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3年 木村
RES
夏休みゼミ課題51〜80
51:『君たちはどう生きるか』監督:宮崎駿
あらすじ:太平洋戦争が始まってから3年後に、眞人は実母・ヒサコを火災で失う[6]。軍需工場の経営者である父親の勝一はヒサコの妹、夏子と再婚し、眞人は母方の実家へ工場とともに疎開する。疎開先の屋敷のそばには覗き屋の青サギが住む塔がある洋館が建っていた。この塔を不思議に思った眞人は土砂で半ば埋もれている入り口から入ろうとするが、屋敷に仕える[7]ばあやたちに制止される。その晩、眞人は夏子から塔は、大伯父によって建てられ、その後大伯父は塔の中で忽然と姿を消したこと、近くの川の増水時に塔の地下に巨大な迷路があることから夏子の父親(眞人の祖父)によって入り口が埋め立てられたことを告げられる。
宮崎駿らしさと難解さがあり、一回見ただけでは理解しきれない部分が多いと感じた。今までの宮崎の作品よりも、人の内面を映像化するという部分に焦点が強く当てられており、それによりファンタジックな世界観が強くなっている。抽象的な言葉や表現が多く、見る人によって印象がかなり変わる作品だと言えるが、この映画を見てどう感じるかということがタイトルの『君たちはどう生きるか』とも繋がっているのではないかと考えられる。
52:『超人的シェアハウスストーリー カリスマ 2nd season』
あらすじ:ここはカリスマハウス。今日もカリスマな彼らは己の中のカリスマ性を見つめている。が、彼らはまだ『真のカリスマ』に辿り着けていないと言える。故にこうしてカリスマ同士で身を寄せ合い、日々カリスマ性を育み、更なる高みを目指す言わば仮住まいの状態。世間には嘲笑する者もいるだろう。が、カリスマな彼らにはノーダメージ。むしろそういった逆境を糧にさらなるカリスマ性を生成し、見事な『カリスマチャージ』を蓄積させていく。チャージの先にあるものとは…!?
彼らのカリスマ性によるエネルギーが公的機関に見つかり、逃亡生活を送ることとなった。果たして、逃亡の先には何があるのか。
1st seasonが1話完結の短いギャグ回が多かったのに対し、2nd seasonは話が連続しており、一話の時間も長くなっている。アニメなどのファンは、ストーリー性とギャグ性のある作品を好む傾向にあるので、1st seasonではギャグ性をピックアップしていたが、2ndではストーリー性を重視したのではないかと考えられる。この作品は全体的にオタクが好きな要素を狙い撃ちすることに特化しており、特定の人にしか伝わらないパロディや、何も考えなくても楽しめる面白さ、キャラクター性を練っていると思われる。
53:『白昼夢』著者:古屋兎丸
概要:古屋兎丸展「SCHWEIGEN-沈黙-」/「白昼夢-WACHTRAUM-」に合わせて制作された画集。『ライチ☆光クラブ』本編にはなかった描写を中心とした作品で構成されており、まさに夢を見ているような作品である。
白と灰色を基調とした淡い色で構成されており、白昼夢というタイトルの通りぼんやりと霞がかった夢を見ているように見える。原作で見ることがなかった描写が多く、原作で描かれなかった部分を切り抜いているのか、本当に有り得ないものを描いているのか曖昧な部分があり、「こうだったらよかったのに」という感情を呼び起こしている。また、原作がシリアスで暗い部分が多かったのに対し、日常の他愛ない一コマを切り取った作品が多く、もしかしたらこんな生活をしていたんだろうかと想像させる作品となっている。
54:『芽むしり仔撃ち』著者:大江健三郎
あらすじ:太平洋戦争の末期、感化院の少年たちは山奥の村に集団疎開する。その村で少年たちは強制労働を課されるが、疫病が発生したため村人たちは他の村に避難し、唯一の出入り口であったトロッコは封鎖され、少年たちは村に閉じ込められてしまった。見棄てられたという事実、目に見えぬ疫病に対する不安、突然顕われた自由に対して途方に暮れた時を越えて、子供たちは、自然の中で生を得て祭を催すにいたる。
少年たちは閉ざされた村の中で自由を謳歌するが、やがて村人たちが戻って来て、少年たちは座敷牢に閉じ込められる。村長は村での少年たちの狼藉行為を教官に通知しない替わりに、村人たちはいつも通りの生活を送っていて疫病も流行していなかったことにしろという取引を強要してくる。少年たちは当初は反発したが、やがて次々と村長に屈服してゆく。そして最後まで村長に抵抗する意志を捨てなかった「僕」は村から追放される。
大江健三郎の作品の特徴である「閉じ込める」という行為が随所に表れた作品である。それは単純な閉所への閉じ込めであったり、村の中への閉じ込めであったりと多岐にわたっている。同時に、反骨精神と屈服というテーマも示されており、大きな勢力に屈する仲間達と、最後まで抵抗した主人公が追放されるという対比は、皮肉なようでいて、抵抗によって自由を得たということの表れでもあると考えられる。
55:『飼育』著者:大江健三郎
あらすじ:戦時中にアメリカの飛行機が撃墜され、森の奥の谷間の村に黒人兵が落下傘で降りてくる。捕らえた黒人兵をどう処置するのか、県の指令がくるまでの間、語り手の少年・僕の家の地下倉で黒人兵を「飼育」することになる。最初は「獲物」であった黒人兵と僕の関係は日毎に人間的な触れ合いになっていく。ある日、県の指令で黒人兵の移送が決まると、黒人兵は僕を捕らえて盾にして抵抗するが、父や村人が詰め寄り、父は鉈をふるって僕の手ごと黒人兵の頭を切りつけて殺害する。怪我で包帯をまいた僕の手を指して友達は言う。「お前のぐしゃぐしゃになった掌 、ひどく臭うなあ 」。僕は答える。「あれは僕の臭いじゃない 」 「黒んぼの臭いだ 」。そう答えた僕は、天啓のように自分はもう子供でないことを悟る。
家畜として扱われていた黒人兵と親密な関係を築き、それを破壊するという流れが鮮やかである。本物の友達のように関わっていたのに、自分の処遇が決まった瞬間主人公を人質にする黒人兵の姿には、大きな勢力への反抗と、それによって別のものを失うことの対比を示している。この作品にも「閉じ込める」描写が多く存在し、地下倉に黒人兵が立てこもった瞬間、地下倉への閉じ込めと、立てこもりによって村全体が閉じ込められたかのような、二重の閉じ込めが発生している。
56:『THE FIRST SLAM DUNK』監督:井上雄彦
あらすじ:神奈川県予選を2位で突破し、広島県開催のバスケットボール・インターハイへの出場を決めた神奈川県代表・湘北高校は1回戦で大阪府代表の豊玉高校を下し、2回戦で秋田県代表・山王工業と対戦する。山王は高校バスケット界の絶対王者と呼ばれ、特に現3年生の入部以来「2年半に渡る無敗記録」と「インターハイ3連覇」という凄まじい記録を残していた。チームは高校バスケ界最強のセンター河田、高校ナンバーワンプレイヤーと名高い沢北などタレント揃い。下馬評では王者山王と無名の湘北という構図が完成していた。
原作漫画完結から実に26年半を経ての映画であるが、電子機器の登場が少なかったり、試合メインにするなど現代にも馴染むようなアレンジが施されている。試合の部分が大半を占めており、本当にバスケの試合を見に来たかのような臨場感が演出されている。ゴールが入る瞬間にBGMが止まる、ブザーの直前から無音になるなど、音声によって緊迫感の演出がされている部分が多数あった。手描きと3Dモデルの両方が用いられており、表情を見せたい部分や動きが少ない部分は手描き、試合など激しく動く部分は3Dモデルといった使い分けがされていて、人間的な感情と動きの表現の工夫がされていると考えられる。
57:『MUNDANE HURT』著者:木原音瀬
あらすじ:高校の体育祭で西崎は堅物だと思っていた長野の走りに視線を奪われた。
遊びで長野を落とそうとするがセオリー通りにいかない長野に西崎は次第に本気になる。
何とか落としたが今度は鬱陶しくなりすぐに振ってしまった。
卒業後、何でも手にいれてきた西崎の人生は一変する。
孤独になり薬にも手を出した西崎は極道に命を狙われる。
助かるには弁護士になった長野からあるデータを手に入れなければならず……!
立場が変わった二人の愛の行方は…。
人間性の描写に力を入れており、長野と西崎の対比が美しい作品となっている。高校生の時は貧乏だが誠実な長野、裕福だがクズの西崎というような対比だったが、成長後は弁護士の長野と無職の西崎といったように、立場が逆転するような描かれ方がなされている。人間性においては変化することがなく、堅いが真面目な長野と、人間性に難がある西崎のまま成長しており、「クズはどこまでいってもクズ」を体現している。また、作中で西崎が救われることがなく、クズのまま長野に見放されていくラストシーンを迎える所は、都合のいいハッピーエンドを肯定しない著者の考え方が表れていると思われる。
58:『B.S.S.M』著者:井戸ぎほう
「お前と同じで 俺もラリってんの」
そんなのが 恋だなんて 思ってもみなかったーーーー
ちょっぴりやんちゃでアブナイことが大好きな、けいま。
口数少なく、大人っぽく、いつも何を考えているのかわからない、なお。
同じクラスの二人は友達同士…のハズなのに、
なぜか◯◯◯をこすり合ったり、なめ合ったりする間柄。
ある日、けいまの"友達"と二人で会った後に、
なおから「お前なんか一人ぼっちになればいい」と告げられたのは…?
