「ウィキッド」を映画化した2部作の前編。後に「オズの魔法使い」に登場する「西の悪い魔女」となるエルファバと、「善い魔女」となるグリンダの、始まりの物語を描いたファンタジーミュージカル
感想
壮大なセットと音楽、世界観が感じられるファッションまで完璧な作品だった。子供らしく振る舞うことを許されなかったエルファバと、愛されて育った少し子供のようなグリンダを最高の友人として演じることができるのは、シンシアとアリアナ以外にいないだろうと思った。
ストーリー構成もミュージカルから引用しているからか、エルファバが死んだ知らせをグリンダが持ってくる場面から始まり、映画には新鮮で面白かった。エルファバは辛い運命を受け入れるが、2人の友情はどのような結末を迎えるのか、エメラルド王国はどうなるのか、二部も必ず見たいと思う。
2.国宝(2025)
李相日監督
概要
任侠の一門に生まれながら、女形としての才能を見出され歌舞伎役者の家に引取られた喜久雄。彼はやがて、その家の御曹司と切磋琢磨し芸に青春を捧げていく。
感想
あらすじや予告編だけでは伝わらないテーマがこの映画にはあると感じた。個人的に印象に残ったのは終盤の喜久雄を呼び出した万菊さんとのやり取りである。ここまでの喜久雄は血縁がおらず、自身の才能に頼らざるを得ない状況におかれ、それにも限界があると思いしらされた場面が多かった。その状態の喜久雄に、粗末なアパートの一室で万菊は「この部屋には美しいものが一つもないでしょう」と話しかけた。彼はただ舞台にのみ生きてきた人物なのだとこのセリフだけで理解できた。それは喜久雄も同じで、彼はこれからも人として破綻していながら芸に生きるしかないと言っているようだった。吉沢亮の巧みな演技と李監督の諦観の表し方に圧倒される作品だった。
3.壁 (1969)
安部公房
概要
ある朝、突然自分の名前を喪失してしまった男。以来彼は慣習に塗り固められた現実での存在権を失った。自らの帰属すべき場所を持たぬ彼の眼には、現実が奇怪な不条理の塊とうつる。他人との接触に支障を来たし、マネキン人形やラクダに奇妙な愛情を抱くなど。独特の寓意とユーモアで、孤独な人間の実存的体験を描き、その底に価値逆転の方向を探った芥川賞受賞の野心作。
感想
安部公房の小説が国語の教科書で1番好きだったので読んでみたが、熱があるときにみる夢みたいな小説だった。主人公が謂れのない罪で裁かれる場面が法も人権もなく、そのシュールさが『不思議の国のアリス』の女王の裁判のように感じた。ズレていく世界観や歪んだロジックは、安部公房が出せる唯一無二のユーモアさで面白い作品だった。
4.空の怪物アグイー短編 (1930)
大江健三郎
概要
大学入学直後、僕は銀行家の紹介で音楽家Dの付き添いの仕事を始める。Dは「空から降りてくる怪物アグイー」に取り憑かれていると語り、僕は彼に同行し続けた。やがてDの元妻から赤子の「アグイー」の悲劇を知る。12月24日、銀座でDに時計を贈られた直後、彼はトラックに飛び込み死亡。僕は自分が彼の自殺のために雇われたのではと疑う。春、子供に石を投げられた僕は再び「あれ」の存在を感じ、憎悪から解放された。
感想
授業の課題図書だったが面白かった。空の怪物アグイーは短編集に収められた中の一つであり、内容は大江健三郎らしく難しいものの、短いので飽きる間も無く読み切ることができる。この短編は大江健三郎自身の体験(前年に長男を授かっているが脳に深刻な異常があった)が働いていると考えられた。現実と違い小説のなかでは、音楽家Dはエゴイズムで子供を殺してしまったことでその存在に取り憑かれたという設定であった。人間の命の意味について、大学生の「ぼく」の第三者的な視点から考えられる小説だと思う。
5.チェーンソーマンレゼ編(2025)
吉原達矢監督 藤本タツキ原作
概要
悪魔の心臓を持つ“チェンソーマン”になった少年が、公安対魔特異4課に所属しデビルハンターとして活躍する姿を描く藤本タツキによる漫画「チェンソーマン」の劇場版
劇場版では新たにレゼという人物が登場して、憧れのマキマと自分に興味津々なレゼの間でデンジの恋心は揺れる。しかし実はレゼには陰謀があった。
感想
藤本タツキの作品は一編が映画のように綺麗にまとまっているため、原作そのままでも表現しやすそうだと思った。レゼ役の方の演技が上手く、デンジの前ではどこで「演じて」いてどこでは「演じていない」のかが声色でわかりやすかった。マキマとのデートでは2人が感情を共有する場面があったが、マキマは本当に涙を流したのか、それともデンジの感情がマキマに流されたのか、など疑問に思わせる示唆なのかとも思った。
アクションシーンは見どころがあり、ときどきデンジの一人称視点が挟まることで没入感が増した。
6. KING OF PRISM Your Endless Call み~んなきらめけ!プリズム☆ツアーズ (2025)
菱田正和監督
概要
歌とダンスとプリズムジャンプを組み合わせた総合エンタテインメントショー「プリズムショー」に魅了された個性豊かな男の子たちが「プリズムスタァ」を目指して奮闘する姿を描くアニメ「KING OF PRISM」シリーズの劇場版。「アイドルタイムプリパラ」「プリティーリズム」シリーズなどの男子キャラクターたちがシリーズの垣根を越えてライブを繰り広げる。
