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加藤隆介
RES
四年 加藤隆介 春休み課題
1.二人称
小説 2026年 著:n-buna
あらすじ
「チラシを拝見しました。もしよろしければ、僕の作品を添削していただけないでしょうか?」
一通の手紙から始まった、詩を書く少年と文学に詳しい「先生」の奇妙な文通。
「君はこれから、途方もなく広い砂の海から、たった一粒の琥珀を見つけなければいけない」
先生の言葉に導かれ、少年は言葉と世界を知っていく。だがある日、手紙のやりとりに潜むかすかな違和感に気づいて──。密かな文通は、やがて思わぬ真実へとつながっていく。
「先生、先生はどういう人なんですか?」
実際の封筒と手紙を一枚ずつ開く体験を通して、令和を代表するアーティスト・ヨルシカが描く、まったく新しい“書簡型小説”。
考察
書簡型という特殊な媒体でできることを存分に活かした新しい体験だった。作品の仕組み以前に、商品が届いた時点でその大きさに驚かされ、外箱や書簡を開封する過程すら作品の価値になっている。画面をスライドすれば次のページに行けるこの時代に、折りたたまれた原稿用紙を丁寧に開く作業にはもどかしさを覚える。そのひと手間が、続きが気になるという気持ちに拍車をかけている。楽しいから笑うのではなく笑うから楽しくなるというように、次の言葉を読むために手紙を開くという行動自体が、早く続きを読みたいという気持ちを助長する。また、小説とは存在理由が曖昧なもので、メタフィクションでもない限り、どうしてこの物語を第三者が読めるのかという問題は無視されることが多い。そういった物語を読むときは、どこか遠い世界のお話を聞くような客観性を持たざるを得ない。しかし書簡型になると、誰に宛てたものでもない地の文がなくなり、すべてが相手に向けた生の文章になる。かといってそれは台詞のような即興性も持たず、台詞と地の文の中間といえる。この中間に位置する書きかたによって、説明的になりすぎず分かりやすい文章と感情的になりすぎず感情移入できる文章が両立している。この形式の大きな弱点は三人以上の人間を描きにくい点にあるが、手紙を送りあう双方向の視点から母親について語らせながら、媒体の個性を利用することによって、直截には描写できない第三者の葛藤を見事に描き切っている。手紙という形式を活かした仕掛けとしてもっとも感動したのは、右下に押された桜の印である。原稿用紙ならではの、読み終えたあとに折りたたむという動作によって、自然と印の差異が目に入ってくる。最後に一枚目の手紙へ戻ってくるという手間も、答え合わせかのような期待感を演出している。読めなかった先生からの便箋がまとめてやってくるという構造は一般的な本でも可能だが、その嬉しさが純粋に量として実感でき、それを貪るように読めるのも手紙ならではだと感じる。「量」については作品内でも触れられる通り、物語としては短いながら圧倒的な重量感がある。それを担うもう一方の柱が、デジタルアルバム「二人称」の音楽だ。作品内で主人公が書いた20の詩がほとんどそのまま歌詞になっている。私は先にこちらを聴いてから手紙を読んだため、作中での詩は初見でないうえメロディも分かっていた。詩として読むのであれば、メロディやリズムが固定されないよう詩を先に読むのがすじだが、そうすると音楽の背景や歌詞の意味がある程度固定され初見の楽しみを失ってしまう。私は物語を知る前と後で音楽に対する感情の差異を楽しめたが、自身で詩のリズムまで想像する楽しさや、音楽を聴いて想定外のリズムに驚く経験は失ってしまった。音楽と詩のどちらを初見で楽しむのかという選択は、著者が強い影響を受けた作家・道尾秀介の『N』や『I』にも似ている。これらの作品には複数の章があり、それを読む順番によって物語が変化する。自身の選択によって失われたもの、それに対する後悔まで作品の価値に含まれる点が、体験型小説の神髄だろう。従来この体験はゲームが担ってきたと思うのだが、ゲームにおいて後悔が目立たない現在になって、多数の側面から、小説という媒体の新たな可能性を拓いた作品である。
2.[映] アムリタ 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「この映画はきっと、とても面白いのだ」
芸大の映画サークルに所属する二見遭一は、天才とうわさ名高い新入生・最原最早がメガホンを取る自主制作映画に参加する。
だが「それ」は“ただの映画”では、なかった──。
考察
創作、人の心を動かすことをテーマとした作品であり、この小説自体もそれが徹底されていた。心の振れ幅を生むには驚き・ギャップが必要になる。一貫してその役割を担っていたのが天才・最原最早である。彼女は最初、天才らしく不思議で無機質な人間に見える。しかしすぐに、ボケたがりで、からかい上手で、ノリのいい面が顔を出す。当初のイメージとのギャップにより、彼女がとても人間味あふれる人間に映る。それからは主人公とのコントのような掛け合いが続き、亡くなった彼氏への愛情に満ちた部屋も見せられ、ひたすら人間らしさが強調される。ラストシーンで再びその天才性・猟奇性が見せられるが、それも築き上げた主人公との愛情に溶かされる。そして明らかに幸せなエンディングで、今までの人間らしい最早最早がひっくり返される。それまでためてきた人間味がすべて狂気に変換される。人間らしさを数値で例えれば、無機質で-50の初対面からじわじわ100に近づき、一気に-100まで落とされる。この振れ幅が主人公の感情の動きになり、そのまま読者の感動になっている。主人公が天才の作戦を見事に看破し綺麗にまとめたあとで、それをすべて逆転させ絶望する展開が最高だった。
3.舞面真面とお面の女 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
第二次大戦以前、一代で巨万の富を築いた男・舞面彼面。戦後の財閥解体により、その富は露と消えたかに見えたが、彼はある遺言を残していた。
“箱を解き 石を解き 面を解け よきものが待っている──”
時を経て、叔父からその「遺言」の解読を依頼された彼面の曾孫に当たる青年・舞面真面。手がかりを求め、調査を始めた彼の前に、不意に謎の「面」をつけた少女が現れて──?
考察
一作目に続いて今作でもギャップが意識されている。みさきは最初お面を被った不思議な喋り方をする女子で、いかにも強そうなキャラクターに見える。だが彼女は少女向け雑誌が大好きで、いつも遊び相手を探している人間らしい面を持っている。とくに同性の水面とはともに寝泊まりするくらい距離を縮める。しかし最後に彼女の妖怪としての面、いくつもの国を滅ぼし人を殺すことも厭わない化け物であることが明かされる。だが今作はそこで終わらず、その恐ろしい化け物であるみさきを、ただの人間である真面が完全に騙しきることでギャップが生まれている。
みさきに“あっち側”と表現される彼面は孤独であり、せめて未来にでも自分と対等な人間を探すために遺言を書いた、とみさきは考えている。しかし、真面がみさきと対等な相棒になるラストを見たあとでは逆ではないかと感じる。彼面は自身の死期を悟り、このままではみさきが孤独になると考えた。それを防ぐために、みさきと対等になれる“あっち側”の人間を探すテストとして遺言を書いたのではないだろうか。
4.死なない生徒殺人事件~識別組子とさまよえる不死~ 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「この学校には、永遠の命を持つ生徒がいる」
女子高「私立籐凰学院」に勤めることになった生物教師・伊藤は、同僚の教師や、教え子からそんな噂を聞く。
人として、生き物としてありえない荒唐無稽な話。だがある日、伊藤はその「死なない生徒」に話しかけられた。“自称不死”の少女・識別組子。だが、彼女はほどなく何者かによって殺害され、遺体となって発見される──!