思春期特有の甘酸っぱさと危なっかしさが共存しており、著者の青春に対する考え方が表れている作品である。危ないことに興味があり、少し頭が足りないけいまの、知らない人や怪しい人にすぐついて行ってしまう安易さが、単にありえないものでなく、こういう人いるな……と思えるようなリアリティがあった。また、周りの大人達も、優しそうだが家に薬漬けの女を飼っているような怖さがあり、触れてはいけない部分を描くのが上手いと感じた。著者は無口な人とよく喋る人の組み合わせが好きなので、タイプが違う2人の独特の距離感の描き方が絶妙だと感じた。
59:『やさしくおしえて』著者:井戸ぎほう
あらすじ:大学生の光は「自分のことを好きって言う子」がタイプという自己中な性格。
ある日、弟の聖が年下の男の子(恋人未満)とデートする様子を見て変化が起きる…。
この作者の方は明るくて自分勝手なキャラと根暗で真面目なキャラの対比を好む傾向にあり、光と聖にはそれが表れている。また、ちゃらんぽらんなイメージの光ではなく、真面目な弟の方が小さな男の子に恋愛感情を抱く所に、倫理観や常識のイメージを覆させていると思う。「やっちゃダメなこと」を綺麗な絵に包んで語っているような作品である。
60:『卍』著者:谷崎潤一郎
あらすじ:日本画の趣味を持つ園子は、夫・孝太郎にすすめられて女子技芸学校に通う。そこで、他教室の徳光光子にひそかな好意を寄せるようになる。園子は無意識のうちで楊柳観音の絵を徳光光子に似せ、それがきっかけで彼女と面識を持つ。そうして楊柳観音の絵を皮切りに、学校では「2人が同性愛の関係にあるのではないか」という噂が広まった。
当初は根も葉も無い噂に過ぎなかったが、会うたびに2人の親密度は増していき同性愛関係を結び、遂に園子の夫に知られて夫婦喧嘩に至る。そうした中、光子の妊娠が判明する。光子と婚約していた綿貫栄次郎が園子の前に現れ、光子との関係を強化するために誓約書を作る。かくして、その誓約書が新聞社に知られてしまい、園子と光子との関係は白日の下に晒されてしまうのだった。
全編が関西弁の話し言葉で綴られており、告白録のような形になっている。そのため、書き言葉なら省略される所や、とりとめのないことも書かれており、読みづらい印象も与えるが、本当に話しているかのようなリアリティも感じられる。バイの女性と関係を持つ夫婦という、当時なら倒錯的な作品が、現代ならありえそうになっているというのが予言じみたものを感じる。3人で心中しようとしたが、主人公だけ生き残ってしまうというのが、当時の同性愛者に対する視線の強さを物語っており、幸せにも不幸にもなれない姿を描いている。
61:『藤野谷麻依の不知の病』著者:屋乃啓人
あらすじ:本を読むのが大好きな麻依は、一緒に住む惣甫に本を読むのを止められている。理不尽だと憤る麻依だったが、実は本を読む度に記憶をなくし、若返る奇病にかかっていた。
記憶をなくす、若返るといった現象はフィクションの中で多く語られてきたが、本を読む度にそれが起こるというのが新鮮な発想である。ただ、物語の冒頭でそれが語られてしまっているので、後に起こることが予測されてしまうのが勿体ないと感じた。若返りを扱う作品には、若返るのが止まるもしくは老いるか、若返り続けて赤ちゃんに戻るという2つのルートがあり、この作品がそれを逸脱しなかったのがありきたりの域を抜けていないと感じた。
62:『語る人形とレゾンデートル』シナリオライター:日日日
あらすじ:パリを訪れたみかから卒業後の意向を聞き、憤りを感じる宗。そこへ宗の祖父が亡くなったという知らせが入り、帰国する二人だったが……
アイドルユニット:Valkyrieのクライマックスイベントのストーリーであるが、あんさんぶるスターズ!!における現時点のValkyrieの最終到達地点ということを感じられた。当初から人形をモチーフにすることが多く、人形として扱われていたみかが、逆に人形を演じる人間になれたことは、ユニット及び2人の成長だと考えられる。祖父の不倫の有無について調べた際、本当に会っている女性はいたのだが、祖父は女性として、女友達に会いに行っていた…というのは、固定観念に囚われない愛の形を示していると考えられる。女性の方からの愛の形も同じであったかという問いが残るのが物語に深みを持たせていると思う。
63:『タコピーの原罪』著者:タイザン5
あらすじ:地球にハッピーを伝える為に降り立ったハッピー星人タコピーは、笑わない少女しずかちゃんと出会う。どうやらその背景には学校のお友達とおうちの事情が関係しているようで…。
いじめられている子どもと、それを救う人外という形式は様々な作品で描かれているけれど、タコピーは常識が欠けている部分があり、いまいちしずかちゃんを助けられていない所が他の作品にあまりない点である。家庭の事情に振り回される子どもたちの姿を描くのが上手く、実際にこういった家庭で育った人は見ているのが辛くなるほどだと思う。また、ループものであり、人を殺したポイントでループを繰り返す点はほかの多くの作品でも見られる点である。ストーリー以外にも、伏線の仕込みがかなり多く、気づかなくても楽しめるが気づくとゾワゾワするような描写が多数なされており、近年の考察を伴う鑑賞の傾向に対策しているのではないかと考えられる。
64:『独創◆先行くマキナの回廊』シナリオライター:木野誠太郎
あらすじ:作品の構想に悩みアイディアの源を求めるみかは、『SSVRS』に新設された『テストワールド』に案内され、次第にのめり込んでいく。
VRの世界でアイディアを求め、作品を作る点が、社会の今と未来を示しているようで興味深かった。デジタルアートに億の値がつくという事例が現実に存在するのかは存じ上げないが、今の時代では考えられなくもないので、今はまだなくとも将来を暗示しているのではないかと考えられる。Valkyrieは、余り電子機器との関わりがなく、インターネットなども忌避している類があるのだが、みかとしてはそうでもなく、仕組みは分かっていなくともVRの世界を楽しめるという所が現代の若者らしさを表現していると思われる。最後に仮想通貨をばらまくシーンは、架空の通貨の価値の薄さ、存在としての希薄さを示していると思われ、ネットに依存するこの時代に問いを投げかけていると考えられる。
65:『ENSEMBLE STARS DREAM LIVE 7th Tour Allied World』
概要:ゲーム『あんさんぶるスターズ』のARライブ。幕張メッセにて開催。
ARライブなので、モニターに映される映像を見ているだけではあるのだが、それぞれのキャラクターのモーションは全てモーションキャプチャで人の動きをトレスしており、一人一人違うものとなっている。また、MCやカテコなど、日替わりの部分もあるので、「その日しか味わえない」というライブの楽しさを抽出しているのではないかと思う。ゲーム内MVではフル尺の曲のパフォーマンスはないが、フル尺で見ることができるので、今まで知らなかった振りや、フォーメーションなど、全員が新鮮な気持ちで楽しめるようになっている。会場が平面的で、ひとつのモニターを全員で見る形になるので、ステージから遠ければ遠いほど見づらくなるのが今後の改善点だと感じた。
66:『コペルニクスの呼吸』著者:中村明日美子
あらすじ:仮面の下に美しき素顔を隠したピエロ・トリノス。孤高のジャグラー・レオ。少年買いの外交官・オオナギ。トリノスに惹かれてゆく青年・ミシェル……70年代パリのサーカスを舞台に、そこに集う人々の生き様を官能的タッチで描き出す、エロティック・ストーリー。
サーカスというテーマには人を惹きつけるものがあり、その理由として『非日常』であることが挙げられる。このサーカス団では、終演後に娼婦や男娼としてキャストが客をとらされており、その商売が成り立つのはやはりステージに立つ美しい存在と関係をもてる『非日常』感なのではないかと感じた。絵柄が非常に耽美で、アート作品を見ているような気分にさせられるところが、作中の「サーカスもバレエや舞台と同じアートである」という言葉を体現している。トリノスやミナが娼婦や妾となっている時、倒錯的なプレイをさせられている描写がされているのは、この二人の共通点を示しているが、一方で、自己愛を示す為のプレイをさせられているミナに対して、拘束され、罰を与えられているトリノスとでは本質が違い、自意識の違いが表れているのではないかと思った。
67:『空の怪物アグイー』著者:大江健三郎
あらすじ:10年前、僕は大学に入ったばかりで、アルバイトを探していたところ、伝手を頼ってとある銀行家に面接に行った。銀行家は「息子の『D』(少しばかり有名で雑誌にも載ったことのある音楽家)に「怪物」が憑いていて仕事を投げ出して家にばかり居る。今息子が何処かに出かけたいという時には付いて行って欲しいのだ」と語る。Dは、「あれ」は昼間晴れた日に空から降りて来る、あれはいつもは空に浮遊しているものだと語る。そしてDは、僕にあれが降りてきている間、僕は不思議そうにせずに自然にしている様に注文した。D附きの看護士に問い詰めると、その怪物はカンガルー程の大きさの赤ん坊で、「アグイー」という名前だと聞く。その後僕は、Dに頼まれた通りDの元妻を訪ねた時、その赤子が脳ヘルニアと誤診され、殺してしまったのだと言う。解剖に回した後、頭の大きな瘤はヘルニアではなく、畸形腫だと判明したのだった。Dと僕は様々な場所を訪れた。僕は何時の間にかこの仕事に愛着を覚えていた。
