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4年 橋原芽伊 RES
4年 春休み課題1~20

1.『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』(映画)
監督:藤森雅也 原作:尼子騒兵衛、坂口和久
〈あらすじ〉タソガレドキ忍者・諸泉尊奈門との決闘に向かった土井先生が消息を絶った。山田先生と6年生が捜索を開始する一方、担任不在の1年は組では、タソガレドキ忍軍の忍び組頭・雑渡昆奈門と尊奈門が教壇に立つことに。そんな中、きり丸は偶然にも、土井先生の置かれた状況を知る。やがて土井先生を探す6年生の前に、ドクタケ忍者隊の冷徹な軍師・天鬼が出現。その顔は、なんと土井先生と瓜ふたつだった―。本作はアニメ『忍たま乱太郎』の映画三作目となる。

〈考察〉本作はアニメ『忍たま乱太郎』の劇場版3作目の作品となるが、作中の軍師がいる場所の岩の形やLLL作戦など1作目、2作目からのオマージュが多く見られた。また前作で失敗したLLL作戦が成功するなど、乱太郎たちの成長も見ることができる。また、本作で重要なキーパーソンとなった雑渡昆奈門の立ち回りについて、土井先生が記憶喪失の原因となった部下の諸泉尊奈門にヘイトが向かないよう、授業で尊奈門がかわいそうに思われるようにする、使える城であるタソガレドキに忍術学園の恨みが向かないよう、自分に恨みが向くように仕向けるような小説版では描かれていない非常に上手い立ち回りとヘイトコントロールが見て取れた。そして本作の悪役ポジションである稗田八方斎に関しても、頭をぶつけた後は普段よりも狡猾で残忍な人物として等身や睫毛の長さを変えて描き、終わった後に戻し、その間の記憶をなくすことによって普段の彼の印象を悪くさせないような工夫があると考える。他にも銭のことにおいては頭が切れるきり丸が土井先生のことを知って以降、全てにおいて選択を間違え、上手くいかないようなきり丸らしくない描写が描かれており、それが映画の原作小説にある「良かったのは俺の方だ」という部分を表すようで、きり丸にとって命よりも銭の方が大事だけど、それよりも土井先生が大事だと本心では思っていることがわかる。このように本作は土井先生の過去と、きり丸と土井先生の関係性に重点を置いた物語となっているが、乱太郎がきり丸に尋ねる部分や土井先生を取り返そうと言い切る場面などから、やはり乱太郎が主人公だと思わせるような場面があった。また一年生と土井先生の絆に注目した本作であるが、土井先生が初めて担任したのが六年生であることを思えば、六年生と土井先生の関係性、卒業生との関係も非常に感動するものがある。そしてパンフレットに記載された小説にて、六年生が本編に登場するまでに任務を行ってきたこと、その任務が忍術学園の存続を強化なものにさせていることが描かれている。その忍術学園とその周辺の城の一歩間違えばすぐに戦になりかねない緊迫した昆着状態や、天鬼が行おうとしていた作戦は周りの城から落とし、最終的に忍術学園を囲い攻め落とすものであったこと、練り物が嫌いな土井先生がいたからドクタケの練り物が忍術学園に流れていったと読み取れる、深く論理的な細かい設定が練られていた。以上からもギャグ漫画でありながら非常に優れた時代考証と時代の過酷さ、物語の深さを持つ、原作『落第忍者乱太郎』、アニメ『忍たま乱太郎』という作品の特異な点がうかがえる。他にも冒頭の人をかかし、血をヒガンバナ、鳥の卵を忍たま・尊奈門に見立てる、アニメ版とキャラの等身を変えるなど制作側の工夫が詰まった作品であり、公式の設定資料集や舞台挨拶などで語られている話を聞く度にそういうことかと感嘆し、何度でも楽しめる作品になっている。また本作の影響で忍たま乱太郎にハマる、再燃する人が多く、それは以前の『ゲゲゲの謎』のように子供向けでありながらも大人向けでもある内容であり、大人やオタクに刺さりやすいものであったからと考える。元々忍たまファンは比較的年齢層が高いイメージがあるが、それは作品に長い歴史があるからと子供の時からずっと好きでいられる作品、大人だからこそわかる魅力がある作品であることが挙げられると思う。幼い時にただ見ていた時と年齢が上がり、設定を知った上で見る今とでは見え方、捉え方が一変し、年齢によって感じ方も面白さも変わる、しかしどの年齢でも楽しめるというのが本作、ひいては原作漫画、アニメ版の特徴だと感じた。

