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3年 北郷
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3年 北郷
春休み課題 1~10
①パラサイト 半地下の家族(映画) 2019年 監督:ポン・ジュノ
仕事も計画性もないが楽天的な父キム・ギテク。そんな甲斐性なしの夫に強く当たる母チュンスク。大学受験に落ち続ける息子・ギヴ。美大を目指すが予備校に通うお金もない娘・ギジョン。しがない内職で日々を繋ぐ彼らは、“半地下住宅”で暮らす貧しい4人家族である。ギヴはある時、エリート大学生の友人から家庭教師のアルバイトを頼まれる。そのアルバイト先は、IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸であった。ギヴはその後、妹のギジョンも家庭教師として紹介し、キム一家はパク一家にパラサイトしていく。“半地下”で暮らすキム一家と、“高台の豪邸”で暮らすパク一家。相反する2つの家族が交差した先に、想像を遙かに超える衝撃の光景が広がっていく。
カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた作品。第92回アカデミー賞国際長編映画賞韓国代表にも選出された。
7放時代と称される、韓国の競争社会や格差社会の問題を扱った作品。キム一家とパク一家がそれぞれ貧困層と富裕層を体現している。
この作品で着目するのは、「匂い」で貧富の格差が表現されている点である。パク・ドンイクは、運転手として雇ったキム・ギテクの匂いを「古い切り干し大根のような匂い、あるいは地下鉄の乗客の匂い」と言う場面がある。そしてこの匂いは作品を通して、キム一家が纏う匂いとして表現される。これは、半地下に住むが故の、カビやほこり臭さ、度々家の近くで撒かれる消毒剤の匂いが混ざりあった独特な匂いであると考える。消すことができない家の匂いによって、貧富の差が表現されており、両者が共存することの難しさを表現していると考える。
②そして父になる(映画) 2013年 監督:是枝裕和
順調な人生を送るエリート会社員の野々宮良太。しかしある日、妻と6年間育ててきた息子・慶多が、出生時に病院で取り違えられていたことを知る。そして、夫婦は共に過ごした時間と血縁のどちらが大切なのかを考え、苦悩する。
映画は小学校受験の面接の場面から始まる。そこでは、面接官と家族をカメラの真正面から捉える手法が使われており、是枝監督の画面切り替えの特徴が出ている。
また、対話を通して人物らの本音が語られていくことも特徴であると考える。
この作品では、登場人物らが会話をする中で、本音が語られる場面が多いと感じた。その際、カメラは固定されず、役者と一緒に動いていく。これによって生まれる画面の揺らぎが、不安を抱え、不器用ながらも問題に向き合う人物の心情と一致していると考える。
そして内容の面に関して、本作では取り違えられた子どもを巡って、2つの家族の在り方が描かれる。一人息子を大切に育てるエリート家族、野々宮夫婦と、三人兄弟に囲まれ、自由な教育方針をとる斎木夫婦である。夫婦は子どもを交換しあい、相手方の家族と子どもを共に生活させて様子をうかがうことにした。しかし、生みの親と育ての親では教育方針が全く異なり、夫婦や子どもたちは違和感や不信感を抱きつつも、互いに寄り添おうとし、次第に心を通わせていく。
最後、2つの家族が子どもたちを取り替えるのか否かは明示されない。幸せや家族の在り方を明確にしないことで、作品に余韻を持たせていると考える。ここに、是枝監督の作風が表れていると考える。
③美少女戦士セーラームーン(アニメ)1992年 制作会社:東映アニメーション 監督:佐藤順一、吉沢孝男、幾原邦彦、竹之内和久、小坂春女
月野うさぎは、ちょっぴりドジで泣き虫な14歳の女の子でふつうの中学2年生。ある日黒猫のルナから自分が月の戦士“セーラームーン”だと告げられる。ほかのセーラー戦士とともに月の戦士を探して欲しいというのだ。うさぎは月の戦士セーラームーンとなって、街の人々からエナジーを奪うダークキングダムの妖魔と戦うことになる。