自分の子どもを殺してしまったことで、子どもの幻覚を見るようになってしまったDと、アルバイトの主人公の奇妙な関係が描き出されている。いないものに向かって話しかけたり隣を空けたりするDの姿は奇妙だが、それ以外ではほぼ穏やかで、イマジナリーフレンドと共存するというのはこういうことなのかもしれないと感じられた。自分で子どもを殺す選択をしたのに、その子の幻覚を見ることに対して、甘ったれているとか、優しい父親だとか、登場人物から多面的な意見が見られたのは、大江が、自分の子どもをもし殺していたらという問に自分で答えた結果だとも言える。障害を持つ子どもについて、生きるのと死ぬのとどっちが幸せかと問うのは野暮だが、もし自分の子どもが死んだら自分の子どもを幽霊に見てしまうのだろうかと感じさせるような日常感と生々しさがある。
68:『先生のおとりよせ』著者:中村明日美子・榎田ユウリ
あらすじ:官能小説家・榎村遥華のもとにリフレッシュ出版から創刊される雑誌でのコラボ企画が持ち込まれた。作画は巨乳美少女漫画家として名を馳せている中田みるくであるという。クールで神経質、ドSで不愛想と言われる榎村であるが、実は無類の巨乳好きであり、理想的なおっぱいを描く中田作品の大ファンであるため浮足立った。一方の中田も、退廃的で耽美な榎村作品の大ファンであり、新連載コラボ企画もダメ元で担当編集者に持ち掛けたものだった。本来なら相思相愛であるはずだが、榎村は中田を女性作家と思い込んでいたため、初対面の場で目の前に現れた大柄の男に罵詈雑言を浴びせてしまう。中田は榎村に開口一番「おっさん」呼ばわりされ、口の悪さにショックを隠し切れない。コラボ企画も暗礁に乗り上げるかと思われた時、両者の好みを具現化したような編集長・九堂今日子が姿を見せたため、一転して二つ返事で引き受けることになった。
反りの合わないふたりであるが、共通点があった。それは「おとりよせ」である。作家という職業柄、仕事場兼自宅での作業が多いため、外出せずともあらゆるグルメを入手することが可能なおとりよせは楽しみのひとつである。奇遇にも同じマンションの隣人であったことが発覚した榎村と中田は互いに取り寄せたグルメを持ち寄り、舌鼓を打つ「おとりよせライフ」を満喫する。
漫画と小説によって構成された作品であり、実際に著者2人共の親交が深いことから、キャラクター設定も小説家と漫画家になっており、実際に2人がおとりよせの食品を楽しんでいる所を投影していると考えられる。著者の2人共BL作家であるが、この作品は男性二人が主人公ではあるもののBL要素がなく、ただ単に仕事仲間、食通仲間として過ごす姿には、より多くの人が楽しめるように考えられた点だと思われる。性格もルックスも全く違う2人の組み合わせは様々な作品に見られるが、この作品も例外ではなく、全く違う人同士の距離が近づくなっていくことで、近づく距離の振れ幅が大きいように感じられ、より愛着を持って作品をみることができるからではないかと考えられる。
69:『おやすみプンプン』著者:浅田いにお
あらすじ:小学5年生のプンプンは、転校生の田中愛子に一目惚れする。その日の帰り道、プンプンと愛子は宿題で出された将来の夢について話す。アイドルかモデルになると語る愛子に圧倒されたプンプンは、プンプンパパがくれた天体望遠鏡で空を眺めながら将来は宇宙の研究者になろうと誓う。翌朝、リビングではプンプンママが倒れており傍でプンプンパパは自分が暴行を加えたのにも拘らず、「強盗が入った」と必死に言い聞かせた。その後は叔父の雄一がプンプンママに代わってプンプンの世話をするようになる。翌日に登校したプンプンはクラスメイトの前で将来の夢の作文を発表しようとしたが、クラスメイトから馬鹿にされるのではないかという不安が募って不意に教室を飛び出してしまう。体育倉庫に隠れていたプンプンは愛子に見つかって「夢くらい何見たっていい」と諭され、それと同時に愛子へ自分の想いを告げた。愛子は笑顔を浮かべながらプンプンにキスをする。その後の授業中にプンプンは、愛子は自分の運命の人なのではないかと感じた。
性行為のシーンや、心情描写など、人を嫌な気持ちにさせる描写が非常に巧みである。主人公が至って普通の冴えない少年であることから、読者が感情移入しやすいのと同時に、共感性羞恥や、自己嫌悪を誘発するような描写が多数ある。主人公のプンプンやその家族だけがデフォルメされたキャラクターに見えるのは、プンプンから見た世界ではそう見えており、親族は小さい頃見た姿のままイメージが止まっているのではないかと思われる。キャラクターが感情表現を性欲に任せる部分が多く、これは作者が恋愛や意思疎通は性欲に勝てないと思っている部分の現れなのではないかと思う。
70:『仮にAくんとしよう』作者:クロチカ
あらすじ:雪で帰るに帰れなくなった少年たちが、
夜の学校で怪談大会をするはなし。
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ひとりひとりが怪談を語ります。
一話につき平均10分程度。
雪の中の学校で怪談を語るホラーノベルゲームなのだが、文体が常に話し言葉で、本当に言葉で怪談を語られているような臨場感がある。また、それぞれの語り手が自分の語った話を恐れている所が、本当の話であることを裏付けているようで恐怖を増幅させている。全員が主要な登場人物を「仮にAくんとしよう」と定義している所が、妙な非現実感と一体感を生み出しており、曖昧さで不安を煽っているように感じる。言葉として定義することで事物は存在しうるという楽節があるが、それと同じで、本当でも嘘でも、全部違う人を指していても、それを「Aくん」と定義することでなかったものが存在してしまうというのは、実生活に有り得てしまう怖さがあった。
71:『プレイする怖い話 雨』制作:Unflame,Inc
概要:選択で結末が変わるマルチエンドのホラーノベルゲーム。『さよなら夢の国』『ソウマの夢』『そして雨が止んで』『もうひとりいる』『カエリミチ』『金魚すくい』の6つのシナリオがある。
選択で物語が分岐し、ひとつのシナリオでも全く違う結末に向かう所がホラーノベルとゲームの良い所を抽出しているように感じた。また、ひとつのシナリオに同じ怪異が登場するのではなく、エンドごとに違う怪異や違う怖さを与えてくるのがマルチエンドならではであり、ホラーノベルではできないことを体現していると考えられる。また、金魚を食べるなど、突拍子もない行動による恐怖も表現されており、常識の通じなさの表現が巧みだと感じた。
72:『Araneid』著者:梨
あらすじ:A、B、C、Dの4人はある家に肝試しに行った。二手に分かれて探検する4人は、各々が怪奇現象に遭遇する。
Web上の記事であり、縦4列の文章をスクロールして読み進める形になっており、スマホ上のWebの形式を利用した恐怖体験を与えている。また、最初は4行だが、二手に別れると2行になったり、同じ場所に辿り着いた時は1行になるなど、状況を文字通り文章の形でも表現している部分が斬新である。「4本の糸を使った阿弥陀籤の話」と著者は評しているが、全員違うことを考えて肝試しに参加しても、結末は全員同じであることから、選択した瞬間から結果が決まってしまうという阿弥陀籤の仕組みと、何を選んでも怖い目に遭うことには変わりがないという怪談の怖さのふたつが表現されていると感じた。
73:『こちら葛飾区亀有公園前派出所』著者:秋本治
概要:東京都葛飾区の亀有公園前派出所に勤務する両津勘吉(りょうつ かんきち)を主人公に、その同僚や周辺の人物が繰り広げるギャグ漫画。劇画に近い比較的リアルな絵柄(特に連載開始当初)を用いたギャグ漫画としては先駆的な作品である。基本的に一話完結だが、複数話に跨ぐことも時々ある。
1話完結型で、話が変わるごとに設定がリセットされることもあり、どこからでも読みやすいシステムになっている。1話ごとの情報量が多く、それはしばしば現実とリンクしている場合があり、時事漫画としても役割も果たしている。また、40年という長い連載を経て、後から読み返した時に、描かれた当初の時事が知れることから、歴史書的な側面も存在する。ある程度形式が完成されており、流れやオチが決まっているので、事例やキャラクターを変えることで様々な話を成立させることができている。丁寧な考証とは裏腹に、天国からの使いが来るなど、非現実的なギャグも用いており、現実と非現実の境界を混ぜるのが巧みである。
74:『おはよう楽園くん(仮)』著者:中村明日美子
概要:「楽園」の人気イメージキャラクター・三白眼メガネ男子の楽園くん(仮)待望のコミックス化。描きおろしに加え、これまでのカラーイラストも完全収録。真ん中分け美少年の密着24時間、なコミックです。
ほぼ楽園くんしか登場しないが、一人称視点で楽園くんと生活している形式なのが、乙女ゲームを疑似体験しているような雰囲気を味わえる。また、自分(読者)の性別がギリギリまで指定されていないので、異性愛としても同姓愛としても楽しめる作品になっている。1話が3ページ程度なので、日常会話を切り取ったような印象がある。恋愛感情の有無が明記されていないので、友愛とも恋愛とも取れるようにされている。セリフが多くないため、より何気なさが強調されていると感じる。