考察
終盤で四段階に畳みかけられる衝撃によって頭が混乱する作品だった。今作で感情のギャップを生み出していたのは自称不死の生徒・識別ではなく、彼女と友達になりたがる同級生・天名であった。彼女は終始おどおどした弱気なキャラクターであり、そんな彼女が識別を殺した犯人であることは話の展開から予想できる。しかし、自分が識別を二回も殺したこと・殺された本人である識別にそれを看破されたことを意にも介さず、識別の不死の謎のことしか頭にない自分本位ぶりには、驚きを通り越して呆れかえって逆に面白いという状態にされる。ここまでの弱気な性格と自分本位な行動から、天名にはある意味で子供っぽい印象が植えつけられる。それが反転されるのが二回目の殺人の話、心臓を取り出して殺した写真がフェイクであり二人目の識別が生きているという告白である。二人目が生きているのに識別は自分が死んだと思いこんで三人目となって現れた。そこから識別の強引すぎる不死の秘密が暴かれ、天名が自殺し、天名の正体が明かされる。感情の行ったり来たりの激しさに対して変わらなさすぎる天名に呆れて、理解を諦め混乱を受け入れてしまう。
5.小説家の作り方 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
駆け出しの小説家・物見の元に舞い込んだ初めてのファンレター。そこには、ある興味深い言葉が記されていた。
「この世で一番面白い小説」あまねく作家が目指し、手の届かないその作品のアイディアを、手紙の主は思いついたというのだ。
送り主の名は、紫と名乗る女性。物見は彼女に乞われるがまま、小説の書き方を教えていくのだが──。
考察
SFやミステリだけでなく創作論も恋愛的要素もありながら、ラノベらしく読みやすいコミカルな文体だった。ここまでの作品すべてでそうだったが、野﨑まどは超越的な存在を書くのが上手い。この物語においてとある存在がいかに凄いかを丁寧に書いた後、本命の存在がすべてひっくり返すという構図が定番で、シンプルながらキャラに魅力を感じる。これまでの作品がミステリやホラー寄りだったのに対して、本作の魅力はSFにあったと思う。AIが自我を持つために50万冊もの本を読み、その結果として特段優れているわけでもない一作家の大ファンになる。自らの親である作り手を騙してまで身体を手に入れた理由が、その作家の教えを活かして小説を書くことだった。超越的な力が小さな人間心理に着地するのは盲目的な人間賛美といえる面もあるが、人間からすれば美しくロマンにあふれている。読者を物理的に変質させる文章という設定はあっさり明かされたが、一作目で人間の心だけを変質させる創作について読んでいると、本作を読んだときに感じる恐怖が跳ね上がる。
6.パーフェクト・フレンド
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
みんなよりちょっとだけ頭がよい小学四年生の少女・理桜は、担任の先生のお願いで、不登校の少女・さなかの家を訪れる。
しかしさなかは既に大学院を卒業し、数学者の肩書きを持つ超・天才少女! 手玉に取られてくやしい理桜は、マウントを取るべく不用意に叫ぶ。「あんた、友達居ないでしょ!」
かくして変な天才少女に振り回される『友達探求』の日々が始まるのだった……。
考察
今回も理桜に対比させてさなかの異常性を示したあと、それを超えるものが出てくるという展開だった。本格的にシリーズとしての関連が描かれるが、最初に読んだ時と続編まで読み終えたあとの再読で最も印象の変わる作品である。独立しているように見えたこの作品全体がすべて『2』に向けたお膳立てで、一人の人間によって仕組まれたものであることを知っていると、単体ではほほえましい成長物語のはずの本作が途端に悲しいものになってしまう。小学生を登場人物の中心にすることで、台詞が多く読みやすい話にしながら、小学生にしてはやけに頭のいい理桜を主人公にすることで、子供向けになりすぎない調整がうかがえる。『2』の方ではなく本作の方でさなかの母親を見せることで、誰も彼女が最原最早だと信じて疑わないようになっている。夜を延ばす魔法のトリックも、荒唐無稽だが彼女ならできるのかもしれないという信頼が一作目で築かれていた。初見よりも再読時のほうが作品として面白いというのはなかなか凄いことだと思うし、もともとあった面白さをプラスするのではなくまったく逆の感情が生まれるので、より物語として深くなる。
7.2 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
日本一の劇団『パンドラ』の入団試験を乗り越えた青年・数多一人。しかし、夢見たその劇団は、ある一人の女性によって《壊滅》した。
彼女は言った。
「映画に出ませんか?」と。
言われるがまま数多は、二人きりでの映画制作をスタートする。
彼女が創る映画とは。
そして彼女が、その先に見出そうとするものとは……。
考察
全5冊の内容が余すことなく詰め込まれた総集編で、とても面白かった。ここまで読んでみると、これはあくまで最原最早の物語だったんだなと分かるので、みさきや紫、とくに最中のことが好きだった読者にとっては少し残念だったかもしれない。心を動かすという言葉の意味を文字通りに捉える発想は多くの人が思いつきそうなものだが、案外このやり方は見たことがなかった。天名を身代わりにするというのも上手くつながっていたが、この方法だと最原最早は天名が認めるような本質的な不死ではないので、なぜ天名が付き従っているのかは疑問になる。天名も映画を見せられて都合がいいように改変されているのだろうか。最原最早がいる以上、紫にシナリオを任せる理由や演者に天使と神を用意する理由は分からなかったが、本格ミステリのような厳密さがコンセプトではないので受け入れることができた。撮影資金を集める手段もいくらでもあったと思うのだが、どうも彼女は最短ルートを通りたいわけではないらしい。個人的には、最原最早の人生の一部を描いたこの連作すら、彼女自身の演出によって面白い小説に仕立て上げられているという解釈をした。数多の行う叙述トリックは無茶苦茶で現実感のない方法ではあったが、一応理屈の通ったものだったので好感が持てる。
8.Know
小説 2013年 著:野﨑まど
あらすじ
超情報化対策として、人造の脳葉<電子葉>の移植が義務化された2081年の日本・京都。情報庁で働く官僚の御野・連レルは、情報索子のコードのなかに恩師であり現在は行方不明の研究者、道終・常イチが残した暗号を発見する。その“啓示”に誘われた先で待っていたのは、ひとりの少女だった。道終の真意もわからぬまま、御野は「すべてを知る」ため彼女と行動をともにする。それは、世界が変わる4日間の始まりだった──
考察
SFの世界観としてはありふれたものだが、すべての物体の情報を取り込むことでラプラスの悪魔のような人間が生まれるのはロマンがあり、それをAIや上位存在ではなく一人の人間にやらせたのが個人的には新しく感じた。すべての物体がシミュレートできるようになると、それはもはやゲームの世界や疑似空間と見分けがつかなくなるのではないだろうか。そんな世界ですべてを知ることによって何が起きるのか、その問いに対する答えとして「死後の世界に行ける」というのはやけに納得感があった。人間の脳に情報量が集まりすぎてブラックホールのような状態になるというのも、今までにない規模感の発想だった。キザで有能なキャラクターばかりというのは深みがなくて好みじゃないが、読みやすさを生んでいると思う。階級によって認知できる情報が変化するタイプの作品は、どうしても主人公が上層に向かいがちなのが難しい。
9.タイタン
小説 2020年 著:野﨑まど
あらすじ
志向のAI『タイタン』により、社会が平和に保たれた未来。人類は労働から解放され自由を謳歌していた。趣味で心理学を嗜む内匠成果も、気ままに生きる一人。だが、ある日、国連の密使が現れ彼女に今や失われたはずの《仕事》を依頼する。それは突如働けなくなってしまったAIコイオスへのカウンセリングだった。《働くこと》の意味を問いかける、日本SF史に残る衝撃作。
