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加藤隆介
RES
1.華竜の宮
小説 2012年 著:上田早夕里
あらすじ
滅亡を前に、人類はどう生きるべきか? ベストSF2010第1位、日本SF大賞受賞 新世代日本SFの金字塔、ついに文庫化 地殻変動で陸地がほぼ水没しても人類は武器を捨てなかった。さらなる絶望的な環境激変は、この星のすべての命に対して決断を迫る
考察
私は本作をディストピア、災害ユートピアとして考えた。今作では開幕からグローバルな環境変化が起こり、大災害後の世界を土台に描いている。同型の設定を持つ『ハーモニー』では甚大な天災の結果災害ユートピアが行き過ぎたと考えたが、本作上巻では災禍に応化した結果ユートピアの居住者と犠牲者に不和が生じた。下巻を一覧すると『第四間氷期』と同様の進行に見えるが、一貫して書かれる民族間の亀裂によってより膨大な問題が展開される。『ハーモニー』と反対に互いの利害を尊重して強引な同一化に抗議した主人公の行動は感動を生んだ。しかし終盤では、非情な世界にいて希望にばかり光を当てていると感じた。これを批判的に見ると、ディストピアを出ることのできない状況からの逃亡とも思えるが、そもそも主観的で解決できない対立の解体を期待せず、話し合おうと抗う知性自体にユートピアを見出しているとも考えられる。
2.スペクトラム
小説 2024年 著:キム・チョヨプ
あらすじ
今もっとも韓国の女性たちの共感を集める、新世代作家のデビュー作にしてベストセラー。生きるとは? 愛するとは 優しく、どこか懐かしい、心の片隅に残り続けるSF短篇7作。
考察
絵を描くことで記憶を遺す設定から発展した、未来の世代がその絵を読んで記憶を継ぎ同一の生物として暮らす生態が面白かった。彼らからすればこちらが異星人であり、初めは会話すらままならない。しかし二体目、三体目と交代するごとに主人公に対する知識や興味が蓄積されていき、最初から流暢なコミュニケーションが取れるようになる。ノベルゲームのコンティニューのようだった。自分で体験することもなく、そう記録されているからという理由で行動を決めるのには違和感があるが、人間もほかの人は大丈夫だったから自分も大丈夫なはずだという考えで動いていることが多く、あまり変わらないのかもしれない。
3.共生仮説
小説 2024年 著:キム・チョヨプ
あらすじ
同上。
考察
人間の知性や倫理観が自身のものではなく、我々に寄生した別の生物によるものとする設定が斬新だった。人間が普遍的に持つ架空の星への郷愁や幼年期の記憶の喪失など設定の絡め方が綺麗だった。短編なので仕方のないところはあるが、寄生先に人間の脳が選ばれた理由や彼らがどう生を繋いでいるのかまで語られないと実在感が薄い。とくに、高度な知性を寄生先に与える彼ら自身がどのようにその知性を発達させるのかを説明しないと無限後退に陥ってしまう。
4.わたしたちが光の速さで進めないなら
あらすじ
同上。
考察
技術の革新は未知の世界を広げてくれるが、それに比例して孤独な人間も増やすという考えが新鮮だった。SF作品では瞬間移動や光速移動が平然と使用されるが、技術が高度であればあるだけ想定外も多くなる。いくら技術が発展して遠い場所に人を送っても、常に移動できる保証がなければ何らかの拍子に孤独になってしまう。災害によって交通網が断絶すれば明日にでも自分が孤独になる可能性があるのに、その恐怖を意識すらしていない。SFならではの規模の大きさによってその辛さが分かりやすく描かれている。
5.感情の物性
小説 2024年 著:キム・チョヨプ
あらすじ
同上。
考察
触るだけで特定の感情がうかぶ物体が発売され世界中に広まる過程と、その商品を疑う男とそれに依存する女との不和が描かれる。物体という形を持つことで人々の心をとらえることの例として電子書籍やCDが挙げられていた。人間は曖昧で複雑なものに区切りを与えることで分かりやすく認識している。感情に振り回される人間にとって、曖昧でコントロール不能な感情に形が与えられたことで、感情が分かりやすく操作可能なものだと思いこめる。世界がシンプルになる、それが物性の魅力だと考えた。
6.わたしのスペースヒーローについて
小説 2024年 著:キム・チョヨプ
あらすじ
同上。
考察