75:『あの日、制服で。』著者:中村明日美子
あらすじ:卒業式で告白されて5年。
飲み会で再会したアイツの薬指には指輪があった。
「てかお前、俺のこと好きとか言ってなかったっけ」
俺の言葉にアイツの表情は揺らぎ……。
心が震えるほどの感動と痛み、青春の輝きと影を描いた、
十代の恋にまつわる6編のオムニバス。
6種類の十代の恋が収められているが、その全てに性的な要素が含まれている部分が、若さと短絡さの象徴だと感じられる。また、幸せに終わらない話が多いのは、若さゆえの気の迷いを表現したいのではないかと考えられる。先生に恋してしまったり、同級生と関係を持ってしまったりする部分も、そこが示されていると思われる。また、犯罪紛いの描写が多数見られるのも、危うさを理解していない若さを表現していると考えられる。
76:『幕末Rock』監督:川崎逸朗
あらすじ:幕府直属の最高愛獲(トップアイドル)・新選組による“天歌”(ヘブンズソング)で支配された幕末の世が舞台。幕府の行動に疑問と憤りを感じる志士(ロッカー)たちは、“Rock”の力で革命を起こす。
幕末時代にロックがあったという突飛な設定だが、服が破けるなど、さらに突飛な描写で上書きすることで突っ走り続けていると感じる。歴史の流れには全く沿っていないが、それが逆に現実の歴史とは全く違う世界線として作品を成立させている。実際に歌うカットを入れることで臨場感が増しており、楽器を演奏するシーンでモーションキャプチャを使うことでリアリティを成立させようとしている。また、歌のシーンでテロップを出すことで、音楽番組を見ているような表現がなされている。
77:『暗殺教室』著者:松井優征
あらすじ:ある日突然、進学校「椚ヶ丘中学校」の成績・素行不良者を集めた3年E組の元に防衛省の人間と、異形な姿をした謎の生物がやって来た。マッハ20で空を飛び、月の7割を破壊して常時三日月の状態にしてしまった危険な生物は「来年3月までに自分を殺せなければ地球を破壊する」ことを宣言したうえ、「椚ヶ丘中学校3年E組」の担任教師となることを希望した。
意味の分からない要望に政府は戸惑いつつも、3年E組の生徒に「謎の生物の暗殺」を依頼。生徒たちは最初こそ戸惑うが、「成功報酬:100億円」のために殺る気を出す[注 1]。その生物=殺せんせー(ころせんせー)の存在とその目的を把握しているのは日本をはじめ各国の首脳陣といったほんの一部の人間のみで、「殺せんせーの存在や殺せんせーの暗殺に携わっていることを、家族を含めた第三者へ絶対に口外してはならない。口外した場合は“記憶消去処置”を施される」「殺せんせーは、3年E組の生徒に絶対に危害を加えてはいけない。ただし、その家族友人は対象外」などの様々な決まりの下に生徒たちは殺せんせーを様々な手段で暗殺しようと試みるが、毎回殺せんせーの素早さと予測不能の行動で阻止され、逆に殺せんせーによる手入れを受けることになってしまう。
しかし、いざ授業が始まってみると暗殺者と標的という異常な状況ながら、多くの生徒たちは殺せんせーの指導と手入れによってこの暗殺教室を楽しみ、今までの「学校中から差別された底辺学級」としてではない前向きな学校生活を送るようになっていく。その一方、生徒の他にも殺せんせーを暗殺するため、世界中から暗殺者が送り込まれてくるのだった。
落ちこぼれたちが大きな障害を前に成長するというのは物語によくある形式だが、障害に成長させられるというのはなかなか少なく、新鮮なものとなっている。また、怪物を倒せない理由として、力の強さや、防御の固さではなく、速さを挙げる点が、力ずくでないスマートさがあると感じられる。一人一人のことを考えた親身な指導の描写が多彩であり、誰もが憧れる先生の姿を怪物の上に見ることが出来る。暗殺とタイトルについているが、標的が全くの人外であることによって、グロテスクさが薄れており、フィクションとして暗殺を楽しむことができる。また、キャラクター同士の関係の掘り下げ、恋愛要素など、学園モノとしても楽しめるような描写が多数含まれている。
78:『よるとあさの歌』著者:はらだ
あらすじ:女にモテたくて仲間とバンドを始めた朝一。そんな朝一がボーカルを担当している弱小バンドにサポメンで入ってきたヨル。ライブの後のちょっとした「お遊び」の時に起こった一度のアヤマチ。それをきっかけに、ヨルは朝一への想いを明らかにしていく。
ライブハウスの粗雑さ、アマチュアバンドのゆるさなどのリアリティが随所に表れている。キラキラした世界ではなく、その裏側や、夢のない部分の描写が多く、夢ではなく現実を見せたいという意図が感じられる。また、真面目にバンドをやる気があまりない朝一が、ヨルの歌声に惹かれてしまう部分は皮肉的だが、モテるためにバンドを選ぶ自意識の底の表れとも取れる。不誠実な面のある朝一と、本当に音楽が好きで、一途なヨルの対比もなされている。
79:『トーマの心臓』著者:萩尾望都
あらすじ:ある雪の日、シュロッターベッツ高等中学(ギムナジウム)の生徒であるトーマ・ヴェルナーが陸橋から転落死する。
クラス委員のユリスモール・バイハン(ユーリ)は成績優秀で品行方正、常に冷静な少年で、同級のオスカー・ライザーと二人で舎監室に暮らし、寮生の管理監督の役目も受け持っている。
そのユーリのもとにトーマからの手紙が届く。「ユリスモールヘ さいごに」で始まる短い遺書によって、事故死とされていたトーマの死が自殺であること、トーマが死を選んだ理由が自分自身にあることを知ったユーリはショックを受ける。
ギムナジウムは、BLにおける花物語の寄宿学校と同じ役割を持ち、理想上のBLの舞台としてよく用いられる。この作品はそのはしりであり、心の繋がりとしてボーイズラブを成立させている。耽美な絵柄を用い、理想としての少年たちの姿を描き上げている。自分の善性によってトーマを殺してしまうユーリが、少しいい加減なエーリクに絆されていくのは、妥協という大人になる術を覚えていくことの表れである。また、誰の愛も信じられないユーリが、愛を疑わないエーリクに影響されていく姿は、理屈を純粋さで溶かしていくという部分で昨今の作品に影響を与えていると考えられる。
80:『あんさんぶるスターズ!追憶セレクション エレメント』製作:HappyElements・カカリアスタジオ
あらすじ:あんさんぶるスターズ!軸の1年前、夢ノ咲学院は堕落していた。それを変えるべく、生徒会長となる天祥院英智は実力者の5人を「五奇人」と名付け、自らユニット「fine」を組み、五奇人を倒していくことで学院の団結を図る。
全て3Dアニメで描かれるが、モデルが通常のゲーム内MVで用いられるものと異なり、アニメ専用のモデルが作成されている。通常のモデルと違いアウトラインがあることに加え、通常のモデルによるアニメはモーションキャプチャに基づいた物理演算によって瞬間的に生成されているが、追憶セレクション用のアニメーションでは、物理演算で生成されたアニメーションをさらに調整し、髪や、息を飲んだ時の表情などの細かい所の動きをさらにリアルに描写できるようにしている。ゲーム内のストーリーとは異なる点が少しずつあり、アニメーション単体で楽しめるようになっている。倒されてボロボロになりつつも、一生の友情を築くことができた五奇人と、五奇人を倒す為だけに情もなくfineに参加させられた日和と凪砂、本当の友達だと思っていたのに英知には利用されているとしか思われていなかったつむぎなど、目的を達成した後にバラバラになるfineの対比が皮肉的である。
51:『君たちはどう生きるか』監督:宮崎駿
あらすじ:太平洋戦争が始まってから3年後に、眞人は実母・ヒサコを火災で失う[6]。軍需工場の経営者である父親の勝一はヒサコの妹、夏子と再婚し、眞人は母方の実家へ工場とともに疎開する。疎開先の屋敷のそばには覗き屋の青サギが住む塔がある洋館が建っていた。この塔を不思議に思った眞人は土砂で半ば埋もれている入り口から入ろうとするが、屋敷に仕える[7]ばあやたちに制止される。その晩、眞人は夏子から塔は、大伯父によって建てられ、その後大伯父は塔の中で忽然と姿を消したこと、近くの川の増水時に塔の地下に巨大な迷路があることから夏子の父親(眞人の祖父)によって入り口が埋め立てられたことを告げられる。
宮崎駿らしさと難解さがあり、一回見ただけでは理解しきれない部分が多いと感じた。今までの宮崎の作品よりも、人の内面を映像化するという部分に焦点が強く当てられており、それによりファンタジックな世界観が強くなっている。抽象的な言葉や表現が多く、見る人によって印象がかなり変わる作品だと言えるが、この映画を見てどう感じるかということがタイトルの『君たちはどう生きるか』とも繋がっているのではないかと考えられる。
52:『超人的シェアハウスストーリー カリスマ 2nd season』
あらすじ:ここはカリスマハウス。今日もカリスマな彼らは己の中のカリスマ性を見つめている。が、彼らはまだ『真のカリスマ』に辿り着けていないと言える。故にこうしてカリスマ同士で身を寄せ合い、日々カリスマ性を育み、更なる高みを目指す言わば仮住まいの状態。世間には嘲笑する者もいるだろう。が、カリスマな彼らにはノーダメージ。むしろそういった逆境を糧にさらなるカリスマ性を生成し、見事な『カリスマチャージ』を蓄積させていく。チャージの先にあるものとは…!?