2.『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』(小説)
小説:坂口和久 原作:尼子騒兵衛
尊奈門との決闘に土井先生が負けた!? 雑渡昆奈門が忍術学園の教師に!?『劇場版 忍たま乱太郎・ドクタケ忍者最強の軍師』原作本。漫画では描けないオリジナルストーリー。

本作は上記劇場版の原作小説であるが、映画とは所々違う箇所がある。本作ではきり丸が土井先生の話を聞いたのはうどん屋であるが、映画では六年生の会話を聞いた事によるものであり、うどん屋が登場するのは映画のエンディングである。また、天鬼と戦うのは小説では六年い組の2人だけだが、映画では六年生全員であり、卒業生も映画オリジナルキャラクターで、卒業生がこなしていた仕事は六年生、五年生が行っている。他にも雑渡昆奈門の描かれ方として、映画では非常に立ち回りが上手く、天鬼の最終的な目論見も分かった上での行動だったが、小説では天鬼の本当の狙いを最後に土井先生から聞いて知ることになるというものである。また六年生と五年生がプロの忍者の手前として、着実に任務をこなす実力者であることが本作や映画ではわかるが、そのことから映画で六年生全員がかりでも手も足も出なかった土井先生という人物の強さが際立っていると考える。映画では描かれていないが、本作には稗田八方斎が土井先生と自身の部下を比べ、土井先生の実力に悔しがる場面がある。このように映画と原作小説では脚色された部分、変更された部分が多々見られるが、映画ではどの年代でも楽しめるように工夫されたものであり、小説では普段のギャグ漫画では描けない『落第忍者乱太郎』の世界の深みを存分に扱った、大人向けに作られた設定になっている。特に小説の六年生たちの行動は他に知られることはない、それが忍びだからだという一文が、『落第忍者乱太郎』ひいては『忍たま乱太郎』の根幹である、忍びについて表されたものであると感じた。

3.「ミュージカル忍たま乱太郎 第15弾初演『走れ四年生! 戦え六年生! ~閻魔岳を駆け抜けろ~』」(舞台)
脚本・作詞・演出:竹本 敏彰 原作:尼子騒兵衛
個性が強すぎて団結力のない四年生は、学園長先生の思いつきでリーダーを決めることになった。決戦場所は断崖絶壁の閻魔岳。怯える四年生だったが六年生監視のもと、戦いの火蓋は切られた。知力・体力・時の運を制した者だけに与えられるリーダーの称号。決死の覚悟で頂上を目指す四年生だったが、閻魔岳には不穏な気配が漂っていた・・・

ミュージカル忍たま乱太郎では、他の舞台でも言えるが、どの公演もセットが変わらず、動いたりもしなくても、プロジェクションマッピングや場面構成がひときわ優れているため、同じでも飽きない作品になっていると考える。特に13弾では、作中に劇をするという話であるが、舞台を一回客から見た表の状態で見せ、その後舞台裏という形で裏の様子を見せる構成であり、このように同じセットでも場面が違く見えるような演出がとられ、舞台の使い方が上手いと感じた。本作の15弾では、久しぶりの山田利吉の登場、そして利吉と小松田の絡み、久しぶりの奈落落ちなど原作、ミュージカルファン双方に嬉しい展開であった。原作でも顔が描かれていない山田先生の奥さんも登場したが、立花仙蔵に変装することで山田家3人の共闘を見ることができ、考えられたストーリーであると感じた。他にも四年生のキャストが綾部喜八郎以外今回から新しくなったのだが、歴代のキャスト同様キャラクターそのものであり、また楽曲の中で名前を掲げる振り付けから、新キャストの紹介を兼ねた今作にふさわしいものになっている。映画の影響で忍たま乱太郎にハマった人がミュージカル忍たま乱太郎にもハマり、そしてミュージカルに出ている俳優、出ていた俳優にハマていき、その俳優が出ている舞台を見に行く人が多くなっている、また多くなっていくと考える。