これまでの魔法少女モノとは異なる、戦う少女を描いた作品で、女性の活躍に対する当時の社会意識の高まりが影響していると考える。
作中で、主人公は徐々に戦う仲間を増やしていき、最終的には5人となって、チームとして戦う。ここには、戦うヒーローであるスーパー戦隊モノの要素がみられる。しかし、戦いは肉弾戦を伴うものではなく、魔法やスティックなどを使うものであり、暴力性や攻撃性をキラキラなエフェクトや効果音によって和らげていると考える。また、ピンチになったときは「タキシード仮面」という男性キャラクターがさっそうと現れ、セーラー戦士たちを手助けする。
女の子が力を合わせて戦うといった新しい構図が生まれたものの、最終的には魔法や男性の力が必要である点に、当時の女の子に対する価値観が反映していると考えた。
④キボウノチカラ〜オトナプリキュア'23〜(アニメ)2023年 制作会社:東映アニメーション、スタジオディーン シリーズディレクター:浜名孝行
おっちょこちょいなところもあるが、いつも明るく前向きな夢原のぞみ。どこにでもいる普通の中学生だった彼女は、パルミエ王国からやってきた不思議な妖精・ココと出会い、みんなの希望を守るため、希望のプリキュア・キュアドリームとして仲間と力を合わせ強大な敵に立ち向かった。それから時は過ぎオトナになったのぞみたち。それぞれの道を未来に向かって進んでいた。仕事にプライベート、仲間、家族、恋、楽しく忙しく過ごしながらも…オトナになってからの悩みや壁に苦悩を抱える日々。そんな中、突如、人間を襲う謎の影・シャドウが現れて…!時計塔の鐘の音が響くとき、オトナになったのぞみたちの新たな物語が動き出す!
20周年を記念して、『ふたりはプリキュアSplash☆Star』『Yes!プリキュア5GOGO』のキャラクターたちが大人になった世界線を描いた作品。
社会人になったプリキュアたちが、社会の荒波に揉まれ、自分自身と葛藤する姿が描かれる。
「プリキュア」では、真っ直ぐな思いがあれば何でもできる、といった姿が描かれることが多いが、本作では思いだけではどうにもならないこと、努力が必ずしも報われない場面など、現実味のある内容となっている。また、新しい敵「ベル」が人々を襲う理由として、戦争や地球環境問題が絡んでいるなど、全体的にファンタジー要素は切り離され、現実世界と地続きになっている点が多いと考えた。
しかし、プリキュアたちが敵を倒すために変身する際、一時的に中学生の姿に戻り、変身バンクも当時使われていたものがそのまま使われている。この変身シーンは、本作の一番の見どころとなっている。この演出は、視聴者に懐かしさをもたらすとともに、プリキュアたちの中にある子どもの頃から変わらない信念を象徴しているのではないかと考えた。
このように本作では、従来の作品と視聴者のターゲット層が異なるために、プリキュアたちの成長の描き方、敵の背景、変身シーンの意味づけを変え、視聴者に寄り添う作品になっている。
⑤ミギとダリ(アニメ)2023年 制作会社:GEEKTOYS × CompTown 監督:まんきゅう
1990年2月神戸市北区オリゴン村。児童養護施設で過ごしていた双子の少年ミギとダリは、ある日裕福で穏やかな老夫婦、園山夫妻に養子として迎えられる。しかしそれはふたりの少年「ミギ」と「ダリ」としてではなく、ひとりの少年「園山秘鳥」としてだった。2人は正体を隠し、園山秘鳥を演じながらオリゴン村に溶け込んでいく。一体何のために2人で1人の人間を演じているのか。そこには大きな秘密と恐るべき目的があった。
母を殺した犯人を探すために、1人の人物として振る舞う双子の物語。
完全な主観であるが、本作では『パラサイト 半地下の家族』との類似点がいくつか見られると感じた。
例えば、血の繋がりがない家族が描かれている点である。主人公らの母親は昔に殺されており、園山老夫婦に、養子縁組として引き取られる。また、主人公らと対をなす存在の「一条瑛二」の家族も、血の繋がらない家族であることが後半で明かされる。このように、本作では血の繋がらない家族が描かれている。
さらに、本作品では「地下」的場所が重要な位置を占めている。
主人公らは園山家では「園山秘鳥」という1人の人物として振る舞わなけれはならないため、片方は姿を隠さなければならない。