彼らのカリスマ性によるエネルギーが公的機関に見つかり、逃亡生活を送ることとなった。果たして、逃亡の先には何があるのか。
1st seasonが1話完結の短いギャグ回が多かったのに対し、2nd seasonは話が連続しており、一話の時間も長くなっている。アニメなどのファンは、ストーリー性とギャグ性のある作品を好む傾向にあるので、1st seasonではギャグ性をピックアップしていたが、2ndではストーリー性を重視したのではないかと考えられる。この作品は全体的にオタクが好きな要素を狙い撃ちすることに特化しており、特定の人にしか伝わらないパロディや、何も考えなくても楽しめる面白さ、キャラクター性を練っていると思われる。
53:『白昼夢』著者:古屋兎丸
概要:古屋兎丸展「SCHWEIGEN-沈黙-」/「白昼夢-WACHTRAUM-」に合わせて制作された画集。『ライチ☆光クラブ』本編にはなかった描写を中心とした作品で構成されており、まさに夢を見ているような作品である。
白と灰色を基調とした淡い色で構成されており、白昼夢というタイトルの通りぼんやりと霞がかった夢を見ているように見える。原作で見ることがなかった描写が多く、原作で描かれなかった部分を切り抜いているのか、本当に有り得ないものを描いているのか曖昧な部分があり、「こうだったらよかったのに」という感情を呼び起こしている。また、原作がシリアスで暗い部分が多かったのに対し、日常の他愛ない一コマを切り取った作品が多く、もしかしたらこんな生活をしていたんだろうかと想像させる作品となっている。
54:『芽むしり仔撃ち』著者:大江健三郎
あらすじ:太平洋戦争の末期、感化院の少年たちは山奥の村に集団疎開する。その村で少年たちは強制労働を課されるが、疫病が発生したため村人たちは他の村に避難し、唯一の出入り口であったトロッコは封鎖され、少年たちは村に閉じ込められてしまった。見棄てられたという事実、目に見えぬ疫病に対する不安、突然顕われた自由に対して途方に暮れた時を越えて、子供たちは、自然の中で生を得て祭を催すにいたる。
少年たちは閉ざされた村の中で自由を謳歌するが、やがて村人たちが戻って来て、少年たちは座敷牢に閉じ込められる。村長は村での少年たちの狼藉行為を教官に通知しない替わりに、村人たちはいつも通りの生活を送っていて疫病も流行していなかったことにしろという取引を強要してくる。少年たちは当初は反発したが、やがて次々と村長に屈服してゆく。そして最後まで村長に抵抗する意志を捨てなかった「僕」は村から追放される。
大江健三郎の作品の特徴である「閉じ込める」という行為が随所に表れた作品である。それは単純な閉所への閉じ込めであったり、村の中への閉じ込めであったりと多岐にわたっている。同時に、反骨精神と屈服というテーマも示されており、大きな勢力に屈する仲間達と、最後まで抵抗した主人公が追放されるという対比は、皮肉なようでいて、抵抗によって自由を得たということの表れでもあると考えられる。
55:『飼育』著者:大江健三郎
あらすじ:戦時中にアメリカの飛行機が撃墜され、森の奥の谷間の村に黒人兵が落下傘で降りてくる。捕らえた黒人兵をどう処置するのか、県の指令がくるまでの間、語り手の少年・僕の家の地下倉で黒人兵を「飼育」することになる。最初は「獲物」であった黒人兵と僕の関係は日毎に人間的な触れ合いになっていく。ある日、県の指令で黒人兵の移送が決まると、黒人兵は僕を捕らえて盾にして抵抗するが、父や村人が詰め寄り、父は鉈をふるって僕の手ごと黒人兵の頭を切りつけて殺害する。怪我で包帯をまいた僕の手を指して友達は言う。「お前のぐしゃぐしゃになった掌 、ひどく臭うなあ 」。僕は答える。「あれは僕の臭いじゃない 」 「黒んぼの臭いだ 」。そう答えた僕は、天啓のように自分はもう子供でないことを悟る。
家畜として扱われていた黒人兵と親密な関係を築き、それを破壊するという流れが鮮やかである。本物の友達のように関わっていたのに、自分の処遇が決まった瞬間主人公を人質にする黒人兵の姿には、大きな勢力への反抗と、それによって別のものを失うことの対比を示している。この作品にも「閉じ込める」描写が多く存在し、地下倉に黒人兵が立てこもった瞬間、地下倉への閉じ込めと、立てこもりによって村全体が閉じ込められたかのような、二重の閉じ込めが発生している。
56:『THE FIRST SLAM DUNK』監督:井上雄彦
あらすじ:神奈川県予選を2位で突破し、広島県開催のバスケットボール・インターハイへの出場を決めた神奈川県代表・湘北高校は1回戦で大阪府代表の豊玉高校を下し、2回戦で秋田県代表・山王工業と対戦する。山王は高校バスケット界の絶対王者と呼ばれ、特に現3年生の入部以来「2年半に渡る無敗記録」と「インターハイ3連覇」という凄まじい記録を残していた。チームは高校バスケ界最強のセンター河田、高校ナンバーワンプレイヤーと名高い沢北などタレント揃い。下馬評では王者山王と無名の湘北という構図が完成していた。
原作漫画完結から実に26年半を経ての映画であるが、電子機器の登場が少なかったり、試合メインにするなど現代にも馴染むようなアレンジが施されている。試合の部分が大半を占めており、本当にバスケの試合を見に来たかのような臨場感が演出されている。ゴールが入る瞬間にBGMが止まる、ブザーの直前から無音になるなど、音声によって緊迫感の演出がされている部分が多数あった。手描きと3Dモデルの両方が用いられており、表情を見せたい部分や動きが少ない部分は手描き、試合など激しく動く部分は3Dモデルといった使い分けがされていて、人間的な感情と動きの表現の工夫がされていると考えられる。
57:『MUNDANE HURT』著者:木原音瀬
あらすじ:高校の体育祭で西崎は堅物だと思っていた長野の走りに視線を奪われた。
遊びで長野を落とそうとするがセオリー通りにいかない長野に西崎は次第に本気になる。
何とか落としたが今度は鬱陶しくなりすぐに振ってしまった。
卒業後、何でも手にいれてきた西崎の人生は一変する。
孤独になり薬にも手を出した西崎は極道に命を狙われる。
助かるには弁護士になった長野からあるデータを手に入れなければならず……!
立場が変わった二人の愛の行方は…。
人間性の描写に力を入れており、長野と西崎の対比が美しい作品となっている。高校生の時は貧乏だが誠実な長野、裕福だがクズの西崎というような対比だったが、成長後は弁護士の長野と無職の西崎といったように、立場が逆転するような描かれ方がなされている。人間性においては変化することがなく、堅いが真面目な長野と、人間性に難がある西崎のまま成長しており、「クズはどこまでいってもクズ」を体現している。また、作中で西崎が救われることがなく、クズのまま長野に見放されていくラストシーンを迎える所は、都合のいいハッピーエンドを肯定しない著者の考え方が表れていると思われる。
58:『B.S.S.M』著者:井戸ぎほう
「お前と同じで 俺もラリってんの」
そんなのが 恋だなんて 思ってもみなかったーーーー
ちょっぴりやんちゃでアブナイことが大好きな、けいま。
口数少なく、大人っぽく、いつも何を考えているのかわからない、なお。
同じクラスの二人は友達同士…のハズなのに、
なぜか◯◯◯をこすり合ったり、なめ合ったりする間柄。
ある日、けいまの"友達"と二人で会った後に、
なおから「お前なんか一人ぼっちになればいい」と告げられたのは…?