感想
男性のプリズムショーはまだみたことがなかったが、かなり話題になっていたので視聴した。プリティシリーズやプリパラはとにかく脈略のないストーリー構成、狂気を帯びたキャラクターが魅力だ。だからといって全てが勢い任せなステージ構成というわけでもない、プリズムスタァたちの愛に感動した。様々な愛のかたちや表現の仕方を見ることができて、自分を好きになる方法を教えてもらえる。かなり懐かしい楽曲と美しいトリックで、子供から大人まで楽しめる作品だと思う。
7.アンナチュラル(2018)
野木亜紀子脚本
概要
石原さとみさん主演の法医学ミステリードラマで、不自然死究明研究所(UDIラボ)を舞台に、法医解剖医の三澄ミコトを中心に、個性豊かなメンバーたちが様々な死の裏にある真実を解き明かす物語
感想
8話について、この話の主軸は題名の通り「遥かなる我が家」である。構成は本筋の中に小話が度々入るというものだ。それが優れていると思った点が、当初犯人だと考えられていた町田三郎とUDIの一員である六郎、さらには妻の遺骨を受け取ろうとしなかったお爺さんという3人もの人物について終盤の集約である。それぞれが明確に事件と繋がっているとは言い難い話にも関わらず「自らが帰るべき場所」というテーマを基盤として全て回収される。自分の家とはなにか、死を忌まわしく扱わないUDIだからこそ導き出せる答えだと思った。
8.スパイダーマン:ノー•ウェイ•ホーム(2021)
ジョン•ワッツ監督
概要
倒した敵の暴露により、世間から悪評を受けるスパイダーマン。自分の正体が知られていない世界に戻りたいと思うようになった彼は、友人のドクター・ストレンジに助けを求める。やがて魔法の力で、彼は違う世界線で2つの人生を同時に歩み始める。
感想
ホームカミング、ファーフロムホームに続きトムホランドが演じるピーターパーカーの作品。何十年にもわたるスパイダーマンへの愛を祝う本作は、ファンのための映画であり、明らかにファンによって作られた映画であった。その最たる理由はスパイダーマンシリーズをそれぞれ演じている主人公(アンドリュー•ガーフィールド、トビー•マグワイヤー)たちがマルチバースという新たな設定を利用して助けに来るからだ。主人公集結というヒーロー作品にありがちな構成でありながら、その演技と物語に感動することは本当にサプライズだといえる。
9.カラオケ行こ!(2023)
山下敦弘監督
概要
変声期に悩む合唱部の男子中学生と歌がうまくなりたいヤクザの交流をコミカルに描いた和山やまの人気コミックを、綾野剛主演で実写映画化。
感想
漫画の実写化で失敗していないと思える稀有な作品。本筋も含め、やま先生が得意であるシュールな笑いどころや感情が揺さぶられる場面は綾野剛さんと齋藤潤さんが上手く表現しており、実写化としてだけでなく一本の映画として完成されているという印象を受けた。後味も良く、展開がさらっと流れていくようでありながら、終わると主人公ふたりの満足感と喪失感でいっぱいになった。
10. 鬼滅の刃 無限城編第一章猗窩座再来(2025)
外崎春雄監督 吾峠呼世晴原作
概要
吾峠呼世晴による原作漫画「鬼滅の刃」の“無限城編”を、3部作で映画化したアニメーションの第1章。柱稽古の最中、産屋敷邸に現れた鬼舞辻無惨によって謎の空間へ落とされた炭治郎らを描く。今作は敵である童磨としのぶの確執、善逸戦、猗窩座の過去に焦点があてられて進んでいく。
感想
ufotableのつくる映像美に圧倒された。少し酔いそうになるほど迫力のある無限城の表現に、初出の童磨や獪岳の技の作画は素晴らしく、この作品における本気度が伺えた。内容は猗窩座の回想が中心となり、少し中途半端な気もしたが、映画化するにもそこで区切るしかなかったんだろうと考えた。猗窩座が好きな人は必ず見るべきだと思う。
11.グランメゾン東京(2019)
黒岩勉脚本
概要
かつてパリでミシュランの二つ星を獲得するも、慢心からすべてを失ったシェフは、ある起業家兼シェフと手を組み、"グランメゾン東京"をオープン。共に三つ星レストランを目指して奮闘する。
感想
こんなに信頼できる仕事仲間がいたら働くのがとても楽しいだろうなと思った。1クール約12話のなかで三つ星までは無理だろうと考えていたが、本作はかなりドラマチックに描かれていて後の映画に繋がるところが面白かった。ひとりひとりのキャラクターが確立されていて料理ももちろん人間関係が上手く描写されている。毎話の最後に流れる山下達郎の主題歌も感動の余韻に浸らせてくれる良いものだった。
12.ラストマイル(2024)
塚原あゆ子監督、野木亜紀子脚本
概要
11月、流通業界最大のイベントであるブラックフライデー前夜に、世界規模のショッピングサイトの関東センターから配送された段ボール箱が爆発する事件が起きる。やがて事件は拡大し、日本中を恐怖に陥れる連続爆破事件へと発展する。巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナは、チームマネージャーの梨本孔と共に事態の収拾にあたる。
感想
