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4年 山中拓実 RES
1.『月蝕』(TYPE-MOON)
<あらすじ>
 志貴の貧血はおさまることがなかった。体の不安定さは、胸のキズだけが原因ではなかったようである。寝ていると「君。そんな所で倒れてると危ないわよ」――――と。 
そんな、懐かしい、声がした。
「久しぶり。大きくなったわね、志貴」
「はい。先生もお変わりなく」
「――――志貴。君、自分が長くないって気付いてる?」
「――――ありがとう。先生に会えて、良かった」
月蝕の時はそう遠くない。
<考察>
 月姫本編のクリアー後に解放される、志貴のために描かれた物語。ここでは志貴はもう長くは生きられないことが明かされている。このシナリオで登場する先生は、本作の冒頭で登場したきりアルクェイドのシナリオで一度触れられた限りで、本当に忘れられてしまったかのようになっていた。
 しかし先生の言いつけを最後まで守り続けた志貴は再会を果たす。これは、同じく言いつけに沿ったプレイによってゲームを攻略したプレイヤーとしても再会の意味合いがあり、本作が本当の結末を迎えたことを実感させられた。ここで最も志貴とプレイヤーの境界は薄れ、同一化していると感じた。
 「月蝕」とは。私なりの考察であるが、通常この現象は「月食」と表記されるだろう。「蝕む」の字を選び取った理由があるはずである。まず「月」についてであるが「月姫」がアルクウェイドであるからして一見、彼女のことと考えられる。しかしそれは早計だ。
 私はこれを、志貴のことを指していると考える。志貴は七夜という、遠野家の影の存在、暗殺者の一族の生き残りである。そのため表向きな遠野を太陽として捉えたとき、七夜は月となる。また志貴の死が近いことをこの物語は提示している。であるからして「蝕」の字が当てはまるのは志貴である。

2.『閑話月姫』(TYPE-MOON)
<あらすじ>
 わたし「瀬尾アキラ」が男の人に声を掛けられ、それがきっかけで遠野志貴と出会ったのは今から三日前のことである。わたしは簡単そうで、複雑な「未来視」ができる。
 ぶらぶらと町を歩ていると、誰のモノとも知れない凄惨な現場を見てしまった。わたしはその時叫んでしまった。男は、まさに鬼気迫るといった感じで叫ぶ少女を見て、これも何かの縁だと感じた。そこで彼女と話すことにした。
 男は「遠野志貴」と名乗り、話しているうちにアキラは志貴ならばこの未来を変えることができるかもしれないと考えるようになった。ただ、アキラは同時に不安も覚えていた。視た男はどことなく志貴に似ていたのだ。
 次々と起こる事件、志貴を名乗る男の正体は。
<考察>
 本作においてもシナリオの叙述トリックは健在である。「幻視同盟」では3日目まで行動を共にしていた「遠野志貴」が偽物だった。プレイヤーは本作が『月姫』本編の後日談であるため、年上の顔をしていてもあまり不思議には思わない。しかし判明してから立ち返ってみると、色々と不整合が見えてくる。一か月前に起きたホテルでの事件にしては志貴の顔は大人びすぎている。しかしこれは、本編ではほとんど志貴の顔が描かれなかったこともあり、わかりづらい。
 没入の対象。本シナリオは少女であるアキラが一人称となり、プレイヤーは彼女に没入することになる。そのため、志貴に没入することができない。この要素も偽物であることを見抜けない理由だろう。
 アキラが持つ「未来視」の能力は非常に巧妙に設定されている。彼女の能力は単に未来が視えるわけではなく、すでに確定している「過去」から未来を演算している「予測」なのだ。そのため、大きな変化が加わらなければそのまま未来が発生する。
 しかしある意味ではその起こり得る未来を変えることもできる。そのためにアキラに行動させる要因にもなり、希望にもなる。

4.『Aster』(RUSK)
<あらすじ>
 父に憧れ、料理人の夢を追う榊 宏(サカキ ヒロ)は幼馴染の双子、沙耶と沙希と腐れ縁と言える仲が続いていた。花火が中止になったり、プールに遊びに行ったり、天文観測をする中で、宏は沙耶と恋人となる。次の観測まで一か月と迫る最中、沙希が出場する試合の観戦に沙耶は訪れていた。
 大会が終わり、3人で打ち上げをしようというところで沙耶と連絡が取れなくなった。待ち合わせ場所にも来ることはなかった。時刻は18時を回り、ようやく着信。沙希からだった。「ごめんね」と涙ながらに謝る彼女。「……沙耶は……死んじゃった……」
 物語は、始まったばかりである。
<考察>
 本作は実行ファイル起動時に、コンフィグ画面が出現する。その後、「開始」のボタン押下によりそのままゲームが開始される。本作の特徴に「選択肢がない」「起動時にオープニングが再生されず、簡素な画像表示のみ」「初回プレイ時には起動後にスタート画面がなく、代替品としてコンフィグが出現する」などがある。そのためにいわゆる一本道の本作に上記の特徴が重なることで、区切りをつけていないことが読み取れた。それによりプレイヤーは自然と作品世界に没入することができるだろう。そして沙耶√が終わりを告げたとき、OPが挿入される。ここからが本作の本質なのだと示されている。