思春期特有の甘酸っぱさと危なっかしさが共存しており、著者の青春に対する考え方が表れている作品である。危ないことに興味があり、少し頭が足りないけいまの、知らない人や怪しい人にすぐついて行ってしまう安易さが、単にありえないものでなく、こういう人いるな……と思えるようなリアリティがあった。また、周りの大人達も、優しそうだが家に薬漬けの女を飼っているような怖さがあり、触れてはいけない部分を描くのが上手いと感じた。著者は無口な人とよく喋る人の組み合わせが好きなので、タイプが違う2人の独特の距離感の描き方が絶妙だと感じた。
59:『やさしくおしえて』著者:井戸ぎほう
あらすじ:大学生の光は「自分のことを好きって言う子」がタイプという自己中な性格。
ある日、弟の聖が年下の男の子(恋人未満)とデートする様子を見て変化が起きる…。
この作者の方は明るくて自分勝手なキャラと根暗で真面目なキャラの対比を好む傾向にあり、光と聖にはそれが表れている。また、ちゃらんぽらんなイメージの光ではなく、真面目な弟の方が小さな男の子に恋愛感情を抱く所に、倫理観や常識のイメージを覆させていると思う。「やっちゃダメなこと」を綺麗な絵に包んで語っているような作品である。
60:『卍』著者:谷崎潤一郎
あらすじ:日本画の趣味を持つ園子は、夫・孝太郎にすすめられて女子技芸学校に通う。そこで、他教室の徳光光子にひそかな好意を寄せるようになる。園子は無意識のうちで楊柳観音の絵を徳光光子に似せ、それがきっかけで彼女と面識を持つ。そうして楊柳観音の絵を皮切りに、学校では「2人が同性愛の関係にあるのではないか」という噂が広まった。
当初は根も葉も無い噂に過ぎなかったが、会うたびに2人の親密度は増していき同性愛関係を結び、遂に園子の夫に知られて夫婦喧嘩に至る。そうした中、光子の妊娠が判明する。光子と婚約していた綿貫栄次郎が園子の前に現れ、光子との関係を強化するために誓約書を作る。かくして、その誓約書が新聞社に知られてしまい、園子と光子との関係は白日の下に晒されてしまうのだった。
全編が関西弁の話し言葉で綴られており、告白録のような形になっている。そのため、書き言葉なら省略される所や、とりとめのないことも書かれており、読みづらい印象も与えるが、本当に話しているかのようなリアリティも感じられる。バイの女性と関係を持つ夫婦という、当時なら倒錯的な作品が、現代ならありえそうになっているというのが予言じみたものを感じる。3人で心中しようとしたが、主人公だけ生き残ってしまうというのが、当時の同性愛者に対する視線の強さを物語っており、幸せにも不幸にもなれない姿を描いている。
61:『藤野谷麻依の不知の病』著者:屋乃啓人
あらすじ:本を読むのが大好きな麻依は、一緒に住む惣甫に本を読むのを止められている。理不尽だと憤る麻依だったが、実は本を読む度に記憶をなくし、若返る奇病にかかっていた。
記憶をなくす、若返るといった現象はフィクションの中で多く語られてきたが、本を読む度にそれが起こるというのが新鮮な発想である。ただ、物語の冒頭でそれが語られてしまっているので、後に起こることが予測されてしまうのが勿体ないと感じた。若返りを扱う作品には、若返るのが止まるもしくは老いるか、若返り続けて赤ちゃんに戻るという2つのルートがあり、この作品がそれを逸脱しなかったのがありきたりの域を抜けていないと感じた。
62:『語る人形とレゾンデートル』シナリオライター:日日日
あらすじ:パリを訪れたみかから卒業後の意向を聞き、憤りを感じる宗。そこへ宗の祖父が亡くなったという知らせが入り、帰国する二人だったが……
アイドルユニット:Valkyrieのクライマックスイベントのストーリーであるが、あんさんぶるスターズ!!における現時点のValkyrieの最終到達地点ということを感じられた。当初から人形をモチーフにすることが多く、人形として扱われていたみかが、逆に人形を演じる人間になれたことは、ユニット及び2人の成長だと考えられる。祖父の不倫の有無について調べた際、本当に会っている女性はいたのだが、祖父は女性として、女友達に会いに行っていた…というのは、固定観念に囚われない愛の形を示していると考えられる。女性の方からの愛の形も同じであったかという問いが残るのが物語に深みを持たせていると思う。
63:『タコピーの原罪』著者:タイザン5
あらすじ:地球にハッピーを伝える為に降り立ったハッピー星人タコピーは、笑わない少女しずかちゃんと出会う。どうやらその背景には学校のお友達とおうちの事情が関係しているようで…。
いじめられている子どもと、それを救う人外という形式は様々な作品で描かれているけれど、タコピーは常識が欠けている部分があり、いまいちしずかちゃんを助けられていない所が他の作品にあまりない点である。家庭の事情に振り回される子どもたちの姿を描くのが上手く、実際にこういった家庭で育った人は見ているのが辛くなるほどだと思う。また、ループものであり、人を殺したポイントでループを繰り返す点はほかの多くの作品でも見られる点である。ストーリー以外にも、伏線の仕込みがかなり多く、気づかなくても楽しめるが気づくとゾワゾワするような描写が多数なされており、近年の考察を伴う鑑賞の傾向に対策しているのではないかと考えられる。
64:『独創◆先行くマキナの回廊』シナリオライター:木野誠太郎
あらすじ:作品の構想に悩みアイディアの源を求めるみかは、『SSVRS』に新設された『テストワールド』に案内され、次第にのめり込んでいく。
VRの世界でアイディアを求め、作品を作る点が、社会の今と未来を示しているようで興味深かった。デジタルアートに億の値がつくという事例が現実に存在するのかは存じ上げないが、今の時代では考えられなくもないので、今はまだなくとも将来を暗示しているのではないかと考えられる。Valkyrieは、余り電子機器との関わりがなく、インターネットなども忌避している類があるのだが、みかとしてはそうでもなく、仕組みは分かっていなくともVRの世界を楽しめるという所が現代の若者らしさを表現していると思われる。最後に仮想通貨をばらまくシーンは、架空の通貨の価値の薄さ、存在としての希薄さを示していると思われ、ネットに依存するこの時代に問いを投げかけていると考えられる。
65:『ENSEMBLE STARS DREAM LIVE 7th Tour Allied World』
概要:ゲーム『あんさんぶるスターズ』のARライブ。幕張メッセにて開催。
ARライブなので、モニターに映される映像を見ているだけではあるのだが、それぞれのキャラクターのモーションは全てモーションキャプチャで人の動きをトレスしており、一人一人違うものとなっている。また、MCやカテコなど、日替わりの部分もあるので、「その日しか味わえない」というライブの楽しさを抽出しているのではないかと思う。ゲーム内MVではフル尺の曲のパフォーマンスはないが、フル尺で見ることができるので、今まで知らなかった振りや、フォーメーションなど、全員が新鮮な気持ちで楽しめるようになっている。会場が平面的で、ひとつのモニターを全員で見る形になるので、ステージから遠ければ遠いほど見づらくなるのが今後の改善点だと感じた。
66:『コペルニクスの呼吸』著者:中村明日美子
あらすじ:仮面の下に美しき素顔を隠したピエロ・トリノス。孤高のジャグラー・レオ。少年買いの外交官・オオナギ。トリノスに惹かれてゆく青年・ミシェル……70年代パリのサーカスを舞台に、そこに集う人々の生き様を官能的タッチで描き出す、エロティック・ストーリー。
サーカスというテーマには人を惹きつけるものがあり、その理由として『非日常』であることが挙げられる。このサーカス団では、終演後に娼婦や男娼としてキャストが客をとらされており、その商売が成り立つのはやはりステージに立つ美しい存在と関係をもてる『非日常』感なのではないかと感じた。絵柄が非常に耽美で、アート作品を見ているような気分にさせられるところが、作中の「サーカスもバレエや舞台と同じアートである」という言葉を体現している。トリノスやミナが娼婦や妾となっている時、倒錯的なプレイをさせられている描写がされているのは、この二人の共通点を示しているが、一方で、自己愛を示す為のプレイをさせられているミナに対して、拘束され、罰を与えられているトリノスとでは本質が違い、自意識の違いが表れているのではないかと思った。
67:『空の怪物アグイー』著者:大江健三郎