その社会の中でマイノリティな人が表に立つと過剰な期待を向けられることがあり、同時に一度の失敗で過剰な失望を受けることがある。その時、世間からするとその人がマイノリティの代表であるかのように映るが、身近にいる人にとってはマイノリティである以前に自分と変わらない一人の個人に映る。その感覚が宇宙の彼方という想像力のロマンに重ねられている。我々は未知の宇宙を想像で魅力的だと感じているが、向こうに行けば大したことないかもしれない。それを感覚として知っているジェギョンだからこそ、遠宇宙へ飛び立つという世界規模のプロジェクトを捨て、身勝手に深海に飛び込めたのだと思う。
7.秒速5センチメートル
小説 2016年 著:新海誠
あらすじ
「桜の花びらの落ちるスピードだよ。秒速5センチメートル」いつも大切なことを教えてくれた明里、そんな彼女を守ろうとした貴樹。小学校で出会った2人は中学で離ればなれになり、それぞれの恋心と魂は彷徨を続けていく──。
考察
貴樹は種子島での高校生時代、同級生である花苗からの告白を拒んだが、東京での大学生時代には二名の女性と付き合う。これには親の都合ではなく自分の行動で東京に移動したことが影響を与えているだろう。しかしこの行動は、「貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う」という明里の言葉と矛盾する。貴樹がこれを信じているのであれば、種子島にいても「ここではないどこかへ」という想いに囚われなかったのではないだろか。東京という「場所」にすべてを求めているままだった貴樹は東京での恋愛も上手くいかない。そんな折に、桜の花びらが落下するのを見て、「場所」に関わらず変わらないものを思い出したように感じる。
8.象られた力
小説 2004年 著:飛浩隆
あらすじ
謎の消失を遂げた惑星〈百合洋〉。イコノグラファーのクドウ圓は、その言語体系に秘められた"見えない図形"の解明を依頼されるが……"かたち"と"ちから"の相克がもたらす災厄を描いた表題作、双子の天才ピアニストをめぐる生と死の二重奏の物語「デュオ」ほか、初期中篇の完全改稿版全四篇を収めた傑作集。
考察
何よりも、すべての物体は形を保つことで力を抑えているという想像が斬新で、魅力的だった。身近にあふれる端正で無機質な物体。自分が座っている椅子、文字を書いている紙、紙が置かれている机、それらを支える床と壁。安定を象徴するような物体たちの中で大きな力が渦巻いていて、それは物体の形という、薄っぺらい壁一枚の中で留まっているに過ぎない。それは巨大なジェンガやトランプタワー、ヒビの入った水槽のように繊細で、蝶が羽ばたくような小さい引き金によってすべてが崩れてしまう。その崩壊には凄まじい力──その物体が生まれるのに費やされたすべての力が伴う。力で溢れた惑星を安定させるために形を裏返すという終わりも綺麗で、消えた百合洋やタカシナ兄妹にも希望が見えた。消えた星を描いた話がなぜ読めるのかというメタ的な疑問まで解決していて、中編とは思えない密度の作品である。
9.破夏
小説 2025年 著:新庄耕
あらすじ
いじめをきっかけに不登校となっていた中学生の進は、親の勧めで夏の2ヶ月を沖縄の離島で過ごすことになった。美しい海の前に建つ豪奢な家で、つかの間心を癒す進だったが、日々課される「修練」の過酷さは徐々にエスカレートしていく。
夜中に聞こえる不可解な悲鳴、儀式に使われたかのような部屋、消えた少女、豚小屋で異臭を放つ肉片。進は命がけの脱走を図るが……。狂気をおびた大人の欲望が、進の運命を歪めていく。底無しの闇に、あなたは耐えられるか。
考察
本作は主人公の一人称視点で話が進むが、ただの中学生にしては情景描写の語彙や知識が豊富すぎるように感じた。その割にナオミの死や優子の行動に対する察しがやけに悪く話に入り込めない。物語の構成的にも文章的にも、進が一度目の脱出を図った後で信介が迎えに来ることが分かりやすく驚きがなかった。信介と警察の繋がりには具体的な説明がなされず納得感が薄く、最後の脱出劇もそれまでの苦労に反してご都合主義的だった。ナオミの遺した謎解きと複雑な親子関係も付け足し感が強く、進と信介の繋がりは最後に映る唐突な喧嘩にしか感じられなかった。マミが優子のメタファーのように描かれていれば伏線になったのではないだろうか。
10.Final Anchors
小説 2018年 著:八島游舷
あらすじ
車両衝突まで残り0.488秒。
AIによる「最後の審判」、開始。
考察
AIたちが基本的に嘘を吐かず不正もせず事実に忠実に動くからこそ、ただの人間を描くより人間らしさが光っている。物語の終盤に至って、「ルリハは、サイモンを救う唯一の道をようやく見いだした」。その方法は嘘を吐き約束を破るという単純なもので、人間ならすぐにでも思いつき、実行できる。読者が想定しない解決法を発見して驚かすのではなく、人間なら誰でも思いつくような方法をAIが思いつけないことで驚かす構成がテクニカルだった。感情をもって間もないからこそ人間より感情に忠実で、相手の感情を否定しないAIたちの会話がとても爽やかだった。