アンナチュラルとmiu404と同じ世界線だと言及されており、個人的に期待が大きくなってしまったが、ストーリーはそこまでガツンとした内容ではなかったという印象だった。岡田将生さんと満島ひかりさんの熱演は素晴らしかった。満島さんの演じる「どこか影のある女性」が大好きなので、今作もそのような人物像として感じられて面白かった。様々な伏線が散りばめられていることはわかったが、あまりにも説明が少なく(それが良いと考える人もいるだろう)進んでいくので、考える暇もなく真犯人が明らかになり終わってしまったのが残念だと思った。考察のしがいはあるので、もう一度見直したい。
13.すみっこぐらしあおい月夜のまほうのコ(2021)
大森貴弘監督
概要
とある秋の日、キャンプへ出かけたすみっコたちは、空にいつもより大きく青く輝いている月を発見する。「5年に1度の青い大満月の夜、魔法使いたちがやって来て夢をかなえてくれる」という伝説の通り、すみっコたちの町に魔法使いの5人兄弟が出現。彼らはあちこちに魔法をかけ、町中をパーティ会場のように彩っていく。楽しい夜にも終わりが近づき魔法使いたちは月へと帰っていくが、たぴおかが魔法使いのすえっコ・ふぁいぶと間違えられて連れて行かれてしまう。劇場アニメ第二弾。
感想
児童アニメながら、子どもだけでなく疲れた大人にこそ見てほしい作品だと感じた。アニメであるにも関わらず声優はついておらず、ナレーションと書き文字のみで繰り広げられるすみっこたちの会話。ストーリーも短いながらしっかり構成されていて、「なんでも叶う人には『夢』がない!」というセリフには、魔法使いが出てくる設定がありながら、パンチの効いた台詞にハッとさせられる場面だ。2作目でありながらキャラクター紹介もきちんとされているので、誰にでも楽しめる作品である。
14.アンチャーテッド(2022)
ルーベン•フライシャー監督
概要
“UNCHARTED(アンチャーテッド)”が日本語で意味する「地図にない場所」。そこには50億ドルの財宝が眠るという。若きトレジャーハンターのネイト(トム・ホランド)とサリー(マーク・ウォールバーグ)は、消えたネイトの兄サムが残してくれた手掛かりとマゼランの航海図を頼りに、その財宝に辿り着けるのか。
感想
原作はプレイステーションゲームのシナリオらしく、トムホランドが目当てで視聴した。今まで触れてこなかったハリウッドらしいアドベンチャー、アクション中心の映画だった。コンセプトが強くかたまっている「インディ・ジョーンズ」や「パイレーツオブカリビアン」は世界観についていくのが大変だと少し苦手意識を感じたが、この映画はそのようなノリとは一歩引いた展開が多くて見やすかった。
15. 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段(2011)
概要
夏休みの宿題をめぐってトラブルが発生する忍術学園。事務員のミスで忍たまたちの宿題が入れ替わり、1年は組の山村喜三太は6年生用の宿題を与えられ、タソガレドキ軍との戦が行われていたオーマガトキ城で行方不明となってしまう。忍術学園は忍たまの選抜チームを結成して喜三太救出に向かう。
感想
原作「落第忍者乱太郎」37巻と42巻という、時間軸も主人公の行動原理も異なる2つのエピソードを、1本の劇場版として破綻なくまとめあげた脚本に感動した。長編構成ながら、子供向けとしての分かりやすいテーマ性、ファンムービーとしての満足度、そして膨大なキャラクターの扱いをすべて両立している点が特に凄い。
注目すべきはアバンタイトルの演出。観客の「映画冒頭の不安」を見逃さず、戦場の緊迫感→視点人物の負傷→伊作の慈愛という流れで巧みに感情を誘導し、中盤でこの視点が雑渡昆奈門の一人称だと判明することで、観客は自然と雑渡に感情移入できる構造だ。これにより、雑渡の言葉を“疑わず信じられる”状態が作られるという、観客心理のコントロールが天才的に設計されている。
さらにタイトルどおり、一年生から六年生(教員も含めて)までほぼ全員が登場するにもかかわらず、雰囲気のみで展開しないことも驚異的だ。出番が分散しがちな群像劇でありながら、どのキャラも性格や関係性が最低限わかるようにまとめてあり、キャラが多いことが雑味にならず、むしろ「乱太郎らしい賑やかさ」として機能している。
物語構造や感情誘導の技巧が凝縮されており、創作を学びたい人にぜひ見てほしい一本だと考えた。
16.フロントライン(2025)
関根光才監督
概要
日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」での実話を基に、未知のウイルスに最前線で立ち向かった医師や看護師たちの闘いをオリジナル脚本で描いた映画
感想
現実ベースで考えるとわずか5年前に起きた出来事を、一本の映画にまとめて公開まで持っていった作品は今までになかったものだ。
本作は日本で初めて集団感染が起きた「ダイヤモンド•プリンセス号」に関わった医療従事者たちの苦悩や葛藤にスポットを当てている。当時はどこのマスコミも中継する大ニュースとなったものだが、案外覚えているのは感染したらしい乗客たちの安否や政府の動きばかりであり、内側で奮闘していた、いわゆる“現場”の人々の話は印象になかった。特に、感染した人と感染していない人をどう分けるかが明確ではなかったことで、その間で板挟みになる医療従事者たちには胸をうたれた。人間が人間らしく扱われるために戦う人たちがカッコ良いと思える映画だった。