4.『舞台 忍たま乱太郎 三年生といっしょに!いつもいっしょに!の段』(舞台)
脚本・演出:其輪道哉 原作:尼子騒兵衛
ときは戦国時代。忍術学園に通う乱太郎、きり丸、しんべヱはいつも楽しい毎日を過ごしていた。先輩方が集まって反省会をしているのを見かけたり、ただのおつかいなのに予習をしたり、まともに食堂に行けない方向オンチの先輩を見守ったり、ドクタケ忍者にスカウトされちゃう先輩もいてもう大変。そんなてんやわんやな日々を過ごしていても、いつもあかるく、たのしく、ゆかいな学園生活を過ごしている「忍たま」たち。アニメの世界をそのままに。舞台ならではのエピソードを加えて、オムニバス形式でお送りするギャグ満載の舞台「忍たま乱太郎」。

本作はミュージカル版とは異なり、アニメの話をオムニバス形式で送る作品となっている。そのためアニメの物語そのままで描かれているが、アニメでは1話10分の尺の影響から舞台では各話少し伸ばさなければならないため、各話の中に少しだけオリジナル展開などが見られ、そのような工夫もうかがうことが出来る。また三年生のキャストも皆、アニメのキャラクターをそのまま現実に持ってきたかのようなクオリティで、よくこんなに似ている人材を見つけたな、現実に存在したのかと感嘆せざるを得ない。アニメを見ていない人でも楽しめる内容ではあるが、アニメの物語に沿って描かれていることから、元となったアニメを履修してから視聴するとより面白さが増すと考える。

5.『星剣のソードマスター』(漫画)
原作:Q10 作画:juno 脚色:Hong Dae Ui
騎士に憧れるスラム街出身の不良少年ブラッド。黒い雷に打たれる事故をきっかけに聞こえ始めた誰かの声。ある日突然現れた青い月光の騎士がブラッドの世界を壊してしまったせいで路地裏少年の人生が180度変わり始めるのだが…。広くて高い夜空に浮かんでいなくても、誰の目にも留まらないガラクタに埋もれていようとも、自らが輝きたいと強く願うのならばそれはまさしく「星」なのだ。

本作はタイトルコールが話の中で星空の中に描かれるなど、非常にかっこよく、お洒落であると考える。また22話の騎士の誓いのような感動する展開も多く、奴隷出身であるブラッドに対しても、才能を開花させようとする者には、敵対する騎士もどんな騎士もみんな手を差し伸べるという騎士の信念の描かれ方がかっこいい。そして主人公の中にいる存在が主人公の師匠としても導き手としての存在でもあるが、作中での主人公や他の人物たちの行動や状況の説明もしている良い語り手ポジションになっており、かつ語り手でもおかしくないポジションであるため、それが不自然じゃなく自然である。

6.『俺が育てたS級たち』(漫画)
原作:Geunseo 作画:biwan 脚色:seri
F級ハンター。それも優秀なS級の弟の足を引っ張る、役立たずでカッコ悪いF級の兄。めちゃくちゃな人生を過ごし、ついに弟の命まで奪って回帰した俺に与えられた称号、「完璧な養育者」。そうだ、今度こそでしゃばらず大人しく優秀な奴らのサポートをしていこう。と思っていたのに、S級たちがちょっと変だ。

主人公の称号である「完璧な養育者」は、人の特性やスペックなど伸ばすべき所を見る事ができ、最強の人物を育てることができるというある意味最強とも言えるのだが、S級に過剰に気に入られすぎてしまう、興味を抱かせる対象となってしまう部分があり、メリットだけでなくデメリットの側面もあることが特性だと考える。そのデメリット部分が描かれていることで主人公の称号の伸ばし方、S級たちとの付き合い方に物語の面白さが現れているように思う。また、主人公の弟であるユヒョンは、主人公が可愛い弟だと思っていても、作中では異常の部類であり、そしてそんな弟をただ取り返したいと願う主人公・ユジンもまた、幼少期から異常だったという、これは世界規模の兄弟愛の話であることが、物語を読むにつれて明らかになる仕組みであった。

7.『五福の娘たち』(ドラマ)
監督:ヤン・ホワン
洛陽に住む裕福な酈家の5人の娘たちは皆美しく魅力的だが、母親譲りの荒っぽい気性のせいで地元では一向に良縁に恵まれない。そこで娘たちの将来を案じた酈夫人は、興隆を極める汴京(河南省開封の古称)に移り住み、婿探しを決意する。母娘6人は汴京で商売を始め夫探しに奮闘するが、その道のりは波乱の連続。持ち前の賢さと機転を活かして困難を乗り越え、理想の伴侶を見つけていく娘たちと、それを取り巻く人々の、ハッピーで心温まる庶民派コメディ。美人な姉妹として有名なリー家が織り成す、恋と家族愛に詰まった中華ドラマ。