11.回樹
小説 2021年 著:斜線堂有紀
あらすじ
ふたりで過ごした恋人の日々。
取調室でいまは、ひとり。
考察
死や愛情という分かりにくいものをはっきりさせてくれる点で『感情の物性』と似ている。人間は行き場のない死者を墓に託すが、死者の代わりに墓を愛するようにはならない。その人が死んでしまったというのは事実で、それについて悲しむのは当然である。そこを愛情で固定されると人を亡くすことへの抵抗が減るのではないだろうか。初露への愛が努力によるものだったとすれば、回樹のことも努力で愛そうとするのかもしれない。
12.もしもぼくらが生まれていたら
小説 2019年 著:宮西建礼
あらすじ
小惑星衝突が迫る日々の中で、ぼくらは衛星構想コンテストを目指した。
考察
この作品は『華竜の宮』に似ていた。小惑星の衝突から日本を守ることを建前に世界は核を開発したがっている。今回は凌げても、いずれ核が開発されるのは必然である。高校生の主人公たちにできることは少なく、何とか考えぬいた核不使用で小惑星との衝突を避ける方法も大人に先を越される。しかし主人公はそれを嘆かず、むしろ遠い国の知らない誰かが、自分たちと同じように地球の未来を案じて思考を巡らせていたことに希望を見出す。ディストピアが確実視される中で、それに少しでも抗うこと自体をテーマとしている。
13.あなたの空が見たくて
小説 2019年 著:高橋文樹
あらすじ
星海旅行で出会った地球人から後日届いた、彼の最期の映像記録。
考察
『共生仮説』と比べて寄生する側のメリットも提示され実在性があった。共生の様子を種族すら異なる第三者の視点から描くことで、寄生という生態を優しさや友情に無邪気に還元しない客観性を保ちながら、互いの利益を守ってさえいればそれを友情だと思いこむことも悪くないと思える構図になっている。これが『華竜の宮』において主人公の目指していた関係だと感じた。
14.大江戸しんぐらりてい
小説 2020年 著:夜来風音
あらすじ
徳川光圀の命を受けての和歌研究は前代未聞の算術長屋を生み出した。
考察
人間を圧倒する計算力による未来予測は、多くのSF作品で扱われてきた。1958年には安部公房『第四間氷期』で地球規模の海面上昇を予測する電子頭脳が登場しており、2010年には小川一水『アリスマ王の愛した魔物』で自国と他国の全ての数値を計測・計算することで国を繁栄させる魔物が登場した。『第四間氷期』が出版されたころには既に人工知能が存在していたらしいが、とくに現代でこのテーマを扱おうとするとどうしてもAIになりがちである。あえて改変歴史ものとすることで和歌による計算という斬新なアイデアが生まれていた。
15.くすんだ言語
小説 2017年 著:黒石迩守
あらすじ
普遍的な意思伝達を可能にする中間言語。
その言葉は人と世界を侵食していく。
考察
『伊藤計劃トリビュート2』に掲載されたことからも明らかな通り、伊藤計劃『虐殺器官』に大きな影響を受けた作品である。「中間言語」はその名称に反して言葉が伝わるというよりも感情が直接伝わるイメージだが、感情の大きさについては自分の実感と異なるところがあった。私が幼いころに「死ね」や「殺す」という強い言葉を使った理由はその時の感情を表現できる的確な言葉を他に知らなかったからという感覚があり、言葉は感情を控えめにしたものというよりも感情を誇張したものという感覚が強い。いじめの加害者が「嫌い」や「死ね」といった言葉を使うとき、実際にそのような感情が渦巻いているかと考えるとそうでないことの方が多いのではないだろうか。
16.ショッピング・エクスプロージョン
小説 2021年 著:天沢時生
あらすじ
探せ。当店のすべてをそこに置いてきた。
増殖する商業施設をめぐる電脳冒険ロマン。
考察
人間の開発した自然増殖する自生品によって世界が侵食されるという設定は環境汚染や海面上昇など、高度な技術を制御できないことによるディストピアに分類できる。すべての商品に自己増殖という生物らしさを与えることで癌のように増え続けてしまう。それを制御できるシステムが整っていた時は資源枯渇が解消され夢のような暮らしをおくっていたが、それが壊れると何もできなくなってしまう。自分たちの快適さだけ求めて、将来それが壊れてしまうリスクを考慮しない点は『わたしたちが光の速さで進めないなら』にも似ていた。こういった構図は被害を受けるのが未来の世代であり、彼らにとって敵が過去の人間になってしまうことがやり場のない怒りを生み出す。