17.ズートピア2(2025)
ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード共同監督
概要
あらゆるタイプの動物たちが平和に暮らし、「誰でも夢をかなえられる」という理想の楽園ズートピア。ウサギで初めて警察官になるという夢をかなえたジュディは、以前にも増して熱心に任務にあたり、元詐欺師のニックも警察学校を無事卒業して警察官となった。再びバディを組むこととなった2人は、ズートピアに突如現れた指名手配犯のヘビ、ゲイリーを捜索するため、潜入捜査を行うことになる。ゲイリーは一体何者なのか。やがてジュディとニックは、ゲイリーと爬虫類たちが隠すズートピアの暗い過去にまつわる巨大な謎に迫っていき、その中で2人の絆が試されることとなる。
感想
最初から最後まで疾走感があり、表情豊かな動物たちと合わせて観客を飽きさせない作品だった。1作目では、多くの種族がいる中で自分たちの偏見を打ち破りアイデンティティを取り戻したジュディとニック。2作目となる本作では、そんな多様性を認め合う世界で2人(2匹)が目指す相棒とはなにかをテーマにしているように見えた。今回は「うさぎ」と「きつね」という対立が取られる場面は少なく、強すぎる正義感に真っ直ぐな性格のジュディと、危険には積極的でない捻くれた性格のニック、いわゆる凸凹コンビと呼ばれる表現が多かった。結局お互いが一番大事にしたかったのは相手自身だと打ち明ける(もしくは気づく)ことで、ずっと一緒だと約束した場面は、ディズニーらしい真っ直ぐな愛の表現の仕方だった。
18.個人的な体験(1964)
大江健三郎
概要
わが子が頭部に異常をそなえて生まれてきたと知らされて、アフリカへの冒険旅行を夢見ていた主人公、鳥(通称バード)は深甚な恐怖感に囚われた。赤ん坊の死を願って火見子と性の逸楽に耽る背徳と絶望の日々。狂気の淵に瀕した現代人に再生の希望はあるのか?暗澹たる地獄廻りの果てに自らの運命を引き受けるに至った青年の魂の遍歴を描破し、大江文学の新展開を告知した記念碑的長編。
感想
冒頭から常に自分本位な主人公が、人間としてのどん底まで落ちた上で最後には自らの自己欺瞞に打ち勝つ、という現在でもありがちなストーリーながら、大江健三郎の描く究極の人間らしさによって読者を複雑にさせる作品。
特に印象に残ったのは、鳥が赤んぼうを救うのは赤んぼうのためではなく自分ためだと言い切ったところだ。あるところでは結末を美化しすぎ、や都合が良すぎるのではないかと言った感想も見かけたが、それこそ人間の気まぐれな感情の変化を精緻に捉えた結果だと考えられた。作者自身の“体験”も加えられたリアリティに優れた作品である。
19.映画赤と白の捜査ファイル(2015)
佐藤東弥監督 渡辺雄介脚本
今野敏 原作
概要
現代犯罪の多様性に対応するために警察庁科学捜査研究所に新設された、「ST」(Scientific Taskforce、科学特捜班)と呼ばれる架空の組織の活躍を描いた作品。非常に優秀な能力を持ちながらも、それぞれの理由によって科学捜査に従事しているSTメンバーが、能力を生かして不可解とも思える様々な事件を解決していく。
原作は1998年3月から講談社ノベルスより刊行された"STシリーズ"
劇場版あらすじ
東京都内で無差別銃乱射事件が発生し、ST (警視庁科学特捜班)の出動が要請され、精鋭たちが集う。しかし、リーダーの赤城左門は姿を見せず。彼はあるきっかけにより自宅に引きこもるようになっていた。班を統括するキャリア警部の百合根友久は、赤城の自宅を訪ねる。
感想
主人公に藤原竜也と岡田将生、その仲間も今の民放ではありえない豪華な俳優陣で構成されている。さらに映画ともなると、悪役にユースケサンタマリアや子役の鈴木梨央も出演していて2015年のドラマ黄金時代を感じた。
エンターテイメントとしてもとても秀でており、メインキャラクターたちそれぞれの個性がやや強すぎるくらい立っている。これは今野敏さんの原作からの影響もあるかもしれないが、刑事ものでありながらコミカルで漫画を見ているかのようなシーンが多くある。一緒になって推理するよりは、人物のやりとりを中心に楽しむものだと思った。とりわけ映画ではドラマ最終話の続きという設定なので、キャラクター像を知らないまま見るとついていくのが難しいかもしれない。
20.スラムダンク THE FIRST SLAMDUNK(2022)
井上雄彦監督 脚本 原作
概要
1990年から96年まで「週刊少年ジャンプ」で連載され、以降も絶大な人気を誇る名作バスケットボール漫画「SLAM DUNK」を、原作者の井上雄彦が自ら監督・脚本を手がけ、新たにアニメーション映画化。
いつも余裕をかましながら頭脳的なプレーと電光石火のスピードで相手を翻弄する、湘北高校バスケ部の切り込み隊長、ポイントガードの宮城リョータ。沖縄で生まれ育った彼には3つ年上の兄ソータがいた。兄は地元のミニバスチームで有名な選手で、リョータも兄の背中を追うようにバスケを始めた。やがて一家は沖縄から神奈川へ引っ越し、湘北高校に進学したリョータはバスケ部に入部。2年生になったリョータは、1年生の桜木花道、流川楓、3年生の赤木剛憲、三井寿らとともにインターハイに出場し、絶対王者と呼ばれる強豪・山王工業高校と対戦する。
