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2年 高根
RES
夏休み 作品鑑賞1~5
1. つみきのいえ(2008) 12分 (加藤久仁生監督)
水に沈みかけた街で孤独に暮らす老人。彼の家は水面が上昇する度に上へ上へと、積み木を重ねるように伸びていく。彼はなぜひとりで暮らしているのか、徐々に解き明かされる物語。
無声短編アニメーション。
下の階に進むほど、奥さんの看病をしていたとき、孫ができたとき、娘が恋人を連れてきたとき、娘が幼かったとき、奥さんと出会って付き合って結婚をしてこの家を建てたときと記憶の中の時間が戻っていく。最初は2人用として建てた家が、娘が生まれて3人用に、娘が結婚して孫2人ができてからは6人用と少しずつ広くなっていき、逆に奥さんが亡くなってからはおじいさん1人用へと狭くなっていっている。セリフやナレーションを使わず、家の形だけでおじいさんのこれまでの人生が分かる描き方が上手いなと感じた。
水に沈み、近所の人々もほとんどが移住してしまったために家を造ったばかりの頃とは似ても似つかないほど寂しい土地となってしまっても、積み上げてきた家とその家に宿った記憶は変わらず”そこ”にある。物語が進むにつれ、それが私たち視聴者にも伝わってきた。
「水に沈みかけて不便な土地になんで住み続けるのか。移住しないのだろうか」最初はそう思っていても最後にはおじいさんが離れない・離れられない理由に共感する。
2.武道館 (朝井リョウ)
「武道館ライブ」を合言葉に活動してきた女性アイドルグループ「NEXT YOU」。さまざまな手段で人気と知名度を上げるが、ある出来事がグループの存続を危うくする。恋愛禁止、炎上、特典商法、握手会、スルースキル…“アイドル”を取り巻く様々な言葉や現象から、現代を生きる人々の心の形を描き表した長編小説。
アイドルの語源はidol。偶像、崇拝される人物を指す英単語。画面の向こう側とこちら側、ステージの上と観客席という境界線を隔てているせいで忘れがちだが、人々の一種の信仰とも言えるほどの熱狂を集めているのは10代〜20代の女の子たちなのだ。それをこの小説を読んで思い出した。
大学に行くか、アイドルを続けるか。どのタイミングでアイドルを引退するか。どれを選んで、どれを選ばないか。主人公の愛子もその周囲の人々も、たくさんの選択肢に迫られながら日々を過ごしている。
「でも、正しい選択って、この世にあるのかな?」「私はそう思わない」「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択、しか、ないんだよ」「何かを選んで選んで選び続けて、それを一個ずつ、正しかった選択にしていくしかないんだよ」
正しい選択をするのではなく、選んだものを正しかった選択にするのが人生なのだろうかと一瞬自分の人生を振り返ってしまった。
すごく好きな部分が、物語の視点が主人公=「アイドル」だけではないところ。
武道館の運営さん(業務課)、CDのジャケや中の封入特典を印刷する印刷会社の人、舞台監督、振付師、ライブスタッフの人たち。ライブはステージに立つ人だけで完成するわけではない。裏で何十人、何百人の人がたった1日のライブのためにずっと前から当日まで動いてくれている。それでやっと2時間3時間のステージができる。それを小説の中で描いてくれたことがすごくうれしい。また、純粋にその描き方は上手いなと感じた。
アイドルになりたかった。歌って踊るのが好きだった。恋愛をしてしまったらアイドルではないのか。ファンより幸せになってしまったらアイドルではないのか。じゃあアイドルってなんだ?