17.青い瞳がきこえるうちは
小説 2020年 著:佐伯真洋
あらすじ
仮想空間でのスポーツが普及した日本。俺は創のために、幻の卓球台に立つ。
考察
視覚障害を持ち全盲の主人公が卓球を行うが、最新技術によって他者の視覚を共有できるようになる。私からすると視覚情報がないことは感覚の欠如であり、卓球を行う上で障害にしかなり得ないと思っていたが、視覚を共有した主人公はその不自由さに戸惑う。見えるからこそ見えないものが怖い・前は安心だが後ろは怖いという考えが新鮮だった。我々も、今見えていない場所に何があるはずかを常に想像することで、前と後を等質な座標的空間として捉えられるかもしれない。
18.それはいきなり繋がった
小説 2021年 著:麦原遥
あらすじ
あの感染症が広がった翌年のこと。僕たちの世界に“向こう側”が現れた。
考察
世界的なパンデミックと時を同じくして対の世界が現れた。対の世界の感染症には感染しないことがわかったので盛んに交流が行われる。その特性を生かして、主人公は対の世界のJと付き合い、こちらの世界のJは対の世界の主人公と付き合うことにする。クローン人間のようなテーマと同じく、複製ができるというのは魅力的な世界だが、それによって死が軽んじられることを恐れていると考えた。大量生産大量消費に人間も組み込まれ、自分自身がいつのまにか誰かの死を願ってしまうことの恐怖が描かれている。
19.無脊椎動物の想像力と創造性について
小説 2021年 著:坂永雄一
あらすじ
巨大な蜘蛛の巣に覆われた京都市。それは彼女の遺した新世界。
考察
「砕けた石畳から咲いた花の上で、小さな蜘蛛がつま先立ちになって糸を風になびかせている。新天地に旅立とうとしているのだろう」
これは本作冒頭の文章だが、全文を読み終えてから見返すとじつによく作品全体を象徴していることが分かる。蜘蛛は本能に従って風に飛ばされるだけだが、擬人法によって自らの意思で飛び立つかのように読める。その行為は未知の世界を期待する想像力を前提にしている。「砕けた石畳から咲いた花」は糸による蜘蛛の適応力、すなわち創造性の隠喩になっている。
20.滑車の地
小説 2012年 著:上田早夕里
あらすじ
海が泥になってしまった地上で、点々と浮かぶ島々を滑車がつないでいる。
地下には煌びやかな高度文明。彼らは土を地上に棄てていく。
地下で製造された機械獣と、地上の誇りを持つ人間は空へ跳べるのか。
考察
『華竜の宮』と同じ著者であり、テーマもよく似ていた。地下の繁栄の犠牲となる地上人に、人工でありながら人間と争う獣たち。人工機械でありながら人間と変わらないリーアはアシスタント知性体やツキソメと重なる。立場の違う相手との協調や相互理解という目標も一致しているが、本作では地下という存在が特有である。これによって地下・地上・海・空という対比が行われる。地下から来たリーアが地上人の飛行機を操縦して空に飛び立つラストがそれを象徴している
21.夏への扉
小説 1956年 著:ロバート・A・ハインライン
あらすじ
ぼくの飼い猫のピートは、冬になるときまって「夏への扉」を探しはじめる。家にあるドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。そして1970年12月、ぼくもまた「夏への扉」を探していた。親友と恋人に裏切られ、技術者の命である発明までだましとられてしまったからだ。さらに、冷凍睡眠で30年後の2000年へと送りこまれたぼくは、失ったものを取り戻すことができるのか──新版でおくる、永遠の名作。
考察
前半で失ったものを後半ですべて取り戻し、自分を裏切った相手の情けない姿も見て、自身の発明はより強化されたバージョンで世界に広まる。猫や人間との掛け合いはレトリック豊かで子気味よく、さわやかな物語だった。すべてが上手くいく展開はSFらしくないとも感じるが、現実であればどうしようもないことを規格外のやり方で解決できてしまうこと、ファンタジーよりも近い将来に起こり得そうなことこそがSFというジャンルの持つロマンだと再確認できた。
22.おいしいごはんが食べられますように
小説 2025年 著:高瀬準子
あらすじ
真面目で損する押尾は、か弱くて守られる存在の同僚・芦川が苦手。食に全く興味を持てない二谷は、芦川が職場で振る舞う手作りお菓子を無理やり頬張る。押尾は二谷に、芦川へ「いじわる」しようと持ちかけるが……。どこにでもある職場の微妙な人間関係を、「食べること」を通してえぐり出す芥川賞受賞作!