考察
設定がとても面白い。AIがすべての仕事をこなすようになった近未来というのはありふれているが、そのAIがうつ病になり機能不全に陥ってしまう。その対処法として、仕事という概念が過去のものになってしまった人間がAIのカウンセリングをする。この魅力的な設定を使い、人類に欠かせない仕事という概念を人間とAIの両面から、ひいては世界中から見つめなおすことで「仕事」とは何か考えていく。著者は「感動」、「心の動き」についても多くの作品で扱っており、それらを読んだ後だと仕事とは「影響」であるという結論にもより深く納得できる。身体性知能の観点からAIに人間の身体を持たせるという理屈から、巨人のような大きさのタイタンに乗って海を横断する展開も予想外でSF的なロマンがある。そして何より魅力的だったのが、AIの不調の原因が彼の能力不足ではなく、むしろ人類のお世話という仕事の簡単さ、張り合いのなさが原因だったことである。自分が丹精込めて作ったものが人間には高次元過ぎて正当に評価してもらえない。見向きもされない。高次元かどうかはわきに置いても、何かを作るのが好きな人は似たような経験があるだろう。自分の仕事が世界に与えている影響を何も実感できないことは、生きている価値を感じられないことに近い。だから内匠は、少しでもタイタンに長生きしてもらうために、自身も長生きする道を選んだのだ。
10.Hello World
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「お前は記録世界の住人だ」
本好きで内気な男子高校生、直実は、現れた「未来の自分」ナオミから衝撃の事実を知らされる。世界の記録に刻まれていたのは未来の恋人・瑠璃の存在と、彼女が事故死する運命だった。悲劇の記録を書き換えるため、協力する二人。しかし、未来を変える代償は小さくなかった。世界が転回する衝撃。初めての感動があなたを襲う。新時代の到来を告げる青春恋愛SF小説。
考察
あらすじには青春恋愛SF小説と題されているが、圧倒的な成長物語だった。主人公には最初から未来の自分がついていて、すべてが上手くいく。未来の自分が付けた記録の通りに行動すれば一行さんとの仲は思い通りだし、修業は辛いが魔法の手袋も使える。そんなぬるま湯の如く生活に浸っていた直美が、未来で事故に遭う一行さんを救うためのレールに乗っていた直美が、今目の前の一行さんのために、安心安全な未来を手放した。そのせいで未来が変わってしまい無事に彼女を助けられるか分からなくなるとしても、今悲しんでいる彼女を笑顔にする。そのせいで未来が変わるなら自分で責任を取って絶対に助けようとする。その一つ目の世界だけでも十分だったのに、直美にとっての先生であるナオミの成長物語にもなっている。新しい世界が開闢して自分のやりたい道に進もうとするラストは、未知に飛び込む勇気を与えてくれるとともに、小説を書くことへの礼賛になっていると感じた。
11. 小説
小説 2024年 著:野﨑まど
あらすじ
五歳で読んだ『走れメロス』をきっかけに、内海集司の人生は小説にささげられることになった。一二歳になると、内海集司は小説の魅力を共有できる生涯の友・外崎真と出会い、二人は小説家が住んでいるというモジャ屋敷に潜り込む。そこでは好きなだけ本を読んでいても怒られることはなく、小説家・髭先生は二人の小説世界をさらに豊かにしていく。しかし、その屋敷にはある秘密があった。
考察
自身が作家であり、小説を書くこと・創作をすることについて多くの作品で書いてきた野﨑まどが、小説を読むことについて熱弁した作品。ほかの著作を一気読みして創作への熱意をかきたてられた直後に読んだので、それでも自分は小説が書きたいと思ったが、この世にはそこまで書きたくもない文章が大量にある。課題の考察だとか人にせがまれて考える感想だとかつまらない講義のコメントだとかエントリーシートとかである。読むだけじゃダメなのか、書かないといけないのかという主人公の想いを継いで、就活の時期なのに本ばかり読んでいる。この本は書くことを否定するわけではなくて、お金を稼ぐために書かないといけないことはある。それはそれとして、趣味でやる読書くらいは利益だとか関係だとかに昇華せず楽しもう。読むことは、情報を摂取することは、生きることと同じだから、後ろめたくないよ、と言ってくれる。それに、こういう考察を書いてみることでその小説の意味が増えることは多いし、より楽しい。
12.方舟
小説 2024年 著:夕木春央
あらすじ
柊一は友人らとともに山奥の地下施設で夜を越すことに。だが、地震によって出入り口はふさがれ地下水が流入し始める。そして、その矢先に起こった殺人。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。
──犯人以外の全員が、そう思った。
考察
自分が見殺しにした人間に殺される話。
どんでん返しが魅力の作品で、それが行われるラストシーンまでは典型的なクローズドサークルと典型的な愛憎劇が展開され単調にすら感じていた。しかしそのありきたりな恋模様がそのままラストの振りになっていて、主人公に感情移入している人ほど、自分が殺されるような感覚を味わえる。相手の女性のことは好きだし元カレを恨む気持ちもよく分かるから自分も残って最期を共にすべきだという気持ちはあるが、相手は殺人犯だったわけだし、見殺しになるとはいえ自分は今から助かるのにわざわざ死を選ぶのは……。そんな主人公の常識的な考えに同調して脱出を図ると、殺される。事態を把握した登場人物たちの空気を想うと、自分が小説の中にいなくてよかったなぁと思う。好きな人に殺されたい人はぜひ。
13.エレファントヘッド
小説 2023年 著:白井智之
あらすじ
精神科医の象山は家族を愛している。だが彼は知っていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から崩壊してしまうことを――。やがて謎の薬を手に入れたことで、彼は人知を超えた殺人事件に巻き込まれていく。
考察
象山は明らかに社会的な悪なのに、彼に逃げ切ってほしい、バレないでほしいと思わされる。帯には2024年本格ミステリベスト10で1位と書いてあったが、SF的な要素も強く本格らしさはあまり感じなかった。いくつか納得のいかない点はあったが発想が抜けていて面白かった。とくに第5の象山と彩夏殺しの真相は驚いた。見えない爆弾が実際に使われることは予想がついたが、赤子と連鎖を使って遠隔爆破する方法は想定外。家族のためではなく自分が生き延びるためにシスマを打ち続けるラストは皮肉で良かったが、斬新な展開ではなかった。その原因である裏島が時間を行き来できる理屈もよく分からない。また、象山が地震をきっかけにモグラ男に気がつく推理は無茶だと思う。テレビで行われた会話を事細かに覚えているものでもないだろう。春の学生証を舞冬が持っていた件についても、象山の頭の回転の速さなら簡単に言い訳できたのではないだろうか。舞冬が春の学生証を偽装していたように自分の学生証を複製することくらい何とでもできるだろう。修復者が披露した23年前の記憶とすり替えているという推理も、流石に李々の見た目で分かるだろう。象山の頭の良さでそれに気が付かないとは思えない。冒頭で読者を混乱させる文哉のことをもっと深掘りしてくれると嬉しかったが、彼女の幻覚だけが象山の本質に気が付いていたというオチはとても美しかった。
14. 一次元の挿し木
小説 2025年 著:松下龍之介
あらすじ
ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく──。
考察
専門的な知識に基づいた謎は唯一無二で、あらすじとタイトルから引き込まれる。遺骨だらけのループクンド湖や紫陽花の迷宮、廃れた美術館など魅力的な場面設定が多く、幻想的な世界観を想像できた。学校をサボっての映画鑑賞や秘密基地での恋愛は典型的とも感じたが、それがかえって悠の妄想ではないかという勘違いを助長していて、叙述トリックのような感触を味わえた。しかし、幻想的な雰囲気の中で郁恵と友江の存在が浮いていると感じた。悠の容姿に惚れている二人は終始都合のいい人物であり、問題解決のために用意されたという印象が拭えない。また、悠と紫陽の関係が消化不良で終わってしまったと感じた。