 本作の大きな特徴として「4人の主人公」と「5人のヒロイン」が登場する。その中には事故の被害者である沙耶、加害者、さらには遺族までもが含まれている。本作は美少女ゲームの特徴である「没入」や「感情移入」を巧みに利用し、プレイヤーに深みを見せることで苦痛を与えている。しかしそれがプレイヤーを感嘆させることもその通りなのである。
 だが、これは非常に危うい特徴とも言えるだろう。一人称視点のノベルゲームは、上記のように他人の人生をまるで自分のものであるかのように追体験することができる。するとどうなるだろうか。本作のような限りなく苦痛でしかない物語をも同様に体験し、咀嚼するのである。

 本作はネット上で『君が望む永遠』と酷似しているといわれる。しかしこの情報はどうやら、本作の体験版が配信された際にいわれたものらしい。比較したい。ヒロインについて。遙と比較して本作のヒロインたちは少女性を色濃く持っている。顔立ち、等身、服装、言動、そのすべてにおいてである。確かに遙は作品内では妹の茜に次ぐ幼さを持っていた。しかし事故の前には茜はまだ無邪気な妹分であり、ヒロインとしては描かれていなかったので、遙が最も幼く映っている。彼女よりも幼い本作のヒロインたちの不幸は、悲しみを増大させるだろう。ただ『君が望む永遠』から感じられた等身大の好いている女性ヒロインへの悲しみとは、本作の感じさせるあどけなさを持っている少女への悲しみはベクトルが違うといえると考えた。更に前者は遙とこれから親密になっていける未来を期待しているが、本作はずっと続いていってほしい日常が重要視されている。これら本作の持つ力はKeyの作品が示してきた感情に類似している。

 本作とKeyの作品群との比較について。両者は比較されることが多い。それは本作のパッケージに「奇跡のないこの世界で、少女たちは優しい希望と出会う…。」と記されているように、奇跡をテーマにしていたKeyとは対称的といえるからである。上記にある少女性が、少しファンタジックな様子を見せるが、希望がないことでリアルさが一気に介入してくる。

5.『終末の過ごし方 -The world is drawing to an W/end-』(アボガドパワーズ)
<あらすじ>
 ――1週間後に人類滅亡を控えた人々の、非日常という名の日常の物語。その状況の中で、諦めたように学校へ通い続ける主人公達。果たしてその先に何があるのか。
「いいじゃない、どうせ死ぬんだから☆」
 諦める者、最後までもがく者、自暴自棄になる者、カミングアウトする者、終末の群像劇。
「―終末さぁ…空いてる?」
 ―良い終末を
<考察>
 本作はいわゆる終末を題材とした『少女終末旅行』や『風の谷のナウシカ』、『人類は衰退しました』のようなポストアポカリプスではない。これらは終末を迎えた後、生き残った者たちを描くことことが多いが、本作は終末が訪れるのを待つばかりである。それは半ばあきらめたかのように自嘲的にすごしているようにも思える。そのために留希は自分が医者を目指した不純な動機を一介の生徒である多弘に打ち明けられる。そしてポストアポカリプスな物語には自然と存在している「選民」がない。本作ではどこまでも普通な人物たちである。これによって、非日常がプレイヤーにとっては日常になっていると考えた。本作のホームページにも「――1週間後に人類滅亡を控えた人々の、非日常という名の日常の物語。」とある。
 本作の特徴は「MMX命令」に対応していることである。このテクノロジは画像や音声といったものの処理を高速化するための技術であり、インテルが1997年に初めて発表した。詳細としては演算を通常は一つずつ行うところを、一度に複数行う技術である。本作では前に表示された画像をフェードアウトしていると同時に次の画像をフェードインさせるクロスフェード処理に使用されている。またサウンドのクロスフェード処理にも使用されている。これらにより双方でシーン間のつながりが滑らかになっている。さらに本作のCGはパステル調になっており、終末までの悲壮感、虚無感を表現していると感じた。

本作の機能説明ページ
https://web.archive.org/web/20170904081632/http://www.scarecrow.co.jp/abp/shuu/mmx.html
 本作の地の文には「スクロールダウンして」など、視点移動が語られる。そうすると何かしらのアクションが起こるのだが、プレイヤーの視点であるウィンドウも同期するように変化する。視点を重要視していることがわかる。
 賛否両論あるだろうが、本作はなぜ終末が訪れるに至ったのか、結果としてどうなったのかには深く触れることはない。それは本作がそれぞれの登場人物の心情を重きに置いているためであり、世界における事象は「終末」さえあればよくなっているためであろう。