考察
どこにでもある職場らしく空気を読む場面が多い。その結果、二谷も押尾も、相手に言われてもいないことを勝手に読み取って苛立っていることが多い。そして二人とも、言葉で説明せずに空気でメッセージを伝えようとする。しかし空気を読む感覚がない芦川にそれが伝わらず余計に苛立っている。暗黙のコミュニケーションとマナーが基盤の社会で、それを疑うことすら疑われる閉塞感、抗うことへの徒労感がじっとりと表現されていた。コミュニケーションが重視されながら意見は避けられ、会話は増えるのに言葉は減っていく。
23.黄金珊瑚
小説 1961年 著:光波耀子
あらすじ
あなたも黄金珊瑚を見にきませんか?
それこそは永遠の美、真の叡知、あらゆる種族の上に君臨します。
考察
黄金珊瑚に支配された町の人々は明確な意識を持たず、今までこなしてきた役割を気の抜けた顔でこなし続ける。全員気が抜けているが、抜けている同士で上手くやっている。この様子は伊藤計劃『ハーモニー』を彷彿とさせる。本作ではディストピアのように描かれる状況をユートピアと感じさせたのが『ハーモニー』の特徴ではあったが、状況としては似ているものを半世紀も前に書いていたのは驚いた。深海という人の手の届かない所でひとりでに育つ黄金珊瑚がありありと想像でき、この先の絶望感を感じられるいい終わり方だった。
24.Refined Self
ゲーム 2023年 制作:Lizardry
概要
どんなゲームでも、人によって進み方や何を選択するかは様々。
誰一人としてまったく同じようにプレイすることはありませんよね。
そう、ゲームをどうプレイしているか、そこにはその人の性格が出ているもの。
そんな自分の性格を知ることができるのが――Refind Self
考察
自らの行動によって性格を診断してくれるが、ゲームでは現実よりも行動のハードルが低い。そのため、現在の性格を診断するというよりも自分の理想の姿を表しているように感じた。診断をすべて見るには三回のプレイが必要だが、BGMやドットイラスト、会話の雰囲気がよく、可能な行動も十分多いので飽きることは無かった。しかし完全にクリアしようとするとかなりの回数プレイする必要があるうえ、やったことのない選択を虱潰しにやるようになるためゲームの性格が変わってくる。
25.百年文通
小説 2025年 著:伴名練
あらすじ
女子中学生の小櫛一琉は、引き出しに入れたものが百年前に送られる不思議な机を発見する。そうして机を通じて手紙を送ってきた大正時代の少女・日向静と文通をすることになるが、仲を深める二人の間に時代の荒波が立ちはだかる──ふたつの時を超えて描かれる感動作。
考察
中心に据えられるのは静と一琉の関係性だが、コロナとスペイン風邪を使った感染症ディストピアの作品にもなっている。時代の違いや世界線の違いによる対立をも乗り越えて未来を手にしようとする結末は『華竜の宮』にも似ていた。時折差しこまれる媒介機関の存在意義もすべての世界線を含めた人類の幸福というユートピア的なものであった。百年を隔てた時間SFという紹介はされているが、実質的にパラレルワールドものでもあり、両世界間での協力を本格的に書けば長編にもできそうなアイデアの作品である。
26.地火
小説 2000年 著:劉慈欣
あらすじ
本作の主人公・劉欣の父親は炭鉱労働の末に肺を患って亡くなった。劉欣は石炭をガス化してパイプライン輸送する計画で業界を改革しようと、地中で石炭を燃やして燃料ガスに変える実験を始める。それが思わぬ事態の引き金になるとも知らずに……。
考察