五人の娘、姉妹たちが皆美しく、その相手となる男性たちも皆美男であり、映像美が優れ、見ていて華やかな気持ちにさせる物語であると考える。また、本作は五人と、その義妹である一人の結婚について描かれているが、1話50分程が全35話あるため1人につき、5〜8話程の分量があり、少々間延び感が否めなかった。しかしどの娘たちの恋のお話も面白く、結婚を描いた物語であるが、家族愛について描いたドラマであったと考える。

8.『舞台 魔道祖師 邂逅編』(舞台)
脚本・演出:伊勢直弘 原作:墨香銅臭
世は 岐山温氏が暴虐の限りを尽くし、民が苦しみにあえぐ時代。姑蘇藍氏・ 雲夢江氏・ 蘭陵金氏・ 清河聶氏をはじめとする仙門の修行者らは力をあわせ、温氏の討伐に成功する。中でも夷陵老祖である魏無羨は貢献を果たしたが、強大な力を持つ鬼道に手を染めたがゆえに人々に恐れられ、やがて身の破滅を招いてしまう。そして十三年後。呪術によって蘇った魏無羨は怪事件に出くわし、宿命の相手、姑蘇藍氏の藍忘機と再会する。事件を追ううちに十三年前の真相に迫ることとなり―2人の激動の運命をめぐる物語が始まる。様々なメディアミックスを展開してきた今作がついに世界初のコンテンツとなる舞台化が決定。舞台『魔道祖師』の第一弾となる本作の副題には“ 邂逅編”と銘打ち、重厚な世界観と複雑な人間ドラマを描き出す。

本作は中国の小説を原作とした物語であるが、漫画、アニメ、実写ドラマという様々なメディアミックスが展開されてきた。その中でも中国で取り扱うアニメやドラマはブロマンスとなっており、少しだけ話が変わるところなどがあったが、今回日本で制作された本作はどのようなものになるのか、原作小説、アニメ、ドラマ、どの要素が取り上げられているのか、注目されていた。そして本作は最も原作小説に近いストーリー展開、内容となっており、そこにアニメやドラマの要素が少しずつ取り入れられているように感じた。しかし初めて舞台から物語を見る人にもわかりやすいように、冒頭に主人公の紹介のような部分があるなど、舞台ならではの、舞台オリジナルのシーンが工夫されていたと考える。また、キャストのキャラクターのビジュアル、そして声までもアニメの声優陣に似ているなど、皆クオリティが非常に高く、原作、アニメ、ドラマファンにとって満足度の高いものとなっている。

9.『蒙古が襲来』(舞台)
作・演出:三谷幸喜
時は鎌倉、対馬の漁村。昨日と変わらぬ穏やかな一日。異国の襲来が目の前に迫っている事を、彼らはまだ知らない。『30年の充電期間』を経て三谷幸喜主宰の東京サンシャインボーイズが待望の復活!

蒙古が攻めてくるかもしれないと噂を聞いたある漁村での出来事を描いた物語で、三谷幸喜ながらの前半はコメディに溢れた作品だった。蒙古が攻めてくると聞いても信じない村の人々、戦って名を挙げようとする者など、異国から攻めてくるなど現実味がなく、穏やかで平和な日常が流れており、このまま何も起きず噂など嘘で終わるのかと誰もが思ったことだろう。しかしそんな雰囲気から一転、蒙古は本当に攻めてきて、最後で登場人物たちが一瞬で敵の矢に当たって死んでいく様は、呆気なく人の命などなんと簡単に奪われてしまうのだろうと思わせるような、先程まで普通に笑い喋っていた人物が一瞬にして動かなくなる、それが非常に現実を付きつけられるような怖い終わり方であった。そして作中で登場した吉田羊演じる未来が見える老婆が最後に立ち上がり、「いつかとは今なのです」と言い切る様に観客は皆鳥肌が立ったと思われる。いつか敵が攻めて来るかもしれない、いつか今住んでいる土地が戦いになるかもしれない、いつかこんなものが生まれるかもしれない、いつか偉くなりたいなどそんなことを考えている間に妄想してる間に、その時はすぐやってくる、考えている間にも来るかもしれない未来に備え、行動し、現在が一歩間違えばすぐに崩れ去る平和の上にいることを忘れるなと訴えかけられるような作品だった。そんなメッセージ性を最もインパクトが強い形で幕引くように、考え込まれた展開と構成にさすが三谷幸喜作・演出であると言わざるを得ないと考える。

