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3年 佐藤希実 RES
1、『テニスの王子様』(アニメ/監督:浜名孝行、マンガ/著:許斐剛)

【あらすじ】
 テニスの名門校・青春学園中等部に入学した越前リョーマ。アメリカJr.大会4連続優勝の経歴を持ち、天才少年と呼ばれていたリョーマは、テニス部の部長、手塚国光に「青学の柱になる」ことを託され、テニス部の仲間とともに全国制覇を目指す。

【考察】
 試合が始まる場面で、毎回俯瞰でコートを見下ろす視点になり、効果音とともにコートが六分割される演出は独特で印象に残った。他にも、跡部景吾の技“破滅への輪舞曲”では画面中心に向かって画面が縮小していくとともに同じ画面が増殖していくという演出がされていた。少ない動きや同じ画でどれだけ視聴者を飽きさせないかという工夫が盛り込まれているように感じる。本作のアニメーションは現在のアニメーションとは異なり、YouTubeやTikTokの動画編集技術に近いものを感じた。私が2000年代初期のアニメ作品をあまり知らないため、このアニメーションが本作独自のものかはわからない。
そして、アニメはオリジナルの展開が多い。特に、アニメでは関東大会準決勝の六角戦のシングルス3が越前VS葵だったのに対し、マンガでは、海堂VS葵と戦う相手が異なる。アニメでは、主人公である越前により焦点を当て、そのライバルたちを多く描きたい意図があることが要因にあるのかとも思ったが、関東大会決勝前の野試合越前VS切原がカットされ、その前に行われた関東大会準決勝の不動峰VS立海大附属がその展開に重ねられていたところから、その意図はないように思える。
また、アニメのオリジナルキャラクターは萌え要素が多く含まれているように感じた。サンリオキャラクターのキキララを彷彿とさせる派手な髪色で小柄、生意気な双子キャラや眼鏡をかけ、白衣を纏い、口元にほくろがある若い女教師キャラ、大柄で無表情なサイボーグキャラなど、現在のアニメキャラでも多く当てはまるであろう要素が多いと感じた。


2、『新テニスの王子様』(アニメ)監督:山本秀世

【あらすじ】
 舞台はU-17日本代表合宿。全国大会で激闘を繰り広げた中学生たち50名が選抜選手として選ばれた。彼らはこれまでとは比べ物にならない強さを持つ高校生たちに挑んでいく。

【考察】
 本作は、無印と同じようなアニメーションの手法は用いられず、3Dアニメーションで試合中のコート内のプレーを見せる場面がところどころに挟まれるといった変化があった。無印からテニスプレイのスケールが大きくなったことで、CGアニメーションなどの導入が求められたのだと感じた。「U-17 WORLD CUP」編(監督:川口敬一郎)では、各国の代表選手と戦うが、フランス代表の選手はモデル歩きをして登場し、試合中に点を決めるたびにポーズを決める、ギリシャ代表の選手は、ギリシャ神話に登場するゼウスやアポロンがそのまま用いられている。これらのキャラクターは、日本人が抱いているかもしれない他国のイメージを誇張しているものである。最近のオタク文化でも、企業やSNS、商品のイメージを擬人化するというものがあるがそれに近いと感じた。


3、『8月31日のロングサマー』(マンガ)著:伊藤一角

【あらすじ】
 高校2年生の鈴木くんを高木さんは、8月31日をループしている。夜中の24時に、2人の記憶や意識以外のすべてが31日の始まりに戻ってしまう。女の人の気持がわからない鈴木くんが夏休みにやり残した恋に向き合う青春タイムループコメディ。

【考察】
 青春タイムループコメディというタイムループものの中でもミステリー要素があまりない作品であり、ループする8月31日に特に何か事件が起こるわけではなく、ループしている意識を持つ鈴木くんと高木さんの進まない日常というループの非日常性とループに危機感を抱いていない日常的な二人の会話のアンバランスさが珍しい作品だと思った。そして、話の始まりは決まって同じコマ割り、人物構図、高木さんの「やあ」という言葉から始まることによって、たった1日をループしているという強調がされている。『ひぐらしのなく頃に』もループものだが、この作品では日にちは、日めくりカレンダーに焦点が当てられることでループしていることをキャラクターにも視聴者にも認識させていた。


4、『着信アリ』(映画)(2004年)監督:三池崇史

【あらすじ】
 携帯電話から、突然奇妙な着信音が響き、録音メッセージが残される。着信時刻は未来を示し、録音されていたのはおぞましい悲鳴だった。そして着信時刻が来ると、その人は死んでしまう。主人公の由美の周囲に「死の予告電話」が伝播していく。

【考察】
原作は秋元康の同題小説であり、映画の他にも漫画などにメディアミックス展開がされている。この作品では、代理によるミュンヒハウゼン症候群が取り上げられるが、その病を患っているのが母親ではなく、姉だったというのが観客をミスリードさせる要素になっていた。また、本作の恐怖となる携帯電話は2000年代初期、日本独自に進化し、ガラパゴスケータイ(ガラケー)として日本に浸透していた。そんな携帯電話の普及に伴った作品のために、日本の有名なホラー作品に挙げられる作品になっていると考えられる。現在のスマートフォンで着信音を設定している人は少ないだろう。当時の文化を取り入れた革新的な作品だったと言える。