食事をする際には片方はダイニングテーブルの下にもぐって食べ物をもらい、片方が家の中で生活している間は片方がベッドの下に隠れる。また、一条家の地下には特別な部屋があり、怪しい動きを見せた人物はそこで「再教育」させられる、という設定がある。
このように本作では、テーブルやベッドの下という「地下」的な場所や地下室そのものが出てくる。
そして、それは見られたくない真実を隠す場所として描かれており、『パラサイト 半地下の家族』にも共通する。
これらのことから、『ミギとダリ』には『パラサイト 半地下の家族』と類似する点があると考えた。
⑥ズートピア(アニメ映画) 2016年 制作会社:ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ 監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア、ジャレッド・ブッシュ
様々な動物たちが暮らす大都会ズートピア。主人公のウサギ、ジュディは新人警察官としてズートピアに配属される。そこで出会った詐欺師のキツネ、ニックと共に、ズートピアで起こった大事件を解決していく。
この作品では、肉食動物と草食動物の関わりを通して、隠れた偏見や差別の問題が描かれている。
例えば、草食動物は弱い存在と決めつけられ、能力や社会的立場が低く描かる。一方で、肉食動物は凶暴であるなど、種でその人の人格や価値が決められてしまう。
このような状況の中、主人公のジュディは草食動物と肉食動物が平和に暮らす社会に憧れ、警察官として働き始める。差別を許さず、平和や平等を掲げるジュディであるが、肉食動物に対する無意識な偏見に気づいていない。しかし、ニックとの関わりを通して、自分が持つ偏見に気づき、反省し、新しい価値観を見つける。
よって、この作品では差別や偏見をなくすためには自分が無意識に持っている固定観念に気づくことが重要であることを訴えかけており、差別問題に対するディズニーなりの解決策を提示していると考える。
⑦怪人二十面相 私立探偵 明智小五郎(小説)江戸川乱歩 新潮社 2016年
大物実業家・羽柴壮太郎に届いた一通の予告状。その差出人は天下の大泥棒「二十面相」。二十面相はありとあらゆる人物に成りすまし、数々の秘宝を盗み出していく。勇敢な少年探偵、小林の活躍と、明智小五郎によって劇的トリックの空中戦が繰り広げられる。
本作では正義の天才として明智小五郎が、悪の天才として二十面相が描かれている。二十面相は盗みを働く悪者である。しかし、犯行前に予告状を出すことや、決して人は殺さないなど、怪盗としてのプライドを持ち合わせており、どこか紳士的な一面もある。
巻末の解説で、辻村は、明智と二十面相はそれぞれに自分なりの正義を持っていることを指摘する。
私はこの意見に賛成で、それぞれが正義を持つからこそ、両者の立場になって読むことができ、物語に深みが増していると考える。
これらのことから、正義とは、悪を許さない信念を意味するのではなく、個々が持つ揺るぎない信念を意味しているのではないかと考えた。
⑧変身(小説) フランツ・カフカ 新潮社 1952年
男・グレーゴル・ザムザは、ある朝気がかりな夢から目を覚ますと、一匹の巨大な虫に変身していた。この異常事態の説明はされないまま、レポートのような形式で家族の物語が綴られていく。
本作品では、虫になったグレーゴルの視点を通して物語が描かれていく。
グレーゴルの視点からでは、グレーゴルに対する家族の言動は愛や思いやりに溢れたものとして写っている。しかし、その言動は明らかに虫を避け、気味悪がっているものであり、それは読者にしか分からない。
この形式は、『アルジャーノンに花束を』で、主人公が周りからバカにされているのにも関わらず、周りの人は優しい、と思い込んでいる点と共通するところがあると考えた。
このように、レポート形式の物語は、ある一定の人物の視点から物語が描かれることで、読者は第三者の視点から物語を読むことができ、文に隠れた人間ドラマを想像させていると考える。
⑨三度目の殺人(映画)2017年 監督:是枝裕和