高度な技術の発展と人間の傲慢さを組み合わせた典型的な環境破壊ディストピアだった。人間描写が上手く、現実社会にも存在していそうな登場人物と彼らの信条によった納得感のある行動選択によって、実際にこのような事件が起きてしまいそうなリアリティがある。炭鉱夫の労働問題という社会的な面にも切り込みながら、SFらしい自然への畏怖を両立させている。長期的な目標を掲げる劉欣と目の前の日々を重視する李民生は互いの短所を補い合える関係であり、彼らが互いに歩み寄れば別の結末を迎えられただろう。長年一つの立場で働くことで視野狭窄に陥ってしまうことへの警鐘とも感じた。
27.環形錮
小説 2014年 著:酉島伝法
あらすじ
脳の指紋であるところの“思紋”を同調させることによって人を模倣できる己媒者。
犯罪者をミミズのような形にして地中の牢獄に閉じ込める環形錮。
父親殺しの容疑で環形錮を課された主人公は過去を探りながら脱獄を目指す。
考察
人ならざる姿に変えられ永遠に地中で監視される環形錮に始まり、四肢を萎凋させてしまう感染性の病気、認識の階層化などディストピアSFで使われる手法が大量に織りこまれていた。主人公が思紋を同調した己媒者に操られていたとするのであれば、己媒者は敵国のスパイで、バイオテロに抵抗する主人公の父親を殺すためだったのかもしれない。裳漿をつけていない蛻者に医療機器が効かないということから、彼らが感染源にされている可能性もある。
28.良い狩りを
小説 2012年 著:ケン・リュウ
あらすじ
妖怪狩りの家系だった梁は父が狩った妖狐の娘を助ける。町からは魔力が失われ始め、人に化けた妖狐は狐に戻れなくなり、妖怪狩りの仕事は需要がなくなる。伝統を破壊され機械と効率の町になった中国で、二人は新たな姿を模索する。
考察
妖狐という種族と狩りへの誇りを忘れないままで、変わりゆく社会に適応する姿は予想外で面白かった。環境がいくら変化させられても、それを自分の選択と行動で上書きすることで受けいれる柔軟性は環境変化の多いディストピアで重要な要素だと感じる。これをきっかけにディストピアに対抗していくようなキャラクターの特徴を挙げられるかもしれない。『華竜の宮』のツキソメ、『もしもぼくらが生まれていたら』のトモカ、『百年文通』の日向静などを考えてみると女性キャラクターが多いが、古い作品まで考慮してみないことにはわからない。
29.詩帆が去る夏
小説 1987年 著:梶尾真治
あらすじ
<レヴィン伝説>──クローン生物はクローン元の後天的な記憶まで発現するという噂を頼みにした男は、心中した妻・詩帆を複製し裕帆という名の娘として育てる。遺伝子は彼女をどこへ導くのか。
考察
裕帆の感情と詩帆の感情を照らし合わせると、詩帆も主人公の過度なまでの優しさに不安を抱いていた可能性がある。そのために詩帆が嘘を吐いたのだとすると、主人公の怒りはむしろ詩帆を安心させたかもしれない。しかしその嘘は幸せにはなり得ないものだった。二代目にして裕帆に男側からのアドバイスがあったからこそ、今度の二人は幸せになるだろうと思える。詩帆と裕帆の最大の違いは自分を愛してくれる親がいること、つまり主人公自身の存在であり、それが裕帆を幸せな未来に導くことは皮肉的だが、よほど健全な結末だろう。
30.嘘と隣人
小説 2025年 著:芦沢央
あらすじ
背筋が寒くなるどんでん返しの快感
ミステリ・ランキング常連の注目作家による、新境地連作ミステリ。地獄は始まる。あなたの隣の小さな悪意から……。
考察
ミステリー的な部分よりも昨今の人間関係の複雑さに主点をおいており、直木賞候補の作品だが芥川賞らしさがあった。あっと驚くというより考えさせられる作品。私は『九月某日の誓い』が芦沢央の中で最初に読んだ作品で、それが大好きだったので驚きSFのイメージが強かったが、元々はこの作風なのだろう。個々の作品としても、人間関係のリアルな嘘や葛藤が共感できる形で書かれていて、日常の観察眼が鋭いと感じた。ただそこを強調するために、犯人の動機や相談者の思考(引き際?)に納得できないところも多かった。
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