10.『鎌倉殿の13人』(ドラマ)
脚本:三谷幸喜
平家隆盛の世、北条義時は伊豆の弱小豪族の次男坊に過ぎなかった。1180年、頼朝が挙兵するとこの無謀な大ばくちに乗った北条義時は頼朝第一の側近となり、平家を打ち破った鎌倉幕府のかじとりを担う。やがて三代将軍・実朝が没し源氏の正統が途絶えたとき北条氏は幕府の頂点に!都では後鳥羽上皇が義時討伐の兵を挙げる。武家政権の命運を賭け義時は最後の決戦に挑んだ─。

まず本作の印象的な特徴として、源義経の人物像が挙げられる。他作品では源義経を賢く悲運の人物として描かれることが多いと考えるが、本作の源義経は頭が周り戦が上手いが勝利のためには手段を選ばない非情な人物、戦が好きで時には姑息なこともする、また義理姉に甘える弟として描かれている。頭が良いが故に人の感情的な行動が分からない、人を信じすぎるところがあり、自分のことを戦場でしか役に立たない男だと言う人物として描き、そして兄に裏切られ死を迎える最後までもが他の作品ではあまり見られない源義経の描かれ方でないかと考える。また壇ノ浦の戦いにおいて、平家物語などで知られる若い武士の笛の音が描かれておらず、尺的に描かれていないのかは分からないが、源氏の物語だから描かれなかったのかと考えた。平家を滅ぼした源氏にとっても壇ノ浦の戦い最後の身投げは、源氏側にとって心に闇を落とすことであったことが印象に残っている。また作中では、対比が多く用いられている。そして物語終盤に、この物語を始めたのは主人公の姉、政子が源頼朝に恋をしたのが始まりだった、全ては姉が始めた物語だったということ、鎌倉殿の13人とは、13人の合議制のことではなく、北条家が執権の位置に着くまでに踏み台にした人数のことを言っているのだと最後に気付かされる構成が非常に素晴らしい作品であると考える。

11.『ドリフターズ』(漫画)
作者:平野耕太
時は1600年、関ヶ原・烏頭坂。西軍劣勢で退路を断たれた戦国武将・島津豊久は、満身創痍で山中を彷徨っていると、突如奇妙な空間に足を踏み入れる。事務机に座る謎の男、紫が書類にサインをすると豊久は否応なく扉の向こうの異世界へと送り込まれるのだった。かの地で目を覚ました豊久は驚愕する。そこには死んだはずの英傑・織田信長、そして古の武者、那須与一がいた!

本作は、日本、世界の歴史の教科書に載っているような偉人、有名人たちが異世界を引っ掻き回すような物語であり、歴史好きな者、歴史を勉強している者にも刺さり、多少なりとも役に立つ作品であると考える。また火薬の作り方なども学べて、織田信長が火薬の原料である硝石集めに力を入れていたこと、伊吹山の薬草園伝説など鉄砲と火薬づくりを重要視していた歴史背景と絡めて学ぶことが出来ると感じた。さらに本作の面白いところは最も有名であろう織田信長を主人公ではなく、島津豊久を主人公にしたところであり、それによって島津家を初めて知った人も島津家の異常さが身に染みて分かるような物語となっている。また本作では前述同様に、源義経が良い人物ではなく、限りなく悪の人物である描かれ方をする数少ない物語であると考える。また、戦国時代を生きた主人公の価値観がやはり戦争がない現代に生きる我々とは全く違うことが本作では伝わる。このことからも、時代、その時代で果たした役割、していたことが異なる偉人たちが同じ場所で生きている、各分野のスペシャリストが一堂に会していることで、例えば平安時代の安倍晴明と戦国時代に生きた武将たちの死生観、価値観のズレが顕著に現れており、この時代にはこのような出来事があったからこういった価値観を持っている、なかったからその価値観なのだと根本から理解でき、それが本作の魅力であると考える。

12.『だんドーン』(漫画)
作者:泰三子
龍馬が薩長同盟を仲介し、新撰組が御用改め、薩摩が英国に喧嘩を売った時代、幕末。その激動の歴史のド真ん中にひっそりと隠れて、しっかりと「仕事」をした男がいた。彼は「愛国者」か「裏切り者」か。『ハコヅメ』の作者が「日本警察の父」を描く、超本格幕末史コメディ!