5、『シュガー・ラッシュ』(映画)(2012年)監督:リッチ・ムーア

【あらすじ】
 閉店後のゲームセンターのゲーム「フィックス・イット・フェリックス」の中には悪役でいることに嫌気がさしていた“壊し屋”のラルフが居た。ラルフはメダルを手に入れ、ヒーローになるため、自分のゲームを飛び出し、別のゲームでメダルを手に入れるが、お菓子の国のレース・ゲーム“シュガー・ラッシュ”で仲間はずれの少女ヴァネロペと出会い、彼女と仲良くなるにつれ、彼女に隠された秘密に気づいていく。しかし、ラルフの脱走はゲームの世界にパニックを引き起こす自体になっていた。ラルフの成長とヴァネロペとの友情を描いたファンタジー・アドベンチャー。

【考察】
 悪役が集会を開いて、自分たち悪役の必要性などについて励まし合っている場面が印象的だった。ゲーム世界では、ゲームのプログラム通りに動くこと、プレイヤーに操作されることを毎日の仕事だと言っている。しかし、その仕事での役割が、仕事外でもラルフの人間性に結びつくものだとして、ラルフは同じゲームの住人だけでなく、ゲームセンターの世界の住人の多くから避けられている。現実世界においても仕事と性格は結び付けられやすい。ただ、ラルフの場合、頭に血が上りやすい性格ではあり、仕事の役割が性格に影響することを示しているように感じた。


6、『シュガーラッシュ:オンライン』(映画)(2018年)監督:リッチ・ムーア、フィル・ジョンストン

【あらすじ】
 アーケードゲームの世界に暮らすキャラクターであるラルフとヴァネロペは自分たちのゲーム世界の危機を救い、大親友になった。そんなふたりは、またもやレースゲーム“シュガー・ラッシュ”が撤去される危機に直面する。シュガー・ラッシュを救うために、インターネットの世界に飛び込むが、そこには思いもよらない危険も潜んでいて、ふたりの冒険と友情は危機に陥ってしまう。

【考察】
 本作は変化と不変を主軸としてストーリーを描いていると考える。ラルフは悪役としての暮らしに満足し、ヴァネロペとの楽しい毎日が続いていくことを望んでいた、一方でヴァネロペは自分のレースゲームに刺激が無くなっていると感じ始め、変化を求めていた。この二人は結局、自分の望む道へと進み、住む世界を別とした。どちらかが折れるという結末ではない物語の終着点は、『トイ・ストーリー4』でも描かれていた。親友であったウッディとバズの別れ、ウッディが固執していた‘自分はアンディのおもちゃ’だという意識の破棄が描かれている。本作でもラルフとヴァネロペは世界を別とし、ラルフはヴァネロペへの執着を捨てることになる。
また、ゲームの世界も現実と同じく、変化が起きる。本作では、ゲームセンターの小さな枠組みの世界で生活していたラルフとヴァネロペが、WIFIの導入によって、インターネット世界に飛び込んでいく、インターネット上にはオンラインゲームはもちろん、有名なSNSやサイトが存在し、世界が果てしなく続いている。そんな世界で、ヴァネロペは素早く順応していくが、ラルフは怪しい広告に釣られそうになる描写があり、二人の違いが更に大きく描かれることになる。
そして、私達の暮らす現実に直面するのは変化を望むヴァネロペではなく、不変を望むラルフである。SNSでの誹謗中傷を目の当たりにすることや、親友が新しいオンラインゲームの面白さにハマっていくことで、自分が過ごしていたゲーム世界がその面白さに勝てないと気付くことなど、ラルフがインターネットの世界で得たものは現実で経験しうることに近い。その点は現実の諸行無常の絶対性を示していると感じた。


7、『火の鳥 エデンの宙』(アニメ)(2023年)監督:西見祥示郎

【あらすじ】
地球から逃亡したロミとジョージは、ロケットで辺境の惑星にたどり着く。ふたりは未開の惑星を新天地にしようと誓うのだが、その惑星には水源がなかった。水が日に日に減っていく中、ある日、ジョージは井戸掘り中に水を掘り当てた後に事故死してしまう。残されたロミは、息子のカインのために命を伸ばそうとコールドスリープをする決断をする。
手塚治虫の『火の鳥』望郷編を基にした作品。

