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2年 高根
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夏休み作品鑑賞 15~20
15.緑と楯 ハイスクール・デイズ (雪舟えま)
秀才だけど友達ゼロの緑と、同じクラスの人気者の楯。緑は自分とは正反対の楯が苦手であったが、高校三年生の秋、ふとしたきっかけで楯に恋をする。愛し愛されたいのに愛を信じられない緑と、緑が自分を好いていることを知ってか知らずか、常に寛容でマイペースな楯のピュアな恋愛小説。
喧嘩ばかりで仲が悪く、自分のことばかり考えている両親の間で仲介役を担っており、「自分は親に愛されていない」という感情が強い緑が、ふとした瞬間に親との思い出を思い出し「愛されていた瞬間があったのかもしれない」と逡巡する場面や、いざ本当に親が離婚する・別居するとなったときに「離婚しないで」「別居はいやだ」と珍しくわがままを言う場面は胸が締め付けられた。
「誰かを愛したい、誰かに愛されたい」という感情が根底にある緑とそれをすくい上げて優しく包み込んだ楯の関係が、冷めきった緑の両親やその家と緑本人の関係と比較してひどく柔らかく暖かく感じた。緑の暴走気味な感情が面白い部分もあったが、「恋は盲目」「恋は人を変える」という言葉の通りの描写だと思った。
読み始めた当初から、小説の書き方が今まで読んできた小説家たちの作品とは違う気がするという薄い違和感を抱いていたのだが、著者の雪舟えまさんは歌人でもあるらしくそのせいかと思った。確かに心情表現や情景描写など詩的で独特な表現が多いように感じられた。
16.舞台 呪術廻戦 監督:小林顕作 脚本:喜安浩平
週刊少年ジャンプ連載中の同名漫画の舞台化作品。
とにかくキャスト陣の演技やアクションが素晴らしく、コアな原作ファンからも評価が高かったように思われる。アナログなセットとプロジェクションマッピングの併用だったため、ネタ系の場面はアナログでシュールに、呪術を使うシーンや領域展開のシーンはプロジェクションマッピングを使って非現実感をというふうにしっかりと使い分けられていたのが印象的だった。
脚本の喜安浩平さんはどちらかというとコメディめなものを得意とする脚本家で、そのためか原作のシリアスで重く暗い雰囲気は少なく、コミカルで軽い印象を受けた。登場人物たちが歌を歌うターンも多かったため、舞台というよりミュージカルに近いような構成でもあった。このことからファンの中にはかなり批判的な意見を持つ人も多かった。私はそこまでコアなファンというわけではないが、批判的な意見を持つほどではなかったもののやはり想像していたものとのギャップが激しく、作品自体と脚本家、演出家の相性が悪いのではないかと感じた。もしも、今回以降のストーリーも舞台化するのであれば、この作りでは似合わないと思う。
17.xxxHOLiC(アニメ) 原作:CLAMP
アヤカシに好かれやすい男子高校生・四月一日君尋は、ある日願いを叶える店(ミセ)の女主人・壱原侑子と出会い、その体質を治してもらう対価として半ば強制的にバイトとして雇われる。妖しくも美しい雰囲気のダークファンタジー。
管狐や雨童女、座敷わらしなど日本古来の妖怪たちや昔から語り継がれている言い伝え(言霊や夜に爪を切ると親の死に目に会えないなど)、都市伝説(こっくりさんなど)に絡めたストーリー展開が特徴的。特に印象深かったのは、四月一日がアヤカシに追われているとき、捕まえられないようにモコナ(作中に登場する謎のマスコット)としりとりをして一時的な結界を張るというシーン。言葉が悪いものを祓う・近づけさせないほどの強い力を持つという日本特有の考えを意識させられた。
マイペースな侑子や同級生の百目鬼と、それに振り回される作中唯一のツッコミ役四月一日というコミカルなシーンも、すっと空気が冷えるようなホラーチックなシーンもどちらも楽しめる作品。ホラーだけではなく、時には心があたたまるようなほっこりとした回もある。