主人公は日本警察の根幹を作った人物であり、その人物が警察をつくるまでを描いていく物語である。まず主人公がスパイ、隠密として暗躍する能力、人を脅迫し操る能力、尋問能力などが非常に優れており、教えてもらわなくても何故だか自然とできた、やり方を知っていたという描き方が暗い雰囲気を仄めかしつつ面白い部分であると感じた。また、コメディでありながらも、忍や、暗殺などの事柄において、時代柄、そして作者特有のものから、人の命はあっさりと儚いものとして描かれる作品全体に漂う怖さや不気味さ、リアリティさのようなものがあると考える。作者の前作『ハコヅメ』からもそのような雰囲気は漂っており、作家性の一部であると感じた。

13.『ヴィンランド・サガ』(アニメ)
原作:幸村誠 監督:藪田修平
千年期の終わり頃、あらゆる地に現れ暴虐の限りを尽くした最強の民族、ヴァイキング。そのなかにあってなお、最強と謳われた伝説の戦士が息子をひとり授かった。トルフィンと名づけられた彼は、幼くして戦場を生き場所とし、血煙の彼方に幻の大陸“ヴィンランド”を目指す!!

シーズン1のアシェラッドの剣に付着した血液を払う描写で、スヴェン王を殺害した時のスカッとした心情の時は血液が取れ、ビョルンが亡くなった時のように心のモヤが晴れない時は血液が付着したままで描かれている。またアシェラッドとビョルンの決闘で、ビョルンがアシェラッドに思いを語るシーンでは気持ちなのかセリフなのか分からないようになっており、口元が隠されていて、恐らく心情であるが台詞であるかのように息が出ている演出がされている。アシェラッドが亡くなる場面で、漫画ではナイフを落とした後ナイフが落ちている描写と見開きに回想シーンだが、アニメではトルフィンがナイフを落とすシーンでナイフに映る形で回想が描かれる。1期の終わりは2期へ続く形になるが、壮大な世界とその後に登場するキャラクターが描かれ、読者、視聴者にとっては非常に感動するものがある。そのような描写も相まって、またアニメでは1期と2期の間に時間が空いたことで全く違う物語の印象を受けるが、漫画ではすぐ次回に続くためアニメと漫画では受ける印象がかなり異なるのではないかと考える。アニメ2期のトルフィンの「俺に敵なんていない」という台詞は、これまでの壮絶なトルフィンの人生を経ての悟りであり、またその後の物語、そして最近迎えた最終回に続いていく1つの信念のようなものとなっていることが完結を迎えてより重みが増していると感じた。

14.『ぼっち・ざ・ろっく!』(アニメ)
原作:はまじあき 監督:斎藤圭一郎
極度の人見知りで陰キャな少女、後藤ひとり。バンド活動に憧れギターを始めるも友達が出来ず一人で練習する毎日。ある日“結束バンド”というバンドでドラムをやっている伊地知虹夏に声をかけられ1日だけサポートギターをすることに……

主人公はコミュ障で陰キャ、でもギターの腕は一流というような物語で、主人公が顔を隠してネットに投稿したものは有名で、ネットの世界では有名人という、知られてはいないけど実は最強の人物、伝説の人物だったという小説家になろう系のような設定が、よりオタクや中二病の人々を引き込ませる点である考える。また所々現れるアニメでの主人公のギターソロの上手さにギターを知らない人でも驚き、感嘆させる演出になっていると感じる。主人公のギターの上手さが垣間見えるシーンは非常にかっこよく、主人公の正体がいつバレるのかなどこれからの物語の期待が高まっている。

15.『ENGRAVE DREAMS』(舞台)
作・演出:伊藤マサミ
人気ファンタジー小説家、井上拓海。彼のヒット作である『双国のフロンティア』は、クライマックスを目前に休刊が続いていた。物語が書けなくなってしまった拓海を懸命に支える担当編集の佐伯真人。そして、絵師の大森夏美。なぜ拓海は筆を止めてしまったのか…?彼を取り巻く様々な人々と、あの日故郷の島で出会った海野恵子との小さな恋の始まりを懐古する拓海。そして薄明り差し込む1LDKのアパートから広がる広大な異世界。思い出すんだ、お前が作った物語を繊細な現実世界と壮大な小説世界で同時に展開する冒険譚が交互に描かれ、時に交わるヒューマンドラマ×異世界ファンタジー。