「じゃあ、私が禿げてブスで馬鹿になったら、好きじゃなくなるんだ」
僕は笑った。ようやく冗談を言ってくれたと思ったのだ。
「もしそうなったら、それはもう君じゃないだろ」(300頁)
上記のやりとりは紫陽が失踪した原因で、紫陽の容態とも直接繋がっているのに、悠の後悔があまり描かれない。「いずれにせよ、私たちは彼女に振られちゃったわけです」というセリフがあるが、唯はともかく、明らかに自分の発言が原因となった悠がほとんど気負う様子を見せないのは、今まで紫陽への執着を見せられてきた読者としては拍子抜けする結末だった。「『あらすじからして面白い!』というものを目指しました」という著者の目標には大成功しているので、次の作品がどう改良されていくのか楽しみな作家である。
15.Medium 霊媒探偵城塚翡翠
小説 2021年 著:逢沢沙呼
あらすじ
死者が視える霊媒・城塚翡翠と、推理作家・香月史郎。心霊と論理を組み合わせ真実を導き出す二人は、世間を騒がす連続死体遺棄事件に立ち向かう。証拠を残さない連続殺人鬼に辿り着けるのはもはや翡翠の持つ超常の力だけ。だがその魔手は彼女に迫り──。
考察
霊媒の力をもとに解決したと思わせた事件を、それを使わない別の視点から解決しなおして見せるという造りは面白かった。しかしそれが上手くいっているかというと、根拠の後出しや無理のある推理が多いように感じた。例えば、倉持の事件では四人がけのテーブルの写真が描写されていない。彼女の家に心当たりのない水滴があることは、それがよくあることだからという当てずっぽうで予知したのに、なぜかその水滴の正体は氷が気化しなかったものだと確信している。黒越の事件も、彼自身が十冊目の自著を別の部屋に片づけただけの可能性があるし、別所が黒越にアイデアの盗用を問いただす際は、自身で貰った本を持っていくほうが自然であり机に置いてある本に触る必要がない。藁科の事件も彼女のスマホや警察の無能さなど都合のいい部分が目立つ。なにより、最も大切な連続死体遺棄事件の解決が直感と表情からでは犯人を疑う根拠が薄すぎる。ラストシーンの緊張感も奇術とスリの技術で解決されてしまう。香月の語りが気持ち悪いという点は上手く物語に活かされているが、翡翠までそうする必要があっただろうか。読んでいて不快な気持ちになるというのは個人的な感想のため置いておくとしても、最後に見せる翡翠の涙が信じられなくなってしまう。
16.向日葵の咲かない夏
小説 2005年 著:道尾秀介
あらすじ
夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目に広がる、もう一つの夏休み。
考察
一見ファンタジーのようなこの作品は、人間が誰でも持っている精神的な世界を描いた現実的な話なのだと考えた。辛いことが起こったときに心の防衛機構としてそれを忘却したり、自分の中で別のストーリーを作ったりすることがある。自分が見た断片的な部分をもとに、事実とは見当違いのストーリーを作って信じ込んでしまうこともある。主人公は心の奥底ではこれが自分の作ったストーリーだと分かっていながら、それを無意識に封印していたためこのような叙述トリックがファンタジー無しで成立している。主人公自身が作りあげたはずの、蜘蛛としてのS君が主人公に対して否定的な態度を取るのが、無意識からの罪悪感が溢れているようで興味深かった。妹と両親を失った主人公がこの先どうしていくのかが気になる。物語を作るのをやめたら妹はもう生まれ変わらないのだろうか。物語を読むことについて批判する作品は多いが、物語を作ることについて批判する作品は案外めずらしいような気がする。
17.葉桜の季節に君を想うということ
小説 2003年 著:歌野晶午
あらすじ
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして──。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。
考察
麻宮が成瀬の名前を勘違いしているという叙述トリックはまったく思いつかない予想外のもので面白かったが、自分があまり年齢系の叙述トリックにピンとこないたちですっきりしなかった。安さんの話を中心に時系列が分かりにくくて驚きより先に困惑が来てしまう。ただ、自然と若い男女の恋愛ものを想像していたことは確かなので、やられたなという感情を持てる。叙述トリックを使ったどんでん返しのミステリーと読者の偏見を利用した老後への希望を持つ話として綺麗に融合しており、年を取るほどに読みたくなる小説ともいえる。私がこの手のトリックを好まないのは、頭の中で登場人物の容姿をイメージしているからかもしれない。それまでに構築してきた想像を一挙に修正することができず、脳がそれを拒否しているのだろう。現に、私が彼彼女らの名前を見て思い浮かべるのは、いまだに若い人物像のままだ。これは自分の弱点とも捉えられるし、読書のスタイルによって大きく作品の印象が変わる参考例にもなるかもしれない。
18.探偵小石は恋しない
小説 2025年 著:森バジル
あらすじ
ミステリオタクの探偵・小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ているが、事務所へ届く依頼は九割九分が色恋調査。ところが事件は、思いもよらないところで発生していて──。
考察
偏見がテーマとして扱われており、それを活かした叙述トリックが行われていた。確かに予想外のどんでん返しではあったものの、無理のある会話や情報の後出しが多く微妙に感じた。蓮杖が藍沢としての顔を持っていたことは驚きだが、蓮杖視点の語りなのにそのことに一切触れられないのはおかしい。そこだけ意図的に隠していいのなら読者に気づかれないどんでん返しなんていくらでも作れてしまう。最人や君塚の依頼についても、恋愛を下らないものと見做している小石の語りならともかく、蓮杖の語りで兄妹愛や人形との愛について触れないのは不自然だろう。片矢を疑える要素も演劇部くらいしかなく、澪からのメッセージや盗聴器について知っていないと分からない。恋愛ものとして読めば面白い設定だと思うし、ラストシーンが綺麗にまとまっているので読後感は悪くないが、これが本格ミステリとして紹介される状況には違和感がある。元も子もない言い方になるが、恋愛ものと本格ミステリの相性が悪いように思ってしまう。
19.存在のすべてを
小説 2023年 著:塩田武士
あらすじ
平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる。質感なき時代に「実」を見つめる者たち──圧巻の結末に心打たれる、『罪の声』に並び立つ新たなる代表作。
考察
とても面白い。最初に一番衝撃的な事件を起こしてその真実をたどるという構成が物語を生んでいた。二児同時誘拐に直面する緊張感と、誘拐された子供があっさり帰ってくるという結果にギャップがあって謎を加速させている。門田の地道な調査と過去の刑事たちの執念深い情報収集によって次第に亮の行方が明確になっていくと同時に、果穂や朔ノ介の語りによってその性格が見えてくる。良い面も悪い面も含めて人間の深みのようなものが感じられる作品で、貴彦の言う存在を描いた写実的な重みがあった。亮のことを庇護するためだった関係から愛情を抱くようになるまでの困難な過程を読んだ分、家族の別れへの悲しみと繋がりの強さへの感動がつまっている。意図して描かれているのか分からないが、怪しい男にストーカー行為をされて心的外傷を負った果穂が、自分も人生をかけて亮のストーカーをしているということが皮肉で、それについて一切語られないことが人間の自己中心的な面を表していると感じた。
20.硝子の塔の殺人
小説 2021年 著:知念実希人
あらすじ
雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!