例え、昔より年齢を重ねても、デビュー曲が年相応でなくなってしまっても、かわいいアイドル衣装が似合わなくなってしまっても、本編ラストでステージに立ちマイクを握って歌って踊った愛子や碧たちNEXT YOU一期生は紛うことなき"アイドル"だっただろうと思う。
3.ジュラシック・ワールド スティーヴン・スピルバーグ監督
ただのパニック映画ではなく、自然を軽視し、科学の力で縛り付けようとする人間の高慢さと愚かさも描かれていると感じた。暴走した恐竜が人間の手による遺伝子操作で生まれた恐竜であったこと、「せっかく開発したのに殺すなんてもったいない」という理由で実弾ではなく麻酔銃で捕獲しようとした結果、多くの人を傷つけ、死なせてしまったことなど人間のエゴの恐ろしさ。恐竜を兵器として見るか、生き物として見るか、例え兵器として利用しようとしたとして言うとおりに扱えるほどの関係は築けるのか、味方側を喰い殺さないかなどの異種族間のつながり。
人間や機械の兵器ではなく、生き物を戦争兵器として扱おうとする部分で「獣の奏者」の闘蛇を思い出した。
4.ジョゼと虎と魚たち(2020)(アニメ映画)
原作は1985年の同名小説。本作はそれの現代版リメイク作品らしい。小説との違いも気になる。
生まれつき足を動かすことができず、車椅子で生活をするジョゼことクミ子。
『管理人』として彼女の世話係をしている恒夫に「正座しろ。人が何時間正座に耐えられるか知りたい」「畳の目の数を数えろ」と無理難題を押し付ける描写はかぐや姫、祖母であるチヅに「外は猛獣がいっぱいいる」からと外出を禁じられている描写や、ジョゼの好きなモチーフの家具やジョゼ自身が描いた絵で埋め尽くされた箱庭のような自室はラプンツェルを連想した。
普段、あまり外に遊びに行かないジョゼが電車に乗るのに緊張したり、飛んでいる飛行機を見る、映画を観る、クレープを食べるといった自分たちにとって日常茶飯事なこと一つひとつに目を輝かせるのがとても愛らしかった。恒夫も作中で、海に憧れを抱くジョゼに対し、彼女の描いた海の絵を思い出しながら「羨ましい」「あんな海があったらきっと楽しい」とこぼしており、私も同じ気持ちだった。
逆にジョゼにとっては、歩いてどこかに行くこと、傘をさすこと、背伸びしてセミの抜け殻を取ることが自分にはできないから羨ましいとこぼす。この部分が恒夫たち(健常者)とジョゼ(歩行障害者)の間に、見えない線があることを表現していた。
恋愛小説的にはベタな展開が多いものの、丁寧にテンポよく進んでいくため、気にならなかった。
5.早朝始発の殺風景 (青崎有吾)
ミステリー短編集。どの短編も始発の電車内や観覧車、風邪で休んだクラスメイトの自室など舞台になるのはどれも日常的な場所であり、物語の始まり方も当たり障りないものである。しかし、そんな"日常"から突然一気にミステリーな雰囲気へとハンドルを切り始めるのが新鮮で面白かった。
最後の短編で実はこの本に収録されている作品の舞台はすべて同じ世界観で、リアルタイムでそれぞれの生活が送られていたことが明かされるのも、今までバラバラだった世界が一気に繋がった感覚を覚え、よりこの本を印象深くさせていると思った。
1. つみきのいえ(2008) 12分 (加藤久仁生監督)
水に沈みかけた街で孤独に暮らす老人。彼の家は水面が上昇する度に上へ上へと、積み木を重ねるように伸びていく。彼はなぜひとりで暮らしているのか、徐々に解き明かされる物語。
無声短編アニメーション。
下の階に進むほど、奥さんの看病をしていたとき、孫ができたとき、娘が恋人を連れてきたとき、娘が幼かったとき、奥さんと出会って付き合って結婚をしてこの家を建てたときと記憶の中の時間が戻っていく。最初は2人用として建てた家が、娘が生まれて3人用に、娘が結婚して孫2人ができてからは6人用と少しずつ広くなっていき、逆に奥さんが亡くなってからはおじいさん1人用へと狭くなっていっている。セリフやナレーションを使わず、家の形だけでおじいさんのこれまでの人生が分かる描き方が上手いなと感じた。
水に沈み、近所の人々もほとんどが移住してしまったために家を造ったばかりの頃とは似ても似つかないほど寂しい土地となってしまっても、積み上げてきた家とその家に宿った記憶は変わらず”そこ”にある。物語が進むにつれ、それが私たち視聴者にも伝わってきた。
「水に沈みかけて不便な土地になんで住み続けるのか。移住しないのだろうか」最初はそう思っていても最後にはおじいさんが離れない・離れられない理由に共感する。
2.武道館 (朝井リョウ)
「武道館ライブ」を合言葉に活動してきた女性アイドルグループ「NEXT YOU」。さまざまな手段で人気と知名度を上げるが、ある出来事がグループの存続を危うくする。恋愛禁止、炎上、特典商法、握手会、スルースキル…“アイドル”を取り巻く様々な言葉や現象から、現代を生きる人々の心の形を描き表した長編小説。
アイドルの語源はidol。偶像、崇拝される人物を指す英単語。画面の向こう側とこちら側、ステージの上と観客席という境界線を隔てているせいで忘れがちだが、人々の一種の信仰とも言えるほどの熱狂を集めているのは10代〜20代の女の子たちなのだ。それをこの小説を読んで思い出した。
大学に行くか、アイドルを続けるか。どのタイミングでアイドルを引退するか。どれを選んで、どれを選ばないか。主人公の愛子もその周囲の人々も、たくさんの選択肢に迫られながら日々を過ごしている。
「でも、正しい選択って、この世にあるのかな?」「私はそう思わない」「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択、しか、ないんだよ」「何かを選んで選んで選び続けて、それを一個ずつ、正しかった選択にしていくしかないんだよ」
正しい選択をするのではなく、選んだものを正しかった選択にするのが人生なのだろうかと一瞬自分の人生を振り返ってしまった。
すごく好きな部分が、物語の視点が主人公=「アイドル」だけではないところ。
武道館の運営さん(業務課)、CDのジャケや中の封入特典を印刷する印刷会社の人、舞台監督、振付師、ライブスタッフの人たち。ライブはステージに立つ人だけで完成するわけではない。裏で何十人、何百人の人がたった1日のライブのためにずっと前から当日まで動いてくれている。それでやっと2時間3時間のステージができる。それを小説の中で描いてくれたことがすごくうれしい。また、純粋にその描き方は上手いなと感じた。
アイドルになりたかった。歌って踊るのが好きだった。恋愛をしてしまったらアイドルではないのか。ファンより幸せになってしまったらアイドルではないのか。じゃあアイドルってなんだ?