本作は主人公の書いた小説を、編集者が一から語る形で小説の物語の世界を見せていくという、現実世界と小説の世界がどちらも描かれる形となっている。また小説の作者である主人公が小説を書くまで、書いている最中の現実の過去の物語も描かれる。そして小説の登場人物と現実世界の主人公周りの人物で、同じキャストを起用していることと、登場人物の性格や境遇がその知り合いそのものであるなど、主人公が誰をモデルに登場人物を作ったのかというのが見て取れ、小説家である主人公を持つ本作ならではの発見だと感じた。

15.『怪しい彼女』(映画)
監督:ファン・ドンヒョク
キュートなルックスと並外れた歌唱力を持つハタチの女の子、オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)。容姿とは裏腹に、彼女は歯に衣着せない毒舌で、わが道を猛烈に突き進む、最凶の20歳だったのだ。しかし、誰も彼女の秘密を知らなかった。実は70歳のおばあちゃんだということを・・・そんな"怪しい"彼女が突然現れてから、奇跡のような日々が始まった―。

70歳のおばあさんが不思議な写真館に行ったことで、20歳の頃の自分の姿になるという、笑いあり涙ありのコメディエンターテインメント映画である。内容は非常に面白く、また旦那を早くに亡くし、母ひとり子ひとりという母親と息子の関係性の描かれ方なども感動するものがあった。しかしたとえ若い頃に戻り、姿が現在とは別人とはいえ、幼い頃にその姿を見ていた筈ではないのか、なぜ息子は母親だと気づかないのだろうと不思議に思った。最後には、就職に悩んでいた孫が祖母譲りの歌唱力で歌手として成功したり、祖母と義理の娘との関係性も少し改善し、全て丸く収まったハッピーエンドになっており、鑑賞後には爽快な気分になる物語だった。そして本作は日本でも多部未華子主演でリメイクされており、そちらも見てみたいと興味を抱かせる程の、オリジナルの面白さがあったと感じる。

16.『英国王のスピーチ』(映画)
監督:トム・フーパー 脚本:デヴィッド・サイドラー
吃音にコンプレックスを持ち、人前に出ることを嫌うジョージ6世。だが、厳格な父親はそんなことを許さず、様々な式典のスピーチを余儀なくされる。ある日、スピーチ矯正の専門家ライオネルと出会い、奇妙な診療を受けるようになったジョージは、友情を深めていくが、父親の死去で、王位より愛を取った兄に代わり、王位に就くことに。

本作は吃音に悩まされた王とその治療に当たったライオネルの実話に基づいた話である。一国の王に求められるものが兵を率いる武力ではなく、言葉、演説の力に移り変った時代、一国の王が抱える吃音という悩みはどれほど辛く苦しいものであったのだろうかと考えさせられる物語だった。なぜジョージ6世は吃音になったのか、その知られざる過去を紐解いていき、ライオネルの前で発露することこそ、自分自身を認め、誰かに肯定してもらうことに繋がり、それがジョージ6世にとっての吃音の一番の治療だったのだと感じた。個人的に本作を視聴した際、最後の演説でジョージ6世の吃音は治ったのだと思っていたが、授業で扱った教科書には吃音は治っていないとあり驚いた。しかし吃音が治っていなくてもジョージ6世にとってそれは以前よりも辛いものでなくなり、吃音ごとライオネルや妻が彼の一部として肯定し、何より彼自身が自分のことをそれでいいと肯定するに至った、たとえまた辛くなっても彼はライオネルたちがいれば大丈夫だと考えることもできる終わり方なのかと納得した。また脚本を担当したデヴィッド・サイドラー自身が吃音であり、抱える苦悩や問題、思いなど非常にリアリティのあるものになっているのではと考える。

17.『はたらく細胞』(映画)
監督:武内英樹 原作:清水茜
人間の体内の細胞、その数なんと37兆個。酸素を運ぶ赤血球、細菌と戦う白血球、そのほか無数の細胞たちが、あなたの健康と命を守るために日夜全力ではたらいているのだ。高校生・漆崎日胡は、父親の茂と二人暮らし。漆崎親子の未来をかけた、細胞たちの「体内史上最大の戦い」が幕を開ける!?