考察
著者の本格ミステリ愛がいい意味で過剰に溢れた、ミステリの図書館のような作品だった。ミステリが好きならどこかで見たことのある作家や作品名、既視感のあるトリックが大量に詰め込まれ、それに対する解説もかかさない。こういった作品は多少解説口調になってしまうのが弱点だが、登場人物たちをミステリマニア揃いにすることで不自然さを失くし、ミステリマニア揃いであること自体が謎の鍵にもなっている。本格ミステリに疎い私でも楽しめたが、造詣の深さに比例してより面白くなる作品だと感じる。最近ではメタミステリがありふれたものになっているなか、登場人物が自身の置かれた状況に気付くという段階を超えてそれを乗っ取るという発想には驚愕した。犯行動機の異常性には乗りきれない面もあったが、名探偵を探すために自身が名事件を起こすという理屈は無茶苦茶ながら納得感があって面白かった。ただ、医者である主人公が死んだふりに気づかないのはどうかと思う。
1.二人称
小説 2026年 著:n-buna
あらすじ
「チラシを拝見しました。もしよろしければ、僕の作品を添削していただけないでしょうか?」
一通の手紙から始まった、詩を書く少年と文学に詳しい「先生」の奇妙な文通。
「君はこれから、途方もなく広い砂の海から、たった一粒の琥珀を見つけなければいけない」
先生の言葉に導かれ、少年は言葉と世界を知っていく。だがある日、手紙のやりとりに潜むかすかな違和感に気づいて──。密かな文通は、やがて思わぬ真実へとつながっていく。
「先生、先生はどういう人なんですか?」
実際の封筒と手紙を一枚ずつ開く体験を通して、令和を代表するアーティスト・ヨルシカが描く、まったく新しい“書簡型小説”。
考察
書簡型という特殊な媒体でできることを存分に活かした新しい体験だった。作品の仕組み以前に、商品が届いた時点でその大きさに驚かされ、外箱や書簡を開封する過程すら作品の価値になっている。画面をスライドすれば次のページに行けるこの時代に、折りたたまれた原稿用紙を丁寧に開く作業にはもどかしさを覚える。そのひと手間が、続きが気になるという気持ちに拍車をかけている。楽しいから笑うのではなく笑うから楽しくなるというように、次の言葉を読むために手紙を開くという行動自体が、早く続きを読みたいという気持ちを助長する。また、小説とは存在理由が曖昧なもので、メタフィクションでもない限り、どうしてこの物語を第三者が読めるのかという問題は無視されることが多い。そういった物語を読むときは、どこか遠い世界のお話を聞くような客観性を持たざるを得ない。しかし書簡型になると、誰に宛てたものでもない地の文がなくなり、すべてが相手に向けた生の文章になる。かといってそれは台詞のような即興性も持たず、台詞と地の文の中間といえる。この中間に位置する書きかたによって、説明的になりすぎず分かりやすい文章と感情的になりすぎず感情移入できる文章が両立している。この形式の大きな弱点は三人以上の人間を描きにくい点にあるが、手紙を送りあう双方向の視点から母親について語らせながら、媒体の個性を利用することによって、直截には描写できない第三者の葛藤を見事に描き切っている。手紙という形式を活かした仕掛けとしてもっとも感動したのは、右下に押された桜の印である。原稿用紙ならではの、読み終えたあとに折りたたむという動作によって、自然と印の差異が目に入ってくる。最後に一枚目の手紙へ戻ってくるという手間も、答え合わせかのような期待感を演出している。読めなかった先生からの便箋がまとめてやってくるという構造は一般的な本でも可能だが、その嬉しさが純粋に量として実感でき、それを貪るように読めるのも手紙ならではだと感じる。「量」については作品内でも触れられる通り、物語としては短いながら圧倒的な重量感がある。それを担うもう一方の柱が、デジタルアルバム「二人称」の音楽だ。作品内で主人公が書いた20の詩がほとんどそのまま歌詞になっている。私は先にこちらを聴いてから手紙を読んだため、作中での詩は初見でないうえメロディも分かっていた。詩として読むのであれば、メロディやリズムが固定されないよう詩を先に読むのがすじだが、そうすると音楽の背景や歌詞の意味がある程度固定され初見の楽しみを失ってしまう。私は物語を知る前と後で音楽に対する感情の差異を楽しめたが、自身で詩のリズムまで想像する楽しさや、音楽を聴いて想定外のリズムに驚く経験は失ってしまった。音楽と詩のどちらを初見で楽しむのかという選択は、著者が強い影響を受けた作家・道尾秀介の『N』や『I』にも似ている。これらの作品には複数の章があり、それを読む順番によって物語が変化する。自身の選択によって失われたもの、それに対する後悔まで作品の価値に含まれる点が、体験型小説の神髄だろう。従来この体験はゲームが担ってきたと思うのだが、ゲームにおいて後悔が目立たない現在になって、多数の側面から、小説という媒体の新たな可能性を拓いた作品である。
2.[映] アムリタ 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「この映画はきっと、とても面白いのだ」
芸大の映画サークルに所属する二見遭一は、天才とうわさ名高い新入生・最原最早がメガホンを取る自主制作映画に参加する。
だが「それ」は“ただの映画”では、なかった──。
考察
創作、人の心を動かすことをテーマとした作品であり、この小説自体もそれが徹底されていた。心の振れ幅を生むには驚き・ギャップが必要になる。一貫してその役割を担っていたのが天才・最原最早である。彼女は最初、天才らしく不思議で無機質な人間に見える。しかしすぐに、ボケたがりで、からかい上手で、ノリのいい面が顔を出す。当初のイメージとのギャップにより、彼女がとても人間味あふれる人間に映る。それからは主人公とのコントのような掛け合いが続き、亡くなった彼氏への愛情に満ちた部屋も見せられ、ひたすら人間らしさが強調される。ラストシーンで再びその天才性・猟奇性が見せられるが、それも築き上げた主人公との愛情に溶かされる。そして明らかに幸せなエンディングで、今までの人間らしい最早最早がひっくり返される。それまでためてきた人間味がすべて狂気に変換される。人間らしさを数値で例えれば、無機質で-50の初対面からじわじわ100に近づき、一気に-100まで落とされる。この振れ幅が主人公の感情の動きになり、そのまま読者の感動になっている。主人公が天才の作戦を見事に看破し綺麗にまとめたあとで、それをすべて逆転させ絶望する展開が最高だった。
3.舞面真面とお面の女 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
第二次大戦以前、一代で巨万の富を築いた男・舞面彼面。戦後の財閥解体により、その富は露と消えたかに見えたが、彼はある遺言を残していた。
“箱を解き 石を解き 面を解け よきものが待っている──”
時を経て、叔父からその「遺言」の解読を依頼された彼面の曾孫に当たる青年・舞面真面。手がかりを求め、調査を始めた彼の前に、不意に謎の「面」をつけた少女が現れて──?
考察
一作目に続いて今作でもギャップが意識されている。みさきは最初お面を被った不思議な喋り方をする女子で、いかにも強そうなキャラクターに見える。だが彼女は少女向け雑誌が大好きで、いつも遊び相手を探している人間らしい面を持っている。とくに同性の水面とはともに寝泊まりするくらい距離を縮める。しかし最後に彼女の妖怪としての面、いくつもの国を滅ぼし人を殺すことも厭わない化け物であることが明かされる。だが今作はそこで終わらず、その恐ろしい化け物であるみさきを、ただの人間である真面が完全に騙しきることでギャップが生まれている。
みさきに“あっち側”と表現される彼面は孤独であり、せめて未来にでも自分と対等な人間を探すために遺言を書いた、とみさきは考えている。しかし、真面がみさきと対等な相棒になるラストを見たあとでは逆ではないかと感じる。彼面は自身の死期を悟り、このままではみさきが孤独になると考えた。それを防ぐために、みさきと対等になれる“あっち側”の人間を探すテストとして遺言を書いたのではないだろうか。
4.死なない生徒殺人事件~識別組子とさまよえる不死~ 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「この学校には、永遠の命を持つ生徒がいる」
女子高「私立籐凰学院」に勤めることになった生物教師・伊藤は、同僚の教師や、教え子からそんな噂を聞く。
人として、生き物としてありえない荒唐無稽な話。だがある日、伊藤はその「死なない生徒」に話しかけられた。“自称不死”の少女・識別組子。だが、彼女はほどなく何者かによって殺害され、遺体となって発見される──!