あらすじ:10年前、僕は大学に入ったばかりで、アルバイトを探していたところ、伝手を頼ってとある銀行家に面接に行った。銀行家は「息子の『D』(少しばかり有名で雑誌にも載ったことのある音楽家)に「怪物」が憑いていて仕事を投げ出して家にばかり居る。今息子が何処かに出かけたいという時には付いて行って欲しいのだ」と語る。Dは、「あれ」は昼間晴れた日に空から降りて来る、あれはいつもは空に浮遊しているものだと語る。そしてDは、僕にあれが降りてきている間、僕は不思議そうにせずに自然にしている様に注文した。D附きの看護士に問い詰めると、その怪物はカンガルー程の大きさの赤ん坊で、「アグイー」という名前だと聞く。その後僕は、Dに頼まれた通りDの元妻を訪ねた時、その赤子が脳ヘルニアと誤診され、殺してしまったのだと言う。解剖に回した後、頭の大きな瘤はヘルニアではなく、畸形腫だと判明したのだった。Dと僕は様々な場所を訪れた。僕は何時の間にかこの仕事に愛着を覚えていた。
自分の子どもを殺してしまったことで、子どもの幻覚を見るようになってしまったDと、アルバイトの主人公の奇妙な関係が描き出されている。いないものに向かって話しかけたり隣を空けたりするDの姿は奇妙だが、それ以外ではほぼ穏やかで、イマジナリーフレンドと共存するというのはこういうことなのかもしれないと感じられた。自分で子どもを殺す選択をしたのに、その子の幻覚を見ることに対して、甘ったれているとか、優しい父親だとか、登場人物から多面的な意見が見られたのは、大江が、自分の子どもをもし殺していたらという問に自分で答えた結果だとも言える。障害を持つ子どもについて、生きるのと死ぬのとどっちが幸せかと問うのは野暮だが、もし自分の子どもが死んだら自分の子どもを幽霊に見てしまうのだろうかと感じさせるような日常感と生々しさがある。
68:『先生のおとりよせ』著者:中村明日美子・榎田ユウリ
あらすじ:官能小説家・榎村遥華のもとにリフレッシュ出版から創刊される雑誌でのコラボ企画が持ち込まれた。作画は巨乳美少女漫画家として名を馳せている中田みるくであるという。クールで神経質、ドSで不愛想と言われる榎村であるが、実は無類の巨乳好きであり、理想的なおっぱいを描く中田作品の大ファンであるため浮足立った。一方の中田も、退廃的で耽美な榎村作品の大ファンであり、新連載コラボ企画もダメ元で担当編集者に持ち掛けたものだった。本来なら相思相愛であるはずだが、榎村は中田を女性作家と思い込んでいたため、初対面の場で目の前に現れた大柄の男に罵詈雑言を浴びせてしまう。中田は榎村に開口一番「おっさん」呼ばわりされ、口の悪さにショックを隠し切れない。コラボ企画も暗礁に乗り上げるかと思われた時、両者の好みを具現化したような編集長・九堂今日子が姿を見せたため、一転して二つ返事で引き受けることになった。
反りの合わないふたりであるが、共通点があった。それは「おとりよせ」である。作家という職業柄、仕事場兼自宅での作業が多いため、外出せずともあらゆるグルメを入手することが可能なおとりよせは楽しみのひとつである。奇遇にも同じマンションの隣人であったことが発覚した榎村と中田は互いに取り寄せたグルメを持ち寄り、舌鼓を打つ「おとりよせライフ」を満喫する。
漫画と小説によって構成された作品であり、実際に著者2人共の親交が深いことから、キャラクター設定も小説家と漫画家になっており、実際に2人がおとりよせの食品を楽しんでいる所を投影していると考えられる。著者の2人共BL作家であるが、この作品は男性二人が主人公ではあるもののBL要素がなく、ただ単に仕事仲間、食通仲間として過ごす姿には、より多くの人が楽しめるように考えられた点だと思われる。性格もルックスも全く違う2人の組み合わせは様々な作品に見られるが、この作品も例外ではなく、全く違う人同士の距離が近づくなっていくことで、近づく距離の振れ幅が大きいように感じられ、より愛着を持って作品をみることができるからではないかと考えられる。
69:『おやすみプンプン』著者:浅田いにお
あらすじ:小学5年生のプンプンは、転校生の田中愛子に一目惚れする。その日の帰り道、プンプンと愛子は宿題で出された将来の夢について話す。アイドルかモデルになると語る愛子に圧倒されたプンプンは、プンプンパパがくれた天体望遠鏡で空を眺めながら将来は宇宙の研究者になろうと誓う。翌朝、リビングではプンプンママが倒れており傍でプンプンパパは自分が暴行を加えたのにも拘らず、「強盗が入った」と必死に言い聞かせた。その後は叔父の雄一がプンプンママに代わってプンプンの世話をするようになる。翌日に登校したプンプンはクラスメイトの前で将来の夢の作文を発表しようとしたが、クラスメイトから馬鹿にされるのではないかという不安が募って不意に教室を飛び出してしまう。体育倉庫に隠れていたプンプンは愛子に見つかって「夢くらい何見たっていい」と諭され、それと同時に愛子へ自分の想いを告げた。愛子は笑顔を浮かべながらプンプンにキスをする。その後の授業中にプンプンは、愛子は自分の運命の人なのではないかと感じた。
性行為のシーンや、心情描写など、人を嫌な気持ちにさせる描写が非常に巧みである。主人公が至って普通の冴えない少年であることから、読者が感情移入しやすいのと同時に、共感性羞恥や、自己嫌悪を誘発するような描写が多数ある。主人公のプンプンやその家族だけがデフォルメされたキャラクターに見えるのは、プンプンから見た世界ではそう見えており、親族は小さい頃見た姿のままイメージが止まっているのではないかと思われる。キャラクターが感情表現を性欲に任せる部分が多く、これは作者が恋愛や意思疎通は性欲に勝てないと思っている部分の現れなのではないかと思う。
70:『仮にAくんとしよう』作者:クロチカ
あらすじ:雪で帰るに帰れなくなった少年たちが、
夜の学校で怪談大会をするはなし。
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ひとりひとりが怪談を語ります。
一話につき平均10分程度。
雪の中の学校で怪談を語るホラーノベルゲームなのだが、文体が常に話し言葉で、本当に言葉で怪談を語られているような臨場感がある。また、それぞれの語り手が自分の語った話を恐れている所が、本当の話であることを裏付けているようで恐怖を増幅させている。全員が主要な登場人物を「仮にAくんとしよう」と定義している所が、妙な非現実感と一体感を生み出しており、曖昧さで不安を煽っているように感じる。言葉として定義することで事物は存在しうるという楽節があるが、それと同じで、本当でも嘘でも、全部違う人を指していても、それを「Aくん」と定義することでなかったものが存在してしまうというのは、実生活に有り得てしまう怖さがあった。
71:『プレイする怖い話 雨』制作:Unflame,Inc
概要:選択で結末が変わるマルチエンドのホラーノベルゲーム。『さよなら夢の国』『ソウマの夢』『そして雨が止んで』『もうひとりいる』『カエリミチ』『金魚すくい』の6つのシナリオがある。
選択で物語が分岐し、ひとつのシナリオでも全く違う結末に向かう所がホラーノベルとゲームの良い所を抽出しているように感じた。また、ひとつのシナリオに同じ怪異が登場するのではなく、エンドごとに違う怪異や違う怖さを与えてくるのがマルチエンドならではであり、ホラーノベルではできないことを体現していると考えられる。また、金魚を食べるなど、突拍子もない行動による恐怖も表現されており、常識の通じなさの表現が巧みだと感じた。
72:『Araneid』著者:梨
あらすじ:A、B、C、Dの4人はある家に肝試しに行った。二手に分かれて探検する4人は、各々が怪奇現象に遭遇する。
Web上の記事であり、縦4列の文章をスクロールして読み進める形になっており、スマホ上のWebの形式を利用した恐怖体験を与えている。また、最初は4行だが、二手に別れると2行になったり、同じ場所に辿り着いた時は1行になるなど、状況を文字通り文章の形でも表現している部分が斬新である。「4本の糸を使った阿弥陀籤の話」と著者は評しているが、全員違うことを考えて肝試しに参加しても、結末は全員同じであることから、選択した瞬間から結果が決まってしまうという阿弥陀籤の仕組みと、何を選んでも怖い目に遭うことには変わりがないという怪談の怖さのふたつが表現されていると感じた。
73:『こちら葛飾区亀有公園前派出所』著者:秋本治
概要:東京都葛飾区の亀有公園前派出所に勤務する両津勘吉(りょうつ かんきち)を主人公に、その同僚や周辺の人物が繰り広げるギャグ漫画。劇画に近い比較的リアルな絵柄(特に連載開始当初)を用いたギャグ漫画としては先駆的な作品である。基本的に一話完結だが、複数話に跨ぐことも時々ある。
1話完結型で、話が変わるごとに設定がリセットされることもあり、どこからでも読みやすいシステムになっている。1話ごとの情報量が多く、それはしばしば現実とリンクしている場合があり、時事漫画としても役割も果たしている。また、40年という長い連載を経て、後から読み返した時に、描かれた当初の時事が知れることから、歴史書的な側面も存在する。ある程度形式が完成されており、流れやオチが決まっているので、事例やキャラクターを変えることで様々な話を成立させることができている。丁寧な考証とは裏腹に、天国からの使いが来るなど、非現実的なギャグも用いており、現実と非現実の境界を混ぜるのが巧みである。