18.阪急電車 (有川浩)
同じ阪急電車に乗った、性別も年齢もバラバラな登場人物たちの人生が車内で少しずつ交差し、希望へと変わっていく連作短編集。
一日の中のたった数分、同じ電車に乗り合わせただけの縁もゆかりもない登場人物たちが、その短い瞬間でいろいろなことを考え、行動し、時には人生を変えるような経験をするというストーリー展開がとても素敵で他にはない作品だと感じた。章の名前が駅名になっているのも印象的で、いつか実際に阪急電車の今津線に乗りながら読んでみたいと思った。
私自身、中学校から今までずっと電車通学であるため、顔を覚えるほど毎朝一緒になる他校の生徒や病院に行くためか不定期に同じ電車に乗り合わせ、そのたびにお腹が大きくなっていくのを勝手に見守っていた妊婦さんなど、電車にまつわる記憶を思い出しながら読んでしまった。
路線に限らず、電車に乗りながら読むのが雰囲気が出ておすすめ。
19.劇場版 ラジエーションハウス
フジテレビ系で放送されていたドラマ『ラジエーションハウス』の劇場版。原作は原作:横幕智裕、作画:モリタイシによる同名漫画。
映画の舞台は美澄島という離島。ヒロインの甘春 杏の父・正一が診療所を開くまで無医島であった島。父が危篤であるとの報せを受け、その島に渡った杏だったが、杏が到着してまもなく父は亡くなってしまう。父が最期まで気にかけていた患者のことが気になり、島に残る杏だが、そこに大型台風やそれに伴う土砂崩れ、そして未知の感染症が襲いかかる。
ここ数年、大型台風による災害が増えたこともあってよりリアリティと危機感を感じた。美澄島の名前の由来は、綺麗な井戸水をくむことができるからなのだが、実際には土砂崩れにより、有毒な物質が流れ込んだその井戸水を飲んだことが感染症を引き起こした原因とされ、災害時のなにがどこに作用し、予測不能なことが起きる災害時のリアルに近いと感じた。
20.イリュージョニスト シルヴァン・ショメ監督
舞台は1950年代のパリ。時代遅れのマジックを披露する老手品師タチシェフは、かつての人気をすっかり失い、場末のバーでドサ回りの日々。ある日、スコットランドの離島に辿り着いた彼は、片田舎のバーで貧しい少女アリスと出会う。手品師のことを何でも願いを叶えてくれる"魔法使い"と信じ、島を離れるタチシェフを追う。そしてそんな彼女にタチシェフは生き別れた娘のことを重ねていた。やがて2人は言葉が通じないながらも、エジンバラの片隅で一緒に暮らし始めるが……。
無声ではないにせよ、極端にセリフが少ない作品。しかしそのぶん、映像が雄弁で人々の視線や動作、動物たちの動きひとつひとつが細かく描写されている。背景の作画は、手描き感に溢れた柔らかい線とくすんだような暖かい色合いで非常に好みだった。
アリスはタチシェフのことを"魔法使い"だと思っていて、タチシェフもアリスが寝てからアリスへのプレゼントを買うためのお金を稼ぐためこっそり働きに出る、服や靴をアリスに渡すときは常に手品を使って渡すなど、その幻想を壊さないような行動をしているのが印象的だった。しかし、最後には「魔術師はいない」と置き手紙を残して、手品師もやめ、アリスと別れてしまう。
セリフが少ないため、はっきりとした描写はないが、タチシェフは「アリスをいつまでも魔法を信じる夢見る少女でいさせてはいけない」と思ったのではないかとなんとなく感じた。物語の終盤ではアリスにボーイフレンドができる。きっとタチシェフの知らないところで、アリスは少しずつ勝手に大人になっていくし、勝手に現実を知っていく。そのことを感じ取って、早いうちに親離れ、"魔法"離れしたほうがいいと思ったのではないだろうか。プレゼントのためにタチシェフが働いていたことも、プレゼントは魔法でいくらでも手に入るものではないということも知らず、作品終盤になってもお金の価値をいまいち分かっていないようなシーンも見受けられるのでなおさら離れたほうがいいと思ったと考えられる。