感想
アニメに使われる3DCGに対する自分の苦手意識を払拭してくれた。
当時原作もアニメも何も知らないまま見に行ったが、単体の映画として非常に楽しめた。特に、試合が始まって終わるまでに、各キャラの個性や考え方がある程度理解できるようになるストーリー構成に驚いた。
3DCGに関して言えば、この山王戦を舞台にした映画は例え実写でも手描きでもこれほど緻密にバスケットボールという全身運動を捉えられなかっただろうと思う。漫画をアニメーションにするプロセスの難しさを考えさせられたと同時に、この作品が一つの解になりうると考えた。
21.美少年探偵団(2021)
新房昭之監督
西尾維新「美少年シリーズ」原作
概要
「美少年シリーズ」は、講談社タイガより 刊行されている西尾維新の人気小説シリーズで、私立指輪 (ゆびわ) 学園を舞台に、校内のトラブルを非公式非公開非営利に解決すると噂される謎の集団「美少年探偵団」を中心とした物語。
感想
このアニメのユニークな点をひとつ挙げるとすれば、それは女性主人公が男装をするという設定だろう。眉美は美少年探偵団に入団すべく、男装して「美少年」になる。たしかに美少年探偵団は様々な「美少年」たちの集まりであり、その団則には「少年であること」という一種の排他的なルールが存在する。ただしこれも、団長である美学のマナブこと双頭院学に言わせれば、女子の入団も「少年の心を持っているならなんら問題はない」らしい。学によるこのステートメントは、『美少年探偵団』という作品の性質を分かりやすく表している。というのも、眉美のジェンダーは明示されることなく、常に曖昧に揺らぐものとして描かれている。入団後にずっと男装をしているわけではなく、女子生徒の服装にもどったり、男装をしたままバニー姿に変装したりするなどが特徴的だ。学が眉美にかけた言葉―外面や背面に惑わされず、綺麗事や理想論に紛らわされず、本人を見ることができるってことを、本当を見ることができるってことを、目にもの見せてやれ!―に視聴者への問いかけも含ませるような西尾維新らしい作品だ。
22.アイカツ×プリパラ(2025)
大川貴大監督
概要
大空あかりと真中らぁら。それぞれの世界で輝く二人のアイドルが、なぜか突然同じステージに!『アイカツ!』と『プリパラ』。本来交わるはずがなかった二つの世界に訪れたキセキの出会い!合同ライブフェスで夢のコラボレーションを楽しむスターライト学園とパラ宿のアイドルたちだったが、いつの間にか外の世界が大変な事に……!?
ワクワクとキラキラを詰め込んだ最高のステージ!み〜んなトモダチ、み〜んなアイドルなアイドルカツドウがここに開演
アイカツ×プリパラ10年オフィシャルサイトからの引用
バンダイ原案のメディアミックス作品
感想
10年前には競合ともいえた女児アニメ代表作品のコラボレーションは、多くの人がインパクトを与えたと思う。映画自体は上映時間である76分にこれでもかと3DCGのライブ映像を詰め込んだという印象だった。しかし、楽曲やパフォーマンスに限らず、アイカツのアスリートの部分とプリパラのトンチキな部分がストーリー展開上に共存していて驚いた。「国民アイドルオーディション」であるアイカツと「みんなトモダチみんなアイドル」を掲げるプリパラでは結局どちらかの良さが失われてしまうのではと考えたが、元の世界に戻すため「アイドルは奇跡を起こせる」という一点で上手くまとめていた。また、ステージに立つアイドルの在り方として「ともにメイキングアピールを考えた仲間、会場を装飾してくれたほかの生徒たち、そして彼女を応援する観客がいて初めて奇跡が完成する」と説いた学園長の言葉には、映画制作者たちから視聴者への今までの感謝が見えた気がした。かつて何かを応援したり推したりした経験がある人ならだれでも楽しめるような作品である。
23.プラダを着た悪魔(2003)
デヴィッド•フランケル監督
概要
ジャーナリストを目指す主人公アンドレアは、大手ファッション雑誌“ランウェイ”の敏腕編集長、ミランダの秘書を務めることに。ファッションに疎いアンドレアだったが、ミランダの第一秘書エミリーの「ここで1年働けばどこでも通用する」という言葉を信じて業務に徹する。しかし、編集仕事とは関係のないミランダの身の回りの世話を押し付けられるアシスタント業務や、ファッションに敏感な他の社員たちの冷ややかな目にさらされる過酷な生活が続く。そんな生活に嫌気が刺したアンドレアは、アートディレクターのナイジェルに泣き言を言うが、彼は「甘ったれるな」と喝を入れる。そこで閃いたアンディは、ナイジェルにファッションコーデを無理矢理頼み、これまでの無頓着な着こなしとは別人のような姿に。無理難題を突きつけるミランダの要求にも応えるように努力を始めたアンディは、心身ともに変わっていく。
感想
『プラダを着た悪魔』が10年たった今でも人々に見続けられる理由は、憧れとは正反対の「仕事への向き合い方」をエンターテインメントとして描いた”教材”とも言える物語だからだと考えられる。