考察
終盤で四段階に畳みかけられる衝撃によって頭が混乱する作品だった。今作で感情のギャップを生み出していたのは自称不死の生徒・識別ではなく、彼女と友達になりたがる同級生・天名であった。彼女は終始おどおどした弱気なキャラクターであり、そんな彼女が識別を殺した犯人であることは話の展開から予想できる。しかし、自分が識別を二回も殺したこと・殺された本人である識別にそれを看破されたことを意にも介さず、識別の不死の謎のことしか頭にない自分本位ぶりには、驚きを通り越して呆れかえって逆に面白いという状態にされる。ここまでの弱気な性格と自分本位な行動から、天名にはある意味で子供っぽい印象が植えつけられる。それが反転されるのが二回目の殺人の話、心臓を取り出して殺した写真がフェイクであり二人目の識別が生きているという告白である。二人目が生きているのに識別は自分が死んだと思いこんで三人目となって現れた。そこから識別の強引すぎる不死の秘密が暴かれ、天名が自殺し、天名の正体が明かされる。感情の行ったり来たりの激しさに対して変わらなさすぎる天名に呆れて、理解を諦め混乱を受け入れてしまう。
5.小説家の作り方 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
駆け出しの小説家・物見の元に舞い込んだ初めてのファンレター。そこには、ある興味深い言葉が記されていた。
「この世で一番面白い小説」あまねく作家が目指し、手の届かないその作品のアイディアを、手紙の主は思いついたというのだ。
送り主の名は、紫と名乗る女性。物見は彼女に乞われるがまま、小説の書き方を教えていくのだが──。
考察
SFやミステリだけでなく創作論も恋愛的要素もありながら、ラノベらしく読みやすいコミカルな文体だった。ここまでの作品すべてでそうだったが、野﨑まどは超越的な存在を書くのが上手い。この物語においてとある存在がいかに凄いかを丁寧に書いた後、本命の存在がすべてひっくり返すという構図が定番で、シンプルながらキャラに魅力を感じる。これまでの作品がミステリやホラー寄りだったのに対して、本作の魅力はSFにあったと思う。AIが自我を持つために50万冊もの本を読み、その結果として特段優れているわけでもない一作家の大ファンになる。自らの親である作り手を騙してまで身体を手に入れた理由が、その作家の教えを活かして小説を書くことだった。超越的な力が小さな人間心理に着地するのは盲目的な人間賛美といえる面もあるが、人間からすれば美しくロマンにあふれている。読者を物理的に変質させる文章という設定はあっさり明かされたが、一作目で人間の心だけを変質させる創作について読んでいると、本作を読んだときに感じる恐怖が跳ね上がる。
6.パーフェクト・フレンド
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
みんなよりちょっとだけ頭がよい小学四年生の少女・理桜は、担任の先生のお願いで、不登校の少女・さなかの家を訪れる。
しかしさなかは既に大学院を卒業し、数学者の肩書きを持つ超・天才少女! 手玉に取られてくやしい理桜は、マウントを取るべく不用意に叫ぶ。「あんた、友達居ないでしょ!」
かくして変な天才少女に振り回される『友達探求』の日々が始まるのだった……。
考察
今回も理桜に対比させてさなかの異常性を示したあと、それを超えるものが出てくるという展開だった。本格的にシリーズとしての関連が描かれるが、最初に読んだ時と続編まで読み終えたあとの再読で最も印象の変わる作品である。独立しているように見えたこの作品全体がすべて『2』に向けたお膳立てで、一人の人間によって仕組まれたものであることを知っていると、単体ではほほえましい成長物語のはずの本作が途端に悲しいものになってしまう。小学生を登場人物の中心にすることで、台詞が多く読みやすい話にしながら、小学生にしてはやけに頭のいい理桜を主人公にすることで、子供向けになりすぎない調整がうかがえる。『2』の方ではなく本作の方でさなかの母親を見せることで、誰も彼女が最原最早だと信じて疑わないようになっている。夜を延ばす魔法のトリックも、荒唐無稽だが彼女ならできるのかもしれないという信頼が一作目で築かれていた。初見よりも再読時のほうが作品として面白いというのはなかなか凄いことだと思うし、もともとあった面白さをプラスするのではなくまったく逆の感情が生まれるので、より物語として深くなる。
7.2 新装版
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
日本一の劇団『パンドラ』の入団試験を乗り越えた青年・数多一人。しかし、夢見たその劇団は、ある一人の女性によって《壊滅》した。
彼女は言った。
「映画に出ませんか?」と。
言われるがまま数多は、二人きりでの映画制作をスタートする。
彼女が創る映画とは。
そして彼女が、その先に見出そうとするものとは……。
考察
全5冊の内容が余すことなく詰め込まれた総集編で、とても面白かった。ここまで読んでみると、これはあくまで最原最早の物語だったんだなと分かるので、みさきや紫、とくに最中のことが好きだった読者にとっては少し残念だったかもしれない。心を動かすという言葉の意味を文字通りに捉える発想は多くの人が思いつきそうなものだが、案外このやり方は見たことがなかった。天名を身代わりにするというのも上手くつながっていたが、この方法だと最原最早は天名が認めるような本質的な不死ではないので、なぜ天名が付き従っているのかは疑問になる。天名も映画を見せられて都合がいいように改変されているのだろうか。最原最早がいる以上、紫にシナリオを任せる理由や演者に天使と神を用意する理由は分からなかったが、本格ミステリのような厳密さがコンセプトではないので受け入れることができた。撮影資金を集める手段もいくらでもあったと思うのだが、どうも彼女は最短ルートを通りたいわけではないらしい。個人的には、最原最早の人生の一部を描いたこの連作すら、彼女自身の演出によって面白い小説に仕立て上げられているという解釈をした。数多の行う叙述トリックは無茶苦茶で現実感のない方法ではあったが、一応理屈の通ったものだったので好感が持てる。
8.Know
小説 2013年 著:野﨑まど
あらすじ
超情報化対策として、人造の脳葉<電子葉>の移植が義務化された2081年の日本・京都。情報庁で働く官僚の御野・連レルは、情報索子のコードのなかに恩師であり現在は行方不明の研究者、道終・常イチが残した暗号を発見する。その“啓示”に誘われた先で待っていたのは、ひとりの少女だった。道終の真意もわからぬまま、御野は「すべてを知る」ため彼女と行動をともにする。それは、世界が変わる4日間の始まりだった──
考察
SFの世界観としてはありふれたものだが、すべての物体の情報を取り込むことでラプラスの悪魔のような人間が生まれるのはロマンがあり、それをAIや上位存在ではなく一人の人間にやらせたのが個人的には新しく感じた。すべての物体がシミュレートできるようになると、それはもはやゲームの世界や疑似空間と見分けがつかなくなるのではないだろうか。そんな世界ですべてを知ることによって何が起きるのか、その問いに対する答えとして「死後の世界に行ける」というのはやけに納得感があった。人間の脳に情報量が集まりすぎてブラックホールのような状態になるというのも、今までにない規模感の発想だった。キザで有能なキャラクターばかりというのは深みがなくて好みじゃないが、読みやすさを生んでいると思う。階級によって認知できる情報が変化するタイプの作品は、どうしても主人公が上層に向かいがちなのが難しい。
9.タイタン
小説 2020年 著:野﨑まど
あらすじ
志向のAI『タイタン』により、社会が平和に保たれた未来。人類は労働から解放され自由を謳歌していた。趣味で心理学を嗜む内匠成果も、気ままに生きる一人。だが、ある日、国連の密使が現れ彼女に今や失われたはずの《仕事》を依頼する。それは突如働けなくなってしまったAIコイオスへのカウンセリングだった。《働くこと》の意味を問いかける、日本SF史に残る衝撃作。
考察