74:『おはよう楽園くん(仮)』著者:中村明日美子
概要:「楽園」の人気イメージキャラクター・三白眼メガネ男子の楽園くん(仮)待望のコミックス化。描きおろしに加え、これまでのカラーイラストも完全収録。真ん中分け美少年の密着24時間、なコミックです。
ほぼ楽園くんしか登場しないが、一人称視点で楽園くんと生活している形式なのが、乙女ゲームを疑似体験しているような雰囲気を味わえる。また、自分(読者)の性別がギリギリまで指定されていないので、異性愛としても同姓愛としても楽しめる作品になっている。1話が3ページ程度なので、日常会話を切り取ったような印象がある。恋愛感情の有無が明記されていないので、友愛とも恋愛とも取れるようにされている。セリフが多くないため、より何気なさが強調されていると感じる。
75:『あの日、制服で。』著者:中村明日美子
あらすじ:卒業式で告白されて5年。
飲み会で再会したアイツの薬指には指輪があった。
「てかお前、俺のこと好きとか言ってなかったっけ」
俺の言葉にアイツの表情は揺らぎ……。
心が震えるほどの感動と痛み、青春の輝きと影を描いた、
十代の恋にまつわる6編のオムニバス。
6種類の十代の恋が収められているが、その全てに性的な要素が含まれている部分が、若さと短絡さの象徴だと感じられる。また、幸せに終わらない話が多いのは、若さゆえの気の迷いを表現したいのではないかと考えられる。先生に恋してしまったり、同級生と関係を持ってしまったりする部分も、そこが示されていると思われる。また、犯罪紛いの描写が多数見られるのも、危うさを理解していない若さを表現していると考えられる。
76:『幕末Rock』監督:川崎逸朗
あらすじ:幕府直属の最高愛獲(トップアイドル)・新選組による“天歌”(ヘブンズソング)で支配された幕末の世が舞台。幕府の行動に疑問と憤りを感じる志士(ロッカー)たちは、“Rock”の力で革命を起こす。
幕末時代にロックがあったという突飛な設定だが、服が破けるなど、さらに突飛な描写で上書きすることで突っ走り続けていると感じる。歴史の流れには全く沿っていないが、それが逆に現実の歴史とは全く違う世界線として作品を成立させている。実際に歌うカットを入れることで臨場感が増しており、楽器を演奏するシーンでモーションキャプチャを使うことでリアリティを成立させようとしている。また、歌のシーンでテロップを出すことで、音楽番組を見ているような表現がなされている。
77:『暗殺教室』著者:松井優征
あらすじ:ある日突然、進学校「椚ヶ丘中学校」の成績・素行不良者を集めた3年E組の元に防衛省の人間と、異形な姿をした謎の生物がやって来た。マッハ20で空を飛び、月の7割を破壊して常時三日月の状態にしてしまった危険な生物は「来年3月までに自分を殺せなければ地球を破壊する」ことを宣言したうえ、「椚ヶ丘中学校3年E組」の担任教師となることを希望した。
意味の分からない要望に政府は戸惑いつつも、3年E組の生徒に「謎の生物の暗殺」を依頼。生徒たちは最初こそ戸惑うが、「成功報酬:100億円」のために殺る気を出す[注 1]。その生物=殺せんせー(ころせんせー)の存在とその目的を把握しているのは日本をはじめ各国の首脳陣といったほんの一部の人間のみで、「殺せんせーの存在や殺せんせーの暗殺に携わっていることを、家族を含めた第三者へ絶対に口外してはならない。口外した場合は“記憶消去処置”を施される」「殺せんせーは、3年E組の生徒に絶対に危害を加えてはいけない。ただし、その家族友人は対象外」などの様々な決まりの下に生徒たちは殺せんせーを様々な手段で暗殺しようと試みるが、毎回殺せんせーの素早さと予測不能の行動で阻止され、逆に殺せんせーによる手入れを受けることになってしまう。
しかし、いざ授業が始まってみると暗殺者と標的という異常な状況ながら、多くの生徒たちは殺せんせーの指導と手入れによってこの暗殺教室を楽しみ、今までの「学校中から差別された底辺学級」としてではない前向きな学校生活を送るようになっていく。その一方、生徒の他にも殺せんせーを暗殺するため、世界中から暗殺者が送り込まれてくるのだった。
落ちこぼれたちが大きな障害を前に成長するというのは物語によくある形式だが、障害に成長させられるというのはなかなか少なく、新鮮なものとなっている。また、怪物を倒せない理由として、力の強さや、防御の固さではなく、速さを挙げる点が、力ずくでないスマートさがあると感じられる。一人一人のことを考えた親身な指導の描写が多彩であり、誰もが憧れる先生の姿を怪物の上に見ることが出来る。暗殺とタイトルについているが、標的が全くの人外であることによって、グロテスクさが薄れており、フィクションとして暗殺を楽しむことができる。また、キャラクター同士の関係の掘り下げ、恋愛要素など、学園モノとしても楽しめるような描写が多数含まれている。
78:『よるとあさの歌』著者:はらだ
あらすじ:女にモテたくて仲間とバンドを始めた朝一。そんな朝一がボーカルを担当している弱小バンドにサポメンで入ってきたヨル。ライブの後のちょっとした「お遊び」の時に起こった一度のアヤマチ。それをきっかけに、ヨルは朝一への想いを明らかにしていく。
ライブハウスの粗雑さ、アマチュアバンドのゆるさなどのリアリティが随所に表れている。キラキラした世界ではなく、その裏側や、夢のない部分の描写が多く、夢ではなく現実を見せたいという意図が感じられる。また、真面目にバンドをやる気があまりない朝一が、ヨルの歌声に惹かれてしまう部分は皮肉的だが、モテるためにバンドを選ぶ自意識の底の表れとも取れる。不誠実な面のある朝一と、本当に音楽が好きで、一途なヨルの対比もなされている。
79:『トーマの心臓』著者:萩尾望都
あらすじ:ある雪の日、シュロッターベッツ高等中学(ギムナジウム)の生徒であるトーマ・ヴェルナーが陸橋から転落死する。
クラス委員のユリスモール・バイハン(ユーリ)は成績優秀で品行方正、常に冷静な少年で、同級のオスカー・ライザーと二人で舎監室に暮らし、寮生の管理監督の役目も受け持っている。
そのユーリのもとにトーマからの手紙が届く。「ユリスモールヘ さいごに」で始まる短い遺書によって、事故死とされていたトーマの死が自殺であること、トーマが死を選んだ理由が自分自身にあることを知ったユーリはショックを受ける。
ギムナジウムは、BLにおける花物語の寄宿学校と同じ役割を持ち、理想上のBLの舞台としてよく用いられる。この作品はそのはしりであり、心の繋がりとしてボーイズラブを成立させている。耽美な絵柄を用い、理想としての少年たちの姿を描き上げている。自分の善性によってトーマを殺してしまうユーリが、少しいい加減なエーリクに絆されていくのは、妥協という大人になる術を覚えていくことの表れである。また、誰の愛も信じられないユーリが、愛を疑わないエーリクに影響されていく姿は、理屈を純粋さで溶かしていくという部分で昨今の作品に影響を与えていると考えられる。
80:『あんさんぶるスターズ!追憶セレクション エレメント』製作:HappyElements・カカリアスタジオ
あらすじ:あんさんぶるスターズ!軸の1年前、夢ノ咲学院は堕落していた。それを変えるべく、生徒会長となる天祥院英智は実力者の5人を「五奇人」と名付け、自らユニット「fine」を組み、五奇人を倒していくことで学院の団結を図る。
全て3Dアニメで描かれるが、モデルが通常のゲーム内MVで用いられるものと異なり、アニメ専用のモデルが作成されている。通常のモデルと違いアウトラインがあることに加え、通常のモデルによるアニメはモーションキャプチャに基づいた物理演算によって瞬間的に生成されているが、追憶セレクション用のアニメーションでは、物理演算で生成されたアニメーションをさらに調整し、髪や、息を飲んだ時の表情などの細かい所の動きをさらにリアルに描写できるようにしている。ゲーム内のストーリーとは異なる点が少しずつあり、アニメーション単体で楽しめるようになっている。倒されてボロボロになりつつも、一生の友情を築くことができた五奇人と、五奇人を倒す為だけに情もなくfineに参加させられた日和と凪砂、本当の友達だと思っていたのに英知には利用されているとしか思われていなかったつむぎなど、目的を達成した後にバラバラになるfineの対比が皮肉的である。
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