全体的に哀愁漂う作品。はっきりとしたセリフや描写が少ないため、見る人によって解釈が異なる作品であるとも感じた。
15.緑と楯 ハイスクール・デイズ (雪舟えま)
秀才だけど友達ゼロの緑と、同じクラスの人気者の楯。緑は自分とは正反対の楯が苦手であったが、高校三年生の秋、ふとしたきっかけで楯に恋をする。愛し愛されたいのに愛を信じられない緑と、緑が自分を好いていることを知ってか知らずか、常に寛容でマイペースな楯のピュアな恋愛小説。
喧嘩ばかりで仲が悪く、自分のことばかり考えている両親の間で仲介役を担っており、「自分は親に愛されていない」という感情が強い緑が、ふとした瞬間に親との思い出を思い出し「愛されていた瞬間があったのかもしれない」と逡巡する場面や、いざ本当に親が離婚する・別居するとなったときに「離婚しないで」「別居はいやだ」と珍しくわがままを言う場面は胸が締め付けられた。
「誰かを愛したい、誰かに愛されたい」という感情が根底にある緑とそれをすくい上げて優しく包み込んだ楯の関係が、冷めきった緑の両親やその家と緑本人の関係と比較してひどく柔らかく暖かく感じた。緑の暴走気味な感情が面白い部分もあったが、「恋は盲目」「恋は人を変える」という言葉の通りの描写だと思った。
読み始めた当初から、小説の書き方が今まで読んできた小説家たちの作品とは違う気がするという薄い違和感を抱いていたのだが、著者の雪舟えまさんは歌人でもあるらしくそのせいかと思った。確かに心情表現や情景描写など詩的で独特な表現が多いように感じられた。
16.舞台 呪術廻戦 監督:小林顕作 脚本:喜安浩平
週刊少年ジャンプ連載中の同名漫画の舞台化作品。
とにかくキャスト陣の演技やアクションが素晴らしく、コアな原作ファンからも評価が高かったように思われる。アナログなセットとプロジェクションマッピングの併用だったため、ネタ系の場面はアナログでシュールに、呪術を使うシーンや領域展開のシーンはプロジェクションマッピングを使って非現実感をというふうにしっかりと使い分けられていたのが印象的だった。
脚本の喜安浩平さんはどちらかというとコメディめなものを得意とする脚本家で、そのためか原作のシリアスで重く暗い雰囲気は少なく、コミカルで軽い印象を受けた。登場人物たちが歌を歌うターンも多かったため、舞台というよりミュージカルに近いような構成でもあった。このことからファンの中にはかなり批判的な意見を持つ人も多かった。私はそこまでコアなファンというわけではないが、批判的な意見を持つほどではなかったもののやはり想像していたものとのギャップが激しく、作品自体と脚本家、演出家の相性が悪いのではないかと感じた。もしも、今回以降のストーリーも舞台化するのであれば、この作りでは似合わないと思う。
17.xxxHOLiC(アニメ) 原作:CLAMP
アヤカシに好かれやすい男子高校生・四月一日君尋は、ある日願いを叶える店(ミセ)の女主人・壱原侑子と出会い、その体質を治してもらう対価として半ば強制的にバイトとして雇われる。妖しくも美しい雰囲気のダークファンタジー。
管狐や雨童女、座敷わらしなど日本古来の妖怪たちや昔から語り継がれている言い伝え(言霊や夜に爪を切ると親の死に目に会えないなど)、都市伝説(こっくりさんなど)に絡めたストーリー展開が特徴的。特に印象深かったのは、四月一日がアヤカシに追われているとき、捕まえられないようにモコナ(作中に登場する謎のマスコット)としりとりをして一時的な結界を張るというシーン。言葉が悪いものを祓う・近づけさせないほどの強い力を持つという日本特有の考えを意識させられた。
マイペースな侑子や同級生の百目鬼と、それに振り回される作中唯一のツッコミ役四月一日というコミカルなシーンも、すっと空気が冷えるようなホラーチックなシーンもどちらも楽しめる作品。ホラーだけではなく、時には心があたたまるようなほっこりとした回もある。
18.阪急電車 (有川浩)