【考察】
ロミが1300年後に目覚めるという事実に気づいたとき、カインがシバを叩き壊してしまった行動は、向こう見ずで未熟だと思うかもしれないが、この行動は前段階で、描写されていたカインを育てたのが感情のないロボットのシバであったことが、根拠になっていて納得が行く展開だと感じた。地球によく似た星で、生えていた花が襲ってくるシーンでの作画の変化は『魔法少女まどか☆マギカ』を連想させた。『魔法少女まどか☆マギカ』でも魔女の出現時には平面的な空間での少女たちの戦闘が描かれた。本作でも同様に、人物や無機物は3Dのような立体的な描写がされていたが、花は手描きのようなガサガサとした描写で、敵意や危険を異質性によって示していた。エデンには色が限りなく少なく、地球は機械化が進み、色はあっても地球のヘブン島は建物が緑で覆われ、自然と機械の対極化がされていた。
そして、物語での役割が男性と女性で異なるように感じた。まず、ロミの裸体が最初の場面から描かれ、女性の生まれ持つ身体が強く表象されていた。女性の主要な登場人物はロミとチヒロで、彼女たちは正義感に溢れ、強く、優しく、気高い、そして慈愛の心を持ち、包容力を備えている。その一方で男性の登場人物には攻撃性が目立つ。ジョージは水が減っていることへの怒りを行動に示し、カインはロミが自分の生きている間には目覚めないことに気づき、シバを破壊する。牧村は酔った勢いでロミを襲おうとする、最後には自分の命を優先し、ロミとコムを攻撃する。ズダーバンは自分の商売のため、エデンの国の人々の欲望を引き出し、国を荒廃に追い込む。しかし、子供であるコムは中性的であり、男女どっちの面も併せ持つ存在であると考えられる。コムは声を荒げることもないし、攻撃性も見られないが、エデンの混乱、荒廃はコムの無知によるものであり、コムは自分が原因の一部となっていることには気づいていない可能性がある。本作で無知は、どこかで暴力性を生んでしまうことがうまく示唆されている。しかし、最後の場面で荒廃したエデンで、チヒロからもらった種を持つロミとコムという構図は、『天空の城ラピュタ』でも描かれていると考えられる荒廃と再起をモチーフとしていると感じた。


8、『変な家』(小説)著:雨穴

【あらすじ】
 知人が購入を検討している都内の中古一軒家は開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、間取り図に「謎の空間」が存在していた。知り合いの設計士にその間取り図を見せると、この家にはそこかしこに「奇妙な違和感」が存在すると言う。

【考察】
人間的な怖さが根源にあるように感じられる序盤から、展開が進んでいくに連れ、不気味な因習や跡目争いの問題が孕むことが明かされることで、一気にリアリティが失われ、近い場所にあった恐怖が遠くなってしまうと感じた。この因習や跡目争いとホラーの関係性は密接であり、『犬鳴村』や『ガンニバル』、『鬼太郎誕生ゲゲゲの謎』などでも描かれている。特に『鬼太郎誕生ゲゲゲの謎』は最近の作品かつ人気が爆発的だった作品だと認識している。因習とホラーの要素は最近の作品では多く見られ、どの作品も話題性に富んでいると感じられる。


9、『宝石の国』(アニメ)監督:京極尚彦、原作:市川春子

【あらすじ】
 宝石たちの中で最年少のフォスフォフィライトは、硬度3半と他の宝石よりもひときわ脆く、靭性も弱くて戦闘には向かなかった。また、他の仕事の適性もなく、まさに正真正銘の落ちこぼれだった。そんなフォスに、やっと「博物誌編纂」という初めての仕事が与えられる。しかし、フォスはその仕事には満足できず、月人との戦闘の仕事を望んでいた。そんな中、夜の見回りの仕事をするシンシャと出会い、彼にしかできない仕事を見つけると約束する。

【考察】
京極尚彦監督は『ラブライブ!』『ラブライブ!スーパースター』などの作品でも監督を努めており、少女性の演出に長けた人物だと言える。本作のキャラクターたちは、性別は不明であり、少女のような外見だが、一人称は「俺」「僕」で、他の鉱物との関係性も姉妹ではなく、兄弟という認識を持っている。この性別の曖昧さが視聴者に彼らを人間ではなく、鉱石と認識させる役割を持たせる要素となっていると感じた。もう一つの要素は効果音があると考えられる。キャラクター同士が触れ合う瞬間、ぶつかる瞬間、このアニメーションでは柔らかい音ではなく、硬いものがあたったときの重くて鈍い音がする。
また、3Dアニメーションには賛否が大きく分かれるイメージや一般的なセル画を用いたような2次元的なアニメーションよりも評価が伸びないイメージがあるが、本作は3Dアニメーションだからこその奥行き感がうまく作品の世界観と合わさっていると感じた。本作の世界観として、空間性の表現


10、『マレフィセント2』(映画)(2019年)監督:ヨアヒム・ローニング


【あらすじ】
 永遠の眠りから目覚めたプリンセスオーロラ姫とフィリップ王子の結婚は人間と妖精の間に平和をもたらし、世界を幸福に導くはずだった。しかしその婚礼には、マレフィセントとオーロラ姫の絆を引き裂き、妖精界を滅ぼそうとする王妃の恐るべき罠が隠されていた。迫り来る危機から愛するオーロラ姫を救うために、マレフィセントは運命を背負う。

【考察】
 アーロラ姫とマレフィセントの関係性が希薄に描かれているように感じた。意思をはっきりもっているはずのオーロラ姫が人間と妖精の国の平和のため、王妃に何を言われようとも黙っている様子は、彼女の変化を感じさせる。また、第2作目というのは主人公と近しいものとの別れが描かれる傾向が強いと考えられる。その傾向を踏襲した結果、本作のストーリー展開になったと考える。