殺人の前科がある三隅が解雇された工場の社長を殺し、火をつけた容疑で起訴された。犯行も自供し死刑はほぼ確実。しかし、弁護を担当することになった重盛は、無期懲役に持ち込むために調査を始める。しかし、三隅の供述が会うたびに変わる。金目当ての殺人のはずが、被害者の妻・美津江に頼まれたと答え、動機さえも二転三転していく。さらには、被害者の娘・咲江と三隅の接点が浮かび上がる。誰も本当のことを話さない法廷で繰り広げられるサスペンスの物語である。
この作品では、容疑者との面会、被害者との事情聴取など、面談の場面が多い。
ここにおける特徴は、重要な面会の場面では長回しが使われていることである。裁判が順調に進む中、重盛との面会で、突然三隅が殺人を否定する場面がある。この場面では長回しが使われ、緊張感の持続がもたらされている。また、人物らの感情の高まりを途切れることなく映し出し、視聴者を惹き付けている。
法廷では誰も本当のことを話さない。誰を誰が裁くのか。嘘をつくことで誰かを庇うことができるのか。それぞれの供述が真実かどうか分からないまま、物語は幕を閉じる。人間の利己的な部分、利他的な部分が描かれ、それが錯綜することで物語に混沌をもたらしている。
⑩かがみの孤城(アニメ映画)2022年 制作会社:A-1 Pictures 監督:原恵一
学校での居場所をなくし部屋に閉じこもっていた中学生・こころ。ある日突然部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるように中に入ると、そこにはおとぎ話に出てくるようなお城と見ず知らずの中学生6人が。さらに「オオカミさま」と呼ばれる狼のお面をかぶった女の子が現れ、「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。期限は約1年間。
戸惑いつつも鍵を探しながら共に過ごすうち、7人には一つの共通点があることがわかる。互いの抱える事情が少しずつ明らかになり、次第に心を通わせていくこころたち。
そしてお城が7人にとって特別な居場所に変わり始めた頃、ある出来事が彼らを襲う。果たして鍵は見つかるのか?なぜこの7人が集められたのか?
それぞれが胸に秘めた〈人に言えない願い〉とは?
学校に馴染めず、様々な悩みを抱える7人の中学生は、後半で、彼らがそれぞれ違う時代を生きる人物であることが明かされる。そして彼らの共通点として、同じ中学校に通っていたということも明かされる。これは、時代が変わっても無くならない学生のいじめや不登校の問題を表現していると考える。
また、映像表現に着目すると、主人公の行動範囲が内面の成長を表現しているといえる。
前半では主人公が立ち止まったり、座り込んだり、弱々しく歩いたりする描写が多かった。しかし、物語の後半では階段を駆け上ったり、走ったり、大きな歩幅で歩く描写が多くなり、最後は主人公が学校に向かうときの足元が大きく映し出される。このことから、主人公の前に進む力が歩き方によって表現されていると考えた。
春休み課題 1~10
①パラサイト 半地下の家族(映画) 2019年 監督:ポン・ジュノ
仕事も計画性もないが楽天的な父キム・ギテク。そんな甲斐性なしの夫に強く当たる母チュンスク。大学受験に落ち続ける息子・ギヴ。美大を目指すが予備校に通うお金もない娘・ギジョン。しがない内職で日々を繋ぐ彼らは、“半地下住宅”で暮らす貧しい4人家族である。ギヴはある時、エリート大学生の友人から家庭教師のアルバイトを頼まれる。そのアルバイト先は、IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸であった。ギヴはその後、妹のギジョンも家庭教師として紹介し、キム一家はパク一家にパラサイトしていく。“半地下”で暮らすキム一家と、“高台の豪邸”で暮らすパク一家。相反する2つの家族が交差した先に、想像を遙かに超える衝撃の光景が広がっていく。
カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた作品。第92回アカデミー賞国際長編映画賞韓国代表にも選出された。
7放時代と称される、韓国の競争社会や格差社会の問題を扱った作品。キム一家とパク一家がそれぞれ貧困層と富裕層を体現している。