同じ阪急電車に乗った、性別も年齢もバラバラな登場人物たちの人生が車内で少しずつ交差し、希望へと変わっていく連作短編集。
一日の中のたった数分、同じ電車に乗り合わせただけの縁もゆかりもない登場人物たちが、その短い瞬間でいろいろなことを考え、行動し、時には人生を変えるような経験をするというストーリー展開がとても素敵で他にはない作品だと感じた。章の名前が駅名になっているのも印象的で、いつか実際に阪急電車の今津線に乗りながら読んでみたいと思った。
私自身、中学校から今までずっと電車通学であるため、顔を覚えるほど毎朝一緒になる他校の生徒や病院に行くためか不定期に同じ電車に乗り合わせ、そのたびにお腹が大きくなっていくのを勝手に見守っていた妊婦さんなど、電車にまつわる記憶を思い出しながら読んでしまった。
路線に限らず、電車に乗りながら読むのが雰囲気が出ておすすめ。
19.劇場版 ラジエーションハウス
フジテレビ系で放送されていたドラマ『ラジエーションハウス』の劇場版。原作は原作:横幕智裕、作画:モリタイシによる同名漫画。
映画の舞台は美澄島という離島。ヒロインの甘春 杏の父・正一が診療所を開くまで無医島であった島。父が危篤であるとの報せを受け、その島に渡った杏だったが、杏が到着してまもなく父は亡くなってしまう。父が最期まで気にかけていた患者のことが気になり、島に残る杏だが、そこに大型台風やそれに伴う土砂崩れ、そして未知の感染症が襲いかかる。
ここ数年、大型台風による災害が増えたこともあってよりリアリティと危機感を感じた。美澄島の名前の由来は、綺麗な井戸水をくむことができるからなのだが、実際には土砂崩れにより、有毒な物質が流れ込んだその井戸水を飲んだことが感染症を引き起こした原因とされ、災害時のなにがどこに作用し、予測不能なことが起きる災害時のリアルに近いと感じた。
20.イリュージョニスト シルヴァン・ショメ監督
舞台は1950年代のパリ。時代遅れのマジックを披露する老手品師タチシェフは、かつての人気をすっかり失い、場末のバーでドサ回りの日々。ある日、スコットランドの離島に辿り着いた彼は、片田舎のバーで貧しい少女アリスと出会う。手品師のことを何でも願いを叶えてくれる"魔法使い"と信じ、島を離れるタチシェフを追う。そしてそんな彼女にタチシェフは生き別れた娘のことを重ねていた。やがて2人は言葉が通じないながらも、エジンバラの片隅で一緒に暮らし始めるが……。
無声ではないにせよ、極端にセリフが少ない作品。しかしそのぶん、映像が雄弁で人々の視線や動作、動物たちの動きひとつひとつが細かく描写されている。背景の作画は、手描き感に溢れた柔らかい線とくすんだような暖かい色合いで非常に好みだった。
アリスはタチシェフのことを"魔法使い"だと思っていて、タチシェフもアリスが寝てからアリスへのプレゼントを買うためのお金を稼ぐためこっそり働きに出る、服や靴をアリスに渡すときは常に手品を使って渡すなど、その幻想を壊さないような行動をしているのが印象的だった。しかし、最後には「魔術師はいない」と置き手紙を残して、手品師もやめ、アリスと別れてしまう。
セリフが少ないため、はっきりとした描写はないが、タチシェフは「アリスをいつまでも魔法を信じる夢見る少女でいさせてはいけない」と思ったのではないかとなんとなく感じた。物語の終盤ではアリスにボーイフレンドができる。きっとタチシェフの知らないところで、アリスは少しずつ勝手に大人になっていくし、勝手に現実を知っていく。そのことを感じ取って、早いうちに親離れ、"魔法"離れしたほうがいいと思ったのではないだろうか。プレゼントのためにタチシェフが働いていたことも、プレゼントは魔法でいくらでも手に入るものではないということも知らず、作品終盤になってもお金の価値をいまいち分かっていないようなシーンも見受けられるのでなおさら離れたほうがいいと思ったと考えられる。
全体的に哀愁漂う作品。はっきりとしたセリフや描写が少ないため、見る人によって解釈が異なる作品であるとも感じた。