11、『呪われた腕』著:トマス・ハーディ、訳:河野一郎

【あらすじ】
 搾乳場で牛の乳を絞る女は地主の男が若い妻を迎えたという噂を聞く。彼女は若い妻の容貌や様子を自分の息子に観察させ、報告をさせていた。そんなある日、彼女は地主の男の若い妻の悪夢のような夢を見る。その後、若い妻の腕には誰かに掴まれたような痣があり、その痣がいつまで経っても治らないことを知る。

【考察】
 本作ではロッジ夫人の名前は、ガートルードと表記されることもある。この表記の違いに関して、ローダが彼女を自分と関係を持った男を奪った悪い女と認識しているときや彼女自身が自分の夫を気にしている場合にはロッジ夫人と書かれ、彼女が個人の人格として認識される際にはガートルードと表記されるのだと感じた。


12、『ミュージカルテニスの王子様The Imperial Match 氷帝学園 in winter 2005-2006』(舞台映像)(2005-2006年)舞台監督:日高拓二/演出・振付:上島雪夫/原作:許斐剛『テニスの王子様』

【あらすじ】
 関東大会初戦、強豪の氷帝学園と対戦する青春学園中等部テニス部メンバー。青春学園は試合前の大石のハプニングや手塚の怪我を乗り越え、全国へコマを進めることはできるのか。

【考察】
 マンガを原作にもつ、いわゆる2.5次元ミュージカルのため、英米ミュージカルなどとは異なる点が多く見られた。まず、原作の内容を改変、再構築することはなく、原作の内容を少し省略し、150分程度の劇にしているという点である。英米ミュージカルでは2時間程度の尺があることで多少なりとも原作とはディテールが異なることがよくある。舞台ではなく映画ではあるが、『マチルダ・ザ・ミュージカル』では、マチルダが様々な本を読むきっかけをつくったミセス・フェルプスの出番が増え、役割が強まっていた。また、ミス・ハニーの両親が軽業師であるという内容の追加、話の要所々々に加えられるミュージカルナンバーによって、キャラクターの感情や出来事に関して、受け手の想像に頼るのではなく、マチルダの感情を共有させるといったような、メッセージが直線的になりすぎているようにも感じられた。一方で本作は、ミュージカルナンバーにおいても原作に忠実であり、マンガのセリフがナンバーの中にそのまま繰り返し用いられることで、ミュージカルナンバーにしてはセリフ染みていて、直接的な歌詞にはなっているが、原作のキャラクターやストーリーがブレることがない。そして、それは本作がもつキャラクター性の強さにも繋がってくる。『ミュージカルテニスの王子様』は2.5次元ミュージカルの嚆矢になった作品でもあり、2.5次元ミュージカルが2.5次元という枠組みを持つ理由が『ミュージカルテニスの王子様』には垣間見られる。マンガのコマの動きを徹底的に再現した俳優の動きや原作通りのセリフ、マンガのキャラクターの外見の再現、各キャラクターが持つ技の舞台上での再現これらが行われることで、マンガのキャラクターが現実にいる感覚、2.5次元となるのだと考えられる。


13、『ミュージカルテニスの王子様 青学VS氷帝』(舞台映像)(2011年)舞台監督:久保健一郎/脚色・演出:井関佳子/原作:許斐剛『テニスの王子様』

【あらすじ】
 関東大会初戦、強豪の氷帝学園と対戦する青春学園中等部テニス部メンバー。青春学園は試合前の大石のハプニングや手塚の怪我を乗り越え、全国へコマを進めることはできるのか。

【考察】
 『ミュージカルテニスの王子様』は、越前リョーマが青春学園中等部テニス部に入部し、全国大会で優勝するまでを1シーズンとし、全国大会決勝戦まですべての公演が終了すると、また再度、越前リョーマたち青春学園中等部が全国制覇するまでの内容からキャストをすべて入れ替えて公演している。本作は『ミュージカルテニスの王子様The Imperial Match 氷帝学園』(in winter 2005-2006)と原作の同じ試合内容を扱った作品であり、2シーズン目に該当する。
 本作が1stシーズンと大きく異なる点は滝萩之介というキャラクターの追加だと考えられる。滝萩之介は原作において、関東大会青学戦の前に宍戸亮との試合に敗れ、正レギュラーとしての座を失ったことで、目立つ試合シーンなどは描かれることがない。もちろん本作でも試合をすることはないキャラクターである。彼が追加された要素として、ストーリーの補填が挙げられる。1stシーズンでは彼がいないことによって、原作の内容を知っていないと宍戸亮が監督に頭を下げるシーンで滝の名前が出てくるにも関わらず、彼は舞台に出てこないため、物語として、分かりづらくなってしまっていた。そのため、本作では、滝萩之介が追加され、宍戸亮が彼に勝つシーンが描かれたと考えられる。


14、『スパイダーマン ホームカミング』(映画)(2017年)監督:ジョン・ワッツ

【あらすじ】
 ベルリンでのアベンジャーズの戦いに参加し、大興奮していたスパイダーマン=ピーター・パーカー。昼間は普通の高校生として生活しているが、放課後は憧れのアイアンマン=トニー・スタークから貰った特製スーツに身を包み、NYの街を救うべくパトロールをしていた。ある日、スタークに恨みを抱く“バルチャー”が、巨大な翼を装着しNYを危機に陥れる。スタークの忠告も聞かず、ピーターは一人戦いに挑んでしまう。