この作品で着目するのは、「匂い」で貧富の格差が表現されている点である。パク・ドンイクは、運転手として雇ったキム・ギテクの匂いを「古い切り干し大根のような匂い、あるいは地下鉄の乗客の匂い」と言う場面がある。そしてこの匂いは作品を通して、キム一家が纏う匂いとして表現される。これは、半地下に住むが故の、カビやほこり臭さ、度々家の近くで撒かれる消毒剤の匂いが混ざりあった独特な匂いであると考える。消すことができない家の匂いによって、貧富の差が表現されており、両者が共存することの難しさを表現していると考える。
②そして父になる(映画) 2013年 監督:是枝裕和
順調な人生を送るエリート会社員の野々宮良太。しかしある日、妻と6年間育ててきた息子・慶多が、出生時に病院で取り違えられていたことを知る。そして、夫婦は共に過ごした時間と血縁のどちらが大切なのかを考え、苦悩する。
映画は小学校受験の面接の場面から始まる。そこでは、面接官と家族をカメラの真正面から捉える手法が使われており、是枝監督の画面切り替えの特徴が出ている。
また、対話を通して人物らの本音が語られていくことも特徴であると考える。
この作品では、登場人物らが会話をする中で、本音が語られる場面が多いと感じた。その際、カメラは固定されず、役者と一緒に動いていく。これによって生まれる画面の揺らぎが、不安を抱え、不器用ながらも問題に向き合う人物の心情と一致していると考える。
そして内容の面に関して、本作では取り違えられた子どもを巡って、2つの家族の在り方が描かれる。一人息子を大切に育てるエリート家族、野々宮夫婦と、三人兄弟に囲まれ、自由な教育方針をとる斎木夫婦である。夫婦は子どもを交換しあい、相手方の家族と子どもを共に生活させて様子をうかがうことにした。しかし、生みの親と育ての親では教育方針が全く異なり、夫婦や子どもたちは違和感や不信感を抱きつつも、互いに寄り添おうとし、次第に心を通わせていく。
最後、2つの家族が子どもたちを取り替えるのか否かは明示されない。幸せや家族の在り方を明確にしないことで、作品に余韻を持たせていると考える。ここに、是枝監督の作風が表れていると考える。
③美少女戦士セーラームーン(アニメ)1992年 制作会社:東映アニメーション 監督:佐藤順一、吉沢孝男、幾原邦彦、竹之内和久、小坂春女
月野うさぎは、ちょっぴりドジで泣き虫な14歳の女の子でふつうの中学2年生。ある日黒猫のルナから自分が月の戦士“セーラームーン”だと告げられる。ほかのセーラー戦士とともに月の戦士を探して欲しいというのだ。うさぎは月の戦士セーラームーンとなって、街の人々からエナジーを奪うダークキングダムの妖魔と戦うことになる。
これまでの魔法少女モノとは異なる、戦う少女を描いた作品で、女性の活躍に対する当時の社会意識の高まりが影響していると考える。
作中で、主人公は徐々に戦う仲間を増やしていき、最終的には5人となって、チームとして戦う。ここには、戦うヒーローであるスーパー戦隊モノの要素がみられる。しかし、戦いは肉弾戦を伴うものではなく、魔法やスティックなどを使うものであり、暴力性や攻撃性をキラキラなエフェクトや効果音によって和らげていると考える。また、ピンチになったときは「タキシード仮面」という男性キャラクターがさっそうと現れ、セーラー戦士たちを手助けする。
女の子が力を合わせて戦うといった新しい構図が生まれたものの、最終的には魔法や男性の力が必要である点に、当時の女の子に対する価値観が反映していると考えた。
④キボウノチカラ〜オトナプリキュア'23〜(アニメ)2023年 制作会社:東映アニメーション、スタジオディーン シリーズディレクター:浜名孝行
おっちょこちょいなところもあるが、いつも明るく前向きな夢原のぞみ。どこにでもいる普通の中学生だった彼女は、パルミエ王国からやってきた不思議な妖精・ココと出会い、みんなの希望を守るため、希望のプリキュア・キュアドリームとして仲間と力を合わせ強大な敵に立ち向かった。それから時は過ぎオトナになったのぞみたち。それぞれの道を未来に向かって進んでいた。仕事にプライベート、仲間、家族、恋、楽しく忙しく過ごしながらも…オトナになってからの悩みや壁に苦悩を抱える日々。そんな中、突如、人間を襲う謎の影・シャドウが現れて…!時計塔の鐘の音が響くとき、オトナになったのぞみたちの新たな物語が動き出す!