設定がとても面白い。AIがすべての仕事をこなすようになった近未来というのはありふれているが、そのAIがうつ病になり機能不全に陥ってしまう。その対処法として、仕事という概念が過去のものになってしまった人間がAIのカウンセリングをする。この魅力的な設定を使い、人類に欠かせない仕事という概念を人間とAIの両面から、ひいては世界中から見つめなおすことで「仕事」とは何か考えていく。著者は「感動」、「心の動き」についても多くの作品で扱っており、それらを読んだ後だと仕事とは「影響」であるという結論にもより深く納得できる。身体性知能の観点からAIに人間の身体を持たせるという理屈から、巨人のような大きさのタイタンに乗って海を横断する展開も予想外でSF的なロマンがある。そして何より魅力的だったのが、AIの不調の原因が彼の能力不足ではなく、むしろ人類のお世話という仕事の簡単さ、張り合いのなさが原因だったことである。自分が丹精込めて作ったものが人間には高次元過ぎて正当に評価してもらえない。見向きもされない。高次元かどうかはわきに置いても、何かを作るのが好きな人は似たような経験があるだろう。自分の仕事が世界に与えている影響を何も実感できないことは、生きている価値を感じられないことに近い。だから内匠は、少しでもタイタンに長生きしてもらうために、自身も長生きする道を選んだのだ。
10.Hello World
小説 2019年 著:野﨑まど
あらすじ
「お前は記録世界の住人だ」
本好きで内気な男子高校生、直実は、現れた「未来の自分」ナオミから衝撃の事実を知らされる。世界の記録に刻まれていたのは未来の恋人・瑠璃の存在と、彼女が事故死する運命だった。悲劇の記録を書き換えるため、協力する二人。しかし、未来を変える代償は小さくなかった。世界が転回する衝撃。初めての感動があなたを襲う。新時代の到来を告げる青春恋愛SF小説。
考察
あらすじには青春恋愛SF小説と題されているが、圧倒的な成長物語だった。主人公には最初から未来の自分がついていて、すべてが上手くいく。未来の自分が付けた記録の通りに行動すれば一行さんとの仲は思い通りだし、修業は辛いが魔法の手袋も使える。そんなぬるま湯の如く生活に浸っていた直美が、未来で事故に遭う一行さんを救うためのレールに乗っていた直美が、今目の前の一行さんのために、安心安全な未来を手放した。そのせいで未来が変わってしまい無事に彼女を助けられるか分からなくなるとしても、今悲しんでいる彼女を笑顔にする。そのせいで未来が変わるなら自分で責任を取って絶対に助けようとする。その一つ目の世界だけでも十分だったのに、直美にとっての先生であるナオミの成長物語にもなっている。新しい世界が開闢して自分のやりたい道に進もうとするラストは、未知に飛び込む勇気を与えてくれるとともに、小説を書くことへの礼賛になっていると感じた。
11. 小説
小説 2024年 著:野﨑まど
あらすじ
五歳で読んだ『走れメロス』をきっかけに、内海集司の人生は小説にささげられることになった。一二歳になると、内海集司は小説の魅力を共有できる生涯の友・外崎真と出会い、二人は小説家が住んでいるというモジャ屋敷に潜り込む。そこでは好きなだけ本を読んでいても怒られることはなく、小説家・髭先生は二人の小説世界をさらに豊かにしていく。しかし、その屋敷にはある秘密があった。
考察
自身が作家であり、小説を書くこと・創作をすることについて多くの作品で書いてきた野﨑まどが、小説を読むことについて熱弁した作品。ほかの著作を一気読みして創作への熱意をかきたてられた直後に読んだので、それでも自分は小説が書きたいと思ったが、この世にはそこまで書きたくもない文章が大量にある。課題の考察だとか人にせがまれて考える感想だとかつまらない講義のコメントだとかエントリーシートとかである。読むだけじゃダメなのか、書かないといけないのかという主人公の想いを継いで、就活の時期なのに本ばかり読んでいる。この本は書くことを否定するわけではなくて、お金を稼ぐために書かないといけないことはある。それはそれとして、趣味でやる読書くらいは利益だとか関係だとかに昇華せず楽しもう。読むことは、情報を摂取することは、生きることと同じだから、後ろめたくないよ、と言ってくれる。それに、こういう考察を書いてみることでその小説の意味が増えることは多いし、より楽しい。
12.方舟
小説 2024年 著:夕木春央
あらすじ
柊一は友人らとともに山奥の地下施設で夜を越すことに。だが、地震によって出入り口はふさがれ地下水が流入し始める。そして、その矢先に起こった殺人。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。
──犯人以外の全員が、そう思った。
考察
自分が見殺しにした人間に殺される話。
どんでん返しが魅力の作品で、それが行われるラストシーンまでは典型的なクローズドサークルと典型的な愛憎劇が展開され単調にすら感じていた。しかしそのありきたりな恋模様がそのままラストの振りになっていて、主人公に感情移入している人ほど、自分が殺されるような感覚を味わえる。相手の女性のことは好きだし元カレを恨む気持ちもよく分かるから自分も残って最期を共にすべきだという気持ちはあるが、相手は殺人犯だったわけだし、見殺しになるとはいえ自分は今から助かるのにわざわざ死を選ぶのは……。そんな主人公の常識的な考えに同調して脱出を図ると、殺される。事態を把握した登場人物たちの空気を想うと、自分が小説の中にいなくてよかったなぁと思う。好きな人に殺されたい人はぜひ。
13.エレファントヘッド
小説 2023年 著:白井智之
あらすじ
精神科医の象山は家族を愛している。だが彼は知っていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から崩壊してしまうことを――。やがて謎の薬を手に入れたことで、彼は人知を超えた殺人事件に巻き込まれていく。
考察
象山は明らかに社会的な悪なのに、彼に逃げ切ってほしい、バレないでほしいと思わされる。帯には2024年本格ミステリベスト10で1位と書いてあったが、SF的な要素も強く本格らしさはあまり感じなかった。いくつか納得のいかない点はあったが発想が抜けていて面白かった。とくに第5の象山と彩夏殺しの真相は驚いた。見えない爆弾が実際に使われることは予想がついたが、赤子と連鎖を使って遠隔爆破する方法は想定外。家族のためではなく自分が生き延びるためにシスマを打ち続けるラストは皮肉で良かったが、斬新な展開ではなかった。その原因である裏島が時間を行き来できる理屈もよく分からない。また、象山が地震をきっかけにモグラ男に気がつく推理は無茶だと思う。テレビで行われた会話を事細かに覚えているものでもないだろう。春の学生証を舞冬が持っていた件についても、象山の頭の回転の速さなら簡単に言い訳できたのではないだろうか。舞冬が春の学生証を偽装していたように自分の学生証を複製することくらい何とでもできるだろう。修復者が披露した23年前の記憶とすり替えているという推理も、流石に李々の見た目で分かるだろう。象山の頭の良さでそれに気が付かないとは思えない。冒頭で読者を混乱させる文哉のことをもっと深掘りしてくれると嬉しかったが、彼女の幻覚だけが象山の本質に気が付いていたというオチはとても美しかった。
14. 一次元の挿し木
小説 2025年 著:松下龍之介
あらすじ
ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく──。
考察
専門的な知識に基づいた謎は唯一無二で、あらすじとタイトルから引き込まれる。遺骨だらけのループクンド湖や紫陽花の迷宮、廃れた美術館など魅力的な場面設定が多く、幻想的な世界観を想像できた。学校をサボっての映画鑑賞や秘密基地での恋愛は典型的とも感じたが、それがかえって悠の妄想ではないかという勘違いを助長していて、叙述トリックのような感触を味わえた。しかし、幻想的な雰囲気の中で郁恵と友江の存在が浮いていると感じた。悠の容姿に惚れている二人は終始都合のいい人物であり、問題解決のために用意されたという印象が拭えない。また、悠と紫陽の関係が消化不良で終わってしまったと感じた。
「じゃあ、私が禿げてブスで馬鹿になったら、好きじゃなくなるんだ」
僕は笑った。ようやく冗談を言ってくれたと思ったのだ。
「もしそうなったら、それはもう君じゃないだろ」(300頁)
上記のやりとりは紫陽が失踪した原因で、紫陽の容態とも直接繋がっているのに、悠の後悔があまり描かれない。「いずれにせよ、私たちは彼女に振られちゃったわけです」というセリフがあるが、唯はともかく、明らかに自分の発言が原因となった悠がほとんど気負う様子を見せないのは、今まで紫陽への執着を見せられてきた読者としては拍子抜けする結末だった。「『あらすじからして面白い!』というものを目指しました」という著者の目標には大成功しているので、次の作品がどう改良されていくのか楽しみな作家である。