6. 『月陽炎』(すたじおみりす)
<あらすじ>
 大正時代を舞台に、神職見習いとして修行に訪れた青年・悠志郎は、遠縁の神社で銀髪の少女・柚鈴やその姉・鈴香と出会う。静謐な空気に包まれた神社で、彼は二人が抱える家族の秘密や心の痛みに触れ、やがて自らの生き方を見つめ直していく。過去と現在が交錯する中で、悠志郎は祈りと選択を通じ、彼女たちとともに運命に向き合うことになる。
<考察>
 シナリオライター宮蔵と原画家仁村有志のタッグが後のALcot設立へとつながる重要な作品であり、商業美少女ゲーム史においても転換点となった。制作会社ALcotは2025年発売予定の『Clover Memory’s』をもって解散が予定されているが、代表宮蔵の年齢と後継者不足という属人性の限界がその背景にある。解散後も版権を会社が保持する方針は、作品の保存・再販を可能にする前向きな判断であり、衰退しつつある美少女ゲーム業界において重要なモデルケースとなるだろう。大正浪漫的な世界観と儚い人間模様が、後続ブランドの物語性に大きな影響を与えている。
7. 『スケッチブック~full color's~』(ハルフィルムメーカー)
<あらすじ>
 引っ込み思案の高校生・梶原空は、周りに流されながら美術部へ入部してしまった。部員たちは顧問含め皆一癖ありながらも温かい。パペットづくりが趣味の麻生夏海、空と夏海をまとめる倹約化の鳥飼葉月。仲間たちと空は「美術」を通じた交流を深めていく。

<考察>
 物語は大きな事件を起こさず、日常の中に潜む感情の揺れや人間関係の微妙な距離感を丁寧に描き出している。特に妹のみなもは年齢ゆえの未熟さが言葉や行動に表れ、他キャラクターとの対比でその無垢さが際立つ。作画の安定性と淡い色彩設計が穏やかな空気を支え、静かに心に残る余韻を作り出している。日常系作品としての完成度が高く、観る者に柔らかい余白を与えてくれる点が魅力である。
8. 『天色*アイルノーツ』(ゆずソフト)
<あらすじ>
 かつて教師だった主人公は新たな生活を求め、空に浮かぶ島ライゼルク市国の女学院に赴任する。獣人やエルフといった異種族が共存する島で、彼は個性的な生徒たちと交流を深めていく。その後主人公は、葛藤や悩みを抱えた少女たちと交流し、未来を選び取る。浮遊都市という幻想的な舞台で、現実と異世界の境界は曖昧になっていく。
<考察>
 世界観の広がりに比してプロローグが短く、プレイヤーが島の特異性を十分に味わう前に物語が進行してしまう点は惜しまれる。しかし、画面比率「4:3モード」を自然に実装したUI技術や、キャラクターの感情表現を誇張する演出が、プレイヤーの没入感を効果的に高めている。例えばお菓子を食べただけで涙するような反応は、単なる萌え要素を超え、非日常の世界における心の動きを強調する仕掛けとして機能している。ゆずソフトらしい軽やかさと技術的挑戦が融合した作品である。
9. 『ウィズアニバーサリー』(CROSSNET)
<あらすじ>
 イザヴェイル王国南部にそびえ立ち、古くから著名な魔法使いを輩出してきたアルヴィース魔法魔術学院。この名門に通う怠惰な青年、デュオは同級生のシャル、先輩のローラ、下級生のアリス、グラニテ、ソフィアらと共に騒がしくも楽しい毎日を送っていた。学院で催される魔女の祝祭「ウィズ アニバーサリィー」の開催日が近づくに連れ、デュオは妙に彼女たちのことが気になり出す。

<考察>
 特徴的なのはイベントCGを拡大・スクロールできる「FVPシステム」であり、視覚的操作を楽しさに変換する試みが光る。従来のノベルゲームはテキストを読むだけの受動的体験に留まりがちだが、この作品はユーザーの手の動きそのものを物語鑑賞の一部に取り込んでいる。単なる技術的遊びではなく、キャラクターの表情や空間を自ら切り取る感覚を提供することで、プレイヤーと世界の距離を縮める効果がある。静的なメディアに動的な体験を持ち込んだ意欲的な実験として位置付けられる。
10. 『喫茶ステラと死神の蝶』(ゆずソフト)
<あらすじ>
 大学生の高峰昇晴は事故で命を落とすが、時間が巻き戻り再び生を得る。死神の少女たちと出会った彼は、魂を導く喫茶店「ステラ」で働きながら、人の死と再生に向き合っていく。蝶が舞う街で、死と隣り合わせの温かい日常が、彼の人生に新たな意味を与えていく。
<考察>
 選択肢の提示が物語情報に巧みに組み込まれており、プレイヤーは違和感なくヒロインの好感度やストーリー分岐に影響を与えられる。死生観という重いテーマを扱いながらも、喫茶店という日常的空間が舞台であることで、哲学的な問いが柔らかく包み込まれている。魂の残滓を象徴する蝶や、再生を思わせるカフェの営みが、死を単なる終わりではなく連続する日常の一部として描き出す。ゆずソフト特有の軽快な会話劇と深い主題が見事に共存する作品である。
2025/09/29(月) 15:23 No.2111 EDIT DEL
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