アンディやエミリー、ミランダなど様々な視点からワークマインドとは何かを紐解くことができるが、特にアートディレクター、ナイジェルの仕事への敬意の払い方に関心を持った。結論、ナイジェルは約束された出世をミランダに反故にされたにもかかわらずその姿勢を曲げなかった。それは、アンディが「ミランダに嫌われた、失敗したときはこきおろす」と泣き言をいってきたとき、甘えるなと叱咤した場面からも読み取れる。ここでのアンディはアシスタントという仕事に対して敬意どころか理解や興味もなく、キャリアアップ(ジャーナリストになる)前のひとつの障害とすら考えていた節があった。ナイジェルは、誰もが命を投げ出してでも就きたいほどの、子ども時代からの“希望の光”であったファッション雑誌での仕事を、アンディに「どうでもいいもの」と捉えられたことに腹を立てた。このシーンだけでも、ランウェイという仕事にどれだけ真剣に接しているのかがわかったと同時に、夢を仕事にするとはこのような苦痛を伴うのだと感じることができた。モチヴェーションを失ったときに気合を入れられるような作品だと思う。。
24.マイインターン(2015)
ナンシー・マイヤーズ監督
概要
ファッション通販サイトを起業し、若くして成功を掴んだ女性社長。そんな彼女の会社に、シニア・インターン制度によって採用された70歳の男性が新人としてやってくる。最初は社内で浮いた存在になってしまう彼だったが、その穏やかな人柄によって徐々に皆と信頼関係を築いていく。
感想
本作品は、やや主人公の存在がファンタジーチックであるものの、常に視聴者の心に寄り添ってくれるような温かさを感じることができる。プラダの悪魔が「どう働くか」を題材にしたものだとしたら、マイインターンは「誰と働くか」について考えさせられた。この映画で最も魅力的な点は“悪”となる人物が出てこないところにある。あるとき、社長であるジュールズは、家事全般を担ってくれていた夫が不倫していると気づく。理由は企業が軌道に乗ってきたために家のことをおろそかにしていたからだ。自分のために専業主夫となった夫に対してひそかに罪悪感を募らせていたジュールズもこれには大きなショックを受ける。しかし、最終的にベンのアドバイスのもとに彼女は(家事と仕事を両立するための)CEOを雇わないことを選択した。改めてコミュニケーションをとり、相互理解を深めたジュールズの夫は浮気を謝罪し、生活は元のように戻っていく。本作はあくまでジュールズとベンの友情物語であり、ジュールズを取り巻く周辺の状況は一切変化していない幕切れは、先進的であるといえる。。
互いを尊重しあう気持ちを持ち得ない、諦める人物が一切いない気持ちの良い物語だ。
25.メダリスト(2025)
山本靖貴監督
つるまいかだ原作
概要
スケーターとして挫折した青年・明浦路司が出会ったのは、フィギュアスケートの世界に憧れを抱く少女・結束いのり。リンクへの執念を秘めたいのりに突き動かされ、司は自らコーチを引き受ける。才能を開花させていくいのりと、指導者として成長していく司。タッグを組んだ二人は栄光の“メダリスト”を目指す。
感想
『メダリスト』はアニメと原作にかなり差異があると考えている。アニメ版では「負の感情」を正面から見せる場面がやや少ないように感じた。原作で描かれている「負の感情」とは、単なる挫折や失敗ではなく、陰や闇といった属性をもつものだ。主人公が挑もうとしているフィギュアスケートの世界に内在する惨さや残酷さ、そして主人公自身が抱える強いコンプレックスや自己否定、一人の人間としての欠落といった部分がそれにあたる。原作では、そうした負の要素が物語の根底に流れており、表向きの熱さや感動の裏側として非常に丁寧に描かれている。特に印象的なのは、登場人物たちがその闇を自覚している場合も、無自覚な場合もある点である。彼らは才能や狂気のほとばしりによって周囲を熱狂させ、同時に自分自身もその熱狂に酔うことで、いったんは欠落や負の感情をなかったことにする。しかしそれも熱狂で闇を覆っているにすぎない。そのため、競技の節目や人生のターニングポイントといった重要な局面になると、覆い隠していた闇は何度も姿を現し、主人公たちを容赦なく追い詰める。それでも彼らは、その闇すら糧として才能や狂気を燃料にし、競技者として成長していく。成長によってさらに凄みを増した熱狂が、再び闇を覆い隠す。この循環構造こそが原作『メダリスト』の核心であり、競技の美しさと同時に、その危うさを強く印象づけている。アニメ版ではこの構造がややマイルドになっている分、原作の持つ残酷さや切実さが薄まっているように思われた。
26.名探偵コナン ベイカー街の亡霊(2002)
こだま兼嗣監督 野沢尚脚本
青山剛昌原作
概要
最新VRゲーム「コクーン」の発表会で起こった殺人事件をきっかけに、コナンたちが19世紀末ロンドンの仮想空間に閉じ込められ、現実とゲームがリンクする中で、人工知能「ノアズ・アーク」に挑むジュブナイルミステリー。開発者ヒロキの遺志を継ぎ、コナンの父である優作と共に、ノアズ・アークの暴走を止めて50人の子供たちを救うため、現実の事件とゲーム内の切り裂きジャック事件を解決していく。劇場版シリーズ第6作目。