【考察】
 MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)版のスパイダーマン作品であり、トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』、アンドリュー・ガーフィールド主演『アメイジング・スパイダーマン』とは話の導入から大きく異なっている。前出した『スパイダーマン』作品では、ピーターが蜘蛛に噛まれ、能力に目覚めるシーンやベンおじさんの死が描かれたのに対し、本作ではこれらは描かれていない。蜘蛛に噛まれるシーンがないことは、本作がピーターがスパイダーマンになる過程ではなく、スパイダーマンがアベンジャーズのヒーローになる過程を描くことを重要視しているのだと考えられる。
そして、ベンおじさんの役割はトニー・スタークに引き継がれていると考えられる。このことは『アベンジャーズ/エンドゲーム』においてトニー・スタークが殉職し、ピーターが立ち会うシーンが描かれることからもわかる。


15、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(映画)(2019年)監督:ジョン・ワッツ

【あらすじ】
 ピーターは夏休みに、学校の友人たちとヨーロッパ旅行に出かける。しかしそこに待っていたのは、元S.H.I.E.L.D.長官であるニック・フューリーだった。迫りくる新たな脅威を察したニックは、スパイダーマンの力を必要とし、目の前に立ちはだかる脅威に立ち向かう使命を託す。ヴェネチア、ベルリン、ロンドンといったヨーロッパ都市をはじめ、各国を危機に陥れるのは、“火”や“水”など自然の力を操る“エレメンタルズ”であった。世界に脅威が迫る中、ニックはミステリオをピーターに引き合わせる。異次元から来たという彼もまた、ピーターと共に敵に立ち向かっていくが、ミステリオの狙いは別にあった。

【考察】
 ミステリオがプロジェクターで映像を流すことでヒーローとしての戦闘や敵の存在を捏造していたという真実や最後の場面で、ニュースの中でミステリオによって作成されたフェイク動画が流れ、スパイダーマンが悪だとされ、正体までも街の人々に明かされてしまう展開はまさに現代的だと感じた。ニュースや動画が真実とは限らないことは、昨今のAIを用いたフェイク動画などで明白になっている。本作のように真実性を問う作品は多くあるが、長く続いてきた『スパイダーマン』作品がこのような要素を取り入れたことはチャレンジの1つのようにも思える。


16、『アベンジャーズ』(映画)(2012年)監督:ジョス・ウェドン

【あらすじ】
 国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.の長官ニック・フューリーは、世界の危機に対してヒーローチームを結成することを考え、“アベンジャーズ”チームを設立する。メンバーはアイアンマン、ハルク、ソー、キャプテン・アメリカ、さらにブラック・ウィドウとホークアイ。彼らはアスガルドの神であるロキとチタウリの軍と戦う。

【考察】
本作で戦闘のスケールが急激に大きくなったと感じた。アベンジャーズとして戦う意味をアベンジャーズとして招集されたメンバーたち自身だけでなく、観客にも証明させる必要があったのだと考えられる。また、メンバーの戦闘力に、バラつきがあることも珍しいように感じた。


17、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(映画)(2016年)監督:アンソニー、ジョー・ルッソ

【あらすじ】
 人類の平和を守るためのアベンジャーズによる戦いは、全世界に拡大した。多くを救う反面、その人的・物的被害は膨大なものになり、ついにアベンジャーズは国際的な政府組織の管理下に置かれる事態にまで追い込まれてしまう。一般市民を危険にさらしたという、罪の意識を持つアイアンマン=トニー・スタークと自らの行動は自らが決めるべきという信念のキャプテン・アメリカ=スティーブ・ロジャースは、反発し合う。彼らの対立が生み出す一触即発の緊張の中、テロ事件が発生し、犯人として、キャプテン・アメリカのかつての親友ウィンター・ソルジャー=バッキーが指名手配された。キャプテン・アメリカの決断は、最強チームアベンジャーズを二つに引き裂く禁断の戦いを告げる。

【考察】
 ヒーローとヒーローの戦いが描かれるのは興味深いと感じた。特に最後のアイアンマンとキャプテン・アメリカの戦闘シーンは3人の男たちの友情と決意が描かれ、殴り合うことで意思を貫こうとする様はまさに少年マンガで何度も見たシーンのように思われる。『NARUTO-ナルト-』でもナルトとサスケの戦闘シーンは見どころのある場面である。しかし、このような少年マンガと違う点は2人がわかりあえずにお互いに信じる道を歩む形で物語が終わる点である。


18、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(映画)(2019年)監督:アンソニー、ジョー・ルッソ

【あらすじ】
 最凶最悪の敵“サノス”によって、人類の半分が消し去られ、最強チーム“アベンジャーズ”も崩壊してしまった。失われた35億の人々と仲間を取り戻す方法を探し、大逆転のわずかな希望を信じて再び集結したアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソーたちは今はここにいない仲間のために、最後の逆襲を始める。