例え、昔より年齢を重ねても、デビュー曲が年相応でなくなってしまっても、かわいいアイドル衣装が似合わなくなってしまっても、本編ラストでステージに立ちマイクを握って歌って踊った愛子や碧たちNEXT YOU一期生は紛うことなき"アイドル"だっただろうと思う。
3.ジュラシック・ワールド スティーヴン・スピルバーグ監督
ただのパニック映画ではなく、自然を軽視し、科学の力で縛り付けようとする人間の高慢さと愚かさも描かれていると感じた。暴走した恐竜が人間の手による遺伝子操作で生まれた恐竜であったこと、「せっかく開発したのに殺すなんてもったいない」という理由で実弾ではなく麻酔銃で捕獲しようとした結果、多くの人を傷つけ、死なせてしまったことなど人間のエゴの恐ろしさ。恐竜を兵器として見るか、生き物として見るか、例え兵器として利用しようとしたとして言うとおりに扱えるほどの関係は築けるのか、味方側を喰い殺さないかなどの異種族間のつながり。
人間や機械の兵器ではなく、生き物を戦争兵器として扱おうとする部分で「獣の奏者」の闘蛇を思い出した。
4.ジョゼと虎と魚たち(2020)(アニメ映画)
原作は1985年の同名小説。本作はそれの現代版リメイク作品らしい。小説との違いも気になる。
生まれつき足を動かすことができず、車椅子で生活をするジョゼことクミ子。
『管理人』として彼女の世話係をしている恒夫に「正座しろ。人が何時間正座に耐えられるか知りたい」「畳の目の数を数えろ」と無理難題を押し付ける描写はかぐや姫、祖母であるチヅに「外は猛獣がいっぱいいる」からと外出を禁じられている描写や、ジョゼの好きなモチーフの家具やジョゼ自身が描いた絵で埋め尽くされた箱庭のような自室はラプンツェルを連想した。
普段、あまり外に遊びに行かないジョゼが電車に乗るのに緊張したり、飛んでいる飛行機を見る、映画を観る、クレープを食べるといった自分たちにとって日常茶飯事なこと一つひとつに目を輝かせるのがとても愛らしかった。恒夫も作中で、海に憧れを抱くジョゼに対し、彼女の描いた海の絵を思い出しながら「羨ましい」「あんな海があったらきっと楽しい」とこぼしており、私も同じ気持ちだった。
逆にジョゼにとっては、歩いてどこかに行くこと、傘をさすこと、背伸びしてセミの抜け殻を取ることが自分にはできないから羨ましいとこぼす。この部分が恒夫たち(健常者)とジョゼ(歩行障害者)の間に、見えない線があることを表現していた。
恋愛小説的にはベタな展開が多いものの、丁寧にテンポよく進んでいくため、気にならなかった。
5.早朝始発の殺風景 (青崎有吾)
ミステリー短編集。どの短編も始発の電車内や観覧車、風邪で休んだクラスメイトの自室など舞台になるのはどれも日常的な場所であり、物語の始まり方も当たり障りないものである。しかし、そんな"日常"から突然一気にミステリーな雰囲気へとハンドルを切り始めるのが新鮮で面白かった。
最後の短編で実はこの本に収録されている作品の舞台はすべて同じ世界観で、リアルタイムでそれぞれの生活が送られていたことが明かされるのも、今までバラバラだった世界が一気に繋がった感覚を覚え、よりこの本を印象深くさせていると思った。