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2年 高根 RES
夏休みの課題 27~30

27.神様 2011 (川上弘美)
 2011年の東日本大震災、福島原発事故を受けて、著者のデビュー作である『神様』をリメイクした作品。3つ隣の部屋に越してきた「くま」とひょんなことから親しくなり、誘われて散歩に出る。防護服も着ず、普通の格好で肌を出し、弁当まで持って出かけるのは「あのこと」以来初めてであった。

 作中で「あのこと」とは何のことなのか明記はされないが、十中八九東日本大震災のことであろうと予想がつく。登場する「くま」や「わたし」を含めた登場人物たちはことあるごとに放射能や被ばく量を気にし、放射能に対して心理的な恐怖を抱いていることが分かる。
 「あのこと」以来すっかり変わってしまった街の景色や人々の意識の描写を読んで、震災発生当時のことを思い出した。同時に、当時千葉県北西部に住んでいた私は水や食物に対して大きな不安を抱えることはあまりなかったことを思い出し、この小説の舞台となった東北との被害の差を改めて感じさせられた。
 私自身が当時、地元で東北ほどではないとはいえ、震度5強という非常に強い揺れを経験した被災者の一人であるからか、驚くほど集中して読み進めてしまった。

28.少女は卒業しない (朝井リョウ)
 図書館の優しい先生と、退学してしまった幼馴染と、生徒会の先輩と、部内公認の彼氏と、自分だけが知っていた歌声と、ただ一人の友達と、そして、胸に詰まったままの、この想いと―。別の高校との合併で、翌日には校舎が取り壊される地方の高校、最後の卒業式の一日を、七人の少女の視点から青春のすべてを詰め込み、珠玉の連作短編集。

 本作に登場する少女たちは、ただ高校生活を卒業するだけではない。彼女たちが三年間過ごした校舎も、次の日には無くなってしまう、そんな他の高校生たちとはちょっと違った背景を持つ少女たちだ。
 "場所"には人によってさまざまな記憶(思い出)がこべりついており、その場に行くだけでそのときの感情や感覚を喚起させる力がある。特に中高はみんなで同じ制服を着て、同じ教室に集まって、一日のほとんどを校舎で過ごす。そんな校舎には、きっとそれぞれの場所でそれぞれのドラマが描かれている。普通なら卒業後もOB・OGとして学校に入れば、その懐かしさに浸ることができるが、彼女たちはそんな風に懐かしむこともこの卒業式の日が最後なのである。そんな切なさや高校生らしい甘酸っぱさで胸が一杯になる作品だった。
 登場する少女たちや少年たちが皆、変に危なっかしくも大人びてもおらず、それでいて不安定で複雑な感情を抱いているのが等身大の高校生を感じられて共感を呼んだ。
 もしも現役高校生のときにこれを読んでいたとしても、あまり響かなかったかもしれない。高校生がどれだけ刹那的で眩しく大切な時間であったかに気付いた、高校を卒業し大学に入った今だからこそ、この作品が印象的なものとして映るのだと思う。

29.にげて さがして (ヨシタケシンスケ)
 2013年に出版された『りんごかもしれない』以降、柔軟な発想とユーモアに満ちた作風が子どもから大人まで大ブームを巻き起こしたヨシタケ シンスケさんの作品。キャッチコピーは「にげるために、さがすために、きみのあしは、ついている。」(作品の帯から引用)。
 「逃げることはいけないこと」という風潮が強い現代を生きる大人から、これからそういう世界を生きる大人になる子どもたちまであらゆる年代の人達に響く絵本だと思った。自分を傷つける「やばいもの」の近くに無理にいる必要なんてない、そこから逃げて自分を大切に思ってくれる人のもとへ、自分が生きやすい場所へ行くことは何も悪いことじゃない。悪いイメージがついている「逃げること」を自分を変えるため、または守るための行動として優しく肯定すると同時に、行動を起こす勇気が出ない人の背中を押してくれる温かい絵本。
 「きみとにているひと、きみといっしょにゲラゲラわらってくれるひと」は現実の人ではなく、映画や本など虚構の世界の人かもしれない・それでもいいという描写が心に残った。
 また、「きみ」を傷つける「やばいもの」として四角い頭の「そうぞうりょくをつかうのがにがてなひと」が出てくる。この部分が「想像力がない人」ではなく「想像力を使うのが苦手な人」という表現になっているのが印象的だった。「ない」というのは力がゼロであるという意味になるので、救いようがないというイメージに繋がるが、「苦手」というのは力がゼロであるわけではないので、今後の生き方次第で「苦手」から「得意」へ改善される可能性があるというイメージが生まれる。今は四角い頭の人も、いつか柔軟で角の丸い形の頭に変われるかもしれないという作者からのメッセージと優しさを感じた。

30.心ゆさぶる広告コピー 選者・解説文:岩崎亜矢 / 選定協力:安藤隆
 駅や新聞など身近な場所にあふれた広告の中には、ときどき時間をかけて眺めてしまうほど魅力的なものがある。本書は読み手が共感し心動かされる広告コピーを集め、感情別に紹介している。
 本書を読んでいて、広告コピーはまるで短編小説か短歌のようだなと感じた。小説や短歌とは違い、あくまで商品を宣伝するため、会社の認知度を上げるための広告であるため、自分の感情や熱意だけを記すことはできない。それなのに、限られた文字数やスペースの中のじっくりと読まされてしまうほど強い熱量を感じるコピーの数々にコピーライターの方々の力を感じた。
 担当したコピーライターの方の解説を読むと現場の方にインタビューをしたり、顧客が共感するような物語や文章を自身で考えることも多いようで、ある種の作家のような仕事なのだと思った。個人的に「大丈夫。きみの悩みは、もう本になっている。(新潮社)」とコロナ禍で生まれた広告である「世界がいつかまた、騒がしくありますように。(大井競馬場)」、「2020年、夏、部活。(カロリーメイト)」が印象に残った。
2022/11/30(水) 17:10 No.1933 EDIT DEL