【考察】
 雷の神であるマイティ・ソーが『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』での戦いで心に傷を負い、酒に溺れ、性格も変わってしまっていることに驚いた。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』では精神力が強く、力も持たなければ作ることのできない武器を作り上げたのにもかかわらず、サノスに周囲の大事な人たちを殺されたことから立ち直ることができなかった。地位があること、強者であることと喪失感からの立ち直れるかどうかの精神力は比例しないことというのは、キャラクターを身近なものにし、視聴者の共感を高める効果があると感じた。
目的は違えど、アベンジャーズ側もサノス側も「何を犠牲にしても」という同じ価値観を行動源としていた。見方や立場によってどちらが正義と感じるかが変わってしまう状況はまさに現実でも起きていることのように感じる。『龍が如く』シリーズでは、桐生一馬というヤクザの組に身を置くキャラクターの視点から、組織同士の抗争や政治的立場が上の人間の企みを止めるなどするストーリーが多いが、この作品ではヤクザという社会的に通常ではないとされる日常で生きる裏の人間が主人公のため、自動的に現実とゲーム世界で正義の立場が入れ替わる構造になっている。しかし、本作では、アベンジャーズのヒーローである正義の立場から敵役の正当性も感じさせていて、マーベル作品というだけ作り込まれているように思った。
最終決戦で消えた仲間が戻ってきて、再度サノスと戦うシーンでは、キャラクターたちのセリフは少なく抑えられ、劇伴音楽「One Shot」が流れ、戦いの高まりを効果的に表していた。その他、トニー・スタークの葬儀を行うシーンでも劇伴音楽「The Real Hero」が大きく流れた。劇伴音楽が徐々にメインの音楽になっていくことで、キャラクターたちの感情と観客の感情がリンクしていくことを感じた。音楽の役割の大きい作品であった。


19、『それもまたちいさな光』著:角田光代

【あらすじ】
 デザイン会社に勤める悠木仁絵は35歳独身。いまの生活に不満はないが、結婚しないまま1人で歳をとっていくのか悩みはじめていた。そんな彼女に思いを寄せる、幼馴染の駒場雄大。人生の岐路にたつ大人たちのラブストーリー。

【考察】
 本作でのラジオは日常の表象であると感じた。他人にとってはどうでもいい内容で溢れている。しかし、誰かに話せるレベルに置かれた日常である。私達は誰もがそうしたマン=い日を過ごしているのだと感じる。仁絵は結婚を意識し始めると、両親が意思疎通をしていることや部屋にピッタリとはまった感じのする家具を気にし始める。何かを意識すると日常の見えなかった部分が見えてくることをラジオを通して描いていると考えられる。


20、『アイアンマン』(映画)(2008年)監督・製作総指揮:ジョン・ファヴロー

【あらすじ】
 アフガニスタンで自社兵器のデモ実験に参加したトニー・スタークは、テロ組織に襲われ拉致されてしまう。捕虜となった彼は、戦闘用パワードスーツを敵の目を盗み開発。敵地からの脱出に成功するが、奇跡的に生還したトニーは、自分の会社が開発した兵器がテロ組織に使用されていた真実を知る。トニーはその償いをすべく、テロ撲滅に命を捧げることを決断し、最先端の技術を駆使し、アイアンマンとなる。


【考察】
 テロ組織の表象によって、トニー・スタークの兵器開発=破滅へ導くものとアイアンマン=正義のヒーローとを結びつけ、トニーの動機を確かなものにしていた。また、トニーは自分の会社の兵器がテロ組織に使用されていたことを知らない。このことは権力者ゆえの無知を的確に示すものであり、現代においても、イギリスなどの国で放送されている『Undercover Boss』という社長自ら現場に潜入し、覆面調査を行う番組がある。このような番組は本作の内容に近いと感じた。


21、『インクレディブル・ハルク』(映画)(2008年)監督:ルイ・レテリエ

【あらすじ】
科学者のブルース・バナーは、恋人ベティの父であるロス将軍の命令を受けて人体への放射線抵抗を研究していた。ところがその研究実験中に事故が発生し、多量のガンマ線を浴びてしまったブルースは、怒りを感じて心拍数が200を越えると巨大な緑色のモンスターハルクに変身する特殊体質となってしまう。

【考察】
 普段は謙虚で知性的な男が、緑色の怪物に変身してしまった途端に暴力的、感情的になるという構図は狼男が連想された。また、変身する際には顔の中でも目が画面の中で強調されて映し出され、目の色が変わるという演出の仕方にも相似が見られる。狼男が描かれた作品として思い出されるのは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で登場したリーマス・ルーピンというキャラクターである。満月を見ることで狼に変身し我を忘れ、暴れてしまうため、満月を見ること(視覚)が狼への変身を誘発する点からも目の変化が強調されて描かれていた。しかし、本作では、心拍数の増加が変身へのトリガーとなるため、必ずしも視覚のみが要因とはならない。よって、目の変化の強調は、目が人間の顔の中で一番感情の変化が読み取れやすい部分であり、瞳孔の開き具合、色の変化、まぶたの開閉度合いなど、変化がつけやすい部分であるため、異常性を端的に伝える際に、描かれるのだと考えられる。