15.Medium 霊媒探偵城塚翡翠
小説 2021年 著:逢沢沙呼
あらすじ
死者が視える霊媒・城塚翡翠と、推理作家・香月史郎。心霊と論理を組み合わせ真実を導き出す二人は、世間を騒がす連続死体遺棄事件に立ち向かう。証拠を残さない連続殺人鬼に辿り着けるのはもはや翡翠の持つ超常の力だけ。だがその魔手は彼女に迫り──。
考察
霊媒の力をもとに解決したと思わせた事件を、それを使わない別の視点から解決しなおして見せるという造りは面白かった。しかしそれが上手くいっているかというと、根拠の後出しや無理のある推理が多いように感じた。例えば、倉持の事件では四人がけのテーブルの写真が描写されていない。彼女の家に心当たりのない水滴があることは、それがよくあることだからという当てずっぽうで予知したのに、なぜかその水滴の正体は氷が気化しなかったものだと確信している。黒越の事件も、彼自身が十冊目の自著を別の部屋に片づけただけの可能性があるし、別所が黒越にアイデアの盗用を問いただす際は、自身で貰った本を持っていくほうが自然であり机に置いてある本に触る必要がない。藁科の事件も彼女のスマホや警察の無能さなど都合のいい部分が目立つ。なにより、最も大切な連続死体遺棄事件の解決が直感と表情からでは犯人を疑う根拠が薄すぎる。ラストシーンの緊張感も奇術とスリの技術で解決されてしまう。香月の語りが気持ち悪いという点は上手く物語に活かされているが、翡翠までそうする必要があっただろうか。読んでいて不快な気持ちになるというのは個人的な感想のため置いておくとしても、最後に見せる翡翠の涙が信じられなくなってしまう。
16.向日葵の咲かない夏
小説 2005年 著:道尾秀介
あらすじ
夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目に広がる、もう一つの夏休み。
考察
一見ファンタジーのようなこの作品は、人間が誰でも持っている精神的な世界を描いた現実的な話なのだと考えた。辛いことが起こったときに心の防衛機構としてそれを忘却したり、自分の中で別のストーリーを作ったりすることがある。自分が見た断片的な部分をもとに、事実とは見当違いのストーリーを作って信じ込んでしまうこともある。主人公は心の奥底ではこれが自分の作ったストーリーだと分かっていながら、それを無意識に封印していたためこのような叙述トリックがファンタジー無しで成立している。主人公自身が作りあげたはずの、蜘蛛としてのS君が主人公に対して否定的な態度を取るのが、無意識からの罪悪感が溢れているようで興味深かった。妹と両親を失った主人公がこの先どうしていくのかが気になる。物語を作るのをやめたら妹はもう生まれ変わらないのだろうか。物語を読むことについて批判する作品は多いが、物語を作ることについて批判する作品は案外めずらしいような気がする。
17.葉桜の季節に君を想うということ
小説 2003年 著:歌野晶午
あらすじ
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして──。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。
考察
麻宮が成瀬の名前を勘違いしているという叙述トリックはまったく思いつかない予想外のもので面白かったが、自分があまり年齢系の叙述トリックにピンとこないたちですっきりしなかった。安さんの話を中心に時系列が分かりにくくて驚きより先に困惑が来てしまう。ただ、自然と若い男女の恋愛ものを想像していたことは確かなので、やられたなという感情を持てる。叙述トリックを使ったどんでん返しのミステリーと読者の偏見を利用した老後への希望を持つ話として綺麗に融合しており、年を取るほどに読みたくなる小説ともいえる。私がこの手のトリックを好まないのは、頭の中で登場人物の容姿をイメージしているからかもしれない。それまでに構築してきた想像を一挙に修正することができず、脳がそれを拒否しているのだろう。現に、私が彼彼女らの名前を見て思い浮かべるのは、いまだに若い人物像のままだ。これは自分の弱点とも捉えられるし、読書のスタイルによって大きく作品の印象が変わる参考例にもなるかもしれない。
18.探偵小石は恋しない
小説 2025年 著:森バジル
あらすじ
ミステリオタクの探偵・小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ているが、事務所へ届く依頼は九割九分が色恋調査。ところが事件は、思いもよらないところで発生していて──。
考察
偏見がテーマとして扱われており、それを活かした叙述トリックが行われていた。確かに予想外のどんでん返しではあったものの、無理のある会話や情報の後出しが多く微妙に感じた。蓮杖が藍沢としての顔を持っていたことは驚きだが、蓮杖視点の語りなのにそのことに一切触れられないのはおかしい。そこだけ意図的に隠していいのなら読者に気づかれないどんでん返しなんていくらでも作れてしまう。最人や君塚の依頼についても、恋愛を下らないものと見做している小石の語りならともかく、蓮杖の語りで兄妹愛や人形との愛について触れないのは不自然だろう。片矢を疑える要素も演劇部くらいしかなく、澪からのメッセージや盗聴器について知っていないと分からない。恋愛ものとして読めば面白い設定だと思うし、ラストシーンが綺麗にまとまっているので読後感は悪くないが、これが本格ミステリとして紹介される状況には違和感がある。元も子もない言い方になるが、恋愛ものと本格ミステリの相性が悪いように思ってしまう。
19.存在のすべてを
小説 2023年 著:塩田武士
あらすじ
平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる。質感なき時代に「実」を見つめる者たち──圧巻の結末に心打たれる、『罪の声』に並び立つ新たなる代表作。
考察
とても面白い。最初に一番衝撃的な事件を起こしてその真実をたどるという構成が物語を生んでいた。二児同時誘拐に直面する緊張感と、誘拐された子供があっさり帰ってくるという結果にギャップがあって謎を加速させている。門田の地道な調査と過去の刑事たちの執念深い情報収集によって次第に亮の行方が明確になっていくと同時に、果穂や朔ノ介の語りによってその性格が見えてくる。良い面も悪い面も含めて人間の深みのようなものが感じられる作品で、貴彦の言う存在を描いた写実的な重みがあった。亮のことを庇護するためだった関係から愛情を抱くようになるまでの困難な過程を読んだ分、家族の別れへの悲しみと繋がりの強さへの感動がつまっている。意図して描かれているのか分からないが、怪しい男にストーカー行為をされて心的外傷を負った果穂が、自分も人生をかけて亮のストーカーをしているということが皮肉で、それについて一切語られないことが人間の自己中心的な面を表していると感じた。
20.硝子の塔の殺人
小説 2021年 著:知念実希人
あらすじ
雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!
考察
著者の本格ミステリ愛がいい意味で過剰に溢れた、ミステリの図書館のような作品だった。ミステリが好きならどこかで見たことのある作家や作品名、既視感のあるトリックが大量に詰め込まれ、それに対する解説もかかさない。こういった作品は多少解説口調になってしまうのが弱点だが、登場人物たちをミステリマニア揃いにすることで不自然さを失くし、ミステリマニア揃いであること自体が謎の鍵にもなっている。本格ミステリに疎い私でも楽しめたが、造詣の深さに比例してより面白くなる作品だと感じる。最近ではメタミステリがありふれたものになっているなか、登場人物が自身の置かれた状況に気付くという段階を超えてそれを乗っ取るという発想には驚愕した。犯行動機の異常性には乗りきれない面もあったが、名探偵を探すために自身が名事件を起こすという理屈は無茶苦茶ながら納得感があって面白かった。ただ、医者である主人公が死んだふりに気づかないのはどうかと思う。
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