感想
本作は単なる推理アニメ映画を越え、社会的な「血」の問題を提示する風刺的な作品だと感じた。映画内で選ばれしものとして招かれた子供たちは、裕福な家庭や有力者の二世三世であり、生まれながらに特権や未来を約束されているように見える。これはまさに現実社会における世襲制を象徴し、「血統=価値」という価値観を疑わせる仕掛けとして機能している。作中のキャラクターがこうした背景を批判的に語る場面からも、運命や成功が「血によって決まるのか」という問いが静かに立ち上がる。
この「血」の問題は、ゲーム内に隠されたノアズ・アークの目的やヒロキという天才少年の背景にも深く関わってくる。ヒロキは10歳にして高度なAIを開発したものの、自ら命を絶つという悲劇的な結末を迎えた。この血の運命づけられた才能とその挫折は、選ばれしものとの対比として強烈に表現される。血縁や才能はしばしば祝福されるが、それが同時に呪縛にもなるという点で、この作品は深い洞察を示している。
そして工藤親子という存在は、この映画におけるもう1つの「血」の語りの核を成している。工藤新一/江戸川コナンとその父親工藤優作の関係は、単なる親子の絆に留まらず、「血をどう扱うか」という問いを内包している。優作はこの仮想世界の事件で推理を重ねながら、血縁によって生じる影(ヒロキの運命)と光(親子の支え、助け合い)を対照的に見せる役割を担う。血は呪いにも力にもなるが、工藤親子はどちらにも囚われない自由を体現しているように思える。
総じて『ベイカー街の亡霊』は、血縁・世襲・選ばれし者というテーマをミステリとして楽しませながら、観客に問いを投げかける重層的な作品である。血の歴史や運命の連鎖を断ち切るとは何か、それは才能を持つか否かではなく、どう生き抜くかという選択に他ならないのだと感じた。
27.ガリレオ 真夏の方程式(2013)
西谷弘監督 東野圭吾原作
概要
美しい海辺の町での海底資源開発計画の説明会に招かれた物理学者・湯川。そんな中、彼が宿泊する旅館の近くで、元捜査一課の刑事の変死体が発見される。やがて現地入りした捜査一課の美砂は、湯川に事件解決への協力を依頼する。東野圭吾原作の映画版第2作。
感想
本作は、典型的なHOW(どのように起こったか)の謎解きだけでなく、湯川学がWHY(なぜその事件が起きたのか)に深く迫る新しいアプローチを見せた作品だと感じた。多くのミステリ映画は犯人像や手口の巧妙さに重心を置きがちだが、本作では真相が明かされる過程で登場人物それぞれの背景や動機、そしてその先にある人間の選択と倫理が問われる構造になっている。
物語は湯川が玻璃ヶ浦という海辺の町を訪れたことから展開する。一見すると元刑事の死体と不可解な状況が謎を呼ぶだけの事件に見えるが、その裏には15年前の殺人事件や家族の秘密、そして社会的な事情が複雑に絡んでいる。湯川は事件現場の物理的事実を解き明かすだけでなく、それがなぜ起こったのかを追っていく過程で、人物の心情や選択にも光を当てる。例えば、成実が過去の出来事にどう向き合ってきたのか、恭平少年の純粋な行動がどのように結果に結びついてしまったのかといったWHYの側面を深掘りしていく。特に印象的なのは、湯川が恭平に寄り添い、その心の動きを丁寧に汲み取ろうとする姿勢だ。単に真実をあぶり出すのではなく、真実を明らかにすることで誰がどう救われ、誰がどう苦しむのかという人間ドラマの本質にこそ関心を寄せる。
この映画は、ミステリの枠組みにとらわれない、選択と責任、そして他者との関わりというテーマを掘り下げた普遍的な物語でもある。
28.ミセス・ハリス、パリへ行く(2022)
アンソニー・ファビアン監督
概要
アメリカの人気作家ポール・ギャリコの長編小説を、「ファントム・スレッド」のレスリー・マンビル主演で映画化。
1950年代、第2次世界大戦後のロンドン。夫を戦争で亡くした家政婦ミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスに出会う。その美しさに魅せられた彼女は、フランスへドレスを買いに行くことを決意。どうにか資金を集めてパリのディオール本店を訪れたものの、威圧的な支配人コルベールに追い出されそうになってしまう。しかし夢を決して諦めないハリスの姿は会計士アンドレやモデルのナターシャ、シャサーニュ公爵ら、出会った人々の心を動かしていく。
感想
本作は、善意の連鎖が世界を動かしていく穏やかな推進力を持った物語だと感じた。主人公のミセス・ハリスは戦争で夫を失い、日常に活力を失っていた普通の家政婦であるが、偶然見かけたクリスチャン・ディオールの美しいドレスに心を奪われることで「生きる目的」を少しずつ取り戻していく。彼女の夢は決して富や名声の獲得ではなく、ただ「そのドレスを着てオシャレをしたい」という純粋な願いだ。