22、『アイアンマン2』(映画)(2010年)製作総指揮・監督:ジョン・ファヴロー

【あらすじ】
 自らアイアンマンであることを告白したトニー・スタークは大企業スターク・インダストリーのCEOである。米国政府にパワードスーツの共有を命令されてしまうが、彼は技術が悪に利用されることを恐れ、拒否する。そして、彼に恨みを抱く謎の男“ウィップラッシュ”が一撃で車を真っ二つにする電流ムチを携えて現れ、ライバルの武器商人ハマーも独自のパワードスーツを開発する。そんな中、胸に埋め込んだエネルギー源“リアクター”の影響でトニーの体は蝕まれていく。

【考察】
 トニーの人間性が強く描かれた作品であった。特にパーティーのシーンでトニーがアイアンスーツを着たまま醜態をさらすシーンはヒーローとしてかけ離れた姿であった。
また、終盤には、日本庭園での戦闘シーンがあり、マーベル作品の視聴ターゲットに合わせた非日常的な日本の表象が行われていた。


23、『13日の金曜日』(映画)(2009年)監督:マーカス・ニスペル

【あらすじ】
 1人の少年が湖で溺死するという事故が起きて閉鎖されたキャンプ場クリスタル・レイク。数十年後、キャンプ場は再開されるも、そこを訪れた若者の一行が行方不明になってしまう。そんな中、失踪した妹ホイットニーを探すためクリスタル・レイクに向かうクレイ。そのキャンプ場には殺人鬼が潜んでいた。

【考察】
 アメリカのスラッシャー映画として有名な作品である。ゲーム作品であるが『UNTIL DAWN -惨劇の山荘-』や『クアリー~悪夢のサマーキャンプ』などでも本作と同じく、若い男女が隔離された場所で死の恐怖に怯えるというモチーフを持つ。このようなホラー作品は根強い人気があるのだと考えられる。


24、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(映画)(2018年)監督:アンソニー、ジョー・ルッソ

【あらすじ】
 6つすべてを手に入れると、全宇宙を滅ぼす無限大の力を得るインフィニティ・ストーン。そして、その究極の石を狙う“最凶最悪”のサノス。彼の野望を阻止するため、スパイダーマン、ドクター・ストレンジ、ブラックパンサー、ガーディアンズたちも集結した、最強ヒーローのチーム“アベンジャーズ”が、人類の命運を賭けた壮絶なバトルに挑む。

【考察】
 アベンジャーズが立ち向かうサノスが宇宙の星を次々に襲い、その星の住民の数を半分にするという一見非道な行動をしたことで、襲われた星は後に資源が均等に住民に行き届くようになり、困る人が少なくなったという事実を知ると、サノスを完全なる悪だと言えなくなる点が興味深く感じた。サノスによって正された星で新しく生まれた命は路頭に迷い、お腹が空かせることはなくなり、平和な青空ばかり見ることができている。現実の地球でも何年か前からSDGsの取り組みが始まり、日々教育現場では、資源の大切さが説かれている。このようなテーマを抱える敵キャラクターにより、宇宙で行われる非現実的な戦闘がリアリティのあるものとして観客に受け取られるのだと考えられる。そして、サノスはストーンを手に入れるために自分の手で自分の娘を殺めるが、その時の表情は、悪役の顔ではなく、苦悩に飲まれながらも選択する父親の顔であった。ヒーローものの作品は勧善懲悪だと思っていたが、敵役のこのような人間味があると、作品に魅力が増すと改めて感じた。


25、『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(映画)(2011年)監督:ジョー・ジョンストン

【あらすじ】
 第2次世界大戦の最中、兵士として不適格とされた貧弱な青年、スティーブ・ロジャースは、軍の極秘実験「スーパーソルジャー計画」に名乗りを上げ、“キャプテン・アメリカ”として生まれ変わる。身体能力を極限にまで高めた強靭な肉体を手にし、極世界征服を目論むレッド・スカル率いる悪の組織ヒドラと戦う。

【考察】
 まず、キャプテン・アメリカにとなる前のスティーブ・ロジャースとキャプテン・アメリカとなったあとの彼とでは身体が身長から体格、筋肉量まで大きく異なっている点に注目した。筋肉量が増加したあとのスティーブ・ロジャースは彼を演じた俳優クリス・エヴァンス本人であるが、貧弱であったスティーブ・ロジャースはクリス・エヴァンスの顔と別の俳優の身体を合わせたCGが用いられた。CG技術の高さがうかがえる要素だと感じた。
 そして、本作で最も驚いたのは、キャプテン・アメリカというキャラクターは、敵であればためらいなく殺す意思を持っているように描かれているキャラクターである点である。『スパイダーマン』作品ではスパイダーマン自身が敵を殺す場面は描かれずに、助ける場面が集中的に描かれているように感じたが、本作では、明確に敵がキャプテン・アメリカによってなぎ倒され、死を遂げていることが明らかなシーンが多くあった。これらのことから、彼にはヒーローとしての正義感ではなく、軍人や兵士としての正義感が備わっていることが強調されているのだと感じた。


26、『マイティ・ソー』(映画)(2011年)監督:ケネス・ブラナー

【あらすじ】
 神の国<アスガルド>で無敵の強さを誇る戦士ソー。しかし、傲慢さゆえに9つの国を治める神々の王である父の怒りに触れ、最強の武器“ムジョルニア”と全ての力を奪われて人間界へ追放されてしまう。地球に落ちたソーは、天文学者のジェーンに出会ったことで変化していく。だがその頃、邪神ロキの陰謀で神の国は危機に瀕し、そして敵がソーを抹殺すべく地球に迫ろうとしていた。力を失ったソーは地球と神の国を守るために戦う。 