本作のストーリーは原作コミックである『はたらく細胞』とそのスピンオフ作品『はたらく細胞BLACK』に沿った物語であり、娘の体を『はたらく細胞』、父親の身体を『はたらく細胞BLACK』の内容に見立てている。また本作に関してはキャスティングが素晴らしく、キャストが発表されていくにつれ、どの役にどの俳優が起用されるのか非常に楽しみなものがあった。

18.『人の余命で青春するな』(漫画)
作者:福山リョウコ
芸能クラスに入学した、全てを諦めている無名女優・之依。そこにいるのは、普通の学園生活を知らない青春素人たちだった。とあるオーディションを機に、無名俳優のクラスメイト・音士と共に「死ぬ気で青春する」と決意する之依だったが、彼女には秘密があって…?全力疾走駆け抜ける、芸能×青春グラフィティ!

このような芸能界ものの物語は、大抵主人公が実は演技の才能が凄いなど、天才的に描かれることが多いと考える。しかし本作の主人公は才能の片鱗は見えるものの、オーディションには落ち続け、現在の既刊3巻の中でも特に大役を勝ち取り、クラスメイトや世がこの人凄いと感嘆するような活躍は見られない。その点が本作の特徴的な点であり、主人公が病気で残り少しの命のという問題を抱えながらも、青春を夢をもがき苦しみ、我武者羅に生きていくという部分が際立っているのではないかと感じた。また主人公の恋愛や徐々に活躍していく女優としての展開もこれから楽しみな部分であるが、最終的に主人公は余命僅かであることから、その点をどう展開していくのか、どうなっていくのかが気になるところである。

19.『武功の天才が生き残る術』(漫画)
原作:Blue seesaw 作画:YOON.C 脚色:JP
「二十歳を越えられず夭折する運命」を持って生まれた鄭煙燼(ていえんじん)。 家門の人々に冷遇される煙燼だが、自ら武功を作りあげるほど飛び抜けた才能を持っていた。 そんなある日、煙燼は自分の寿命が残りわずかであることを知り… 余命わずかな天才、鄭煙燼の生き残りをかけた奮闘記!

主人公は武術に関して天才的であり、着々と直ぐに強くなっていく様は見ていて気持ちがよく、爽快な気分が味わえる。また主人公が家族に疎まれていたところから始まり、疎んでいた家族を見返していくのかと思いきや、物語序盤で一夜にして一族が滅ぶなど、物語の展開が非常に早い。その為少々主人公が過去の辛さなど報われないような気もしてしまうが、展開が早い事で間延びしている作品より読みやすく、その点が本作の面白い所であると考える。

20.『悪党教授の生存攻略』(漫画)
作者:MOMONG、SEO.C、Ji-gab-song
会社で制作していたAAA級ゲームの中ボス。1000回中999回は死ぬ悪役、デキュレーン。そして今、それが「俺」だ。 気が付くと俺は、自分が担当していたゲーム内の悪役キャラになっていた。【最優先 生存目標:ゲームで必要な存在となってください】キャラクターの行動によって何通りにも分岐する展開、登場する多くのキャラに恨まれ、いつ死亡フラグが立つか分からない状況。このキャラクターは必然的に死ぬ運命なのだ。死ぬ運命なら、それをねじ曲げてでも生き延びてやる。教授デキュレーンとしての生き残りをかけた物語が始まる。

本作の特徴として、デキュレーンは欠点が多くあり無敵ではないこと、また主人公は開発者でありデキュレーンの死の原因を知ってはいるものの、必ず死ぬキャラクターとして決まっているために些細な選択で死ぬ可能性がずっと付きまとっていることが挙げられる。その為、そんな生きにくい世界で主人公が何時も油断ならない生活を送りながら知っている情報の限りを尽くし、死を回避していく様が、他の最強系とは違い、スリルに溢れた物語となっていると考える。そしてデキュレーンは主人公をモデルに描かれていることから性格など主人公は認めないが共通するものが多く、主人公が憑依したからデキュレーンの強さや生存の可能性が広がっていく展開で、主人公とデキュレーンは一心同体とも言える存在であり、双方が救われるような物語ではないかと考える。また教師としての立場、強くなり周りから評価が変わっていく過程が『アカデミーに偽装就職させられた』や『伯爵家の暴れん坊になった』のような作品と似ており、これらの作品が好きな人には刺さる作品ではないかと考える。
2025/08/06(水) 23:23 No.2107 EDIT DEL
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