20周年を記念して、『ふたりはプリキュアSplash☆Star』『Yes!プリキュア5GOGO』のキャラクターたちが大人になった世界線を描いた作品。
社会人になったプリキュアたちが、社会の荒波に揉まれ、自分自身と葛藤する姿が描かれる。
「プリキュア」では、真っ直ぐな思いがあれば何でもできる、といった姿が描かれることが多いが、本作では思いだけではどうにもならないこと、努力が必ずしも報われない場面など、現実味のある内容となっている。また、新しい敵「ベル」が人々を襲う理由として、戦争や地球環境問題が絡んでいるなど、全体的にファンタジー要素は切り離され、現実世界と地続きになっている点が多いと考えた。
しかし、プリキュアたちが敵を倒すために変身する際、一時的に中学生の姿に戻り、変身バンクも当時使われていたものがそのまま使われている。この変身シーンは、本作の一番の見どころとなっている。この演出は、視聴者に懐かしさをもたらすとともに、プリキュアたちの中にある子どもの頃から変わらない信念を象徴しているのではないかと考えた。
このように本作では、従来の作品と視聴者のターゲット層が異なるために、プリキュアたちの成長の描き方、敵の背景、変身シーンの意味づけを変え、視聴者に寄り添う作品になっている。
⑤ミギとダリ(アニメ)2023年 制作会社:GEEKTOYS × CompTown 監督:まんきゅう
1990年2月神戸市北区オリゴン村。児童養護施設で過ごしていた双子の少年ミギとダリは、ある日裕福で穏やかな老夫婦、園山夫妻に養子として迎えられる。しかしそれはふたりの少年「ミギ」と「ダリ」としてではなく、ひとりの少年「園山秘鳥」としてだった。2人は正体を隠し、園山秘鳥を演じながらオリゴン村に溶け込んでいく。一体何のために2人で1人の人間を演じているのか。そこには大きな秘密と恐るべき目的があった。
母を殺した犯人を探すために、1人の人物として振る舞う双子の物語。
完全な主観であるが、本作では『パラサイト 半地下の家族』との類似点がいくつか見られると感じた。
例えば、血の繋がりがない家族が描かれている点である。主人公らの母親は昔に殺されており、園山老夫婦に、養子縁組として引き取られる。また、主人公らと対をなす存在の「一条瑛二」の家族も、血の繋がらない家族であることが後半で明かされる。このように、本作では血の繋がらない家族が描かれている。
さらに、本作品では「地下」的場所が重要な位置を占めている。
主人公らは園山家では「園山秘鳥」という1人の人物として振る舞わなけれはならないため、片方は姿を隠さなければならない。
食事をする際には片方はダイニングテーブルの下にもぐって食べ物をもらい、片方が家の中で生活している間は片方がベッドの下に隠れる。また、一条家の地下には特別な部屋があり、怪しい動きを見せた人物はそこで「再教育」させられる、という設定がある。
このように本作では、テーブルやベッドの下という「地下」的な場所や地下室そのものが出てくる。
そして、それは見られたくない真実を隠す場所として描かれており、『パラサイト 半地下の家族』にも共通する。
これらのことから、『ミギとダリ』には『パラサイト 半地下の家族』と類似する点があると考えた。
⑥ズートピア(アニメ映画) 2016年 制作会社:ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ 監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア、ジャレッド・ブッシュ
様々な動物たちが暮らす大都会ズートピア。主人公のウサギ、ジュディは新人警察官としてズートピアに配属される。そこで出会った詐欺師のキツネ、ニックと共に、ズートピアで起こった大事件を解決していく。
この作品では、肉食動物と草食動物の関わりを通して、隠れた偏見や差別の問題が描かれている。
例えば、草食動物は弱い存在と決めつけられ、能力や社会的立場が低く描かる。一方で、肉食動物は凶暴であるなど、種でその人の人格や価値が決められてしまう。
このような状況の中、主人公のジュディは草食動物と肉食動物が平和に暮らす社会に憧れ、警察官として働き始める。差別を許さず、平和や平等を掲げるジュディであるが、肉食動物に対する無意識な偏見に気づいていない。しかし、ニックとの関わりを通して、自分が持つ偏見に気づき、反省し、新しい価値観を見つける。
よって、この作品では差別や偏見をなくすためには自分が無意識に持っている固定観念に気づくことが重要であることを訴えかけており、差別問題に対するディズニーなりの解決策を提示していると考える。
⑦怪人二十面相 私立探偵 明智小五郎(小説)江戸川乱歩 新潮社 2016年
大物実業家・羽柴壮太郎に届いた一通の予告状。その差出人は天下の大泥棒「二十面相」。二十面相はありとあらゆる人物に成りすまし、数々の秘宝を盗み出していく。勇敢な少年探偵、小林の活躍と、明智小五郎によって劇的トリックの空中戦が繰り広げられる。