【考察】
 北欧神話が基になっていることや宇宙の国々と繋がるワームホールの存在が描かれていることから、願望的な作品だと感じた。また、主要なキャラクターにも強い願望がある。オーディンはソーが傲慢さを捨て、次の王にふさわしくなることを望み、ソーは父に柔軟な考えを望んだ後、王にふさわしい自分を望む、そしてロキは真実の愛を探しているのだと考えられる。


27、『アイアンマン3』(映画)(2013年)監督:シェーン・ブラック

【あらすじ】
 アベンジャーズの戦いか1年が経ち、トニー・スタークは未来の敵の脅威におびえ、一心不乱に新型パワードスーツの開発をしていた。心身ともに追いつめられたトニーはある日、世界転覆を企む謎の男マンダリンから攻撃を受け、全てを奪われてしまう。

【考察】
 トニー・スタークの語りから始まり、エンドクレジットの後に本編の内容はトニー・スタークがハルクであるブルース・バナー博士に語っていたものだということが明かされる。これはマーベル作品としては珍しい構成だと感じた。ペッパーを助けられなかったシーンに関しては、トニーの人間性がよく読み取れる。最愛であるペッパーを失っても彼は動揺するのみで戦意を喪失することはない。このことから、彼が誰かに執着することは決してないことがわかり、彼のアベンジャーズとしてのあり方にも繋がるものとなる。


28、『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』(映画)(2014年)監督:アンソニー、ジョー・ルッソ

【あらすじ】
 アベンジャーズのニューヨークでの戦いの後、キャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャースはワシントンDCで静かに暮らし、現代社会に適応しようとしていた。しかしS.H.I.E.L.D.の仲間が襲われ、悪の組織ヒドラの陰謀に巻き込まれてしまう。キャプテン・アメリカは暗殺者から襲撃されながら、ブラック・ウィドウと力を合わせ、陰謀を暴こうとする。新たな仲間ファルコンの助けも加わり、強大な敵ウィンター・ソルジャーと戦う。

【考察】
 本作ではウィンター・ソルジャーが何者なのかが序盤の疑問として挙げられるが、その点がキャプテン・アメリカがスミソニアン博物館でキャプテン・アメリカの展示を見るシーンで前作で登場したキャラクターだという伏線が張られる流れができていた。このシーンではスティーブ・ロジャースの親友であるバーンズが戦死者だということが強調されている。その後、スティーブ・ロジャースの最愛の人であるペギーが存命であることが明かされることで、更に、ウィンター・ソルジャーの正体が明かされるシーンで観客の感情が高まる、いくつかのストーリーでよく見られる“どんでん返しの流れ”ができていると感じた。


29、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(映画)(2015年) 監督/脚本:ジョス・ウェドン

【あらすじ】
 トニー・スタークは⼈⼯知能の平和維持プログラム“ウルトロン”を開発する。しかし、進化と増殖を続けるウルトロンが選択した平和とは、⼈類を抹消することであった。世界中の都市を襲う⼈類滅亡の脅威に、最強チーム“アベンジャーズ”が再び結集し、平和のため戦う。

【考察】
 本作では、他国への意識が意図的に向けられているように感じた。韓国がクローズアップされ、ヘレン・チョ博士というキャラクターが登場し、このキャラクターは韓国の女優キム・スヒョンが演じている。また、同作品シリーズではこれまで様々な国が描かれてきたように思うが、本作では従来のように韓国の飲食店などの街並みでの戦闘が描かれるだけでなく、チョ博士が韓国語を話すシーンが物語に何度か挟まれている点が印象的だった。この韓国語が挟まれるシーンは、戦闘中または捕虜相手などに会話の内容を聞かせないようにする目的ではなく、研究もしくは治療の指示を出している時の会話であると推測される。
なぜ、本作でここまで韓国に焦点が当てられているのかは定かではないが、チョ博士は、今後もアベンジャーズの一人として活躍するヴィジョンが生まれるきっかけとなった重要なキャラクターであるため、何かしらの狙いがあるように考えられる。


30、『オズの魔法使い』(映画)(1939年)監督:ビクター・フレミング

【あらすじ】
カンザス州の農場で暮らす少女ドロシーが竜巻に飛ばされて、迷い込んだのはオズの国だった。“脳みそのない案山子”、“ハート(心)がないブリキ”そして“勇気のないライオン”と共にオズの国で旅をする。故郷に帰るという願いを叶えてもらうために、ドロシーと愛犬トトは仲間とともに黄色のレンガ道を辿りながら、オズの魔法使いを探す。

【考察】
 本作は、序盤のシーンでドロシーがカンザスにいるときには白黒、ドロシーが竜巻でオズの国へと到着した後、カラーに変わるというのが特徴の一つとして挙げられる。撮影の技法を少し変更することで、カンザスとオズの国が違う世界で、ドロシーにとってオズの国が輝いて見えるということが観客に一目瞭然となる。
2024/09/23(月) 21:13 No.2055 EDIT DEL
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