作中、くじ当選や思いがけない年金の受給、友人や見知らぬ人たちの助けなど、ハリスの前に現れる支援はどれも奇跡というより人間同士の優しさの積み重ねとして表現されている。視聴者はこれらの出来事を観ながら「善意は結果として報われる」という寓話的な感覚を味わい、登場人物の行動や選択が他者へと影響を及ぼす様子を緩やかに受け止めることになる。特に印象深いのは、ハリスがパリで出会う人々との交流だ。彼女は特別な才能や社会的な地位を持っているわけではないが、誠実さで心から他者を尊重する姿勢は周囲の人の心を動かし、彼らもまた彼女を支えようとする。こうした関係性の描写は、「善意の好循環」が映画の根幹テーマとして機能していることを強く印象付けている。華やかなクリスチャン・ディオールの衣装とそれにふさわしい内面の在り方を知れた気がした。
29.クルエラ(2021)
クレイグ・ギレスビー監督
ジェニー・ビーヴァン衣装デザイン
概要
ロンドンへ向かう道中母親を亡くした少女エステラは、ファッションデザイナーになる夢を実現すべく、日々裁縫やデザイン画に打ち込みながら、清掃員としても働いていた。彼女の旺盛な悪戯心を気に入った若い2人組の泥棒と友だちになり、3人で力を合わせればロンドンのストリートで生き抜けることを知る。そんなある日、ファッション界のレジェンド的存在であるカリスマデザイナーのバロネスと出会い、あることをきっかけにエステラは覚醒。強気で大胆なパンクファッションに身を包み、自信の欲望に目覚めたクルエラとして生きていく。
る。
感想
『クルエラ』は、単にファッションを“見せる”映画ではなく、ファッションで観客を“魅せる”、物語全体に強烈な精神性と哲学を刻み込む作品だと感じた。主人公エステラ/クルエラが創り出すモードの世界は、ただ華やかな衣装を並べるだけではなく、彼女の内面や価値観、反逆と創造のダイナミズムを可視化する手段となっている。例えば、ゴミ収集車から現れるドレスが「汚いものは美しい」と観客に無言のメッセージを投げかける場面は、既成概念を壊し新たな価値を提示するアーティストの本質を象徴している。こうした演出は、衣服が単なる装飾である以上の意味を持つことを示している。
大半の映画では衣装は背景美術の一部として扱われがちだが、本作では服そのものが物語の語り手になっている。また、衣装デザインが単なる時代考証やビジュアルの綺麗さに留まらず、キャラクターの心理や立場を表現するための語彙として機能している点も重要だ。たとえばクルエラのアイコニックなドレスやコートの数々が、彼女の反逆心や創造性の爆発を象徴する表現として使われていることは、ファッションがアートとして機能する瞬間を鮮烈に見せている。
この映画を通じて再認識したのは、デザイナーとは衣服を作る人ではなく、人々の感情や価値観を揺さぶり、観る者の内面を刺激するアーティストであるということだ。『クルエラ』は服がただの布の集まりではなく、人の人生や文化、思想を映し出す言語であることを強烈に示しているように思えた。
30.アベンジャーズ:エンドゲーム(2019)
アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ監督
概要
凶悪な敵サノスが全てのインフィニティ・ストーンを手に入れたことで、多くの人間が消え去る。アベンジャーズも崩壊状態となる中、仲間と人々を取り戻すためごくわずかな勝算にかけてアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソーたちが再び集結。最後の反撃を開始する。
感想
本作においてトニー・スタークとスティーブ・ロジャースは、対照的な生き方を通して「自己犠牲」と「自己実現」というテーマを描き出しているように感じた。エンドゲームは単なるヒーローアクションではなく、それぞれの人物が自分自身と向き合い、何のために戦うのかを問い直す物語だと言える。
トニー・スタークの物語は、初期から一貫して「自己中心的であること」と「他者のために尽くすこと」の間で葛藤してきた。鉄のスーツに身を包み世界を守るヒーローとして成功を収めた彼は、その過程で家族や仲間との関係を得てもなお、内なる孤独と罪悪感を抱え続けた人物でもある。『エンドゲーム』では、ついにその長年の重荷を乗り越え、自らの命を賭して世界を救う究極の自己犠牲を選ぶ。それは単なる正義の遂行ではなく、「I am Iron Man」という言葉に象徴される覚悟をもって、世界のために自分の生を差し出すことで初めて成立する、彼自身の存在意義の完成だったとも言える。一方でスティーブ・ロジャースは、元々が他者を優先し、自己を犠牲にしても任務遂行を選ぶ人物として描かれてきた。しかしラストシーンで彼は、戦いを終えた後に自分自身の人生を生きる選択をする。戦争という大義のもとでひたすら前へ進み続けた彼が、最終的にペギーとの人生を選び、静かに時間を生きることを選んだ姿は、自分自身を大切にすることもまた正当な生き方であるというメッセージとして胸に残る。
この2人の対比は、自己犠牲と自己実現という異なる価値観の共存と補完を体現しているように思える。トニーは「人々を救うために自らを捧げる」という自らの宿命を果たし、スティーブは「戦いの後に自分自身の人生を生きる」という静かな幸福を掴んだ。それぞれの道は正反対にも見えるが、どちらもまた英雄が選び得るひとつの完成形であり、この作品がヒーロー像を深く掘り下げた大きな理由なのだと感じた。
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