本作では正義の天才として明智小五郎が、悪の天才として二十面相が描かれている。二十面相は盗みを働く悪者である。しかし、犯行前に予告状を出すことや、決して人は殺さないなど、怪盗としてのプライドを持ち合わせており、どこか紳士的な一面もある。
巻末の解説で、辻村は、明智と二十面相はそれぞれに自分なりの正義を持っていることを指摘する。
私はこの意見に賛成で、それぞれが正義を持つからこそ、両者の立場になって読むことができ、物語に深みが増していると考える。
これらのことから、正義とは、悪を許さない信念を意味するのではなく、個々が持つ揺るぎない信念を意味しているのではないかと考えた。
⑧変身(小説) フランツ・カフカ 新潮社 1952年
男・グレーゴル・ザムザは、ある朝気がかりな夢から目を覚ますと、一匹の巨大な虫に変身していた。この異常事態の説明はされないまま、レポートのような形式で家族の物語が綴られていく。
本作品では、虫になったグレーゴルの視点を通して物語が描かれていく。
グレーゴルの視点からでは、グレーゴルに対する家族の言動は愛や思いやりに溢れたものとして写っている。しかし、その言動は明らかに虫を避け、気味悪がっているものであり、それは読者にしか分からない。
この形式は、『アルジャーノンに花束を』で、主人公が周りからバカにされているのにも関わらず、周りの人は優しい、と思い込んでいる点と共通するところがあると考えた。
このように、レポート形式の物語は、ある一定の人物の視点から物語が描かれることで、読者は第三者の視点から物語を読むことができ、文に隠れた人間ドラマを想像させていると考える。
⑨三度目の殺人(映画)2017年 監督:是枝裕和
殺人の前科がある三隅が解雇された工場の社長を殺し、火をつけた容疑で起訴された。犯行も自供し死刑はほぼ確実。しかし、弁護を担当することになった重盛は、無期懲役に持ち込むために調査を始める。しかし、三隅の供述が会うたびに変わる。金目当ての殺人のはずが、被害者の妻・美津江に頼まれたと答え、動機さえも二転三転していく。さらには、被害者の娘・咲江と三隅の接点が浮かび上がる。誰も本当のことを話さない法廷で繰り広げられるサスペンスの物語である。
この作品では、容疑者との面会、被害者との事情聴取など、面談の場面が多い。
ここにおける特徴は、重要な面会の場面では長回しが使われていることである。裁判が順調に進む中、重盛との面会で、突然三隅が殺人を否定する場面がある。この場面では長回しが使われ、緊張感の持続がもたらされている。また、人物らの感情の高まりを途切れることなく映し出し、視聴者を惹き付けている。
法廷では誰も本当のことを話さない。誰を誰が裁くのか。嘘をつくことで誰かを庇うことができるのか。それぞれの供述が真実かどうか分からないまま、物語は幕を閉じる。人間の利己的な部分、利他的な部分が描かれ、それが錯綜することで物語に混沌をもたらしている。
⑩かがみの孤城(アニメ映画)2022年 制作会社:A-1 Pictures 監督:原恵一
学校での居場所をなくし部屋に閉じこもっていた中学生・こころ。ある日突然部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるように中に入ると、そこにはおとぎ話に出てくるようなお城と見ず知らずの中学生6人が。さらに「オオカミさま」と呼ばれる狼のお面をかぶった女の子が現れ、「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。期限は約1年間。
戸惑いつつも鍵を探しながら共に過ごすうち、7人には一つの共通点があることがわかる。互いの抱える事情が少しずつ明らかになり、次第に心を通わせていくこころたち。
そしてお城が7人にとって特別な居場所に変わり始めた頃、ある出来事が彼らを襲う。果たして鍵は見つかるのか?なぜこの7人が集められたのか?
それぞれが胸に秘めた〈人に言えない願い〉とは?
学校に馴染めず、様々な悩みを抱える7人の中学生は、後半で、彼らがそれぞれ違う時代を生きる人物であることが明かされる。そして彼らの共通点として、同じ中学校に通っていたということも明かされる。これは、時代が変わっても無くならない学生のいじめや不登校の問題を表現していると考える。
また、映像表現に着目すると、主人公の行動範囲が内面の成長を表現しているといえる。
前半では主人公が立ち止まったり、座り込んだり、弱々しく歩いたりする描写が多かった。しかし、物語の後半では階段を駆け上ったり、走ったり、大きな歩幅で歩く描写が多くなり、最後は主人公が学校に向かうときの足元が大きく映し出される。このことから、主人公の前に進む力が歩き方によって表現されていると考えた。
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